国家と市場を攻撃する扇動勢力に答える!
                                                                                                             紫霞門クラブ

“真実を護り抜いてこそ自由は享受できる!”

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 李承晩の自由
 紫霞門クラブは、紫霞門から平倉洞の方へ行く道の左側の斜面にある延世大学付設李承晩研究所で集う。紫霞門とは文字通り紫色の夕焼けの景色が見られる場所だ。ユダヤ人に律法を伝えたモーセのように、韓民族に自由を伝えた人が李承晩だった。彼の精神を継承する研究所で、自由の危機を憂慮する人々が会って討論して作ったのがこの本だ。

 2012年、崔洸、閔庚菊、趙甲済氏が会って、選挙政局で‘経済民主化’という用語が威力を振っている時局を憂慮するうちに、同じ問題意識を持つ10人ほどが集まって定例的に討論するようになった。この本は‘経済民主化’という教条的かつ扇動的な用語への反論でもある。2012年に流行した政治的用語としては‘経済民主化’に加えて‘1対99'がある。‘我々は99%だけを代弁する’という階級政党のようなスローガンが何の批判も受けず流通された。観念論が強い韓国では、煽動的言語の虜になる、いわゆる‘知識人’が多い。

 紫霞門クラブの会員たちの共通点は個人の自由を尊重することだ。李承晩は自由の持つ無限の生産性を洞察した方だった。個人の自由を保障する国は、富裕になり強い軍隊も持つことができ、独立性を失わないという確信を、20代の後半に獄中で論理化した方だ。したがって、個人の自由を否定する共産主義を悪、それも絶対悪と見るようになった。彼は“共産党はコレラも同然だ。人間は、コレラと一緒に生きられない”と言い、左右合作を拒否したため、自由民主主義の大韓民国が建国できた。

 個人の自由は、私有財産、市場経済、言論の自由、選挙の自由、法治主義を通じて具現される。自由の敵である共産主義は、煽動技術者である少数の知識人たちが階級闘争論で武装し、前衛政党を作って大衆を騙して政権を取るようにする非常に悪い理念だ。共産主義が繁殖し寄生し易い条件は、前近代的体制の貧困、無知、観念的道徳論が提供する。そのような点で、解放直後の韓国は共産化される条件を完備していた。アジアに2つの奇跡があると言われる。中国が共産化されたのが奇跡で、韓国が共産化されなかったのも奇跡だ。韓国が共産化されなかったのには、李承晩と米国、そして彼らが保障した自由市場の力があった。

 1980年代から明らかになった韓国の左傾化は、個人の自由への挑戦として現れた。大韓民国憲法は第10条で、“すべての国民は、人間としての尊厳と価値を有し、幸福を追求する権利を有する。国家は、個人の持つ不可侵の基本的人権を確認し、これを保障する義務を負う”と釘をさしたが、左傾勢力が学界、マスコミ、政治の主導権を握り官僚集団まで左傾化させたことで‘個人の自由’は危機に瀕している。階級闘争的な世界観を持つ反自由勢力は、生態系の食物連鎖を形成し、自由民主体制の中で強力な橋頭堡を確保したのに、自由守護勢力は非組織的で何よりも論理と勉強が弱い。

 紫霞門クラブは、こういう危機意識を共有し、‘個人の自由’を護るための論理を整理するために当面の問題らの構造と本質を分析し解決方途を提示しようとした。11人の筆者が診断した10項目の問題と解決策を要約する。

 従北剔抉の方途は真実の流通量を増やすこと
 『大韓民国赤化報告書』の著者・金成昱韓国自由連合代表は従北勢力の実態を整理した。
 <教授や教師はもちろん、判事と弁護士など、一種の書院で安定した暮らしを享受する職種から従北勢力が生まれているようだ。安定した暮らしができるから、既に滅びた社会主義の実験を再現する余裕があるのだ。生活は親米・資本主義的に暮らしながら、意識は反米・社会主義的基底に留まる。日本の植民地時代に地主の子孫が左翼になったのと似ている。>

 <現代版書院に構築された陣地の中で最も頑固な陣地は全教組だ。会社に入ったらいわゆる垢も付き、外国へ出張もしながら考えが変わる。しかし、教師は知的な衝撃を受け難い職種の一つだ。主に接触する人も子供なので、1980年代学生運動マインドが化石のように固くなった場合が少なくない。>

