存在論の問題(その三)(哲学の現在17)

仲島陽一

 

「存在論の問題(その二)」では、存在するものの「全体」の観念について、また世界の階層性について述べた。後者に関しては、いまベイトソンを読んでいるが、彼がラッセルの「階型理論」(theory of types)を使って言おうとしていることは、かなりの程度この「階層性」と重なるように思われる。今回は時間の問題をとりあげたい。哲学的な時間論としては、世界の「始まり、終わり」の問題、時間の「実在性」の問題などもあるが、それらには触れないことにする。ここで考えたいのは、時間的に世界全体は循環しているのかどうか、という論点である。

古代では循環説がふつうであった。なぜと問われれば、自然の日常的観察からはそれが自然だからと言われる。一日は朝昼晩、一年は春夏秋冬で繰り返し、生き物もまた、種から芽が出て花を咲かせ種をつけるというように、果てしない循環である。では人間はどうかと問えば、やはり政体循環史観があり、トゥキディデスは自分が記述しているような戦争は何度も繰り返すと考えた。人間も自然の一部と考えたからだという。

循環でない時間観念を提示したのはキリスト教であり、これはイエスの出現などが「一回的」な出来事とされることによるという。個々の人間もこの唯一無二の存在であるイエスとの出会いなどにより、個別者として位置づけられるようになる。これを宗教による説明として気に食わないなら、次のように言ってもよい。西洋世界では何らかの理由で個人の発見という出来事が起こり、キリスト教にはその宗教的な表れがある、と。ちなみにヘーゲルは、東洋「史」においては同じ名前の人物が何度も現れることを一つの傍証として、東洋世界で個が覚醒しなかった(したがって循環的でない本来の「歴史」がない)ことを述べている。

ニーチェはその永劫回帰説を驚天動地の新思想のように喧伝するが、昔からあったものである。彼がそれに飛びついたのは、キリスト教的な救済史観や啓蒙主義的な進歩史観への憎しみからであると考えざるを得ない。古代ギリシャによくみられたように、彼はそれを自然主義、人間も自然の一部とする(二元論や観念論に反対する)立場に基づける。そして勃興した自然科学はこの自然主義を裏付けるように思っていたふしがある。しかし自然科学そのものは、(人間を除外した)自然においても全体は循環でないことを明らかにしている。

大森聡一・鳥海光弘『ダイナミックな地球』(放送大学教育振興会、2016)は、専門家による地球史の教科書である。そこでは章のうち二つが「一方通行の歴史」と題されている。それについて著者は講義で次のように説明した。地球の歴史においては、ある面では繰り返しと言える出来事もあった。大きなところでは生物の大量絶滅や氷河期などである。しかしそれらも原因や結果が異なったりしており、同じことの反復ではない。それゆえ全体として循環でなく「一方通行の歴史」なのだと。

こうした見方は地球だけでなく天文学的現象一般でも指摘されている。「星の一生」のような言葉で示される循環的現象も含みつつも、全体としては一方通行的と考えられている。よって生物学用語の転用として天体の、あるいは宇宙の「進化」などと言う。そう、まさにニーチェの時代に進化論は確立したのだが、彼はそれを科学的には受容しなかった。「生存闘争」説や「超人」説への利用など、彼の思想に都合のよいようにつまみ食いしながら、進化でない「永劫回帰」という形而上学をまくしたてた。

なるほど経験的には(現在知られている限りでは)それは認められないにせよ、そのことは永劫回帰が不可能というわけではない、という反論があるかもしれない。天文学的にも、今までの宇宙は膨張の過程にあるが、どこかで収縮に転じ、再び膨張に戻る、という可能性もあるという。しかし、そうだとしても二度目の膨張の中身が前と同じとは限らない。なによりもこれは、それが論理的には不可能でない、というだけの抽象的可能性であり、経験的・具体的な根拠による現実的可能性ではない。それが論拠として有効なのは唯一、論敵がこれは絶対だ、これしかあり得ない、と固執するときである。それ以外に抽象的可能性で積極的な主張をすることは、よくて無駄な空論であり、しばしば議論を破壊する有害な詭弁である。


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