床屋道話 (その25 浮気の経済)
二言居士
スマートフォンの普及が著しい。電車やバスの中で、いや歩きながらだろうが会食中だろうが、いまや多くの人が画面をみつめている。パズドラとかいう竜に貴重な時間を喰われている者もいる。ラインとかに縛られて、毎日四・五時間も費やす若者も少なくないという。いっきに増え、しかし二台も三台も持つ人はふつうでないので、各社は他社から契約者を奪うことを中心戦略とした。さすがにそれはおさえようということで近頃方針転換が発表された。しかし、こうした商法の不道徳性への反省からかと思うのは世間知らずの道学先生くらいで、不毛な消耗戦にねをあげたのが最大の理由であろう。従来のしくみでは、利用者は最初に契約した会社を何年も続けず、どんどん乗り換えるほど得をする。アナログの世界では新聞でよくあった話で、中身でなく、新規契約だと多くの景品がつくというので、購読紙をとっかえひっかえする読者もいた。しかしこれは、インターネットの接続会社などデジタルの世界で特にめだっている。決まった相手に「忠誠」を尽くすと損し、浮気するほど得する、というシステムである。このようなたとえは小生のいやみではない。企業CM自体が多用しているものである。たとえば、失恋した片桐はいりに小泉今日子が「それはよかった」と言う。なんでやと思わせるが、そこで小泉が、新しい出会いのチャンスだ、と言うオチである。ひどい、とあなたは感じませんでしたか? この二人は「あまちゃん」出演者つながりであり、残念なこともよいほうに発想転換する「ポジティヴ思考」でいいじゃないか、というのが作り手の頭かもしれない。しかしまず、年下に見える(実際に三歳下の)Kyon2が上から目線でアドヴァイスするというのが(彼女のほうがルックス的にふられそうにないだけにいっそう)道学者には気に障る。無論本質的なのは、そのドライで貪欲な精神であるが。二夫にまみえぬのが貞女、などという気は(守旧派の小生と言えども)さらさらない。統計的には、男のほうがひきずり屋で女のほうがすっぱり割り切りやすく、これも「あまちゃん」でリバイバルした薬師丸ひろこの歌のように「愛した男たちを思い出に変えて」、というのは男の身勝手な願望だというのは受け入れることにしよう。それでもこうした場合、「時が解決するよ」というのがぎりぎり許容できる勧告と思う。数年前やはりパソコン関係のテレビCMで、ふられた中居正広が、いったんがっくりするが、すぐに頭を上げて当の相手に「別のコ紹介して」と返す状況に、「切り替えの速さ」をアピールするものがあった。今度のCMではいったんがっくりさせる間も与えない。それに中居君版では、この「現金な」男に若干の風刺も感じ得るが、Kyon2版ではけっこうマジでそう思っているかもしれないと疑われる。そもそも「長~く愛して、ゆっくり愛して」(この人も亡くなりましたなあ)いては「経済成長」にはつながりにくい。そうしたくてもそうさせない商品が増えていく。XPのサポート期限切れもあって、この春小生はパソコンを買い換えた。またVHS・DVDのリモコンが壊れたがもう修理できないということで新しく買ったら、続けてデッキ本体が壊れて今度はそれごと買い換えねばならなかった。それはもう一社しか作っておらず(販売もヤマダ電器などもう扱わないところもあり)、そのうち手に入らなくなるかもしれない。小生が買いにいったコジマ電器の販売員は、自分が持つ約1000本のVHDテープをDVDに少しずつダビングしていると言った。ところでDVDのディスクはVHSのテープよりも寿命が短いのである。老後の楽しみなどと大量にためてもそのときには読み取り不能になっているかもしれないことを、あなたは知っていますか?
商品に関する「浮気」だけでなく、リアルな男女関係においても、貞節よりもアバンチュール的であるほうが経済効果があるとしたのはゾンバルトであった。彼の「解放説」は資本主義そのものの発生基盤に関しては、ヴェーバーの「禁欲説」に比べると深みに乏しかったかもしれないが、しかし消費資本主義の存立基盤に関するものとしては説得性も強いのではあるまいか(邦訳『恋愛と贅沢と資本主義』論創社)。その「浮気性」はマルクスも強調している。「ブルジョワジーは、生産用具を、したがって生産関係を、したがって全社会関係を、絶えず変革しないでは生きていけない。〔…〕生産の絶え間ない変革、あらゆる社会状態の絶え間ない動揺、永遠の不安定と変動とは、ブルジョワ時代を以前のいっさいの時代から区別する。あらゆる固定した、さび付いた関係は、それにともなう古く敬うべき先入見や通念とともに解体され、新しく形成された関係は、すべて化石化する暇もないうちに古臭くなる。すべて固定的なものは煙と消え、すべて聖なるものは汚され、こうして人はついに、自分の生活のリアルな状態〔…〕を、さめた目で直視することを強いられる」(『共産党宣言』)。共産主義云々は横において考えると、彼の指摘は今でも、あるいは今いっそうあてはまることも少なくない。実はマルクス自身は、こうしたブルジョワの「進歩性」を道学者的な憤慨でなくそれこそリアルにみつめ、それゆえに自らも壊さざるを得ないという論理にもっていきたいようだ。しかし21世紀の私達は、ここにこそ疎外と悪があると言うべきなのではなかろうか。「変わらなくっちゃも変わらなくっちゃ」(イチロー出演の車のテレビCM)とばかり、内発的な進歩でなく、適応せずんば生き残れないと脅されて生きる非人間性からの解放を! 元アメリカの投資銀行のディーラーだった藤巻健史氏は、「改革はスピードが命」と訴え、小泉「改革」を煽った(朝日、05年9月24日。現在は日本維新の会の国会議員)。小泉氏は「適応しないと滅びる」と社会ダーウィニズムも援用したが、「非情」を自称した彼としては、人は獣を見習うべきということか。無論古いものほどよい、古いほどよいとは言わない。日本で最古の天皇家が最も尊く、それを戴く「国柄」(以前は「国体」と言ったが今のウヨクはこう言いたがる)を最も長く保っている日本が世界で最もすばらしいというのは、単に哂うべきである。しかし変化や改革至上主義なく、場合によってはスローライフの取り戻しこそが現在の進歩ではなかろうか。
渡辺淳一氏が亡くなった。一般的には、不倫を中心とした官能的な小説の書き手として名を知られた。(小生としては、野口英世の実像を描いた『遠い落日』が、本来医師であるこの著者ならではの力作として勧めたいのだが。)初出は日本経済新聞が多かったが、以前ある謹厳なOLが勤め先のおじ様たちについて、有能ビジネスマンぶって日経を講読するが、実は渡辺淳一の小説をいちばん楽しみにしているのがイヤだ、とのたまうのを聞いたことがある。しかしこの新聞が私達を浮気性にしているのは、文芸欄の不倫小説によってよりも、一面の経済記事によってではなかろうか。
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