精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第25章 情念の力と情念に目的として提供される報酬の大きさとの間の正確な関係について

 

 この関係の正確さ全体を感じ取るため、頼らなければならないのは歴史である。メキシコの歴史を開いてみよう。私は金の山が、全欧州の略奪によって得られたものよりも多くの富を、スペイン人の貪欲に供されるのをみる。それを得ようという欲望に動かされて、まさにこのスペイン人たちは、自らの財産も家族も捨てる。コルテスの導きの下、新世界の征服を企てる。気候、欲求、数、勇気と同時に闘う。そして尊大であるのと同様に頑固である勇敢によってそれらに勝利する。

金への渇望により熱くなって、またより赤貧であるのと同じくらい富に貪欲なので、カリブの海賊たちが北の海から南の海に渡るのを、私はみる。通り抜けない砦を攻撃するのをみる。人々の腕力で訓練された兵士たちの数多くの集団を破滅させるのをみる。そしてまさにこのカリブの海賊たちが、南の沿岸を荒らした後、北の海への通路を新たに切り開き、信じがたい仕事によって、絶えざる戦闘と試練済みの勇気、彼等が戻るのに人々と自然が設けた障害にうちかつのを、私はみる。

北方の歴史をみてみれば、目の前に現れる最初の民族は、オーディン1)の弟子たちであった。彼等は想像上の、しかし信じやすさでありありとみるときには、すべてのなかで最大の報いの希望に動かされる。だから、強い信仰に動かされている限り、天上の報いに釣り合って、海賊の報いにもさらにまさる勇気を、彼等は示す。彼等の詩人のひとりは言う。「我等の戦士たちは、死を渇望し、激しく死を求める。戦闘で致命的な打撃を受けると、人は彼等が倒れ、笑い、そして死ぬのを見る。」これはロドブログという名の彼等の王の一人が、戦場で次のように叫ぶとき確証されることである。どんな未知の喜びが我をとらえることか。我は死ぬ。我を呼ぶオーディンの声を聞く。その宮殿の扉は既に開かれている。半裸の娘がそこから出るのが見える。その胸の白さをひきたてる青い肩掛けをしている。我に向かって歩み、我の敵どもの血染めのされこうべの中のうまいビールを我に差し出す。

北方から南方に移ればマホメットがみえるが、これはオーディンのと似た宗教の創始者であり、自分は天から送られたと言い、至高者が地を委ねたとサラセン人たちに告げる。彼等の前に恐怖と荒廃を進ませるが、しかし武勇によってその帝国に値する違いないと告げる。彼等の勇気を熱するために、永遠なる者が諸々の地獄の淵に橋をかけたと、彼は教える。この橋は新月刀の刃よりも狭い。復活の後、勇者は軽い足でその橋を渡り、天の円蓋に昇る。卑怯者はこの橋から落とされ、「煙の家の暗い小屋に住む恐ろしい蛇ののどの中に」入れられる。預言者〔マホメット〕の使命を確定するために、その使徒たちは付け加える。「アルボラク2)の上に乗った預言者は七天を巡り、死の天使と白い鶏を見た。その鶏は第一天に脚を置き、頭を第七天に隠していると。マホメットは月を二つに割り、自らの指から泉を沸かせたと。彼は森たちに自らの後を追わせ、山たちに挨拶させたと(a)。そして神の友である彼は、神が述べた法を彼等にもたらすと。こうした話を聞かされたサラセン人たちは、勇敢な人々に定められた天の住まいの官能的な叙述を与えられるだけにいっそう信じやすくなって、マホメットの弁説に耳を貸す。こうした美しい場所の実在に官能の快に関心をひかれた彼等が、最も強い信仰に燃え、天女たちに絶えずため息をつき、熱狂して敵に襲いかかるのを、私はみる。イルキマクいう名の彼等の将軍の一人が戦闘のなかで叫ぶ。「兵士たちよ、黒い目の、美しい娘たちを、我は見るぞ。25人だ。その一人でも地上に降りるなら、すべての王が王座から降りて彼女を追うだろう。でも何を見ているのか。その一人が進み出る。黄金の半長靴を持っている。片手の緑の絹のハンカチを、もう片手にトパーズの盃を持っている。頭で我にしるしを送って言う。『ここにいらっしゃい、愛する人…』待ってくれ、神聖な天女よ。我は不信心の戦闘に突進する。我は死を与え、死を受け取り、そしてお前と結びつく。」

