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  1. 2008/10/15 悲しいクリスマス <その⑥>


月も雲に隠れ、道の分別も出来ない夜るだった。
騒がしい気配を感じ取ったのか蛙の合唱が一層大きい。
何故か今も耳に残るのは泥濘に足を捕らえ転んだとき
一斉に飛びはねる蛙の群れの合唱と後ろから聞こえる多発の銃声。

収容所にいる間、俺は二十歳になった。
誕生日など忘れていたが気が付いたら二十歳になっていた。
収容所に収容されてる人は必ずしもこの戦争に立ち入った軍人とは限らない。
民間人も多数収容されていた。
身分がはっきり確認できてない男はすべて連れてこられたからだ。
そこで知り合った40代後半の男に俺は息子のように可愛がられた。
収容所を脱出する前日、彼は俺に言った。

「ここから出たら何処に行くんだ?
行くあてはあるのか?」

俺は首を横に振った。

「俺はP市に行くつもりだよ。そこに昔、俺が世話したある人が住んでるんだ。
その人を宛てに北から南へ向かう途中捕まえたからな・・・
もしここから出て、行く宛が見つからなかったらP市に来いよ。
そこは大きな港だし、二人なら何とか出来るかもしれん。」

彼とは闇の中ではぐれてしまった。

周辺が明るくなってくると遠く桟橋が見えて、
小さい漁船がエンジンをかけて桟橋で出向の準備をしているように見えた。
近づくと髭の来い男が大きい声で叫んでいる。
「後、一人乗れるから早よう来いよ!!」
船は20人乗りの漁船で島の人は3人乗っていて後は皆、収容所脱出者だった。
「これで5回往復だよ。急がないともう一回往復できない・・・」
島の人が言った。
夜中からすべての島の船は脱出捕虜を運んだ。
こういう方法で政府は連合軍からこの地に残りたいと願う捕虜達を解放したのだ。
危険過ぎる、無謀だとの批判の声が高まる緊迫の状況で
数千人の戦争の渦巻きに巻き込まれてしまった人々が
再び自由を向かって突進する。

俺は書いてもらったP市の住所を胸に
漁船に乗って始めての自由のみになっていた。





そして、7年の年月が流れた。
今日俺に子供が生まれた。
外は寒くてあらゆる物を凍らせてる。
ここで俺は根をおろす。
俺はもう独りぼっちではないのだ。

いつかこの子に言ってあげられるのだろうか
この地で独りポツンと浮き草のように生きてきて
今、こうやって根を下ろし始めている俺の話を
この子は聞いてくれるのだろうか。

明日はクリスマス。
街は今晩、華やかに照らされるだろう。
雪の積もった野原でいつの間にか過ぎていたクリスマス、
捕虜収容所で米軍から与えられたクリスマスケーキ、
皮肉にも始めてのクリスマスケーキだった。
国のクリスマスは敬謙なものだった。
隠れキリスタンであった先祖の代から
神父様に祖立てられた父の代まで
クリスマスは敬謙なミサで捧げられた喜びの儀式だった。
これから俺はこの子のサンタになるだ。
産声を上げる赤ん坊を向かって口ずさむ。


「さようなら悲しいクリスマス」



<おわり>

2008/10/15 12:34 2008/10/15 12:34