今日、われわれは、

 韓国自由会議の結成に際して、韓国の近代性確保努力が、建国という政治革命をはじめとして近代化という産業革命を経て、最終的には自由民主主義による統一をもって完成するという歴史的判断を根拠にして、次のように宣言する。

添付画像
1.われわれは、韓国国民に対する責任のある知性人人として、

 北韓政権の‘統一戦線戦略’を追従し、虚構を前面に出した宣伝扇動で国民の政治意識を誤導して国家的正統性を破壊しようとする全体主義的な転覆勢力に対抗して、

  自由民主主義思想を伸長し強化させることにすべての情熱と努力を尽くすことを宣言する。

2.われわれは、南北韓を‘資本主義対共産主義’という経済的対称概念をもってだけで見る傾向に対して、政治体制に関する問題意識の重要性を指摘しながら、

  北韓の政治体制は自由民主主義の理念とは絶対に融合できない全体主義体制として規定する。

3.われわれは、自由民主勢力と全体主義勢力が、恰も同じ正統性に合意の基盤を持つ2つの相対的な勢力であるかのように、‘保守対進歩’という虚構の図式をもって勢力と意識を分類する意図的操作を厳重に糾弾し、

 韓半島においての自由民主主義は政治的に保守でなく進歩であり、全体主義は進歩でなく反動として規定することが理論的にも現実的にも正確な定義であることを闡明する。

4.われわれは、政治的大衆集会を組織しておいて、革命の前段階とか市民的名誉革命と言うことで、正統性の代替を暗示的に扇動する反動勢力の策動と、

 これを正当化するように“大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から出る”(憲法第1条2項)と雄弁を吐く汝矣島の政治家たちの意識は、

 個人の存在と自由を否定し、国家と社会を同一視する内容を持つ“集団的個体”(北韓憲法第63条)を主権者であると認識させる典型的な全体主義思考の発露であることを摘示する。

5.国民主権思想は、政治行為の準拠象徴であることを意図的に無視して、
 民族、あるいは民衆を“集団的個体”として掲げ、それを現実的な主権者として名分化することによって、

 事実的には独裁と暴力を制度化して自由を抹殺する体制に至らせる狡猾な意識化に対してわれわれは断固対処する。

6.自由民主主義体制は、立憲的正統性の原理に立脚した競争とこれを通しての代議制に基づいて、国民主権の理念を制度化することで自由が保護されることを改めて喚起し、

 このことを理解する教養の欠如のため、政界全体が代議機能から離脱して反大韓民国勢力によって組織化された大衆的政治集会に迎合して意識的または無意識的に体制転覆の陰謀に同調している浅薄な意識と行動をわれわれは断固として糾弾する。

7.われわれは、北韓の全体主義体制が通常のそれと同じように、暴力的な革命理念を体制の不可変の本質をなしていることを指摘し、

 いかなる宥和政策も通用できない相手であることを確認するとともに、北韓の核問題、人権問題などと関連した対立と葛藤を経済的支援をもって解消できるという幻想的平和主義や感想主義を深刻に警戒する。

8.われわれは、大韓民国の自由民主主義体制が保障している近代的自由を、全体主義革命の手段として逆利用して体制転覆を画策する陰謀を見つめながら、

 抽象的でかつ観念的な相手主義的意識を警戒するとともに、断固と敵から自由を守護する権利と義務を負っていることを厳粛に宣言するものである。

  2017年1月23日、韓国自由知性人一同

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                                                       柳根一

 “韓国自由会議には宋復延世大名誉教授と李榮薰ソウル大教授、趙甲濟・趙甲済ドットコム代表、盧在鳳元首相、徐玉植慶南大極東問題研究所招聘研究委員、車基煥弁護士、李東馥元国会議員、玄鎭権自由経済院長、柳錫春延世大教授、曺成煥京畿大教授、金暎浩誠信女子大教授などが参加した。この人士たちは創立趣旨文を通じて‘崔順実ゲート’で触発されたロウソク政局を“広場の熱気が法治と代議政治の原則を圧倒する憲政の危機”と規定し“大統領の過誤がないわけでなないが‘無条件退陣’は法治でない”と憂慮した”-朝鮮ドットコム2017年1月24日。

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 保守と言うべきか自由陣営と言うべきか大韓民国陣営-自由民主陣営-反全体主義たちと言うべきか、どちらが最も良い呼称なのかは分からない。ところが、いずれにせよ、こういう人士たちが一つの場で会ったのは幸いなことだ。なぜ幸いか。崔順実事態によって既存の保守政権、保守政界の政治的-道徳的-文化的ヘゲモニーが崩れ落ち、いわゆる左翼運動圏が介入した巨大なアスファルト現象が非憲法的な方法による‘直ちに下野’を攻めているのにも、それが穏当でないと考えする側では‘太極旗集会’のほかはこれと言った対抗力を組織化できずにいた状況で、やっとそういう‘反対の力’を目撃するようになったのは幸いと言わざるを得ない。

 印名鎭のセヌリ党と‘正しい政党’は正統右派と言えない。なぜそうなのかについては説明を省略する。正統右派が何なのかについても説明を省略する。ただ‘安保正統主義’‘大韓民国建国(nation building、国づくり)の歴史に対する肯定史観’‘韓米同盟支持'‘脱米入中(米国から離れて中国に)反対’‘金日成-金正日-金正恩3代世襲王朝の収容所体制およびその南側の同盟軍に対する全面的拒否と自由統一を追求’程度にしておくだけだ。

 この正統右派を代表し代弁する政治勢力が今は崩壊したか変質し投降し消滅しつつある。それなら、正統右派の国民と知識人たちとしてはそれに代わる新しい右派政治勢力の創出を待望しながら、それを推進し牽引する堡塁を生み出す必要に直面している。そのためには正統右派の談論を再創出し、それを拡散させる公論の場を用意することが緊急の課題だ。この必要から韓国自由会議の出現を歓迎する。

 韓国自由会議に期待するのは、何よりも今日の韓国の保守-自由-右派の主流談論を設定することだ。特に、外交-安保-対北政策において。そして、それを最もよく代表できると見做される大統領候補を出すことだ。潘基文?彼はすでにあちらにまで行ってしまった。‘進歩的保守’って、では‘THAAD配備反対的なTHAAD配備賛成’という話だが、世の中にこんなことがあり得るのか。

 保守右派の方にはこれといった大統領候補がいないとよく言われる。では、李在明や安熙正は次期大統領選の予備選の過程や本選で必ず一等する前提して大統領選挙政局に飛び込んだか。やっているうちにそうなったのだ。保守右派にはなぜそういう挑戦者がなく、あってはならないというふうに言うのか。今でも誰か一人が出れば、しして誰かを出せば、彼は一定の保守の持ち分を手にした競争力保有者になるのだ。安煕正の支持率は4%台、全体の5位だ。保守右派にもそのような5位はあり得る。こういう人物が“私が潘基文よりはるかに充実し確実な正統保守右派の候補だ”と宣言して競争したら、彼は右派の李在明になり得る。いや、右派の文在寅にもなれる。

 今は、韓半島の自由勢力と全体主義勢力の絶体絶命のハルマゲドンの戦いが始まった局面だ。この局面では自由勢力がこれ以上押されればもう終わりだ。そのように死ぬよりは立ち上がって戦わねばならない。自由はタダでない。‘セヌリ党’も‘正しい政党’もメディアも、われわれの味方でない。自由人たちが直接立ち上がるしかない。ファイティング、自由の戦士たちよ!

柳根一の耽美主義クラブhttp://cafe.daum.net/aestheticismclub 2017.01.23 20:47

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 大韓民国の理念と価値に反する文化活動を点検するリスト作成と支援中止がなぜ問題なのか。

                                                李江湖(フリーランス)

 文化体育観光部が作成した‘文化芸術界ブラックリスト’問題がおかしい方向へ発展している。国会が趙允旋文体部長官を聴聞会に呼んで追及してから1月12日の午前2時頃、特検が金種德前文体部長官、鄭官珠前文体文第1次官、申東喆前大統領政務秘書官の3人を拘束した。

 特検はブラックリストの作成と管理が大韓民国の自由民主主義の理念に反する重大な犯罪だと主張した。だが、特検のその主張こそ、むしろ大韓民国の自由民主主義理念に対する裏切りで籠絡だ。

 自由民主政府はその理念に反する活動を支援できない。

 自由民主主義国家は思想と表現の自由を保障する。誰でも自分の見解と主張を文化活動を通じて自由に表現できる。しかし、他の自由と同様に、表現の自由もそれに相応の責任が伴う。自分の表現活動が自由民主主義の理念と価値に衝突する内容のときは、それに対する責任を取らねばならない。

 さらに、いくら表現の自由を保障する自由民主主義国家でも、政府が国家の理念と価値に反する表現活動を支援することはできない。支援する理由がないだけでなく、そうする権利がない。自由民主主義体制の守護という自由民主主義国家政府の最も重要な優先的基本任務に反するからだ。したがって、政府は、政府の文化活動支援がそれに反していないかを点検する義務がある。そのような点検を怠って、無分別な支援が行われるのを放置するのがむしろ職務遺棄だ。

