'満州'に該当される記事2件

  1. 2012/11/08 満州の絵葉書 -2- 
  2. 2012/11/06 満州の絵葉書 -1- 

これは、その絵葉書が入っていた袋を開いた物だと思う。
 絵葉書自体の寸法は、現在の日本の葉書よりは細長く、約9cm×14cmになっているので、それが入る程度の大きさに成っている。
 右側に見える、スタンプには、17.5.24 という文字が読み取れるが、昭和17年5月24だろう。
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北満の雪景! 林のある山になだらかな冬の原。
沃土がこれかと思ふと、寂しい中から希望が湧いてくる
北満風景、と云う文字が、右から書かれているが、終戦前は、横書きの場合は右から書いていた様だ。1938.12と云う日付が読めるが、昭和13年
 
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冬枯れの滿洲!
清く澄んだ空と情趣にとんだ支那家屋が田舎を飾ってゐる。
 絵葉書のコメントには「冬枯れの」と云う文字が見えるが、日本からは想像も出来ない様な寒さな筈だから、文字通り、全てが枯れてしまうのだろう。
 同じく、コメントに、「支那家屋」とあるが、云うまでもなく、「支那」とは中国の事である。 以前、「支那人」と云う言葉には明らかに差別的なニュアンスが有ったのは事実で、そのせいだろう、現在では日本で「支那」と云うと中国政府からクレームが付く様だ。 しかし、フランス語の chinois も、英語の china も、この「シナ」から来ているので、本来は全く差別的な意味は無いはずだ。
 
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名もしれない冬枯立に集團部落の味はひ!
平和は王道樂土を語ってゐる。
 絵葉書のコメントは、当然ながら旧仮名使いに成っている。漢字も、「集團部落」、「王道樂土」など、旧字体に成っている。
この「王道樂土」と云う言葉に惹かれて、大勢の人が大陸に渡り、現地の人々に絶大な損害を与え、最後には酷い目に会ったり命を落とす事に成ったのだ。
 
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冬の幕營! 酷寒零下四十餘度!
これでも耐へて演習に励める皇軍は強い
 「酷寒零下三十度~」と云う軍歌が有った様に記憶しているが、このコメントには零下40度とある、まあ、想像を絶する寒さだったのだろう。こんな情況での、テント生活(幕営)の厳しさは、並大抵の事ではなかったのだろう。
 「皇軍」と云う表現が、如何にも時代を感じさせる。
 
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街行く人の足竝もなんとなくしづかだ。
皇軍駐屯の潤ひはありありと見えるやうだ。
今から考えれば、随分と身勝手な言い分なのだが、当時の、日本側から見れば、これが普通の感じだったのだろうか。
2012/11/08 18:29 2012/11/08 18:29


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滿洲風俗-1

  これ以降の7枚には、「滿洲風俗」とあるだけで、コメントは無い。 後方に見えるのは、列車みたいだから、恐らくは駅での風景だろう。 引き出しの付いた台が、なんとなく面白い感じがするが、スイカ等を売る、果物売りだろう。 スイカにしては、着ている服装が、冬っぽいから、なにか別の果物なのかも知れない。
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滿洲風俗-2

 恐らくは穀物でも入った袋を運んでいる労働者ではないかと思われる。

 左右に2個づつの袋を乗せて、丁度よいサイズに成っている様に見えるので、専門の車なのかも知れない。

 台車と云うか、この一輪車の形といい、多分木製ではないかと思われる車輪といい、日本では見かけた事がない道具の様に思われる。



滿洲風俗-3

 馬車、と云うか、引いているのは驢馬の様に見えるが、川を渡っているところだろうか、この絵からは、ちょっと状況が分かりにくい。

 荷車、と云うよりは、乗用の様な感じがする。 2頭立てだから、御者の他に4名くらい乗れるのだろうか。

 遠方に見えている建物が、なんとなく異国情緒を感じさせる。





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滿洲風俗-4

  この絵だけでは、ちょっと分かりかねるが、饅頭屋だろうか。 絵葉書が変質している様に見えるが、湯気が上がっているのかも知れない。 多分、真ん中の鍋だか釜だかで、蒸すか焼くかしているのだろう。 3人の人物は、かなり厚着をしている様に見えるので、冬の光景なのだろう。



滿洲風俗-5

 現在でも、アジアの国々では、散髪屋が戸外で営業している風景を、写真やテレビで見る事があるが、当時の滿洲でも、そうだったのだろう。

 普通、客の前には大きな鏡があるものだが、この感じだと、仕上がるまでは床屋任せ、と云う事になるのだろう。

 頭を下げているのは、洗髪してもらっているのだろうか、この絵からは、ちょっと分からない。


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滿洲風俗-6

 工事現場か材木屋の光景だろう。
 日本の鋸は、引く時に切る様になっているが、これはどちらかと云えば、西洋式の様だ。 形もユニークだが、こんな風に斜めに立てて二人がかりで切る、と云うのも、珍しい。


滿洲風俗-7

 それぞれに、子供を連れたり、ちょっと大きな荷物を担いだりしているが、どういう状況なのか、ちょっと分かりかねる。

 買出しにでも行った帰りなのか、と云う感じもするが、いずれにしても、子供の帽子などから見ても、結構寒い時期なのだろう。
 女性の髪の感じや、衣服を持っている辺りは、銭湯の帰りの様にも見えなくはないが、銭湯と云うものが存在したのかどうかも、分からない。




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偶然に貴重なものを見つけました。満州国がまだ存在していた当時のもののようです。これから何回かに分けて載せます。
 
元のサイトは「旭 孝(アサヒ タカシ)」様のホームページからです。
http://homepage2.nifty.com/7m1lot/



2012/11/06 14:52 2012/11/06 14:52