脱北女性に加えられる強制堕胎嬰児殺害

                                                     金成昱

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1.北韓人権情報センターが2011年7月、発刊した‘北韓の拘禁施設運営体系と人権実態’から。
▲‘強制的に堕胎された後、3か月間ずっと台所の仕事をしました(2006年、新義州集結所で女性A)’
▲‘強制堕胎をしても治療などはありません(2009年、新義州集結所で女性B)’
▲‘中国人の子ということで、保安員が嬰児をベッドの上にうつぶせにして置いて二時間後死にました(2004年、満浦集結所で女性C)’
▲‘私の子は女で、彼女(他の女性)の子は男でした。あの子もうつぶせにしておいて死にました(2004年、満浦集結所で女性D)’
▲‘ある日、妊娠していた女性を全部集めて数ヶ月になったのかを調査し、嬰児たちは殺しました(2004年、満浦集結所で女性E)’
▲‘麻酔もせず重い錘を子宮に付けて子宮が伸び垂れると手かぎのようなもので掻きだします(2003年、金策市労働鍛錬隊で女性F)’
▲‘一室に6人いたが、5人は強制的に堕胎されて、1人は夫が北韓人だったので、生き残りました(2005年、新義州市鍛錬隊で女性G)’

2.米国人デービッドホークの‘隠された収容所(Hidden Gulag)’の証言ら
▲“箱に嬰児たちの死体がいっぱいになると外に捨てられた”(南新義州の道集結所。証言女性):A氏(66歳)は、7人の嬰児を分娩を手伝ったが全員殺された。最初の嬰児は、中国人と幸せに暮らしていた28歳の任という女性の子だった。その子は産婦が中国で妊娠して栄養状態が良かったため健康で体が大きかった。Aは、出産のときその子の頭が出るのを助けへその緒を切った。Aが赤ちゃんを毛布で包んだ時、警備隊員は嬰児の片方の足を引っさらって大きなプラスチックの箱に投げつけた。箱が死んだ嬰児たいの死体がいっぱいになると外に移されて埋められたことを後で知った。

▲“産婦が見る前でタオルで窒息させた”(南新義州の道集結所、2000年5月)。証言女性B(25歳)は、拘禁者に10人の妊婦がいて、そのうちの3人は妊娠8ヶ月以上の女性だった。B氏は産婦を手伝う仕事をした。産婦たちは分娩誘発注射で嬰児を出産した。だが、しばらくすると担当者は産婦と崔氏が見守る中、嬰児をぬれたタオルで窒息させて殺した。産婦は失神し、Bは大きな衝撃を受けた。他の嬰児たちも母の前で殺された。

▲“嬰児を箱の中に投げるように命じた”(南新義州道集結所。証言女性A、66歳)。金と呼ばれる女性の出産を助けた。産婦は10ヶ月を満たした健康な子を出産した。Aが嬰児を撫だとき、赤ちゃんは彼女の指をしゃぶった。警備隊員が来て、Aに叫びながら嬰児を箱の中に投げろと命令した。Aが躊躇うと警備員は彼女の頬を強く殴り、Aは歯が折れた。

▲“頭をやっとこで押して嬰児を殺した”(南新義州の道集結所、証言女性A、66歳)。二日後に強制的に分娩された2人の嬰児は息を引き取った。だが、10ヶ月を満たした嬰児たちは、まだ生きていた。顔は黄ばんで唇を青くなったが、嬰児たちはまだ目を瞬いていた。しばらくすると、警備員が来てまだ二人の嬰児が生きているのを見て頭の柔らかい部分をやっとこで押して、嬰児たちの呼吸を止めた。この場面を見たAは、警備員たちに大声で激しく抗議した。だが、彼女は警備員に激しく蹴られて気を失ってしまった。

▲“ビニールで覆われたまま倉庫の中で死ぬまで放置された”(清津市農圃集結所、1999年。証言女性C、30代半ば)。集結所の拘禁者の約80%は女性で、そのうちの12人が妊婦だった。警備員たちは妊娠中の女性には‘裏切り者の子’を身ごもったという理由で食べ物や水を与えなかった。下血を惹き起こすため腹を蹴ったりした。Cは、数人の妊婦が引っ張り出されて行って、堕胎のための分娩誘導注射を打たれ、再び農圃集結所に戻ってくるのを見た。その後、出産のために用意された部屋で4人の赤ちゃんが生まれた。その赤ちゃんたちはかごに入れられてビニールで覆われたまま近くの倉庫で死ぬまで放置された。

