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美学と芸術の歴史 第1章 プラトン

 

【1 生涯】 プラトン(Πλατων,BC.427-347)は古代ギリシャの哲学者である。ソクラテス(拙稿「哲学史」第三章『おきな草』第20号、2006)の弟子になり、29歳頃のとき、その刑死にあった。またピュタゴラス教団(拙稿「哲学史」第二章第三節、『おきな草』第14号、2003)の影響を受けた。学校「アカデメイア」を創立した。最大の弟子はアリストテレス(拙稿「哲学史」第五章『おきな草』第14号、2003)である。多くの著作を書いたが、それは登場人物「ソクラテス」が他の人物と対話するという形式になっているので、「対話篇」と呼ばれる。影響は後の西洋哲学史全体に及ぶ。彼の哲学全般については、文献①を参照されたい。

 【2 美とは何か】 プラトンの著作『大ヒッピアス』の主題が美(美しさ)である。ここで「ソクラテス」が対話する相手の名が「ヒッピアス」である。エリスというポリスのソフィストであるというが、詳しいことはわからないので、ここでは登場人物と同一視して以下「」はつけずに記す。自分を無知であると考えている「ソクラテス」は自他共に「ソフィスト」すなわち知者と認めているヒッピアスに「美(το καλου)とは何か」を尋ねる。これにヒッピアスは、それは「美しい乙女」であると答える。すると「ソクラテス」はでは美しい「馬」や「琴」や「鍋」はどうなのかとさらに聞く。それらも「美しい」ことを相手も認めるが、ここからわかるのは問と答のずれである。問は「美とは何か」つまり美の本質であるが、答えられたのは「何が美か」つまり美の具体例である。後者は美「である」というより美「を持つ」物であり、さらにいえば幾分かの美しさを、したがってまた幾分かの醜さをも持つものであり、「美」そのものではない。後者はプラトンが言うところの美の「イデア」である。ここでヒッピアスは答え方を変えて、美とは「裕福・健康・尊敬・長命」など具体物というより価値ある性質であるとする(希英辞典でκαλοςをみると、beautifulのほかfair,good,right,nobleなども出る)。これに対し「ソクラテス」は、たとえば長命はふつうはよいが、憎まれて長生きするより惜しまれて死ぬほうがよい(美しい)こともあることなどを指摘する。つまり先ほど「乙女」のような答え方は求められている本質に対し(論理学用語で言えば外延が)狭すぎるのに対し、今度は広すぎることが注意されている。「ソクラテス」はこのように対話者が具体例から出発することを受けて、それが狭すぎたり広すぎたりすることを修正することで、ぴったりの答えに迫ろうとするのである。事柄の本質をはっきりさせることは学問にとって基本であり、したがって学問としての美学にとって美の本質の探究はまさに中心問題の一つである。さてヒッピアスはそれを今度は「ふさわしさ」というかなり抽象的なものに求める。これに対しては「ソクラテス」はふさわしく「みえる」ものなのかそう「である」ものなのかを問う。「イデア」が物事の本質であると述べたが、ここではさらにそれが現象でなく客観的な実在として考えられていることがみてとれる。現象はみる人(主観)にとって相対的である。イデアは、それにあてはまる(プラトン用語ではそれを「分有する」)諸々の個物の総括として広すぎも狭すぎもしないだけでなく、どの主観にもあてはまる(つまり客観的な)ものでなければならないのである。ヒッピアスはまた美の本質を「有用性」とも言う。これは近代的な発想である。これに対し「ソクラテス」が悪事に有用ものは美ではないとするのは古典的な発想である。真・善・美の一体性が古典的観念であり、ヒッピアスもこれに基づいて「善への有用性」を美と修正する。これへの「ソクラテス」の反論は、そうすると美は善の手段になるということである。美的経験が道徳性を涵養したり、よくできた芸術作品が道徳的教化の手段として役立ったりすることはよくあるが、だからといって美の本質を道徳の手段と規定するのはかなり偏狭な考え方であろう。(ただしここから近代人が美と善の独立性を言いたがるのに対し、プラトンは美と善の一体性の立場からこの功利主義的美学に反対している。)最後にヒッピアスは美とは「視覚・聴覚を通じての快」であると言う。これは近代主観主義的で感覚論的な美学である。これに対する「ソクラテス」の批判は三点ある。①非感覚的な美が排除されてしまう。さきにκαλοςはfair,good,rightなどの意味も持つといったが、日本語でも「美しい行為」や「美談」などという。これは見た目にきれいな行為や耳に響きのよい話ではなくて、意味を理解してfair,good,rightと感じられる事柄である。②感覚的快としては飲食や性などの快も含まれる。視覚・聴覚に限定することでこれは排除されるが、その根拠は何か。③視覚と聴覚は別のものである。どちらも快いものを含むが、ではその共通の快さとは何か。②③は実は同じ問題となる。つまりそれによって「何が美か」について適切に示されている(言葉の意味がわかる)としても美の本質は示されていない(論理学用語では、外延はあるが内含がない)のである。以上によって、「大ヒッピアス」は、「美とは何か」という主題に答が与えられないままで終わる。

