昨晩から降り続く雨は
細かいミストが霧雨の朝を演出しています。
ふと、子どもの時、雨の朝によく歌った歌を思い出しました。

子どもの時、私が住んでいた韓国は朝鮮戦争が終わってまだ10年・・・・
まだまだ貧しい国でした。
傘がない子どもは友達の傘の中に入れてもらって学校に行きました。
愛合い傘も良いけど相合い傘も悪くなかったかな・・・ (^_^;)

ところが、仲良しにもなれったけど、
傘のない子の中には、友達の傘にも入れてもらえなくて、
雨に濡れながら学校に向かう子もいましたよ。

そういう時代でした。 1960~70代の韓国は貧しかったけど懐かしい哀愁の街です。


♬ 이슬비 내리는 (霧雨が降り注ぐ)
♬ 이른 아침에 (朝早く)
♬ 우산 셋이 나란히 (傘が三つ並んで)
♬ 걸어갑니다. (歩いています)

♬ 파란 우산 (青い傘)
♬ 깜장 우산 (黒い傘)
♬ 찢어진 우산  (そして破かれた傘)
♬ 좁다란 학교길에 (狭い通学路に沿って)
♬ 우산 세 개가 (三つの傘が)
♬ 이마를 마주 대고 (仲良く寄り添って)
♬ 걸어갑니다 (歩いています)


添付画像



残念ながらこの童謡の動画等を見つける事が出来ませんでした。

代わりにと思ってアップしましたのは----> Peter, Paul & Mary の 「Early Morning Rain」です。




2012/04/23 11:19 2012/04/23 11:19

GLEE - "Umbrella / Singin' In the Rain"


 
 


添付画像
GLEEのこの歌もとても良いですよ♪ 元気を出してくれます。
 
雨の日が楽しくなる歌て良いですね。(●^o^●)

最後までゆっくりどうぞ!!

2011/05/24 11:34 2011/05/24 11:34

今年のお盆は土日と重なった。

8・15特集号が出てホットどころで会社は夏休暇に入る。
私は残りの業務もあるゆえ、夏の休暇を9月に回して、出勤していたけど、土日はお忍びでお出かけだ。生憎、長野県は雨で空が重く頭の真上まで降りてきた。
 

 

添付画像


添付画像


添付画像


添付画像


添付画像


添付画像



扇沢駅の食堂で見つけた物。(^_^;)
ハングル翻訳は誰なの?びっくりしたわ!

좋아하는 양을 거절해 들여 들어주세요 ??? て何の意味???

爆笑問題(゜o゜)??

添付画像
添付画像
添付画像
添付画像
添付画像



2010.08.14. 長野県扇沢にて




2010/08/25 16:05 2010/08/25 16:05

添付画像


月曜日は、また雨だ。
桜も散り行く時期のこの雨・・・   
足先で踏み潰される桜の花びらが可愛そうで避け歩く。

もう四月も半ばだ。

添付画像


昨日は日曜日で、暖かかった。
風が強かった。
桜吹雪の中を車で走った。

添付画像


添付画像


添付画像



桜吹雪も、今週までだろうな・・・・

添付画像




2010/04/12 14:24 2010/04/12 14:24

添付画像

雨の月曜日だ。
桜満開の東京は週末から花冷え、曇った空に、日中にも気温が上がらない曇り空の下、まさにその通りの天気。

昨日は日比谷公園に行った。日が差さない曇り空とに花冷えで咲き戸惑う桜の木。四月とも言うのに、冬はまだ春に嫉妬していたようだ。このような春の天候を韓国では꽃샘추위(コッセムtュイ=花に嫉妬する冬将軍の意地悪)と言う。花嫁に嫉妬する姑の気持ちのようでもある、桜の季節の冷たい雨が昨晩から続く月曜日。

添付画像

添付画像


日本全国、西から東へ 南から北へ 桜前線は移動する。花冷えにも負けず、桜はゆっくりと咲いて行く。北へ北へと・・・・
わが祖国の韓国、父の故郷の北の地にも桜は咲くだろうか。

開城・海洲・沙里園・南浦・平城・元山・咸興・新義州・江界・惠山・清津・・・そして白頭山にも・・・・



2010年 第24回集計(4月4日現在版)
添付画像

鹿児島・宮崎・大分・熊本・佐賀・福岡・高知・松山・徳島・下関・広島・岡山・松江・鳥取・和歌山・奈良・津・名古屋・岐阜・静岡・長野・甲府・横浜・東京・銚子・熊谷・前橋・宇都宮・水戸・福井・金沢・富山・新潟・山形・秋田・仙台・盛岡・青森・札幌


何年か前の韓国での話だが、昌慶宮の桜の木が全部取り除かれた事がある。

元々朝鮮王朝の別宮で、正宮の景福宮の東にある為、東宮とも呼ばれ、王世子と王正孫の居所であった昌徳宮並び大妃や王后が居た女性の為の昌慶宮、王家の未亡人が樂善齋がある日本にも有名な秘苑などが並ぶなかで昌慶宮で起きたことだ。その理由は桜は日本の象徴だからである。勿論、昌慶宮に桜を植えて、動物園も作って、花やしきのような乗り物の施設も作って、昌慶苑に格下げしてしまった日本の植民地統治に恨みがあるからだ。べつに桜の木に恨みがあったわけではないと思う。

私にとって、その昌慶苑と言う名前の市民公園になった場所には、大好きだった祖母との大事な思い出がいっぱいある。祖母の腕枕で寝ていると夜明けに聞こえる虎の遠吼えが聞こえた。恐がる私に祖母は「あれは昌慶苑の虎だよ。檻の中にいるから怖くないよ」と言った。それに私の出身校の「昌徳女学校」は今は中区正洞にあるが、元々は鐘路区齋洞で、昌徳宮と昌慶宮に近かった。その為、私は桜のある昌慶宮に親しんで過ごした。だから、人は何といっても、今の桜の無い昌慶宮には馴染めないのは仕方ないと思う。 

添付画像

朝は有楽町線の永田町駅に降りて、赤坂まで歩いている。
弁慶橋のふもとにも桜が満開だ。 外堀の水面の桜の陰が雨のせいで滲んで見える。
持っていた携帯電話で取った写真だけど、今しか見えない赤プリの前の風景である。

下の写真も同じく、弁慶橋で、首都高速の間から写している。


添付画像


雨の雫が冷たく感じる、四月の冷たい雨の朝の風景である。 見えるのはニューオータニーホテルの新館
添付画像


添付画像

添付画像





2010/04/05 16:02 2010/04/05 16:02