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길에서 길을 묻다... 道の上で道を尋ねる。

洛山寺の観覧は正門から始める方法と後門から入る2つの方法がある。後門から入る人が多いのだが、義湘台(ウィサンデ)の紅蓮庵(ホンリョナム)と海水観音像から臨む景色がすばらしい。

義湘和尚が観音菩薩に遭遇したという観音窟がある紅蓮庵の仏殿の床の下にある穴に入って、遠く波が打ち寄せる音を聞いてみよう。

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一柱門と虹霓門を通って寺に入ると、法堂の両側にある土と石で作られた瓦ののった土塀や黒竹を見ることがでる。

また洛山海水浴場の北側にはある銅鐘横の小さな門から小道に沿って歩けば、義湘台と紅蓮庵に行くことができる。この義湘台は、海辺の絶壁の上で義湘大師が座禅をしたと言われるところに建てられた東屋で、紅蓮庵は義湘大師が海辺の洞窟の上に建てた庵。

法堂の床下には、直径10cmほどの穴が開いていてそこから真下にある海が見られる。また義湘台を過ぎて右側の坂を登ったとところにある神仙峰には、石造の仏像である海水観音像が海を眺めるように立っており、遠くはムルチ港からも見ることができる。


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洛山寺(ナクサンサ)は洛山海水浴場から北に4km離れたところに位置した1300年の歴史を持つ寺院。

新羅(BC57-AD935)の30代目の王である文武王(661-681)11年(671)に義湘大師(625-702)が建てたもので、寺の中には七重石塔、銅鐘、虹霓門などの文化財がある。

中国・唐での留学を終え帰国した義湘が勤行中、観世音菩薩が現われ菩薩が教えてくれたところに法堂を建て、名前を洛山寺と名づけたと言われている。


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 その後、幾たびの再建を経て、現在の建物は1953年に建てられた。朝鮮戦争中破壊されたものを同時第一軍団長李亨根将軍によって再建されたが2005年4月4日に37軒あった建物の内、22軒が山火事で焼失し現在再建中である。

この度、李亨根将軍のご子息で、もと人気歌手李玄さんと一緒に足を運んだ。洛山寺の住職「無門先師」のご招待を受けたからである。

2013/11/15 14:53 2013/11/15 14:53


ソウル奨忠洞のあるマックッス専門店、お昼時間の風景

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暑いときにはさっぱりした麺!ということで、
蕎麦粉で作った麺「マッグクス」の専門店にやって来ました。

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まずは嬉しい蕎麦茶のサービス!

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辛くない白キムチは、さっぱりして暑い夏にもピッタリ!


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お店の定番メニュー「ムルマッグクス」。冷たくてさっぱり~!


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こちらは辛いもの好きな方にオススメの「ビビンマッグクス」。



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夏でも温かいものを食べたい方には、ゴマがたっぷり入ったクリーミーで
濃厚なスープの「メミルカルグクス」がオススメ!


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スタンダードな冷麺に飽きたら、メミル(蕎麦)冷麺も良いですよ~。


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最後にメミルジョン。そば粉で作った薄めの白菜ジョンはモッチモチの食感でシンプルながらもクセになる味!韓国版ガレットといったところ?!

健康にも良いマッグクス、暑~い夏にオススメですよ!



引用先  http://www.seoulnavi.com/special/5041549


2012/07/14 15:24 2012/07/14 15:24

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映画「砲火の中へ」が描いた「6・25」朝鮮戦争

「お母さん、ぼくは人を殺しました」


 1950年6月25日、早朝の日曜日、北朝鮮は38度線を越えて武力挑発、それから三年に渡る朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)した。2010年6月25日、まさに60年の今日の出来事である。

 朝鮮戦争には軍人だけでなく、韓国の中学生や高校生、大学生らも学徒兵として戦っている。こうした学徒兵らを描いた映画「砲火の中へ」が韓国でこのほど封切られた。この映画は、学徒兵たちが実際に北朝鮮の朝鮮人民軍を相手に戦った実話を基に制作されている。

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 戦争勃発から間もない1950年8月、韓国南東部の浦項で学徒兵として戦った当時中学3年生の15歳の少年が母親にあてて書いた手紙が残っている。

 「お母さん、ぼくは人を殺しました。10人余りになるでしょうか。手榴(しゅりゅう)弾という恐ろしい武器を投げて一瞬に殺しました。今この文章を書いている瞬間も、耳に恐ろしい轟音(ごうおん)が響いています。