 【3 芸術は技術か霊感か】 次に『イオン』という著作をみてみよう。「ソクラテス」と「イオン」の対話である。イオンはホメロスの叙事詩を歌う者(ラプソドス)であり、以下「」なしで記す。ここでは主題は芸術の性質であり、ここでは吟唱という事例に即してその名人とされるイオンに「ソクラテス」が尋ねていくというかたちで進む。問いは芸術が技術か霊感かというものである。両者は反対の概念である。技術は知性によって把握されるものであり、訓練によって習得される。霊感は人知を超えた神的なものであり、訓練して学んだり上達したりするものではない。よってこれは二者択一の問いとなる。これに対しイオンの答えは霊感説である。彼はその働きを磁石にたとえる。芸術家をひきつけるのは芸術の女神(ムーサ→英語の「ミューズ」)である。磁石に引かれた鉄が磁力を帯びて他の鉄をひきよせるように、芸術家は鑑賞者を同様にひきつける。女神に対する芸術家の状態は受動的であり、知性を働かせているどころか一種の神がかりとして正気を失うものでさえあるとする。

この著作では相手に対して「ソクラテス」はほとんど反問せずに終わる。しかし積極的に賛成もしておらず、著者の考えは「大ヒッピアス」に劣らずわかりにくい。プラトンには「神的狂気」の説があることがまず参考となる。ふつうの狂気は病気であり望ましくない。しかし正気ではないが価値ある「神的狂気」として彼は、①予言や占いなど宗教、②恋、③そして芸術にみられるとする(この箇所のほか『パイドロス』244A245A、『弁明』22B-C、『メノン』99C-D、『法律』Ⅳ719C)。してみるとプラトンはこれに賛成しているのか。彼の合理主義からして、むしろ逆説として提示しているのか。また事実問題として芸術霊感説を認めるとしても、それを賛美しているのか、それともそうであるからこそ価値的には警戒しなければならないという問題意識なのか。後の「新プラトン主義neoplatonism)」はプラトンひく合理主義なので、まさに霊感評価の立場に立ち、これはルネッサンスに影響していくことになる。

「女神の霊感」など、幼稚な神話と一蹴したい者もいよう。しかしこれを「無意識」の別名であると解するならば、深層心理学的な芸術論にもなり、現代的論点になることが理解されよう。

 【4 ホメロス】 ホメロスはギリシャ最大の叙事詩人である。伝記的史実はよくはわからない。少なくとも『イーリアス』『オデュッセイアー』という二大叙事詩の作者とされるが、彼ひとりの単独の作でないとする説もある。『イーリアス』は一言で言えばトロイ戦争の詩である。英雄アキレウスや「トロイの木馬」の作戦を立てた策士オデュッセウスなどが活躍する。ギリシャだけでなく西洋文芸の最大の「古典」とされるが、私個人としては、実に殺伐としていてまったく好きになれない。『オデュッセイアー』はその後日談であり、オデュッセウスが、トロイ方の神々によって終戦後の引き上げを邪魔され、妖怪や怪物などと戦いつつ帰郷を遂げる話である。どちらも長大なもの(文献④⑤)で、近代詩よりも日本文芸なら『平家物語』のようなものがまだ近い。どちらにおいても印刷術もなく識字率も低い古代であるから、文芸とは読むものでなくまず聞くものである。『平家物語』では琵琶法師が吟じたように、ホメロスも吟じる人がいたのであり、イオンはその一人である。そして少なくともホメロスの場合、それを聞くことは単なる娯楽でなく重要な教養とされていた。芸術家の創作でなく、事実の物語とされており、またその中には学ぶべきいろいろな技術(戦争の、政治の、造船の、等々)や倫理(神に対して、国家に対して、友に対して、等々)が盛られており、したがってホメロスは知者であり民族全体の教師と思われていたのである。ところで『イーリアス』の冒頭は、「怒りを歌え、女神よ、ペレウスの子アキレウスの〔怒りを〕」となっている。この「女神」はまさに詩神であり、その声を彼が伝えるべく訴えている。つまりホメロスはこれから自分の「創作」を述べるのでなく、「磁石」として女神の歌うところを聴衆に伝えるという宣言であり、イオンの霊感説はそもそもホメロス自身のものであると考えられる。

