精神論〔1758年〕
エルヴェシウス著・仲島陽一訳
第一部 それ自体における精神について
第一章
何を「精神」[Esprit]と呼ぶべきかに関して、毎日論議されている。各人に自家の言がある。誰もこの語に同じ観念を付与せず、みなが理解し合わずに語っている。
「精神」というこの語の、そして人がそれを解しているいろいろな意味の、正しく正確な観念を与えられるようにするためには、まずそれ自体における精神を考察しなればならない。
精神が思考する能力の結果とみなされる(そして精神はこの意味では、ある人の思想の総和にほかならない)にせよ、思考する能力そのものとして考察されるにせよ。
この後のほうの意味に解された場合、精神が何であるかを知るためには、私達の観念を生み出す諸原因が何であるかを知らなければならない。 私達の中には二つの能力が、敢えて言えば二つの受動的能力があり、その実在は一般に、また判明に認められている(*1)。
その一つは、外的対象が私達に与えるいろいろな印象を受け取る能力であり、身体的感性〔la sensibilité physique〕と名付けられる。
もう一つは、これらの対象が私達に与えた印象を保つ能力である。それは「記憶力」と呼ばれる。そして記憶力とは持続した、しかし弱まった感覚にほかならない(*2)。
これらの能力を、私は私達の観念を生み出す原因とみなし、またそれらは私達と動物とで共通であるが、しかしもしも、私達においてはある外的な身体組織[organisation]と結び付いているのでなければ、きわめて少数の観念しかひきおこさない(*3)であろう。
もし自然が、柔軟な手と指ではなく、私達の手首の先に馬の足をつけていたならば、人々は技術も、住居も、動物に対する防御も持たず、自分たちの食物を得ることと、獰猛な禽獣を避けることへの配慮に汲々として、つかのまの群れをなして未だに森の中をさまよっていたであろうことを、誰が疑うであろうか(a)。
ところでこの想定においては、統治〔polis〕はどんな社会においても、今日それが到達した完成度には達しなかったであろうことは明らかである。どんな国民も、精神に関して、いくつかの未開国民よりもずっと劣ったところにとどまっていたであろうが、その未開国民というのは、自分たちの観念を表現するために、二百の観念(b)、二百の語も持たず、したがって彼等の言語は、私達の手の使用を前提する「弓」「矢」「網」のような語を除くならば、動物の言語のように五つか六つの音または叫び(c)にまで縮小されるであろう。ここから私は、ある外的な身体組織なしでは、感性と記憶力とは、私達において、不毛な能力であろうと結論する。
いまや検討しなければならないのは、この身体組織の助けによって、この二つの能力が実際に私達の思考すべてを生み出したのかどうかである。
これについてなんらかの検討に入る前に、たぶん私は、この二つの能力は一つの精神的あるいは物質的実体の変容ではないのか、と尋ねられよう。この問題はかつては哲学者たちによって討議され(d)、<古代の教父たちによって争われ、>(*4)当代でも新たにされたが、必ずしも私の著作計画には入らない。精神について私が言わなければならないことは、この問題でどちらに答えても等しく整合する。これについて私が観察するのはただ、もし教会がこの点に関する私達の信憑を定めているのでなければ、またもし、理性の光だけによって思考する原理の認識にまで高まるべきであるならば、認めざるを得ないであろうことは、この分野ではどんな意見も、証明が可能ではない、ということである。賛否の理由を比べ、難点を量り、真らしさをより多く持つほうに自分の意見を定めなければならないことである。したがって暫定的な判断だけを下さなければならないことである。この問題については、蓋然性の計算の助けによってしか解決できない他の無数の問題(e)と同様であろう。それゆえ私はこの問題にはこれ以上立ち止まらない。私の主題に戻る。私は身体的感性と記憶力、あるいはより正確に言えば、感性だけが、私達の観念すべてを生み出すと言う。実際記憶力は、身体的感性の器官の一つ以外ではあり得ない。私達において感じる原理は、必然的に思い出す原理である。なぜなら「思い出す」ことは、これから証明するが、本来「感じる」ことにほかならない(*5)からである。