 なのに、特検は今、そういう原則に従っての政府の当然の点検活動を、いわゆる‘ブラックリスト’という煽動的なレッテルを付けて断罪に出た。また、朴大統領が左派文芸誌への支援を縮小させ、問題のある本の勧奨書籍に選定されないよう防いだと言い掛かりをつける。大統領がそうしたら、それは当然で、よくやったことだ。その当たり前の措置を問題にするのは、自由民主主義体制の守護という大韓民国の国家意志を凌辱することだ。

 学者がマルクス主義の史的唯物論に立脚して歴史の分析をし、論文や本を書くのは彼の学問的自由に該当する。民間でそういう出版物をそれなりに優秀図書として選定し推奨するのもその当事者の自由だ。しかし、国家予算で運営される出版文化振興院のような公共機関が大韓民国の理念と価値に反する出版物を勧奨するわけにはいかない。そういう行為は国民の税金に対する背任行為だ。にもかかわらず、今まで大韓民国の理念と価値に反する出版物が優秀図書として選ばれることが続いた。甚だしくは、金日成を称える本が選ばれたこともある。

 このような問題は、出版だけではなく他の多くの文化活動においても同じだった。市民団体や文化団体への政府の各種支援プログラムが無分別・無原則に行われたため反大韓民国的活動まで支援された。政府の支援金をもって大韓民国の理念と価値を嘲笑する宣伝物を作る皮肉なことが起きた。

 左派政権10年の積弊で、その積弊を急いで直さなかった安逸の結果でもあった。左派政権が反大韓民国的な文化活動を大胆に支援し、愛国的な文化人たちが不利益を被ったことがむしろ断罪されるべきだった。なのに、そのような問題を遅れながらも正そうとした努力が今罵倒されている。このようなとんでもない事態に屈すれば、大韓民国の自由民主体制が内部から崩壊するのを防げなくなる。

 ‘民衆文化論’の危険さを放置して良いのか

 自由民主主義の理念は、多様な主張を許す開放性と包容性を堅持する。批判の声は自然なものでかつ国の健康のため良いことでもある。ところが、韓国の今の状況は、健全な批判ではなく反体制的・反国家的な主張があふれている。自由を笠に自由を破壊し、民主にかこつけて民主を保障する憲政そのものを蹂躙する行動が何の制限も受けず行われている。

 政治領域だけでなく、社会の全分野がそうだ。むしろ文化・教育など社会の各分野の問題点が韓国政治を逆に規定していると言っても過言ではない。精神的健康の悪化が肉体的健康まで壊しているのと同じ状況だ。

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 いつからか韓国社会には、民衆という観念が国民という意識を追い出してその地位を占めている。そして、‘民衆文化’という文化的観念が文化の全領域に浸透して力を発揮している。‘民衆文化論’は一見、自由民主体制が許す思想と表現の自由の範囲内にあるような印象を与える。しかし、それは本質的に大韓民国という近代国民国家と自由民主主義的な価値に似合わない文化概念だ。

 民衆は決してそれ自体としてそのまま国民ではない。国民というのは自分が属している国の憲政秩序が要求する義務を果たし、規則を遵守することを前提とした一つの法的資格だ。国家の主権は国民にあるが、国家を離れると国民もない。民衆は、そのような国民になることで国家の主権者としての政治的、法的地位を獲得する。ところで、国民が民衆という概念をもって置き換えたら、その瞬間から国家は存在感を失って否定される。‘民衆文化’という概念にはそのような重大な問題点が内包されている。

 民衆文化論は、許可された自由に寄生しながら成長した、大韓民国に対する一種の政治的反文化現象だ。その中には国民ではなく階級主義的視点と近代国民国家に対する退行的な反動意識が潜んでいる。このような民衆文化論の蔓延は今、韓国社会の文化的健康性の弱化はもちろん、体制の正当性への懐疑まで拡散させている。この状況を放置するのは、大韓民国の自由民主主義体制を精神的に武装解除させるのも同然だ。

 必要なら百回でも点検リストを作らねばならない

 自由民主主義体制においての思想と表現の自由は、付与された祝福であって勝手に濫用されてもよい玩具でない。いくら自由体制と言っても、自由を否定し毀損する自由までを許す訳にはいかず、自由を護る自由国家自体を否定することを容認するものではない。

 自由民主主義体制である大韓民国政府の文化活動支援が、反自由民主的でかつ反大韓民国的な政治的文化策動に対してその対蹠的な立場に立つのは当然だ。そのために必要なら、百回でも点検リストは作らねばならず、その努力を放棄することがむしろ問責されねばならない。これを問題にするのはそれ自体が大韓民国への反逆だ。

www.chogabje.com 2017-01-12 14:28

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 たとえ無罪が宣告されることがあっても観客が喜ぶプレイをすると心に決めたようだ。

                                     われわれの未来(趙甲済ドットコム会員)

 金淇春と趙允旋に対する拘束令状が請求された。李在鎔に対する令状が棄却されたことに対して、朝鮮日報は社説を通してまた露骨に特検に入れ知恵をしたが、勘違いしたようだ。

 朝鮮日報の社説を書く人々の中で検察や法院関連問題は誰が主に書くのかは事情の分かる人なら皆知っている。その論説委員たちと親しい、同じ性向の法曹人たちが一生懸命にコーチしてだろうが今、特検はマスコミ界の弾劾賛成派とは目的がちょっと違うように見える。

 私は先日、朴英洙特検のやり方があまりにもおかしく卑劣で、朴英洙という人自体が元々派手に振舞うのが好きで、検察ができなかったことを自分はできるというふうに偉そうに捜査しているようだと批判したことがある。今もそう見えるが、その外にも思いつくことがある。

 朴英洙という人とその一味は、検察の捜査内容を十分熟知したはずで、金秀南体制の検察が、でき得る範囲内では大統領を最大限縛りつけたことが分かったはずだ。朴英洙特検はおそらく検察の既存の捜査結果を超える成果を出すことは難しいと判断したと思う。

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 しかし、朴智元をはじめ特検を声援する野党と左派陣営の期待に応える結果を出さねばならないため、方向を政治の方へ変えたと見られる。仮に無罪が宣告されることがあっても観客が喜ぶプレイをすると心に決めたようだ。そうでないなら無理なはずの法の適用や捜査をしているからだ。

 この頃、マスコミはいつも大げさにはしゃぐからともかく、市民たちも特検の令状が棄却されれば、‘特検の捜査に蹉跌が生じた’だのと言うが、実は特検の捜査は蹉跌でも何も、当初から話にならない捜査を押し通してきた。この雰囲気では仮に令状請求が棄却されても、法院に批判の矛先が向けられることをよく知っての捜査だった。明らかにそういう面がある。ところが、これまで意外に特検の無理な令状請求が順調に認められたのだ。李在鎔に対する令状の棄却は実は当然なことで、文亨杓などの令状を発したのが問題だったのだ。

 知識人たちが全部そうではないが、体を使う人々に比べて嫉妬が多く神経質勝ちだ。どの社会もそうだが、検察内でもそれなりの階層(?)間の葛藤が多い。名門大出身と地方大学出身、どれほど若いとき司法試験に合格したか、権力にコネがあるかないかなど...検察内でも所属員に対する誇張されたうわさが出回る。お金が多く学閥も良く器量があり家柄の良い人は嫉妬されるようになっている。

 金淇春や禹柄宇などはこの政権だけでなく、過去にも内部的に猜忌の対象だったと伝えられる。趙允旋もその業界ではそうだったと言われ...

