ロバート・カプラン(Robert Kaplan)の‘モンスーン’を読んで
黄晟準(未来韓国編集委員、東元大学招聘教授)
2002年11月、国中が大統領選挙の熱気に包まれていた時だった。地下鉄に乗っていたところ新村駅で一団の学生が乗り込んできた。自分たちを延世大学生だと紹介した彼らは宣伝ビラを配り反米スローガンを叫んだ。
その年の6月に発生した、いわゆる‘ヒョスン・ミソン事件’を主題として反米扇動闘争を展開し始めた。厚い眼鏡をかけた学生が筆者に宣伝物を配った。“学生、何年生なの?”と尋ねたら、“1年生です”と答えた。“ご苦労様。米国のやつらは本当に悪いやつらだろう?”と話しかけたら、いぶかしそうな表情を浮かべて“そうです。純潔なこの地から一日も早く米国のやつらを追い出さなければなりません”と上気した声で答える。
“ところで、米国のやつらをどう追い出す?”と再び尋ねたら、“おじさんのような民主市民が団結し、さらに分かれている南北が団結して力を合わせれば可能です”と小学生1年生が国語の本を読むような語調できちんとして答えた。
地下鉄の中で起きた事件
その声を聞くや背筋が寒くなる気がした。だが、感情を静めて優しい(?)声で再び尋ねた。“ところで、北韓はなぜそんなに貧しいの?”この質問に学生は慌てた表情になった。そしてそばにいる他の学生を見た。そばにいた他の学生が答えた。“米国のやつらが封じ込めたためです。”その答えに再び質問を投げた。“ところで、米国のやつらが私たちも封じ込めたらどうしよう? 北韓の学生たちのように生きる自信はあるの?”私の言葉に二人の大学生はお互い顔を見詰め合ってしばらく言葉が詰まった。
それから筆者を睨み、“いや、このおじさん民主市民だと思ったが、悪質守旧石頭じゃないか!”と言いあらゆる口にできない悪態を浴びせた。他の学生たちも加わり、そして胸倉を掴まれた。
事態が険悪になったのを悟った筆者は、ちょうど列車のドアが開いた隙間に学生たちを押し退けて列車の外へ飛び出た。後から“あの野郎を掴まろ”という声が聞こえた。私は後を振向かず一目散に地下鉄の駅の外に逃げた。
その日の記憶は今振り返っても気まずい。大韓民国の首都のど真ん中で大学生、それもいわゆる名門大生の集団リンチから逃げなければならなかったとは…その時すでに寒くなった晩秋の空を見上げたら真面目そうだった学生たちの顔が浮かんできた。そしてその顔の上にアフガニスタンのクンドゥズ地域の臨時捕虜収容所で2001年11月に会ったタリバン少年兵たちの顔が重なってきた。
満15才くらいだろうか? 長い間洗わなかったため汚された顔だったが、よく見ると産毛が残っている子供たちだった。このタリバン少年兵たちは‘確信犯’(あるいは良心犯?)たちだった。彼らは‘ハザル’というモンゴル系のアフガン少数民族を虐殺した嫌疑を受けていたが、驚くべきことに皆がその事実を素直に自白したのだった。
彼らは‘シーア派’で、他の人種である‘ハザル’を人間として認めなかった。彼らにとって‘ハザル’は‘汚い豚’(イスラム教徒にとって豚は食べられないほど汚い存在である)であった。したがって、ハザルを殺すことは殺人でなく‘清掃’だった。彼らに罪意識というのは全くなかった。いや誇らしいことをやったし、‘アラー’から祝福されるのだと確信していた。
捕虜収容所の外には興奮した‘ハザル’民兵隊が門を開けろと叫んでいた。‘タジク’族で構成された北部同盟軍の警備隊が彼らを制止していた。すでに揉み合いが始まった。この揉み合いは北部同盟軍に配属された米軍特殊部隊の大尉が仲裁してやっと治まった。米軍大尉は警備隊にはできるだけ早くタリバン捕虜たちを米軍が引き受けると約束し、ハザル族にはタリバン捕虜を米軍に引き渡す条件で、食糧支援をすると約束した。
良心犯(?)のタリバン少年兵たち
外のことを知っているのか知らないのか、タリバン少年兵たちは捕虜収容所の庭で木の枝で地面に線を引きながら小石で遊んでいた。駒を弾きながら奪うような遊びのようだった。彼らは死ぬことなど別に恐れていないようだった。問題は大人たちだったのに… 30代初め(タリバンでこの年は老年層に該当する!)のタリバン指揮官は“いつ米軍が来るのか”と繰り返し尋ねた。この指揮官は早く米軍に引き渡されなければならないと20代の中間級指揮官に力説していた。その理由は、まず、米軍の捕虜になってこそ虐殺をまぬがれるし、二つ目は、反米闘争の機会がまた得られるということだった。
