「ひろゆき」の倫理(倫理私想 第10回)

仲島陽一

 

 本誌の読者は「ひろゆき」をご存じだろうか。いまの若者はほぼみんな知っている。ウェブ空間の人気者だからである。私はSNSは使わない人間であるが、それでも(仕事のため、私信をメールで送るため)パソコンをネットに接続すると自動的に彼の名が出る。わざわざ検索するわけではない。ネットにつなぐと最初に出るサイトで、いまのニュースの見出しだけ30くらい出るなかに、ほぼ必ず一つは彼の言動があるのだ。それだけ見る人が多いということだろう。単におもしろさでみるだけでなく、「論破王」などとしてリスペクトしている若者も少なくないようだ。つまり大きな「インフルエンサー」の一人なのである。とても困ったことだ。

私が「ひろゆき」すなわち西村博之氏(45歳)に目をとめたのは十五年くらい以前である。1999年開始のインターネット掲示板「2チャンネル」の管理人としてだ。ここでは名誉棄損やプライバシー侵害の書き込みが多発した。これは現在のSNS一般でも続いている問題だが、そのこと自体についてはいまは取り上げない(ただしヤフーの掲示板などと比べても「2チャンネル」の問題の多さは突出していた)。被害者は削除を要請しても実行されないことが多かった。そこでやむなく西村氏に対し、削除や損害賠償を求める訴訟が多数なされた。07年までに東京地裁だけで50件以上ある。これに西村氏はほとんど出ず代理人も出さず、多くが原告勝訴になった。07年5月時点で、賠償金総額は数千万円以上、間接強制での制裁金は四億円を超えた。しかしこれを払わず、払う意志がないことをブログで宣言した。払えないわけではない。2チャンネルは数億円の広告収入をあげている。だが、2チャンネルは米国内のサーバーで運営されており、西村氏は不動産をもたず、役員を務める会社からの収入も不透明で、差し押さえによる回収は難しい。07年3月19日、西村氏は久しぶりに東京地裁に出廷し、閉廷後、賠償金などを払わない理由についてこう語った。「踏み倒せば払わなくていいという不完全なルールの中でみんな暮らしている。払わなくて死刑になるなら払っていると思いますよ」。ここはまず明らかな嘘が一つある。「払わなくていい」というルールはない。払わない者からの取り立て方に不完全さかあるだけである。次に注目すべきことは、払わない理由として、彼は判決が不当だとは言っていないことである。つまり自分が犯罪行為をしていることは否定していない。彼の行動基準は自分の損得だけである。死刑になるなら払う、というのだから。

「ひろゆき」の倫理は道徳のない行動基準である。それの何がいけないのか――と開き直られると多くの者は困惑する。道徳的であるべきことは自明で、つまり理屈でなく道徳的感情があるからである。これを理屈でも考えようとする者もいるが、そもそもこの感情を持たない者もいる。サイコパスと呼ばれる者はこれとかなり重なる。「ひろゆき」と「サイコパス」を二重検索すると多くの投稿が上がっており、彼の言動がそう疑われることを示している。専門家による学問的診断はないが、おもしろいのは自分がサイコパスであることを証明すると題した当人による動画もあることだ。これを見てのコメントのなかには自分でそう言っている者はサイコパスではない、との発言もみられるが、これは妥当ではない。ある種の精神病と違い自覚症状とは両立可能で、はい自分はサイコパスです、それが何?という開き直りは、むしろまさにサイコパス的(他人の嫌悪や非難を屁とも思わない)である。

「サイコパス」がはじめて注目されたのは、凶悪な犯罪者などにみられやすいということであった。しかし研究の進展で別の様相も表れてきた。凶悪犯におけるサイコパスの割合は一般より高いものの、サイコパスが凶悪犯罪を起こす割合は必ずしも一般より高くはない。サイコパスだからと言って知能が低いわけではないので、犯罪などで処罰されるだろうと考えれば「感情に任せて」犯行に及んだりはしないからである。近年言われるのは、むしろ現代社会で「成功」している人にはサイコパスが多いということである。「クール」でリスクにおびえないだけに、外科医・法律家・政治家・経営者には向いているという。特にベンチャー系の実業家などにはうってつけで、従来なら「人の気持ちがわからない」「協調性がない」と落ちこぼされてきたが、新自由主義状況で水を得た魚になったのだそうだ。彼等は他人の気持ち自体に関心はなく実感的に共感はしないが、たとえばこうすれば顰蹙を買うという因果的事実は認識でき、自分の「成功」のためにそれを利用することもできる。なんて嫌な奴だ、と私は思う。しかしそれを「合理的」と称してリスペクトする若者も少なくない。

困ったものだ。


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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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フランソワ・プーラン ド・ラ・バール, Francois Poulain de la Barre | 1997/7/1
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仲島 陽一 | 2015/10/1



2026/05/05 18:12 2026/05/05 18:12
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床屋道話70 スパイ大作戦

二言居士

 

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 今年はじめて、映画「ミッション・インポシブル」を見た。映画ファンでなく特に洋画はあまり見ないのだが、シリーズ化された人気ものということで気にはなっていた。その第一作をテレビで放映したのは、シリーズ最新作が封切られ、主演俳優のトム・クルーズも来日した機を見てだろう。それによって小生も初視聴したわけだが、それでいろいろなことがわかりまた思った。

 その多くは、えっ、いまさら、と思われそうなものだ。第一にこれが、「スパイ・アクションもの」の映画であること。第二に、テレビドラマ「スパイ大作戦」からの映画化でそれを継いでいること。このテレビドラマは日本でも人気で、小生は見なかったのだが、それでもあああれはこれからだったのか、といまさら腑に落ちた。まずは主題曲。別のいろいろなところでも使われ、耳におおなじみだ。そしてあの名ぜりふ「なおこのテープは自動的に消滅する」。小学校でも言う奴がいたなあ。

驚いたのは、主人公がスパイであったことだ。スパイは悪役と思っていたので。「不可能な使命(ミッション・インポシブル)」を成功させるヒーローの仕事がスパイとは意外だった。夏目漱石は密偵が大嫌いだった。私生活でも「探られる」のを気に病んだが、作品でも、たとえば『彼岸過迄』では、狂言回しの人物がそんなふうな仕事をしてみたいというので、密偵を依頼される。報告した際、彼は「小刀細工をしてあとなんかつけるより、じかに会って聞きたいことだけ遠慮なく聞いたほうが」いいのではないかは付け加える。依頼者はこれに、それが「もっとも正当な方法」で「そこに気がついていれば立派なものです」と言い、人物を見損なっていたと謝罪する。これは漱石自身の思想である。

そしてまっとうな思想である。知りたいことは当人に聞けばよい。さもなければ当人が公表した、または当人の同意のうえで公表された資料にあたるがよい。当人が隠しておくことや知られたくないことは、知らずにいるのがよい。しかし犯罪捜査など、当人の意に反しても公益のため知る必要がある場合もある、と言われようか。小生は「探偵小説」は必ずしも嫌いではない。その際「探偵」と(日本語としての)「スパイ」の語感や用法が異なるのは興味深い。「探偵」ものでも小生がよしとするのは、丹念な、しかし合法的な情報収集や、しかしさらに思考力によって犯人その他隠された事実をつきとめるものである。「スパイ(する)」という日本語は、のぞき見や盗み聞きなどの「礼」に反する行為に始まり、ときには明らかな不法行為も含む語である。語のこうした慣用にしたがって、小生は、必要な探偵行為の存在は認めるがスパイはよくない、恥ずべきわざだ、という言明を改めない。

いま政府や一部「野党」は、「スパイ防止法」の制定に動いている。スパイ嫌いの小生は大賛成か? ――いや、大反対である。なぜか。

まずスパイ活動の一部としての不法行為は既に刑法その他による処罰規定がある。「産業スパイ」を防

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ぐための法的措置や、公務員、特に警察官や「自衛」官による情報漏洩を処罰する法律もある。あるべきでない「特定機密保護法」も近年制定された。これは「何が秘密かも秘密だ」と言われたような、権力者が自分に都合の悪いことを隠すための法、国民の知る権利を行使する者を犯罪者とする悪法である。そのうえでの「スパイ防止法」だ。真の目的を「探偵」しなければならない。

それはさほど「隠されて」もいない。前からその制定を強く推していたのは、あの統一教会である。いまそれを強く推しているのは、あの参政党である。「あの」の内容を知る者には、難しい推理ではない。

