朴大統領はセウォル号で弾劾、延坪海戦の金大中大統領は免罪符、これが話になるか。金大中大統領は国防部が挑発情報を入手したのに海軍に対応を命令しなかった責任を問われなかった。射撃中止を命令して北韓艦艇を救ったことに対する責任を取らなかった。戦死者を哀悼どころかサッカー見物のため日本へ行ったことも責任を問われなかった。ところが...

                                                       韓哲鏞

 朴大統領は遅れたものの中央対策本部を訪問して状況を把握し翌日、彭木港を訪問して哀悼の意を表し遺族を慰労した反面、金大中大統領は延坪海戦の翌日、城南飛行場からヘリコプターで5分の距離の国軍統合病院に安置された戦死者たちを弔問もせず、サッカー見物に日本へ向かった。

 この頃、メディアらが朴槿恵大統領のセウォル号事件(2014.4.16)当時の7時間の行跡を大々的に報道している。あの事件で学生304人の死亡は朴大統領にその最終責任がある。大事件が発生したのに大統領が執務室や状況室に位置せず官邸にいたのは問題があるという批判だ。ところが、ここで疑問はもし、朴大統領がその7時間の間、積極的な措置を講じたら、死亡した学生が全員救助できたというのか。議論の核心は、直接的な救助責任が大統領にあるのかだ。

 軍隊では戦闘の成敗の責任は一次的にその現場の指揮官にあり、そして指揮責任は2段階の上級指揮官まで問うのが原則だ。すべての措置は現場で当事者がマニュアル(軍隊例規)通りにシステムによってやるのが正常で原則だ。仮に、大統領が状況室で指揮しても、セウォル号船長と海洋警察の救助能力以上のことができただろうか。

 甚大な被害が発生したのは安全不感症と海上救助訓練不足の結果であり、国家の安全システムの誤動作の実状を表した事件だった。国家の安全システムを強化せず大統領に直接責任ばかりを問う限り、同様の事件はまた起き続ける。

 青瓦台内の一次的な責任は国家安保室長にあると言える。国家的災害が発生すると、安保室長が積極的に対応し大統領にも事態の重大性を直接報告し、地下状況室に位置するよう補佐すべきなのに、青瓦台がコントロールタワーでないと安易に判断したのが問題で、‘全員救助した’という状況報告内容の混線も問題だった。危機管理に脆弱な女性大統領をうまく補佐しなかった点で、安保室長の秘書室長にも責任がある。

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 第2延坪海戦(2002.6.29)の生き証人として指摘したいのは“発砲命令さえ下れば直ちに発砲する”という北韓軍の決定的な挑発情報を国防部が海軍に伝えず意図的に黙殺したように、海洋警察など関連機関がセウォル号の転覆されるほどの荷物超過積載を知りながら故意に黙認はしなかったようだ。海軍に射撃中止を命令しなかったらわが海軍が大勝できたのに上級部隊が射撃中止命令を下したように、セウォル号の学生たちを救助するな、という命令はなかった。朴大統領は遅れたものの中央対策本部を訪問して状況を把握し翌日、彭木港を訪問して哀悼の意を表し遺族を慰労した反面、金大中大統領は延坪海戦の翌日、城南飛行場からヘリコプターで5分の距離の国軍統合病院に安置された戦死者たちを弔問もせず、サッカー見物に日本へ向かった。

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 また、韓国海軍の被害(戦死6人、負傷18人、警備艇1隻沈没)が甚大で北韓の計画的な挑発だったのに当時、青瓦台はNSCの召集も急がず偶発的事故として北韓に免罪符を与え翌日、金剛山観光船は予定通り出発すると発表した。なぜ当時、金大統領を追及しなかった人々がセウォル号に関連しては朴大統領はこのように無限責任を問い、弾劾までやるのか。われわれ皆の自己省察が必要だ。

 また、2003年の大邱地下鉄放火事件で364人の死傷者(死亡213人、負傷151人)が発生し、1995年に金泳三大統領の在任中にも三豊百貨店崩壊に502人が死亡する大惨事が発生したが、大統領たちの措置不十分を理由とした弾劾どころかメディアの批判もほとんどなかった。なのに、朴大統領だけを責めるのは衡平の問題と言わざるを得ない。‘セウォル号7時間’の問題は大統領の弾劾訴追の事案ではな。

 2017年1月13日、元対北通信傍受部隊長・予備役陸軍少将・韓哲鏞

www.chogabje.com 2017-01-15 21:52

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