▲“濡れたビニール袋に入れて窒息させた”(清津市農圃集結所、2000。証言女性D)。D氏は、8ヶ月の胎児3人が下ろされ、7人の嬰児が殺されるのを目撃した。赤ちゃんが産まれたとき、警備隊員たちが嬰児たちを床にうつ伏せにしておいた。何人かの嬰児はすぐ死亡し、ある赤ちゃんは息をし続けた。二日が経った後も生存している赤ちゃんたちは、警備隊員が濡れたビニール袋に入れて窒息させた。他の部屋のドアに立っていた女の囚人たちは、床の上の嬰児たちを見ることができた。警備隊員たちは、嬰児たちに中国人の血が混ざっているため、母たちが嬰児たちが死んでゆくのを直接見て聞かねばならないと言っていた。

▲“強制中絶後、次の日に強制労働に動員された”(穏城労働鍛練隊、2001年。証言女性D、38歳)。10人の妊婦が強制的に堕胎された後、次の日に強制労働に動員されたのを目撃した。

3.北韓民主化運動本部の‘脱北者処罰の実態調査2010年’
▲“OO拘留場で保衛員が腹が大きくなった女性を呼び出しました。私のそばで腹を蹴り始めましたが、胸が苦しくなり本当に私も一緒に叫びたかったのです。その女性はついに口から泡を出して倒れ、起こらなくなるや夜10時頃軍医が来て病院に連れて行きました。それ後その女性を見ていなません。(脱北者・申某氏の証言)”"

▲“中国で妊娠して送還されてきた女性たちもいましたが、その4人を壁に並べて立てせて安全員たちが腹を足で蹴りまくりました。そこで流産したらそれさえ幸いでしょう。2人は流産しましたが、残りの2人はそうでなく病院に連れて行きました...そうして強制堕胎させては次の日労働させます。(脱北者・李某氏の証言)”

4.‘生き甲斐を感じる大韓民国です’(2010年7月、警察庁)で脱北者の李・ヨンオク氏の証言
▲“ある夜、呼ばれて行ったその姉が3〜4時間後戻ってきて泣いてばかりした。話を聞いてみると市人民病院に行って中絶注射を腹に打たれてきたという... 24時間後、その赤ちゃんは死んで生まれた。そのお姉さんは泣いてすすり泣いた...その赤ちゃんが死ぬまで母の胸はどれほど痛かっただろうか。その姉さんは死んだ子を見てただ悲しくて泣き続け、その監房の女性たちが皆泣いた。虫より悲惨な女性たちの運命、人々の血を吸って生きる虫よりも無価値に扱われる私たち北韓女性たちは、その心痛い傷、傷跡が黙って流れ落ちるその涙に帯びていた...死んだ赤ちゃんが裸のまま捨てられるのが耐えられなかったそのお姉さんは、真っ黒でほこりが付いてい下着を脱いで赤ちゃんを包んであげた。そして、ゴム製たらいに入れられる瞬間、ついにこらえていた悲しみと怒りを爆発させて叫び泣いた...夜が明けてからようやく床の隙間に隠れてる南京虫はそのお姉さんの子宮と出産後に付着した血痕に噛みつく。皮膚は栗粒ほどに真っ赤に腫上がり限りなく掻くようになる.... 北の女性たちと今も監禁され罪もなく死んでいく彼らのために、私たちがやられたことの一つ一つを記録して微力でも力を合わせねばならない時だと思う。空腹のため川を渉ったというただ一つの理由で、拷問され殴られる女性や児童の権利を回復しれあげなければならない。”

5.‘生き甲斐を感じる大韓民国です'(2010年7月、警察庁発刊)で脱北者の黄・スクフイ氏の2008年夏の拘留場での悪夢
▲“拘留場の中では罪人が栄養失調で死んでも死体まで家族に渡さないため、拘留場の倉庫の内でそのまま腐って、夏はウジが出て悪臭を放つ。(•••)妊娠中の女性も裸にさせて‘おい、瓢腹、ひさごはら'とからかいながら、裸の妊婦の腹を蹴る。‘お前らは祖国を捨てて中国へ行ったから腐らねばならない'、‘覚悟しろ’、‘足をあけて立て’と怒鳴りつける。(•••)