 金成昱代表は“代案は真実の流通量を増やすことだ”と言った。

 芸能産業を改革して左傾化を防げ
 <大韓民国の芸能人たちはデビューの時から芸能企画会社の奴隷として始めて、そのまま芸能生活を終えるか、あるいはビッグスターの班列にのぼると、その時からは搾取者になってしまう....法も秩序もない無限の弱肉強食の生存競争に疲れた芸能人たちに、放送界の親盧・従北性向の労組と映画界の扇動家たちは、あまりにも容易に手を伸ばせる環境だ。>(邊煕宰)

 邊煕宰氏は“芸能産業の改革こそ持続可能な韓流の必須条件”と言い、“芸能界から絶大な影響を受けている青少年など若者層を考慮すれば、芸能界の改革は大韓民国の未来を決定する”と強調した。

 無差別の福祉と過度な規制が結合されると民主主義も後退
 閔庚菊江原大学教授は、“無差別の福祉と過度の規制が結合されると、経済不況•福祉破綻•民主主義の後退をもたらす”と警告する。彼は普遍的福祉の理念的根拠を猛攻した。福祉を‘社会的基本権’として規定することは非常に危険だと指摘する。

 <社会的基本権とは、この権利の所有者が政府に対して他人の財産を奪って自分たちに渡すよう要求する資格だが、これを道徳的だと言うのは言語の乱用だ。>

 閔教授は“福祉政策は、人気迎合的でかつ扇動的な独裁者だけの専有物でなく、民主政治の必然的産物であることも直視する必要がある”と指摘した。彼は、いわゆる普遍的福祉は無差別福祉に移行し、これは必然的に国家財政の浪費と経済の萎縮を招くと警告した。朴槿惠政府が無差別福祉路線に傾くことを憂慮しながら、解決策は‘貧しい人々の生活水準を上げることに注力する’選択的福祉であると強調した。選別的福祉がスイスのように定着するためには、寄付文化が拡散せねばならないという点も指摘した。

 甘い似非経済概念
 鄭奎載<韓国経済新聞>論説室長は、‘似非経済概念に立脚した現実経済批判’の危険性を集中的に提起した。彼は‘韓国社会に蔓延している似非経済概念を克服しなくてはこれからは力動的な経済体制は生み出せない’と憂慮する。彼は、似非経済概念が‘言語の表現上、非常に感性的で価値論的な単語らを前面に配置している。それで、大衆に耳寄りな話で、残酷な生との戦いで疲れた人々を慰めてあげるふりをするが、それがわれわれの生を破壊するため非常に危険だ”と指摘する。

 鄭室長は“誰にも自分の意見を自由に開陳する言論の自由はある。だが、人が一杯の劇場の中で嘘で‘火事だ’と叫ぶ自由はない”と言い、“‘経済民主化’の名で宣布される権利のリストのうち、どれも汗と努力なしに、政府や立法によって無料で与えられるものは存在しない”と言った。鄭奎載室長はこういう比喩も残した。

 <人間は、重力を直視してから、初めて重力から自由に空を飛ぶ飛行機を発明できた。同様に、我々は競争に直視してこそ競争社会から自由になれる方法も会得することができる。>

 鄭室長は、似非経済概念を以って暮らしの糧を得ている人々を、“朝鮮時代と変わりのない朱子学的世界観を貫徹させようとする誘惑に屈服した者ら”と酷評した。

 <彼らが主張したいの骨子は、‘静かな士の国が騒々しい商売人たちの騙し騙される市場町に変わった’ということで、‘商売人たちが豊かな暮らしを謳歌する様子'を見たくないという訳だ。>

 彼はこのように結論を下した。
 <国民に、汗を流した程の正当な分け前が与えられるということを明確にする指導者、そのような正当な代償が与えられるよう、韓国社会に内在している封建的利権秩序を廃止し、透明な市場秩序を作り、政府の周りにこびりついてただの予算ばかりが狙う政治屋らを剔抉できる人なら、彼だけが、国民全体を真の福祉社会へと導けるだろう。>

 政府は、問題の解決者でなく問題の原因提供者
 崔洸国民年金公団理事長は‘数多くの経済指標の中で最も重要な’貯蓄率と投資率の低下を憂慮した。これは‘個人と企業の経済をしようとする意欲’が低下していることを反映したものだ。にもかかわらず‘政府はやるべきことをやらず、やってはならないことをやる’という。したがって、政府は問題の解決者でなく、問題の原因提供者になっている。

 韓国では、多くの場合、政策をめぐる対立は価値観をおいて争う理念対立であるため妥協が難しい。理念の差による政策の対立を、科学的な論議を以って解決しようとする努力は失敗することに決まっている。それでは、どういう経済政策が成功するのか?崔理事長は意外に簡単だと言う。

