第一部 第3章 無知について

 

 私達が間違えるのは、情念にひきずられて、注意を対象の一側面だけに固定して、この一面だけによって、対象全体を判断しようとするときである。私達が間違えるのはまた、自分をある題目の審判者とみなしながら、私達の記憶が、その分野で決定の正しさが依存する、あらゆる事実と比較とをもっていないときである。これは、各人が正しい精神を持たない、という意味ではない。各人は自分の目に入るものはよく見て取る。しかし、誰も自分の無知については十分に警戒しないので、ある対象において自分が見ているものが、そこに見て取れる一切であると、あまりにたやすく信じてしまうのである。

 少し難しい問題においては、無知は、私達の間違いの主要な原因とみなされなければならない。こうした場合に、自分自身に幻想を持つことがどれだけたやすいか、そして原理から常に正しい帰結をひきだす際に、人々がどのようにしてまったく矛盾する帰結に至るかを知るために、少し複雑な問題を例として選んでみよう。それは贅沢の問題であって、それに関しては、どの面から考察したかにしたがって、非常に異なる判断が下されてきたのである。

 「贅沢」という語は曖昧であり、よく規定されたどんな意味も持たず、ふつうは相対的な表現でしかないから、厳密な意味において解されたこの「贅沢」という語に、はっきりした観念を付与することが、まず必要である。そして次に、一国民との関係において、そして一個人との関係において考察された贅沢の定義を与えることが必要である。

 厳密な意味においては、「贅沢」によって、あらゆる種類の余剰を、すなわち、人間の保存に絶対に必要ではないあらゆるものを理解すべきである。文明民族と、それを構成する諸個人とが問題になるときには、この「贅沢」という語はまったく別の意味を持つ。それは絶対的に相対的になる。文明国民の贅沢とは、この国民と比べられる民族が余剰と名付けるものに、その富を用いることである。<スイスとの関係におけるイギリスの場合がそれである。>

 贅沢は、個人においては同様に、その人が国家において占める地位、そして彼が生きる国を顧慮して余剰と呼ばれるべきものに、彼がその富を用いることである。ブルヴァレ(*1)の贅沢がそれであった。

  この定義が与えられたところで、諸国民の贅沢を、ある者は国家に有益なものとして、他の者は有害なものとしてみたとき、どんな異なる観点から考察してきたのかをみてみよう。

 前者が目をつけたのは、贅沢がつくりだし、外国人が国民の産業と引き換えに自らの財を交換したがる、あの工業製品である。彼等がみるのは、富の増加がその帰結として贅沢の増加に、そして贅沢を満たすのに適した技芸の完成に導くことである。贅沢の時代は、彼等には、国家の偉大さと力の時代と思われる。贅沢が前提しまたひきつける潤沢な金銭は、国民を対内的には幸福に、対外的には恐るべきものにする、と彼等は言う。金銭によってこそ、多数の軍団を雇い、貯蔵庫を建て、武器庫を満たし、強大な君主たちと契約や同盟をし、要するに一国民がより数多い諸民族に、抵抗できるだけでなく命令もできる。贅沢が国家を対外的に恐るべきものにするのなら、どんな幸福を、対内的にもたらすであろうか。それは習俗をやわらげる。あらたな快楽をつくりだし、これを手段として無数の労働者の生活資料を供給する。人類の最も普通の、最も残酷な病の一つとみなすべきあの無気力、あの倦怠を人間から抜き取る有益な渇望を、それはひきおこす。いたるところで活気づける熱を広げ、国家のあらゆる成員の中に生命を循環させ、産業をめざめさせ、港を開かせ、そこに船を導き、それらに大洋を横断させ、そしてついには、吝嗇な自然によって海洋の淵、大地の底に閉じ込められ、無数の異なる気候帯に散らされていた産物と富とを、あらゆる人の共有にする。ほぼ以上が、思うに、それを国家に有益と思う人に、贅沢が現れる視点である。

  いまやそれを国民に有害とみなす哲学者に、贅沢が現れる視点を検討しよう。

 一民族の幸福は、対内的に享受している至福と、対外的に受ける尊敬とに依存する。

 第一の対象に関しては、贅沢とそれが国家にひきよせる富とは、もしその富が、これほど不平等に分配されるのでなければ、そして各人が貧しさのために断たざるを得ない便益を得ることができるなら、国民を豊かにするであろうにと我々は考える、とこうした哲学者たちは言うであろう。