 お母さん、敵の足や手が引きちぎられ離れていきました。あまりにもむごい死です。いくら敵でも、彼らも人間だと考えると、ましてや同じ言葉を話し、同じ血を分けた同族だと思うと、胸が苦しくて重いです。

 お母さん、戦争はなぜしなければいけませんか? ぼくは恐ろしいです。敵兵はあまりにも多いです。ぼくたちはやっと71人です。これから、どうなるのかを考えると恐ろしいです」


 この手紙は母親に届くことなく、少年は浦項での戦闘で戦死。死後、服の中から手紙が発見された。この手紙を基に映画「砲火の中へ」が制作された。


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 北朝鮮が6月25日、韓国に侵攻し朝鮮戦争が勃発。開戦から3日でソウルを陥落し、その後も破竹の勢いで進撃を続ける北朝鮮。映画で描かれているのは、8月11日の浦項での戦闘の様子だ。

 記録によると、浦項戦闘前日の10日には、数百人の韓国軍兵士と学徒兵71人が待機中だった。戦力では圧倒的に劣勢で、北朝鮮軍の進撃の情報もつかめていない無防備状態だったという。

 11日、北朝鮮の766遊撃部隊が浦項を奇襲した当時、韓国軍兵士は洛東江に南下し、司令部が置かれた浦項女子中学校には学徒兵71人だけが残っていた。残された学徒兵1人当たりに支給された武器は、小銃1丁と実弾250発がすべて。学徒兵たちは圧倒的な火力で攻撃する北朝鮮軍に対抗し、11時間半に渡る死闘を繰り広げた。

 北朝鮮軍の進撃を食い止めている間に、浦項の市民20万人以上が無事避難することができたという。また、浦項の戦闘で、北朝鮮軍60人余り、学徒兵は48人が死亡した。

 こうした朝鮮戦争で犠牲となった学徒兵は、およそ3000人と推定されている。しかし、とくに軍に所属していたわけではないので、名前すら残さずに戦死した学徒兵も多いという。

 韓国の関連資料によると、朝鮮戦争で韓国側は軍人、民間人を合わせて198万人、北朝鮮側は329万人、国連軍16万人、中国志願軍92万人と、計635万人もの死者を出した。1953年7月に休戦協定が結ばれたが、戦争はいまだ終結していない。

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 ■総制作費約85億円

 記録などから、朝鮮戦争で犠牲になった学徒兵はおよそ3000人と推定される。しかし、名前すら残すことなく“砲火の中へ”消えていった学徒兵はさらに多いとされる。こうした忘れ去られた学徒兵たちを、60年ぶりによみがえらせたいという制作陣の熱い思いが映画に込められている。




2010/06/25 13:31 2010/06/25 13:31

 韓国ドラマ、韓国映画の流行で、韓国の人々の考え方やその時代の様子などが日本社会に届きやすくなりました。そこで、ドラマや映画はもちろんのこと、日本語で翻訳されている韓国の小説がけっこうあることに気付いたのです。

 先日、インターネット通販サイトのAmazonで、何冊かの韓国で話題を読んだ作品を買ったので紹介しようと思います。映画にもされた、『私たちの幸福な時間』や『妻が結婚した』(小説の邦題は『もうひとり夫が欲しい』)、ドラマ『マイ・スウィート・ソウル』の原作になった小説だが中心です。映像で表現されるドラマや映画と違い、言葉でつづられる主人公の心情や韓国の時代背景などは、とても味わい深く、私にとっては懐かしい風景でもあります。

 日本で出版されている、というだけで、その小説が韓国でどれだけ人気があったかということが分かると思います。今回、私が買いました韓国小説は、次のような二つのテーマで分けられます。

①韓国の「いま」が分かる。センセーショナルな小説
②韓国社会を考える。高度成長、女性、社会問題

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韓国の「いま」が分かる。センセーショナルな小説

 儒教精神が根強いとされる韓国の常識や貞操観念を突き破ったセンセーショナルな小説をご紹介いたしましょう。2008年秋に韓国で公開されて話題を呼んでいる映画『아내가 결혼했다』(アネガ キョロネッタ/妻が結婚した))をご存じでしょうか?(小説の邦題は『もうひとり夫が欲しい』(新潮社、パク・ヒョンウク著、蓮池薫訳)) 主人公は、映画『ラブストーリー』や『四月の雪』でお馴染みのソン・イェジンです。