 【5 存在としての芸術】 プラトンの主著『国家』をみてみたい。この主題は「理想の国家とは何か」である。その中で「ソクラテス」は、理想の国家に詩人はいらない、という議論を展開する。詩人追放論、あるいは一般化して芸術否定論と言われるものである。プラトン(以下この著作での「ソクラテス」と同一視する)はそれを三つの面から、すなわち①存在論的に②認識論的に③人間論的に、論じていく。

まずプラトンの存在論(詳しくは文献①第2節)の面から。彼によれば、あらゆる存在は「イデア」と「現象」に分類され、イデアは現象の「原型」であり現象はイデアの「模造」であった。そして芸術は「模造の模造」である。たとえば寝椅子を描いた絵を考えると、これは「現象」としての寝椅子の模造である。現象の寝椅子は個別的・具体的な存在であるから、普遍的・一般的な「寝椅子のイデア」の模造である。ゆえに寝椅子の絵は寝椅子のイデアの「模造の模造」または「間接的な模造」であることになる。ここでわかるのは、「模造」(ミーメーシス)が単なる模写や複製ではないことである。イデアと現象の関係では明白であろう。現象の芸術の関係でも、たとえば前者が三次元で色つきなのが絵画では二次元であり、彫刻では色がないことによって理解されよう。存在の種類としての別の次元に属しつつ、「臨在」と「分有」という関係性において結びついているのである。プラトンは芸術をまず「模造」という存在性格において考える。

これは近代人にはすぐには了解できない。まず浮かぶ疑問は、写実的ないし具象的でない作品は何の「模造」なのかであろう。だが抽象画やどんな現象の模造でもない「オブジェ」などは現代の産物であり、プラトンがそれらを考えていないのは自然である。文芸も作家が創作した虚構でなく事実の模造とみなすのがギリシャ人の発想であった。しかし音楽はどうか。これにも答えはある。プラトンにとって、ソクラテスについで影響を受けたピュタゴラスが答えている。音楽は音からなるが、音同士の「調和」(`αρμουια)(同時では和音、継時では拍節や旋律)に音楽の本質がある。この調和関係は数学的性質を持つ。音は波であり、和音は共鳴現象で生じるので、ここまではピュタゴラスは近代科学的にかなり正しい。ただしここから彼は形而上学的宇宙論に飛躍し、宇宙にはこのような調和が偏在すると想定し(、というよりそのように調和したものとして「宇宙」(κοσμος)を想定していたのがギリシャ人であった)、たとえば天体の運動の法則性から、そこにおのずから音楽が成り立っているのであり、人間が行う音楽活動はその模造であるとされるのである。

前近代の思想では存在論はそのまま価値論である。原型は模造より、普遍的で永続的なものは個別的で一時的なものよりも価値が高いとプラトンは考える。前近代人にとっては当然であり、現代人でも少なくない者が賛成しよう。それゆえ模造の模造である芸術は最も価値が低いとプラトンは結論する。また「存在」を「つくられたもの」とみなすのは西洋にとって常道である。してみると寝椅子の制作者を考えると、イデアとしては神であり、現象としては職人であり、絵としては画家である。制作者の価値もこの順序ということになる。理想の国家にそのような最も劣る存在やその制作者は必要ないということになる。

【6 認識としての芸術】 存在をイデアと現象に分けるプラトンは、知識をイデアの知識と現象の知識に分ける。いうまでもなく前者のほうが価値ある真の知識とされる。『イーリアス』のような叙事詩に学ぶべき知識をみていた一般のギリシャ人からすれば、ホメロスのような詩人はたいへんな知者であるとされた。確かにそこには将軍や船乗りや船大工などなどについて、もっともなことが述べられている。しかしプラトンは言う。ホメロスはたとえば戦争がどう「みえる」かをよく知っているが、それが何「である」かを知っているわけではないと。つまり詩の知識は現象の知識であってイデアの知識ではないと。戦いの仕方は将軍が、船の操り方は船乗りが、舟の作り方は船大工が、詩人よりよく知っているのであり、詩人はただ将軍等々がどう「みえる」かについてよく知っているということなのである。ゆえに詩人は無知ではないとしても、理想の国家に価値の劣る知識は必要なく、この意味でも詩人はいらない。その国民はすべからく学問('επιστημη)によってイデアの知識を得るべきとされる。

