精神論〔1758年〕               エルヴェシウス著・仲島陽一訳

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  第二部 第12章 公衆との関係における精神について

 

 私が〔前章で〕徳義について言ったことを〔本章では〕精神にあてはめよう。ここでみられるのは、公衆は常にその判断において同一であって自らの利害にしか諮らない、ということである。公衆がいろいろな分野の精神に対する自らの評価を釣り合わせるのは、それらの分野がどれだけ難しいかに、すなわちそこで成功するために必要な観念の数や細かさにではなく、ただ公衆がそこからひきだす利点の大小にだけだ、ということである。

 ある無知な将軍が、彼よりもっと無知な将軍に対して三度の戦闘で勝つならば、彼は少なくとも生前は、世界で最も偉大な画家にも与えられないような栄光を、身に纏うであろう。しかしながら後者が偉大な画家という称号に値したのは、有能な人々に対する大きな優越性によってだけであり、また確かに戦争より必要ではないが、しかしたぶんより難しいある技術においてすぐれることによってだけである。私が〔絵画のほうが〕より難しいと言うのは、歴史を開けば、エパミノンダス1)、ルクルス2)、アレクサンドロス、マホメット、スピノラ3)、クロムウェル、カール12世のような無数の人々が、軍隊を指揮し戦闘したまさにその日に偉大な大将という名を得るのをみるからである。しかしてどんな画家も、自然からどんな好都合な素質を受けたとしても、この技術の準備的研究において、人生の少なくとも十年から十二年を使ったのでなければ、著名な画家の中にひかれないからである。それならなぜ有能な画家よりも無知な将軍により多くの評価を与えるのか。

 このように栄光の分け前が等しくないのは、一見きわめて不当であるが、この二人のおかげで国民が得る利点が等しくないことによる。公衆が、有能な外交官にはすぐれた精神〔の持ち主〕という名を与えて、それを有能な弁護士には拒むのはなぜかを自問されたい。前者に課される仕事の重要性が、後者に対するなんらかの精神的優越を証明するのか。〔弁護士が〕諸利害を討議し、教区の二人の領主の訴訟を終わらせることには、〔外交官が〕二国民を講和させるのとしばしば同じくらいの、賢明さと繊細さとを必要としないであろうか。いったいなぜ公衆は、弁護士に対する評価はこんなに惜しむのに、外交官に対してはこんなに惜しまず与えるのか。それは公衆が、なんらかの偏見や迷信によって盲目にされていないときにはいつでも、自ら気づくことなく、自らの利害にかかわることでは、最も繊細な推論を行えるからである。すべてを自らの利害に関係させる本能は、明瞭な刻印を与えずにすべての物体に浸透するエーテルのようなものである。公衆には、有名な画家や弁護士よりも、有名な将軍や外交官のほうが必要である。それゆえ公衆は後者の才能に価値を付与するであろうが、それは常に何人かの公民がその才能を得るように促すのに必要なことである。

 どの側面をみやっても、公衆がその評価について行う配分には、常に利害が主宰しているのがみられよう。

 オランダ人が、鰊を塩漬けにし樽詰めにする秘訣を彼等に教えてくれたギヨーム・ブュケルスト4)の像を建てるとき、彼等がこの名誉を与えるのは、この発明のために必要な天分の大きさにではなく、この秘訣の重要性と、それが国民にもたらす利点とにである。

 あらゆる発見において、この利点は想像力におおいに威信となるので、分別ある人々の目にも真価を倍にする。

 位の低いアウグスチノ会の修道士たちが、髭を剃る許可を聖庁から得るためにローマに代表を派遣したとき、ウスタシュ神父がその交渉において、ジャナン裁判長5)がオランダとの交渉において用いたのと同じだけの繊細さと才気とを用いなかったどうか、誰が知ろう。それならこの二つの交渉がひきおこす感情を、〔前者の〕笑いと〔後者の〕評価とに割り当てるのは、その対象の違いのためではないか。私達は常に、大きな結果には大きな原因を想定する。ある人が要路を占めている〔と想定しよう〕。自分がいる地位によって、彼はほとんど才気がなくても大きな事柄を操作する。この人は大衆にとっては、より低い地位と不運な環境の中で、おおいに才気を持っていても小さなことしか実行できない者よりまさる者として通用しよう。この二人は長い竿の異なる点に置かれた不等な重りのようなもので、軽いほうの重りも、端に置かれれば、支点に近いほうに置かれた二倍の重りを持ち上げるのである。