 以前、韓火グループ金昇淵会長が拘束されたとき、警察幹部の一人が私と食事をしながら言うのが、警察内部には財閥だけでなく、自己組織の高位幹部たちが処罰されるのを見てカタルシスを感じる人々が多いと言った。その言葉を聞いて‘この人に危ないな、相手にしては駄目だな’という気がし、‘本当におかしな心を持つ人々が多いな’と思ったが、この頃もそういう気分になる。

 特検は今、特定の世論に気を配っているように見られる。最大限に時間を稼ぎながら、様々な情報を少しずつ流して捜査対象を起訴すべきかどうか、有・無罪と関係なしにそのイメージに泥を塗ろうとしているようだ。明確にそう見える。つまり、令状が受け入れられれば良く、有罪となればもっと良く、不発に終わっても法院に責任を転嫁できると見ているようだ。高度の目的を持って完全に政治的プレーをしているわけだ。そのため令状が棄却された人に対して再捜査だの何だのと派手な言論プレイをする。それこそ蒸し返しなのだ。

 特検としては完全に花見劫なのだ。拘束するかどうかではなく、この政権と保守、公安勢力を辱め朴大統領を不正だらけに見えるように悪いイメージをかぶせ、味方の勢力にカタルシスまで与えられるメニュー。それがまさに金淇春と趙允旋に対する拘束令状の請求だ。

 韓明淑(盧武鉉政権の女性総理)は数億ウォンをもらっても不拘束の裁判を受けたのに、逃走の憂慮もなく、すでにすべての資料が公開されて証拠隠滅の可能性もない現職長官と傘寿の元検察総帥を無理な偽証疑惑などで拘束すべきか。令状を請求しても江南警察署などで待機するようにして拘束されるまでは拘置所の収容服を着ないように配慮ができなかったのか。あえて拘置所に入れるべきだったのか。今、特検のこの態度に対してサディスティック変態たちだと糾弾するネチズンたちが多い。

 今になって金秀南検察総長を恨む声も多い。なぜそこまでやったかと叫ぶ。なぜそうしたのか。検察事情に詳しいある筋はこう言った。“なぜだって。朴大統領がそれまで元老たちだけを相手し総長である自分を無視したと思ったんだろう...”本当にそうなのか。よく分からない。だが、成功した知識人たちが誰かに恨みを抱くときのを見れば、自分を馬鹿にしたということが主な理由の場合が多いようだ。

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 愛国市民たちはロウソク群れを圧倒している。大韓民国号は甲板の下の3等船室、2等船室では善良な乗客たちが悪質乗客たちを鎮圧している。しかし、デッキや操舵室を海賊たちが掌握し、船長室の前に陣取っている。大韓民国というピラミッドには、中上層を掌握した10%のいわゆる知識人たちが彼らのすぐ下の階の10%の行動派を率いて全体を揺るがす。その20%が底辺の善良な市民たちと最上階の指導者の間を遮る。その20%に属するメディア、教授、政治家などの集団が自分たちの主張だけが民意で、それ以外の声は犬や豚の音のように取り扱う。

 セヌリ党は徐淸源、崔炅煥、尹相炫などに党員資格停止3年の懲戒を下したという。主な理由は先の総選挙の公認波紋などで党に迷惑をかけたとのことだ。資格停止3年なら事実上、党員としての命は終わりだ。李漢久はすでに除名されたという。やはり公認問題で。これは言い換えれば、先の総選挙のとき非朴系の行為が正しかったということだ。では、今のセヌリ党は事実上、‘正しい政党’の2中隊という話ではないか。

 セヌリ党を破壊してから去ったいわゆる非朴系は、文字通り去ったから問題がなく、セヌリ党は後に彼らと連帯も可能だというから今、懲戒を受けた人だけが悔しくなった。

 どの党も同じだが、政党は政権をとるため存在し、大統領制の下で政党の政権獲得は当然、大統領を排出することだ。‘民主主義’を護るため民主主義を破壊する勢力にも愛を施そうという者らが‘民主主義’というものを教祖的に仰ぐように、いつからか大統領が与党から離れるべきだと叫ぶ。党と大統領は別個という原論に忠実(?)すべきだという。セヌリ党の党憲、党規には大統領を中心として力を合わせて努力するという条項がないか。

 セヌリ党にはもういわゆる‘親朴’がほとんどない。これで満足が。セヌリ号を掌握した勢力が推戴する大統領候補は誰か。鄭宇澤が乗り出すか。誰を推戴してもそういうセヌリ党が何の保守的政策を推進できるだろうか。しかも、今の野党勢力が多数を占める状況が3年も残った状況で... 。

 愛国市民たちが街頭に出て純粋に正義を叫んでいる間に、主流新聞の連合勢力と保守の仮面をかぶった日和見主義の政治家たちは以心伝心で心を合わせて制度圏の操縦室を一つずつ掌握している。犬や豚が数百万匹が街頭に出ても、大韓民国号は結局は私たちが操縦桿を握るという態度だ。操縦桿を握ったら甲板に上がってくる出入口をすべて閉めて出発すれば良いと見ている。そのうちにデッキの下では鉄の扉を叩いて疲れた豚たちが自分の場所に戻って寝るようになると見ているのだ。

 感情が激してちょっと乱暴に書いた。

www.chogabje.com 2017-01-20 23:47

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 なぜ韓国のマスコミは太極旗集会を恐れるのか。偽りの王は真実の旗を憎む。メディアらは太極旗集会を殺してこそ大統領弾劾を引き出せ、そういてこそメディア自らが生きられると、つまり自らの扇動の罪を覆うことができると思うはずだ。

                                                       趙甲濟

 左派に立ち向かって国家のアイデンティティを守護しようとした大統領を追い出すため先頭に立ったのが族閥言論で、彼らが支えたセヌリ党の族閥議員たちだった。どういう共通点があるのか。守るべきものが多いため恐怖を感じただろうか。容易に得られたものは容易に失うことを知っているためか。

 今年に入って朴槿恵大統領弾劾に反対する太極旗集会が、憲法裁判所で弾劾審判が行われているにもかかわら大統領を追い出そうとするロウソク集会より多くの市民を動員している。ロウソク示威が組織的動員だが、太極旗集会は非組織的で自発的な参加が多いのが特徴だ。太極旗集会は、憲政秩序の守護を叫び、ロウソク集会は大体反体制的だ。ならば、メディアらは記事価値の優先順位に従って太極旗集会を大きく報道すべきだ。

 最近まで韓国のすべての主流メディアらは意図的に太極旗集会を縮小報道するか完全黙殺した。反面、ロウソク示威は優遇するか誇張報道した。紙の新聞ではロウソク示威だけを報道し、もっとたくさん集まった太極旗集会は一行も報道しない場合が多かった。韓国メディア史上、永遠に記録される犯罪的な偏向報道だ。日帝の下で新聞らが独立運動をまともに報道しなかったことや、権威主義政権時代の民主化示威をまともに報道しなかったことよりも悪質な自発的な真実隠蔽だ。メディアの乱動であり、太極旗を消す行為だ。

 メディアらが太極旗集会に対してここまで敵対的に出るには理由がある。韓国のメディアらは、左右の区別なく、朴槿恵大統領と右派勢力罵倒において一つの声を出し共助している。その一つの声は事実に基づいたものではなく誇張、歪曲、捏造、偏向の扇動だ。扇動の方向性は反大韓民国だ。この点では平壤の労働新聞と差がない。労働新聞が韓国メディアを絶賛する理由はこの方向性のためだ。

 韓国メディアは偽りの共同体になった。あまりにも多くの犯罪的扇動報道をしたため、相互批判が不可能だ。互いに弱点を握られ弱点を握っている共犯関係だ。マスコミが相互批判をせず同じ声を出す社会は全体主義化し自淨能力を失う。こういうメディアらは、検察と国会に対する批判と牽制も放棄し、権力と結託し一種のカルテルを形成した。

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 太極旗集会は、韓国のメディアらのこのような犯罪的な過誤いを集中的に攻撃する。殺伐とした雰囲気のため取材記者たちも恐れるようになる。だからと言って、示威隊が暴力を行使はしないが、後ろ暗ければしりもちつくように萎縮される。煽動メディアらは太極旗集会が大きくなって憲法裁判所が影響を受けて国会の大統領弾劾訴追を棄却する決定を下すのが不安だ。そうなれば、煽動メディアらと検察の陰謀が暴露されて怒った国民たちの審判を受けるようになることをよく知っている。

 メディアらは太極旗集会を殺してこそ大統領弾劾を引き出せ、そういてこそメディアらが生きられると、つまり自らの扇動の罪を覆うことができると思うはずだ。韓国の煽動メディアらは弾劾問題が憲法裁判所に移った後も偏向報道を止めていない。落ち着いて裁判の過程を中継、国会と大統領の両方の意見を公平に伝えるべきなのに、一方的に大統領側を責め立てる。憲法裁判所に対しては拙速裁判を圧迫する。

 そういうメディアらとしては太極旗集会が大きくなるのは本当に不安であるだろう。太極旗勢力と韓国のメディアらは対蹠点に立つようになった。太極旗は正義、憲法、国家、自由民主主義を象徴し、ロウソクは偽り、変革(革命)、反法治を象徴する。ロウソク示威の後見人の役割をなしたマスコミはロウソクが象徴するものらを象徴する。マスコミらが真実を隠蔽し事実を歪曲する側に立ったため、国民たちの分別力も一緒に壊れる。善と悪、真実と嘘、敵と味方を分別できない国民が多数になれば、彼らはスパイや詐欺師を大統領や国会議員に選ぶことになる。民主主義が形骸化するのだ。

 幸いなことに、スマートフォン、インターネット、YouTubeのような新しいメディアが活路だ。主流メディアらの堕落にもかかわらず、太極旗集会がここまで大きくなれたのは、このような個人メディアらのおかげだ。

 太極旗集会に対して特に敵対的な媒体は日中偏向放送という別名が付けられた総合編成の4社だ。彼らは族閥言論という共通点がある。族閥言論は自由民主体制で問題はない。私有財産権に属する。だが、自由民主を否定する族閥扇動メディアは許されない。族閥がメディアを扇動機構にするのは自分の存立を可能にしている自由民主体制への反逆だ。‘メディアの乱’を起こした族閥扇動メディアは膺懲されねばならない。