またそれを推す言説の、言葉の次元でも社会的次元でも「文脈」からもわかる。「外人たたき」に続いて「非国民狩り」という構図である。

次に歴史的経験からの推理である。反政府や反体制の者、いや少しでも従順でない者は、「外国のスパイ」と決めつけられたり疑われたりした。


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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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2026/04/20 14:19 2026/04/20 14:19
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   床屋道話69 遠回りか近道か

二言居士

 

 朝飯前に町内の決められた道を走ってくるのが、こども時代の星飛雄馬の日課だった。ある朝工事の関係でいつもの道が通行止めになっていた。迂路として、一方は帰宅に近道となり、他方は遠回りとなる。飛雄馬は近道を選んだ。その終わりに父の一徹が待ち構えており、飛雄馬を殴り倒し、説教した。「なぜ遠回りを選ばん!」と。これからの人生においても、迷ったときには遠回りを選べと。おとなになりプロになった飛雄馬は、オズマの挑戦によって危機に陥ったとき、この教えを思い出す。当座はしのげる監督の対策を敢えて蹴って、いろいろな意味でより苦しい回り道をすることで、彼はオズマに完全勝利を遂げる。

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高校のとき、英語の増田先生が言った。わからないとき、忘れたとき、すぐに辞書をみてはいけない(50年前の話なので、紙の辞書しかありません)。結局はみることになっても、まずは自分で考えたり思い出そうとしたりすることが大事だ、と。その後勉強を続け、また自分も教える立場になってからも、これは確かに大事なこととして実行し、おりがあれば学生にも伝える。英語だけ、語学だけの問題ではない。手っ取り早く「正解」を得てもあまり身につかず、手っ取り早く忘れるだけである。それは勉強というより「馬鹿になる訓練」だ。

ところが今の学生は、語学の授業でも(いくら言っても)辞書を持って来さえしないのが多い。なんでもかんでもスマホで済ませようとする。それの何が問題なのか。便利すぎることである。「翻訳ソフト」の場合は説明不要だろうが、辞書機能の場合もそうである。(電子辞書は、学習用としては紙の辞書に劣るがスマホよりは以下の点でまだまし。)たとえば動詞の場合、本来の辞書では見出しは原則として原型(不定詞)であり、「過去分詞の女性形」だとか「条件法現在三人称単数形」などでは出ない。そこで学習者はまずこれは動詞だろう、とあたりをつけ、なら原型は何だろう、と考えて辞書で探し、それがこの形になっているのはなぜかを確認する、という作業が必要になる。辞書によっては、また語や形によっては「何々を見よ」のような矢印で原型の「あたりをつける」手間だけは省ける場合があるが。いずれにせよこうした作業をすることによって、品詞を理解し、たとえば動詞ならその変化の仕組みと変化形の意味を理解し、それを文脈に戻すことではじめて正しい「訳」ができる。しかし今のスマホでは変化形でもいきなり「日本語訳」が出て来もする。文脈抜きなのでその場の「訳」としては当たらないこともある。が問題は当たっているとしても、その際学習者が「理解」していないことである。品詞を聞いても答えられなかったり、動詞と答えるので原型は何と聞くと答えられなかったりする。いわんや文全体の訳となると、「できて」いても「わかって」いないことが多い。いや「できて」いればいいのではと言う実用主義者がいようか。それでいい場面もある。観光なり商売なりで外国人と言語伝達をするのに翻訳ソフトを使い、それでことが足りるような場合である。その際なぜこの語を使うのか、こういう表現が適切なのか、人間が理解しているかどうかは二の次である。いや学習においてさえ、そうしたツールを使うのは絶対悪ではない。たとえば自分で考えたうえで、わからなかったところや疑問なところを調べるために翻訳ソフトを使い、(思いがけず違ったところがあればそれも含めて)違いの理由をさらに自分で考えるならば、学習を助ける道具である。前にも後にも自分は考えず、課題をこなすために使うならば、学習を妨げる道具である。

むろん語学だけではない。同じ課題のレポートを、ある者たちには生成AIでつくらせ、他の者たちにはウェブの検索ソフトだけを使ってつくらせ、第三の者たちにはどちらも使わせないでつくらせたという。そこで(その出来を問題にするのでなく)提出者が「自分の」レポートをどれだけ理解しているか調べたという。第一のクループが最も劣り、第三のグループが最もよい結果であった。

むろん学習だけではない。ひろゆきあたりが現代の処世術(「ライフ・ハック」)としてさかんに勧めるのは近道(「ショート・カット」)である。たしかに、無駄な、あるいは有害とわかった努力を精神論で美化するのはばかげている。しかしたとえば当面の宿題をこなすという目標には近道でも、それだけでは、外国語を習得するという目的からすると、時間とお金の膨大な無駄にもなってしまう。

「近道」人生ははたして「お得な」人生か。


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2026/04/06 13:58 2026/04/06 13:58
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     床屋道話68

「半分もある」か「半分しかない」か――相対主義の詭弁の一つ――

二言居士

 

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  一リットル入りの器に水が0.5リットル入っている。これは水が「半分もある」とも「半分しかない」とも言える。――詭弁のほとんどがそうであるように、これもそれ自体としてはただちに間違いとは言えない。ただ使われ方として、詭弁であることが多い。よって問題がどこで生じ、どのように有害なのかをほぐしていきたい。

 この言葉で意味されるのは、同じ事態でもその評価は人によって異なり、場合によっては反対でさえある、ということだ。そしてそのことも「それ自体としては」間違いではない。ここでまず問題になるのは、ここから「客観的事実などというものはない」と飛躍されてしまうときで、この言葉を持ち出す者の多くはそうもっていきたいのだ。こうなると詭弁である。「一リットル入りの器に水が0.5リットル入っている」ということは客観的事実だ。事実認識と価値評価を区別しなければならない。哲学では、そもそも客観的事実などいうものはないとか、両者の区別はできない、とかいう主張もあるが、ここでは常識に基づき論ずる。(実は「哲学」の半分以上は非常識な詭弁なのだ。)

 もっと厄介な問題に進もう。この言葉を言う者の意図が、むしろ(上の問題はそれとして)「物事をどうみるかはみる人による」ということであるときだ。これもごく曖昧な意味では間違いとは言えないが、それによって事柄の本質などというものはない、あるいはそれを知ろうとするのは無駄だ、とするならば有害な詭弁になる。本質を知ることは重要だ。まず(ただの「知識」でない)理論にとってはまさにそれが重要だ。実証主義はまさにそれを否定する有害な哲学である。(相対主義の批判が相対性の否定でないように、実証主義という哲学への批判は実証科学の否定ではない。)しかしここでも哲学論は棚上げにしよう。日常的生活世界においても、本質の探究は重要である。たとえばある「事案」が「トラブル」なのか「性暴力」なのか。「性暴力」も「トラブル」の一種ではあるから、その事案をどう見るかはみる人次第であるとも言える。しかしその事案の「本質」をどうみるかということになると、「トラブル」一般とするか「性暴力」とするかが問われる。そうすると詭弁家が言いそうなのは、なら「本質」は多数決で決まるのか、だ。この場合はある意味ではそうだ。(自然現象の「本質」に関してはそうでないのだが、それを論ずるには科学論の、つまり哲学の領域に入ってしまう。それを避けて、むしろ詭弁家に有利な領域を敢えてとりあげる。)この反問で詭弁家が準備している論法は三つの場合がある。1)この案件は多数決で本質を決めるのにふさわしくない。2)そもそも多数決で物事の本質が決まることはない。3)多数決を含め、人の意見が事柄の「本質」を決めるということはできない。 それぞれの機会でどの場合なのかをみきわめなければならない。1)については論じなくてよいだろう。この場合は少ない。またもしその場合で、こちら側が正当化しようとすると、問題の事案の本質が多数決で決めるのがふさわしいかどうかを決めるのはやはり多数決だ、となりやすく、そうすると2)か3)の場合に移るからでもある。3)を選ぶ詭弁家は「倫理的自然主義」に立っていることになる。これも(他の多くの「哲学」同様)常識的ではないが、「論駁」するのは難しい。人間も自然の一部だ、という認識は正しいが、自然に過ぎない、というこの哲学は非常識であるとともに誤りである。確かに常識が正しいとは限らないが、幸いにもこの哲学が真理であると証明されているわけでもない。人も自然の一部だ、というのは正しいが、自然物でしかない、とするのは常識に反するので、「誤りと証明されない限りは常識に従う」を原則とする会話では、自分はその立場には賛成しない、と言っておけばさしあたりは足りる。そこで残ったのが2)だ。これと3)は反対方向に向かうが、共通する前提は、「本質」という概念が客観性を含意していることだ。たとえば「重要」というのは、「私にとってはこれが重要だ」のように主観的、ひとそれぞれであり得るが、「私にとってこれが本質だ」というのは不適切な言葉使いとなるだろう。ここから3)は、「本質」を言うなら人の意見でなく、人間の問題でも人もモノとしてみる必要があるとするのに対して、2)は人間の問題で「本質」を持ち出すことに反対し、すべては主観だとするのである。自然現象の「本質」についてはふれないことにしたが、その社会的文脈で語るときはその現象ないし事実がおかれている位置から語ることになる。たとえば「1ℓの水がある」というとき、「平均的成年男子の1日の摂取量として」なのか、「ある料理一人前に必要な量として」なのかで、客観的に多いか少ないかが決まる。その際に健康に悪くてももっと多くあるいは少なく望む、という者はあろう。それでも「ぱさぱさ」のごはんであるとか「つゆだく」の牛丼であるとかいうのは、多数決で決まる。人間関係の「本質」も同様で、ある事案の本質を「トラブル」とするか「性暴力」とするかは多数決で決まる。その場合の「多数」は一定じゃないでしょと言われればその通りである。ある場合に「性暴力」とされる事態に、別の時代や別の国では単なる「トラブル」とする者が大多数かもしれない。多数決である以上は少数意見もあり得る。社会事象の「本質」が何であるかはさしあたり多数がどうみているかを示せばよく、その「正しさ」なり「妥当性」なりを「証明する責任」はない。少数派がそれに不満ならそちらの側に挙証責任があり、それによって多数派に転じることもある。それをしないで、単に「ものの見方は人それぞれだ」、「物事の『本質』などはなく各人が自分に重要な面を取り出しているだけだ」など言うのは、話をぶち壊すだけの詭弁になる。

