2013年のNHK大河ドラマは、綾瀬はるか主演による「八重の桜」であった。2011年3月の大震災と原発事故を受けて、「福島県人を主人公に」というのが最大の意図として選ばれた題材であった。福島出身の俳優も使われた。

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 発表を聞いたときの小生の危惧は、主人公新島八重が知られているのはまず銃士としての活躍によっているので、好戦的、あるいはそこまでいかなくても武力行使の正当化に向かうドラマにならないかということであった。「女性の活躍」というのが近年の大きな主題であり、そのこと自体はもっともとは言えるが、これに悪乗りして「女でも銃を取る」ことのあおりになるおそれである。幸いそうはならず、「銃を撃った」ことへの反省が後半に現れた。これは、一つは夫となった襄のキリスト教から、もう一つは戊辰後、薩摩などかつての敵側との交わりからのものとして、しっかり描かれていた。終わりのほうでは、襄の教え子ながら帝国主義者になっていく徳富蘇峰への批判を通じて、むしろはっきり平和主義を志すものになっていた。蘇峰は戦前日本のマスコミ界における最大の戦争責任者になったことを知っている我々としては、彼への批判をいま盛り込んだ意義は多としたい。


 前半の反響としておもしろかったのは、京都守護としての会津の活躍の半面として、長州などの「志士」が「陰険なテロリストのように描かれている」ことへのとまどいや反発であった。実はこれは三谷幸喜氏の「The新鮮組!」のときにもあったことだが、これらのほうが史実であり、会津は悪玉の「朝敵」というのが討幕派による烙印なのである。そしてその汚名を雪ぐことが戊辰後の会津の大きな苦労であった。番組後半でもそのこと自体が大きく扱われていたが、この反響からは、百五十年後の今日でもまだそれが必要であったことがわかる。もう一つおもしろかった反響は、このような内容から、昔も今も福島は中央の犠牲にされてきたのだとわかった、という感想である。もっともである。概して人のいい福島県民自身はもとより、正義や公正を尊ぶ者はこのことにもっと怒ってよい。

 こうした効用があった「八重の桜」だが、この路線が続くかは疑わしい。安倍首相になって、NHKの会長と経営委員に選らばれたのはつわものぞろいである。①籾井勝人会長。就任会見での発言。a「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない。」――日本「政府が右と言った」ならそれを伝える必要はある。しかし他国が「左と言った」ならそれを伝える必要もあり、国内の反政府が「左と言った」ならそれも伝える必要がある。公共放送は政治的に中立でなければならない。イギリスの公共放送BBCは、イラク戦争で批判的な内容も報じたことで政府と対立したが、この籾井発言を「衝撃」と伝えた。政府が右と言うゆえに右であるとして伝えるなら、戦時中の大本営発表と、あるいは今の某独裁国の国営テレビと同じである。どちらかと言えば「右寄り」の某週刊誌の最新号が「籾ジョンイル」と書いていた。b同じく就任会見で、従軍慰安婦について、「紛争地域にはどこにもあった。」とし、現在もオランダでは売春が一部公認されていることなどにも言及した。――問題は従軍慰安婦が売春一般と同じでなく、強制性があり、政府や軍の関与があったことにある。強制性とは、拉致されてやだまされての場合があっただけでなく、自由にやめられず、休日に自由に外出することさえままならなかったことなどで、「性奴隷」と言われるゆえんである。フランスやオランダの国名を挙げてこれを弁護したのは、先進諸国の反発を招き、また人権に無理解と思われよう。第二次大戦中に軍や政府の関与でこれに類する制度があったのはナチス・ドイツだけであり、「どこにもあった」というのは無知か欺瞞である。c理事すべてに日付なしの辞表を提出させた。いつでも首を切れるということで、文字通りの独裁的恐怖政治である。批判されても「民間でもあること」と開き直った。しかし経済同友会の長谷川代表幹事は、「経営を監視する取締役の発言の自由を制限することになる」ので「適切でない」と批判、日本商工会議所の三村会頭も、「就任直後に辞表を出せといった例は、自分の知る限り通常の会社ではきいたことがない」と断言した。②本田勝彦経営委員。日本たばこ産業顧問。学生時代、安倍首相の家庭教師であった。③百田尚樹経営委員。大衆小説作家。a自民党総裁選で「安倍首相を求める民間人有志による緊急声明」の発起人の一人。bNHKを「国営放送」とブログで記述。念のために解説すれば、NHKはいわゆる民法とは確かに違い、受信料の徴収が法律で認められ、予算は国会の承認が必要、人事に政府が関与する「特殊法人」であるが、国営ではない。c「もし他国が日本に攻めてきたら九条教の信者を前線に送り出す」と、ブログに書き、テレビでは護憲派を「妄想平和主義者」と罵るなど、現憲法の平和主義に激しい敵意を表明。d都知事選で田母神候補を支援し、街頭演説に立つ。そこで他候補を「人間のくず」と言ったというような言葉咎めで品格を云々するのは、事柄を矮小化してしまうように小生は考える。むしろ発言内容が重大である。南京大虐殺について「そんなことはなかった」と歴史的事実を抹殺。また東京裁判について、東京大空襲や原爆投下を「ごまかすための裁判だった」と真っ向から否定し、米国を批判した。④長谷川三千子経営委員。本居宣長などを研究したというが、改憲派として政治発言もしてきた。a百田氏同様総裁選で安倍支援の発起人の一人。b女性の社会進出が出生率を低下させたとして共同参画基本法などを批判するコラムを産経新聞(1月6日)に執筆。性別役割分担を「きわめて自然」として雇用機会均等法も批判した。安倍明恵夫人もこどもがないのだが…。c記事に抗議して新聞社に乗り込み自決した右翼を賛美する文章を発表。一種の自爆テロの神がかり的礼賛である。

 このように新しく選ばれたNHKの幹部には、戦前の日本を肯定し、中・韓だけでなく米とも争って古い「日本をとりもどす」熱意の高い者が多い。2014年は豊臣秀吉の「軍師」黒田官兵衛(受けた領国筑前は麻生副首相の地元)、2015年は大日本帝国創設者たちの師である「軍学者」吉田松陰(安倍首相の地元長州の人)の妹が主人公である。

 安倍氏が官房副長官だったとき、NHKは従軍慰安婦を含む問題について現場が制作した番組を放映直前に改編することがあった。東京高裁はこれをNHKの上層部が政府の意向を「忖度(そんたく)」したものと判定した。安倍・自民の政権復帰を機に、NHKの「忖度」は更に進んだのだろうか。「錦の御旗」にまつろわぬ者を「朝敵」としてふみつぶし、その旗をいたるところに立てるべく力強く世界進出していく道が見える。



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2014/03/13 20:04 2014/03/13 20:04
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