 左派に立ち向かって国家のアイデンティティを守護しようとした大統領を追い出すため先頭に立ったのが族閥言論で、彼らが支えたセヌリ党の族閥議員たちだった。どういう共通点があるのか。守るべきものが多いため恐怖を感じただろうか。容易に得られたものは容易に失うことを知っているためか。

 太極旗示威は壬辰倭乱のときの義兵の蜂起、日本植民地下の独立運動、建国時期の反共運動、そして‘民主化運動’の脈を継ぐ。真実、正義、自由を核心的価値観としており、愛国的で平和的で純粋だ。これを黙殺するメディアが恐れているのはまさに真実だ。

 太極旗集会に最も似た示威は3.1運動であろう。3.1運動が民を国民に変えたように、太極旗集会は市民を闘士に変えている。民主闘士を超えて自由の闘士へ、だ。反権力運動というよりじゃ反言論運動だ。偽りへの抵抗だ。偽りの王になったメディアへの服従を拒否する国民たちの決起が新しい韓国を作るだろう。太極旗が新しい歴史を書いている。前進する歴史を過去へ戻そうとする朝鮮朝の末裔である扇動言論人たちの未来は暗い。

  *太極旗集会に歴史的意味を付与するなら世界初の、最大規模の扇動メディアへの反対運動ということだ。最悪の亡国的扇動に対する国民抵抗だ。韓国のメディアらは魂が壊れた。北韓政権が発信した、悪霊を呼ぶ‘3民(民族、民主、民衆)コード’が脳髄を感染させたためではないだろうか。

www.chogabje.com 2017-01-28 01:02

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 ‘革命検察’に変わった‘特検’の刃が私の首を斬る前に解体せねばならない。違法・違憲で任命された朴英洙特検を解任せねばならない。

                                        金平祐(元大韓弁護士協会会長)

 このような人が特検の刀を握ったため本当に国が心配だ。いや、もっと根本的にはこんな非常識の特検の無理な請求に対して判事が拘束令状を発するのがもっと大きな問題だ。

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 朴英洙特別検事に対する懸念が噴出している。先週は朴英洙特検が韓国を代表する企業、サムスン電子の李在鎔副会長を贈賄の疑いで拘束するという記事が国内外に報道された。朴英洙は大検中央捜査部長のときSKグループの崔泰源会長と現代自動車グループの鄭夢九会長を拘束したが今回、特別検事として三星グループの李在鎔副会長を拘束すれば、韓国の3大グループ会長を全部拘束する、それこそグループ会長キラーになるところだった。

 米国など先進国では基本的人権として認められている保釈制度が韓国にはない。(韓国では事実上、病気の保釈のみが認められ、保釈金を出して釈放された本当の保釈ほとんど許されない)。そのため、韓国での拘束は検事が被疑者を最初20日間はいつでも勝手に呼んで尋問でき、企業のすべての帳簿を押収して企業活動を麻痺させられる恐ろしい刑罰だ。企業の会長、社長、役員たちは一旦拘束されれば裁判が終わるまで数ヶ月間、拘置所で青い囚人服を着て電話もできず家族にも会えない。(特別面会という狭い門を通らねならない)完全な刑務所生活だ。

 有罪判決が出るまでは無罪と推定するという憲法の人権精神はどこにもない。一方、米国などの先進国では保釈を基本的人権として認識している。被疑者、つまり犯罪容疑者を拘束する際は、必ず一定額を現金か証書で納めれば釈放されるという保釈条件付きだ。被疑者が別に保釈を申請する必要もない。それで、刑事被疑者でも有罪判決が下される前に拘束される人はほとんどいない。

 ただ、保釈期間中は旅行が制限され裁判には出席するという義務があるだけだ。結局、拘束自体はたいしたことでない。大きなニュースにならない。残念ながら韓国ではこのような捜査段階での保釈制度がない。刑事訴訟法の保釈規定は検事の捜査が完了した後、つまり起訴された後、被疑者が別途に申請する保釈だが、実際には病保釈の外は許可されることが非常に少ない。被告人が犯行を自白した場合を除けば許可は期待できない。

 結局、韓国では拘束それ自体が恐ろしい刑罰であるため、企業家たちが特別捜査部(略称特殊部)、中央捜査部(略称中捜部)、特別検事(略称特検)に捕まっては拘束されれば、その企業はもはや潰れたと一般の人々が考え取引を遠慮するため正常な企業も本当に潰れる。だから拘束された人々は検事が望む答えをはい、はいと無条件答えるしかない。

 拘束が自白(虚偽の自白である可能性が高い。強要された陳述であるため真実とは距離があると見るしかない)を生み、自白が有罪を作る韓国の原始的な捜査と裁判の構造がここから生まれる。韓国の法治主義がまともに機能しない根本的な原因がまさに保釈制度の不備から来るものだ。

 いずれにせよ、拘束された当事者たちはもはや私の人生は終わったと思う。それで、少なからぬ企業家たちが逮捕される前に自殺した。どんなにせっぱつまれば、現代グループ会長の鄭夢憲氏、甚だしくは大統領まで務めた盧武鉉氏が自殺しただろうか(もし、外国のように保釈を基本的人権として憲法に規定したらそういう不幸なことがなかったはずだ)。

 このような歴史的背景のために中央捜査部はなくなった。なのに、特検はまだ残っている。今は特検が従来の特殊部・中捜部がやったことを全部やる。名前が変わっただけで行動は全く同じだ。今まで朴英洙特検がやった行動を見ると尋常でない。

 まず、捜査の範囲が問題だ。元々朴英洙特検は崔順実事件を調査するため作った。ところが、いわゆるブラックリストと言い文化体育部の業務文書を調査してこれが憲法上の言論の自由を侵害したという理由で高位職の公務員たちを拘束した。筆者がいくら朴英洙特検法を見ても特検の調査対象にはない項目だ。それでも令状が発された。

 担当の判事は果たして朴英洙特検の調査対象を確認したのか疑問を感じる。仮に調査対象に入ると仮定しても、調査対象なら無条件犯罪であるということではない。ブラックリストであれレッドリストであれ、公務員が業務上の必要でリストを作るのは正当な業務で、それ自体が違法、違憲になるわけではない。警察や検察もいわゆる捜査対象者、観察対象者などのリストを作って常時チェックしている。では、そういうリストも憲法上の人権侵害だから犯罪になるべきではないか。自分達がやることは合法で、他の省庁の業務リストは違法、犯罪とは言えないのではないか。理解できない。

 そもそも、犯罪になるためには罪刑法定主義の原則上、実定法に処罰規定が必要だ。公務員はブラックリストを作るな、作れば処罰するという刑事処罰の法律が大韓民国法典のどこにもない。したがって、警察や検察も捜査対象、要観察対象者の名簿を作るのではないか。憲法上、言論の自由を侵害した犯罪という罪もない。憲法の言論の自由の原則に違反したら憲法訴訟、行政訴訟を起こして憲法違反かどうかを憲法裁判所が判決すべきで、特検が憲法違反までを判決して憲法違反として人を拘束し、憲法違反の罪で起訴すべきではない。

 刑法の本の最初の章に罪刑法定主義が出る。罪と罰は法律で定めるという非常に基本的な憲法原則、刑事法の原則だ。しかし、朴英洙特別検事はこの基本原則を無視しているのではないか。このような人が特検の刀を握ったため本当に国が心配だ。いや、もっと根本的にはこんな非常識の特検の無理な請求に対して判事が拘束令状を発するのがもっと大きな問題だ。

 こうなれば、朴英洙特検の言葉が大韓民国の法ということになる。それだけでない。朴英洙特検がインターポールに、鄭ユラという女子をテロリスト級の重罪罪人リストに入れて逮捕を依頼したという。母親の崔順実を自白させるため逮捕するというから、こうは日帝時代に特務警察や憲兵が韓国の独立運動家たちを捕まえて自白させるために使った手法と何が違うか!