 それゆえ贅沢が有害なのは贅沢としてではなく、単に、公民の富の間の大きな不均衡の結果としてである(a)。だから、富の分配があまりに不平等でないときには、贅沢はけっして極端ではない。それは富が少数者の手中に積み重なるにしたがって増大する。国民が、一方は余剰に富み、他方は必要品に欠ける二つの階級に分かれたとき、それはついに最後の点に達する。

 ひとたびこの点に達すると、国民の状態は癒し難いだけにいっそう残酷なものとなる。そのときにはどのようにして、なんらかの平等を公民の財産の中に再興するのか。富んだ人間は、大きな所領を買っているであろう。隣人たちを邪魔して利益が得られるので、彼はわずかの間に、無数の小さな所領を自分のまわりに集めているであろう。地主の数は減り、日雇い人の数は増えたであろう。仕事よりも労働者のほうが多くなるのに十分なほど後者が増えたときには、そのときには日雇い人〔の運命〕は、あらゆる種類の商品の流通に従うが、その価値は、商品が一般的であるときには減るのである。しかも、富以上の贅沢を持つ富んだ人間は、日当を下げること、日雇い人の生活資料に絶対に必要な支払いしか提供しないことに利害関心を持つ(原注b)。必要が後者に、それだけにすることを強いる。しかしもし、なんらかの病気が、あるいは家族の増加などが彼を襲うならば、健全な、あるいは十分に豊かな食物がないので、彼は虚弱になり、死に、そして乞食の一家を国家に提供する。こうした不幸を防ぐためには、土地の再分配に頼らなければならないであろう。いつでも不当で、実行不能な分配に。それゆえ、贅沢がある地点に達したら、公民の財産の間にどんな平等を再興することも不可能なのは、あきらかである。そのときには金持ちと富とは、快楽と贅沢の技芸とが彼等をひきつける首都へと向かう。そこで田野は未耕で貧しいままとなる。七・八百万の人間が貧困の中で呻き(c)、五・六千の人間が、彼等をより幸せにすることなく憎むべきものにする富裕の中で生きる。

 実際、人の幸福に、彼の食事の卓越の程度が、何を付け加えられようか。そうひどくもないすべての料理をすばらしいと思うには、空腹を待ち、彼の料理人の味付けの悪さに、運動や散歩の長さをつりあわせることで十分ではあるまいか。しかも、粗食と運動とは、美食によっていらだつ大食がひきおこすあらゆる病気を、追い払ってはくれないであろうか。それゆえ幸福は、食事の卓越にはない。

 それはまた、服や身なりの立派さにも依存しない。刺繍した衣服で包まれ、輝かしい馬車を伴って公衆の面前に現れても、唯一現実的な快楽である身体的快楽は体験されない。せいぜいのところ、虚栄心の快楽を感じるだけであって、その喪失はたぶん耐え難いが、その享受は味気無い。自分の幸福を増すことなく、金持ちの人間は、自分の贅沢をみせびらかすことで、人間愛と不幸な人を傷つけるだけであり、後者は、貧困のぼろきれと富裕の服とを比べ、金持ちの幸福と自分の幸福との間には、両者の服の間に劣らぬ違いがあると思い込む。彼はこの機会に、耐えなければならない苦痛の苦い思い出を甦らせる。そして自分が、不幸な者の唯一の気休め、自分の悲惨の一瞬の忘却をこうして奪われていると思うのである。

 これらの哲学者たちは続けるであろう。それゆえ、贅沢は誰の幸福もつくりださない、と。そして、公民の間のあまりに大きな不平等を前提すると、贅沢は、彼等の間の最大多数者の不幸を前提することになる、と。贅沢が導入される民族は、それゆえ対内的に幸福でない。では対外的に尊敬されるかどうかをみてみよう。

