精神論

                                  エルヴェシウス著・仲島陽一訳

 

  第二部 第3章 一個人との関係における精神について

 

 私がいま〔前章で〕行為に適用した原理を、今度は観念に移してみよう。各個人が「精神」という名を与えるのは、教えられるものとしてであれ快いものとしてであれ、自分に有用な観念の習慣にだけであることを、認めざるを得ないであろう。そしてこの新たな観点でも、個人的利害だけがやはり人々の価値の唯一の判定者である、と認めざるを得ないであろう。

 私達に現れる観念はみな、私達の状態、情念、あるいは意見と、常になんらかの関係をもっている。ところで、これらのいろいろな場合すべてにおいて、私達はこの観念が自分に有用であればあるほどいっそう尊重する。水先案内人、医者、技師は、船大工、植物学者、機械学者を、本屋や金銀細工師や石工がまさにこれらの人に対してそうするよりももっと尊重するであろうし、後者のような人々は、むしろ常に小説家、図案家、建築家などのほうを好むであろう。

 私達の情念や好みに、益するあるいは害するのに適した観念が問題になると、私達が見て最も尊重するのは、異議なく、まさにこの情念あるいは好みを最も喜ばせる観念であろう(a)。やさしい女性は、形而上学の本よりも小説のほうを尊重するであろう。〔スウェーデン王〕カール12世のような〔武勇の君主たる〕人であるならば、〔マケドニア王〕アレクサンドロスの歴史を他のあらゆる著作よりも好むであろう。貪欲な者はきっと、自分の金を最大の利子で預ける手段を教えてくれる者にだけ、精神〔才気〕をみいだすであろう。

 意見についても、情念についてのように、他人の観念を評価するには、それを評価することに利害関心がなければならない。これに関して私は、この最終的な点では、人々は二種類の利害関心に動かされることを観察するであろう。

 高貴で啓発された自尊心に動かされる人々もおり、彼等は、真理の友で、自分の見解に頑固にしがみつくことなく、自分の精神に、新たな真理が自由に入れるようにする、あの保留状態を保っている。この中に入るのは、幾人かの哲学的精神〔の持ち主〕や、若すぎて意見を形成していないか、赤面せずに意見を変えられる幾人かの者たちである。この二種類の人々は、他人の中にある、そして啓発された自尊心が真実に対して与える情念を満足させるのに適した、真実で光に満ちた観念を、常に評価するであろう。

 別の人々もおり、この中に私はほとんどすべての人を包括するが、彼等は、これほど高貴ではない虚栄心に動かされている。彼等は他人の中において、自分の観念にふさわしい(b)、そして彼等みなが自分の精神の正しさについて持つかいかぶった意見を正当化するのに適した観念しか評価できない。彼等の愛憎の基礎は、観念のこうした類比におかれている。ほとんどすべての凡庸な人々が、功績ある人々を敬遠する際の、確実で迅速な本能はここから生じるのである(c)。才気ある人々が互いに抱くあの強力な魅力は、ここから生じるのである。それはいわば彼等をして、その交際の中で、彼等が栄光に対して持つ共通の欲望がしばしばもたらす危険にもかかわらず、互いに求め合わないではいられなくする魅力である。ある人の性格と精神〔才気〕とを、本や友の選択によって判断する、あの確実なやり方がここから生じる。実際愚か者には愚かな者しかいない。友情の結び付きはみな、もしそれが礼節、愛、保護、貪欲、野心、あるいは何か他の似た動機に基づくのでないときには、二人の間の観念または感情のなんらかの類似を常に前提する。そのことによってとても異なった身分の人々が接近する(d)。それゆえ〔ローマ皇帝〕アウグストゥス、マエケナス1)、スキピオ2)、ユリアヌス3)、〔フランス宰相〕リシュリュー、コンデ4)といった人々は、才人とともに親しく生きたのであり、「君が付き合う人を言ってくれ、そうすれば君が何者か告げよう。」という、些細であるが真理を述べている格言を根拠づけている。

