今もなおベトナムの人々に「サイゴン」で呼ばれる南ベトナム最大の都市ホーチミン市は商業の中心である。わずか36年前、この都市は戦場の中に置かれ、まさに修羅場そのものであった。
私が見た今現在のこの都市は、鮭の大群が故郷の川を遡るような風景を連想させる、バイクやスクーターの大行進で道溢れる、活気に満ちた街であった。街並みは1960年代のソウルに似ていて、何処か懐かしい感じもした。
朝晩関係なく押し寄せるバイクの行列の中には親子四人乗りもしばしば見えた。偶々立ち寄ったスーパーで大量に積み重なっている様々な模様や色の付いたおしゃれマスクが不思議に思えたが、その用途がバイクの排ガス避けだと聞いて納得した。
3月3日発行のウォールストリートジャーナル(WSJ)紙は、人口は9百万人の人口にモーターバイクは3千万台と、ホーチミン市の風景を通じた。新興中産層が急に浮上しているベトナムの姿だ。 WSJはベトナム経済を「バイク経済」と描写し、前に進むバイク行列のようにベトナムも進む道を分かっているようだと説明した。
だが、急な成長だけにバイク経済が越えなければならない山道もくねくね険しく、思うほど易しくない。最近伝わるファイナンシャルタイムス(FT)などの主要外信によれば、グローバル金融危機以後、近隣新興国が早い景気回復を見せている中でベトナムだけが不振を免れない状況である結果となった。昨年、いくつかの国際信用評価社がいっせいに、ベトナムの国家信用等級においてその評価を下げた。ベトナムはマクロ経済を害しない枠の中で、山積した問題を解決するための緊縮策を行っているが、思うほど容易ではない。 経済のファンダメンタル(fundamental)が脆弱な状況の中で急成長を成し遂げようと急いでいるとあちこち故障が起こる。
先ず、急速なインフレが当面の課題になっている。 外国のホットマネー(短期運用資本)流入が急増する中、過去2年間の物価上昇率は28%にも達している。今年1月の物価は前年の同じ時期より12.2%も上昇、2月の物価上昇率は12.31%で、2年ぶりの最高値を更新する見通しである。
大規模な貿易赤字と財政赤字も慢性的な問題とあげられよう。 ベトナム経済を支える製造業において、部品や原材料を輸入に依存している為、原材値の急騰や輸入物価上昇による赤字幅が増加している。昨年の貿易赤字は124億ドルを記録し、今年に入っても赤字幅は増加しているようだ。 1月は前月対応8億7700万ドル、2月には9億5000万ドルと赤字幅が拡大した。
通話価値も下がっている。 ベトナムの人々は自国経済を信用出来ず、自国通貨のドン貨の代わりに米ドルや金などの貴金属を買い集めている。米ドルの買占めにより、米ドルの流通量が急減すると、ベトナムはドン貨の通貨価値も下落した。最近15ヶ月の間、4回も及ぶ切り下げがあり、ベトナム政府は通貨価値の下落を容認せざるを得なかった。
米ドル(USD)対ベトナムドン(VND)の公式為替レートは、闇市の取引レベルにまで近接するほどになった。 しかし、これによってインフレーションの憂慮もさらに高まっている。国際原材価の高騰の中で自国通貨のVNDの劣勢まで加わり、輸入価の値上がりが物価全般の上昇を導いている。
ベトナム政府は緊縮基調で対応している。 銀行金利を調整することにより市場の流通通貨を回収、金融や不動産業種に対する貸出しを制限する政策を取り、債務増加率と通貨供給増加量の目標値も下げた。
しかし、ベトナム企業の立場から見ればインフレも緊縮もさほどありがたくない。 何故ならば、先ず、インフレのせいで中国に代わるグローバル製造基地としての位置づけが狭まるからだ。ベトナムの工場で製品の組立をする大半のグローバル企業は中国から部品を調達している。ベトナムは人件費が安いので生産工場として成り立つが、このメリットさえも今のような物価上昇では5年も持たないかもしれないという人もいる。このままでは工場労働者の賃金上げ要求は避けられない状況である。政府の緊縮策は業者の事業拡張にブレーキを掛ける。工場の拡張や設備に投資をしたくても、貸出金利が20%にも達する状況ではなかなか厳しい。
ベトナムの今の危機は2007年から始まった。当時、ベトナム経済の潜在力に対する期待感が高まり、外国の投資家のホットマネー(短期運用資本)がベトナムに集まった。それによってベトナムは近隣のマレーシアやタイなどに競争できる、東南アジア製造基地に生まれ変わる事に成功したが、それと同時に景気過熱という副作用も起きた。
ベトナム危機の原因は政府の拡張策により増えすぎた市場の流動性のためだと専門家達は言っている。 即ち、豊富は資金のおかげで内需は急増したが、産業発展とそれに伴う生産はこれを付いて行けなかったからだ。不良経営、放漫経営によってベトナム経済を危機にさらした国有企業に大きい問題があったと思われている。国有企業から始まった債務危機は、昨年のベトナム信用等級下落の直接的な原因になった。
消えかかっているバイク経済のエンジンに再び始動をかけて、長期成長の道へ進むためには、これら国有企業の果敢な構造調整とともに、通話・財政部門での緊縮策を行う事であり、これは短期的であるが苦痛を伴う。これに耐える事が出来るかどうかに掛かると専門家達は言っている。