 贅沢が一国家にひきよせる潤沢な金銭は、まず想像力に尊敬の念を起こさせる。この国家は、ある場合には、強力な国家である。しかしこの利点は、(なんらかの利点が公民の幸福から独立して存在し得ると想定して、)ヒューム(*2)氏が認めるように、一時的な利点にすぎない。無数のいろいろな地方の浜を洗っては去る海洋によく似て、富は無数のいろいろな風土を次々に経巡らざるを得ない。その製品の美しさと、贅沢の技芸の完全性とによって、一国民が隣接する諸民族の金銭をひきよせたときには、商品と手工業品との価格は、貧しくされた諸民族の下で安くならざるを得ないのは明らかである。そしてこれらの民族は、製造業者や労働者を、この国民から奪うことで、今度はその国に、この国民が自分たちに供給していた商品をより安く供給することで、その国民を貧しくすることがある(d)。ところで、金銭の欠乏が、贅沢に慣れた国家の中で感じられると、国民は軽蔑の中に落ち込む。

 そこからのがれるためには、単純な生活に近づかなければなるまい。そして習俗が、法律同様それに対立する。だから、一国民の最も贅沢な時代は、ふつうその転落とその堕落に最も近い時代である。贅沢が伝える外見上の至福と権力とは、ある期間は、諸国民にとって、激しい熱が病人を襲うが、そのため興奮状態において信じられない力を付与されることに比べられる。そしてそれは、人の力を増すようにみえるが、その結果はひとえに、その過剰が衰えると、まさにこの力と生命とを、彼から奪うことである。

 さらにこれらの哲学者たちは言うであろう。この真理を確信するために、一国民をその隣人に対して真に尊敬させるはずのものは何かを探求しよう。それは異議なく、その公民の数と力、祖国に対する彼等の愛着、そして最後に、彼等の勇気と徳である。

 公民の数に関しては、周知のように、贅沢の国は最も人口が多いわけではない。また同じ広さの耕地においては、スイスはスペイン、フランス、そしてイギリスよりも多くの人口を数えることができる。

 大きな通商(e)が必然的にひきおこす人々の消費〔損傷〕は、そうした国においては、人口減少の必然的な原因ではない。贅沢は無数の他の原因をつくりだすが、なぜならそれは富を首都にひきつけ、田舎を貧困のままにし、専制的権力を、したがって援助金の増大を助長するからであり、最後にそれは、富裕な国民に、負債を容易に負わせるが(f)、重税で民衆を苦しませることなしには、それを解消することはできない。ところで、人口減少のこうしたいろいろな原因は、国全体を貧困に投げ込み、諸団体の構成を必然的に弱めざるを得ない。贅沢に溺れる民族は、けっして丈夫な民族ではない。その公民のうち、ある者は柔弱になって萎縮し、ある者は欲求によって衰弱する。

 もし未開の、あるいは貧しい諸民族が、シュヴゥリエ=フォラール(*3)の認めるように、贅沢に耽る諸民族に対して、この点で大きな優越を持つならば、それは貧しい諸国民において、富裕な諸国民においてよりも、耕作者がしばしばより豊かだからである。スイスの農民は、フランスの農民よりも気楽だからである(g)。

 丈夫な体をつくるには、単純だが、健康的で十分に豊かな栄養を必要とする。過度になることなく、強い訓練を必要とする。季節の不順に耐える大きな習慣を必要とするが、これは、この理由で、大部分が屋内の生活に慣れている製造業者よりも、戦争の疲れをはるかにもちこたえやすい農民が身につける習慣である。諸々の帝国の運命を変える疲れをしらぬあの軍隊が形作られるのも、貧しい諸国民においてである。

 これらの国民に対してどんな城壁を、贅沢と柔弱に耽っている国民が対置するであろうか。後者は前者に対して、その住民の数によっても力によっても尊敬の念をおこすことはできない。祖国への愛着が、公民の数と力とを補い得る、と言われよう。しかし何がこれらの国において、祖国へのあの有徳な愛を生み出すであろうか。それだけで各国民の三分の二を構成する農民の階級は、そこにおいて不幸である。職人の階級は何も持たない。自分の村から製造所や店へ、そしてこの店からあの店へと移されて、職人は移転の観念に慣らされる。彼はどの場所にも愛着を抱けない。ほとんどいたるところで自分の生活資料を確保するので、彼は自分を、ある国の公民としてではなく、世界の住民としてみなさざるを得ない。