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 この小説の主人公は男性。ストーリーはその題名そのままで、一夫一婦制に疑問を持つ妻が、自分以外の男性とも結婚してしまう、というお話です。もちろん、韓国も法律的には一夫一婦制なので、戸籍上は主人公の男性と結婚していることになっているのですが、妻は、平日は慶州(경주/キョンジュ)のもう一人の夫の家で過ごし、週末はソウルにある主人公の男性の家に来て過ごす生活を送っています。もちろん、もう一人の夫も重婚については了承済み。

「そんなこと可能なの? 結婚式は? 家や友達との付き合いは?」と思いますが、妻は、仕事も両方の家の家事も完璧にこなし、2人の夫の実家における盆と正月の付き合いもぬかりなく行うのです! ひとり悶々と苦悩する主人公の男性……、そんな中、妻が妊娠します。果たして父親は……?

 主人公の男性の葛藤がユーモラスに描かれていて、同情しながらも苦笑してしまうストーリー展開。また、小説は主人公と妻が大好きなサッカーの話を織り交ぜながらコミカルに展開していきます。ヨーロッパのサッカーが好きな方はダブルで楽しめる小説です。


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 もう一つ、結婚適齢期の女性心理を赤裸々につづった話題作のご紹介。小説の冒頭の「かつての恋人が結婚する日、みんなは何をして過ごすのだろう」で引きつけられ、3分でも時間があれば開き、むさぼるように読みました。題名は、『マイ・スウィート・ソウル』(チョン・イヒョン著、清水由希子訳)。韓国語の原題は、『달콤한 나의 도시 』(タルコマン ナエ トシ/甘い私の都市)です。

 数年前、日本で大ベストセラーになり、大変話題となった『負け犬の遠吠え』という酒井順子さんのエッセイの中に、「大都市には負け犬小説(作品)が存在する。イギリスの『ブリジット・ジョーンズの日記』、アメリカの人気ドラマ『Sex and the City』…」というようなことが書いてあったと思うのですが、まさにこれが韓国版、大都市・ソウルの負け犬小説と言えるでしょう。

 主人公は31歳のオ・ウンス。年下のちょっと将来性のない恋人、何でも話し合える同い年の男性、結婚相手としては理想的に思える年上の男性。どの人とも結婚できるようで結婚できない……。そこにこれまで積んできた仕事のキャリア、会社でのストレス、友情、そして嫉妬。さらには結婚に踏み切ろうと思った人に衝撃の事実が!

 20代~40代の女性なら、必ずどこかしら自分自身にオ・ウンスを照らし合わせることができるでしょう。ただ、女性が読む分には共感できたり、身につまされたりするところがあると思うのですが、男性が読んだらどんな感想を抱くのだろう……うむむ、恐ろしい! というのが、私のもう一つの感想でもあります。殿方には読んでいただきたくない小説の一つかもしれません。

 いずれにせよ、今を生きる韓国女性の葛藤や悩みが凝縮された小説です。また、ドラマに比べると、ちょっとシリアスな雰囲気が漂っています。それがミステリアスで先が気になって、どんどん読み進められると思いますよ。



韓国社会を考える。高度成長、女性、社会問題
 
 人気俳優カン・ドンウォンさんが強い訛りのある方言を披露した映画、『私たちの幸福な時間』。こちらの原作(『私たちの幸福な時間』(新潮社、コン・ジヨン著、蓮池薫訳、原題は『우리들의 행복한 시간』(ウリドゥレ ヘンボッカン シガン))です。

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 この作品は、死刑囚の男性と、自殺未遂常連者の女性が心を通わせる物語です。死刑囚の……となると、とてつもなく暗く重い話に思えるかもしれません。もちろん、やりきれない部分はとても多くあるにしても、世の中から裏切られ続けた二人が最後に心から救われていく様子は、とても美しいです。小説の最後、私は電車の中で読んでいたのですが、号泣の一歩手前!涙が溢れてきてしかたがありませんでした。必死で喉がひくひくするのをこらえましたっけ。

 最後の作者の後書きは、「私もこの小説を書く間、とても幸せな時間を過ごした」という出だしで始まります。作者のコン・ジヨンさんがこの小説を書くことになったきっかけ、そしてどのようにして書き進めていったかの実話が具体的に紹介されていて、心を打ちます。