サラセン人たちの信じやすい目がこれほど判明に天女たちを見る限り、征服の情念は、待ち受ける報いの大きさに釣り合って、祖国愛が吹き込むのにまさる勇気で彼等を動かす。だからそれはより大きな効果を生み出したし、少なくとも一世紀で、ローマ人が六百年で征服してきたのより多くの国民を彼等が服従させるのがみられたのである。

だから、数、規律訓練、武器、戦争機械でまさるギリシャ人は、はやぶさを見た鳩のように、彼等の前から逃げた(b)。同盟した国民すべてが、そのときには無力な柵でしか彼等に対抗しなかった。

彼等に抵抗するには、マホメットの法がイスラム教徒を動かしたのと同じ精神でキリスト教徒を武装さなければならなかったであろう。不信者と戦って死ぬ戦死すべてに、十字軍のとき聖ベルナールが約束したように、天国と殉教の栄誉を約束することである。それを皇帝ニケフォルス3)が集まった司教たちに提案したが、彼等は聖ベルナールほど有能でなく、一致した声で退けた(c)。この拒絶がギリシャ人をがっかりさせ、キリスト教の消滅とサラセン人の進出に有利になることに、彼等は気づかなかった。そうしたことに対抗できたのは、彼等の狂信に等しい熱意の防壁しかなかったのだが。それゆえこれらの司教は帝国を荒廃させたことを国民の犯罪に帰し続けた。啓蒙された人ならば、まさにこれらの司教の盲目のなかに、原因をみてとったであろう。これらの聖職者たちは、こうした場合には、天が帝国を打つために用いる鞭と、また苦しめる傷としてみなされ得た。

サラセン人たちの驚くべき成功は、彼等の情念の力に、そしてその力は、それに火をつけるのに用いられた手段にかくも依存していた。まさにこのアラブ人は実に驚くべき戦士たちで、その前では大地が振動し、ギリシャ軍は北風の前の塵のように散り散りに逃げた。その彼等自身、スーフィ4)と呼ばれるイスラム教の一宗派を見ると震えあがった(d)。あらゆる改革者のように、より獰猛な自尊心とより堅固な信仰で燃えたこれらの宗派人たちは、より判明な目で、希望がサラセン人たちにはより雑然とした遠方にだけ差し出している天上の快楽を見ていた。これらの熱狂したスーフィは、地上をその誤りから浄化しようとした。彼等の言うところでは、恐怖または光にうたれて、矢が放たれる弓を離れるより速く、その偏見と臆見から離れるべき諸国民を、啓蒙するあるいは根絶することを欲したのである。

私がアラブ人とスーフィについていったことは、宗教というばねで動くすべての国民に通用する。すべての民族において、その情念と勇気との均衡をつくりだすのは、この分野では信じやすさの等しい程度である。

別の種類の情念に関しては、同じ極端さのなかでも、とても異なる方策へと諸民族を決定づけるのは、彼等の政府と位置との多様性によって常にひきおこされる、その力の程度の不等性である。

プルタルコスは言う。テミストクレスが武器を手に、彼の共和国〔アテネ〕の富裕な同盟諸国に対するかなりの援助金をとりあげに来たとき、これらの同盟諸国は急いでそれを提供したが、なぜなら彼がとりあげ得る富に比例した恐れのために、アテネ人の意志に従順になったからである。しかし、まさにこのテミストクレスは、赤貧の諸民族に話しかけたとき、アンドロス5)  に上陸し、その島民に同じ要求をした時、自分は二柱の強い神を伴って来ていると宣告した。つまり「欲求と力〔という神〕であり、それらが常に説得をお供に連れている」と言った。アンドロスの住民たちは彼に答えた。「テミストクレス、もし我々が、あなたのと同じくらい強力な二柱の神、力を知らない赤貧と絶望とによって守られているのでなければ、他の同盟諸国同様、あなたの命に服するであろうが。」

