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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第15章 身体的な苦への恐れと快への欲望とは、

私達のなかの、あらゆる種類の情念に火をつけられること

 

 歴史を開いてみよう。若干の徳が感官の快への希望によって励まされていたすべての国で、そうした徳が最もふつうで、最も大きな称賛を得たことが、みいだされよう。

なぜ、クレタ人、ボイオティア人、また一般に恋に最も耽ったすべての民族は、最も勇敢であったのか。これらの国では、女性がその寵愛を最も勇敢な者にしか与えなかったからである。恋の快は、プルタルコスとプラトンが認めているように、民族の魂を高めるのに最もふさわしく、また英雄と有徳な人々に最もふさわしい報いだからである。

カエサルに卑しくへつらうローマの元老院が、若干の歴史家によれば、すべてのローマ婦人を享受する権利を特別な法によって彼に与えようとしたのは、たぶんこの動機のためであった。ギリシャの習俗にしたがって、最も美しい者が戦闘が終わると最も勇敢な者の報いとなるべきだとプラトンが言ったのも、またそのためである。これはエパミノンダスが、レウクトラの戦い1)において、恋人をその愛する女性の横に並ばせた以上、何らかのその観念を持っていた計画である。その実行を彼は、軍事的成功を保証するのにとても適したものと常にみなしたのである。実際どんな力を、感官の快は私達に対して持つことか! それはテーベ人の神聖な戦いを不敗の戦いにした。勝者たちが敗者の富と女とを分け合ったとき、それは古代諸民族に最大の勇気を吹き込んだ。最後にそれは、最大の美女が最大の徳の報酬であつたあの有徳なサムニウム人1)の性格をかたちづくった。

この真理をより詳細な実例によって確信するためには、有名なリュクルゴスがどんな手段で同国人の胸中にいわば徳への熱狂をもたらしたかを検討されたい。そうすれば、どんな民族も勇気においてラケダイモン人をしのがなかったのは、どんな民族も徳をいっそう敬わず、また武勇によりよく報いるすべを知らなかったからであることがみてとれよう。リュクルゴスの法に従い、美しく若いラケダイモン人女性が、半裸で踊りながら民衆の集いに進み出た、あの壮麗な祭典を思い出すがよい。この国民が見るなかで、彼女等は皮肉を浴びせることで、戦いで弱さを示した男たちを侮辱したのであった。そしてなんらかの輝かしい武功によって名をあげた若い戦士たちを、その歌で祝福したのである。ところで、民族全体の前で、こうした若い娘たちのあざけりの的になったり、恥辱と困惑の責め苦にとらわれた卑怯な男が、最も残酷な後悔にさいなまされざるを得ないことを、誰が疑うであろうか。逆に、美女の手から栄光の冠を受け、老人たちの面持ちに評価を、この若い娘たちの目に恋を、そして希望だけがその快であるあの好意の保証を読み取る若い英雄にとっては、なんという勝利であろうか。このときこの若い戦士が〔武勇の〕徳に酔ったことを疑えようか。だから、いつも闘いたくてうずうずしているスパルタ人は、敵の隊列に怒涛のごとくつっこみ、また四方から死に囲まれても、栄光以外のものに目を向けなかったのである。こうした立法において、すべてが一致して男たちを英雄に変容させた。しかしそれを確立するために、快が男たちの唯一かつ普遍的な動力であると確信していたリュクルゴスは、〔自国以外の〕他の所ではどこでも美しい庭の花のように大地の飾りと眼の快楽のためにだけにつくられたように思われる女たちが、より高貴な用いられ方ができることに気づいたに違いなかった。つまり、世界のほとんどすべての民族において卑しめられ低く価値づけられている女性が、男性と栄光を共にし、彼等のために作っていた月桂冠を彼等と共有し、最後に立法の最も強力なばねの一つとなり得ることに、気づいたに違いないのである。

実際、恋の快が男性にとって最も強い快であるならば、この快に含まれている勇気を生むどんな芽が、また徳のどんな熱意が、女性たちへの欲望を呼び起こさないであろうか(a)。