一連の私の観念によって、またはいくつかの音が私の耳の器官にひきおこす振動によって、私が一本の柏の像を思い出すとき、私の内的器官は、必然的に、この柏を見たときとほとんど同じ状況にあるはずである(*6)。ところで器官のこの状況は、異議なく一つの感覚を生み出す。(*7)それゆえ明証的に、思い出すことは感じることである(*8)。 この原理が立てられて、私がさらに言うことは、精神のあらゆる働きは、私達が持つ、いろいろな対象が互いに持つ類似と差異、適合と不適合とを認める能力にある、ということである(*9)。
この原理を確信するために、自然を考察しよう。自然は私達に諸対象を示す。これらの対象は、私達との諸関係と、相互の諸関係とを持つ。これらの関係の認識が、「精神」と呼ばれるものである。その大きさは、この分野での私達の認識がどれだけ広いかによる(*10)。人間の精神は、これらの関係の認識にまで高まる。しかし人間精神がけっして越えない諸限界もある。またいろいろな言語を構成し、人々の思考すべての記号の集積とみなされ得るすべての語が、私達に思い出させるのは、「柏」「海」「太陽」といった語のように像であるか、あるいは観念、すなわち「大きさ」「小ささ」といった語のように単純な、あるいは「徳」「悪徳」のように複合された、対象が相互に持ついろいろな関係を示すか、最後にそれらは、対象が私達に対して持ついろいろな関係、すなわち「私は砕く」「私は穿つ」「私は持ち上げる」という語におけるような、対象に対する私達の行為や、「私は傷つく」「目がくらむ」「恐れる」という語におけるように、私達に対する対象の印象〔刻印〕を表現する。
「ある木の観念」とも「徳の観念」とも等しく言われる以上、かなりいろいろに解されているこの「観念」[idée]という語の意味を私が上で限定したのは、この表現の意味が確定しないと、語の乱用がいつもひきおこす誤りに、ときおり陥ることがあるからである。
いま言ったことの結論は、もし、いろいろな言語のすべての語が、諸々の対象と、これらの対象の私達との、あるいは対象相互の関係とをしか表さないとすれば、したがって精神全体は、私達の諸感覚と私達の諸観念とを比べることにある、すなわち、それらが相互に持つ類似と差異、適合と不適合とをみてとることにある、ということである。ところで、判断はこうした認知自体、あるいは少なくともこの認知の言表にほかならないのであるから、精神のあらゆる働きは判断することに還元される、ということが帰結する(*11)。
問題がこれらの限界内に定められたので、私はいまや、「判断すること」は「感じること」にほかならないかどうか、検討しよう。私に示された諸対象の大きさや色について判断するとき、これらの対象が私の感官に対してつくりあげたいろいろな印象が、本来一つの感覚にほかならないことは明らかである。私は判断する、とも、私は感じる、とも等しく言えることは明らかである。二つの対象のうち、私が「一寸」と呼ぶ一方が、私が「一尺」と呼ぶ対象とは異なる印象を、私に対してつくりあげる、ということは明らかである(*12)。私が「赤」と名付ける色が、「黄」と名付ける色とは別様に、私の目に対して働きかけることは明らかである。そして私はここから、こうした場合に「判断する」とはけっして「感じる」こと以外ではない、と結論する(*13)。しかし、力が身体の大きさよりも好ましいかどうかを知りたい、と想定するならば、そのとき判断することは感じることである、と確言できようか、と言われよう。しかり、と私は答えよう。なぜなら、これについて判断を下すためには、私が、自分の人生の経過の中で、最も普通に自らをみいだし得るいろいろな状況のタブロー(*14)を、私の記憶力が次々に描き出さなければならないからである(*15)。ところで判断することは、これらのいろいろなタブローの中に、力が身体の大きさよりも、より多くの機会に有益であろうことをみてとることである。しかし、王において、正義が善良さよりも好ましいかどうかを判断するときに、判断がやはり感覚にほかならないと想像できようか、と反論されよう。
この〔疑問に肯定で答える〕意見は、疑いなく、はじめは逆説のように思われる。しかし、それが真理であることを証明するために、一人の人において、善および悪と呼ばれるものの知識を想定しよう。そしてこの人が、ある行為が、社会の幸福を傷つける度合いに応じて悪いことを知っている、と想定しよう(*16)。この想定においては、詩人または弁論家は、王にあっては、善良さよりも好ましい正義が、より多くの公民を国家に保つことを、よりいきいきと気づかせるために、どんな技術を用いなければならないか。
