池萬元
“(済州道で暴動が起きた)4月3日を国家が追悼する”という決定が国会と閣議を経て大統領の裁可だけを残しています。済州島には1921年から1948年4月3日まで27年間‘、ソ連を宗主国とする共産集団’が、日本警察の粘り強い検挙を避けて地下で力量を蓄積しました。‘4月3日’はスターリン-金日成-朴憲永につながる指揮系統によって大韓民国建国のための5.10選挙(制憲議員選挙)を本格的に妨害するため起こした武力反乱、暴動の初日でした。

この反乱-討伐事件に対して当時の国家機関は“4.3事件は反乱事件”であると100%規定しました。北側の対南工作記録物らも‘4.3事件は、米帝を追い出し、民族統一を実現するため済州の民衆が起こした革命’だったと記録しています。ところが、盧武鉉をはじめ、今の赤たちだけが“4.3は、米帝と李承晩の迫害と虐殺行為に耐えられず、自衛の次元で立ち上がった神聖な民衆抗争”と言い張っています。今“4.3を国家次元で追悼してほしい”と主導した人々は、盧武鉉系の赤たちです。済州島では今、盧武鉉側の主張が100%真実であるかのように固着されています。今、朴槿恵大統領が署名すればそのまま“4.3は、米帝と李承晩の蛮行に対して正当に抵抗した民衆抗争”であると認められるわけです。朴槿恵が、ここに署名するかどうか?息を殺して注視しています。
http://www.systemclub.co.kr/ 2014-01-23 22:00