この点に関して検討する者は感じとるであろう。スパルタ女性の集まりがより多人数であったならば、そこで卑怯者がより多くの恥辱を被ったならば、そこに名誉へのより多くの敬意と賛辞とをさらに帰することができたならば、スパルタは徳への熱狂をさらに遠くに進めたであろうと。

このことを証明するために想定してみよう。もし敢えて言えば、自然のもくろみをより深く洞察して、美女たちを多くの魅力で飾り、彼女等の享楽に最大の快を付与することで、自然がその最も高い徳の報いをつくろうとしたであろうと想像されたと。さらに想定してみよう。イシスやウェスタで神に仕えるあの巫女たちに倣って、最も美しいラケダイモン人女性たちが真価に捧げられたと。集会に裸で現れ、戦士たちに勇気の報酬として彼等に与えられたと。またこうした若い戦士たちが、恋と栄光との二重の陶酔を同時に体験したであろうと。こうした立法がどんなに奇妙で私達の習俗からどんなに離れていても、それがスパルタ人をより有徳により勇敢にしたであろうことは確かであるが、なぜなら徳の力は、それに報いとして与えられる快の程度に比例しているからである。

私はこの件で、一見奇妙なこの習慣がナルサングを首都とするビスナガル王国3)の習慣であることに注目しよう。自らの戦士たちの勇気を高めるために、この帝国の王は、旅行者たちの報告によれば、最も粋で最も壮麗なやり方で、なんらかの功績で名を立てた戦士たちの快にもっぱら差し向けられた、魅力的な女たちを買い、養い、着飾らせる。この手段によって、彼は自らの臣民たちに最大の勇気を吹き込む。彼は自らの宮廷に近隣諸民族のすべての戦士を引き寄せるが、彼等は、こうした美女を享受するという希望に喜び、自国を捨ててナルサングに腰を据え、そこで獅子と虎の肉だけを食らい、そうした動物の血だけを飲むのである(b)。

上に報じられた実例から、感官の快苦は、あらゆる種類の情念、感覚および徳を吹き込むことができる、ということが帰結する。このため、遠い時代や遠くの国々〔の実例〕に頼らずとも、私はこの真理の最後の証明として、あの騎士道の時代を引くことにするが、そこでは女性達は見習い騎士たちに、愛する技術と教理問答とをともに教えていた。

その時代に、マキャベリが記すように、またイタリアにおけるその衰退期において、フランス人がローマ人の子孫〔であるイタリア人〕にあれほど勇敢で恐ろしくみえたのは、最大の武勇に動かされていたからである。どうしてそうでなかったであろうか。この歴史家〔マキャベリ〕が付け加えるに、女性たちはその寵愛を彼等の中の最も勇敢な者にしか与えなかった。恋人の真価とその優しさを判断するために、彼女等らが要求した証は、戦争で敵兵を虜にすること、城壁に攀じ登るのを試みるか、防塁を抜くかすることであった。恋人が逃げるのをみるくらいなら死ぬのをみることを望んだのである。騎士はそのとき、自らの婦人の美しさと、自らのありあまるやさしさとを支えるために、戦うことを余儀なくされていた。騎士たちのいさおしは、会話と物語との永続的な主題であつた。いたるところで慇懃さが勧められた。戦闘と危険のただなかでも、騎士が常に自らの婦人の面影を思い出すことを、詩人たちは望んでいた。騎馬試合においては、突撃喇叭を鳴らす前に、騎士が目をその恋人に向けることを詩人が望んだのは、次のバラードが証明している。

恋の僕らよ、やさしく見よ、

桟敷にいる、天国の天使たちを、

強くまた喜ばしく試合をするのだ、

さすれば名誉と寵愛とを受けよう。

そのときすべてが恋を説いていた。そして愛する者を動かすのに、もっと強いどんなばねがあろうか。美女の物腰、まなざし、ほんのわずかな身振りも、感官の魅力と陶酔ではなかろうか。女性は、愚か者や弱虫のなかに、魂と体を自分たちの好みにつくりだせないであろうか。フェニキアはヴィーナスまたはアスタルテ3)の名の下に、美の祭壇を建てなかったであろうか。