弁論家はまさにこの人の想像力に、三つのタブローを示すであろう。第一において彼は、犯罪者に有罪を宣告して処刑させる、正義の王を描くであろう。第二においては、まさにこの犯罪者の牢を開かせて鎖をはずす、善良な王を描くであろう。第三で彼は、まさにこの犯罪者が、牢を出ると短刀で武装し、五十人の公民を殺戮しにはしるのを示すであろう。ところで、この三つのタブローを見れば、一人の死によって五十人の死を防ぐ正義が、善良さよりも好ましいことを、誰が感じないであろうか(*16)。しかしながらこの判断は、実際には感覚にほかならない(*17)。実際ある観念をある語に結び付ける習慣によって、もし経験が証明しているように、ある音で耳を刺激して、対象の現前しているときとほとんど同じ感覚を引き起こせる(*18)ならば、この三つのタブローを示されて、王においては、正義は善良さよりも好ましい、と判断することは、第一のタブローにおいて、一人の公民しか犠牲にされないが、第三のタブローでは、五十人の公民が殺戮されることを感じとりみてとることであるのは、明らかである。ここから私は、あらゆる判断は感覚にほかならない、と結論する。
しかしたとえば、私達が多くの事物を記憶するのに適した方法や、抽象という方法、分析という方法のように、ある種の方法の相対的優越に関して下される判断をも、感覚の列に入れるべきか、と言われよう。
この反論に答えるためには、まずこの「方法」という語の意味を規定しなければならない。方法とは、もくろまれる目標に達するために用いられる手段にほかならない。ある人が、ある諸対象またはある諸観念を記憶することを計画したと、そしてある事実またはある観念を思い出すと、無数の他の事実や他の観念の回想が呼び起こされるような仕方で、偶然それらが記憶に配置されたと、またこうしてある諸対象をより簡単にまたより深く自分の記憶に刻んだと想定しよう。そのとき、この順序が最良と判断し、それに「方法」という名を与えることは、他のあらゆる順序よりもこの順序で研究するほうが、注意のための努力が少なく、より楽な感覚を体験した、ということである。ところで、ある辛い感覚を回想することは、感じることである。それゆえこの場合、「判断すること」は「感じること」であるのは明らかである。
幾何学の若干の命題の真理を証明するために、またそれを自分の弟子により簡単に把握させるために、ある幾何学者が直線を、その長さと幅から独立に考察させることを思いついた、とさらに想定してみよう。そのとき、抽象というこの手段または方法が、幾何学の命題の理解を簡単にするのに最も適している、と判断することは、他の方法以上にこの方法を使うことで、注意のための努力が少なくなり、辛さの少ない感覚を体験した、ということである。
最後の例として想定してみよう。一つの複合命題が含む真理の各々を別々に検討することで、この命題の理解により容易に到達した、と。そのとき、分析という手段または方法が最もよい、と判断することは、この命題に含まれている真理の各々を個別的に考察したときのほうが、それらを一度に全部把握しようとしたときよりも、注意のための努力が少なく、辛さの少ない感覚を体験した、というのと同じである。
私が言ったことの帰結は、ある目標に達するために偶然示される手段または方法に関して下される判断は、本来感覚にほかならない、ということである。また人間において、すべては感じることに還元される、ということである(*19)。
しかし、どうして今日まで、私達の中に、感じる能力とは区別された判断する能力が想定されてきたのか、と言われよう。この想定は、現在まで、精神のいくつかの誤りは他の仕方では説明できないと思われたためでしかない、と私は答えよう(*20)。
この難点を除くために、以下の諸章において、私達の誤った判断すべてと、私達の誤りすべてが、私達の中に感じる能力しか前提しない二つの原因に関係することを、示そう。したがって、それなしでは説明できないようなものは何も説明しない判断する能力なるものを認めることは無益であり、不条理でさえあることを、示そう。それゆえ私は本題に入ろう。そして私は、私達の情念か私達の無知の結果でないような誤った判断はない、と言おう。
【第1章 原注】
(a) 禽獣の魂に関しては、多くが書かれた。かわるがわるに、思考する能力が認められたり拒まれたりした。人間と動物の身体の違いの中に、動物の魂と呼ばれるもののほうが劣っている原因を、たぶん十分細心に探求しなかったのである。