 「<もある>とも<しかない>とも言える」がどういうときに、またどういう意味で詭弁であるかを述べた。これはなぜ生じるのか、そしてどう対したらよいのか。まずそれは頭が悪いからではない。極度に愚かな者は詭弁を弄することもできない。そこには意図がある。相対主義一般の意図はいろいろあり、全部を並べて論ずる余地はない。自分の見方の表明を避けたいという意図についてだけとりあげたい。その理由もいくつか考えられるが、そうするのか本人にとってつらすぎたり、大きな被害や損失を招きかねない場合もある。だから言わない、とすっと言ってくれたほうが会話は楽に続くのだが、よくも悪くもそのこと自体も言いたくない場合もあり、そういう事情が察せられるときには、詭弁とわかっても「そうですね」と流すのもありだろう。そうでない場合は?

 一般論への移し替えには乗らず、あなたは「もう」と思うのか「まだ」と思うのか、としれっと聞くのがいいだろう。それに答えたくない詭弁家が対抗してもちだすかもしれないのは、主観を話し合うのは無駄だ、というさらなる一般論だ。科学そのものでない哲学やまして一般的会話で、客観的妥当性のない意見を無駄として排除するのは、科学主義の詭弁である。(相対主義批判が相対性の否定でなく実証主義批判が実証科学の否定でないように、科学主義批判は科学そのものの否定ではない。)では逆にエビデンスに基づかない「神学論争」にどんな意味があるのか。1)多くの人にとっては他人がどのような信仰(比喩的な最も広い意味で)を持っているかということにこそ大きな関心を持っている。なおa.その際それについて(知るだけでなく知って)共感し合いたいとか議論したいという欲求を持つ者も少なくない。b.そんなことにはまったくまたはほとんど関心を持たない者も少数だがおり、彼等がそれを当然とかあるべきとか思い込んでいることでこのような詭弁につながることもある。2)他人の意見を知ることで自分の見方が深まったり、ときには変わることもある。たとえばいまエンタメ界で話題になっている事柄が、むかし殿様や若様が腰元や村娘を「手籠めにする」ことと「本質的には変わらない」という意見もあろう。確かに両者に共通性もあり、そこをみることは無意義ではない。しかし現在の日本では、それは少数意見だろう。ではなぜ、時代や国によって多数意見は違うのか。それを考えることによって、たとえば「封建社会」や「近代社会」とは何なのか、考えることになる。これは「人間社会なんていつどこもそんなものよ」にとどまる(と言うのはそういう面もなくはないからだ)認識よりも深いし有用である。

 自分の意見を言わないことをもっともに思わせるのにもちだされることがあるもう一つの論理は、それは「敵か味方か」になる、というものだ。それはその通りだ。私達が会話する最大の目的は、客観的真理の探究ではない。相手が自分の敵か味方か知りたいということなのだ。それがなぜよくないのか。マウント取りたいんですか、と言われようか。そういう人もいるが、それは悪用だと言えよう。善用とは何かといえば、先に出たように、異論と闘うことによってこそ、自分の意見が深まったり修正されたりすることが最大の善用だろう。「論敵」との「闘い」は道徳的には悪でなく善である。事実認識の深まりは、「どうすべきか」の認識も進める。令和日本の性暴力も、いつでもどこでもあり得る出来事、としてしかみないならば、自分や身内が巻き込まれないように注意する、という程度の対策しか出てこないだろう。誰かを「敵視」するのはよくないといった偽善的論法の影に、「敵」に叩かれた体験から、それを避けたいという気持ちがあることもあるだろう。気の毒とは思うが、小ずるい戦略だとも言うべきだろう。打たれ強くなるように鍛えなければならない。物理的攻撃はもちろんなされるべきではない。しかし言論による批判は自由でなければならない。批判の内容や仕方で不適切で、不当に相手を傷つけるものは確かにある。しかしだからと言ってあらかじめ「論争」そのものをおきないようにしようとするのは卑怯な弱虫と言われてしまうだろう。利害の対立は会話だけで解決できるものでないが、「論敵」はよきライバルでありたいものだ。異論や批判も対話のスパイスにしてしまうような、おとなの貫録を持てるようにしたいものだと思う

 最後にこのような道徳的あるいは教育的な「効用」だけではない。たとえば巨人ファンが相手もG党だとわかると喜ぶのは当然だが、虎キチを相手に「口撃」を交わし合うのも、それはそれで楽しいものだ。


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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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床屋道話67 アメリカの変化

二言居士

 

 トランプ氏が再び大統領に選ばれた。初当選のときに驚き、あきれたが、今回もこれに劣らない。対抗したハリス氏がとてもよいと思っているわけではない。ただトランプ再選はひどすぎると思う。政策面でもいろいろ議論はあろうが、ここでは道学居士の観点から二つのことをとりあげたい。

一つは、「平気で噓をつきまくる人」が選ばれたことである。選挙中の例では、テレビ討論の際に、ある町でハイチからの移民がペットの犬や猫を食べている、という発言があった。放送中に司会者からそのような事実の裏付けはない、と言われたが撤回しなった(その後も撤回していない)。そもそも前回の選挙において不正な開票であったとして自分が勝ったのだと主張し続けていた。とちらも(他の嘘同様)何の証拠も出していない。彼の問題であるとともに、そのような人間を最高権力者に選んだアメリカ国民の問題でもある。驚くべき主張に対しては、いったい本当なのか疑問に思うのがまともな人間ではなかろうか。疑問に思ったら、その真偽を知りたいと思うのが当然ではなかろうか。その第一歩もまったく難しくはない。ペットを食うなり票を盗むなりしたのは、いつどこの誰がどのようにしてなのか、それを誰が見たのかを問うことである。それを問わずに言われたことをただ信じて(あるいはそんなことは問題でないとして)、米国民の過半数が賛成投票したことになる。トランプ氏のほうでも証明するどころかこうした具体的事実を提示することさえしないのである。小生が西洋思想を学んで感じたことの一つは、「嘘」に対する厳しさである。「偽証」への批判はあらゆる領域で頻出する。宗教やカント倫理学から始まって、庶民の日常生活でも「嘘つき」は強く叩かれる。東洋では「嘘も方便」と言われるように(法華経をみよ)、悪意がなれば言葉の上での嘘は必ずしも罪ではない。「ことば」の重みづけも含めて、東西の対照性を強く感じていた。しかるに当今のアメリカでは「平気で嘘をつく」者が大統領に選ばれるようになった、ということに、小生は驚くのである。