 【7 人間と芸術】 イデアの認識は理性の純粋な働き(能動)であるが、現象を認識するのは感性を通じてである。後者の場合魂は身体の作用を受け取るという受動的なあり方をしている。この「受動」とか何かを「こうむる」とかということが「パテー」ないし「パトス」(παθος)の原義である。言うまでもなくこれは「情念」の意でもあり、知的活動の原理である「ロゴス」(λογος)と対比される。ここからプラトンは、「詩に対する最も重要な告発」を、人間にとってそれが何かという面から行っていく。「我々のうちの最もすぐれた人たちでさえ、一人の英雄が悲しみにくれて、長いせりふを涙ながらに縷々と語るありさまとか、不幸を歌って胸を打つありさまとかを、ホメロスなり、他の悲劇作家の誰かなりが真似て描写するのを聞くとき、〔…〕我々は喜びを感じ、我を忘れて同情共感しつつ、ついていく。そして我々を最も強くそのような状態にさせる作家のことを、すぐれた作家であると真剣にほめたたえるのだ」。――ここで「真似て描写する」と訳されているのは「ミーメーシス」のことである。またここでわかるのは、詩の(当時は散文芸術はほとんどないので文芸の、と言ってもよい)価値ある主題が人間の情念であること、そしてそれをミーメーシス(描写)することによって、享受者(当時としては読者というより聴衆や観客)の情念に訴え、そこに共感という作用を及ぼすということである。文芸は二重に人間のパトスを本質的な場とする。以上はそれに関してギリシャ人における定説であることが確認され、プラトンも事実問題としては異論を唱えない。彼が問題とするのはその価値付けであるが、そのためにいったん芸術を離れて日常生活を顧みる。「ところが、我々自身の身に悲しみごとが起こった場合には、我々は反対のことを――平静を保ちそれに耐えることができるということを――誇りとする。それこそが男の態度であり、さっき褒め讃えたようなのは女のすることだと、こう考える」。すなわち理性によって情念を抑えるのがよい、というのが一般的倫理であり、プラトンもそれを肯定する。そして、現実生活では恥ずべきものとされる態度を文芸作品においてはほめたたえるのは「理屈に合わない」。ゆえに、と結論すれば紋切り型の合理主義だが、プラトンはさらに深層心理をえぐる。すなわち人は自分でなく、他人の、しかもすぐれた他人の不幸を嘆くのは恥ずべきことではないと言い訳する。自分の不幸には「無理に抑えていたが、本当は心ゆくまで泣いて嘆いて満たされることを飢え求めていた」ものが、詩人によって満足させられるので、それは得でもあるとする。芸術は抑圧されていた無意識的欲望の充足ということになる。しかしだから有用だとプラトンは言わない。この苛烈な合理主義者は、あくまでもエスをエゴに置き換えることを求める。文芸の享楽によって情念の無意識的充足の快楽を「はぐくみ、いったん強力にしたうえは、自分自身の苦難にあたってそれを抑えるのは、容易なことではないのだから」。つまりプラトンは、芸術と実生活に区別があることは事実問題として認める。しかしそこから芸術内部の価値とてして情念の充足を認める道はとらない。区別されつつも、両者の影響関係という事実を重んじて、実生活優位の立場から芸術を断罪する。悲劇的情念だけでなく、「愛欲や怒りについても、さらにはあらゆる行為にともなう〔…〕すべての欲望と快苦についても、詩作による真似(描写)は、〔…〕そうした衝動に水をやって育てるのだ、本来は干からびさせなければならぬのに、そして我々が劣ったみじめな人間にならず、すぐれた幸福な人間となるためには、本来それらは支配される側におかれなければならぬのに」。プラトンの二元論は、「二世界説」とも言われるが、穢土としての現実界と浄土としての理想界とを単に並存させて、前者からの逃げ場として後者を祈念させるていのものではない。穢土そのものを浄土にせずんばやまないという戦闘的な理想主義である。イデアを認識した者が再び洞窟に戻ってきて仲間の魂を向きかえようとすることは、伊達や酔狂ではない。