1 動物の四肢はみな、牛や鹿のように角[corne]か、犬や狼のように爪[ongle]か、獅子や猫のように爪[griffe]かで終わっている。ところで、私達の手と動物の足との間の身体組織のこの違いは、ビュッフォン氏(*21)が言うように、動物から、触覚のほとんどすべてを奪うだけでなく、何か道具を扱うのに、また手を前提とする何かの発明を行うためにも必要な器用さをも奪っている。
2 一般に動物の一生は私達よりも短いので、人間と同じだけの観察をし、したがって同じだけの観念をもつことができない。
3 自然によって私達よりもよく、武器と着衣とを与えられた動物のほうが、欲求が少なく、したがって発明も少ないに違いない。がつがつ食う動物が、一般に他の動物以上の精神〔才気〕を持つのは、いつでも発明の母である飢えが、獲物を襲うための狡知を、彼等に思いつかさざるを得なかったからである。
4 動物は人間の前で一時的な社会しか形成しない。人間は、自分が鍛えた武器の助けで、動物の間の最強者に対しても恐るべきものになる。 しかも人間は、地上で最も数が増えた動物である。人間はあらゆる風土に生まれ、生きるが、獅子や象や犀のような他の動物の一部は、ある緯度でしかみられない。
ところで、観察する能力がある動物の種は、増えれば増えるほど、多くの観念と精神とを持つ。
しかし、足がほとんど私達の手と同じくらいに器用な猿が、どうして人間の進歩に等しい進歩を行わないのか、と言われよう。それは彼等が多くの点で人間に劣ったままでいるからである。人々のほうが地上でもっと増えたからである。猿のいろいろな種の中で、人間に比べられる力を持つものがほとんどないからである。猿が果実を常食とするからであり、人々より欲求が少なく、したがってまた発明が少ないからである。しかも彼等の寿命がより短く、人々や虎や獅子といった動物の前で、一時的な社会しか形成しないからである。最後にその身体の配置が、こどものように、彼等を永遠の運動状態におくので、欲求が満たされた後でさえ、猿は退屈[ennui]を感じられないからであるが、退屈は人間精神の改善能力〔perfectibilité〕の原理の一つとみなされなければならないことを、私は第三部で証明するであろう。
人々と動物とに共通する能力である感性と記憶力とが、なぜ、動物においては、いわば不毛な能力でしかないかを説明できるのは、人間と禽獣との身体において、これらの違いすべてを組み合わせることによってである。
たぶん神は、不正なしでは、罪のない被造物を苦痛や死に服させることができないから、禽獣は純粋な〔精神を持たない〕機械にほかならない(*22)、と反論されよう。聖書と教会とは、動物が純粋な機械であるとはどこでも言っていないので、動物に対する神の〔苦痛や死に服させるという〕ふるまいの動機はまったく知らずにいてもよいし、その動機が正しいと想定してもよい、と私はこの反論に答えよう。動物は苦痛を感じる、と言われたとき、「明らかに彼等は禁断のまぐさを食いました」と冗談で答えた、マルブランシュ神父(*23)の名言に頼る必要はない。 (b) 数の観念は、非常に単純で、非常に得やすく、欲求によってたえずそこへと導かれるものであるが、いくつかの国民においては驚くほど限られていて、三までしか数えることができず、三を越える数を表すには「たくさん」という語しかない、という国民もみいだされる。
(c) ダンピア(*24)がある島でみつけた人々がそうであったが、この島には樹木も潅木もなく、彼等は、海の波が島の小さな湾にうちあげる魚で生きており、雄の七面鳥に似た鳴き声以外には言語を持たなかった。
(d) どんな決然たるストア派であったにせよ、セネカは、魂の霊性を敢然と確信していたわけではない。彼は友人の一人に書いている。「あなたの手紙は不都合なときに着きました。受け取ったときに、私は希望の宮殿をうっとりしながら散歩していました。そこで魂の不滅を確信し、何人かの偉人の論説によって快く暖められた私の想像力は、彼等が証明しているというよりも約束しているこの不死を、もはや疑いませんでした。既に私は自分自身が気に入らなくなり始め、不幸な余生を軽視し、永遠への門を喜んで開けていました。ところへお手紙が来ます。私は目覚めます。そしてこんなにおもしろい夢から私に残っているのは、それを夢と認める無念さです。」
デランド氏(*25)がその『哲学の批判的歴史』で言うには、かつて魂の不死も非物質性も信じられていなかったことの証拠は、〔ローマ皇帝〕ネロの時代、新たに〔ローマに〕導入されたあの世の教義〔キリスト教〕が、兵士の勇気を挫き、彼等を臆病にし、不幸な人々の主な慰めを奪い、最後に、この生の後の新たな苦しみで脅すことで、死を二重にする、とローマで非難されたことである。
