床屋道話62 マイナンバーそのものの廃止を

二言居士

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 「安全漫才」というお笑いコンビがある。出てきた当座、おもしろいネタがあった。長いお勤めを終えてムショから出てきた「アニキ」(アラポン)を出迎えた弟分(ミヤゾン)がいまシャバではどうなっているかを教えるという設定である。そのなかで、国民に十二けたの数字がつくようになった、と教える場面もある。これがおもしろいのは、刑務所の囚人は名前でなく番号で呼ばれる、という理解が前提されているからである(現在実際にそうであるかどうかは筆者は知らないが)。つまりこのギャグは、今では日本全体が「塀の中」状態になってしまった、という風刺とうけとられるのだ(ミヤゾンらがそこまで考えてつくったかどうかはわからないが)。

昨今はマイナカードのトラブルが多発する中で、何としてもそれを作らせようとする政府の方針で、保険証の廃止などが論議の的になっている。小生はこれに反対であるが、そもそも国民を政府の囚人化するマイナナンバーそのものを廃止すべきであると考える。

イギリスは、1939年に国民登録法に基づき、身分証明書となるIDカードが導入された。しかし個人の身元を証明する行為は強制されるべきではないという世論により、53年にこの法律とIDカードは廃止された。2006年に再びID法が成立したが、2010年に監視社会への危機感などからこの法律は廃止となった。現代イギリスでは、複数の行政機関で同一の識別番号を用いることはない。

フランスでは、1972年に、行政分野を横断して個人情報を管理する計画を政府が立てた。しかし大きな社会的反対が起こって政府はこの計画を撤回した。現在フランスでは、社会保障番号、税務登録番号など、行政分野ごとに異なる番号が使われている。

ドイツでも、1970年代に行政分野横断の個人識別番号の導入が検討されたが、プラパシー侵害への国民の懸念が大きく成立しなかった。それどころか、そのような制度は憲法違反の可能性があるという判決が1983年に下され、行政事務は税務識別番号、医療被保険者番号など分野ごとに異なる識別番号で行われている。

イタリアでは、納税者番号が記載された国民健康保険証が発行されている。これとは別に本人認証手段として国民電子IDカードが2001年から発行されている。

アメリカでは、1936年にニューディール社会保障計画の一環として社会保障番号が導入された。60年代以降、利用範囲が拡大され、民間でも使われ、個人情報の流出やなりすましなどの犯罪が問題になった。バイデン大統領はプライバシー保護を重点分野とし、21年には連邦プライバシー法案が提出された。社会保障番号は民間でも使われるが、ICカード化はされず紙で発行される。氏名と番号だけが記載され、生年月日や顔写真などは載せられない。カナダでは、社会保険番号が個人番号として利用される。しかし悪用の防止のため、14年にプラス地筑世の社会保険番号カードは廃止され、登録時にその番号が記された書類だけを渡されます。その官庁のホームページには、これを身分証明書として使わないように、またそれを持ち運ばず法的義務がある場合にだけ提供するように、警告が書かれている。

2023年7月5日、加藤勝信厚生労働相は国会で、G7の中で、異なる行政分野に共通する個人番号制度があり、それを確認できるICチップ付きの身分証明書となるカードを健康保険証として利用できるのは、日本以外にない、と発言した。日本のデジタル化が遅れていると叫ぶ者も少なくない。確かに日本は遅れている。しかしデジタル化にではなく、デジタル化の歯止めをかける対策が遅れているのである。

このような先進諸国の流れにさからって、日本政府が国民総囚人化にやっきになっているのはなぜであろうか。役人たちが、行政事務を簡素化して国民の税負担を軽くしようと思ってか。政治家たちが、国民生活をより便利にしようと思ってか。どちらも本当らしくはない。熱心なのは一般国民ではなく、ITを中心とする企業である。それはこのシステム構築の過程においてと、できた後の利用においての二重に利得するからである。前者では、2013年度からのこの十年で、マイナンバーとマイナカードの運用を担うJ-LISが2810億円以上の発注をしている。これは国と自治体が管理する法人で、原資も国と自治体からであるが、その契約実績はそのような企業で大部分が占められる。一位はNTTCommunicationsで四位も同グループのNTTデータである。二位は近年DXに注力している凸版印刷で、五位に日本電気、七位に日立製作所、七位に富士通である。この一位・二位の企業はマイナカード用の「製造業務」を、競争入札でなく随意契約で受注している。後者では、膨大な個人情報の取得が大きなビジネスチャンスになる大企業があることである。経済同友会は、マイナカードが持つすべての機能をスマホなどに搭載することを要望している。これに対してたとえば医療機関が、保険証を廃止してマイナカード一本にすることを求めたりはしておらず、むしろ逆である。ネットの声でも、推進を主張しているのはたとえばIT起業家のホリエモンのような人々である。

科学技術社会論を専門とする神里達博氏は、先進諸国で、共通番号や国民IDカードが必ずしも普及しているわけではないことを紹介し、日本政府の「前のめり」を危惧している。また、ドイツではナチスの人権蹂躙などを踏まえ、複数の行政機関が情報を突き合わせて国民を「丸裸」にする仕組みは憲法になじまないと理解されていると知らせる。フランスでもイギリスでも、国民監視の強化が懸念されて統一的な共通番号は使われていないことを伝える。これらを踏まえて氏は、マイナカードの事実上の強制だけでなく、「マイナンバー」自体について、再考の必要を述べている。

アメとムチで普及が進められたマイナカードだが、各種の事故やトラブルが多発していることで、返上運動も起きている。もっともなことであり、小生としては、マイナンバー制度そのものの廃止に向けた運動も期待したい。


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2024/04/08 18:26 2024/04/08 18:26
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