 それゆえこうした民族は、長い間その勇気によって卓越することはできない。なぜならある民族において、勇気はふつう、身体の活力、身をさらしている危険の半分を人々から隠す、自分の力へのあの盲目的な信頼の結果であるか、危険をなみさせる祖国への激しい愛の結果であるか、いずれかだからである。ところで贅沢は、長期的には、勇気のこの二源泉を涸らしてしまう(h)。たぶん貪欲が第三の源を開くであろう。もし私達が、諸民族を隷属させ、諸都市を略奪されるがままにしたこの野蛮な時代の中で、なおも生きるのであれば。兵士はもはや今ではこの動機によって刺激されないので、名誉と呼ばれるため以外には勇敢になり得ない。ところで名誉への欲望は、ある民族において、富への愛が点火されると<消える>弱まる(i)。富んだ国民は、少なくとも、徳と勇気とにおいて失うものを幸福と快楽とにおいて得る、と言っても無駄である。〔貧しい〕スパルタ人は(k)〔富んだ〕ペルシャ人に劣らず幸せであった。その勇気がいくつかの財物の贈与によって報われていた初期の〔貧しい〕ローマ人達は、〔大富豪〕クラッススの境遇をけっして羨まなかったであろう。

 元老院の命令で、毎晩家まで、松明の火と笛の音で送られたガイウス=ドゥイリウス(*4)は、私達が今日一番すばらしいソナタに感じるのに劣らず、この粗野な協奏曲に感動していた。しかし、富裕な諸国民が、貧しい民族には知られていないいくつかの便益を得ることを認めるにしても、誰がこうした便益を享受するであろうか。少数の特権的な金持ちが、自分を国民全体と解して、自分たちの特殊な安楽から、農民は幸せだと結論するのである。しかし、たとえこれらの便益がより多数の公民の間に再分配されるとしても、この利点は、貧しい民族において、強く、勇敢で、隷属の敵たる魂がもたらす利点に比べれば、どんな価値を持つのか。贅沢が導入される国民は、遅かれ早かれ専制の犠牲となる。そうした国民は、そのひ弱な手を、暴政がかけようとしている鎖の前に差し出す。どうしたらそれを防げるか。こうした国民においては、ある者は柔弱の中で生きるが、柔弱は現在のことも将来のことも考えさせない。他の者は貧困の中でやつれている。そしてさしせまった必要が、それを満たすことで心をすっかりとりこにして、自由にまで目を向けることを許さない。専制政体においては、これらの国民の富は彼等の主人のものである。共和政体においては、それは彼等に隣接する勇敢な民族としての、強力な人々に属する。

 ローマ人は、カルタゴ人に言い得たであろう。「おまえたちの宝を持って来い。それは我々のものだ。ローマとカルタゴとは、どちらも富むことを望んだが、この目標に達するために異なる道をとった。おまえたちがその公民の産業を奨励し、製造所を設置し、海を船でいっぱいにし、無人の海岸を認めに行き、スペインとアフリカの金すべてを持ち帰っていた間、我々は、もっと用意周到に、我々の兵士を戦争の疲れで鍛え、その勇気を高めていたが、〔というのも〕我々は、勤勉な者が働くのは、ただ勇敢な者のためにであるのを知っていたのだ。享受するときがきた。おまえたちが守れない財産を、我々によこせ。」もしローマ人がこうした言葉を言わなかったにしても、少なくとも彼等の行為は、こうした言説が前提する意見に、彼等が影響されていたことを証明する。どうして貧しいローマは、富めるカルタゴに命令し、この点で、ほとんどあらゆる貧しい国民が富裕な国民に対して持つ利点を保つことをしなかったであろうか。質素なラケダイモン〔スパルタ〕が、富んだ商業国アテネに勝利するのがみられなかったであろうか。ローマ人が、アジアの金の王杖を次々と踏み付けるのがみられなかったであろうか。エジプト、フェニキア、シリア、シドン、ロドス、ジェノヴァ、ヴェネチアが、それらが野蛮人と呼ぶ民族によって服属させられ、あるいは少なくとも屈服するのがみられなかったであろうか。そしていつか、対内的にはスイスほど幸福でない富めるオランダが、より強力な敵に対立するのがみられないかどうか、誰が知っていよう。以上の視点が、それを国民に有害とみなした哲学者に対して、贅沢が現れるものである。

 いま言ったことの結論は、人々は、自分がみるものはしっかりとみてとり、原理からその正しい帰結をひきだすが、しかししばしば矛盾した結果に至る、ということである。なぜならば彼等は記憶の中に、求めている真理がそこから帰結すべき比較のあらゆる対象を持っているわけではないからである。