もう一つは、トランプ氏が司法を軽視することである。三権分立を旨とする「近代国家」のなかでも、アメリカは特に裁判所の権威が高いというのが小生が抱いていた印象であった。もちろん、多くの大統領が、判事の任命権を通じて、司法を自派寄りにしようと画策してきたことは知っている。すべての国家のすべての国家機関と同様に、アメリカの裁判所も厳密に中立などではない。それでも罷免されることはない判事がときの行政府や立法府に対立する判決も出し、それが重んじられることが「アメリカの民主主義」の大きな面子になっていた。トランプ氏は多くの訴訟で被告になっており、いくつかは既に有罪判決が出ている。控訴や上告することは彼の権利でありそれ自体は問題はない。しかしその際具体的な反論を理由として挙げるのでなく、訴訟自体が「魔女狩り」であると根拠も示さずに乱暴に攻撃する。しかも大統領に就任すればその権力によって自分自身を「免責」する処置をするであろうと伝えられる。大統領といえども法の下にあるという「法の支配」は民主主義の根幹をなすものだが、彼は(かつてわが国の航空幕僚長であった田母神俊雄氏が、空自の活動を違法とした裁判所の判決に投げつけた言葉を使えば)「でもそんなの関係ねえ」という態度である。これは名実ともに独裁に向かう道ではなかろうか。

「コメンテイター」のなかには、トランプ現象にあきれるのは、アメリカの実態を知らない「リベラル」や「インテリ」の空念仏と評する者もいる。しかしそうなのであろうか。トランプ支持者にもいろいろな言い分があろう。そもそも利害の対立があり、自分が得をしたいことはふつうのことでもある。対立者を攻撃して自分を有利にすることを否定するならば、政治そのものを否定することになろう。しかし嘘をつかないこと、話の真偽を確かめようとすることは人間社会の基礎であり、司法の独立や法の支配は民主主義の第一条件である。こうしたことがあっさり捨てられてしまうのはまっとうな世の中の底が抜けたように感じられる。この素朴な違和感と疑問を言いくるめようとするような「わけしり」のコメントにも、不安を感じる。

アメリカだけの話であろうか。

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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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2026/01/11 04:20 2026/01/11 04:20
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床屋道話66 十年後

二言居士

 

 小生は近年の「加速主義」に反対して、「減速しよう」を標語の一つとしている。本欄でもその方向性でいくつかの雑文を書いた。即決、即レスでなく「立ち止まって考える」ことがますます重要な昨今である。しかし何事にも例外や程度というものがある。

政治の場合でも、「何をするか」に劣らず「いつするのか」が重要な場合もある。

近代日本の性格を大きく決めたのが「明治十四年の政変」であった。徳川幕府から権力を奪った新政府は、「五箇条の御誓文」では「万機公論に決すべし」とうたったが、そうはしなかった。天皇を最高権力者に戴いて、公家や薩長の士族などによる専制政府であった。これに対し、憲法制定や議会の開設を求めたのが自由民権運動である。大久保利通暗殺後最大の実力者になっていた伊藤博文も、その必要性は認め、準備も始めていた。しかし大隈重信がその案を出すと彼は激怒して政府内の大きな対立が生じた。その大きな理由が、大隈案が早期にこれを行うということによるものであった。そこで彼は不条理な口実で大隈を参議から降ろし、他方「十年後」(1990年)の国会開設を公約した。

自由民権運動をどう評価するか。それがあったからこそ憲法や議会がつくられたという意味では、けっして無駄、あるいは失敗ではなかった。しかし二択で言えばやはり敗北であり、その大きな画期はこの明治14年にある。この「10年」が大きかった。「上」から大隈を追放した後、伊藤や岩倉具視は「下」の運動を徹底的に弾圧した。その間に貴族制度や枢密院をつくり、天皇主権の憲法をつくって「臣民」に「下賜」した。一時は民衆が学習会を組織して憲法案をつくる試みもあったほどだが、十年後の憲法発布の際は、お雇い外国人のベルツが、民衆は中身を知らないで祝いに浮かれている、とあきれる状況であった。こうして近代日本の民主主義革命は挫折した。

現代日本の性格を大きく決めたのが「60年安保」であった。「講和」条約と同時に調印された旧日米安保条約の「改定」をめざす岸信介首相(安倍晋三の祖父)に対し、反政府側は安保破棄、日本の中立化を求め、大きな政治闘争になった。岸は新安保条約に調印、衆院を強行採決で批准させた。これをどう評価するか。

旧安保は無期限であったのに対し、新安保は期限十年と定めている。十年後には両国でどうするか協議するが、さもなければ「自動延長」になり、どちらか一方が破棄を通告すれば(相手の意向によらず)その一年後に無効になる。これ自体は条約としてまっとうな規定である。政府側は、この規定を含め新条約が双務的にしたことで安保「改定」の意義として評価する。旧安保が米軍に日本を使わせる一方、日本のメリットは何も明記されていない不平等なものなのは自明であった。なぜと言われれば戦争に負けたからしょうがなかったとでも言うしかない「条約」だが、「講和」した以上は独立国なのだからいつまでも放置できないのは当然である。それで「改定」となったのだが、これは反政府側の敗北であった。

なぜなら少しばかりの「改定」をしても、本質的な不平等性は残ったからである。本稿では詳論しないが(沖縄の状況をみればわかるように)、日米安保は、他の諸国と米国との軍事同盟と比べても従属的で、日本をアメリカの属国化するものである。純粋な中立でなくアメリカと友好関係を保つとしても独立国としての誇りや国益も追求できるという道を、安保改定は閉ざしてしまった。それでも十年後に破棄できるようになったと言われようか。しかしこの十年がやはり大きかった。米国と、その代理人となることによって支配を保障された日本人とは、その期間を利用してあらゆる面での米国依存体制を固めた。また国民の意識を政治そのものから冷まして、「経済成長と五輪・万博」(パンとサーカス)に酔わせた。かくして「十年後」は「70年安保」でなく「Expo’70」の年となった。

「明治十四年」にしても、「1960年」にしても、「前と比べればよくなった」と言うべきでなく、あり得た他の選択肢を葬ることで悪い未来をつくった、のである。その際だしに使われたのが「十年後」であった。

ことし2024年は政治資金集めパーティからの「裏金」が政治問題になった。問題を起こした政治家たちは実質的な責任をほとんどとらず、報告書に記載しないように指示したのが誰かも示されないままだ。所属する自民党は政治資金規正法の改定を「再発防止策」とした。この「パーティ」およびこの法律自体の問題については、仲島陽一氏の『入門政治学』(東信堂、2010)第一部第四章「政治資金論」に譲る。問題の改定の一つは、購入者が公表されるのを20万円以上から5万円以上に下げたことである。実に効果的な対策だ。年一回のパーティを年四回にするか、誰か三人から名前を借りればよい。小学校の算数ができれば誰でも思いつける。もう一つは、得た「政治資金」の使い道を「十年後」に公表することである。こういうことをよく思いつくものだ。当人たちが言うように「適切な使い方をしている」なら、なぜいま公開できないのか。ひょっとすると小生が述べた、「明治十四年」と「1960年」の効果を理解している切れ者の策か。いまの権力者や実力者が十年後にどうなっているか、「一寸先は闇」の政界で気が長い話である。またそのときに「十年前」の不正が発覚して、どれだけの意味を持てるであろうか。少なくとも法的な意味はない。なぜならこの事案の犯罪での「時効」が五年だからという、念のいった話である。つまるところ、この「再発防止策」で「少なくとも前よりよくなった」などと考えるのは、「十年後」に騙される三度目になることである。

ではどうするか。もう一度言おう。政治の場合、「何をするか」に劣らず「いつするのか」が重要な場合がある。ブレイク「十年後」も活躍を続けている林先生、しめに使わせてください。「じゃいつやるの? いまでしょ」。


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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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2026/01/11 04:10 2026/01/11 04:10
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床屋道話65 ゴッホかラッセンか?

