趙甲済

韓半島では朝鮮朝以来今日まで言論の道徳的名分論はいつも政治を動かしてきた。朝鮮朝では三司(司憲府、司諫院、弘文館)と吏曹銓郞(*朝廷の官吏の選考権を持つ)と士林(*朝鮮時代の儒生)が言論や世論を主導して政治を主導した。朝鮮朝の政治構造と言論の生理は今日の韓国と似ている。
宣祖(*朝鮮朝の第14代の王)以降、支配官僚層を輩出した士林は、朝鮮朝の開国に反対した儒学者の弟子たちだった。生来的に反体制的で大儀名分論に強く抵抗的だった。朝鮮朝を生きながら朝鮮朝開国の正当性を認めなかったことと、大韓民国で生きながら大韓民国建国の正統性を否定する心理は、自害的で偽善的な道徳主義につながる。朝鮮朝のエリートたちは、性理学(朱子学)を教祖的に奉じた。韓国の政治家や言論人は民主主義を教条化する。朝鮮時代の党争の主な武器は朱子学的名分論で、三司と吏曹銓郞が作った言論と弾劾だった。彼らは、実用精神、尙武精神、自主精神とは遠かった。
21世紀の韓国の言論機関もその生理が朝鮮朝と似ている。言論は政治の主題を設定する力があり、暴露を主な武器とし、報道傾向は反国家、反企業、反実用的、反軍的、道徳主義の傾向を表わしている。朝鮮時代の司諫院の役割をメディアが担当し、司憲府は検察が、弘文館は学界、士林は在野の(左派)運動圏、吏曹銓郞は政権内の人事部門に比肩される。韓国は朝鮮王朝のように、今も言論、検察、学者たちが政治を左右するが、主題が主に名分論と道徳論争だ。
自由民主主義と市場経済体制の中での言論機関だが、価値観や行動は朝鮮的(守旧的)だ。朝鮮朝的伝統-名分論、偽善、反体制性、軍事-経済-科学に対する無知、事大性、教条性は前近代的であるため左傾理念と通じる。朝鮮王朝は生理が左傾政権で600年も続き、大韓民国の建国後、初めて自由と競争など右派的価値観が力を得るようになる。右派は60年、左派は600年である訳だ。右派の根は弱く、左派は深く広い。北韓政権は朝鮮朝の後続だ。
国民国家の建設と言論の役割
*‘開化期’の新聞:近代的新聞の登場で朝鮮朝的言論の伝統から脱皮し、国利民福に貢献する傾向を示す。開花運動を主導した徐載弼、李承晩などは言論・出版を通じての国民啓蒙を重視した。李承晩は最初の日刊新聞の社長で有名な論説家だった。
*植民地時代:国民啓蒙と独立運動に注力した。抵抗的、志士的な言論人が多かった。朝鮮日報と東亜日報は、国を失った民族にとっては一種の在野政府で、多くの人材を輩出した。
*大韓民国建国後:言論機関は民主化時代を迎えて情報の伝達、世論形成という固有の役割において、政権に対する批判的、抵抗的な報道を通じて政治の流れに大きな影響を及ぼした。 ‘4.19学生義挙’(1960年)、‘10.26大統領暗殺事件’(1979年)、‘2.12総選’(1985年)、‘6.29宣言’(1987年)など、政治的激変期で言論の役割は、他の国に比較できないほど大きかった。1987年以降、朝鮮朝的名分論の政治生理が‘民主化’の流れの中で復活して軍事エリートが退潮し現代版の三司と士林が政治を牽引する形だ。司憲府=検察、 司諫院=メディア、弘文館=大学、士林=左翼運動圏。朝鮮朝の士農工商の身分秩序が再現された。現代の士は検察、政治家、ジャーナリスト、教授などだが、彼らが権力を寡占して軍人・企業人・科学者たち(工商)を抑える。
*軍人と文民:李承晩と朴正煕は朝鮮朝的価値観に反感を抱いていた革命家だが、この二人の指導者は軍人、企業家、科学者、技術者を優遇し、韓民族史において彼らが初めて歴史創造の主人公として登場するのを助けた。朝鮮の言論を支配した朱子学的名分論は、大韓民国建国後、民主主義的名分論に代替された。そういう名分論は、民族と民主を国と国益よりも優先させることで、民主と民族を利用した共産党の扇動を助ける土壌となった。朴正煕-全斗煥-盧泰愚に続く軍人統治30年は、言論を力で押した点で韓国の政治風土では例外的な時期であり、経済・軍事・科学・技術を重視した実用の時代だった。‘民主化’はそういう例外の時代が終わって通常の時代、つまり文民優位の名分論の政治への復帰、つまり韓国政治の‘正常化’だった。
* 1987年の‘民主化’以降:政治が文民化、民主化へ移行しながら、過去朝鮮の名分論的朋党政治に戻る症状を見せながら言論は左傾化する。北韓政権の執拗な対南工作が生み出した従北の主体思想派は、民主主義の弱点に付け込んで韓国社会に根を下ろし、左傾化したメディアは、こういう勢力を進歩・民主・改革勢力に美化して、彼ら従北勢力が政権を取るように支援している。