 経済原理に忠実な政策は成功し、経済原理に反する政策は失敗する。政府が乱発する‘自由な取引を制限する政策’は成功できない。彼は、政府の権力を自制する‘市場拡張的な政府’が望ましいと力説した。政府は何をしてはならないのかに注意し、民間と市場ができることに介入してはならず、、国民の税金を節約すべきだ。政府が重点的にすべきことは、‘企業の投資活性化’のための条件作りだと言った。

 ハングル専用と左派の蔓延りが相乗作用
 趙甲済記者は、韓国言論が扇動機関に転落した原因の根を、朝鮮朝から見出した。朝鮮朝の政治と言論の生理が今の韓国とあまりにも似ているという。朝鮮時代の司諫院の役割をメディアが担当し、司憲府は検察、弘文館は学界、士林は在野の運動家であるという。

 <自由民主主義と市場経済体制の中の言論だが、価値観と様態は朝鮮的[守旧的]だ。朝鮮朝的伝統、つまり、名分論、偽善、反体制性、軍事•経済•科学に対する無知、事大性、教条性は、前近代的であるため左傾理念と通じる。朝鮮朝は、その属性が左傾政権であり600年も持続し、大韓民国の建国後、初めて自由と競争など右派的価値観が力を得るようになる。右派60年、左派600年である訳だ。>

 趙記者は、1990年代後半から始まったメディアのハングル専用が、左派勢力の拡大と相まって韓国語を暗号化し、教養の土台を崩し、国民の語彙力を退化させることで国家発展に深刻な障害になると警告した。特に朝鮮日報、東亜日報、中央日報が“漢字を知らない読者を教えようとせず、彼らに迎合した点で、もはや韓国社会で指導力を失った”と指摘した。2012年8月14日、李明博大統領が文章にならない発言で日本の天皇を批判し、その発言を報道した最初の記事が内容を歪曲して伝え、日本人の反発を呼んだ事例は、国語実力の不足が国家発展の障害になり得る点をよく示している。

 ‘民族’が国家を壊す
 李柱郢教授は、反大韓民国的な国史学界の実態を分析した。特に、左派勢力が民族主義を理念闘争の道具として悪用して、大韓民国の正統性を否定することに‘民族’が悪用されている。“民族主義という名分さえ打ち出せば、あえて社会主義の看板を掲げなくても社会主義革命運動ができること”が大韓民国の現実だ。李教授は金容燮などによって広く伝播された‘内在的発展論'も批判する。

 <(内在的発展論は)韓国の伝統社会の内部でも近代的で民主主義的な要素が発展してきたため、あえて西洋から学ばなくてもいいという国粋主義的立場だ。この立場は、韓末の儒学者たちの‘衛正斥邪論'や東学農民運動の民衆主義に根を置く。>

 左偏向された国史学界が最も力を入れたのは、李承晩主導の大韓民国の建国が持つ正当性とアイデンティティを否定することだった。左偏向の教科書を直すための動きが始まるや、一部の国史学者たちは大韓民国のアイデンティティを説明する件で‘自由民主主義’という表記にまで反対した。成功した国が建国記念日もない状態だ。李教授は“もう大韓民国の国家的アイデンティティ、つまり、憲法的価値に適合した歴史学が現れるべき時がきた”と言い、国家主義に基盤を置いた自由主義史学の定立を提案した。

 北韓では親日の清算がなかった
 柳錫春延世大学教授とナラ政策研究院長の金光東博士は‘北韓の親日清算論’の虚構を暴いた。二人は、北韓では法律と制度と原則に立脚した親日派の清算はなかったと主張する。左派が大韓民国の正統勢力を攻撃することに利用する論拠を崩したのだ。

 <北韓では‘親日清算’に対する体系的な法令はもちろん、清算に関する記録も存在しない....親日清算に関する独立的法律もなく、専門の国家機関もなく、如何なる正式裁判もなかった。あったとすれば、共産主義体制を作るために財産を奪う過程で付けた‘親日’というレッテルと、これを後押しする、恣意的な‘人民裁判’があっただけだ。>

 北韓で言われる親日清算という概念は、共産党に反対する勢力に対する粛清を意味した。“共産側に非協力的で、反共的な態度を示した人々が‘日本に積極的な協力者’という理由で粛清されたというソ連の資料(中略)を見れば、北の親日清算とは、結局共産化過程の別の表現だった”という。