それゆえ情念の活発さは、立法者が私達のなかの情念に火をつけるのに用いる手段によるか(e)、偶然私達が置かれる位置かによる。情念が活発であるほど、それが生み出す結果は大きい。だから、歴史全体が証明しているように、成功は常に強い情念に動かされる民族に伴う。この真理はあまりに知られておらず、その無知が、情念を吹き込む技術においてなされたであろう進歩に対立した。この技術は現在まで未知であり、評判の政治家たちにさえそうである。彼等は、国家の利害と力とをかなりよく計算するが、危機的な瞬間、情念に火をつける技術を知っているなら引き出せる独特なばねをけっして感じ取らなかったのである。

幾何学のと同様に確実なこの技術の諸原理は、実際いままで戦争や政治における偉人たちによってしか気づかれなかったようにみえる。そのことに関して私は観察したいが、徳、勇気、したがってまた兵士を動かす情念が根彼等を従わせる命令に劣らず、戦闘の勝利に貢献するならば、それを吹き込む技術に関する論文は、戦略に関する有名なフォラール騎士のすぐれた論文に劣らず、将軍たちの教授に有用であろう。アブル6)、サグント7)、カルタゴ、ヌマンティア8)、ロドスの有名で頑強な守りをつくったのは、有能な工兵たち以上に、自由への愛と隷従への憎しみが結びついた情念であった。

アレクサンドロスが他のほとんどすべての将軍にまさっていたのは、情念をかきたてる技術においてであった。彼のあの成功はまさにこの技術のおかげなのだが、それは何度も何度も分別ある者という名が与えられる人々によって、偶然に帰されたり、無謀さに帰されたりした。なぜなら彼等は、この英雄が多くの奇跡を操るために用いた、ほとんど目に見えないばねに気づかないからである。

この章の結論は、情念の力は、それに火をつけることに使われる手段に常に釣り合っている、ということである。いまや「次章で〕検討しなければならないのは、まさにこの情念が一般に五体満足のすべての人において、精神の優秀さが付着するあの連続的注意力を与えるほど高まり得るかどうか、である。

 

【原注】

(a)マホメットの他の奇跡もたくさん報告されている。言われるところでは、ある強情なラクダが彼に遠くから気づき、この預言者にひざまづこぅとやってきた。彼はこれに触れて行いを改めるように命じた。ある別のときにまさにこの預言者は三万人を一匹の子羊の肝臓で満腹させたと語られる。マラショ神父はこの事実を認め、それは悪魔の業であったと主張する。もっと驚くべき奇跡に関しては、月を溶かし、山々を躍らせ、焼かれた羊の肩にしゃべらせると言ったものだが、イスラム教徒が保証するところでは、彼がそれらを行ったのは、これほど人目を引き人間の力と欺瞞全体を越えた奇跡が、奇跡に関していつもとても気難しい自由思想家たちを改心させるのに絶対に必要だからである。

(b)皇帝へラクリウス9)は、彼の軍隊の重なる敗北に驚いて、この件で、政治家よりも神学者が多い評議会を集めた。そこで帝国の現在の禍が示され、その原因が探られる。そしてこの時代の習いに従い、国民の犯罪が至高者を怒らせたのであり、これほどの不幸を終わらせるには、断食、涙、そして祈りによってだけ可能であろう、と結論された。こうした決心をして、これほど多くの禍の後、皇帝はなおも彼に残っていた方策を何も考慮しない。勇気は情念の結果にほかならないこと、共和国の破壊以後ローマ人はもはや祖国愛に動かされないので、情念のない人々を狂信者に向かわせるのは凶暴な狼に臆病な羊を立ち向かわせるものだということを知っていたならば、精神にまず現れたはずの方策であるが。