二言居士


 以前あるお笑い芸人が、「♪ゴッホより、ふつう―に、ラッセンがス・キ!」というネタで受けた。小生はお笑いには、なぜそれが笑えるのかを検討する習いがある。自分としてはあまり、あるいはまったく笑えないがウケたものの場合、特にそうする。このネタはそれに当てはまる。笑わせる要因としては、言葉の意味内容以外に、間、強弱、抑揚などの言い方、表情やしぐさ、服装、芸人の顔かたちや私生活との関係などいろいろな要素がある。しかしここではせりふの意味内容だけを問題とする。他の要因は言葉だけで論ずるのが難しいこともあるが、ウケた要因として意味内容は小さくはないと考えられることもある。

まず言えるのは、ゴッホは教科書に載るいわば権威ある芸術家であるのに対し、ラッセンの作品は通俗的とされるであろうことである。ということはゴッホよりラッセンが好きというのは芸術を解しない俗人ということになり、その告白は「自虐ネタ」として笑える、ということであろう(またその芸人はいかにもそれっぽい雰囲気をかもしだしている)。しかしこうも考えられる。では彼を笑う「我々」は本当にラッセンよりもゴッホが「好き」なのか。「我々」はゴッホが大芸術家であることを知っており(そのうちのどれくらいかはわからないが、むしろ「そう言われていることを」知っており)それよりラッセンが「ふつうに好き」など言うのは恥ずかしい、と感じているのかもしれない。世間が、特に「権威者」がどう「評価しているか」でなく、「自分」がどっちが「好き」かと言われればラッセンのほうかもしれない、と思う者も少なくないのではなかろうか。ちなみに小生はゴッホは「評価」するだけでなく全体としては「好き」な画家に入るが、たとえば経済的価値や他人の思惑などを一切考えずに自室に飾るとして、ゴッホの「ジャガイモを食べる人々」とラッセンのイルカの絵とでは、後者を選びたくなるであろう。つまりこのネタは、少なくない者が内心感じていたが口に出せなかったことを言われちゃったなと笑うしかない、と思わせたのかもしれない。いわば隠れアルアルネタという解釈である。

ところでゴッホの絵に芸術性があるとはどういうことなのであろうか。実用的でないという意味で精神的な快さを与えるというのは、芸術の条件であろう。しかし文芸・音楽・演劇などの大衆的・通俗的と言われる娯楽にもある楽しさやおもしろさとは異なる芸術的快とは何か。「深さ」がそれであろうか。娯楽は享受しているあいだの快さである。芸術は心に残るものである。あとからチクチクきたり、ときには享受者の精神や生き方をじわじわと、あるいはがらりと変えてしまうこともある。ある意味でのわかりにくさを伴うのも、このことに関係していよう。接してただちにああきれいだ、ああおもしろいと感じられるのは、心の表面での反応である。はじめから感動する名作もあるが、それが「名作」であるならば繰り返し接して飽きる、あるいは飽きないが同じ感動を味わうのでなく、新たな発見や味わいがあるということであり、それが作品の「深さ」であろう。岡本太郎は「とてつもないもの」や「なんだこれは」と言わせるようなものをよしとした。すぐ「わかる」「感動できる」「笑える」「泣ける」ようなベタな作品は「浅い」ということであろう。

しかしわかりにくければ芸術的というわけではあるまい。「鬼面人を驚かす」という表現があるが、「現代芸術(モダンアート)」「前衛芸術(アヴァンギャルド)」と称されるものにはありがちなように思われる。モナリザにひげを足したり、便器を「泉」と題しパイプの絵に「これはパイプではない」と題して展示するのはたいしたことなのか、実は小生は納得できない。権威への反抗と言っても、そういう仕方で既成権威の存在に寄りかかっており、新しいものを出さなければこどものいたずらの域を出ないのではあるまいか。「古典」をその知識だけで済ませてしまうのはありがちだが、「現代的」「最新」といった文句で「わかった」つもりになっただけの者も少なくないのではないか。それともこの疑問は、小生のほうが「古典的」美意識にとらわれていて、新しいものを吸収するしなやかさに欠けているということなのか。しばしば考え込んでしまう。

いずれにせよ、ある芸術作品がなぜうけるのかは、あるお笑いがなぜうけるのかと同様に、小生の関心を引く問題である。


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床屋道話64 「どっちもどっち」論はだめだ

二言居士

 

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 いじめに関して、「いじめられる側にも問題がある」と言う者がいる。これは言説としてよくない。本当に問題があるかどうかは本質的なことではない。よくない最大の理由はそれがいじめる側を免責するからである。「問題がある」のが事実だとしても、「だからいじめていい」ことにはならない。まずいじめをやめさせいじめた側を反省させること(そして必要に応じて処罰すること)であり、それが十分に行われた(一般論として話し合われているなら以上の点ではっきり合意が得られた)後、はじめて「いじめられた側」にも問題があったかどうか、あったなら今後どうすべきかをとりあげることが許される。

痴漢に関して「被害者にも落ち度がある」という者がいるが、この言説についても同様である。純理論的には完全な間違いとは言えない。露出の多い服装の者が狙われやすかろうし、一部の隙もなさそうな女性を襲う痴漢はめったにいなさそうだからである。しかしもちろん、そういう女性相手なら痴漢してよいわけではないので、まず被害者のほうを責めるのは言説としてよくない。

人間同士の対立や争いにおいて、一方の側が100%悪いという事例は少ない。「盗人にも三分の理」と言われるくらいだが、これはだから「どっちもどっちだ」を意味するわけではない。それはなぜよくないのか。まず、「ではどうするか」に役立たないからである。まずはいじめや痴漢をやめさせなければならない。(そして必要に応じて処罰しなければならない。)裏から言えば、「どっちもどっち」論は「ではどうするか」にいま求められている実際的な答えを出さずにすむ、場合によっては「仕方ない」「なるようにしかならない」とする反応である。つまりさらに言えば、自分を局外におく評論家的な構えである。楽であるとともに偉そうにも見え「公平さ」もよそおえて、一つで三つおいしい。

ウクライナ戦争であれイスラエルのガザ攻撃であれ、双方に言い分はある。「三分」の理かもっと大きいか少ないかは意見が分かれようが、どちらかがゼロとは言い難い。それでも「どっちもどっち」論になってはだめだ。故芝田進午先生は、いわば評論家的な態度を「行司の思想」として批判した。純粋な観客としての「評論」ではいけない。この二つの戦争の場合は自分が直接土俵に上がることは好ましくないが、どうすべきか、それに向けて自分は何ができるかをはっきりさせなければならない。たとえば日本は何をすべきかを考え、国民の一人として(あるいは同じ考えの国民とともに)政府にどう働きかけるか、あるいは政府の現在の方針をどう評価するか、を考えなければなるまい。

「自民党はよくないが野党もだらしない(あるいは頼りない)」、これもよく聞く。これも内容そのものはわからなくはないが、言説(それを口に出すこと)はむしろ有害である。まず「野党」と言ってもいろいろで、(旧N国党や保守新党のように)自民党よりよくない「野党」もある。「野党」という大くくりは議論を進める妨げになる。さらに悪いことは、その言説は「だからこんな現実も仕方ない」として行動への妨げになり、結果「よくない自民党の権力」という現実を支えるからである。野党、いや〇〇党(や××党etc)にもっと力をつけてもらいたいがための苦言だ、と言う人もいるかもしれない。それなら〇〇党(や××党etc)の党員や支持者に対して言わなければならない。支持していない人にその政党の悪い点や弱い点を述べても(評論家面すること以外)意味はない。一般的な場面でのどっちもどっち論は、繰り返すが、責められ責任を負わされるべき(つまりより「悪い」)のはどちらかを判断することを逃れようとする知的怠惰であり、だから「仕方がない」という「現実」維持に導く無気力または保身であり、自分を「中立」の立場におくことで「反対派」の攻撃を防ごうと図る卑怯である。

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2025/03/18 04:21 2025/03/18 04:21
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「闘争本能」というものはない:哲学の現在21

仲島陽一

 

ガザでも戦争が始まった。大量虐殺と言うほうが実態に近いが、ハマスも戦っている以上は戦争でもあろう。多くの人はそれを悲しんでいる。そして少なくない者は、なぜ人は争うのか、戦争の原因は何かと問う。

こう答える者がいる。生き物には「闘争本能」があるから。しかしこれは正しくない。そもそも「闘争本能」というものは実在しない。

生き物の世界には闘争がある。これは事実である。しかしまず、獅子が牛を襲って食うというような「食物連鎖」はある種と他の種との関係性であって、同種間の「戦争」とは別問題である。例外的状況でなしに、同種の他個体を殺そうとする「戦争」を行う生物種はごく少数である。

