2020年3月1日、われわれは塔谷公園に立っている。101年前のまさに今日、この場で民族の指導者たちは、わが民族の生存権を奪い差別し、民族文化を封鎖していた日帝に奮然として抗拒して、自主独立と「朝鮮人の自主民」であることを堂々と宣布した。  ところで、今日のこの場は、あの崇高な独立精神を称えるより、101年前の先代がそこまで心から念願し、血と汗をもって建て譲り渡したくれた自由の国、文明の共同体、道義支配する社会が、絶体絶命の危機に直面していることを絶叫する場である。  また、一方では、その真っ暗だった時代、一筋の光を自任して目前の苦痛と挫折を超え、あの遠くの光明の国、そして「世界の改造の大きな機運に順応」し、人類に貢献する高潔な民族としての理想まで抱いていた先代のビジョンと覚悟を、われわれのものとして奮発し新しい決意を確かめる場でもある。また、己未独立宣言を通じて、わが民族が独立と自主の現代文明への合流を宣言した100年を経て、今日の闇を振り切り、大韓民国を守護し、さらに世界に貢献する新しい100年を宣言した瞬間である。  日帝からの解放は「正当な生と繁栄」の機会を取り戻したことで、「鋭い気迫と独創性を持って、世界の文化の大きな波に貢献する」われわれの力量を回復することであった。解放後、われわれはその機会を生かし、あらゆる力量を注ぎ世界10位圏の経済規模に達する飛躍的な発展を成し遂げた。同族どうしで争い殺し合いの悲劇を経験しながらも、産業化と民主化を果たしたわれわれを、全世界は驚異の目で見た。  ところが、何ぞ図らん。われわれの大韓民国が、最近、わずか2〜3年の間に「自ら存在する当然の権利」を改めて主張せねばならない境遇に追い込まれることを夢にも予想していただろうか。21世紀に「民族の尊厳が損傷」されることを不憫に思い、「精神の発展に支障を来す」状況に達したことを嘆くことになるとどう予想できただろうか。  憲法秩序は執権者たちによって露骨に蹂躙されており、自由守護の最後の砦である法院と憲法裁判所まで、特定の勢力によって壟断されている。志士の偉器を持つ知性も、歴史の召命意識を持っている官僚たちも見られない。正論は消えて久しく、羞恥を知らない者らが握った権力は、新しい利権収奪層を生み出すことで、閉ざされた階級社会へと退行している。あらゆる関係網を通じていろんな所にストローを刺しこんだ寄生虫勢力が、いたる所で社会的資源を私有化し、その収奪に権力が濫用されている。このため、真実と正義の基準まで転倒され、繁栄の土台まで毀損されている。  自律と責任、正直と配慮の市民的気風は、政権の維持と再創出のための福祉によって、日々衰退し、大衆はますます依存的でかつ受動的になりつつある。時流に迎合する各種規制は、人間固有の創意と挑戦意識を抹殺し、市場経済を萎縮させている。  国民、特に若い世代が意欲と希望を失い、無力感に陥るようにするこの情緒は、きわめて意図されたものである。その背後には、社会全盤を解体し、無力な市民の上に君臨して抑圧し、彼らの理念と利益のためこの国を壟断しようとする勢力が暗躍している。この闇の勢力は、偽りと偽善で国民を扇動し分裂させ、盲目的な支持層に頼って政界はもちろん法曹、経済、教育、メディア、文化、芸術、体育など社会全盤に浸透して、101年前わが民族が直面した時代へ導いて行こうとする。  青瓦台と与党の国会内での不法な各種の立法の強行処理、社会の至る所のコード人事、陣営利益の確保の破廉恥は、わが民族に対して「もっぱら征服地の快感を貪った」帝国主義の非道を表わしている。今、文在寅政権の扇動と統計の歪曲は、100年前、わが民族を向けられた「差別からの不公平とウソの統計数字」と違いがない。現職の大統領を高校の教科書に登場させて美化する教育は、日帝の軍国主義教育を連想させる。  安保と外交はまたどういう状況か。彼らは力を持った相手がいない国内ではあらゆるペテンと変法、厚顔無恥な行為を恣行し憲政秩序を翻弄し、力のある相手がいる国際社会では、方向も戦略も行動もビジョンもなく、愚か者で、大韓帝国の没落のとき、私欲にこだわり民族を売り渡したあの卑しい売国奴らと同じように行動している。  大統領は、中国に行って「運命共同体」と宣言して中華朝貢体制への編入を恥知らず示唆した。「北韓の非核化」は「韓半島の非核化」にこっそり変わり、屈辱的な北韓への片思いにもかかわらず、北側はこの政権を「茹で牛頭」と揶揄っているだけである。日帝の獰猛さに旧韓末の売国奴らの無能と貪欲を加えた奴らが、大韓民国号の操舵手となっているのだ。  だが、いつまでも彼らが引っ張る通り無力につられて行くわけにはいかない。厳酷な時代にも義憤を発し、血がさわぐ檄文を発することで、近くには、国内外の各地に民族の自主独立の喊声を引き出し、遠くは民主共和制の基礎をおいた、私たちの先覚者たちのようにやって行こう。101年前のその激情を、今日ここでまた覚えながら、大韓民国の建国以来類例のない悪の類似全体主義者たちに対する剔抉を誓おう。  国民の神聖な主権を行使するにあたり、われわれ皆は抑圧からの解放を念願し、不義に抗拒する気持ちで投票しょう。そして「もともと生まれつきの自由権を護り抜き、豊かな生の楽しさを存分に味わい、われわれが十分に持っている独創力を発揮して」、「 世界の平和と人類の福祉に必ずあるべき段階」を作ろう。  それで、われわれ皆は、次のように固く決意しよう。  第一、自由市民こそがこのすべての土台になることを自覚し、それぞれ「人類の共通の気性と時代の良心」が私たちの人格になるようにし、私たちの中それぞれ「心の中の刃を抱き」、「類似全体主義へ進む暴政を牽制して」、「息子や娘たちに恥ずかしい遺産を譲り上げないため」渾身の力を尽そう。  第二、日帝の圧制以上に人間的権利を奪うあの北韓の変種世襲全体主義を倒して朝鮮民主主義人民共和国をわが同胞の「人民」に帰し、自由体制へと一緒に抱いて統一を成し遂げよう。  第三、経済の発展と民主化を一段と高いレベルに引き上げ、実質的かつ自由な民主主義の文化を花咲かせることで自由大韓民国をもって地政学的な敗北主義から脱して東アジアの中心地として、さらに世界の模範になるようにしよう。  今の試練は、約束の地に入るための荒野での試験である。この荒野を渡る日、われわれの自由大韓民国、統一韓国は詩聖・タゴールがかつて歌ったように「その灯りがもう一度灯す日」に東方の明るい光になる。  この胸いっぱいの歴史の使命を果たす隊列に皆が参加しよう。保守と進歩、左・右、男女、世代、階層を問わず集まろう。嘘と偽善から解放された者は誰でも集まろう。興亡と盛衰の岐路でためらう卑劣な反逆と売国の隊列から離脱せよ。この政権の偽善に憤り、危機を見て後世に対する責任を感じる国民よ、立ち上がれ。真実の靴を履き、自由憲政の帽子をかぶり、勇気のリュックサックを背負って、自由と責任を両手でしっかりと握り、われわれの前の民族共栄、人類共栄の新しい百年に向けて、われわれ皆一緒に進もう。  2020年3月1日  自由大韓民国第2独立宣言推進万民共同会
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