精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著・仲島陽一訳

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第二部    22章 

諸国民はその統治形態だけのおかげである長所をなぜ自然の恩恵とみなすのか

 

 虚栄心がやはりこの誤りの原理である。またどんな国民がこうした誤りにうちかてるだろうか。その一例を挙げるべく、十分自由に話すことに、また真の公民である人々にあちこちで出合うことに慣れているフランス人が、パリを離れ、〔トルコの〕コンスタンティノープルに上陸したと想定しよう。人類がそこで陥っている卑しさを彼が考察するなら、専制主義に服する諸国について、どんな観念を形づくるであろうか。いたるところで隷従の刻印を認めるならどうか。暴政が吐く息で、才能や徳を持つすべての人が害され、カフカスからエジプトまで、愚鈍、卑しい心配、人口減少がもたらされるのをみるならどうか。最後に、後宮に閉じ込められ、ペルシャ人が彼の軍団を打ち破り彼の属領を荒らしている間、平静なスルタンが、公の禍には無関心で、氷水を飲み女を愛撫し、退屈しているのを知ったらどうか。これらの民族の卑怯と隷従とを知り、自尊心と同時に憤慨にかられて、自分がトルコ人にまさる本性を持つと思わないフランス人がいようか。多くのフランス人は感じるであろうか。一国民の軽蔑が常に不当な軽蔑であると。一民族の他の民族に対する優越は、多かれ少なかれ幸運な統治形態によると。また最後に、このトルコ人は、あるペルシャ人がスパルタの兵士にしたのと同じ次の返答を、このフランス人にできると感じる者は多いであろうか。彼はこう言ったのだ。「なぜ私を侮辱するのか。絶対の王が認められているところはどこでももはや国民はないことを知りたまえ。王は専制的国家の普遍的な魂だ。この帝国を衰えさせるか活気付けるかは、彼が勇敢か腰抜けかによる。〔ペルシャを建国した〕キュロスの下での征服者であるが、私達がクセルクセスの下で〔スパルタに〕敗れたのは、クセルクセスが生まれながらに座った王座をキュロスは創設しなければならなかったからだ。キュロスには生まれたとき同等の者たちがいたからだ。クセルクセスはいつでも奴隷たちにとりまかれていたからだ。そして君も知るように、最も卑しい者たちが王宮に住んでいる。だから君が第一の地位にみるのは国民のくずなのだ。海の表面に浮き上がってきた泡だ。君の軽蔑が不当であることを認めたまえ。そしてもし疑うなら、スパルタの法律を私達に与え、クセルクセスを主にしたまえ。そうすれば君が卑怯者で私が英雄になるだろう」。

戦争の叫びが全欧州を目覚めさせ、その轟きがフランスの北から南まで聞かれたときを思い出そう(l)。そのとき、公民の精神にまださめやらぬある共和主義者が、パリに着き、上流社会の中に現れると想定しよう。そこでは各人が公事を無関心に扱い、強く専心しているのが、流行や、色事の話や、子犬やであるのをみて、彼はなんと驚くであろうか!

この点で私達の国民と自国民との違いを知って、自分がよりすぐれた精神を持っていると思い、フランス人をチャラい奴と、フランスをつまらぬ王国と思わないイギリス人はほとんどいない。彼の同国民たちが、自由な諸国以外にはどの国にも知られない、あの祖国愛と高揚の精神を持つのは、その統治形態のおかげだけでなく、またイギリスの物理的位置のおかげでもあるが、そのことには容易に気づけない、ということではない〔理解力でなく自尊心の問題だ〕。

実際、イギリス人がこんなに誇る、そして現に多くの徳の芽を含むこの自由が、彼等の勇気の報いであるよりも偶然のたまものであることを感じ取るために、かつてはイギリスを引き裂いた無数の徒党を考えてみよう。もしこの帝国が、周囲の四海によって隣接諸民族に接近不能になっていなかったらと想定するならば、これらの民族がイギリスの分裂を利用して、彼等を従属させたり、少なくとも彼等の王に彼等を服従させる手段を提供したであろうし、こうして彼等の自由がその知恵の果実ではないことを納得するであろう。もし彼等が主張するように、この自由が彼らの特殊な根性と思慮にだけよるならば、チャールズ一世の身に加えられた恐ろしい罪〔清教徒革命による処刑〕の後で、彼等は少なくともこの犯罪を最も有利に利用しなかったであろうか。彼等の何人かが言うには、一君主を一般的福利に捧げられた犠牲とみなさせることが彼等の利害となるのであり、そ世人に必要であったその処刑は、諸民族を恣意的で専制的な権力に服従させようと企てる者みなを永久に脅かすものになるべきだったのだが、その君主を公的な祭儀と行列によって、殉教者の列に加えることを彼等は認めたであろうか。〔認めないはずだ。しかし実際にそうしたのは彼等の思慮不足を示す。〕それゆえ分別あるイギリス人はみな認めるであろう。彼の国が持つ自由はその物理的位置のおかげであると。その統治形態がそのようなものとして存続できるのは、限りなく改良されなくても閉ざされた土地にある限りにおいてであると、そして彼の自尊心の唯一で正当な題目は、大陸の住民というよりも幸いにも島国に生まれたということに帰する、ということを。