 今日は三星グループが、明日はどこの大企業が対象になるか誰も知らない。ミール財団、Kスポーツ財団に出捐したすべての大企業の総帥たちがいつ逮捕されるか分からず外国出張もできず震えているという。これらの大企業と関連のある数百、数千の中小企業も皆がいつ火の粉が自分たちに降りて拘束され、税務調査を受けるかと超緊張状態になるのは当然だ。

 文化界、行政府、企業、このように国中が恐怖の中で震えている。果たしてこれが特検の任務で使命なのか元々特検はこのように国中を恐怖に追い込むため作った制度でない。

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 元々特検制度は米国で権力型不正を権力から独立した捜査官が調査する慣習法(common law)上の捜査制度だったが、1972年ウォーターゲート事件のときニクソン大統領および彼のホワイトハウスの参謀たちがウォーターゲート侵入事件の縮小、隠蔽に関連したという疑惑を受けるや、関連がないという大統領とその側近たちの言葉を信じて、連邦政府の法務部長官が疑惑を解消させる目的で検事を経歴のあるハーバード大学法学部教授(Archibald Cox)を独立検事(Independent Prosecutor)として任命して調査させたのが始まりだ。ところで、この独立検事がホワイトハウスの業務録音テープを調査しようとしらニクソン大統領がコックス独立検事を解任したため、大統領と議会の間で本格的な権力闘争が展開され、それがついに議会の弾劾試図と大統領の辞職につながったのだ。その後、米国連邦議会は慣習法上の独立検事制を参考して、政府倫理法(The Ethics in Government Act)第6章に独立検事(Independent Counsel Law)を制定するに至った。

 だが、米国のこの独立検事制度については米国内で批判が多い。一番の問題は実効性だ。短い時間に制限された人力で権力型の不正を調査することは決して容易でない。ほとんどの独立検事たちが国家予算だけを浪費し成果を上げられなかった。

 米国で何かの新たな制度ができたら直ぐ輸入して実験するのが韓国の癖だ(そうしながら、いざ米国の民主主義の基礎である法治主義はまったく学ばない。根は学ばず最新のブランド、外見だけが好きなようだ)。

 韓国では1999年、金大中大政権のとき俗称‘検察総長夫人への服ロビー事件’の際、初めて特別検事制を導入した以来、2016年の崔順実ゲートに対する朴英洙特検に至るまで17年間、合計12回の特検があった。おそらく世界で最も特検の運用率が高い国だ。だが、事後の評価は低い。成果があったのは2回だけだ。残りは疑いを発見できず疑惑だけを残した。甚だしくは、特検が起訴した事件が法院で無罪となった事例もある。そのため特検無用論が出る。

 そもそも権力型不正は捜査が容易でない。香港やシンガポールの例を見ると、権力構造と権力不正に対して長年の捜査経験を持つ捜査要員たちがおり、その要員たちが数年、何十年の情報、つまりノウハウを蓄積してこそ成果が出る。権力型不正に関する専門知識もなく、清廉だとか、中立的だとかの名分で突然任命されて数ヶ月程度捜査することでは成果が出られない。

 ところで、実際に警戒すべきことは、特検の成果がないということではい。むしろ、朴英洙特検のように、自分の捜査経験を信じ、短い時間で成果を出そうと無理をするとき生じる権力乱用だ。特検が過剰捜査であちこと、むやみにまず拘束して虚偽の自白を引き出し始めれば、大変なことになる。被疑者を拘束して自白させることはさほど難しいことと言えない。朝鮮時代の管理もやったし、アフリカや南米のような国でも全部やる。

 韓国警察もいくらでもできる。そう捜査するならあえて特検を作って巨額の予算を浪費する必要がない。本当に捜査技術、実力があると言えるためには被疑者を拘束せず、つまり、外国のように被疑者が保釈で釈放されて弁護人を同行して検察と対等な自由な状態で証拠を見つけ、その証拠を持って法院で有罪判決を引き出してこと本当に実力のある特別検事だ。

 だが、今朴英洙特検は独立検事本来の趣旨から外れて全能の捜査権力を行使する、まるで革命検察のように振舞う。根本的な問題は、朴英洙特検の出発、そのものが適法でないところにあると思う。

 今回の朴英洙特検は2016年11月22日、国会が作った法律によって90日間の時限で(延長は可能)崔順実事件の15個の疑惑事件を調査するため設立された臨時の捜査機構だ。しかし、この法律は特検の任命手続について最初から異常に始まった。元々特検は国会が任命権を行使するか、それとも、国会が大法院長や大統領に任命権を委任するのが慣例だ。しかし、この法律は国会ではなく、国会の「共に民主党」と「国民の党」の二つの野党が推薦権を行使することになっている。大統領はこの二つの野党の推薦を受けて任命権を行使するよう法律で規定した。三権分立の原則上、大統領に推薦権を行使する憲法機関は国会となるべきで、国会の内部機関に過ぎない政党が直接、大統領に推薦権を行使するのはそれ自体が違憲だ。これはまるで大法院長ではなく大法院長の秘書室長が大統領に法官を推薦するも同然だ。

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 大統領に対する欠礼も甚だしい。これは大統領に対する侮辱だ。それだけではない。野党だけが推薦すれば野党の特検であってどうして権力から独立した中立的特検になれるか。そういう点から朴英洙特検はその任命の手続きから憲法に違反し、特検法の精神に反する違法・違憲の特検だ。

 筆者が見るには、朴英洙特検が今のように‘革命検察’のようにおかしく行動するのは、その出発自体が拙速でまったく野党の政治的目的からできたためだと思う。今、この国は非正常だ。法治主義が故障した。国会が三権分立の原則を無視して大統領の権限を簒奪している。憲法と特検法の精神に反する違法特検が革命検察のように国中をむやみに捜査し勝手に拘束する。法院は、検の剣幕に押されて(?)罪刑法定主義の基本原理も守らない特検の令状請求に目を閉じて令状を発する。

 朴英洙特検が朝鮮総督のように国民の上に君臨して全国民を恐怖に追い込んでいる。朴英洙特検のこの横暴を国民たちが止めなければ、断言するがこの国は1960年代の中国の文化革命のように恐怖の無法地帯になる。このような恐怖状況では憲法裁判所の弾劾裁判も正常にできない。朴槿恵大統領一人の危機ではない。われわれ皆の安全と財産が危うい。

 米国独立戦争のときベンジャミン・フランクリンの有名な言葉がある。“われわれ皆が一緒に絞首刑にされないと、間違いなく皆が一人ずつ絞首される”(We must hang all together or most assuredly we will hang separately。)

 恐怖と戦うためには団結せねばならない。散らばれば恐怖によって一人ずつやられる。‘革命検察’に変わった‘特検’の刃が私の首を斬る前に解体せねばならない。違法・違憲で任命された朴英洙特検を解任せねばならない。(2017年1月18日)

www.chogabje.com 2017-01-24 13:00

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 朴槿惠大統領は1月25日、韓国経済新聞の鄭奎載主筆が運営するインターネット媒体「チョン・ギュジェTV」のインタビューに応じて弾劾訴追後の心境などについて語った。朴大統領は昨年12月の弾劾案可決後、青瓦台出入り記者団との元日懇談会の外はメディアと一切接触しなかった。

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https://youtu.be/UHFsgj29oKU

 今日、朴大統領のインターネット媒体とのインタビューしたのは、弾劾審判に臨む大統領側の代理人団(弁護団)の助言で実現されたもので、同日、朴漢徹憲法裁判所長が3月13日まで結論を出さねばならいないと表明した直後に行なわれた。

 今月末に任期満了で退任する朴漢徹所長は、今日(25日)が退任前の最後の弾劾審判弁論への出席だった。朴漢徹憲法裁判所長が宣告を急ぐと異例的に発表したのは、自分の外にも李貞美憲法裁判官が3月13日に退任するため、その後は憲法裁判所の弾劾審理に支障をきたす憂慮があるという理屈だ。

 一方、朴槿恵大統領の代理人団は、朴漢徹所長の表明は弾劾審判手続きの公正さを害する重大な問題であることを指摘、猛烈に反発した。もっとも、事実関係すらまだほとんど確認されていない国家的重大事を宣告日を決めておいてから審理を急ぐのは誰が見てもおかしい暴挙だ。

 韓国大統領が「1人メディア媒体」性格のインターネット媒体と単独会見に応じたのは前代未聞の出来事だが、これは韓国政府を麻痺させた今回の「弾劾事態」が左翼が支配するメディアらの捏造と煽動がもたらした「メディアの乱」の側面に対する不満の表れである同時に、米国の「トランプ現象」でも確認されたように、既存の巨大メディアの発信力に挑戦する「ニューメディア時代の到来」を確認させた象徴的な事件とも言える。

 「朴大統領の肉声反撃」という字幕で放送された、韓国経済新聞主筆の鄭奎載(チョン・ギュジェ)氏とのインタビューで語った朴大統領の「重い心境」の要旨を紹介する。インタビューはこの統一日報のホームページの右の「정규재TV」からでも見られる。

 朴大統領は数日前に国立墓地の両親の墓参りに行ったと言った。朴大統領は自分が弾劾訴追されたことは「ある勢力によって企画されたもの」という認識を表明し、大統領に向かって口にするのも恥ずかしい低級な噂に関する質問に対しても、淡々とした態度で事実無根であると答えた。

 文化体育観光部の趙允旋長官らが左派系文化人のリストを作っていたことを理由に職権乱用で逮捕された件については、常識的には考えられない行き過ぎであるとの見方を示し、ブラックリストについては知らなかったと答えた。

