韓国ドラマ、韓国映画の流行で、韓国の人々の考え方やその時代の様子などが日本社会に届きやすくなりました。そこで、ドラマや映画はもちろんのこと、日本語で翻訳されている韓国の小説がけっこうあることに気付いたのです。
先日、インターネット通販サイトのAmazonで、何冊かの韓国で話題を読んだ作品を買ったので紹介しようと思います。映画にもされた、『私たちの幸福な時間』や『妻が結婚した』(小説の邦題は『もうひとり夫が欲しい』)、ドラマ『マイ・スウィート・ソウル』の原作になった小説だが中心です。映像で表現されるドラマや映画と違い、言葉でつづられる主人公の心情や韓国の時代背景などは、とても味わい深く、私にとっては懐かしい風景でもあります。
日本で出版されている、というだけで、その小説が韓国でどれだけ人気があったかということが分かると思います。今回、私が買いました韓国小説は、次のような二つのテーマで分けられます。
①韓国の「いま」が分かる。センセーショナルな小説
②韓国社会を考える。高度成長、女性、社会問題
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韓国の「いま」が分かる。センセーショナルな小説
儒教精神が根強いとされる韓国の常識や貞操観念を突き破ったセンセーショナルな小説をご紹介いたしましょう。2008年秋に韓国で公開されて話題を呼んでいる映画『아내가 결혼했다』(アネガ キョロネッタ/妻が結婚した))をご存じでしょうか?(小説の邦題は『もうひとり夫が欲しい』(新潮社、パク・ヒョンウク著、蓮池薫訳)) 主人公は、映画『ラブストーリー』や『四月の雪』でお馴染みのソン・イェジンです。
この小説の主人公は男性。ストーリーはその題名そのままで、一夫一婦制に疑問を持つ妻が、自分以外の男性とも結婚してしまう、というお話です。もちろん、韓国も法律的には一夫一婦制なので、戸籍上は主人公の男性と結婚していることになっているのですが、妻は、平日は慶州(경주/キョンジュ)のもう一人の夫の家で過ごし、週末はソウルにある主人公の男性の家に来て過ごす生活を送っています。もちろん、もう一人の夫も重婚については了承済み。
「そんなこと可能なの? 結婚式は? 家や友達との付き合いは?」と思いますが、妻は、仕事も両方の家の家事も完璧にこなし、2人の夫の実家における盆と正月の付き合いもぬかりなく行うのです! ひとり悶々と苦悩する主人公の男性……、そんな中、妻が妊娠します。果たして父親は……?
主人公の男性の葛藤がユーモラスに描かれていて、同情しながらも苦笑してしまうストーリー展開。また、小説は主人公と妻が大好きなサッカーの話を織り交ぜながらコミカルに展開していきます。ヨーロッパのサッカーが好きな方はダブルで楽しめる小説です。
もう一つ、結婚適齢期の女性心理を赤裸々につづった話題作のご紹介。小説の冒頭の「かつての恋人が結婚する日、みんなは何をして過ごすのだろう」で引きつけられ、3分でも時間があれば開き、むさぼるように読みました。題名は、『マイ・スウィート・ソウル』(チョン・イヒョン著、清水由希子訳)。韓国語の原題は、『달콤한 나의 도시 』(タルコマン ナエ トシ/甘い私の都市)です。
数年前、日本で大ベストセラーになり、大変話題となった『負け犬の遠吠え』という酒井順子さんのエッセイの中に、「大都市には負け犬小説(作品)が存在する。イギリスの『ブリジット・ジョーンズの日記』、アメリカの人気ドラマ『Sex and the City』…」というようなことが書いてあったと思うのですが、まさにこれが韓国版、大都市・ソウルの負け犬小説と言えるでしょう。
主人公は31歳のオ・ウンス。年下のちょっと将来性のない恋人、何でも話し合える同い年の男性、結婚相手としては理想的に思える年上の男性。どの人とも結婚できるようで結婚できない……。そこにこれまで積んできた仕事のキャリア、会社でのストレス、友情、そして嫉妬。さらには結婚に踏み切ろうと思った人に衝撃の事実が!