 二人の筆者は“北韓は、親日派処罰問題をただ共産革命闘争の道具としたため、親日派でも共産ソビエト化に協力すれば過ちを覆い責任を問わなかった”と言い、重用された人々を紹介した。金日成の弟の金英柱は関東軍の通訳で、日本帝国軍隊のパイロットだった李活は北韓空軍司令官になった。

 基準も原則もなかった北韓の親日派清算に比べて、李承晩政府は、合法的な基準と手続きによって親日問題を解決しようと努力した点で高く評価されねばならない。初代内閣も親日派排除の原則を守った。二人の筆者は、北韓側が親日派清算を徹底にやったという神話は、“共産主義者と親北左派によって徹底的に強弁された宣伝扇動論理に振り回される結果”と結論付けた。

 休戦線を親韓の空間にしよう
 北韓労働党統一戦線部出身の脱北詩人張真晟氏(『私の娘を百ウォンで売ります』の著者)は、“北韓の急变事態はすでに始まった”と書いた。

 <“金正恩は象徴的存在であるだけで、北韓の権力構成は核心勢力による集団指導体制に再編成されたため、北の幹部たちもそれぞれ自分の責任部分と限界が決まるようになる。北の歴史上類を見ない合議権力が今まで経験したことのないコミュニケーションの過程を経るのにかなりの時間と悩みを費やさざるを得ない”という。>

 彼は、揺らぐ北韓の権力構造を利用して、親韓派の存立空間を作るべきだと主張する。北韓の権力層は政権が不安定になると親中事大主義に傾く可能性があるが、これに対応して休戦線を親韓空間にしなければならないと主張する。中断された対北心理戦放送を再開して対北広報に活用すれば、有事の際われわれの被害を最小限に抑えられ、体制離脱主導勢力に脱出口を提供することもできるという。休戦線の親韓空間は有事の際統一空間へと発展できる。

 ノルブ(欲張りで意地悪の人間)を美化する歪んだ善悪観
 李東昱氏(前月刊朝鮮記者•児童文学者)は、‘ノルブ肯定’の風土を分析し、歪んだ善悪観の教育実態を分析した。1960年代から‘興夫伝'の伝統的解釈を覆し、悪人の象徴だったノルブが大衆的人気を得るようになった。これは当時成長期の子供たちにも大きな影響を及ぼした筈だ。筆者は“中学生を対象にした‘興夫伝(フンブジョン)’に書かれているノルブの意地悪歌詞には29種類の意地悪な行為が羅列されている”、“こういう人物の犯罪行為を、教育現場では単に‘意地悪’というやや寛大な言葉で諧謔と風刺の真髄と教え伝えている”と批判した。悪を嫌うように教えるべき教育材料が悪を侮り親しみを感じるようにするのに寄与しているわけだ。

 豊饒との戦いでも勝つためには
 11人の筆者が診断した10項目の問題と代案には、共通の問題意識がある。韓国では二つの勢力の闘争が行われている。一方は、偽善的名分論と左傾的扇動を武器とする集団主義的、人気迎合的政治勢力だ。もう一方は、大韓民国憲法の核心価値である個人の自由と責任を尊重する勢力だ。後者をよく‘自由主義勢力'と呼ぶ。彼らは真実-正義-自由を大事にし、それが具現できる世の中を作ったという点で、歴史の真の改革勢力で、本当の進歩勢力だ。二つの勢力の戦いは本質的に真実と偽りの対決だ。真実を護り抜いてこそ自由を享受できるという真理をこの本を作りながら改めて痛感した。

 この本の中で指摘された問題は、ほとんどが貧しいため生じた問題ではなく、豊かになりながら生じた問題だ。19世紀のイギリスの著述家トーマス•カーライルは『英雄および英雄崇拝』で‘逆境に勝つ人が100人なら、豊かに勝つ人は一人もいない’と述べた。韓国も貧困との戦いでは勝ったが、豊かさとの戦いでは負けているのではないかと思われるのは、所得や学歴が高いほど、階級闘争的扇動によく騙されるという統計があるからだ。

 願わくはこの本がそういう扇動に立向かって‘個人の自由’を護り抜く論理の武器になってほしい。紫霞門クラブは、引き続き緊急問題の診断と代案を本にまとめて出すつもりで、次の主題は‘韓半島の統一’だ。志を同じくする自由人たちの多くの関心と声援を願う。

2013年7月、紫霞門クラブ

www.chogabje.com 2013.07.10 17:59

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