 ところで公衆は、前に証明されたように、自らの利害にしたがってしか判断せず、他のあらゆる種類の考慮には無関心であるとしよう。自らに有用な技芸には熱狂的な賛美者であるまさにこの公衆が、それを修める技芸家たちに要求してはならないのは、それほど有用でなく成功することがしばしばより難しい技芸に専心する人々なら是非とも達してほしいと望まれるあの高い完成度である。だから人々は、自分が専門とする技芸の効用の大小にしたがって、粗雑な道具にも宝石にもたとえられる。前者はよく鉄が焼きを入れられるときいつもよいと判断され、後者は完全である限りにおいてだけ評価される。だから私達の虚栄心はいつも、ある成功が公衆にあまり有用でない分野で得られるほど、ひそかにいっそう喜ぶのであるが、そこでは、是認に値するのがより難しく、畢竟成功には必然的により多くの才気と個人的真価とを前提する。

 実際公衆は、ある著作家なりある将軍なりの真価を考量するときに、どんな先入見にとらわれていることか。著作家を判定するときはどうか。彼をその分野で卓越したあらゆる者と比べ、彼に先立つ者を凌ぐか、少なくとも匹敵する限りにおいてしか、評価を与えない。将軍を判定するときはどうか。賛辞を与える前に、彼が有能さにおいてスキピオ、カエサル、セルトリウス6)のような〔名将軍であった〕人に匹敵するかどうか、検討などしない。ある劇詩人が既に知られた計画に基づいてよい悲劇をつくるならば、それは軽蔑すべき剽窃であると言われる。しかしある将軍が、戦闘において、他の将軍の戦闘秩序と戦術とを用いても、往々にしてより評価すべきものにみえるばかりである7)

 もしある著作家が60人の競争者に勝って賞を得ても、公衆がこれらの競争者の真価を認めなければ、あるいは彼等の作品が弱々しければ、〔受賞した〕著作家と彼の成功とは、ただちに忘れられる。

 しかし将軍が勝利したとき、公衆は、彼に栄冠を授ける前に、敗者たちの有能さや勇気を確認したことがあろうか。チュレンヌ殿の死に際して、軍隊の指揮を離れることをモンテクックリ殿8)に決意させた、栄光についてのあの微妙で繊細な感情を、公衆は将軍に求めるであろうか。モンテクックリはそのとき、「もはや余にとって不足のない敵はいない」と言ったのだが。

 それゆえ公衆は、著作家の真価と将軍の真価とを、まったく異なる秤で計る。ところで、将軍にあってはしばしば称賛される凡庸さが、著作家にあってはなぜ軽蔑されるのか。作家の凡庸さからはどんな利点も引き出されないが、無知であっても時には成功で隠される将軍の凡庸さからは、きわめて大きな利点がひきだされるからである。それゆえ公衆は、著作家においては軽蔑するものを、将軍においては称賛することに、利害を持つのである。

 しかも、もし公衆の幸福が、要人たちの真価に依存し、また要職が偉人によって占められるのが稀であるならば、凡人たちに少なくとも彼等ができる限りの思慮と活動とをその企てにおいて果たさせるためには、大きな栄光を得るという希望で彼等をつることがどうしても必要である。公衆は凡人の真価についてはあまりに厳しい評価者であるので、得ることが難しいその評価を凡人が嫌いになったならば、この希望だけが、そこまで達したことのない人々を凡庸なりの頂点まで高められるのである。

 以上が、公衆が要人を判断する際のひそかな寛大さの原因である。その寛大さは、民衆にあってはときおり盲目的だが、才人にあっては常に啓蒙されている。才人が心得ているのは、人々は回りの対象の生徒だということである。お偉方のところではべっているおべっかが、彼等に与えられるあらゆる教育を支配しているということである。そしてこうして一個人に求められるのと同じだけの才能と徳目とを彼等に求めるのは不正にならざるを得ない、ということである。