 一連の疑惑を報じたメディアについては、「私が知らない話まで出ている」と述べ、虚偽の内容が含まれていると訴えた。弾劾の端緒となった崔順実被告の国政関与については、機密は漏れていないことを強調。人事については誰に推薦を受けても正式な手続きを踏んでおり、崔被告の思うままになることはないと否定した。演説原稿への助言については、一般にどう受け取られるかを聞いただけなどと説明した。特別検察の調査への対応については日程を調整中だという。

 ロウソク示威に対しては、メディアの報道に影響されたものとの見方を示した。それに対抗する太極旗集会が勢いを増していることには「雪が降ったり寒い中で来ている人を思うと胸がいっぱいになる」と述べた。ただ、双方の集会に顔を出す考えは今のところないと言った。

 セヌリ党が崩壊していることについては、会社や学校などさまざまな組織がある中、政党のみが同志といえる理念によってまとまった結社であると指摘、利害や私利だけでつながった政党は力を出せないと述べた。

 崔順実被告が自身にとってどのような存在なのかと改めて尋ねられた朴大統領は、長い時間付き合ってきて身の回りの世話をしてくれた人だが、今回の事態を通じて今まで知らなかった姿(事業やそれに絡む不正疑惑)があったことにショックを受けたようだった。

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 韓国の生存半径、つまり経済的生存圏の拡張が貧しい者に良い知らせを伝える唯一の道だ。

                                         金成昱(社)韓国自由連合代表

1.三星電子の李在鎔副会長の拘束論難は韓国の未来をかけた象徴的闘争の一つだ。自由か平等か。グローバル化された自由主義秩序で国益を最大化するか、それとも社会的平等と機会の均等を掲げた休戦線以南だけの正義を優先させるのか。右派が正しいのかそれとも左派か。そして親米か親中なのか。

 いわゆる保守勢力は、富裕な者らが恐怖に慄く社会、つまり人民民主主義の下で廃れる韓国の南米式の没落を恐れる。自称‘進歩’は二極化された新自由主義の下で病んで行く大衆の絶望に怒る。韓国は今、特異な変曲点の上に立っている。

2.哲学に悩む以前に法理論争があるの事実だ。要するに、捜査の開始は犯罪に対する主觀的疑いで十分だ。しかし、‘拘束令状の請求’や‘公訴提起’は犯罪の客観的嫌疑を明示せねばならない。これは被疑者が‘犯罪を犯したという高度の蓋然性’を意味する。最終的に有罪判決は‘合理的に疑いのない確信が持てるほど犯罪が証明’されねばならない。

 この法理によれば、‘進歩左派’の立場を代弁してきた特検の論理は均衡を失った。特検は‘代価性’や‘不正な請託’に対する犯罪の客觀的嫌疑を立証できなかった。‘権力の強要による出捐’という三星側の反発と‘権力と企業が共謀した賂物ロビー’と強弁する特検の攻撃が衝突したため、これは拘束の必須前提だ。李副会長を拘束すべき‘証拠の隠滅’や‘逃走の恐れがある’とも言えない。‘朴槿恵・崔順実が利益を共有した経済共同体’という論理を動員したが、多数の法曹の共感も得られ難い。趙義衍ソウル中央地裁令状担当部長判事は1月19日、令状請求を棄却しながらこう言った。

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 “賄賂犯罪の要件となる代価関係と不正な請託などに対する現在までの疎明の程度、各種支援経緯に関する具体的な事実関係とその法律的評価をめぐる争いの余地、関係者の調査を含めて、現在までの捜査内容と進行経過などに照らして見たとき、現段階で拘束の事由と必要性、相当性を認め難い”

 難しい話でない。法学概論の基本概念に近い。拘束するなら具体的な証拠を提示せよということだ。

3.特検は予断した。李副会長の拘束が正義に符合すると思っただろう。韓国の識者層の骨髄に刻まれた‘不滅’の哲学が発動されたものかも知れない。金と権力を独占した者たちの癒着が、結局は貧しい者ら、奪われた人々の苦痛を大きくするという認識、自由という名の下で所得不平等の拡大と階層間移動の断絶、社会葛藤と不和の拡散が最大の問題と見たはずだ。孔子もそうだった。国を豊かにする前に、二極化とこれによる社会葛藤、不均衡と不安をもっと憂慮せねばならないと言った。

 東洋は西洋と違ってきた。違う者らが往来する移動文明、遊牧社會でない。定着文明、お互い似たような人同士が一緒に生きる農耕社會だ。この東洋では自由というものは富裕な者、力の強い者が存分に振舞う搾取と支配の道具として悪用されたことが多かった。平等は東洋の民衆が夢見た至高の価値、またそういう大同社會を理想的な楽園のモデルとして見做した。

 韓国は去る70年間、朝鮮王朝500年軌跡の逆を辿った。貿易と移民を通じて世界へ出かけ、共産主義と戦いながら平等ではなく自由が国家の原則になった。今、歴史の転換期でまた方向を変えようとしている。変曲点だ。特検と国会、メデと知識人集団は韓国で拡散する葛藤の原因を、二極化と社会葛藤、不均衡と不安にあると見る。これを毀損した三星を懲らしめるべきと正義の刃を用意する。憲法第119条2項の‘経済民主化規定’を強調もするが、何よりも‘平等を実践する正義’が敎條化した。

 既得権と特権の打破さえ叫べば、神聖不可侵のような雰囲気だ。他の価値や国益も無視される。300兆の売上高を上げるグローバル企業の総帥を拘束したら、韓国経済の信頼が打撃を受けること、現に三星電子が80億ドル(9兆ウォン)という巨額で買収を決定した米ハーマン社株主たちの集団訴訟が激化すること、エリオット・マネジメントなどグローバル投資家たちが再び集団訴訟に出る動きであることなど。このすべての談論は野蛮な者たちのはしゃぎとして片づけられる。彼らは正義の旗を振りながら大同社会や差別のない世界に向けて勇敢に前進する。それが仮に国が亡びる結果をもたらしても、バアルのような‘不条理打破’という呪文ばかりを叫ぶ。

4.昨日のことだ。市内まで二時間を統一路を車で走った。道路の両方は、客が途絶えた小さな商店街と商店ら。撤市したような食堂街、土木関連店らもシャッターが降りたところが多い。終末論的(?)緊張感も感じられる。ほとんどが何千万から数億ウォンの借金を抱えて日常の幸せを夢見てきた庶民たち、この地の国民だ。知り合いが退職金を全部投じて外郭の商店を買ったが、子供たちの学費も稼げない現実に当惑している。

 貧しい人々は私たち皆がそうであるように、既得権や特権に怒り、金持ちの横暴に憤慨するかもしれない。しかし、愚かな原始平等は答えになれない。この狭い国で、怒りを超えた憎悪、憎しみ、敵意を何倍に増幅させた不完全な正義の剣は皆を殺す。皆を殺す審判と報復ではなく、容赦と愛、そして新鮮なビジョンが皆を救う。

 皆が生きる道がある。早く平壌政権を終わらせ、もっと広い領土、もっと多い資源、もっと多い人口を確保してこそ停滞と混乱を避けられる。生存半径、つまり経済的生存圈の拡張が貧しい者に良い知らせを伝える唯一の道だ。捕虜となった者に自由を与え、縛られた者を開放するのが血路だ。左派は自らの親北的限界を打ち壊し、右派は守旧的限界を拭うとき未来が開かれる。滅びつつある平壌政権を早く滅ぼすという左派の決断と、もっと強い圧迫と抑制を加えるべきだという右派、特に経済的自由主義者たちと保守プロテスタント集団の決断が、悪魔の暗闇を終わらせる要諦だ。われわれは今、決断と復興の岐路に立っている。

http://libertyherald.co.kr 2017-01-19 16:44

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 建国以来最悪の金融詐欺だった貯蓄銀行事件と文在寅首席の電話一通、そして59億ウォンの受任料。

                                                       趙甲濟

 文元代表は“朴槿恵政府だけでなく李明博政府でも国家権力を私的目的に使用することが多かった”、“できる限り、審判し責任を問わねばならない”と述べた。

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1.盧武鉉政権の民情首席・文在寅が釜山貯蓄銀行側から頼まれて検査中の金融監督院の責任者に善処を頼む電話。

2.金融監督院は営業停止すべき不正を発見しながら釜山貯蓄銀行に機関警告など最もぬるい処罰措置。

3.その後、文在寅が共同所有していた法務法人が釜山貯蓄銀行から単純な借金督促業務で59億ウォン(盧武鉉政権のとき)の受任料をもらった。

4.文の電話を受けた金融監督院の局長も釜山貯蓄銀行に情報を提供して2億ウォンをもらった。

5.釜山貯蓄銀行の営業停止によって6兆ウォン台の被害が発生。
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 文在寅「共に民主党」元代表は1月17日、『大韓民国に問う』という著書の紹介文で険悪な言葉を吐き出した。彼は“最も強烈に言いたいのは韓国政治の主流勢力を交替すべきだという当為性”と言い“したがって、大清算、大改造、時代交替、歴史交換、こういう表現らを使う”と言った。文氏は保守勢力を罵倒した。