一個人は疑いなくこうしたことを認めようが、一民族はけっしてそうすまい。民族はその虚栄心をけっして理性でしばりはしないであろう。判断においてより公正であれば断定の留保が想定されようが、これは個人においてきわめて稀であり、一国民においてみいださせることはけっしてない。

それゆえ各民族は常に、その統治形態から得る徳を、自然の恩恵に数え入れるであろう。その虚栄心の利害関心がそうするようにすすめるであろう。しかして誰が利害関心の助言に抵抗するであろうか。

いろいろな国との関係を通じて考察される精神について私が述べたことの一般的結論としては、諸国民がその習俗、習慣、そのいろいろな分野の精神に対して持つ評価や軽蔑の唯一の配分者は利害関心であるということである。

この結論に対置できるただ一つの反論は次のものである。つまり、もし利害が、学問と精神のいろいろな分野に与えられる評価の唯一の配分者であるならば、すべての国民に有用な道徳学が最も尊重されるものでないのはなぜか。デカルトやニュートンといった名前が、その著作においてたぶん同じくらいの才気を証明している、ニコル、ラ=ブリュイエール、およびすべてのモラリストよりも有名なのはなぜか、と。私は答えよう。偉大な自然学者たちは、その発見によってときおり世界に貢献した、しかして大部分のモラリストは現在まで、人類にどんな助けにもならなかったからだ、と。祖国ために死ぬのが立派だと絶えず繰り返してなんの役に立つのか。格言は一人の英雄もつくらない。モラリストたちが評価に値するためには、徳に関する格律の作文に失った時間と才気とを、勇敢で有徳な人々を形づくるのに適する手段の探求に用いるべきであった。〔第二代カリフ〕ウマルが〔彼が征服した〕シリア人たちに、「君たちが快楽に渇しているのと同じくらい死を渇望している人々を君たちに向かって送る」と書いたとき、サラセン人達は、野心と信じやすさという威光で欺かれて、天国に、勇気と勝利の配分しか、そして地獄に、卑怯と敗北の報いしかみなかった。そのとき彼等は最も激しい狂信に動かされていた。そして勇敢な人々を形づくるのは情熱であって道徳の格律ではない。モラリストたちはそのことを感じとるべきであった。そして、木の幹から神も椅子も作る彫刻家のように、立法者は、英雄、天才、有徳な人々を、好むままに形づくることを知るべきであった。ピョートル大帝によって人間につくり直されたモスクワ人たちをその証人とする。

自分たちの立法を愚かにも愛している諸民族が、その不幸の原因を法律が実行されていないことに求めても無駄である。法律が執行されないのは、常に立法者の無知の証明だ、とスルタンのMahmouthは言う。褒章、刑罰、栄光、恥辱は、立法者の意志に服せば、彼が常に公益を操作し、すべての分野で著名な人々を創造できる四種類の神である。

モラリストの研究全体は、これらの褒章とこれらの刑罰とでつくるべき習慣と、個人的利害を一般的利害に結びつけるためにそこから引き出せる助けとを規定することにある。この〔私利と公益との〕結合が道徳学が提供すべき傑作である。もし公民が公共の福利を行わずには自らの個人的幸福をつくれないならば、そのときには馬鹿者以外に悪人はいないであろう。すべての人が徳に強いられるであろう。そして諸国民の幸福は道徳学の恩恵になろう。あるいはこの想定では、この学問が限りなく敬われるであろうことを誰が疑おうか。またこの分野でのすぐれた著作家が、少なくとも公正で感謝の念ある後世によって、ソロン、リュクルゴス、孔子のような人々の中に数え入れられるであろうことを。

 

【原注】

(l)最近の戦争において、敵がプロヴァンスに入ったとき。

1818年のLepetit版は、この注の替わりに以下をおく。}

1746年、Maillebois元帥によって敗れたプレザンスの戦いの後、敵がプロヴァンスに入ったとき。




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