<聖イレナエウス(*26)は、魂は気息だと言った。「実際生ハ息デアル。」『異教神学』参照。
テルトゥリアヌス(*27)は、その『霊魂論』において、魂が物質的であることを証明している。第7章268頁。
聖アンブロシウス(*28)は、物質的構成を免れているのは、聖三位一体しかない、と教えている。『アブラハムについて』。
聖ヒラリウス(*29)は、すべて創られたものは物質的である、と主張している。『マタイ伝注解』633頁。
ニケーアの第二公会議でも、物質的な天使がまだ信じられていた。だからそこで、「物質的デアルガユエニ天使ハ描カレ得ル」というテッサロニケのヨハネ(*30)のあの言葉を読んでも躓きにはならなかった。
聖ユスティニアヌス(*31)とオリゲネス(*32)も、魂は物質的だと信じていた。彼等はその不死性を、純粋な神の恩寵とみなしていた。あの期間が終われば、悪人の魂は無になるであろうとも言っていた。「その本性からして寛大に傾く神は、それらを浄化することに飽きて、自らの善行を取り戻すであろう。」>
(e) デカルトの公理に執着し、明証性にだけ従うことは不可能であろう。毎日この公理が学校で繰り返されるのは、それが完全に理解されてはいないからである。もしそう言ってよければ、デカルトが明証性の宿屋に目印をおかなかったので、各人が自分の臆見をそこに宿らせる権利があると思っているからである。本当に明証性にしか赴かない者は、ほとんど自分自身の実在しか確信しないであろう。どうして彼は、たとえば物体の実在を確信するであろうか。神はその全能によって、対象の現前がひきおこすのと同じ印象を、〔現前しないときも〕私達の感官につくることができないであろうか。ところで、もし神にそれができるなら、彼がこの点で自分の能力を使うことがないと、そして宇宙全体がまったくの仮象ではないと、どうして断言するのか。しかも、夢の中で私達が、対象が現前するときに体験するのと同じ感覚に刺激されるならば、私達の生が長い夢ではないと、どうして証明するのか。
私は物体の実在を否定しようというのではなく、それについては、私達自身の実在ほど確かでない、ということを示したいだけである。ところで、真理は分割できない一点であるから、ある真理について、「それがより多くあるいはより少なく真である」ということはできないから、もし私達が、自分自身の実在を物体の実在以上に確信しているならば、物体の実在は、したがって一つの蓋然性であり、それは疑いなくきわめて大きな、そして行為においては明証性に匹敵する蓋然性であるが、それでも蓋然性にほかならない。ところで、私達の真理のほとんどすべてが蓋然性に還元されるならば、蓋然性の、したがって各々の臆見に認められるべき信のいろいろな程度すべてが正確に記入されているような、自然学、形而上学、道徳学、政治学の一覧表(*33)をつくることを任務とするような天才には、どれだけ感謝すべきであろうか。
たとえば、物体の実在は、自然学の一覧表において、確実性の第一の程度に位置するであろう。続いてそこで決定されるのは、太陽があした昇ること、十年後、二十年後等に昇ることはほとんど確実なこと、である。道徳学あるいは政治学の一覧表においては、同様に確実さの第一の程度におかれるのは、ローマやロンドンの実在であり、続いてカエサルや征服者ウィリアム(*34)のような英雄の実在である。このようにして蓋然性の梯子を降りて行き、最も確実さの少ない事実に至り、ついには、いわゆるマホメットの奇跡まで、多くのアラブ人によって証言されているが、しかしそれが虚偽であることは、嘘つきがこんなに多く奇跡がこんなに稀なこの世では、きわめて確かである(*35)。
そこで、ふつう自分の臆見に付与する信の程度を表現するのに適したしるしをみつけられないことによってだけ意見が違う人々は、〔この一覧表があれば〕自分の観念をより容易に伝え合うであろう。なぜなら彼等は、私流の表現で言えば、いつでも自分の臆見を、あの蓋然性の一覧表のいくつかの番号に関係させることができようからである。