 思うに、贅沢の問題を二つの異なる観点の下に提出して、それが国家に本当に有害か無害かを、私は決定するつもりはない、と言うことは無益であろう。この道徳的問題を正確に解決するためには、私が企てている目的には疎遠な細目に立ち入らざるを得ないであろう。この例によって私が証明したいと思ったのはただ、複雑な問題において、情念なく判断される場合に間違いが起こるのは、ただ無知のためである、すなわち、対象において自分がみている側面が、まさにこの対象においてみるべきすべてであると想像することによってである。

 

【第3章原注】

(a)贅沢は金銭を流通させる。吝嗇はそれを金庫に積み重ねさせようが、そこからひきだすのが贅沢である。それゆえ公民の財産の間の均衡を立て直すのは贅沢である、という人もいる。この理屈への私の答えは、贅沢はこの効果を生み出さない、というものである。それは常に、公民間の富の不平等の一原因を前提している。ところで、最初に富者たちをつくったこの原因は、贅沢が彼等を滅ぼしたとき、いつでも新たな富者たちをつくりだす。富の不平等のこの原因が破壊されるならば、それとともに贅沢も消えるであろうが。公民の財産がほとんど平等な国では、贅沢と呼ばれるようなものはない。いま言ったことに付け加えれば、富のこの不平等がひとたび確立されると、贅沢自体が、部分的に、贅沢の永続的再生産の原因となる。実際、自分の贅沢で滅ぶ人はみな、自分の富の最大部分を、贅沢品職人の手中に移す。後者は、無数の乱費者からまきあげて、今度は自分が金持ちになり、同じやり方で身を滅ぼす。ところで、あれほどたくさんの財産の瓦礫のうち、田舎の富から逆流するのはその最小部分でしかあり得ないが、なぜなら人々が日常使うための土地の産物は、けっしてある価格を越えることができないからである。

 まさにこの産物も、製造業に渡り工業で用いられたときには、こうはいかない。そのときには気まぐれが与える価値しか持たず、その価格は過大になる。それゆえ贅沢は、金銭を常に贅沢職人の手中に戻さざるを得ず、常に同じ階級において循環させ、常にこの手段で公民間の富の不平等を保たせざるを得ない。

 (b)田舎は賦役、課税、とりわけ人頭税によって滅びると一般に信じられている。課税がきわめて過重であることを、私はすすんで認めよう。しかし、この税の廃止だけで、農民の状態がとてもよくなると想像してはならない。多くの地方では、日当は8スーである。ところで、この8スーから、教会の課税を、すなわち約90日の祝祭日を、そしてたぶん、労働者に仕事がなくて使われないか、賦役に使われる年30日を差し引くならば、一日6スーしか残らない。彼が少年ならば、6スーで衣食住の彼の支出に足りる、ともできよう。結婚すると、この6スーではもはや彼には足りない。なぜなら、最初の数年は、妻はこどもらに授乳したり面倒をみたりで手一杯で、何も稼げないからである。そのときには彼の人頭税全部、すなわち5ないし6フランが減免されると想定しよう、一日1リアル〔4分の1スー〕よけいに支出できるのと同じことになる。ところでこの1リアルは、確かに焼け石に水であろう。状況をよくするには、いったいどうすべきなのか。日当の価格をかなり上げることである。このためには、領主たちがその土地に暮らすのが習慣となるべきであろう。すなわち父祖たちに倣って、彼等はその下僕たちの奉仕を、土地の数アルパンの贈与によって報いるべきであろう。〔そうすれば〕地主の数がしらずしらずに増えるであろう。日雇いの数は減るであろう。日雇いがより稀になれば、その労苦はより高い価格を得るであろう。

 (c)贅沢と政治〔polis〕とを誇る国々が、大多数の人々が、文明〔policé〕国民からあんなに軽蔑されている未開諸国民よりも不幸であることは、実に奇妙である。未開人の状態が農民のそれよりも望ましいことを、誰が疑うであろうか。未開人は、農民と違って、牢獄や過重な税や、領主の苛斂誅求や代官の専制やを恐れなくてよい。彼は自分よりも金持ちで力のある人々を毎日目の前にして、いつでも卑屈になり、愚かになることはない。目上のものも隷従もなく、農民よりも丈夫で、より幸せであるので、平等という幸福を、そしてとりわけ、大部分の国民があれほど空しく要求している、自由というはかりしれない利益を享受している。

