'故郷'に該当される記事2件

  1. 2011/05/16 父と絵とギター
  2. 2008/05/28 悲しいクリスマス <その①>


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 父はギターを弾いていた。
 幼い記憶の中にはいつも部屋の何処かにギターがある。
 狭い長屋、六畳一間の部屋で五人家族が全員で暮らしていたあの頃も、ギターはもう一人の家族としてその部屋にいた。

 その部屋の壁には、父が模作していた老いたるギター弾き(The Old Guitarist)というピカソの絵が壁に掛かっていた。本物と区別が付かないほどよく出来ていた絵、父はどういう心境でこの絵を真似て描いていたのだろうか。

 父にとってギターは何だったのだろうか。父に聞いたことは無いが、音楽や美術や演劇やと才能に恵まれていた夢多き青年だった父は16歳で戦争にかい出され、二度と故郷に戻る事ができないまま、親兄弟に別れたまま、60年の間、生きるために夢を捨てざるを得なかった心のよりどころだったのかもしれない。

  父のその気持ちは、子供も女房も分かってくれなかったのであろう。
 母は父の気持ちを胸で受け止めるほどの女性ではなかった。理想と現実の間で、父よりもっと激しく揺れていて、神経衰弱症状まで見せていたからだ。父は、母性不在の家庭で育つ幼い私たち兄弟を心配してやまなかった子煩悩な人だったのである。


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 5月のゴールデンウィーク中に里帰りをした。4月の1ヵ月間、福島原発の更なる爆発を恐れて実家に疎開させていた息子の面倒を見てくれた義理の妹(長男(弟)の嫁さん)に御礼を言って、地震の事で心配しているはずの親に元気な顔を見せる事が第一の目的で、行ったついでに友達にも会ってくるのが次の目的だった。

 親に顔を見せて、弟の嫁さんには御礼を言い、友達に会うたびに色々とご馳走になって、一部のほうれん草などの葉っぱ物から放射性物質が検出された事で日本では躊躇って食べられなかった野菜を山ほど食べてた。

 父は、顔いっぱい笑って見せてくれた。
 父の手を取ると、爪が伸びていて、爪の下に黒い垢が詰まっていた。臭いもする。
昔から父はお風呂が嫌いだった。お風呂に入らない父の事で困っていた弟の嫁さんの為に父を日本の温泉に連れて行く目的で韓国から呼んだ事もある。今も弟が銭湯に連れて行かない限り、お風呂にも入らないうえ、お手も洗わないらしい。

 35年も前から、母とは別居している父、今は一日中話す事も無く、ベッドの上で寝て起きて、長男の嫁が「お父様、ご飯ですよ」と言えば、居間に出て、食卓の前に座る。ご飯が終ったら、また自分の部屋のベッドに戻り、テレビを見ながらタバコを吸う。それから眠くなったら寝るの繰り返しのようだ。話す事も無く、出かける事も無く、食事とトイレ意外には部屋から出ない。私が買ってあげたフリスを着たまま、寝て起き、起きては寝ている。

 最近、弟嫁さんが歯医者につれて行っているようだが、歯があんなに駄目になっているとは知らなかったという。元々は歯がとっても丈夫な人だったが、何せよ80という歳と歯磨き嫌いな怠け癖があるのでしょうがないかなと思う。嫁さんは入れ歯にしてあげたいと思うが、こまめに手入れしないと駄目なので、果たしてそれが出来るかどうかと、心配しながらため息をつく。

 父の手をぬれたタオルで綺麗に拭き、爪を切ってあげた。爪の下の垢も取ってあげた。お手からは臭いもとれたようだ。

 手の裏がとても柔らかくなっている。昔は手のひらがもっと硬かったと覚えている。左の指の先端も柔らかい。これじゃもうギターは弾けないな・・・


 弟の嫁さんが、帰りに仁川空港まで車で送ってくれた。車が空港に着く頃、私は彼女に言った。
「色々大変なのは分かっているけど、父をよろしくお願いします。」

 義理の妹は次のように返事した。
「よろしくと言われても、よろしく出来るかどうか・・・」

 出来る事ならば、父を引き取りたい。
 今のようなマンション暮らしではなく、陽がよく当たる山のふもとに平屋を立て、庭に花とトマトとキュウリとトウモロコシとサツマイモを植えて、犬と猫と鶏を放し飼いにしたい。父は土いじりと動物が大好きだからきっと毎日ベッドから降りてて庭に出て来てくれると思う。

 平屋の離れに大きくて気持ち良いお風呂を造って、汗を流した父が毎日入れるようにしてあげたい。

 自分の生活を守るために、それが出来ない私が、今、父の面倒を見ている弟夫婦に何もいえる資格はない。


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 遠藤さんがメールマガで韓国人にとって「恨(ハン)」について書いている。

 私にとって父の「恨(ハン)」はブルースのようなものである。
 父を思うと青の時代のピカソと老いたるギター弾き(The Old Guitarist)の絵が重なる。






2011/05/16 13:27 2011/05/16 13:27

悲しいクリスマス

                                  

<その①>

今日、俺に子供が生まれた。女の子だ。
外は寒くてあらゆる物を凍らせてる。
ここで俺は根をおろす。
俺はもう独りぼっちではないのだ。
こんな寒い夜、故郷の町は
灯した明かりまで凍りつく寒さだ。


今、戦争は終わって世の中は平和が訪れようとしてる。
この平和は何時まで続くのだろうか。

俺は17歳で故郷を離れた。
俺は戦争を望んではない。
だけど、世の中は俺の意思とは関係なく、
全ての人を巻き込んでいた。狂ったように・・・・
その時俺は自分の納得の出来ないその状況から逃げたかった。

たった一週間の訓練で
俺には恐ろしくも人を殺せる許可が与えられた。
本当に俺は人が殺せるのか。

戦場に向かう群れの列は百メーターを超えるくらいで
何人か同じ学級の友人もその群れにいて
その中の何人かは俺に手を振った。
寒い冬の日差しは有り難い物だ。

山道は険しく、太陽はもう隠れようとしている。
今晩は多分この辺で野営だろう。
寒い冬の日没は悲しいものであった。


どのくらい寝ていたのか寒さと膀胱の圧迫感に目が覚めた。
この行軍はもう一週間も続いてる。
みんな疲れ果てて、寒さにもめげず死んだように眠ってる。
このように寝られるのも後、幾晩だろうか
後2,3日で戦線に着くのは誰もかが予測していた。


用を出すため野営地から離れた。
圧迫されていた膀胱が元に戻る快感を感じながら
体を振るって一瞬空を見上げると、
山々に隠れて狭くなった空に月もなく星が見えた。

雪が止んだ空は綺麗。とても綺麗。
人間は戦って死んでいくのに、星は変わらなく今夜も出ていたのだ。
瞬間、星は涙を流していた。


母さん・・・ それは母さんの涙の様だ。



 

2008/05/28 16:57 2008/05/28 16:57