精神の歩みはいつも遅く、諸学問における諸々の発見は、ほとんどいつも、互いに遠くにあるので、蓋然性の表が一度つくられれば、そこには軽い順次の変更を加えるだけでよい、と感じられるが、この変更は、これらの発見にしたがって、私達が真理と呼ぶ、多かれすくなかれ蓄積された蓋然性にほかならない、ある種の命題の蓋然性を増減することにある。この方法によって、大部分の人の自尊心にとってたえず耐え難い疑いの状態は、より忍びやすくなろう。そのときには疑いは漠然としたものであることをやめるであろう。計算に服し、したがってまた評定可能なので、それは肯定的命題に転ずるであろう。そのとき、「選バレタ哲学」という名を与えられていたがゆえに勝義の哲学とみなされてきたカルネアデス学派(*36)は、あの軽度の欠陥から、浄められよう。無知で喧嘩好きの人々はこの欠陥を、あまりに厳しくとがめてきたのであるが、この哲学の教義は、精神を啓発するのにも、習俗を和らげるのにも、等しく適していたのである。
この学派が、自らの原理に従って、真理を認めなかったとしても、少なくとも外観〔真理らしくみえること〕は認めるのであり、それが望んだことは、この外観に基づいて自分の人生を統べること、検討するよりも行うほうが適するように思われるときには行うこと、その時間があるときにはじっくり熟慮すること、したがってより確実に決定すること、そして自分の魂の中に、独断家たちは閉ざす入り口を、新たな真理のためにいつでも開けておくことである。また望んだことは、自分の臆見への確信をより少なくすることであり、他人のそれを断罪するのによりゆっくりすることであり、したがってより社交的になることである。最後に、疑いの習慣が、異論に対して過敏にならないようにさせることで、人々の間の憎しみの大きな芽の一つを摘むことである。〔ただし、〕他の秩序の真理である啓示された真理は、ここでは問題にしていない(*37)。
【第1章 訳注】
(*1)「純粋に有機的で局所的な印象を、個体全体を触発する普遍的な印象から区別すべきであろうと私には思われる。前者は単純な感覚[sansation]にほかならない。後者は感情[sentiment]である。」(J.-J.Rousseau,Notes sur <De l'esprit>)(以下Rと略)
(*2)「そうではない。記憶は感覚を思い出す能力である。しかし感覚は、弱められても継続的に持続することはない。」(R)
(*3)はじめ<fournir>(供給する)という動詞が当てられていたが、検閲官の要求のため<occasionner>(機会を与える)という動詞に変えられた。
(*4)< >内は検閲官の要求を満足させるため、削除または変形した部分である。以下同じ。
(*5)「彼がこのことをどのように証明していくのか、私にはわからない。しかし私は、現前する対象を感ずることと不在の対象を感ずることとは、その違いをよく検討するに値する二つの働きであることを、よく知っている。」(R)
(*6)「実際そこにみいだされる。しかしまったく異なったある働きの作用によって。」(R)
(*7)「どうして感覚を呼び起こすのか。もしも感覚が、外的器官を通じて内的器官に移された印象であるのなら、内的器官の状況は、同一と想定されても無駄であろうし、外的器官の状況が欠けるので、この欠陥だけで、想起を感覚と区別するのに十分である。しかも内的器官の状況が、記憶と感覚において同一である、ということは本当ではない。さもなければ感覚の想起を感覚と区別することは不可能になるであろう。だから著者は『ほとんど』という言葉でわが身を救う。しかしほとんど同一であるところの器官の状況は、正確に同じ結果を生み出すことはできない。」(R)
(*8)「記憶は似た感覚を生み出し、感情はそうではない、という違いがあり、原因は同じでない、という他の違いがある。」(R)
(*9)「これはおもしろい! 知覚することと比較することとが同一であると軽々しく主張した後で、著者はものものしく、判断するとは感ずることだ、と結論する。結論は明晰であるように思われるが、問題なのは前件なのである。」(R)
(*10)「諸対象を認識する能力の大小が、最大ないし最小の精神をつくるのである。」(R)
(*11)「諸対象を認めることは感じることである。諸関係を認めることは判断することである。」(R)
(*12)「ここにはよく注意すべき、たいへん精緻な、そしてたいへん重大な詭弁がある。一尺と一寸との違いを感じることは一つのことである。この違い〔差〕を測ることは他のことである。第一の働きにおいて精神は純粋に受動的であるが、第二においては能動的である。思考によって寸を尺に移し、何倍になるかをみてとるために、精神における正確さをより多く持つ者は、この点で最も正確な精神を持ち、最もよく判断する者である。」(R)
(*13)「それは別のことである。なぜなら黄色と赤との比較は、黄色の感覚でも赤の感覚でもないからである。」(R)
