'親友'に該当される記事1件

  1. 2008/10/15 時計 第2話


時  計


第二話


添付画像
 なっちゃん、お久しぶり。あのさ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど・・・ 覚えているのかな、同じクラスの昌子のこと。そうそう、丸顔でやさしい目をしていた子だよ、木村昌子って子。なっちゃんとも何回か彼女んちに一緒に遊びに行った事があるとおもうけど。もの静かで気立てのいい子だったよね。いま、何処にいるのかわかる人いないのかな・・・

 あのこ、確かにお兄さんと弟で3人兄弟だったよね。ご両親が熱心なクリスチャンで、昌子も教会に行っていたのは覚えている。私、クリスマスに彼女に誘われて教会に行ったことがあるのよ。小さい教会なのにパイプオルガンがあることには驚いたわ。昌子にクリスマス行事で何か歌って欲しいと言われてさ。そこで、私がなにを歌ったと思う?それがね、「ラ・ノヴィア」を歌ったのよ。いま思うと、本当に恥ずかしいわね。だってあれて失恋の歌でしょう?従兄弟の兄がよく歌っていたから覚えていたけどね・・・まさか、あの「アヴェ・マリア」が「グノー」と「シューベルト」のあれとあんなに違うとは大人になってからわかったわよ。笑う話でしょう?

 父の会社が倒産してさ、おまけに私は大学受験に失敗。散々の思いでうちは田舎に引っ込んだからさ。それでしばらく会えなくなったけど、それはみんなこちらの都合だけどね。

 とにかく、私にとって田舎は性分に合わなかったのよ。農地借りて百姓でもするといったって、都会育ちでしょう。経験もない人間が出来るわけないし。結局、親戚の果樹園の手伝い。うちの父さん、すっかり自信喪失で、母さんは鬱(うつ)になっていたわよ。妹がまだ中学3年生だったけど、私には何も出来ることがなかったわ。アルバイトでも何でもして自分で生きると言い残して家を出たわよ。東京に戻って、連絡が出来たのは昌子だったの。だってあなたはその頃、私と同じ浪人生活だったもんね。毎日図書館と予備校通いで電話しても家になんかいなかったよ。

 昌子のうちはそのままだった。たった一年のブランクがその時の私にはものすごく長く感じられたのよ。田舎から帰京したら何もかもが変わったような気がしてね。だから、前と同じようにそこに彼女(あのこ)のうちがその場所に在っただけで感動したわ。久しぶりに電話したら、昌子、とても喜んでくれたの。そのとき、彼女は歯科衛生士専門学校に行っていたよ。今頃、あのこは歯医者さんの奥様にでもなっているのかしら。

 その晩、私は昌子の家で泊めてもらったの。晩御飯ご馳走になって、色々話し込んで夜明かしだわよ。いつの間にか寝たみたいで、目が覚めたらすっかりお昼頃でね、家には誰も居なかった。
 テーブルの上には昌子のメモと共にご飯の仕度がしてあったの。「よく寝ていたので起すのは可愛そうだから、そのまましておくね」て。「もし、別の用事がなかったら家でのんびりしていていいよ。もし、出かけるのなら鍵は玄関先の傘立ての下に入れておいて」と。
 
 昌子、相変わらず熱心なクリスチャンで日曜日は教会の礼拝に行っていた。携帯電話がある時代じゃないからね。午後4時過ぎまで待っていたけど、誰も帰って来なかったわよ。その間に、部屋を掃除して、テーブルも片付け、流し台の洗い物も終わった。

 一人でひとのうちでのんびりしている時間は不思議に色々と考えさせられる。私は今ここで何しているのだろうとか、これからどうすれば良いかとかさ。急に焦る気持ちになってさ、このままここに居るにも行かないと慌てて家をでたわ。

 その日は、遅くまで仕事を捜し歩いたのね。新宿辺りをうろうろしてさ、従業員募集の貼紙を見つけては、どうすればいいかわからなくてさ。今ならバイト探しとか派遣社員募集とかの専門雑誌があるけど、東京育ちとはいえ荒川区の下町しかわからない私に新宿は怖かった。結局、どの店にも口聞けずじまいだった。その晩は池袋のどこかの下宿に泊まったけど、困ったことに気が付いたわ。それがさ、昌ちゃんの腕と時計をしたままだった。昌子のうちで彼女を待ちながら机の上に置いてあった腕時計をはめていた。彼女の帰りを待ち遠しいと思いながら時計を見ていたのよね。

 その晩おそく、公衆電話から電話をかけたの。前の日、泊めたもらった事にお礼を言って、帰りを待たないで家を出たことを謝ったわ。そして、彼女の時計を持ったまま家を出たことも。「明日にでも返しにいくからね」と言ったら、彼女こう言うの。「時計はほかにもあるから慌てなくて良いけど、あなたは大丈夫なの?しばらくうちにいるのかなと思ったけど、何とかなりそう?」てね。

  翌日、時計を返しにいけなかった。何とか勇気を出して店のアルバイト募集に応募はしても、何処からも聞かれる連絡先が私にはないことに気が付いたわけだよ。下宿に居所を決めて、仕事が決まるまでは時間が掛かった。手持ちの金は既に底ついて、昌子の時計も質屋に入れてしまったわけだよ。

  給料は下宿の家賃と食べることに精一杯で、まさちゃんの時計が気にはなったものの、やはり自分に甘かったのね。そのまま流してしまったわ。一年後、何とか、お金を貯めて質屋に行った時はもう遅かったわよ。

 それから25年、結局、彼女とは連絡出来なかった。今何処で何をしているのかわからないけど、彼女に謝りたいの。だからわかったら教えてよ、彼女の連絡先。誰か知っている人いないか、聞いてみてもらえる?宜しくお願いします。

 夜、遅い時間まで、しゃべりすぎてしまったわ。ごめんごめん。あんたは良いが、ご主人に悪いわね。謝っておいて。あなたに電話できてよかった。また電話するね。では、おやすみ・・・


添付画像





おわり




2008/10/15 13:30 2008/10/15 13:30