精神論〔1758年〕
エルヴェシウス著、仲島陽一訳
第三部 第9章 情念の起原について
この知識に高まるためには、二種類の情念を区別しなければならない。
自然によって直接に与えられる情念がある。ただ社会の設立のおかげで私達が持つ情念がある。異なるこの二種類の情念のどちらが他方を生み出したかを知るために、精神的に、世界の最初の日々に身を移してみよう。そこでは渇き、飢え、寒さ、暑さによって、自然が人間に彼等の欲求を知らせ、それらの欲求の満足や喪失に無数の快苦を結びつけることがみられよう。人間が快苦の印象を受け入れられることがみられよう。またいわば快への愛と苦への憎しみが生まれるのを。これが自然の手を出るときの人間である。
ところでこの状態では、羨み、自尊心、貪欲、野心は存在しなかった。身体的快苦だけをもっぱら感じ取って、私がいま名をあげた情念が私達にもたらすあの人為的なすべての快苦は知らなかった。それゆえこうした情念は自然によって直接に与えられるものではない。しかしそれらの実在は、社会の実在を前提し、まさにこれらの情念の隠れた芽が私達の中にあることを想定させる。だから、生まれたばかりの私達に自然は欲求しか与えないとしても、あの人為的な諸情念の起原を探求しなければならないのは、私達の欲求と最初の諸欲望のなかにであって、人為的情念は感じる能力の一つの発展でしかあり得ないのである。精神的世界においても自然的世界と同様に、神は存在するものすべてにおいてただ一つの原理しかおかなかったように思われる。いまあるもの、そして将来あるであろうものは、必然的発展にほかならない。
神は物質に、「我は汝に力を与える」と言った。ただちに、諸元素は、運動の諸法則に従って、しかし宇宙の荒れ野の中でさまよい混じり合い、千の奇怪な集合を形づくり、千のいろいろな混沌を生み出し、ついに最後に、いまや配列された宇宙がそこで想定される均衡と自然的秩序のなかに位置したのである。
同様に神は人間に、「我は汝に感性を与える」と言ったように思われる。「我が意志の盲目的な道具にして、我が意を知ることのできぬ汝が、知らずに我が意図すべてを果たすべきなのは、感性によってである。我は汝を、快と苦の管理のもとにおく。どちらも汝の思考、汝の行為を監視するであろう。汝の情念を生み出すであろう。汝の反感、好感、親切、激怒をひきおこすであろう。汝の欲望、心配、希望に火をつけるであろう。真理を示すであろう。誤りに突き落とすであろう。そして、道徳と立法についてのいろいろに不条理な無数の体系を生み出させたあげく、いつか単純な原理を発見させ、その展開に精神的世界の秩序と幸福とが結びつくことになろう」と。
実際、天が突如若干の人々に魂を入れると想定しよう。彼等の最初の仕事は自らの欲求を満たすことであろう。その後まもなく、自らが受け取る快苦の印象を叫びによって表現することを試みるであろう。こうした最初の叫びが彼等の最初の言語を形づくるであろうが、それは、若干の未開人の貧しい言語によって判断すれば、はじめはとても短いもので、こうした最初のいくつかの音に還元されるべきであった。人々が増えて地上に広がり始めたとき、また大洋が遠い岸辺にうちよせてはただちに中心に戻る波のように、数世代が地上に現れては諸々の生物が飲み込まれる淵に戻っていくとき、諸々の家族が互いにより近くなったとき、ある樹木の果実とかある女性の好意のような、同じものを所有することについての共通の欲望が、彼等のなかに、争いと闘いをひきおこすであろう。そこから怒りと復讐が生まれるであろう。血に厭き、永遠の心配のなかで生きるのが嫌になり、自然状態で持つが自分たちに有害なこの自由を少し失うことに同意したとき、そのとき彼等は互いに信約をつくるであろう。こうした信約が彼等の最初の法律になるであろう。法律がつくられると、若干の人々にその執行を課さねばなるまい。こうして最初の役人が生まれる。未開諸民族のこうした粗野な役人たちは、はじめ森に住むでいるであろう。森の動物を一部滅ぼしてしまい、食糧不足によって彼等は、家畜を育てることを学ぶであろう。これらの家畜が彼等の欲求を満たし、狩猟民族は牧畜民族へと変わるであろう。数世紀の後、牧畜民族が極度に増え、地上は同じ地域でより多数の住民の食糧を与えられず、人間の労働によって豊穣にされもしなかったとき、牧畜民族は消滅するであろうし、耕作民族に席を譲るであろう。飢えからの欲求が彼等に農業の技術を教え、すぐ後には土地を測って分割する技術を教えるであろう。この分割がなされると、各人にその所有権を保証しなければならない。そしてそこから一群の学問と法律とが生じる。土地は、その本性と耕作との違いによって、異なる果実をもたらすので、人々は互いに交換するであろうし、すべての商品を代表する一般的等価物を決めれば好都合と感ずるであろう。彼等はこのためになんらかの貝殻か金属かを選ぶであろう。社会がこの点までの完成度に至ると、そのとき人々の間の平等全体が破れるであろう。優者と劣者とが区別されるであろう。その時、私達が外的対象から受け取る身体的快苦の感覚を表現するためにつくられた「善」「悪」の語が、この感覚のどちらかをもたらし、富裕や赤貧のような、それを増やしたり減らしたりし得るすべてのものに一般的に広げられるであろう。そのとき富と名誉とは、それに付与される利点によって、人々の欲望の一般的対象になるであろう。そこからいろいろな統治形態にしたがって、犯罪的あるいは有徳な情念が生じるであろう。羨み、貪欲、自尊心、野心、祖国愛、栄光への情熱、大度、そして愛さえもそうであり、愛は一つの欲求としてだけ自然によって与えられるのだが、虚栄心と結びついて人為的な情念となるのであり、他の情念同様、身体的感性の一展開にほかなるまい。
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