 それゆえ、観念と意見の類比、あるいは合致は、人々を互いに遠ざけ、あるいは近づける引力的、あるいは斥力的な力として考察されなければならない(e)。啓示の光によって照らされていないので、理性の光にしか従うことのできない哲学者を、〔イスラム教の都市〕コンスタンティノープルに移してみよ。この哲学者がマホメットの使命と、この預言者の見神といわゆる奇跡とを否定するとしよう。よきイスラム教徒と呼ばれる人々が、この哲学者を遠ざけ、彼を見て恐れ、彼を愚か者、不敬虔な者、そしてときには不誠実な者としてさえ扱うことを誰が疑うであろうか。こうした宗教においては、自分自身が目撃者でない奇跡を信じることは不条理であり、奇跡よりも嘘のほうがいつもありそうなことだ、と言っても無駄であろう(f)。奇跡をあまりにたやすく信じることは、神よりもむしろ詐欺師を信じることである。もし神がマホメットの使命を告げようとしたのならば、彼は、最も訓練されていない理性の持ち主にさえ、あれらの奇跡を滑稽なものにしなかったであろう、<彼は、預言者の声で、星辰を天空から離したり、諸元素を転覆したり等々のような、誰の目にもみてとれる奇跡を行ったであろう、>と思ってみても無駄であろう。この哲学者が自分の不信心についてどんな理由を持ち出しても、彼がこれらの善良なるイスラム教徒のところで、賢く誠実という評判を得るには、不条理な事柄を信じるほど愚かになるか、それを信じているふりをするほど欺瞞的になるかする以外にあるまい。人々が他人の意見を判断するのは、それが自分の意見に対して持つ合致によってだけだということは、これほど真実である。だから愚か者は愚かなことによってしか説得できない。カナダの未開人が、ヨーロッパの他の民族よりも私達〔フランス人〕を好むのは、私達が彼等の習俗や生活ぶりによりいっそう肩入れするからである。彼等がフランス人に対して、「これは俺とおんなじ人間だ」と言ってすばらしく褒めていると思い込むのは、こうした好みのためである。

  習俗、意見、観念に関して、それゆえ人が他人の中で評価するのは常に自己であるようにみえる。そのためにカエサルやアレクサンドロスや一般にあらゆる偉人たちは、常に他の偉人たちを、自分たちの階級に属する者として持ったのである。ある君主が有能であれば、手に王杖を持つ。彼が王座に昇るや否や、あらゆる地位がすぐれた人々に占められているのがみいだされる。この君主は彼等を形成したのではなく、偶然に集めてきたようにさえ思われる。しかしその精神が自分と類比的な人々しか尊重せず、彼等だけを要路にとりたてざるを得ないので、この理由から、よい選択を行うことが常に必然なのである。ある君主は反対にほとんど啓発されていない。まさにこの理由から、自分に似た人々を側にひきつけざるを得ないので、悪い選び方がほとんど常に必然である。それは、最も重要な地位を、何世紀もの間、しばしば愚か者から愚か者へと移してきた、同様な君主たちの帰結である。だから、自分たちの主人を個人的に知ることはできない民衆は、彼が用いる人々の才能〔の有無〕によって、また彼が功績ある人々を尊重するかによって、彼等を判断する。女王クリスチーナ5)は言った。「愚かな君主の下では、宮廷全体が愚かであるか、そうなるかする。」

 しかしときには他人の中の、自分がけっして生み出さないであろうような、そして自分の観念とはまったく類比を持たない観念を称賛することもみられる、と言われよう。ある枢機卿の次の言葉はよく知られている。教皇の指名の後、この枢機卿は、〔新〕教皇に近づいて言った。「あなたは教皇に選ばれました。あなたが真実を耳にするのもこれが最後です。敬意に誘惑されて、あなたはまもなく自分を偉人と思うでしょう。就任式の前には、自分が無知な頑固者でしかなかったことを思い出してください。さようなら、私はこれからあなたを崇めます。」こうした弁舌を行うのに必要な才気と勇気に恵まれた宮廷人は、疑いなくほとんどいない。しかし、彼等の大部分は、自分たちの偶像をかわるがわるに崇めまた鞭打つあの〔未開〕諸民族に似て、自分たちが服従している主人が卑下するのをみることに、密かな魅力を覚える。復讐は彼等に、同様なやり方で自分たちが行う称賛を呼び起こし、復讐は一つの利害関心である。こうした種類の利害関心に動かされない者は、自分の観念と類比的な観念しか尊重せず、感じさえしない。だから生まれたばかりで未知の価値を発見するのに適した魔法の杖は、才人の手しか扱えないし、また実際そうならざるを得ないが、なぜならダイヤモンドの原石に精通しているのは、宝石細工人だけであり、精神〔才気〕を感じ取るのは精神〔才気〕だけだからである。若いチャーチルの中に、〔後の〕有名なマールバラを認める6)ことができたのは、チュレンヌ7)のような人の目だけであった。

