韓半島の戦いは、保守と進歩の戦いではなく「自由」か「全体主義」かの戦い

                                              柳根一(ジャーナリスト)

ペンアンドマイク 最終更新2019.04.25 13:46

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 「正しい未来党」の指導部が12対11で運動圏(主体思想派)執権側の「ファーストトラック」を支持、それを実現することを決定した。正しい未来党の自殺宣言であると同時に左傾化の選択でかつ自ら御用政党であることを認めたのだ。結局、韓国政治と韓半島政治において「中間」というのは、もっともらしい虚偽や虚構であることが改めて確認されたのだ。

 韓半島では、李承晩か金日成のか、米国など海洋勢力の側に立つか、中国やロシアなど大陸勢力の側に立つか、それで大韓民国の建国路線を支持するか反対するか、のどちらかであって、どちらでもない「中間」はないという話だ。

 「中間」路線という仮説を立てて見るのはできる。多くの政治家や思想家たちが植民地からの解放以来、そういう仮説を何度も実験したこともある。だが、実験の結果はほぼすべて失敗となった。なぜ?彼らの仮説が致命的な認識の錯誤を持っていたからだ。

 韓半島の戦いは、保守対進歩の戦いというより自由か全体主義かの戦いだ。自由体制の内部での保守か進歩かの戦いなら「中間(centrist)」があり得る。ところが、自由か全体主義かの戦いでは「中間」はあり得ない。「中道的全体主義」や「半全体主義的自由」というのはあり得ないからだ。公正-分配の正義-社会福祉をめぐる保守対進歩の論争の前に、それよりもはるかに切実なものが自由か全体主義かの選択だ。

 にも拘らず、少なからぬ政治家や思想家たちが、韓半島の戦いをただ保守と進歩、右翼と左翼、民族主義と非民族主義の戦いだと前提して「それなら私は‘中間’をやる」と言い、米国とソ連、李承晩と金日成の中間で右往左往し結局は、李承晩を排斥し、金日成と合作してしまった。彼らは6・25南侵戦争のとき大挙平壤へ拉致されて対南放送などを強いられて結局は収容所の病床で寂しく他界した。全体主義の下での「中間」は、統一戦線の初期には、恰も1対1のパートナーであるかのように待遇されるが、共産党が完全に覇権を掌握した後は、間違いなく処分されるのだ。これが分からず自ら死ぬ道を選んだから…。

 今日の韓国政界に現れた「中間」は、「私は大韓民国の体制を支持する中道改革路線である」と言うかも知れない。もちろんそうだ。それで、彼らを全体主義と合作する「中間」とは前提しない。しかし、筆者は、彼らが極左全体主義革命集団に立ち向かって熾烈に論争する姿を十分に見たこともなく、印象深く接したこともない。むしろ、彼らの多くは、「私も学生時代にデモをやった」「私もそれなりに進歩だ」と云々し、(主思派)運動圏にへつらい、彼らへのコンプレックスを表した。必ずしもそうでないケースももちろんあるだろうが。

 おかしいのは、このような江南左派(*リムジン左派)の「中間」たちは、自分たちの立場を大それた「中道」と自任するという事実だ。中道とは、仏様や孔子のような人類の師や哲人たちが長年、説いてきた深遠な感動的な宇宙の正道だ。それをここで長く説明はできない。ただ、それを短く要約した一節の解説に注目するだけだ。「中道とは生半可で曖昧で二股かける‘機械的な中間’ではなく、毎瞬間の最適」という説明がそれだ。

 子莫という戦国時代の人が何事も「最適」ではなく「中間」にこだわったとして子莫執中という言葉まで生まれた。それで中道という高尚な言葉は、安哲秀や劉承旼や孫鶴圭のような流の考えや行動などを正当化させてあげるために生まれた言葉でない。中道は、子莫執中でもなく日和見主義でもなく、才勝薄德な秀才たちの「策士、策に溺れる」の曲芸でもない。韓国社会のいわゆる「中道有権者」というスペクトルも、実は中道ではなく「右往左往の大衆」を意味する場合が多い。現実政治において彼らの票を意識することを咎める気はない。しかし、流動層と呼ぶのはいざ知らず、彼らを中道と「格上して」呼ぶのは適切でない。一つのイベントに騙されてその折々気まぐれの「世論」の類型を果たして中道と呼ぶべきか。

 孫鶴圭の正しい未来党の11人の指導部は、もう「中間」でもない左へ走った。彼らは民平党と一緒に共に民主党と一味になって動くはずだ。彼らが文在寅政権の「高位公職者非違捜査処」(「公捜処」)の新設に賛成するのは一言で、恐ろしい「革命の刃」を新しく作るのに協力したことだ。歴史上のあらゆる革命政権や反革命政権らは皆、残忍な「革命の刃」と「反革命の刃」を一つずつ持った。英国の絶対王政の星室庁(Star Chamber)、中世の宗教裁判所、フランス革命期のジャコベンダンの公安委員会、スターリンのNKVD、ヒトラーのゲシュタポ、東ドイツのシュタージなどがそれだ。

 韓国運動圏(文在寅政権)の「公捜処」をこのと100%同じと断定するのは誇張かも知れない。しかし、少なくとも「公捜処」が執権側の公安権力の掌握力強化に使用され兼ねないという懸念は完全に払拭できない。野党と自由市民なら、当然これを警戒し牽制するしかない。にもかかわらず、自ら「進歩性」があると自任してきた孫鶴圭の正しい未来党指導部の12人が、これを率先して選挙制度改革と交換した「裏切り(?)」は、だから、彼らが批判してやまない往年の「守旧勢力」をそのまま真似した卑賎な行動だった。今、この種の「中間」という名の日和見主義は崩壊されねばならない。いや、崩壊している。

 今日の韓半島政治と韓国政治の一貫した主題は「自由韓半島」のための戦いだ。この絶体絶命の主題に対して、すべての韓半島人はイエスそれともノロで答えねばならない。「中間」はない。2020年の総選挙で自由人たちが改憲阻止線を確保できないと、大韓民国は終幕の始まりを迎えるだろう。「自由韓半島」の代わりに「全体主義韓半島」が予告される。体制の崩壊は「まさか」でない。すべての体制が国民の混沌と安逸のため急速に滅び得る。韓国人たちは国の運命に対する各自一人一人の責任を痛感し、決定的な選択をしなければならない。

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