 そして、このコン・ジヨン(孔枝泳)さんの代表作の一つ、『サイの角のように1人で行け』(新幹社、コン・ジヨン著、石坂浩一訳、原題は『무소의 뿔처럼 혼자서 가라』(ムソエ プル チョロム ホンジャソ カラ))もお薦めです。一人の男性を好きになる女子大生3人。3人は大の仲良し。3人は青春時代の恋愛に傷つきながらも、成長し、それぞれ違う人と結婚していきます。しかし、その結婚はどれも幸せなものではありませんでした。一人は息子を亡くし、一人は夫の浮気に耐え、一人は精神を病んでいきます。

 1990年初頭、韓国でフェミニズム文学が栄えた時期の代表作でもあるこの作品。男性優位の韓国社会を見せつけられる内容でもありますが、韓国女性の苦悩をつづったこの作品は多くの女性の指示を得、映画化もされました。韓国の女性が昔からどのように過ごしてきたのかがよく分かります。

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 そして、シン・ギョンスク(申京淑)の作品。まずは、代表作『離れ部屋』(シン・ギョンスク著、安宇植訳、原題は『외딴방』(ウェッタンバン))です。

 この小説には1970年代、韓国の高度成長期を支え、酷使され続けた若い労働者達の姿が、ありありと写し出されています。これがこの発展した大都市ソウルの数十年前の姿かと思うと、信じられない思いがします。彼らの生活の話だけでなく、パク・チョンヒ大統領の独裁の時代、光州事件の生々しい話が、当時の生活者の視点から書かれ、いかに私が「知識」としてしかこれらのことを知らないのか、ということを思い知らされました。当時の韓国のことがよく分かる、名作の一つといえましょう。 

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そして、最後に紹介したいのが『われらの歪んだ英雄』(情報センター出版局、イ・ムンヨル著、藤本敏和訳)。原題は、『우리들의 일그러진 영웅』。

 舞台は韓国の地方都市、江陵(강능/カンヌン)のとある小学校。小学校で絶対的権力を保持し、周囲を震え上がらせるソクテ。しかし、新任教師がソクテの不正を暴いていき、ソクテの権力は失墜します。

 絶対的権力者の失墜に小気味よい感覚を覚えながらも、どこかで寂寥感を覚えさせる心の矛盾に、小説の登場人物だけでなく、読者も気づかされるでしょう。

 小説では子供達の権力闘争が描かれますが、これは韓国の軍事政権の真っ只中の暗い時代を暗示しています。また、作者のイ・ムンヨル(李文烈)は、1980年代の韓国を代表する作家で、『われらの歪んだ英雄』意外にも、日本語で読める小説がいくつかあります。韓国人は必ずと言って良いほど知っている有名な作家だけに、韓国語では何作品化読んでますが、日本語で翻訳された作品を読むのは私も今回始めてです。(*^_^*)




※ここで、上記の小説の翻訳者に注目します。

 拉致被害者の「蓮池 勲」さんの訳書が2冊もありますね。それは以外です。私は以前にも蓮池さんの韓国書籍初翻訳の「孤将」を買いました。これで三冊目です。蓮池さんは北朝鮮で半島の言語を学んだと、私は認識してますが、北と南の言葉には、かなり異なる使い方、表現があり、感覚もまったく違って、元韓国人の私も北の表現に中々馴染まないのですが、蓮池さんはどのようなな思いで、このような作品に手をかけるようになったでしょうか。勿論、文を読むと、本当によく勉強なさってると思いました。

 私が最も好きな申京淑の作品『離れ部屋』は「統一日報」に『わたしの徒然草』を連載頂いている安宇植先生の訳です。先生がこの本を翻訳なさったことは全然知りませんでした。(~_~*)


2010/04/26 12:23 2010/04/26 12:23

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 韓国はバンクーバー冬季五輪で好成績をあげた。スピードスケート男子5,000メートルで無名の李承勲(イ・スンフン)が銀メダルを獲得したのをスタートに、その二日後にはスピードスケート男子500メートルでモ・テボムが金メダルを、またその翌日には同じ種目の女子500メートルで李相花(イ・サンファ)が金メダル、24日には同なじく男子1万メートルで李承勲が金メダルを獲得した。

 26日にはフィギュアスケートのキム・ヨナが歴代最高記録(228.56点)で金メダルを追加した。韓国は金6、銀6、銅2、合わせて14個のメダルを獲得し、総合順位5位、メダル数順位7位になった。この成績はアジア国家では歴代最高である。