 もし啓蒙された観客が、イタリア演劇では喝采するものをフランス演劇では野次るならば9)、もし美しい女性やきれいなこどもにおいてはすべてが優雅、才気、優しさならば、なぜお偉方を同じ寛大さで扱わないのか。無名の一個人においてふつうにみいだされる才能でもお偉方の場合は称賛することが正当であるが、なぜなら才能を獲得することは彼等のほうが困難だからである。優男によってきれいな女性が駄目にされるように、おべっか使いに損なわれ、しかも無数の快楽に気をとられ、無数の配慮に気を散らされるので、彼等は哲学者とは違って、考えたり、多数の観念を獲得したりa)、自分の精神や人間精神の限界をおしやったりする暇がない。技芸や諸学における諸々の発見は、お偉方のおかげではない。彼等の手は地上も天空も測りはしなかったし、船をつくらなかったし、宮殿を築かなかったし、鋤べらを鍛えなかったし、重要な掟を起草さえしなかった。未開状態から、今日至ったように思われる完成度まで社会を導いたのは、哲学者たちであった。もし権勢家の知識によってしか助けられなかったなら、たぶん私達はまだ、糧にする小麦も、爪の手入れをする鋏も持たないことであろう。

 精神の優越は、第三部で証明されるように、庶民がそこにおかれるのもめったにないが、お偉方がそこで出会うのはほとんど不可能であるような、諸環境のある合致に、主に依存している。それゆえお偉方に対しては寛大に判断して、要路にあっては凡庸な人はきわめて稀であることを感じ取らなければならない。

 だから公衆は、とりわけ災難のときには、彼等に無数の賛辞を惜しまない。〔ローマ〕共和国の救済に絶望しなかったことで、どれだけの称賛がワロ10)に与えられたことであろう! 当時のローマ人がおかれていたような状況にあっては、真に真価ある人は神の如き者である。

 もしカミルス11)がその進行をとどめた不幸を〔むしろ〕予防したとしたら、もしアリアの戦いで将軍に選ばれたこの英雄が、カピトリウムの丘近くで打ち負かしたガリア人を〔むしろ選ばれた〕その日に壊滅させていたならば、当時は無数の他の大将と同様であったカミルスは、ローマの第二の建国者という称号は得なかったであろう。もし、盛りの時期にド=ヴィラール氏12)がイタリアでドナンの戦闘に出会わなかったら、もし彼がこの戦いで、フランスが敵に無防備でなかったときに勝利しなかったなら、その勝利はそれほど重要なものではなく、公衆の感謝はそれほど強くはなく、将軍の栄光はそれほど大きくなかったであろう。

 いま述べたことの結論は、公衆は自らの利害にしたがってだけ判断する、ということである。この利害を見失ったらどうか。徳義についても、精神についても、どんなはっきりした観念もなくなる。

 専制権力の下に縛られた諸国民が他の諸国民に軽蔑されるのは、ムガールやモロッコの帝国において著名な人々がほとんどみられないのは、精神というものが、前述のように、それ自体では大きくも小さくもなく、こうした名称のどちらかを、それが考察する対象の大小から借りてくるからである。ところで、大部分の専制政体においては、公民は専制君主の不興をかわずに、自然法や公法、道徳学や政治学の研究に専心することはできない。この分野では、これらの学問の第一原理に溯ることも、偉大な観念に自らを高めることも、敢えてなされない。それゆえ偉大な精神という称号に値し得ない。しかしもし、公衆の判断がすべてその利害という掟に服するならば、この点で、公衆の観念の中に認められると思われる矛盾すべての原理を、一般的利害というまさにこの原理の中にみいださなければならない、と言われよう。この目的のために、私は将軍と著作家との間で始めた対比を追究して、次の問題を提起しよう。「もし軍事技術があらゆる技術の中で最も有益ならば、あれだけ多くの将軍が、生前には、その栄光で、他の分野の著名な人々すべての栄光を曇らせていたのに、彼等の同時代人である著作家たちがいまだその最初の輝きを保っている一方で、その記憶と勲とは、当人もろとも墓に埋められてしまったのはなぜか?」と。この問題に対する答えは、軍事技術を実際に改良した、そしてピュロス、ハンニバル、グスタフ〔=アドルフ〕、コンデ、テュレンヌのような、この分野で模範および発明家の中に入れられるべき大将を除くならば、彼等ほど有能でない将軍はみな、その国民にとって有用であることを死とともにやめるので、もはやその感謝への、したがってまたその評価への権理を持たないからである。反対に著作家は生きるのをやめても、公衆に有用であることをやめなかった。彼等は公衆の手の中に、その評価に既に属していた作品を残したのである。ところで、感謝が恩恵と同じ間だけ存続するに違いないように、著作家の栄光は、その作品が祖国に有用であることをやめるときにしか陰ることはない。それゆえ著作家と将軍とが、違う時期に、この栄光において一方が他方に優越し、また逆になることの理由とされるべきなのは、両者がその死後公衆の目に現れる際の有用性が異なり等しくないことだけにある。