【8 考察】 プラトンの美学のうち、「美とは何か」「芸術は霊感か技術か」は、少なくとも論点としては納得されると思われる。しかし、芸術の価値を否定する議論にはショックを受けた者もいるかもしれない。美学は、芸術が価値あるものであるということを自明としないし、前提ともしない。それどころかそれを否定する思想家は実はプラトンだけではない。そのような立場からのものも含めて、芸術の価値についての議論も美学には含まれる。芸術はすばらしいものだという価値観を持っている者も、美学を学ぶ場合は少なくともそれを当然とは思わない心構えが求められる。

また、解釈問題について但し書きを入れれば、『国家』における詩人追放論を、芸術否定と解さない見解もある。その一つとして、芸術はイデアの「間接的な模造」でありその分有であるということは、イデア(真実在)とつながっており摸像(ミーメーシス)という資格でそれを表現しているという意味で価値が認められているとするものがある。この解釈は、近代美学がミーメーシスに替えて「創造」を芸術原理としてもちあげることに対する批判につながるものとして、考慮に値する。また理想国家から追放すべきとすべき芸術については限定的に解すべきであり、芸術全体の否定とみるのは短兵急だという見解もあり、確かに著者の意図や、場合によっては意図せずに現れている思想も含めて、より慎重または深い読解を示唆するものがある。

通説に従ってプラトンが芸術一般の価値を否定したとみるとき、その論法への異論としてはどのようなものが考えられようか。第一に大本のイデアを否定する考えはもちろんあり得る。第二に、存在論としてのイデア論は認めるとしても、それを価値に連動させるのを認めないこともできる。この論点は古代中世哲学と近代哲学との対立に少なからず重なる。第三に、価値論の中で言えば、まず、諸々の価値をあまりに「優劣」の上下関係でとらえる発想には異議があってしかるべきであろう。プラトンの貴族主義は、政治的民主主義への否定だけでなく、水平面での多様な価値の承認という思想を美学においても困難にしている。また第四に、普遍・永遠に価値あり個別・一時的よりまさるという価値観への意義があろう。この論点は西洋と日本の価値意識の違いという論点につながる。第五に、芸術の価値を(「理想国家には不必要」というような)社会的観点からみていることの問題が挙げられよう。これは近代美学における「芸術の自立的価値」との対比になる。ただ、芸術を社会的効用の道具としてだけしか認めないのは偏狭であるが、両者を無関係としたうえでの芸術至上主義が、かえって芸術そのものも貧しくしているという反省はなされるべきであり、両者の関係性を論ずること自体をしりぞける態度は適切であるまい。第六に、理性と情念においても、一方的な上下関係でとらえるのはどうかと思われよう。非理性的というより反理性的な情念(または欲望、衝動、本能等)をもちあげる(たとえばニーチェの)「美学」はおおいに危険である。しかしその逆の、理性の名による情念の抑圧は、「病的合理主義」の一種として、人間疎外の表れであろう。プラトンは、芸術に対して確かに大きな意味のある「告発」をしたと認め、それを正面から受け止めたうえで、人間の幸福や救済に、また(単なる道具としてではないが)理想社会を築いていくことにもつながるような、そのような芸術のあり方を求めていきたい、というのが私の立場である。

 

文献

 

    仲島陽一「哲学史 第四章プラトン」『おきな草』第26号、2009

    『プラトン全集、10〔ヒッピアス、ヒッピアス、イオン、メネクセノス〕』岩波書店、1975

    プラトン『国家』藤沢令夫訳、岩波文庫(上下)、1979

    ホメーロス『イーリアス』岩波文庫(上中下)、1964

    同『オデュッセイアー』岩波文庫(上下)、1971

    プラトン『饗宴』久保勉訳、岩波文庫、19652

    同 『パイドン』村瀬能就訳、角川文庫、1978

    同 『ゴルギアス』加来彰俊訳、岩波文庫、1967

    同 『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967

    斉藤忍随『プラトン』岩波新書、1972





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2015/06/11 16:07 2015/06/11 16:07
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  1. fghfd 2015/10/01 16:20  コメント固定リンク  編集/削除  コメント作成

    しかしその逆の、理性の名による情念の抑圧は、「病的合理主義」の一種として、人間疎外の表れであろう。プラトンは、芸術に対して確かに大きな意味のある「告発」をしたと認め、それを正面から受け止めたうえで、人間の幸福や救済に、また(単なる道具としてではないが)理想社会を築いていくことにもつながるような、そのような芸術のあり方を求めていきたい、というのが私の立場である