 それから、弟のような若いチョンがーたちが女性たちの子宮の中に手を入れて引っ搔き回す。あまりにも痛く苦しいが、悲鳴をあげれば‘おい、死ね’と言いもっと乱暴に掻き回す。女性として最も恥かしく苦しい彼らの暴力の前に無言で反抗せずやられながら立っていなければならなかった。侮辱と羞恥心でネズミの穴の中にでも入りたかった惨憺たる心境。

 どうしようもなく、彼らがやるがままに立っている女性たちの目元に涙が音もなく流れ落ち、胸で涙を堪える音があちこちで聞こえる。そこらじゅうから女性たちの悲鳴が起き、子供たちはこらえていた涙を流した。悲鳴をあげた女性にまた棒で殴り足で蹴り容赦なくびんたを食わした。

 ‘汚れた女め、恥知らずの女め’...下品な言葉を浴びせながら子宮の検査が終るや、今度は裸の状態でうさぎ跳び(ホッピング)をさせる。女性たちにホッピングをさせながらあらゆる体罰を与えた後、‘母なる祖国の有り難さを忘れ、自分だけでよい暮らしをするため祖国を捨てて中国に行ったことを...行ってみたら父上の将軍様を頂いているわが国が世界で一番だったことが分かった’という嘘を書かせる...

 涙が川のように流れる。殴られた痛みより、人として生まれて人間の扱いをされず、このように死ぬほど袋叩きをされながら生きる自分の様子があまりにも可哀相という悲しさで心が痛かった。”

6.統一研究院が出した‘北韓人権白書(2009年•2008年•2007年版)’の脱北女性の証言
▲“嬰児を早産させて殺すように命令されて精神錯乱を起こした女性”▲“強制労働中、指導員の殴打で流産し女性”▲“薬物を強制注入して6ヶ月の胎児を殺したケース”▲“出産直後の子をビニールで覆って殺したケース”▲“嬰児に毒を注射して殺したケース”▲“妊娠中の女性を走らせ腹を足で蹴って堕胎させたケース”

7.大韓弁護士協会が発刊した‘北韓人権白書(2007年)’の脱北女性の証言
▲“嬰児をビニールで覆って殺したた後、トイレに捨てるようにした”▲“穏城のOOOで収監者の脱北女性が出産した嬰児をビニールで覆って殺すのを目撃した”▲“清津のOOO‘中国奴の子を身ごもった'という理由で、産まれたばかりの嬰児をビニールで覆って窒息死させるのを目撃した”

 *北韓の飢えた子供たちの写真や映像を持って人道的支援を訴える多くの人権活動家(?)を見てきた。彼らは観客の感性をしこたま刺激した後、献金箱を回して北韓への支援を訴える。集められたお金は、いろんな団体を経て最終的に金正恩政権に送られる。そういう支援が住民の生を向上させるにはまったく使われず、ただ独裁政権の武器開発と贅沢品の輸入に使用されても、彼ら偽善者たちは南韓で余っているコメや物資でも送れと、さらに騒ぐ。しかし、この偉い人権活動家たちがいざ犬や豚のように売られている脱北女性を救おうと主張するのを見たことがない。強制送還•強制堕胎•嬰児殺害など、民族史にかつてなかった悪魔的な蛮行を批判する声も聞いたことがない。専ら貧しく飢えている北韓を助けるべきだという条件なしの‘支援’を主張する詭弁だけを言う。

 ‘人道的’という華麗なる修飾語を付けた独裁と殺戮の弁護士たちは、今も牧師、教授、博士、あらゆり華麗なタイトルを持って全国を回っているのだ。素晴らしい祈りを唱え飾るバリサイ人と律法学者たちが、21世紀の韓国にもあふれているのだ。

 ある脱北女性が書いた文を通じて彼らへの忠告に代わる。
 “世の中で私たち脱北者より苦痛と不幸を経験した人々はいない。今も北韓では大勢の住民が一つの巨大な監獄で飢えて死に殴り殺さて凍死している。そして中国では商品のように売られ、人間以下に取扱われ蔑視されている....われわれは団結し力を合わせて独裁政権を一日も早く追い出して、北韓住民に希望と自由を与えなければならない。歴史は今日を記憶し審判する。真の愛国者は国の統一と北韓の解放のために戦う人々である。”

http://libertyherald.co.kr 2013-07-04 17:52

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