 文明諸国民においては、立法の技術はしばしば、無数の人々を、少数者の幸福に協力させ、このために大衆を抑圧し続け、人類のあらゆる権利を彼等に対して侵害することにあるに過ぎない。

 しかし、立法の真の精神は、一般的幸福にだけ携わらなければなるまい。この幸福を人々にもたらすには、たぶん彼等を牧者の生活に近づけなければなるまいし、たぶん立法における発見は、この点で、はじめに出発した点〔未開状態〕に私を戻すであろう。これほど微妙で、最も深い吟味を求めるような疑問を、私は決定しようとは思わない。しかし私はうちあけるが、少なくとも公共の利益という口実の下に設立された政府のあれほどいろいろな形態、あれほど多くの法律、あれほど多くの規則が、大部分の民族の下では、人々の不運の道具でしかなかったことは、実に驚くべきことである。たぶんこの不幸から逃れ得るためには、限りなく単純な習俗に戻るしかあるまい。そのときには、苦痛なしには離れられない無数の快楽をあきらめなければなるまいと私は感じるが、しかしこの状態は、一般的利益がそれを求めるならば、一つの義務であろう。幾人かの個人の極度の至福は、最大多数の不幸に常に結び付いていると疑う権利さえ、あるのではなかろうか。未開人に関する次の二行によって、十分巧妙に表現されている真理である。

  彼等の下ではすべてが共有、すべてが平等

  彼等は宮殿を持たないように、病院を持たない

(d)贅沢商品の通商について言うことが、あらゆる種類の通商に適用されてはならない。贅沢品の製造と技芸の完成とが国家にひきよせる富は、一時的であるに過ぎず、諸個人の幸福を増やさない。第一の必要物と呼ばれる商品の通商がひきよせる富の場合はそうではない。この通商は、土地の高度な耕作、まさにこの土地の無数の小領域への分割、したがってまた富のずっと不平等でない分配を想定する。農作物の通商も、ある期間の後では、公民の財産の間の非常に大きな不均衡をひきおこし、贅沢という帰結をもたらさざるを得ないことは、よく知っている。しかしたぶんこの場合は、贅沢の進歩をとどめることは不可能ではない。少なくとも確言できるのは、より少数者の手中への富の集中は、そのときにはもっとずっと遅く行われ、また地主の数がより多く、日雇いの数がより少ないので、後者はより稀になり、前の注で述べたように、法を与え、日当に課税し、自分たちと家族をまっとうに生活させるに十分な支払いを要求することができる、ということである。このようにしてこそ、農作物の通商が国家にもたらす富に、各人が寄与することになる。さらに付け加えたいのは、この通商は、贅沢製品の通商と同じ革命にはさらされていない、ということである。ある技芸、一つの製品は、一国から他国へと簡単に移る。しかし、農民の無知と怠惰とにうちかち、彼等を説得してあらたな農作物の耕作へと専念させるには、どれだけの時間が必要であろうか。ある国でこの新たな農作物を根付かせるには、それが自然に生長し長い間耕作されてきた国に、この点で通商の利点をほとんど常に委ねざるを得ない、配慮と支出とが必要である。

 しかし、製造業の設置と贅沢の技芸の通商が非常に有益とみなされる、たぶん想像上の場合が一つある。それは一国の広さと土地の豊かさとが、その住民の数につりあっていない場合、つまり、国家がその公民すべてを養えない場合である。そのとき、アメリカのような地方に植民することもできない国民としては、とるべき方策は二つある。一つは、植民団を送って隣の地域を荒らし、いくつかの民族のように、身を養えるほど豊かな地域に武力でいすわることである。もう一つは、製造業をおこし、隣接諸国民に商品を無理やり売り付け、ある数の住民の生活資料に必要な農産物を、それとひきかえで得ることである。この二つの方策のうち、後者のほうが異議なくより人間的である。武力の結果が勝利であれ敗北であれ、武装して一地方に入る植民団はみな、力よりも人間愛によって求められる一種の貢物の徴収がひきおこし得るのよりも、確かにより多くの荒廃と災厄とを、そこに広げるのである。