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韓国の大躍進

 スピードスケートはバンクーバー五輪が始まるまで、欧米選手の独走と言っても過言ではない。これまで、アジア選手は欧米選手に比べ体格や体力が劣っているため、メダル獲得は難しいとされていた。そのため韓国は、瞬発力が決め手となるショートトラックで多量のメダルを獲得することを狙ってきた。スピードスケート短距離で、モ・テボムと李相花が、長距離で李承勲が優勝することが出来たのは韓国選手が成し遂げた快挙だけでなく、アジア選手にもこう言った体力や持久力を競う勝負にその可能性は十分にある事を証明できたことに意義があると思う。

 キム・ヨナの優勝は、最近国際フィギュアスケート界が注目するアジアの躍進といえる。また、日本は女子シングルで浅田真央が準優勝、男子シングルで高橋大輔が3位に入り、中国がフィギュアスケート・ペア部門で申雪-趙宏博ペアが優勝、トウ健-ホウ清ペアが準優勝を果たした。


雪上種目が課題

 韓国のこれからの課題は雪上競技である。冬季五輪は「雪と氷の祭典」といわれているが、韓国は今回の五輪で大躍進をしたものの、メダルを獲得したのはすべて氷上種目だった。アルペンスキーなどは相変わらず欧米選手が制覇した。アジア勢では最も強いと思われた日本も雪上競技の成績は期待に及ばず、取れたメダル五つは全て氷上競技からであった。
 韓国において雪上種目には、これといった有望選手も無ければ、施設も整備されていない。その為とも言えるべくメダル獲得は難しい状況である。バンクーバー五輪韓国選手団を率いる朴聖仁(パク・ソンイン)団長は、「雪上種目で好成績を上げるためにはあと10年はかかる」と話したという。



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2010/03/01 15:57 2010/03/01 15:57


 鳩山由紀夫首相夫人の幸さんが、今日東京ドームで開催される出版記念イベントに来場することが分かった。主催者側が貴賓席を用意しているという情報もある。
 幸婦人は熱烈な韓流ファンとして知られ、それが理由で韓国では鳩山内閣誕生時に「親韓政権」と報じられた。ヨン様とファーストレディーの交友が日韓友好の象徴になってほしい。


  韓流スターのぺ・ヨンジュンさんが22日、ソウル市内で自著出版にあわせた記者会見を行い、「農家になりたい」と将来の夢を語った。
  聯合ニュースによると、ぺさんは、最もやりたいことについて問われ、「大地を踏んで土を触り、何かを植えて実らせ、誰かに健康な食べ物を提供することは、幸福なことだと思う」と話した。
 著書は韓国の伝統文化を紹介する内容。海外のファンが撮影所に立ち寄るだけで帰ってしまうことを残念に思ったといい、自ら韓国全土を回って体験したことを書き記し、写真を添えた。
 ぺさんは、執筆中に体重が10キロ以上減るなど体調を崩したという。17~21日まで入院していたが、「今は回復している。すぐに健康になるでしょう」と話した。

2009年9月22日20時05分  読売新聞)



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 2009年9月22日、ソウル市竜山区・国立中央博物館の大講堂にて、ペ・ヨンジュンのフォト&エッセー『韓国の美をたどる旅』の出版記念記者会見が行われた。敗血症で入院していた俳優ペ・ヨンジュンが、会場に集まったファンと国内外のメディアに向けて元気な姿を見せたとマスコミは報じた。

 この日の出版記念会に出席したメディアは、韓国はもとより日本、そして海外メディアも合わせてなんと300社におよび、記者も450名を超える大盛況でしたという。 午後1時過ぎに会場に現れたペ・ヨンジュンは、黒のスーツ姿にいつものやわらかなヨン様スマイルで登場。 久し振りに公の場に姿を見せた超大型スターの登場に、会場は大歓声に包まれたようだ。
 
 出版記念会の趣旨は、韓国の文化を勉強しているペ・ヨンジュンが、韓国をより深く知ってもらいたいという 強い意志で企画された。約1年という期間に渡って体験取材を行い、執筆したのがこのフォト&エッセー 『韓国の美をたどる旅』である。



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ヨン様10問10答:

Q① まず、心配されている方も多いと思いますが、健康はいかがでしょうか?

 ペ:心配をおかけして大変申し訳ございませんでした。今日、先生方にお逢いして力を得ることができました。 たくさん回復をしたと思っています。

Q② 映画俳優でありながら、この本を作ったきっかけは何だったのでしょうか?

