床屋道話63 私のカルチャー・ショック(その2)

二言居士

 

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 ことし2023年、小林善彦先生がなくなられた。小生は先生にはひとかたならずお世話になったので書くべきことはある。しかしここでは「私のカルチャー・ショック」にかかわる点にだけ触れる。また先生の人となりや教師・研究者としての業績などについてはよりふさわしい人がどこかで書くであろう。

小生の先生との接触は、雑誌『思想』(岩波書店)の1978年6月号掲載の「ルソーの人気 ヴォルテールの不人気」に始まる(そして本稿ではそれに関することだけを書く)。小生が大学に入ったばかりのときである。以前からルソーに関心があったので、ともに没後200年に当たるルソーとヴォルテールを特集したこの雑誌を買って読んだ。多くの執筆者の文章はそれぞれにおもしろかったが、小林先生のものが私に興味深かった点を述べよう。題の意味は、日本ではルソーは人気があるが、啓蒙思想家として彼としばしば並べられるヴォルテールはそれどころか知名度さえ低いことを指す。そのことは周知の事実だが、この現象はフランスにはあてはまらないことを知らされた。つまりフランスでは、ヴォルテールは知られているだけでなく好かれているのに対し、ルソーについてはその文芸作品や社会思想を「評価する」人でも「好きではない」者が少なくないというのだ。そして先生はその原因について、ヴォルテールがまさにフランス的な才人であるのに対して、ルソー(フランス人でなくスイス人)がいかにも日本的であることに求める。その「日本的」とは何か。まず性善説である。そして「腹を割って」話せばわかりあえる。心情を吐露してそれを共有し、一体感が得られることが幸せである。これに対しフランス人はむしろ性悪説寄りであり、人はみな自分が一番、がリアルな認識だとし、それがわからぬ「お人よし」をばかにするのを楽しむ。対人的には「察しあう」どころか気持ちをわかってもらうことでもなく、互いに権利や主張を論理的にぶつけ合うなかで妥協点をみいだす。結果として自分の優越や勝利が得られれば幸せである。

ここから小生が感じ取ったのは次の点である。第一に、小生はルソーをいわば西洋近代思想のチャンピオンとしてとらえてきた。それは間違いではないが、小生がルソーの魅力として感じてきたのは、彼が「日本的」であるいうことにも少なからずよっていることがわかった。第二に、西洋的(さしあたり「フランス」が代表するが)人間への違和感が対自化された。

そこから小生は、これからのあるべき日本を考える際に、西洋由来の理念(たとえば「民主主義」であれ「社会主義」であれ)を学び取り入れるにしても、それを「日本的」なものとして加工する工夫が重要と考えるようになった。そのような「対自化」の土壌は七十年代に既にあった。たとえば「進歩派」のほうでも、もはやソ連や中国は手本ではなく、社会変革や新体制のあり方などは日本独自に考えなければならないというのが大方の意識であった。またディスカバージャパンは「保守派」の仕掛けた、政治色も隠された「キャンペ―ン」だったのだが、それに民衆が好感したのは、反動的な国粋思想からでなく、国民性の健全な再自覚であった。

「日本回帰」というのは昔からよく言われたが、ゆえあることと思う。西洋をよく知ることで、自分がどうしようもなく日本人であることを自覚させられがちであるからである。多くは「洋行帰りのインテリ」であったが、小生は実際に西洋に行ったのはもっと後になるが、これらの知識によってこの自覚は始まった。またそれにもまして、大学以前の小生の環境にはなかった、「バタ臭い」大学人の言行に触れることによってでもある。

排外的な「日本主義」には反対である。実際小生はその後もずっと西洋を学び続けている。自分が「どうしようもなく日本人だ」という自覚は、日本がすぐれていると考えることではない。またルソーが「日本的」であるということも、ヴォルテールと比べるならば、という観点でなされているので、当然ながらルソーには西洋的なところもフランス的なところもある。老荘思想と安直に重ねたり、安藤昌益のヨーロッパ版とだけとらえるならば、ルソー理解としても一面的である。

小生自身にしてもそうであろう。先生の文章に強い印象を受けて二、三の知人に紹介したところ、そうするとあなたはヴォルテール型というわけねと返されて驚いたことがある。考えてみれば、明晰な論理的整理自体がヴォルテール的である。小生もなるべくそのままの紹介に努め、暗示的あるいは感情的に伝えたのでもなく、いわんや言わないでわかってくれやと望んだのでもない。というように「純」日本的であることはほぼ不可能であるし、またそれでもある程度西洋化した日本人に(いわんや西洋人にわからせるのに)有効性も乏しい。

こうした折衷的な姿勢でも、先生には不本意な「影響」かもしれない。「ヴォルテール的」要素を小生以上に持ち、「日本的」なものにはより多くの反発を持っていたと思われるからである。それは戦前生まれで国粋的風潮の害悪を直接に被った経験や、生まれが商家で合理主義的であったろうことからと推察される。

それにしても小生が、フランス革命の合理主義や民主主義といった教科書的知識を超える理解を与えられる一つのきっかけを与えられた出来事であった。

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仲島 陽一 | 2015/10/1
2023/11/14 14:20 2023/11/14 14:20
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