'ワールドカップ'に該当される記事2件

  1. 2010/07/09 W杯南アフリカ大会に対する想い ③
  2. 2010/06/21 W杯南アフリカ大会に対する想い ①

 

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 W杯南ア大会でドイツの試合結果をすべて的中させている独西部オーバーハウゼン水族館のタコ「パウル君」の予言が、また当たった。

 2年前の欧州選手権は、スペイン戦の予言を外した前例があっただけに、ドイツ国民はその再現に望みをかけていたが、パウル君の6連勝に終わった。
 AFP通信によると、地元報道などではスペイン勝利のお告げに対しては反発も多く、「パウルをシーフードサラダかパエリアにしろ」「サメが入った水槽に送れ」などのコメントがネットなどに現れ、ベルリンではタコに反対する歌も歌われたという。

 それに対してスペイン政府の閣僚らは8日、ドイツ人の反感を買い、食べられてしまうのではないかとの懸念を相次ぎ表明した。
 サパテロ首相は、ラジオ局の取材に「タコの安否が心配だ。(スペインから)保護チームを派遣しようかと考えているところだ」と表明。エスピノサ海洋相は「12日に欧州連合(EU)の漁業関係相理事会があるので、ドイツに対しパウル君を食べないよう頼むつもりだ」と述べた。
 パウル君については、「神託」が下った直後から「スペインが勝ったら、タコを速やかにスペインへ移送し保護すべきだ」(セバスティアン工業相)などとする声が上がっていた。

 水族館は、9日にドイツ-ウルグアイの3位決定戦と、オランダ-スペインの決勝の予言をする計画だという。今回も当てたら初めてタコパウルの名をサッカーW杯歴史外典に名を刻むかもしれない。

 先日、韓国試合の日、職安通りを通ったら、赤いヘル軍団の応援が凄かった。その二日後、渋谷の109の前はサムライブルーの熱気で凄かった。
 韓国と日本は8強の壁を前にして惜しくも敗れてしまったが、思う存分サッカーを楽しんだ。もう少し頑張って欲しいと願ったけど、まぁ、歴史は一日に成らずで、少しずつ頂点に向かって行けば何時かは到達するのと希望が持てるだけの成果はあったと思う。アジアを背負って頑張っちゃ両国の選手に拍手を送る。 


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左から鄭解相副審、西村雄一主審、相楽亨副審

 今回、W杯は競技の成果もさながら、日韓の審判団が活躍した。西村雄一主審と相楽副審、鄭解相副審のチームは、記憶に残るような誤審が相次いだ今大会で、正確なジャッジでとても良い評価を得た。

 準々決勝のオランダ-ブラジル戦では序盤に、ブラジルのロビーニョらが判定に食ってかかるシーンもあったが、毅然(きぜん)とした態度で諭した。激しいプレーが多く、やや荒れ模様となった試合でも、それに過剰反応せず、最後まで冷静にコントロールした。
 国際サッカー連盟(FIFA)は8日、当地で11日に行われるワールドカップ(W杯)南アフリカ大会決勝、オランダ―スペイン戦の審判団を発表し、日本の西村雄一国際主審(38)、相楽亨国際副審(34)が、それぞれ控えの第4、第5審判に選ばれた。日本人審判がW杯決勝戦の審判団に入るのはこれが初めて。

 イングランドのハワード・ウェブ氏(38)が主審を務める。西村主審はピッチ外から主審を援助し、選手交代などを担当する。相楽副審とともに、主審らが職務を続行できなくなった場合には、それぞれ代わりに入る。

 今大会で西村主審、相楽副審は、鄭解相国際副審(韓国)とのセットで開幕日のウルグアイ―フランスなど1次リーグ3試合を担当。決勝トーナメントでは、日本人審判として初めて準々決勝を割り当てられ、オランダ対ブラジル戦を担当した。

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レッドカードを渡す西村雄一主審と鄭解相副審




追記:2010.07.10


 7月9日付けのAFP通信によると、サッカーW杯南アフリカ大会(2010 World Cup)で、これまでドイツ代表チーム全6試合の勝敗を100%の的中率で予言してきたタコのパウル(Paul)が9日、決勝と3位決定戦の行方を占い、スペインの初優勝を予言したという。

「神託」は今回もドイツ西部オーバーハウゼン(Oberhausen)の水族館「シーライフ(Sea Life)」からテレビで生中継されたようだ。いつもどおり対戦国同士の国旗を張りつけたごちそう入りのプラスチック・ケースをパウルの前に下ろし、パウルが先に開けたほうが「勝者」になると言うことだ。