情報化時代の言論環境
*量的膨張と影響力の増大:新聞-ラジオ-テレビ-インターネット-スマートフォン-SNSなどメディアの機能多様化で人々が言論と接触する時間が長くなった。2011年放送通信委員会の調査によると、国民の一日テレビ視聴時間は187分、インターネット98分、ラジオ71分で一日約六時間言論に露出する。新聞と放送社が700社を超え、年間売上高は約20兆ウォン、マスコミ従事者は約5万、記者は2万人を超える。政治、経済、文化、安保など、ほぼすべての国政分野で言論と広報は決定的な影響を及ぼす。選挙は組織よりも宣伝が重要になり、国家政策は広報に失敗したら進捗することができない。
*全国民の言論への参加:インターネットの登場で、大衆も物書きを通じて言論活動をして世論を直接形成する。公論の場が広くなる一方、文と言葉の質が落ちて煽動性が強くなりつつある。漢字の抹殺とハングル専用による韩国語の暗号化現象がこういう低質化をあおる。
*言論倫理の弱体化:理念的左偏向、商業主義、煽動性、党派性などが、言論の原則である客観性と公正性を弱化させた。
言論の政治的扇動事例
* 2002年、言論が李会昌の息子の兵役に関する金大業の嘘の暴露を助長
* 2003年、MBC放送などによる金賢姫偽者説
* 2004年、KBSとMBC放送の弾劾された大統領・盧武鉉を救うための徹底した偏向報道
* 2008年、狂牛病乱動事態とMBC放送の扇動
* 2010年、左傾言論による天安艦爆沈に関する疑惑説拡散
* 2012年、ハンギョレ新聞とSBS放送が主導した張俊河他殺説
韓国言論の諸問題
1)言論がもたらした従北勢力の拡大と漢字抹殺の同時進行が、国民の分別力を弱化させ、韓国の幼い民主主義を危機に追い込んだ。
2)言論の原則が崩壊しつつある。左傾化と韓国語の破壊が同時に進行して文法の原則、憲法の原則、事実重視の原則、公正性の原則、公共性の原則、客観性の原則などが崩れている。影響力の大きい放送とインターネットポータルサイトの逸脱が最もひどい。
3)朝鮮朝の士林のように、言論関係者が反体制的かつ抵抗的で、経済・軍事・科学分野が特に脆弱だ。政治と言論が競争的に偽善的道徳主義を深化させる。
4)文法に合わない記事があまりにも多い。論評と事実報道が区別されず、的確な単語の選択より扇動的な言語を駆使する。デスクの記事校正機能が弱化した。漢字を使わないため韓国語の発音がめちゃくちゃになった。短音化現象が進んでいる。
5)メディア従事者の一部も左傾化して階級的・反軍的・反国家的・反法治的・反資本主義的性向の記事をたくさん書く。左派、底辺層、北韓、知識人に同情的で、国、企業、軍隊、米国に否定的だ。記者の約37%が30代で、40代は36%だ。この世代はハングル専用と左傾化の影響を多く受けた。理念的偏向性で客観的報道の原則を無視する傾向が強い。
6)国民教養の指標とすべき、アメリカのニューヨークタイムズ紙やイギリスのエコノミスト、フランスのルモンド紙のような高級新聞がなくなった。新聞が国民の教養を涵養する役割を放棄した。“良い新聞がなければ良い政治がない”という言葉がある。
7)理念対決の時代になり記者社会でも党派性が強くなって、特種と深層取材を重視する記者精神が弱化された。“事実が信念よりも重要である”という原則が守られていない。
8)左翼勢力の宣伝媒体がメディア然としている。
9)3大地上波放送の偏向性が共同体を破壊する状況に至った。盧武鉉弾劾事態(2004年)と狂牛病乱動事態(2008年)の時は3大放送は事実上左派の扇動機関の役割をした。
10)放送の反言論的、反法治的な報道に対する社会的牽制力が弱い。
対策や解決策
1)国民教養の強化:分別力のある視聴者と読者が良い言論を作る。厳しい消費者が良い製品を生むのと同じだ。言論は輿論を作り、輿論は言論をを作る。
2)韓国語の正常化:漢字とハングルの混用、国語と国史教育の強化など。
3)扇動言論との記者たちに対する国民の監視を強化。
4)記者に対する再教育の強化
結論:韓国の幼い民主主義を成熟させる旅程で最大の障碍は煽動的言論だ。この煽動言論が左傾政治勢力と結託して国民に偏向した情報を提供し、政治的分別力を破壊することで、従北左傾勢力が選挙を通じて政権がとれるように支えている。言論の自浄努力と外部からの監視と牽制があってこそ変化が起こるだろう。特に、国民的覚醒と世論の圧力が重要だ。
www.chogabje.com 2012-12-29 06:17