同種内での「闘争」が例外的と言っているのではない。しかし彼等が戦うのは、食糧、雌、なわばりの占有、あるいはそれに関する「地位」の獲得という目的のためである。食べること自体などは本能であるが、「闘争」はその一手段であり、争わなくても目的が得られる場合に危険を冒して戦うことはない。ヒトと最も近い生物種の一つであるボノボについてドイツ霊長類センターなどは、群れの垣根を越えて協力することを確認し、「戦争は進化的必然ではない」と述べている(米科学誌『サイエンス』2023.11.16.)。もう一つの最近縁種であるチンパンジーはけんかっ早いことが知られているが、やはり戦い自体が目的ではない。また近年ド=ヴァ―ルらが明らかにしているのは、類人猿で種内の戦いがあっても、それ(あるいはバトル以前の力や地位の誇示や示威)によって勝ち負けが判明(し餌や縄張りなどを得る側が確定)すると「仲直りの儀式」で終わるという。

ただヒトは同種内で「戦争」をする例外的な生き物ではある。生物一般にはないにしても、ヒトには「闘争本能」があるのだろうか。しかし「ヒト」が生まれてからいままでの99%は「戦争」のない時代であった。その後でもたとえば江戸時代の二百五十年はなぜ平和で、倒幕の戊辰戦争以来の八十年間はなぜ十年ごとに戦争をしたのか、ということからも、戦争の原因を「闘争本能」にでなく社会的要因に求めるのが正しいことがわかるであろう。それでも「永遠平和」は実現しなかった、というのは悪しき「哲学的」屁理屈である。二百五十年の平和が実現したからには、二千五百年の平和も少なくとも生物学的に不可能ではない、と言えば当面の議論には足りる。またこんな「哲学的」屁理屈を持ち出す者もいるかもしれない。戦争をしなくても人間はスポーツや勝負事をやめられまい、「闘争本能」があるしるしだ、と。これは「闘争」の定義の問題になるが、いまの問題にとっては無効な屁理屈である。戦争をやめてサッカーや将棋に替えるならけっこうなことで、戦争は必然でないことになるからである。

なぜこの間違いがあるのか。一つの理由はてっとり早い「説明」だからである。戦争一般の原因を簡単でわかりやすく言うことは難しいが、本能だからと言ってしまえば手軽にわかった気になれる。科学以前の中世哲学が「隠れた性質」を持ち出したのもそれだが、科学が成立・発展しても、DNAや「〇〇の遺伝子」による安直で誤った「説明」も少なくない。

その意味でももう一つの理由が重要である。つまりこれは「現代の神話」の一つである。神話は疑似科学であるとともに、それを人々に「信仰」させることに利害を持つ者が広める。古代の神話は、支配に素直な「善人」が救われて天国に行き、逆らう「悪人」は地獄で苦しむと思いこませて、民衆を精神的に支配した。そして本来の哲学は神話との闘いであり、神話からの解放であった。アナクサゴラスが「太陽は燃えている石である」と言って迫害されたのは、当時の天文知識に反していたからでなく、太陽神(ゼウス)信仰を重要部分とする体制イデオロギーを脅かす危険思想とみなされたからである。「現代の神話」も同様である。「戦争は闘争本能の表れだ」という神話は、平和主義・平和運動・平和憲法に反対する人々に役立つイデオロギーである。彼等は、平和でなく強い国家や軍拡を進めたいのである。たしかに平和を単に「望ん」だり「祈っ」たりするだけで戦争はなくせないが、そのことの指摘と、平和主義への反対や嘲笑とは別の話である。俗流「哲学」や悪しき哲学は、神話と闘うどころかそれに乗っかったり再生産に手を貸したりする。しかし「本来の」哲学にとっては、諸科学からも学んで、各種の「現代の神話」と闘うことは、まさに「哲学の現在」でもありまた哲学永遠の課題でもある。



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2024/10/05 14:46 2024/10/05 14:46
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床屋道話62 マイナンバーそのものの廃止を

二言居士

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 「安全漫才」というお笑いコンビがある。出てきた当座、おもしろいネタがあった。長いお勤めを終えてムショから出てきた「アニキ」(アラポン)を出迎えた弟分(ミヤゾン)がいまシャバではどうなっているかを教えるという設定である。そのなかで、国民に十二けたの数字がつくようになった、と教える場面もある。これがおもしろいのは、刑務所の囚人は名前でなく番号で呼ばれる、という理解が前提されているからである(現在実際にそうであるかどうかは筆者は知らないが)。つまりこのギャグは、今では日本全体が「塀の中」状態になってしまった、という風刺とうけとられるのだ(ミヤゾンらがそこまで考えてつくったかどうかはわからないが)。

昨今はマイナカードのトラブルが多発する中で、何としてもそれを作らせようとする政府の方針で、保険証の廃止などが論議の的になっている。小生はこれに反対であるが、そもそも国民を政府の囚人化するマイナナンバーそのものを廃止すべきであると考える。

イギリスは、1939年に国民登録法に基づき、身分証明書となるIDカードが導入された。しかし個人の身元を証明する行為は強制されるべきではないという世論により、53年にこの法律とIDカードは廃止された。2006年に再びID法が成立したが、2010年に監視社会への危機感などからこの法律は廃止となった。現代イギリスでは、複数の行政機関で同一の識別番号を用いることはない。

フランスでは、1972年に、行政分野を横断して個人情報を管理する計画を政府が立てた。しかし大きな社会的反対が起こって政府はこの計画を撤回した。現在フランスでは、社会保障番号、税務登録番号など、行政分野ごとに異なる番号が使われている。

ドイツでも、1970年代に行政分野横断の個人識別番号の導入が検討されたが、プラパシー侵害への国民の懸念が大きく成立しなかった。それどころか、そのような制度は憲法違反の可能性があるという判決が1983年に下され、行政事務は税務識別番号、医療被保険者番号など分野ごとに異なる識別番号で行われている。

イタリアでは、納税者番号が記載された国民健康保険証が発行されている。これとは別に本人認証手段として国民電子IDカードが2001年から発行されている。

アメリカでは、1936年にニューディール社会保障計画の一環として社会保障番号が導入された。60年代以降、利用範囲が拡大され、民間でも使われ、個人情報の流出やなりすましなどの犯罪が問題になった。バイデン大統領はプライバシー保護を重点分野とし、21年には連邦プライバシー法案が提出された。社会保障番号は民間でも使われるが、ICカード化はされず紙で発行される。氏名と番号だけが記載され、生年月日や顔写真などは載せられない。カナダでは、社会保険番号が個人番号として利用される。しかし悪用の防止のため、14年にプラス地筑世の社会保険番号カードは廃止され、登録時にその番号が記された書類だけを渡されます。その官庁のホームページには、これを身分証明書として使わないように、またそれを持ち運ばず法的義務がある場合にだけ提供するように、警告が書かれている。

2023年7月5日、加藤勝信厚生労働相は国会で、G7の中で、異なる行政分野に共通する個人番号制度があり、それを確認できるICチップ付きの身分証明書となるカードを健康保険証として利用できるのは、日本以外にない、と発言した。日本のデジタル化が遅れていると叫ぶ者も少なくない。確かに日本は遅れている。しかしデジタル化にではなく、デジタル化の歯止めをかける対策が遅れているのである。

このような先進諸国の流れにさからって、日本政府が国民総囚人化にやっきになっているのはなぜであろうか。役人たちが、行政事務を簡素化して国民の税負担を軽くしようと思ってか。政治家たちが、国民生活をより便利にしようと思ってか。どちらも本当らしくはない。熱心なのは一般国民ではなく、ITを中心とする企業である。それはこのシステム構築の過程においてと、できた後の利用においての二重に利得するからである。前者では、2013年度からのこの十年で、マイナンバーとマイナカードの運用を担うJ-LISが2810億円以上の発注をしている。これは国と自治体が管理する法人で、原資も国と自治体からであるが、その契約実績はそのような企業で大部分が占められる。一位はNTTCommunicationsで四位も同グループのNTTデータである。二位は近年DXに注力している凸版印刷で、五位に日本電気、七位に日立製作所、七位に富士通である。この一位・二位の企業はマイナカード用の「製造業務」を、競争入札でなく随意契約で受注している。後者では、膨大な個人情報の取得が大きなビジネスチャンスになる大企業があることである。経済同友会は、マイナカードが持つすべての機能をスマホなどに搭載することを要望している。これに対してたとえば医療機関が、保険証を廃止してマイナカード一本にすることを求めたりはしておらず、むしろ逆である。ネットの声でも、推進を主張しているのはたとえばIT起業家のホリエモンのような人々である。