20代~40代の女性なら、必ずどこかしら自分自身にオ・ウンスを照らし合わせることができるでしょう。ただ、女性が読む分には共感できたり、身につまされたりするところがあると思うのですが、男性が読んだらどんな感想を抱くのだろう……うむむ、恐ろしい! というのが、私のもう一つの感想でもあります。殿方には読んでいただきたくない小説の一つかもしれません。
いずれにせよ、今を生きる韓国女性の葛藤や悩みが凝縮された小説です。また、ドラマに比べると、ちょっとシリアスな雰囲気が漂っています。それがミステリアスで先が気になって、どんどん読み進められると思いますよ。
韓国社会を考える。高度成長、女性、社会問題
人気俳優カン・ドンウォンさんが強い訛りのある方言を披露した映画、『私たちの幸福な時間』。こちらの原作(『私たちの幸福な時間』(新潮社、コン・ジヨン著、蓮池薫訳、原題は『우리들의 행복한 시간』(ウリドゥレ ヘンボッカン シガン))です。
この作品は、死刑囚の男性と、自殺未遂常連者の女性が心を通わせる物語です。死刑囚の……となると、とてつもなく暗く重い話に思えるかもしれません。もちろん、やりきれない部分はとても多くあるにしても、世の中から裏切られ続けた二人が最後に心から救われていく様子は、とても美しいです。小説の最後、私は電車の中で読んでいたのですが、号泣の一歩手前!涙が溢れてきてしかたがありませんでした。必死で喉がひくひくするのをこらえましたっけ。
最後の作者の後書きは、「私もこの小説を書く間、とても幸せな時間を過ごした」という出だしで始まります。作者のコン・ジヨンさんがこの小説を書くことになったきっかけ、そしてどのようにして書き進めていったかの実話が具体的に紹介されていて、心を打ちます。
そして、このコン・ジヨン(孔枝泳)さんの代表作の一つ、『サイの角のように1人で行け』(新幹社、コン・ジヨン著、石坂浩一訳、原題は『무소의 뿔처럼 혼자서 가라』(ムソエ プル チョロム ホンジャソ カラ))もお薦めです。一人の男性を好きになる女子大生3人。3人は大の仲良し。3人は青春時代の恋愛に傷つきながらも、成長し、それぞれ違う人と結婚していきます。しかし、その結婚はどれも幸せなものではありませんでした。一人は息子を亡くし、一人は夫の浮気に耐え、一人は精神を病んでいきます。
1990年初頭、韓国でフェミニズム文学が栄えた時期の代表作でもあるこの作品。男性優位の韓国社会を見せつけられる内容でもありますが、韓国女性の苦悩をつづったこの作品は多くの女性の指示を得、映画化もされました。韓国の女性が昔からどのように過ごしてきたのかがよく分かります。
そして、シン・ギョンスク(申京淑)の作品。まずは、代表作『離れ部屋』(シン・ギョンスク著、安宇植訳、原題は『외딴방』(ウェッタンバン))です。
この小説には1970年代、韓国の高度成長期を支え、酷使され続けた若い労働者達の姿が、ありありと写し出されています。これがこの発展した大都市ソウルの数十年前の姿かと思うと、信じられない思いがします。彼らの生活の話だけでなく、パク・チョンヒ大統領の独裁の時代、光州事件の生々しい話が、当時の生活者の視点から書かれ、いかに私が「知識」としてしかこれらのことを知らないのか、ということを思い知らされました。当時の韓国のことがよく分かる、名作の一つといえましょう。
そして、最後に紹介したいのが『われらの歪んだ英雄』(情報センター出版局、イ・ムンヨル著、藤本敏和訳)。原題は、『우리들의 일그러진 영웅』。
舞台は韓国の地方都市、江陵(강능/カンヌン)のとある小学校。小学校で絶対的権力を保持し、周囲を震え上がらせるソクテ。しかし、新任教師がソクテの不正を暴いていき、ソクテの権力は失墜します。
絶対的権力者の失墜に小気味よい感覚を覚えながらも、どこかで寂寥感を覚えさせる心の矛盾に、小説の登場人物だけでなく、読者も気づかされるでしょう。
小説では子供達の権力闘争が描かれますが、これは韓国の軍事政権の真っ只中の暗い時代を暗示しています。また、作者のイ・ムンヨル(李文烈)は、1980年代の韓国を代表する作家で、『われらの歪んだ英雄』意外にも、日本語で読める小説がいくつかあります。韓国人は必ずと言って良いほど知っている有名な作家だけに、韓国語では何作品化読んでますが、日本語で翻訳された作品を読むのは私も今回始めてです。(*^_^*)
※ここで、上記の小説の翻訳者に注目します。
拉致被害者の「蓮池 勲」さんの訳書が2冊もありますね。それは以外です。私は以前にも蓮池さんの韓国書籍初翻訳の「孤将」を買いました。これで三冊目です。蓮池さんは北朝鮮で半島の言語を学んだと、私は認識してますが、北と南の言葉には、かなり異なる使い方、表現があり、感覚もまったく違って、元韓国人の私も北の表現に中々馴染まないのですが、蓮池さんはどのようなな思いで、このような作品に手をかけるようになったでしょうか。勿論、文を読むと、本当によく勉強なさってると思いました。
私が最も好きな申京淑の作品『離れ部屋』は「統一日報」に『わたしの徒然草』を連載頂いている安宇植先生の訳です。先生がこの本を翻訳なさったことは全然知りませんでした。(~_~*)