 ペ:きっかけはたくさんありました。 うまく答えることができなくて恥ずかしい思いをしたことがあります。 そして美味しいレストランや名所を紹介しようと考えたら、それならまず先に韓国の文化や伝統を理解しなければ ならないのではないかと考えて、このような形で発表することになりました。 準備はとても大変でしたが、素晴らしい先生方の助けによって、少しは楽に学べたのではないかと思っています。 今の気持ちは無事に終わってよかったなあということです。

Q③ この本は、本当に最初から最後までご自分で書かれたんでしょうか?

 ペ:自分でちゃんと書きましたよ(笑)

Q④ この本の中に込められている、韓国の伝統文化がたくさんあると思いますが、選ばれた課程や理由はあるのでしょうか?
当初の企画から出来上がった作品には満足していますか?

 ペ:日頃から関心を持っていたことや好んでいた分野を中心に約13のテーマを選びました。 先生たちと一緒に旅行をしながらの制作過程は、自然に流れるように行われました。そして本を読んだり新聞を読んだり、生活の中で あるいはほかの人に紹介されて、先生のおひとりおひとりにお逢いすることは「縁」だと感じました。 本の出来上がりに関しては、満足しておりません。大変残念だと思うことがたくさんあります。 しかしこの残念だと思う気持ちが、次回の作業にもっと熱意を込めさせるのではないかと思います。 それから本を作る過程で大変だったのは、締め切りを守るということでした。 後の作業をするスタッフたちが本当に大変だったと思います。 この場を借りてお詫びをさせていただきたいと思います。

Q⑤ 最初の作品が出版されましたが、次の作品の出版も期待してよろしいですか?

 ペ:これからは本よりもやはり俳優として、次の撮影について準備しなければと思っています。 制作期間が長かったということもありますので、ファンの皆様にも長らくお待ちいただきました。 本を作る作業というのは魅力のある作業だなあと思いました。 次にもしまた本を出版する機会がありましたら、韓国の名所とレストランなどを紹介する本を作りたいです。

Q⑥ 出版おめでとうございます。1年間あちこちを回られたそうですが、一番推薦できる場所はどこですか?

 ペ:いいところは本当にたくさんあったのですが、ひとつだけ選ぶのであれば記憶に残るのは慶州(キョンジュ)です。 目には見えなくても多くのことを考えさせられる場所でした。 また自宅に帰ってきた後には、見忘れたものがあるんじゃないかともう一度行ってみたいと思わせる場所でした。

Q⑦ さきほど先生方から何でもうまくできたということでしたが、気楽にできて長い間やっていけるような学びたいことはありますか?

 ペ:私は農業を営む農夫になりたいです。 理由は、植物を植えて実りを得て、健康な食べ物を作るということは、いつになるかわかりませんが、大変幸せなことだと思います。 先生方に教えていただいたことももちろん素晴らしいことばかりでした。今後も続けて行きたいと思います。 そして職業欄にひとつ書き加えるとしたら、「農夫」と書いてみたいです(笑)。 しかし「農夫になる」というような記事は、記者さんたちが書かないことを願います。

Q⑧ 作家ペ・ヨンジュンではなくて俳優として、今後どんな姿で逢えるのでしょうか?歌手はどうですか?

 ペ:まず歌手になることはありません。歌がうまくないので(笑)。しかし農夫になったときに遊びに来てくれたら、歌を歌ってあげます。 また俳優ペ・ヨンジュンという名前がなかったら、作家ペ・ヨンジュンというものもなかったと思います。

Q⑨健康のことをファンの方もたくさん心配されていると思うのですが、1年間制作活動をしてきて一番大変だったことはなんですか? またファンの皆さんへメッセージをお願いします。

 ペ:一番大変だったことは、ある記者の方が言ったことなのですが、「私が文章を書いていたらどんどん痩せていきます」と言ったら、 最初はみんなそうだと言われました。10kgぐらい痩せてしまったんですけれども、次の作業をするときは多分太るだろうと言われました。 体力が落ちてしまったということだと思うんですが、少し身体が悪くなってしまって、いきなり入院ということになりました。 しかし回復しているのですぐよくなると思います。

Q⑩ 本を出版されて、やり残したことがあれば教えてください。
またこれから読者になる皆様へひとことお願いします。

 ペ:残念な点は、締め切りを守ることができなかったことです。最後の作業がうまくいかなくて残念でした。 特に残念なのは誤字があります。257頁の下から2行めは、「西の塔」ではなく「東の塔」なんです。 足りないところもあるかと思いますが、本を読みながら、私と一緒に旅をしてもらえたらと思います。 そして温かい気持ちで読んでいただけたらと思います。


2009/09/30 14:09 2009/09/30 14:09