存在論の問題(その一)

仲島陽一

 

第一回で私は、「哲学は科学ではない」と述べた。しかし元をたどると両者は一つのものである。「科学」が確立しそれはもはや「哲学」の一部ではないと認められることで、区別が定着した。今日17世紀のニュートンや18世紀のアダム・スミスは、ふつうには「物理学者」や「経済学者」であって「哲学者」と言わない。しかし同時代では彼等は「自然哲学」「道徳哲学」の人とされ、用語的に「科学者」が「哲学者」から分離独立したのは19世紀である。そのような「科学」が「哲学」と異なるのは、第一に、価値評価でなく事実認識だけを目的とすることであり、第二に、事実認識のために経験的・実証的な方法だけによるということである。この「科学」は大きな成果をあげたため、では少なくとも事実問題ではもはや「哲学」は不要なのか、と問われることになる。

これに対し私は、おおまかにはそうだ、と答える。そちらのほうを私は一般には強調したいのだが、「哲学」が好きな人や気にかかる人が敢て問うのに対しては、しかしまったく無用というわけでもない、とも言わざるを得ない。そして事実問題において「哲学」になお残っていると考えられるのは、広義の「存在論」である。なぜなら「科学」はその日本語が示すように分科の学であり、本質的に、また発展すればするほど存在の特定領域を対象にする。しかし私達は「全体」を認識したいという欲求があり、また「部分」のより正しい認識のためにも「全体」の中での把握が必要であるから、存在全体の認識としての「存在論」を求める。

ここで私が考える「存在論」についていくつか注記したい。第一に、この用語の初めであるアリストテレスにおいて、これとたとえば「自然学」との差異は本質的に抽象度による。彼によれば「存在論」は存在一般の理論として、個々の存在の総括として把握される。「存在」と「存在者」との間の「存在論的差異」などは考えないが、これは正しいと私は考える。第二に、ここから私は現代の「存在論」は、諸科学による諸々の「存在者」の経験的認識の総括として展開されるべきだと考える。科学を「基礎づける」ものでも主導するものでも、科学から独立したものでもない。科学は進歩するものである(第五回)から、この存在論はそれに応じて適宜更新されるべきものであり、固定的な教義ではない。第三に、この存在論は全体としての「世界像を立てる」ことを重要な中身の一つとする。これはハイデガーが悪の根源のように非難する当のものであるが、私としては、科学的な世界像をつくることは、それ自体としては、むしろ必要で有用と考える。第四に、この存在論は、少なくとも間接的に(つまり諸科学との整合性を通じて)客観的な真偽が問えるものである。

私は、「哲学は科学ではない」と述べた。これは哲学が客観的真理の追求として定義されるものでなく、賛否や好悪といった主体的信念がより重いという意味では宗教とも重なる、ということを意味した。しかし近代以降の哲学の一分野としての存在論においては、私は、科学的世界観の形成ということを重要な中身とすべきだと考えており、そこにおいては、宗教とははっきり異なると考えている。(なお「科学も一種の宗教(イデオロギー、社会構築的言説)だ」という意見には賛成でないことも第五回参照。)

ただ、存在論では科学的世界観の形成をめざすべきだ、という考えや主張そのものは、科学自体によって「正しい」と証明することはできない。だから哲学そのものについては「科学でない」という私の主張は変わらない。また、「第一哲学」は「存在論」であるよりも「倫理学」であるという私が賛成する主張の理由としては、直接に、最も重要な「問題」は「義しく生きる」という倫理的な問題であるというそれ自体倫理的な価値評価と、間接に、科学では認識内容としては客観的真理がめざされるとしても、認識活動としてはそれをめざすということ自体が価値評価に先立たれているという事実認識とが挙げられる。

私は自然科学・社会科学を重視する。敢て言えばかぎカッコつきの「哲学」よりも重視するので、「哲学者」からは科学主義的と批判され得る。しかし敢えて「哲学」しようという者に対しては、そこに科学(客観的真理、普遍妥当性、事実の説明)を求めるのは哲学の宝をどぶに捨てるものと非難せざるを得ない。

存在論の具体的論点については、稿を改めて考えたい。



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