 私達の見方や感じ方にあまりに疎遠な観念はみな、常に滑稽に思われる。広大で偉大だが、偉大な大臣にはたやすく実行できるようにみえる計画も、ありきたりの大臣には、愚かで無分別なものとして扱われよう。そしてこの計画は、愚か者の間で使われる文句を使えば、「プラトンの〔理想〕国家」に送り返されよう。そのために、精神は迷信で萎縮して怠惰となり、偉大な企てがあまりできなくなる諸国で、ある人について、「あれは国家を改革しようとする人だ」と言うときに、彼を最も滑稽なものにしていると信じられるのである。この国の貧しさ、人口減少、したがってまた改革の必要のために、外国人の目には、嘲笑者に舞い戻ってくる滑稽さである。そうした民族は、ある人について、愚かにも邪まな口調で、「こいつはローマ人だ、才子だ」と言うときに、彼の名誉を落としていると信じるあの愉快な木っ端役人たち(g)と同様である。この嘲笑は、その正確な意味でとれば、ただこの男が彼等に似ていないこと、つまり愚か者でも詐欺師でもないことを教えているに過ぎない。注意深い精神の持ち主は、会話の中で、厳密な意味に戻されるならば、用いる者をひどく驚かすようなあの愚かな言明や不条理な文句を、どれだけ聞くことであろうか。だから功績ある人は、あの個人の敬意や軽蔑に対して、この人が彼のように考えたり考えなかったりするのでなければ、その賛辞も批判も何も意味しないのだから、無関心であるべきである。私は無数の他の事実によって、私達は自分のと類比した観念しかけっして評価しないことを証明できようが、しかしこの真理を確証するためには、それを純粋な推論による証明で支えなければならない。

 

【原注】

 (a)他の点では才女だがおしゃべりの女を嘲笑するために、才気に富む人間であると言われている男を彼女に紹介することが思いつかれた。この女は彼をとてもよく受け入れた。しかし自分を称賛されたいばかりに、彼女は語りだし、彼にいろいろ多くの質問をしたが、彼がまったく答えないことに気づきもしなかった。訪問が終わって彼女は尋ねられた。「紹介された男にご満足ですか。」彼女は答えた。「なんて魅力的な人でしょう。彼にはなんと才気があることでしょう。」この感嘆に各人は爆笑した。この偉大な才人は唖者だったのである。

 (b)自分の精神が狭い者はみな、精神の広さに堅固さを結び付ける者をたえずけなす。前者は後者を、あまりに洗練し、万事につけあまりに抽象的なやり方で考えるとして非難する。ヒューム氏は言う。「ある事柄が自分の弱い理解力を越えているときには、私達はけっしてそれを正しいと認めないであろう。」この有名な哲学者は更に言う。「普通の人と天才との違いは主に彼等が自分の観念を基礎づける原理の深さの中に認められる。大部分の人において、判断はみな個別的である。彼等は自分の視野を普遍的な命題にまで広げないし、一般的観念は彼等にとってはみな曖昧である。」

 (c)愚か者にもし力があるならば、すすんで才人をその社会から追放するであろう。そしてエフェソス人に従って繰り返し言うであろう。「もし誰かが私達の中で卓越するならば、彼は他のところに行ってもらいたい。」と。