科学技術社会論を専門とする神里達博氏は、先進諸国で、共通番号や国民IDカードが必ずしも普及しているわけではないことを紹介し、日本政府の「前のめり」を危惧している。また、ドイツではナチスの人権蹂躙などを踏まえ、複数の行政機関が情報を突き合わせて国民を「丸裸」にする仕組みは憲法になじまないと理解されていると知らせる。フランスでもイギリスでも、国民監視の強化が懸念されて統一的な共通番号は使われていないことを伝える。これらを踏まえて氏は、マイナカードの事実上の強制だけでなく、「マイナンバー」自体について、再考の必要を述べている。

アメとムチで普及が進められたマイナカードだが、各種の事故やトラブルが多発していることで、返上運動も起きている。もっともなことであり、小生としては、マイナンバー制度そのものの廃止に向けた運動も期待したい。


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2024/04/08 18:26 2024/04/08 18:26
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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第28章 北方諸民族の征服について

 

 北方人の征服の自然的原因は、自然が勇気と力のあの優越を南方の諸民族よりも彼等に与えたことに含まれている、と言われる。この意見は、ほとんどすべて自らの源を北方の諸民族から引き出す欧州の諸国民の自尊心を喜ばすのに適しており、反論する者をみいださなかった。けれども、こんなに気にいる意見の真理を保証するために、北方人が実際に南方の諸民族よりも勇敢で強いかどうか、検討しよう。このために、はじめに勇気が何であるかを知ろう。そして道徳学と政治学の最重要問題の一つに光を投げかけ得る原理まで遡ろう。

 勇気は、動物にあっては、欲求の結果に過ぎない。欲求が満たされるとどうなるか。だらけてしまう。飢えた獅子は人を、満腹した獅子は果実を攻撃する。動物の飢えがひとたびおさまると、すべての生き物は自己保存を愛するので、あらゆる危険から遠ざかる。それゆえ勇気は動物にあっては欲求の結果なのである。草食動物に臆病という名が与えられるのは、糧を得るために戦うことを強いられていないからであり、彼等は危険を冒すどんな動機も持たないからである。彼等が欲求を持っているならどうか。勇気を持っている。盛りのついた鹿は大食の動物と同様に猛々しい。

 動物について言ったことを人間に当てはめよう。死は常に苦痛の後に来る。生は常になんらかの快楽を伴う。それゆえ人は苦痛を恐れ快楽を愛して生に執着する。生きるのが幸せであるほど、命を失うのを恐れる。豊かさのなかで生きている人々が死の瞬間に体験する恐れはここからくる。逆に生きるのが幸せでないほど、命を失うことを惜しまない。農民が死を平然と迎えるのはここからきている。

 ところで、人間存在の愛が苦への恐れと快への愛に基づいているならば、それゆえ幸せでありたいという欲望は私達において生きることの欲望よりも強い。それの所有が自分の幸福に基づいている対象を得るためには、それゆえ各人は程度の差はあれ危険に身をさらすことができるが、しかし常に、その目的を持ちたいという欲望の大きさに応じてである(a)。絶対的に勇気なしでいるためには、絶対的に欲望なしでなければなるまい。

 人々の欲望の対象は多様である。貪欲、野心、祖国愛、女性への愛、等々いろいろな情念に動かされる。したがって、最も大胆な決心ができる人間は、この情念を満たすために、他の情念が問題になるときには、勇気を持たないであろう。何度も見られたのは、人間味というよりも武勇に動かされる海賊が、獲物の希望に支えられたときには、侮辱に返報するために勇気を持たないでいることである。栄光へと進んでいたときにはどんな危険にも驚かなかったカエサルは、山車に震えながらだけ上り、流布しないようにしなければと想像していたある語句を迷信深く二度唱えなければそこに座ることはなかった(b)。どんな危険にもおびえる臆病な男が、自分の妻、愛人、こどもを守るのが問題になると絶望的な勇気に動かされることがある。こうした仕方で説明できるのが、勇気の現象の一部であり、同じ人が、おかれたいろいろな環境次第で勇敢にも臆病にもなる理由である。

 勇気が欲求の結果であり、また情念によって伝えられ、偶然や他人の利害によって自分の幸福におかれる障害に対して行使される力であることを証明した。これに続いていまや、あらゆる反論を防ぎこれほど重要な題目にもっと光をあてるために、二種類の勇気を区別しなければならない。

 私が真の勇気と名付けるものがある。危険をあるがままにみてとり、それに直面することに存する。いわば結果としての勇気でしかないもう一つのものがある。ほとんどすべての人に共通なこの種の勇気は、危険に無知であるためにそれを冒すものである。情念が、自分の欲望の対象に注意全体を固定させて、そのために身をさらす危険の少なくとも一部を隠してしまうのである。

 この種の人々の真の勇気を正確に測るには、情念または偏見が隠している危険の部分全体を差し引くことができなければなるまい。しかしてこの部分はふつうかなりのものである。突撃開始に心配する同じ兵士に町の略奪を提案せよ、貪欲によって目が輝くであろう。攻撃の時をじりじりして待つであろう。危険は消えるであろう。貪欲であればあるほど大胆になるであろう。無数の他の原因が、貪欲の作用を生み出す。老兵が勇敢なのは、いつも危険を免れたという習慣から、危険が見えなくなっているからである。勝ち誇った兵士が大胆に敵に進むのは、抵抗を予期せず、危険なく勝つと信じているからである。後者が大胆なのは自分の幸運を信じているからである。前者は自分が猛者だと信じているからである。また別の者は、自分が巧妙であると信じて大胆になる。それゆえ勇気が真に死を軽視することに基づくのは稀である。だから剣を手にして大胆な人は、銃の戦いではしばしば臆病であろう。戦闘で死をものともしない兵士を舟の上に移したまえ。彼は嵐のなかに死をみて恐れるばかりであろうが、なぜなら実際そこにしか死をみないからである。

 それゆえ勇気はしばしば、直面する危険をあまりはっきりみないことの結果や、まさにこの危険に無知であることの結果である。夜に恐れずにパリからヴェルサイユに行く者が一人もみられないのに、どれだけの人が、雷の音に恐怖を感じ、街道から遠くの森で夜通るのを恐れることであろう。しかしながら、街道で御者が下手であったり暗殺者に出くわしたりすることは、もっとふつうの事故であり、したがってまた、落雷や遠くの森でのまさにその暗殺者との遭遇よりも恐れるべきである。いったいなぜ第一の場合のほうが第二の場合よりも恐れが一般的なのか。稲光や雷の音が、森の暗さと同様、パリからヴェルサイユまでの道は喚起しない危険のイメージを精神にたえず提示するからである。ところで、危険があることを心に保つ者はごく少ない。その様相は彼等には多くの力を持つので、自分の腰抜けぶりを恥じ、侮辱に返報できずに自殺する人々がみられた。敵をみても名誉の叫びを押しつぶした。その叫びに従うには、自分だけで、この感情に自ら燃えて、敢えて言えば、自ら気づかずに死に身を委ねる興奮の時間を彼等がとらえる必要があったのだ。ほとんどすべての人に対して、危険を見ることで生まれる結果を避けるために、戦争では、逃亡をとても困難にする命令に兵士を従わせるだけでなく、アジアでは、麻薬で彼等を熱くすことも望まれるのである。欧州ではブランデー、そして太鼓の響きや叫びを挙げさせることでぼおっとさせることである(c)。身をさらす危険の一部を隠して名誉への愛を恐れと釣り合わせるのは、この学問によってである。兵士について言ったことは船長についても言える。最も勇敢な者のなかでも、布団のなかでも(d)首つり台の上でも、平静な目で死を考えた者はほとんどいない。戦闘においてはあんなに勇敢だったあのビロン元帥1)は、拷問ではどんな弱さを示したことであろう。