(Ⅽ)彼等は自分たちの見解に有利になるよう、東方教会の古い規律と、聖バシリウスからアンフィロキオス10)への手紙の十三番目の規範に言及した。この手紙は、「戦闘で敵を殺した兵士はみな、三年間聖体拝受に近づくことはできない」と定めていた。啓示され有徳な人によって統治されることが有利であるならばときおり聖人によって統治される以上に有利なことは何もないであろう、とそこから結論することもできよう。

(d)これらのスーフィ教徒たちはとても恐れられていたので、名声高い将軍アディはベン-メルヴァンと名付けられた政府に集まったこれら120名の狂信者を600名で攻撃するように命令を受けた。この将軍が示したのは、死を渇望したこうした宗派の各々は20倍のアラブ人に対しても有利に戦える、ということであった。またこうして、勇気の不等性はこうした場合数の不等性によって償われないので、こうした狂信者たちの決断たる勇気がかくも不等にしている戦闘を、彼は敢えてしないであろうということである。

(e)卑小な手段はいつも卑小な情念と卑小な結果を生み出す。大胆な企てへと刺激されるには、大きな動機が必要である。大部分の政府が悪弊を永続化させるのは、愚かさ以上に弱さのせいである。私達は後世にそうみえるであろう程には愚かではない。たとえば二十五歳未満で自分の財産を処分することを公民に禁じ、十六歳で自分の自由を放棄して修道僧になることを認める法律の不条理を感じない人がいようか。皆がこの病の薬を知っているが、同時にそれを飲ませるのがどれだけ難しいかを感じている。実際、若干の社会の利害関心は、この件で公共の福利にどれだけの障害を置くことであろう。そうした企てを実行するには、勇気と才気のどれだけの長くて骨がおれる努力が、要するに粘り強さが前提されるであろうか。それを試みるには、たぶん要路の人が、最大の栄光の希望によって刺激されたことが必要であろう。また公衆の感謝によっていたるところに彼の像が立てられるのを見られると思えなければなるまい。常に思い出さなければならないのは、道徳学においても、自然学や機械学と同様に、結果はいつでも原因に比例する、ということである。

(f)規律訓練とは、いわば、敵よりも自分の将校への恐れを兵士たちに吹き込む技術にほかならない。この恐れはしばしば勇気を結果として持つ。しかしそれは、狂信、または激しい祖国愛によって動かされた一民族の獰猛で頑強な武勇の前では持ちこたえられない。

 

【訳注】

1) オーディンは北欧神話における、雄弁・知識・詩歌・武勇などをつかさどる最高神。

2) アルボラクはマホメットのこの夜の旅のときの乗用馬に与えられた名。

3) ニケフォルス(Nicephorus)は東ローマ皇帝。

4) 底本はSafriensだが意味上スーフィ教徒(soufi)のことと解した。

5) アンドロス(Andros)はエーゲ海の島。この挿話は、プルタルコス『対比列伝』テミストクレス篇21節。ただしすでにヘロドトス『歴史』第八巻11節にあり。

6) アブル(Ablou,Abydos)はエジプトにあった町。テーベの北西。

7) サグント(Sagunto)はスペインの町。前219年、カルタゴによって攻囲劫略された。

8) ヌマンティア(Numantia)はスペインの町。スキピオが住民を飢えに追い込み、破壊した。

9) ヘラクリウス(Helaclius,c.575-641)は東ローマ皇帝。イスラム勢の侵入で領土の一部を失った。

10) アンフィロキオス(Amphilochios,340/45-94/403)はイコニウムの司教。四世紀にいくつかの公会議を主宰し、異端に対する多くの著作を書いた。ナチアンスのグレゴリウスのいとこ。




添付画像
プルタルコス(Plutarchus)
生誕:46年-120年 AD
帝政ローマのギリシア人著述家
引用:greatthoughtstreasury.com












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