朝鮮高級学校の現代史教科書、北朝鮮史観を反映
東京都北区にある、東京朝鮮中高級学校。1946年創立の同校の生徒数は、高級部(高校)が563人、中級部(中学)が164人。朝鮮籍の生徒が若干多いものの、韓国籍の生徒もほぼ同数いるという。だが、韓国籍を持っていると言っても、韓国に帰属感を持っているとは思えない。何故ならそのほとんどの場合が元々韓国籍を持っていた韓国人ではなく、在日社会の中で朝鮮籍を持っていた人が朝鮮籍のままでは社会活動に支障が生じるとの事で韓国籍に切替えたと見た方が正しい思う。
言葉、文化といった民族教育を重視して韓国籍でも子どもを通わせる保護者も少なくないというが、それは言い訳だと思う。何故なら、地方ならともかく、東京と大阪には韓国学校がちゃんと存在しているのにも関わらず、わざわざ朝鮮学校に通わせる人は韓国人にはいない。彼らは心境的には北朝鮮を慕いていて、便宜上の事情で韓国のパスポートがほしかっただけの話だと私は思う。
在外同胞の選挙権を認めると決めた韓国。 今後韓国の大統領選挙にあたり、彼らは親北人物の登場を強く願うはず。そして「ウリキリ」(自分達だけで、内々での意味、他人排除)助け合おうという美名の下、北に対する物資の援助を求めながら、政治の主導権はあくまでも北に置くべきだとおもうだろう。 そうでなければあえて朝鮮学校を選んで通う理由がないのではないかと思われても仕方がない。
「高校無償化」制度から除外すべきだ、という意見が出ている朝鮮学校。中井洽・拉致問題担当相が対象から外すよう文部科学省側に要請し、鳩山由紀夫首相も「どんな教育をしているのかみえない」という発言を重ねている。実際はどんな教育が行われているのか。
7日の韓国聯合ニュースによれば、朝鮮高級学校が、朝鮮戦争を「北侵」と記述するなど北朝鮮歴史観が反映された現代史の教科書を使っていることが7日、市民団体の北韓民主化運動本部から入手した教科書「現代朝鮮歴史」から分かった。
「現代朝鮮歴史」は高級1~3の3巻からなり、朝鮮高級学校1~3年生が使うという。
韓国と認識の差が最も大きかったのは高級1巻の1945~1953年に関する記述。朝鮮戦争について「米帝のけしかけにより李承晩(イ・スンマン)は1950年6月23日から38度線共和国(北朝鮮)地域に対する集中的な砲射撃を行い、6月25日には全面戦争に拡大された」とし、韓国が起こした戦争だと主張した。
高級2巻では、1976年に米軍将校2人が板門店で北朝鮮軍によって殺害された「斧蛮行事件(ポプラ事件)」について、「朝鮮人民軍が管理する木を切ろうとしたことに対し、非法(違法)行為の中止を求めた共和国警備隊員に米軍が凶器を振り回し暴行を加えた事件」と説明するなど、事実をゆがめ、一方的に北朝鮮を正当化している。
この教科書は一貫して北朝鮮体制の正当性を強調する一方、1990年代中盤以降に相次いで発生した自然災害などにより餓死者が続出した「苦難の行軍」など、北朝鮮が直面した困難は責任を外部に転嫁した。
韓国についても多くのページを割いている。独裁政権とこれに抵抗する民衆という基本構図の下、歴代政権については批判的に記述し、4・19革命(四月革命)、光州民主化運動、1987年の6月民主抗争など民主化運動を大きく扱っている。
また、金大中(キム・デジュン)元大統領については「政経癒着と不正腐敗を克服し、参与民主主義の実現に向けた国政改革を掲げた」と説明し、比較的肯定的に評価している。第1回南北首脳会談も別途の章を設け記述した。
高級3巻では「敬愛なる金日成(キム・イルソン)主席」「敬愛なる金正日(キム・ジョンイル)将軍さま」という文章がそれぞれ67回と86回登場し、偶像化が深刻であることがうかがえる。
◆ 子供達を差別することには賛成しないが、「ウリキリ」という言葉で、日本もアメリカも敵だと、わが民族同士で助け合おうと外部勢力排除を韓国人には訴え、お金の事になると自分だけ排除されるのは民俗差別という主張の矛盾が納得できない今この頃の私である。
プライドがあるなら、堂々とそんなはした金は要らないと言えばいい。その分総連系の企業から奨学金を出せば、企業はその分、税金控除出来るのではないかと想像してみる。まぁ、税金のことはあんまりよく分からないけど・・・・(^_^;)