 まずパウルは10日の3位決定戦を占い、自分の居住国であるドイツが、ウルグアイを下すと予言し、それから11日に行われる決勝戦の占いでは、パウルは即座に決断し、まっすぐスペインの箱に向かったかと思うとふたをこじ開け、ごちそうを飲み込んだとか・・・

 ちなみにパウルの生まれはイングランドだという。

2010/07/09 13:25 2010/07/09 13:25


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 サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会は第11日の21日、各地で1次リーグ3試合が行われる。

 今日、G組では、北朝鮮が前回4位のポルトガルと対戦する。両国が顔を合わせるのは北朝鮮が初出場でベスト8と健闘した1966年イングランド大会の準々決勝以来だ。1966年の大会では、それまで2度優勝経験のあるイタリアを破る快挙を成し遂げた。ソ連に敗れ、チリと引き分け、迎えた1次リーグ最終戦。前半に挙げた1点を守り通し、「世紀の番狂わせ」を演じた。準々決勝でポルトガルに敗れた。W杯通算1勝2敗1分け。

 この大会には二人の在日青年が参加している。

 その一人は話題を巻き起こしている「鄭大世」選手。対ブラジル戦での彼の熱い涙が日韓両国で話題を寄せた。Jリーグ・川崎のFW「鄭大世」、北朝鮮チームは今回のW胚に鄭大世を中心に、スピードと決定力を生かしたカウンター攻撃を仕掛ける。「読売新聞」ネット版で鄭を次のように紹介した。

 イングランド代表FWウェイン・ルーニーと比較される、日本生まれのストライカーを引き連れて、ミステリアスな国、北朝鮮が、44年ぶりにW杯に戻ってきた。

 非凡な物語を宿命づけらているかのような名の持ち主だ。名前は「大いなる世界」を意味するが、鄭大世(チョンテセ)が“チョルリマ”(北朝鮮代表の愛称。翼を持った馬)のユニホームを身にまとい、踏み込もうとしているのは、サッカーの世界なのだ。複雑な過去を後方にとどめながら、欧州でのキャリアという未来を見据えている。

 というのも鄭大世は、ほかの2国の代表として南アフリカに来る可能性もあった。北朝鮮出身の母親に対し、父親の出身国の韓国。そして、1984年に名古屋で生まれた鄭大世の出生国である日本。

 朝鮮大学校で共産主義文化にどっぷりと漬かった鄭大世だが、日本のサッカークラブ、川崎フロンターレに入団し、「人民のルーニー」と呼ばれるようになった。「とても光栄に思うが、僕のモデルはむしろディディエ・ドログバ(コートジボワールFW)」と言い切る。

 韓国代表と日本代表から打診を受けたこのパワフルなストライカー(身長1メートル80、体重80キロ)は、“チョルリマ”からの招集を受け入れ、2007年に北朝鮮のパスポートを入手した。

 当時、鄭大世は「心の中では、僕は常に北朝鮮人だ」と公言していた。「だから、祖国の代表になるのはとても光栄。北朝鮮に大きな問題があることは知っているが、国民はみな素晴らしく、その上サッカーに夢中だ」

 鄭大世は、過去3年に22回の代表招集を受け、15得点を記録している。北朝鮮チームが南アフリカに到着してから、彼は発言権を与えられている数人の選手の中の一人だが、それも数分のみ。

 最初のインタビューでは開口一番、1948年に金日成によって建国されてから、息子金正日(総書記)に引き継がれ今に至るまで、スターリン体制の支配下に置かれたままの、この地球上で最も閉鎖的な国家のひとつである北朝鮮の称賛に努めた。

 「あなた方は北朝鮮についてよく知らないようだが、W杯はあなた方の持っているわが国のイメージを変えるいいチャンスだ」と、鄭大世は初歩的な英語で話したが、彼は英語をあやつることのできる代表メンバーのうちの一人だ。

 キム・ジョンフン監督の采配(さいはい)によるコンパクトな布陣のワントップである鄭大世は、W杯に楽観的だ。「僕たちのチーム精神は世界一。僕たちはドイツ人と一緒で、同じメンタルを持ち、強力なチームとして結束している。僕は66年の(W杯イングランド大会で北朝鮮が8強に入った)映像とともに育った。そしてこの年と同じように、僕たちは観客をびっくりさせ、もうひとつのサプライズをつくる」