 (d)宮廷では、貴顕は自分たち8)自身が才気をよけい持っているのに従って、才人を厚遇する。

 (e)もしもその権力を持つならば、自分たちの意見を一般に採用させるために拷問を用いないような人はほとんどいない。私達の時代でも、フランス音楽に対する優越をイタリア音楽に与えて自分たちの意見と異なる著作家を弾圧するよう役人をけしかけようとするほど愚かで尊大な人々を、私達は見なかったであろうか9)。宗教論争の中でしかふつうはある種の過剰にしか至らないのは、他の論争は、残酷になる同じ口実も同じ手段も提供しないからである。一般に自分が節度を保っていられるのは、能力が足りないためでしかない。人間的で節度のある人間はきわめて稀な人間である。もし彼が自分と異なる宗教の人に出会うならば、これはこの点では自分と異なる意見の人間である、どうして彼を迫害するだろうか、と彼は言う。人々の改宗のために責め苦や牢獄を使えとは、福音書はどこでも命じていない。真の宗教は一度も処刑台を立てたことがない。自分と違う意見によって傷つけられた自尊心の仇をうつために、民衆や君主たちの愚かな軽信を自分に有利な武器とした、そうした宗教の執行者たちはときおりいる。『セトス』10)の中で、エジプトの祭司たちが女王ネフテに対して行う賛辞に値した人はほとんどいない。彼等は言う。「敬虔の勧めをまちがって理解して、反感や憎悪や迫害をかきたてるどころか、彼女は宗教から、優しさの格律しか引き出さなかった。彼女は、神々を敬うために人々を苦しめることが許されているなどとはけっして信じなかった。」

 (f)こうした宗教においては、奇跡の証人が疑われないことがどうしてあろうか。ド=フォントネル氏は言う。「ある事実を、正確に自分が見た通りに、すなわち何も付け加えず言い落とさず語るためには、自分自身をきわめて警戒しなければならないので、この点でけっして嘘をついたことがないと主張する人はみな、確実に嘘つきである。」

 (g)富裕な市民たち〔bourgeois〕は、才人はしばしば富者の門に現れるが、富者はけっして才人の門にみられない、と嘲笑して付け加える! 詩人サアディ11)は答える。「それは才人は富の価値を知るが、金持ちは知性の価値を知らないからである」と。そのうえどうやって富は知を評価するであろうか。知者は無知な者を評価できるが、それは自分もこども時代は無知だったからである。しかし無知な者は、一度も知者であったためしかないので、知者を評価できない。

 

【訳注】

1)マエケナス(Maecenas,BC.70c-8)はローマの政治家。皇帝アウグストゥスの親友で、文芸の愛好者・保護者として知られる。ホラチウス、ウェルギリウスなどと交わった。「メセナ」の語は彼に由来する。

2)スキピオ(Scipio,BC.236-184)は古代ローマの政治家。第二次ポエニ戦争のザマの会戦で強敵カルタゴの名将ハンニバルを破ってローマの勝利をもたらした。

3)ユリアヌス(Julianus,332-63)はローマの皇帝(位:361-63)。異教に改宗したため、キリスト教からは「背教者」と呼ばれる。古典を研究し新プラトン主義哲学を好んだ。ギリシャ語で書かれた多くの著作がある。

4)コンデ(Cond ,Louis de Bourbon,1621-86)はフランスの軍人。三十年戦争をはじめ多くの勲功を立てた。チュレンヌとともに近世フランスの最大の将軍。晩年はシャンティイに引退し、モリエール、ラシーヌ、ボワローなどの文芸家と交わった。

5)クリスチィーナ(Christina,1626-89)はスウェーデンの女王。父王グスタフ=アドルフ死後統治(位:1632-5444より親政)。豊かな教養を持ち、グロティウスやデカルトを宮廷に招く。従兄弟に譲位した後、外遊。晩年はローマに定住し、学問、芸術、文芸を研究。同地にアカデミーを創設した。

6)マールバラ(Marlborough,1650-1722)はイギリスの軍人。はじめジョン=チャーチル。ネーデルラント戦争で功をたて、チュレンヌに認められてその指導を受けた。多くの活躍で伯爵を与えられ、オーストリアの名将オイゲン公と結んでフランス軍を破ってルイ14世の野心を挫き、女王以下国民感謝の的になった。ウィンストン=チャーチル首相はその子孫。

7)チュレンヌ(Turenne,1611-75)はフランスの軍人。三十年戦争やフロンドの乱などで手柄を立てた。近世フランス最大の将軍ですぐれた戦略家。

8)原文の il ils の誤植と解する。

9)いわゆる「ブフォン論争」のこと。音楽家でもありこの論争の中心人物の一人であったルソーの『告白』に詳しい記述がある。この「著作家」(単数の定冠詞つき)はルソーのことか?

10)『セトス』(Séthos)はテラッソン師(Abbé Terrasson,1670-1750)の歴史小説(1731)。

11)サアディ(Sadi,1184c-1291)はイランの詩人。諸形式の詩を織り込んだ書『薔薇園』は数か国語に訳され、実践的な教訓書としても広く読まれた。

2015/05/09 21:22 2015/05/09 21:22
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