金大中の妻の甥・李英作が“太陽政策は失敗した”と勇気をもって主張

朴智元は反省を...そうしてこそ‘左翼の家’という批判から自由に

メディアペン 承認2016-09-23 08:45

 久しぶりに勇気のある文を読んで目の疲れがとれた。数日前、李英作博士の朝鮮日報コラム‘太陽政策は失敗した’(9月20日付)だが、世間を気にして知識人たちがものが言えない風土の中で非常に新鮮だった。李英作博士は“湖南人たちは金大中の太陽政策を捨てなさい”とあえて助言した。

 全羅道の象徴的人物である金大中、彼の遺訓統治格である太陽政策を正面から取り上げたのも尋常でないのに、メッセージも簡明適切だ。“金大中の太陽政策は北韓に対する誤った判断と、北韓の騙しに基づいた政策”という指摘だが、湖南はもちろん、知識社会に広く波及するのは明確だ。

 李博士は、自分のメッセージが太陽政策の亡霊から自由でない野党に伝えなられのを望んだが、それが決定的なポイントだ。“そうしてこそ(湖南人たちが太陽政策を捨ててこそ)湖南の票が欲しい野党も合理的な対北政策と積極的な韓米関係を受け入れるようになる”。世間が知っている通り李博士は金大中の奥さん(李姫鎬)の甥だ。

 “金大中の太陽政策は北韓を誤判”

 そのため人々が彼の発言を額面通りに受け入れる。そういう時がきたのだ。筆者も李教授の発言の一日前に苦いことを書いた。“1987年の‘民主化抗争’以降、湖南が大韓民国を飲み込み、‘5.18特別法’が憲法の上に君臨してきた”。全羅道の情緒からは気に入らなかっただろうか。

 “北韓核を庇護してきた反逆奴の朴智元がコーナーに追い込まれた”という私の文のトーンが少し高いが、この際に現代史のパンドラの箱の蓋が開けられることを期待するだけだ。13年前、金大中と盧武鉉が特別検事制度を収容するふりをしながら隠ぺいに成功した不法対北送金問題の糾明のことだ。そして‘金大中の遺訓’にこだわる朴智元の実体もこの際にもっと明確になって欲しいのだ。

 なぜ、われわれは朴智元を攻撃するのか。湖南出身の有力な大統領候補が貧弱な状況で、全羅道地域の象徴が朴智元であるからだ。現在、「共に民主党」や「国民の党」では湖南出身の大統領候補がいない。姜雲太、朴智元、鄭東泳、千正培などが出馬意向があるというが言葉だけだ。

 このような現実で‘湖南’と言えば浮かぶのは朴智元なのに、責任の重い彼がオウムのように金大中の太陽政策の継承ばかりを叫ぶからこれが問題だ。金大中の名前まで売る。“韓半島の平和のためTHAADに反対せねばならないという金大中の声が聞こえてくる”という式だ。“THAADの配備は国益に反し、核武装論も韓半島を戦争の危険に落とす”と敵と味方の区分もできない有り様だ。

 いま汝矣島政界は朴智元独壇場だが、これは朴智元が憎いとか好きだとかの次元でない。国民の認識とかけ離れた対策ばかりを提示する一人の政治家への憂慮だ。それで“湖南票が欲しい野党も合理的な対北政策を作れ”という李英作博士のメッセージに最も耳を傾けるべき人は朴智元である。

添付画像
 ▲朴智元はオウムのように金大中の太陽政策の継承を叫び、金大中の名前まで売っている。朴智元は“韓半島の平和のためTHAADに反対せねばならないという金大中の声が聞こえてくる”“THAAD配備は国益に反し、核武装論も韓半島を戦争の危険に落とす”と敵・味方の区分すらできない。写真=聯合ニュース

 親北的安保観の朴智元は今や四面楚歌

 彼はすでに四面楚歌だ。これまでの‘安保左傾化’は党内で挑戦されており、外では自由総連盟の金景梓総裁が圧迫している。2000年初め、現代グループを動員して4億5000万ドルを金正日に献上した不法送金で‘6.15頂上会談’を‘買収’し、ノーベル平和賞を受けたことに対する釈明要求だ。責任を持って対応しないと国会聴聞会の対象で、政治生命にも致命的だ。