 “解放されたとき親日歴史がきちんと清算され独立運動精神を称えてこそ社会正義が確立されたはず”とし、“独裁軍部勢力と安保に事寄せた疑似保守勢力は、民主化の後もわが社会を支配し、その時々化粧だけを変えた”という。彼は“親日から反共へあるいは産業化勢力へと、地域主義を利用した保守という名で、これが本当に偽善的な虚偽の勢力”と言い、1987年6月抗争以後、民主政府が出現したら、独裁やそれた尽くした集団を適切に審判して常識的で健康な国になったはず“と言った。

 左翼大学生レベルの歴史認識だ。反共と親日、産業化と保守を一つの勢力として規定した文元代表は、“朴槿恵政府だけでなく李明博政権でも国家権力を私的な目的使用することが多かった”とし“できる限り、審判し責任を問わねばならない”と言った。

 権力を私的に使用した人を審判し責任を問うなら、文氏は自分を先に審判すべきだ。下の記事を読めばこの主張が分かるだろう。
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 文在寅「共に民主党」元代表は1月17日、『大韓民国に問う』という著書の紹介文で険悪な言葉を吐き出した。彼は“最も強烈に言いたいのは韓国政治の主流勢力を交替すべきだという当為性”と言い“したがって、大清算、大改造、時代交替、歴史交換、こういう表現らを使う”と言った。文氏は保守勢力を罵倒した。

 “解放されたとき親日歴史がきちんと清算され独立運動精神を称えてこそ社会正義が確立されたはず”とし、“独裁軍部勢力と安保に事寄せた疑似保守勢力は、民主化の後もわが社会を支配し、その時々化粧だけを変えた”という。彼は“親日から反共へあるいは産業化勢力へと、地域主義を利用した保守という名で、これが本当に偽善的な虚偽の勢力”と言い、1987年6月抗争以後、民主政府が出現したら、独裁やそれた尽くした集団を適切に審判して常識的で健康な国になったはず“と言った。

 反共と親日、産業化と保守を一つの勢力として規定した文元代表は、“朴槿恵政府だけでなく李明博政権でも国家権力を私的な目的使用することが多かった”とし“できる限り、審判し責任を問わねばならない”と言った。

 権力を私的に使用した人を審判し責任を問うなら、文氏は自分から先に審判すべきだ。。

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 「新政連」の閔柄梪(当時は民主統合党、東大門乙)は、2012年の大統領選挙期間中、文在寅候補に不利な資料を公開した後、逆に朴槿恵候補に謝罪を要求したことがあった。彼は、金融監督院と預金保険公社から受けた資料をもとに貯蓄銀行事件の‘地域別被害現況’を分析した結果、預金者保護の対象になれない5000万ウォン超過者の被害が最も大きい地域は釜山であると主張したのだ。

 営業停止の貯蓄銀行20カ所の5000万ウォン超過預金の全体被害者(7万651人)のうち、釜山市民が32.5%(2万2933人)で最も多く、次はソウル32.1%(2万2705人)、京畿道17.0 %(1万2044人)だった。釜山の被害が‘圧倒的に’多いことが分かるが、釜山は全人口の7.0%だが、被害者は32.5%だった。

 閔丙梪議員は、貯蓄銀行事態によって国家と社会が負担すべき費用は50兆6134億ウォンと主張した。この金額は、▲5000万ウォン超過預金者の被害、▲後順位債の被害、▲(不良整理のための)預金保険公社の投入費用於+その利息+予保の追加投入予想費用+その利息の合計だった。

 この資料を公開した閔議員は“セヌリ党の朴槿恵候補は、釜山市民が最大の被害を被った事件でかつ11万人に達する庶民たちに‘血の涙’を流すようにした貯蓄銀行の被害者たちに心から謝罪する必要がある”(NSP通信報道)と強調したという。筆者は、閔議員が文在寅と朴槿恵を混同したのではないかと思って記事を何度も読み直した。

 歴史上最惡、最大の金融詐欺である貯蓄銀行事件は、文在寅当時青瓦台民情首席秘書官の電話一通がなかったら、2003年に防げたのかも知れない。

 後に、検察の捜査によって公開された釜山貯蓄銀行の詐欺手法は、金融監督院が2003年、この銀行を検査したときすでに糾明した犯罪手法だった。

 『月刊朝鮮』の李・ジョンヒョン記者は、金融監督院が2003年7月7日から17日まで釜山および釜山2貯蓄銀行(釜山貯蓄銀行の系列社)に対する検査を実施した後、作成した特別検査の帰任報告書の内容を公開した。金融監督院は、次のような釜山貯蓄銀行の不正を摘発したという。

 <釜山貯蓄銀行は、▲他人名義を利用した貸し出しなど変則的な方法による資金助成や相場操縦など資金の違法運用、▲株式取得申告などを不履行、▲配当金の不当支給、▲同一人に対する融資限度を超過支給、▲与信の不当扱い、▲巨額の融資限度超過、▲資産健全性分類業務の不徹底などが摘発された。釜山2貯蓄銀行は、▲他人名義利用の貸し出しなど変則的な方法による資金助成および母会社の株式取得など資金の違法運用、▲同一人物融資限度の超過、▲与信の不当扱い、▲巨額の融資限度超過、▲資産健全性分類業務の不徹底などが摘発された。>

 上に適示された不正はあまりにも総合的かつ構造的で露骨だったため、釜山貯蓄銀行は金融機関でなく金融詐欺団と呼ぶべきだった。問題はこの不正が覆われ是正もなかったことだ。金融監督院が2003年にこの途方もない不正を摘発して営業停止、検察へ告発したら、釜山貯蓄銀行グループが国家と社会に及ぼした6兆ウォンの被害はもちろん、他の貯蓄銀行に対する調査に拡大されて50兆ウォンの被害も防げたはずで、約10万人の被害者(後順位債権者を含む)も発生しなかったはずだ。

 ところが、金融監督院は当時、釜山貯蓄銀行の重大な不正を把握しながらも‘役員問責要請’および‘機関警告’という最も低い段階の処罰をして終えた。これに対して『月刊朝鮮』2012年11月号は、こう報道した。

 <‘金融産業の構造改善に関する法律’第10条は、不良・不正金融機関に対する措置方法について規定している。高い段階が合併または他の金融機関への合併、営業停止などなら、最も低い段階が金融機関とおよび任職員に対する問責要求だ。

 金融監督機関で数十年間働いて今、大学で教授職に就いているA氏は当時、金融監督院の措置についてこう評価した。

 “当時の指摘事項を見れば、当然営業を停止させねばなりません。庶民たちが銀行に預けたお金で、釜山貯蓄銀行が詐欺を働いたのが糾明されたのに、放置したのが理解できません。機関警告と役員問責をしても顧客はこれを知りようがありません。金融監督院は銀行の不実を顧客に知らせる義務があるのに責任を回避したのです。また、貯蓄銀行は株主が実権を持っているため取締役などの役員はかかしです。彼らを懲戒するとことは何の意味もありません。真似だけの軽い処罰です。”>

 ジョ・ナムヒ金融消費者院代表は“機関警告など金融監督院の措置は、今後問題になるとき責任を回避するための‘責任逃れ用’であり実質的な対策になれなかった”、“不良貯蓄銀行をきちんと整理せず、一時的に事態を鎮静させる先送りを続けて結局2011年、釜山地域の庶民たちに多大な苦痛を与えた貯蓄銀行事態を引き起こした”と言った(『月刊朝鮮』2012年11月号)。

 検察の捜査発表文:<営業が停止された釜山貯蓄銀行グループの不正全般に対する捜査を通して、大株主などに信用供与、自己貸し出しと業務上の任務に違反した不当貸し出しなど6兆315億ウォン規模の違法融資(自己貸し出し4兆5942億ウォン、不当融資1兆2282億ウォン、詐欺的不正取引2091億ウォン)をはじめ、3兆ウォン台の粉飾会計と112億ウォンの違法配当など貯蓄銀行の構造的不正を摘発した。>

 このような天文学的規模の金融詐欺は2003年に摘発された不正が是正されず大きくなった結果だ。

 なぜ、このようなことが起きたのか。釜山貯蓄銀行側から頼まれた盧武鉉政権の実力者だった文在寅民情首席秘書官が、金融監督院の釜山貯蓄銀行の検査の責任者に電話をかけて善処を頼んだ(検察決定文)。この電話一通が問題の発端だったという疑惑が提起される。

 文在寅民主党大統領候補が25%の持分を持っていた法務法人‘釜山’は2012年3月、文首席が釜山貯蓄銀行に対する金融監督院の調査を揉み潰す多後‘釜山’がこの銀行から59億ウォンの受任料をもらったという要旨の主張をしたセヌリ党の李鍾赫前議員を出版物による名誉毀損で告訴した。この事件を担当した釜山地方検察庁は2012年8月30日、被告訴人の李鍾赫に対して‘容疑なし(証拠不十分)’と結論を出した。『月刊朝鮮』の記者は、釜山地検の不起訴事件記録および不起訴決定書を入手し、2012年11月号に掲載した。