こうした祭壇は、私達の宗教〔キリスト教〕によってしか倒され得なかった。天が私達の快の最も強いものの貴重な寄託をそこへと委ねた対象以上に、どんな対象が(信仰の光に照らされていない者にとって)実際私達の崇敬により値するであろうか。この快の享受によってだけ、私達は人生の辛い重荷を喜んで耐え、存在することの不幸から慰められるのである。

諸情念の起源について述べたこの一般的結論は、感官の快苦が人々〔男たち〕を動かし考えさせるのであり、精神的世界を動かす唯一の平衡力だということである。

 それゆえ情念は、私達において、身体的感性の直接の作用である。ところで、すべての人は情念を感じられうけいれる。したがって、みなが自らのなかに精神の生産的な芽を担っている。しかし、彼等が感性的であるとしてもたぶんみなが同じ程度にそうなのではないと言われよう。たとえば、栄光と徳の情念にまったく無関心な国民もみられる。ところで、人々が同じだけ強い情念をうけいれるのでないならば、彼等の知識が大きく異なる原因とみなすべき、注意力のあの同じ連続がみなに可能でない。そこから帰結するのは、自然がすべての人に精神の等しい素質を与えたわけではない、ということである。

 この反論に答えるために、すべての人の感受性が等しいかどうかを検討することは必要ではない。この問題は、想像されるよりも解決が難しいかもしれないが、他の点では私の主題には疎遠である。私がもくろんでいるのは、すべての人が少なくとも、精神の優越が付与される連続した注意力を備えるのに十分に強い情念を持てないかどうか、検討することである。

このため私はまず、若干の国民が栄光と徳の情念に感じないことから引き出される議論を退けよう。すべての人が情念をうけいれるわけではないことを証明すると思われる議論ではあるが。それゆえ私は、これらの国民の無感覚は自然に帰されるべきではなく、統治のいろいろな形態のような偶有的な諸原因に帰せられるべきである、と言おう。

 

【原注】

(a)ダビデは、ミカルを手に入れるために、二百人のペリシテ人の包皮を切りサウルにもたらすことを強いられた4)とき、彼自身どんな恐ろしい危険に飛び込んだことであろうか。

(b)ゲロン人5)において、女たちは、法によって、家を建てたり土地を耕したりのようなすべての力仕事をすることを強いられていた。しかし彼女等の労苦の見返りに、同じ法が、彼女等に快い戦士すべてと寝ることができるというあの甘美さを与えている。女たちはこの法に強く執着していた。『福音の準備』においてエウセビオスが引くバルデネス6)をみよ。

フロリダ人7)は、とても強くとても快い飲み物を合成する。しかしそれは、大きな勇気の行動によって名をあげた戦士たちの飲み物にしか供されない。『布教使書簡集成』。

 

【訳注】

1)    エパミノンダスに率いられたテーベ人がスパルタに大勝し、ギリシャの覇権をスパルタから奪った(BC.371)。テーベの「神聖部隊」については、プルタルコス『対比列伝』「ペロピダース編」第18節、参照。

2)    サムニウム人は中央イタリアにいた民族。いったんローマに服属したが、前四世紀に反抗した。

3)    ビスナガル(Bisnagar)は英領ヒンドスタンの町Bidjanagorか。

4)    アスタルテ(AstartéまたはアシュタルトAshtart)はフェニキアの豊穣の女神。

5)    「サムエル記上」(18 :25)。

6)    ゲロン人(Gelons)は欧州とアジアの民族。前者はスキュタイの一部、後者は黒海とカスピ海沿いに住む。

7)    バルデザネス(Bardezanes)2世紀のシリア生まれの有名なグノーシス派バルデザネ(Bardesane)か。

8)    フロリダ人は、セミノール族インディアン。いまの米国のフロリダ州に住んでいた。1513年にユグノーにより植民地化されたが、1563年に英領に。



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