 以上の理由によって、玉座にあっては神にも擬せられた多くの王たちが、死ぬや否や忘れられたのである。以上の理由で、生前は王の名に並ぶことは稀な著名な著作家の名が、その死において、きわめてしばしば最も偉大な王たちの死になぞらえられたのである。このために孔子の名は、中国のどの皇帝の名以上に、ヨーロッパで敬われているのである。そしてまたホラチウスとウェルギリウスの名が、〔皇帝〕アウグストゥスの名と並んで引かれるゆえんである。

 時間の隔たりについて言ったことを、場所の隔たりにあてはめてほしい。なぜ著名な学者が有能な大臣ほど自国民から評価されないのか、自問してほしい。またどんな理由で、私達〔フランス人〕の間ではデカルトのような学者よりも名誉を与えられているシュリ13)が、外国人からはそれほど尊敬されないかを。それは偉大な大臣がほとんどその国にしか有用でないからである、と私は答えよう。また技芸と学問との開発に適する道具〔すなわち理性〕を改善し、人間精神をより多くの秩序と正確さとに習慣づけることで、デカルトは世界〔全体〕により有用な人になったし、したがって世界中でより尊敬されるに違いないからである。

 しかし、諸国民がそのあらゆる判断において自らの利害にしか諮らないならば、詩人や幾何学者よりも疑いもなく有用な耕作者や葡萄作りは、なぜそれほど評価されていないのか。

 それは公衆が、評価はその手中において想像上の宝であり、現実の価値を持つのは、自らがそれを賢明で巧みな配分をする限りにおいてであると、雑然と感じているからである。したがってすべての人にできる仕事には評価を付与すべきでないと、感じているからである。そういうことをすれば、評価はあまりに普通になってしまって、いわばその威力全体を失うであろう。あらゆる魂の中に広がっている才気と徳義との芽を、もはやあまり含まなくなり、栄光の追求に対して、それを得ることの難しさが活気づける、あらゆる分野におけるあの著名な人々を、ついにはもはや生み出さなくなろう。それゆえ公衆は農業に関しては、名誉を与えるべきはその技術であって農民ではないと、認めるのである。またかつてはケレスとバッカスとの名の下に、最初の農耕者と最初の葡萄作りとを神格化したとしても、この名誉は、農業の創始者たちに与えられるのはきわめて正当であるが、二番煎じたちにふるまってはならないと、認めるのである。

 農民の税が重すぎない国ではみな、収穫の希望に結び付いた収入の希望で、農民は耕作に励むものである。そして私がここから結論するのは、いくつかの場合、有名なデュクロ氏が既に示したように、諸国民の評価を、ある技芸の有用性にだけでなくその難しさにも釣り合わせる、彼等の利害がある、ということである。

 『東洋文庫』のような事実の収集が、すぐれた悲劇と同じくらい教訓的で快く、したがってまた有用であることを、誰が疑うであろうか。それならなぜ公衆は、悲劇詩人に対して、学識ある編纂者に対して以上の評価をするのか。それは、少数の成功と比べられた多数の企てによって、悲劇という分野の難しさを確信して、コルネイユ、ラシーヌ、クレビヨン、ヴォルテールといった〔すぐれた〕悲劇作家をつくるためには、彼等の成功に対して、無限に大きな栄光を付与しなければならないことを、公衆が感じているからである。反対に、すべての人にでき、本来、時間と忍耐の産物に過ぎないこれらの著作を備えるためには、単純な編集者たちには最も弱い分野の評価を授けることで十分なことを、感じているからである。

 学者の中でも、哲学的知性を完全に欠き、収集の中で古代の廃墟の中に散らばった事実を集めるしかしない者はみな、才人と比べるならば、建築家に対する採石業者のようなものである。建築物の材料を提供するのは後者である。彼等なしでは、建築家は無用であろう。しかし、よい建築家になれる人はほとんどいないが、誰でも石を切り出すことはできる。それゆえ前者にその技術の難しさに釣り合う評価付与を認める、公衆の利害がある。他の何よりもこの分野の精神に多くの評価を付与するのはまさにこの動機によってであり、発明と体系との精神が、普通は長くて辛い省察にってしか得られないからである。そして最後に、ほとんど同様の有用性を持つあらゆる分野において、公衆は常にその評価を、それらいろいろな分野の難易度に釣り合わせるからである。

