床屋道話64 「どっちもどっち」論はだめだ

二言居士

 

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 いじめに関して、「いじめられる側にも問題がある」と言う者がいる。これは言説としてよくない。本当に問題があるかどうかは本質的なことではない。よくない最大の理由はそれがいじめる側を免責するからである。「問題がある」のが事実だとしても、「だからいじめていい」ことにはならない。まずいじめをやめさせいじめた側を反省させること(そして必要に応じて処罰すること)であり、それが十分に行われた(一般論として話し合われているなら以上の点ではっきり合意が得られた)後、はじめて「いじめられた側」にも問題があったかどうか、あったなら今後どうすべきかをとりあげることが許される。

痴漢に関して「被害者にも落ち度がある」という者がいるが、この言説についても同様である。純理論的には完全な間違いとは言えない。露出の多い服装の者が狙われやすかろうし、一部の隙もなさそうな女性を襲う痴漢はめったにいなさそうだからである。しかしもちろん、そういう女性相手なら痴漢してよいわけではないので、まず被害者のほうを責めるのは言説としてよくない。

人間同士の対立や争いにおいて、一方の側が100%悪いという事例は少ない。「盗人にも三分の理」と言われるくらいだが、これはだから「どっちもどっちだ」を意味するわけではない。それはなぜよくないのか。まず、「ではどうするか」に役立たないからである。まずはいじめや痴漢をやめさせなければならない。(そして必要に応じて処罰しなければならない。)裏から言えば、「どっちもどっち」論は「ではどうするか」にいま求められている実際的な答えを出さずにすむ、場合によっては「仕方ない」「なるようにしかならない」とする反応である。つまりさらに言えば、自分を局外におく評論家的な構えである。楽であるとともに偉そうにも見え「公平さ」もよそおえて、一つで三つおいしい。

ウクライナ戦争であれイスラエルのガザ攻撃であれ、双方に言い分はある。「三分」の理かもっと大きいか少ないかは意見が分かれようが、どちらかがゼロとは言い難い。それでも「どっちもどっち」論になってはだめだ。故芝田進午先生は、いわば評論家的な態度を「行司の思想」として批判した。純粋な観客としての「評論」ではいけない。この二つの戦争の場合は自分が直接土俵に上がることは好ましくないが、どうすべきか、それに向けて自分は何ができるかをはっきりさせなければならない。たとえば日本は何をすべきかを考え、国民の一人として(あるいは同じ考えの国民とともに)政府にどう働きかけるか、あるいは政府の現在の方針をどう評価するか、を考えなければなるまい。

「自民党はよくないが野党もだらしない(あるいは頼りない)」、これもよく聞く。これも内容そのものはわからなくはないが、言説(それを口に出すこと)はむしろ有害である。まず「野党」と言ってもいろいろで、(旧N国党や保守新党のように)自民党よりよくない「野党」もある。「野党」という大くくりは議論を進める妨げになる。さらに悪いことは、その言説は「だからこんな現実も仕方ない」として行動への妨げになり、結果「よくない自民党の権力」という現実を支えるからである。野党、いや〇〇党(や××党etc)にもっと力をつけてもらいたいがための苦言だ、と言う人もいるかもしれない。それなら〇〇党(や××党etc)の党員や支持者に対して言わなければならない。支持していない人にその政党の悪い点や弱い点を述べても(評論家面すること以外)意味はない。一般的な場面でのどっちもどっち論は、繰り返すが、責められ責任を負わされるべき(つまりより「悪い」)のはどちらかを判断することを逃れようとする知的怠惰であり、だから「仕方がない」という「現実」維持に導く無気力または保身であり、自分を「中立」の立場におくことで「反対派」の攻撃を防ごうと図る卑怯である。

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2025/03/18 04:21 2025/03/18 04:21
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