 (e)しかし、人々のこうした消費はとても大きいので、アメリカとの通商が想定する消費〔人的損失〕のことを考えると、身震いせざるを得ない。万人への愛を求める人間愛は、黒人売買において、捕虜を得たいという希望と、それを私達の商品と交換したいという欲望とが、戦闘で生み出す、私の同国人の死も、あれほど多くのアメリカ人の死も、不幸な人々の列に等しく入れることを求める。戦争によって、またアフリカからアメリカへの横断において死ぬ人々の数を算定すれば、また自分の行き先に着き、主人の気まぐれ、貪欲、そして専制権力の犠牲になる黒人の数を、そしてこの数に、〔船〕火事、洪水、または壊血病で死ぬ公民の数を、最後に、サント=ドミンゴ(*5)に滞在中、この地の風土に特有な熱による病気や、この地方ではいつも非常に危険な、放蕩の結果によって死ぬ船員の数を加えるならば、人血に染まらぬ砂糖はヨーロッパには一樽も来ない、と認めるであろう。ところでどんな人が、この農作物の栽培と輸出がひきおこす不幸を目にすれば、これを断つことを拒み、これほど多くの不幸な人々の涙と死とによって贖われた快楽を諦めないであろうか。こんなに忌まわしい、そして人類のあまりの恥辱と恐怖を生み出す光景から、私達の目をそらそう。

 (f)オランダ、イギリス、フランスは債権国である。スイスには債務がない。

 (g)グロティウスは言った。「民衆が、生命と生活のために絶対に必要な事物を持つだけでは十分ではない。楽しみも持たなければならない。」

 (h)したがって、尚武の精神は通商の精神とは両立しない、と常にみなされてきた。それは両者を、少なくともある点までおりあわせることもできない、ということではない。しかし、政治学において、この問題は解決が最も難しいものの一つだ、ということではある。いままで通商に関して書いた人々は、それを孤立した一問題として扱った。彼等は十分強くは感じなかったのである。光あるところには影がある、ということを。この分野では、著者の仕事は、行政のあらゆる分野をおりあわせることにあることを。そして最後に、国家というものは、いろいろなばねによって動く機械であり、そのばねの力は、相互の働き具合に応じて、また生み出したい結果に応じて増減しなければならない、ということを。

 (i)贅沢はこの点で、島国よりも大陸の国民により危険である、と知らせることは無益である。島国の防壁はその船であり、兵士はその船員である。

 (j)ある日、人がアルキビアデス(*6)の前で、スパルタ人の勇気を賛美した。彼は言った。「何に驚く必要がある。彼等は不幸な生をおくっているから、死ぬ以外に急いですることはないじゃないか。」この冗談は、贅沢の中で育てられた若者のそれである。アルキビアデスは間違っていた。ラケダイモン〔スパルタ〕は、アテネの幸福を羨んでいなかった。そのためあるスパルタ人は言っている。シバリス人(*7)のように、森の木陰で生きるよりも、スパルタ人のように、よい法という大樹の下で生きるほうが快い、と。

 

【第3章訳注】

*1)ブルヴァレ(P.P.de Bourvalais,?-1718):フランスの徴税請負人。戦時の納入で財を築いた。

*2)ヒューム(David Hume1711-76):イギリスの哲学者・歴史家。著書に『人性論』『道徳政治論』『英国史』など。

*3)フォラール(J.-Ch.Folard1669-1752):はじめフランスの士官としてルイ14世末期の戦争に参加、のちスウェーデン王に仕える。

*4)ドゥイリウス(C.N.Duilius):古代ローマの政治家・将軍。前260年、ポエニ戦争のとき、統領として海戦の初勝利をもたらした。

*5)サント=ドミンゴ:西インド諸島のイスパニオラ島の町。現在ドミニカという国に属する。

*6)アルキビアデス(Alkibiadesc.BC.450404):アテナイの将軍・政治家。ソクラテスの徒であったが、名と富と美貌に恵まれ、我が儘かつ傍若無人に暮らした。政治家としては日和見主義の典型。

*7)シバリㇲはアカイア系ギリシャ人の植民市として、前720年頃、イタリアのタレントゥム湾岸に建設され、貿易の中心となり、繁栄と贅沢で知られた。前510年頃、クロトンによって破壊された。
2015/05/04 02:07 2015/05/04 02:07
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