大韓民国の国民に、国際政治は知的好奇心を満足させる好事家らの知的遊戯でなく生存のための必修科目だ。特に海外貿易依存度が90%に達する大韓民国にとって、国際情勢はすでに外国のことでなく国内問題である。
特にマラッカ海峡を中心にしたインド洋と西太平洋の原油輸送路は大韓民国、そして中国と日本の首を押さえている生命線だ。石油のない世の中を想像して見ろ!トイレも無くなる状況になってしまう。ところが、韓国社会はこういう問題に対して無関心だ。
‘お金’さえあれば石油は買えると錯覚している。(よく‘お金さえあれば何でも買える世の中’を非難するが、これは‘お金がなくとも’あらゆるものが買える世の中が可能だと考えるからだ。しかし、不幸にもそういう世の中は不可能だ。世の中は‘金があれば買える世の中’と‘金があっても買えない世の中’に分けられているのが実際の状況であるのだ。)
今は米海軍の第7艦隊とシンガポール艦隊がマラッカ海峡を護っているため‘無賃乗車’の利益を取っているから問題がないが、もし、他の国家、あるいは海賊(21世紀に何の海賊かと驚く人々がいるかも知れないが、アデン湾近隣海域のソマリア系海賊らを考えてみて欲しい。いや、事実はマラッカ海峡は海賊がうようよする所だ。米海軍とシンガポール海軍のおかげで大型タンカーの安全運航が保障されているだけだ!)らによって、マラッカ海峡が封鎖されたら、大韓民国はせいぜい60日ほど持ちこたえて崩壊してしまうだろう。
いや、遠いマラッカ海峡へ行くまでもない。大韓民国と中国との西海(黄海)の排他的経済水域が確定していない事実を知らない国民が非常に多い。
今の中国は、大韓民国との排他的経済水域協定を回避している。大韓民国の西海の沿岸までを中国の海だと思っているためだ。現在米海軍に助けられている大韓民国と交渉するより、できるだけ時間を稼いで後ほど(中国海軍がもっと強化された後に)交渉する方が有利だと判断しているのだ。いや、中国は自分たちが確保しなければならない線である、いわゆる‘第1列島線’(First Island Chain)を日本列島、フィリピン、オーストラリアの線に設定しているのだ。
最近読んだ‘モンスーン’は、‘インド洋と米国国力の未来’(The Indian Ocean and The Future of American Power)という副題がよく示しているように、インド洋での海軍力の力関係に関する話だ。ロバート・カプランは良く知られた通り本当に優れた語り手だ。
膨大な国際政治および歴史に関する知識、そして生々しいた現場踏査と体験に基づいて著述された彼の話は常に数多くの読者を魅了する。
今回の‘モンスーン’も例外でない。この本を通じてカプランはインド洋、特に西太平洋とインド洋を繋げるマラッカ海峡を支配する者が世界を支配するという点を暗示する。
カプランの悩みは、経済的理由からこの地域での米海軍の地位が日増しに落ちている点だ。この力の空白を誰が埋めるのか? 中国海軍は大洋海軍を夢見て日々強化されつつある。パキスタンとスリランカに中国海軍が寄航できる港を作っている。また、これに対抗してインドが海軍力を強化させている。
マラッカ海峡を取り囲む角逐戦
自由市場経済を導入して高成長を続けているインドは‘新カズン主義’(Neo-Curzonism)の旗じるしの下でインド洋を自分の海にしようとしている。興味深いことは、このようなインド洋の勢力力学関係に介入できるまた他の海軍力として日本海軍と韓国海軍を取り上げている事実だ。カプランは、中国が成長し続ける可能性と中国の成長が限界にぶつかる二つの状況を共に考慮して叙述している。
この本を読みながらまず思い浮かんだことは、自分の命綱を他人に任せておいた状態でその命綱を握っている者に悪口ばかり言っている世間知らずからもう成人になるべき瞬間がきたという事実だ。
二つ、したがって、われわれは今われわれの生存戦略をたてなければならない。われわれが追求すべき路線はカプランが言及した‘良心を持つ現実政治’(Realpolitik with a conscience)だと思う。
三つ、まさにこういう土台の上で‘新カズン主義’を生かしたインドとの同盟、そして大韓民国の‘妻の実家’になりつつあるベトナムやフィリピンとの新しい同盟締結が必要だと思う。いや、こういう問題の討論ができる社会、政治的雰囲気作りがもっと急務かも知れない。
http://www.futurekorea 2012.08.30(木)18:03