 以下は検察決定書の核心部分だ。

 <*文在寅候補が2003年、青瓦台の民情首席のとき釜山貯蓄銀行グループの調査を担当した金融監督院の兪局長に電話して圧力を行使した疑いがあるという部分。

 “兪柄泰(金監院元非銀行検査1局長)、朴炯琁(釜山貯蓄銀行グループの大株主)の陳述によれば、文在寅当時民情首席秘書官が2003年、釜山貯蓄銀行グループ検査を担当していた兪柄泰に‘徹底して調査はしても、預金の大量引き出し事態が発生しないように慎重に処理してほしい’という趣旨で電話した事実が認められ、それなら‘文在寅が金融監督院の兪局長に電話した疑いがある’という記者会見の内容は真実に符合すると判断される。”

  *文在寅候補が持分(25%)を持っている告訴人である法人が2004〜2007年、釜山2貯蓄銀行から59億ウォンの賄賂、便宜ロビーの謝礼性格の受任料をもらった疑いがあるという部分。

添付画像
 “釜山貯蓄銀行グループの不良債権取り立て訴訟委任内容を確認した結果、2004〜2007年の間に不良債権の支給命令申請などの事件の受任料として‘釜山2貯蓄銀行’が告訴人である法人に約59億ウォンを支払った事実が認められて、それなら李鍾赫議員の‘告訴人の法人が2004〜2007年、約59億ウォンの受任料を釜山2貯蓄銀行からもらった’と言う部分は真実に符合する。”>

 文在寅首席が電話した後、営業が停止されるべきだった釜山貯蓄銀行が非常に軽い処罰だけを受けて金融詐欺を続ける間、文首席が共同所有していた法務法人は銀行から不良債権の支給命令申請などの事件を受任して盧武鉉政府時代だけでも約59億ウォンを稼いだ事実が確認されたのだ。不良債権の督促とは、外部からの弁護士を別途に選任する必要がないほど簡単なことであるため、59億ウォンと巨額は、検察決定文通り収賄を疑えるものだ。

 政権の実力者だった文在寅首席が不正を調査中の公務員に‘徹底して調査はしても、預金の大量引き出し事態が発生しないよう慎重に処理してほしい’という趣旨の電話をしたこと自体が間違いだ。どうせ電話をしたら、こう言うべきだった。‘預金の大量引き出し事態を覚悟してでも、もっと多くの被害者を防ぐために徹底して調査し、厳正処理して再発を防止し、他の貯蓄銀行も調査してほしい’と。

 文在寅首席の善処要望電話を受けた兪柄泰氏は一昨年、貯蓄銀行不正捜査のとき、この銀行 からお金をもらった容疑で拘束起訴された。ソウル高裁刑事4部(成箕汶裁判長)は2億1000万ウォンをもらった疑いで拘束起訴された兪柄泰(61)元金融監督院局長に懲役1年と追徴金2億1000万ウォンを宣告した。

 裁判部は“業務上知り得た金融機関の職員から巨額をもらって金融監督院の職務の公正さと信頼を害したため実刑の宣告が避けられない”と判示した。2007年、金融監督院を退職した兪氏は、釜山貯蓄銀行に対する金融監督院の検査のとき便宜をはかって情報を提供した代価として金敏栄銀行副会長から毎月300万ウォンずつ計2億1000万ウォンを受け取った容疑で起訴された。

 釜山貯蓄銀行が到底赦され難い金融詐欺を働いていることを金融監督院が突き止めながらも、適切な措置を取らなくなったのには文在寅と兪柄泰氏の役割があったという疑いは妥当と思える。二人とも、釜山貯蓄銀行から金銭上の利益を得たという事実がこの疑問をさらに固くする。兪柄泰氏は賄賂のお金をもらい、文在寅氏は関係した法務法人が賄賂と疑われる巨額の受任料をもらった。

 文在寅首席が公職者の倫理に忠実だったら、2003年に防げた貯蓄銀行不正の被害額が50兆ウォン、被害者数が10万人、彼らが失ったお金は5000万ウォン超過預金額5132億ウォン、後順位債8571億ウォンを合わせて1兆3703億ウォンだ! 10万人のほとんどは文在寅議員が愛するという庶民たちだった。特に、釜山の庶民たちがたくさんやられた。

www.chogabje.com 2017-01-17 11:08

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 朴大統領はセウォル号で弾劾、延坪海戦の金大中大統領は免罪符、これが話になるか。金大中大統領は国防部が挑発情報を入手したのに海軍に対応を命令しなかった責任を問われなかった。射撃中止を命令して北韓艦艇を救ったことに対する責任を取らなかった。戦死者を哀悼どころかサッカー見物のため日本へ行ったことも責任を問われなかった。ところが...

                                                       韓哲鏞

 朴大統領は遅れたものの中央対策本部を訪問して状況を把握し翌日、彭木港を訪問して哀悼の意を表し遺族を慰労した反面、金大中大統領は延坪海戦の翌日、城南飛行場からヘリコプターで5分の距離の国軍統合病院に安置された戦死者たちを弔問もせず、サッカー見物に日本へ向かった。

 この頃、メディアらが朴槿恵大統領のセウォル号事件(2014.4.16)当時の7時間の行跡を大々的に報道している。あの事件で学生304人の死亡は朴大統領にその最終責任がある。大事件が発生したのに大統領が執務室や状況室に位置せず官邸にいたのは問題があるという批判だ。ところが、ここで疑問はもし、朴大統領がその7時間の間、積極的な措置を講じたら、死亡した学生が全員救助できたというのか。議論の核心は、直接的な救助責任が大統領にあるのかだ。

 軍隊では戦闘の成敗の責任は一次的にその現場の指揮官にあり、そして指揮責任は2段階の上級指揮官まで問うのが原則だ。すべての措置は現場で当事者がマニュアル(軍隊例規)通りにシステムによってやるのが正常で原則だ。仮に、大統領が状況室で指揮しても、セウォル号船長と海洋警察の救助能力以上のことができただろうか。

 甚大な被害が発生したのは安全不感症と海上救助訓練不足の結果であり、国家の安全システムの誤動作の実状を表した事件だった。国家の安全システムを強化せず大統領に直接責任ばかりを問う限り、同様の事件はまた起き続ける。

 青瓦台内の一次的な責任は国家安保室長にあると言える。国家的災害が発生すると、安保室長が積極的に対応し大統領にも事態の重大性を直接報告し、地下状況室に位置するよう補佐すべきなのに、青瓦台がコントロールタワーでないと安易に判断したのが問題で、‘全員救助した’という状況報告内容の混線も問題だった。危機管理に脆弱な女性大統領をうまく補佐しなかった点で、安保室長の秘書室長にも責任がある。

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 第2延坪海戦(2002.6.29)の生き証人として指摘したいのは“発砲命令さえ下れば直ちに発砲する”という北韓軍の決定的な挑発情報を国防部が海軍に伝えず意図的に黙殺したように、海洋警察など関連機関がセウォル号の転覆されるほどの荷物超過積載を知りながら故意に黙認はしなかったようだ。海軍に射撃中止を命令しなかったらわが海軍が大勝できたのに上級部隊が射撃中止命令を下したように、セウォル号の学生たちを救助するな、という命令はなかった。朴大統領は遅れたものの中央対策本部を訪問して状況を把握し翌日、彭木港を訪問して哀悼の意を表し遺族を慰労した反面、金大中大統領は延坪海戦の翌日、城南飛行場からヘリコプターで5分の距離の国軍統合病院に安置された戦死者たちを弔問もせず、サッカー見物に日本へ向かった。

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 また、韓国海軍の被害(戦死6人、負傷18人、警備艇1隻沈没)が甚大で北韓の計画的な挑発だったのに当時、青瓦台はNSCの召集も急がず偶発的事故として北韓に免罪符を与え翌日、金剛山観光船は予定通り出発すると発表した。なぜ当時、金大統領を追及しなかった人々がセウォル号に関連しては朴大統領はこのように無限責任を問い、弾劾までやるのか。われわれ皆の自己省察が必要だ。

 また、2003年の大邱地下鉄放火事件で364人の死傷者(死亡213人、負傷151人)が発生し、1995年に金泳三大統領の在任中にも三豊百貨店崩壊に502人が死亡する大惨事が発生したが、大統領たちの措置不十分を理由とした弾劾どころかメディアの批判もほとんどなかった。なのに、朴大統領だけを責めるのは衡平の問題と言わざるを得ない。‘セウォル号7時間’の問題は大統領の弾劾訴追の事案ではな。

 2017年1月13日、元対北通信傍受部隊長・予備役陸軍少将・韓哲鏞

www.chogabje.com 2017-01-15 21:52

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