床屋道話 (その29 インセンティヴの倫理 その二)

二言居士

 

官僚の「天下り」には、多くの人が不満を持っている。これに対し次のような自己弁護がある。官僚の給与は実は高くない。給与だけなら大企業に勤めたほうがずっと得になる(以上は真と認めてよい)。公務員一般では「無駄」な仕事や人もいるが、高級官僚はハードワークをしている(ほぼ認めてもよかろう)。その仕事の中身が「よくない」という意見もあるかもしれないが、それは職務上「政治」の悪さからくるもので、政治的価値観をできるだけはずせば今の日本では政治家よりも官僚のほうが優秀であり、官僚なしで日本社会は成り立たない(これもなまじ否定しにくい)。よって必要かつ重要な仕事をする官僚にすぐれた人を集めるのが国益であり、そのためのうまみとして、天下りは必要である。都銀の幹部になった東大法科の同期生と比べると情けない給与に甘んじ、愚かな政治家の下働きでの徹夜に耐えるのも、退職後の利得があればこそ、というわけである。この論理の根本的な問題は、利得めあての人がそもそも役人として「優秀」なのかである。むしろそんなことは度外視して(政治家ではないから犠牲になっても、とまでは言わないが)、国民のために尽くしたいという志が、よい官僚であるための「一丁目一番地」ではないか。

公務員はそれが少なくとも「スジ」だとしても、では私企業はどうか。大蔵次官は天下りで生涯約十億を得るというが(テリー伊藤『お笑い大蔵省極秘情報』飛鳥新社)、私企業は年にそれ以上の役員報酬を出すところがある。2013年度では、カシオの樫尾和雄会長が12億9200万円、キャノンの御手洗会長兼社長が11億500万円などである。会社が赤字でも高額報酬を出すのはどんな論理でもおかしいので議論から省くが、実際には赤字のソニーの平井一夫社長が3億5900万円を受け取っている(同年度)ような事実が一つ二つではないことは記しておこう。

東京電力は原発事故前の2010年、会長と正副社長の計7人の平均報酬が約4700万円、他の取締役10人の平均が約3000万円だった。また「顧問」8人に平均約1000万円を払っていた。この中には原発事故のたびに国会で擁護「質問」をした自民党の加納時男参院議員などがいる。事故後は顧問制度を廃止し、「平取」の報酬を平均約1500万円に「減らした」が、それでも多くないだろうか。賠償金などで赤字であり、国の援助(つまり税金)のほかに料金値上げで国民に二重に付け払いさせている。役員報酬など新入社員並み、いや生活保護すれすれでもいいのではないか。それならなり手がないというなら国有化すればよい。しかし小生が思うには、それでもなりたい(「利得のためでない」と心にもないことを言って)という者がいるだろう。

「普通の」私企業はどうか。年棒約10億円の日産のカルロス・ゴーン社長は、高額批判に反駁して、グローバルスタンダードからはむしろ日本はまだ少ないのであり、すぐれた人材を得るのは高額報酬が必要だと述べている。私利の追求を原理とする私企業としては一分あるようにも響く。

しかしここで小生は、同じ自動車会社の豊田社長が、リコールを出されて米公聴会に呼ばれたときの発言を思い出す。そこで彼は、私の名前をつけて世界中で走っている車が、不具合を出したことは実に悲しい、と述べた。会社全体にもこの問題でも、特にトヨタの肩を持つつもりはないが、この言葉は真率なものと感じた。逆に言えば、自分たちがつくりあげたものが広く受け入れられることはそれ自体が大きな喜びであって、そのうえ儲からなくても十分じゃないか、ということでもある。

ゴーン氏の場合、報酬が90%になって年収9億円なら意欲を失ってやめるだろうという論理は納得しにくい。それどころか小生は、日産の社長の報酬がいまの1%でもおかしいとは思わない。年棒1000万円なら日産の社長をやりたいと思う(少なくともすぐれた)者はいないというのだろうか。車が好きな者が自動車業界で働き、経営にすぐれた者が社長になるというのが本当で、儲かるかどうかで業界や地位を決めるというのは実は筋違いなのではなかろうか。

だが私企業の場合は次の反論があろう。ゴーン氏は、報酬を何割か減らされても日産をやめないにしても、トヨタかホンダかが何割か増しの報酬を出せばそちらに移る可能性はある。つまりそういうかたちで人材の奪い合いに勝つために高額報酬は合理的である、と。これは一つは競争の論理、もう一つは労働観という根本問題にかかわるので、この小文では扱えない。ただ、同じ条件でも豊田氏が日産やホンダに移ることは考えられない、とは言える。それは勿論、代々受け継いできた社長と助っ人外人社長との違いではある。大塚家具の社長が、IKEAかニトリに移ることがあるとしたら、そちらのほうが儲かるからでなく、お家騒動に負けて恨みをつのられるようなときであろう。してみると世襲資本家の場合、社への愛着や先祖や子孫への責任感などが、ただ自分が儲かればよいという強欲さへの抵抗要素になる面も認められよう。無論世襲企業には悪い面もあり、(馬鹿息子が多額の社の金をカジノにつぎこんだ某企業など典型だが、)そもそも財産の相続ということ自体に、小生はあまり肯定的ではない。いまの観点で政策提言するとしたら、小生はむしろ雇用者のほうに、(年功賃金でなくても)少なくても終身雇用制は維持し、また賃金とは別に、その子もまた親と同じ会社で働きたいと思わせるような魅力ある会社にすることだと考える。

ここでは大上段の断言にとどめざるを得ないが、経済的利得というインセンティヴとは別のところに、職種や地位の選択基準があるのが、まっとうで健全な社会であると考える。


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2015/06/11 17:37 2015/06/11 17:37
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