気が付くと俺は山道を走っていた。
息が切れそうで止まると自分が何処にいるか分からなくなっていた。
微かに見える白い雪道は
自分の足跡と野生動物の足跡が混じって散乱していた。
頬が痛かった。
どこかですれ傷を付けたようだ。
家に帰らないと、母さんが待つ家に帰らないと・・・
俺はまた走った。
母さんは俺を秘密の部屋に隠していた。
村に若者の召集令が出されたとき、お袋は隠し部屋を作った。
母屋の脇に小さい物置を装って俺の居場所を作ってくれた。
何日も何日もその中で過ごすには俺は若すぎたのかもしれない。
外の様子が気になって隠し部屋を抜け出したその時
俺の家を見張り続けていた村の役場の人間に見つかってしまったのだ。
村の責任者に酷く批判されるお袋を後にして
俺は人民解放軍になって戦う身分となった。
夜が明けようとしていた。
このままでは家にたどり着く前、捕まえてしまう。
だって俺は軍服を着たまま。
このままじゃ軍隊から逃げ出したのがすぐばれてしまうだろう。
現実の自分に戻ると怖くなった。
これからどうすれば良いのか・・・
朝になればみんなは俺がいなくなったことに気が付くだろう。
とにかくその日は山の岩の影に隠れていた。
寒さと怖さと極度の緊張で空腹感すら感じなかった一日だった。
夜になってまた歩いた。
今度は激しい空腹感で吐き気がした。
離れた群から俺を追っかけてくる気配はなかった。
何処かで食べ物を調達しなければならない。
ふらふら一晩歩くと回りがやや明るくなってきた。
もう歩けない。疲れた。おなかが空いてどうにもならない。
残雪を手に取って食べてみた。
これからどうするのか俺にも分からない。
その時、ふと煙の匂いがした。
もしかしたら他の軍隊の群ではないかと思い、怖くなった。
山の高い所に登り、隠れて様子を見ると
火田民の部落が闇の中で微かに見える。
朝ご飯の準備に掛かってるらしかった。
俺はその煙が昇る小屋に向かった。
俺に選択の余地なんかが有る訳がない。
小屋には老夫婦がいた。
早朝の尋ね人に大変驚いた様子、当然の事だ。
だって俺、山ですべて転んで傷だらけの人民軍服の姿であったから。
しばらく俺の顔を見ていた老夫婦は
幼い少年兵の疲れ果てた姿に同情をしたらしく、
色々と聞いて来た。
老婆は黍(きび)のお粥を持ってきてくれて
兵隊に連れて行かれた息子の服を出してくれた。
老人は布団を敷いてくれた。
「疲れた様子だね。食べてひと眠りして、
それからお家に帰りなさい。ご両親が待ってるんだろう?」
眠った、久しぶりに。
満腹で暖かい部屋で眠った。
軍服ではなく民服。
心が和んで深い深い眠りに襲われた。