 唯一の決勝トーナメント進出となった44年前、準々決勝に進出した“チョルリマ”は、ポルトガルのFWエウゼビオの4ゴールにより敗退。あれから世界は姿を変えた。しかし、北朝鮮は……。

(2010年6月18日15時54分  読売新聞)

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<ブラジル・北挑戦>ルッシオから厳しいマークを受ける北朝鮮の鄭大世


 もう一人の在日出身「安英学」選手。私は黙々と頑張る安選手が大好き。

 安 英学(アン・ヨンハ、안영학、1978年10月25日 - )は、岡山県倉敷市出身の朝鮮籍プロサッカー選手。現在Jリーグ ディビジョン1 (J1)・大宮アルディージャ所属。東京朝鮮中高級学校 高級部から立正大学へ進学。在学中の2002年、アルビレックス新潟へ加入し、ミッドフィルダーとして活躍。2003年のJ2優勝・J1昇格に貢献。昇格後の2004年もチームの主力選手としてプレーした。2005年から名古屋グランパスエイトへ移籍。
 2006年、韓国・Kリーグの釜山アイパークへ完全移籍。朝鮮籍のままで選手としてKリーグでプレーをするのは異例のことであった。2010年シーズン、W杯南アフリカ大会を6月に控え、試合に出られる環境に身を置くため、大宮アルディージャに移籍し、5年ぶりにKリーグからJリーグに復帰。

 北朝鮮代表としては2002年の対韓国戦でデビュー。2006年W杯ドイツ大会・アジア地区最終予選では、各種メディアによる北朝鮮代表チームに対する取材が増える中、注目を集めた。その後も代表に選出され続けており、W杯南アフリカ大会・アジア地区予選では再び、北朝鮮代表の中心選手の一人として海外遠征に招集された。北朝鮮代表として3バックの前のアンカー(守備的ミッドフィルダー)としてプレーする事が多い。「安英学」は今大会の対ブラジル戦で「鄭大世」ほど目立ってはいなかったけど、地道に頑張る姿に感動した。


 北朝鮮の安英学は中盤の底の位置でブラジルの攻撃の柱、カカと対峙(たいじ)。「後半はすごくスピードを上げてきた。スイッチが入ったときの勢いはすごかった」と、相手の地力の高さを痛感した。
 大半の時間を守りに奔走しながら、前半26分にはボールを奪って素早くつなぎ、カウンターの起点に。初めて北朝鮮代表に選ばれてから8年。チームで認められるため、意識していた攻撃の姿勢を初のW杯で見せた。(ヨハネスブルク時事)


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対ブラジル戦で奮闘する在日出身北朝鮮代表「安英学」


  北朝鮮チームの主砲「鄭大世」、その涙が話題になっている。黙々とチームを守る「安英学」先輩、後輩に好かれている、格好良い好青年。
  日本に生まれ、日本で学び、二つの祖国の間で悩み、泣き、笑い。 

  頑張れ!「安」、頑張れ!「鄭」、アジアの星に輝け!!




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追記:南アW杯:北朝鮮録画放送FIFAは合意 貧困国向け措置か・・・

 北朝鮮の朝鮮中央テレビがサッカー・ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の試合映像を録画放送した問題について、国際サッカー連盟(FIFA)は15日、毎日新聞の取材に対し「私たちは、アジア太平洋放送連合(ABU、本部クアラルンプール)が北朝鮮側に映像を提供することで既に合意している」と答え、問題はないとの認識を示した。この問題については、朝鮮半島全域の放映権を主張する韓国の民放テレビ局SBSが「無断使用された」としていたが、FIFAは「ABUが私たちのガイドラインに基づき、映像を提供する」と述べた。
 AFP通信によると、FIFAとABUは11日の開幕試合直前にこの協定に署名。北朝鮮のほか東ティモール、ラオス、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの計7カ国の貧困国に映像を提供することで合意したという。ABUは番組の共同制作や相互提供を目的に1964年に設立された非営利組織で、現在58カ国・地域の200以上の団体が参加。日本のNHKやTBSも加盟している。
 06年ドイツ大会では、事前の合意に基づき韓国側が北朝鮮側に映像を提供。今大会はSBSと北朝鮮側が事前交渉したが、哨戒艦沈没事件など南北関係悪化で協議が中断していた。







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