 こういう局面で、巷では朴智元の祖父や父にさかのぼる‘代々の左翼だった’家柄まで掘り起こしている。連座制もなくなった今、彼としては当惑なことだろう。だが、‘左翼の臭いが振動する’朴智元の行動がいかに酷かったら、人々があそこまでするかを彼自身が振り返って見るべきだ。

 筆者が把握したのはこうだ。まず、彼の祖父の朴洛鍾。一部の主張によれば、彼は1945年10月の南労党が起こした朝鮮精版社偽造紙幣事件の核心人物だ。精版社の社長として部下たちを指揮して6回にわたり偽造紙幣を刷る作業を主導した。

 南労党の資金を作り、南韓経済を混乱に落とす目的だったが、逮捕されて無期懲役刑を言い渡され、木浦刑務所で処刑されたと知られている。だが、朴洛鍾が朴智元の祖父という根拠はない。別人の可能性も排除できない。だから、朴洛鍾と朴智元を繋げるのは明らかに無理か、ファクトに合わないと見るべきだ。

 一方、朴智元の父・朴鍾殖は、弟の鍾克と共に左翼活動家だった。朴鍾殖は光州学生事件(1929年)のとき頭角を現し解放後、南労党の珍島責任者だった。旅順反乱事件のとき、国軍14連隊所属で反乱軍として活動したから左翼確信犯でもある。

 彼は反乱軍として智異山ピアゴルに隠れていたが警察に射殺されたと伝えられる。彼を射殺したという珍島警察の二人の証言があり、これを記録した『珍島郡誌』(1976年発行)もあったが、この文書の行方が今は分からない。誰かがこのような痕跡を消そうとしたという心証も拭えない。興味深いのは朴鍾殖が政府から建国褒章(褒章証1552号)を受けたことだ。

 朴智元が独立有功者?左翼家柄の真実

 巷で言われているのは金大中政府が与えたそうだがそれは事実でない。金泳三政府が与えた(筆者が国家報勲処に確認した結果、建国褒章を授与されたのは1993年だ)。朴智元が金泳三を粘り強く攻撃するや密かに妥協がなされて、それが建国褒章の授与として落着を見たという説が有力だ。実際に、朴智元は今も独立有功者の子孫の身分で月80万ウォンを受領すると知られている。

 そもそも、朴智元は金大中の手下に入る前に、全斗煥元大統領へ接近したが、国会議員公認を受けるのに失敗した。それも、左翼事犯だった父親・朴鍾殖のせいだったと知られている。ならば、朴智元にとって建国褒章は家柄の洗濯と本人の立身出世のための最善のカードだったわけだ。

 息苦しい。いつまでこういう話をせねばならないのか。今この瞬間、重要なのは朴智元の回心だ。彼はこのまま安保の左傾化を固執すたら金大中を抱えたまま倒れる最悪の結果をもたらす。そのため、“太陽政策は失敗した”という李英作博士の診断を傾聴して大韓民国の勢力に戻って欲しい。そうすれば、左翼の家柄のようなものもすべて水に流せる。

 参考にまで、自由総連盟を含む右派市民社会は今、朴智元の政界からの放逐とその後までを準備している。その中には金大中のノーベル平和賞取り消し運動が含まれている。もちろん、核兵器開発の事実を知りながら4億5000万ドルを送金したなら、当事者を與敵罪で死刑に処することができるという立場も変わっていない。

 何よりも、この問題はもはや避けるか迂回ができない事案でもある。ちょうど、大統領の発言まで出た。朴槿恵大統領は9月22日、首席秘書官会議で“いわゆる対話のため提供したお金が北韓の核開発資金になった”と指摘したが、その発言の重みを朴智元がよく考えて見て欲しい。/趙佑石(メディアペン主筆)

この記事にはトラックバックの転送ができません。
YOUR COMMENT IS THE CRITICAL SUCCESS FACTOR FOR THE QUALITY OF BLOG POST