床屋道話43 聖地巡礼

二言居士

 

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 中世欧州の三大巡礼地とされたのは、エルサレム、ローマ、そしてスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラであるという。無論これ以外にもいろいろあり、たとえばイギリスならカンタベリーなどである。宗教上重要な場所であり、エルサレムなら教祖イエスの、ローマなら初代教皇ペテロの墓があるとされる。だがこれは我々(キリスト教徒でない日本人)としては突っ込みたくなるところだ。聖書によればイエスの墓はからだったはずで、そこに「お参り」する何の意味があるのか。またいかに「地上における神の代理人」としても、人間である教皇の墓参りに功徳を認めるのは「被造物崇拝」にならないか、と。我々(徹底した合理主義者ではないふつうの日本人)の「つっこみ」は、ここからキリスト教否定に向かうのではなく、それが仏教や神道などの「低級」な宗教に対して彼等が自らを区別することへの否定に向かう。つまりキリスト教もその実態は建前とは違って、仏舎利を納めたり宗祖や祖先の墓がある寺に詣でたりする「我々」と同じではないか、と。「我々」のなんとか上人ゆかりの地と同様、使徒や「聖人」たちに縁ある教会には、その遺骨や遺物による「奇跡」物語も欠けてはいない。それへの「合理的批判」として最も早いものの一つは、実は熱心な信者カルヴァンによる。

「我々と同じ」という観点からすれば、敬虔なるキリスト教徒の巡礼を笑うのは心無いわざでもあろう。むしろ事実認識として日本の若者が誤解しないように断っておきたいのは、当時の巡礼がきわめて厳しいものであったことである。エルサレムを統治していたのはイスラム教徒である。キリスト教徒が来ることを原則禁止していたわけではないが、無論歓迎はしない。旅行会社のツアーも観光旅館もない。定期船も高速道路もない。船路なら海賊、陸路なら山賊の恐れもある。楽しい旅などではまったくなく、罪に対する罰(免償)として位置づけられてもいたのである。

日本の聖地巡礼といえば「伊勢参り」が思い浮かぶであろう。しかしこれが行われたのは江戸時代からである。そもそも皇祖神である天照を拝むことが庶民には許されていなかった。江戸の庶民が拝したのは内宮のアマテラスでなく、家内安全や商売繁盛につながる外宮である。外宮の神官が暦の製作にも携わり、そのもとで(富山の薬のように)全国に売りに行くようになったのも伊勢への参拝客を集めた。(サミットをここにもってきた安倍首相には残念かもしれないが)江戸時代の伊勢参りは天皇家や日本国への思い入れとは関係がない。徳川幕府が平和を実現し、街道整備などで道中も便利になった。少しは豊かになった人々が次に求めるのはレジャーである。伊勢参りの本質は敬神以上に物見遊山なのである。これが西洋中世の巡礼と大きく違う。通行手形をもらうために伊勢詣でを「建前」にしても、「ついでに」という京大阪見物が「本音」だったりする。「精進落とし」がさらに楽しみなつわものもいて、伊勢山田は実はそのような風俗店でもにぎわっていたのである。

現代日本の「聖地巡礼」は、アニメの名場面の場所やはやった映画のロケ地などをファンが訪ねることである。チャラいとお嘆きあるな。いままでの説明でわかるように、もともと聖なるものの秘密は俗なるものなのである。自分を救ってくれる人が、その人の真実の神仏なのであり、想像力でつくられたものをあがめることこそ被造物崇拝なのである。日本の学者によれば世の常ならずすぐれたるものはそのまま神なのであり、ナウなヤングが神〇〇と気安く祭るのもその伝統にある。霊場を町おこしに利用するちゃっかり精神もまたしかりである。パワー・スポットが本気の反合理主義にいかない限度内なら、プラシーボ効果も心理現象としてはリアルなものなので認めてあげよう。自分だけの聖地へのセンチメンタル・ジャーニーによって、復活体験を得るというのもいいではないか。anywhere out of the world とうめくのでなく、自分の聖地を持つ者は幸いなるかな。



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2019/01/23 21:21 2019/01/23 21:21
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