 私はほとんど同じ有用性と言う。なぜなら絶対に無用な一種の精神を想像できるならば、それで卓越することがどんなに難しくても、公衆はそうした才能にはどんな評価も与えないであろうからである。公衆がそうした精神を得た者を扱うのは、アレクサンドロス〔大王〕が彼の前で、驚くべき巧みさで針の穴を通る粟粒を突き刺したという男を遇したやり方と同じであろうが、この男はこの君主の公平さによって、褒美として粟の升一つを貰ったのである。

 それゆえ、公衆の利害と判断との間にときに認められると信じられる矛盾は、みせかけのものに過ぎない。それゆえ公衆の利害が、私が証明することをもくろんだように、いろいろな種類の精神に与えられる評価の唯一の配給者なのである。

 

【原注】

a)ニコル殿が次のように述べたのはこのためであったということは本 当らしい。「神がありきたりの身分の者たちに才気を恵んでおいたのは、お偉方が彼等に対して持つ他の利点を埋め合わせるためである。」ニコル殿が何と言おうと、神がお偉方を凡庸さに定めたとは私は思わない。彼等の大部分がほとんど啓蒙されていないのは、彼等の選択によるのであり、彼等が無知で、反省の習慣を身につけないからである。お偉方に知性がないのは庶民の利害でもないとさえ私は付け加えよう。

 

【訳注】

1)エパミノンダス(Epaminondas,BC.420c-362)はテバイ(古代ギリ シャのポリスの一つ)の将軍・政治家。独特の斜陣法戦術を案出してスパルタを破りテバイの覇権をうちたてた。人格高潔な雄弁家。

2)ルクルス(Lucullus,BC.117-56)は古代ローマの将軍。スラの部下としてミトリダテス戦争で功をたてる。統領となり(BC.74)ミトリダテス6世やティグラネス1世の軍を破った。

3)スピノラ(Spinola,1569-1630)はイタリア出身のスペインの将軍。 オランダ独立戦争で活躍。またフランスとの戦いでモンフェラで勝利した(1629)。

4) Guillaume Buckelst 不祥

5)ジャナン(Jeannin,1540-1623)はサン=バルテルミのとき穏健化を促し、旧教同盟と結び、最後にアンリ4世につく。いくつかの外交的使命を果たし、マリー=ド=メディシスにより財務総監に命じられた。著書『外交交渉』は長い間権威を持った。

6)セルトリウス(Sertorius,BC.122-72)は古代ローマの将軍。スペイン総督となり、スラに追放されたが、現地住民の支持により大きな勢力となりローマ元老院と対立し、ポンペイウスに滅ぼされた。

7)「本当に私はそう思う! 前者は自分が新たな作品の著者であることを示す。後者は自分が無であることを示す。彼の目的は敵を打ち倒すことである。もし彼が戦闘に関する本を書けば、劇作家以上に、その剽窃は赦免されまい。」Rousseau,notes sur De l'esprit:Œuvres complètes,t.4,Gallimard,1969,p.1128.

8)モンテクックリ(Montecuccoli,1609-80)はオーストリア(イタリア生まれ)の将軍。ザンクト・ゴットハルトの会戦(1664)でトルコ軍に決定的な打撃を与えた。チュレンヌ率いるフランス軍とライン河畔で戦う(72-75)。17世紀の最もすぐれた軍事的著述家としてフリードリッヒ2世にも影響を与えた。

9)当時のプフォン論争をふまえた例である。

10)ワロ(Varro,BC.116-27)は古代ローマの学者。カエサルと戦って敗れ、許されて図書館建設に携わった。490巻の書物を著したと言われるが、ほとんどが散逸した。

11)カミルス(Camillus,?-BC.365)は古代ローマの将軍。エトルリアのヴェイイをおとしたが、政争により追放された。ガリア人のローマ占領(BC.387)により呼び戻されて独裁官として祖国を救い、ローマ第二の建国者と称された。

12)ヴィラール(Villars,1653-1734)はフランスの軍人・外交官。スペイン継承戦争におけるドナンの会戦(1712)で功をたてた。

13)シュリ(Sully,1560-1641)はフランスの政治家。アンリ4世に仕え、事実上の宰相として補佐した。財政改革・農業奨励・商工業保護・土木工事・植民地開拓・軍隊改革など功績は多い。


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2015/06/01 18:53 2015/06/01 18:53
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