(*14)「タブロー」[tableau]という語は多義的であり、手元の辞書では、①板、告知板、立札②(a)絵、絵画(b)眺望、場面、景色、光景(c)描写③表、一覧表、名簿、などと出ている。出てくる箇所ごとに訳しわけることも可能であるが、この観念を「古典主義的思考」の特徴を示すとする考え方(フーコー『言葉と物』)も考慮して、あえて「タブロー」のまま表記することにした。
(*15)「なんだって! 無数の観念の継続的な比較がやはり感情なのか。言葉について争ってはならない。しかし著者はここで奇妙な辞書をつくりあげている。」(R)
(*16)著者の功利主義的思想をよく示している。
(*17)「既にみたようにほかのものである。」(R)
(*18)「ここでもまたすぐ前と同様、『ほとんど』の詭弁的な使い方がある。」(R)
(*19)「この章の同様な詭弁。一から十まで。」(R)
(*20)「まったく違う。異なる二種類の働きは異なる二種類の能力によってつくられると想定することが、きわめて単純であるからである。」(R)
(*21)ビュフォン(G.L.L.de Buffon,1707-88)はフランスの博物学者。王立植物園園長。主著『博物誌』(1749-88)。
(*22)禽獣を一種の機械とみたのはデカルトである。
(*23)マルブランシュ(N.Malebranche,1638-1715)はフランスの哲学者。オラトリオ会の修道士。キリスト教とデカルト哲学を調和させようとした。主著『真理の探究』(1674-75)
(*24)ダンピア(W.Dampier,1652-1715)はイギリスの航海者、海賊。若くして東インド貿易に従事、ジャマイカの副総督になり、拿捕私船の仲間に入る。チリ、ペルー、メキシコ、グァム、フィリピン、中国等を航海。オーストラリア、ティモール、ニューギニア、ダンピア群島を探検、ロジャーズの按針長として世界一周を行い(1708-11)、ロビンソン・クルーソーのモデルになったセルカークを無人島から救出した。著書“New Voyage Round the World”(1697-1705)
(*25)デランド氏(André-François Boureau Deslandes,1690-1757)はフランスの多作家。マルブランシュと交わりオラトリオ会に入る。ロシュフォール、ブレストの海軍司令官を務める。『哲学の批判的歴史』(1737)。
(*26)イレナエウス(Irenaeus,2世紀前半)は古代の教父。リヨンの司祭。たぶん殉教した。
(*27)テルトゥリアヌス(Tertullianus,c.160-222以後)はカルタゴ生まれの神学者。三位一体論、原罪論を展開し、「不条理ゆえに我信ず」と言った。
(*28)アンブロシウス(Ambrosius): ミラノの司教(c.333-397)。
(*29)ヒラリウス(Hilarius): ポアティエの司教(c.310-367)。
(*30)テッサロニケのヨハネは、セッサロニケの大司教で、7世紀のキリスト単意論者に反対して正統派を擁護した。第三コンスタンティノープル公会議(AD.680)で活躍。
(*31)ユスティヌス(Justinus): サマリアの人。プラトン哲学を学ぶ。161年、ローマで殉教。
(*32)オリゲネス(Origenes,185-254)はギリシャのキリスト教神学者。アレクサンドレイアの教理教師学校の校長。カエサリアの司教。プラトン哲学により、聖書の寓意的解釈を始め、グノーシス主義とキリスト教の調和を図った。
(*33)一覧表:原語はtable。訳注(*14)参照。
(*34)征服者ウィリアムはイギリス・ノルマンディー朝の祖ウィリアム1世(William,c.1027-87)。
(*35)マホメットの奇跡云々:ルソーは抜き書きをしているが評言はなし。なお、ここで著者が実際に念頭においているのはイエスの「奇跡」であることは、ほとんどの読者には了解できたものと思われる。
(*36)カルネアデス学派:古代の懐疑派。概して百科全書派は懐疑主義に対して比較的評価が高い。『百科全書』の項目「ピュロン主義」など参照。これに対してルソーは批判的である。
(*37)「啓示された真理」とはキリスト教のことであるが、この一文は検閲を考慮した(無駄に終わった)逃げ口上と読むべきである。仲島先生の本を紹介します。
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