 死の現前に耐えるためには、生に飽きているか、さもなければカラノス2)、カトー、ポルキア3)に死を決意させた、あの強い情念にさいなまれているのでなければならない。こうした強い情念に動かされている者は、ある条件でしか生を愛さない。情念のために身をさらしている危険を彼等は隠さない。それをあるがままにみ、それに立ち向かう。ブルートゥスはローマを専制から解放しようとする。彼はカエサルを暗殺し、武器を取り、攻撃し、オクタウィアヌスと戦う。彼は敗れ、自殺する。生は彼にとっては、ローマの自由なしでは耐え難いのである。

 これほど激しい情念を持てる者は誰でも、最も大きなことができる。死だけでなく苦もものともしない生への嫌悪のために死を選ぶような人々とは違う。彼等は勇敢というのとほとんど同じくらい賢明という名に値する。大部分の人は拷問にあっては勇敢になるまい。その苦しみに耐えるのに十分な生命と力とを持っていない。生の軽視は彼等にあっては、強い情念の結果ではなく情念の欠如の結果である。不幸であるより存在しないほうがましだと自分に証明する計算結果なのである。ところで、こうした傾向の魂の持ち主は大きなことをなし得ない。生を嫌悪する者は誰でもこの世の事柄にほとんど関心を持たない。だから、自発的に死を選んだ多くのローマ人のなかで、暴君の虐殺によって、死を祖国に敢えて役立てた者はほとんどいない。僭主制の宮廷を四方から囲んでいる守備隊のため、そこへの接近が妨げられていたのだ、と言っても無駄である。腕に武器を取らせなかったのは体刑の恐れであった。そうした人々は、投身自殺をし、自分の血管を開かせるが、残酷な体刑に身をさらしはしない。どんな動機によっても、彼等はそのような決意はしない。

苦への恐れによって、この種の勇気のあらゆる奇妙さが説明できる。自分の頭を打ち抜く勇気ある人が短剣で身を一突きしないならば、、もし彼がある種類の死への恐れを持つならばその恐れはより大きな苦への真のまたは偽りの恐れに基づいている。

思うに、上に確立した原理によって、この分野のすべての難問すべてが解決する。そして若干の者が主張するのとは異なり、勇気が風土からの気質の違いの結果ではなく、すべての人に共通な情念と欲求の結果であることが証明される。私の主題の限定からして、「勇敢」「武勇」「大胆」その他のような、勇気に与えられているいろいろな名前について語ることはできない。これらは本来、勇気が現れる際のいろいろなあり方に過ぎない。

この問題が検討されたので、私は第二の問題に移る。人が主張するように、北方民族の征服は力〔強さ〕と、そう言われるように自然によって与えられた特殊な活力のためとすべきなのかどうか、知ることが問題である。この意見の真理を確かめるために、経験に頼っても無駄である。いままでのところ、細心に検討する者に対して、自然が、北方の製作において、南方よりも強力であることを示すものは何もない。ところで北方には白熊としゃちがいるならば、南方には獅子と犀、そして象がいる。若干数の黄金海岸またはセネガルの黒人を、同数のロシア人ないしフィン人と戦わせたことはない。どれだけの重さを彼等が持ちあげられるかでその力の違いを計ったことはない。この点で何かを確証したというにはほど遠いので、もし偏見を持って偏見と争わせようとするならば、北方の人々の強さについて言われるすべてのことに対して、私はトルコ人に対してなされる賛辞を対抗させよう。それゆえ北方人の強さと勇気について抱かれる意見を支持できるのは、彼等の征服に基づいてだけである。しかしそのときは、すべての国民が同じ主張をし、同じ資格で自らの征服を正当化し、自分たちが自然から厚遇されているとみな等しく信じ込むことができてしまう。

 歴史を眺めてみよう。フン族がアゾフ海を離れて、自国の北方に位置する諸国民を鎖につなぐのがみられよう。サラセン人が大挙してアラビアの焼ける砂地から下って、大地の仇を討ち、諸国民を服従させ、スペイン人に勝利し、フランスの中心部まで荒廃をもたらすのがみられよう。まさにこのサラセン人が、勝利の腕で十字軍の旗を砕くのがみられよう。そして欧州諸国民が、繰り返し試みても、パレスチナで負けと恥を重ねるのがみられよう。他の諸地域に目を向けるならば、やはり私の意見が確かめられるのがみてとれる。インドの端から、勝利者としてシベリアの氷の風土まで征服していったチムールの勝利によって。インカ族の征服によって。キュロスの時代には、最も勇敢な民族とみなされ、彼等の名声にとても値するテンブレイアの戦いに現れたエジプト人の武勇によって。そして最後に、その勝利の武器をサルマティア4)まで、またブリテンの諸島にまで運んだあのローマ人によって。ところで認めてみよう。勝利は南から北へ、北から南へと交互に飛んでいったと。すべての民族が順々に、征服する側にもされる側にもなったと。歴史が教えるように、北方の民族が(e)南方の燃える情熱に感じやすいのは、南方の民族が北方の冷淡な気取りに感じやすいのに劣るものではないと。そして彼等は自分達のとあまりに異なる風土において等しく不利ななかで戦争を行うと。〔以上のように認めれば〕北方人の征服はその風土からの特殊な気質とは絶対に独立していることは明瞭である。また精神的なものによって単純で自然な説明が与えられる事実の原因を、自然的なもののなかに求めても無駄なことも明瞭である。

北方が欧州の最後の征服者を生み出したのは、そのときの北方陣がそうであったような、獰猛でいまだ未開な民族が(f)、フォラール騎士が注意しているようにそのときのローマ人がそうであったような(g)、ぜいたくと怠惰のなかで育ち、恣意的な権力に服従した民族よりも、はるかに勇敢で戦争に適しているからである。末期の皇帝の下では、ローマ人はもはや、ガリアとゲルマニアを征服し、南方もまたその法の下においていた、あの〔かつての〕ローマ人ではなかった。そのときあの世界の主〔と呼ばれたローマ人〕は、彼等が世界を征服した際に持っていたのと同じ〔北方人の〕武勇に屈したのである。

しかしアジアを征服するためには、彼等は鎖を持って行きさえすればよかったのだ、と言われよう。私は答える。アジアを迅速に征服したということは、南方民族の無気力を証明しない。北方のどんな町が、マルセイユ、ヌマンティア5)、サグントゥム6)、ロドス以上の頑強さで防衛したか。クラッススの時代、ローマ人はパルタイ人のなかに、自らに値する敵をみいだしたであろうか。それゆえローマ人が迅速に成功したのは、アジア人の隷従と怠惰のためである。

パルタイ人の君主制よりもゲルマン人の自由のほうがローマ人に恐ろしい、とタキトゥスが言ったとき、彼がゲルマン人の優越を帰したのは彼等の統治形態にである。それゆえ北方人の征服を帰すべきなのは、北方諸国の精神的原因にであって特殊な体質にではない。

 

【原注】

(a)最も勇敢な国民は、この理由によって、武勇が最も報われ、臆病が最も罰される国民である。

(b)〔ブルッカ―〕『哲学の批判的歴史』をみよ。

(c)サックス元帥7)は、プロイセン勢について語って、この件で、その『夢想』のなかで、武器をもって進む彼等の習慣はとてもよいと言う。この仕事に気を取られて、危険をみてとるのが減る、と付け加えている。

恐ろしい仕方で体に色を塗る、アリ人という民族8)について語るとき、なぜタキトゥスは、戦いのなかで目が最初に負けると言うのか。新しい対象によって、兵士の記憶に、雑然としかみていなかった死のイメージがより判明に、思い返されるからである。

(d)若者が一般に老人よりも、死の床ではより勇敢で死刑台ではより弱気なのは、最初の場合は若者のほうが希望を保ち、第二の場合はより大きな損失を蒙るからである。

(e)北方人が南方人よりも飢えと寒さによく耐えるならば、南方人のほうは暑さと渇きによりよく耐える、とタキトゥスは言う。

まさにそのタキトゥスは、「ゲルマン人の習俗」において、彼等は戦争の疲れに持ちこたえない、と言う。

(f)オーレ・ヴォ-ム9)はその『デンマーク人の古代』において、自らの知識の大部分をデンマークの岩から、すなわちそこにルーン文字またはゴート文字で刻まれた碑文からとったと打ち明けている。そうした岩は、北方の文書庫のほとんど全体を構成する、一連の年代記と物語を形づくっていた。

なんらかの出来事の思い出を保つためには、とても大きな自然石を用いた。他人人は何か対になる物を与えた。こうした石の多くがイギリスのソールズベリ平原でみられるが、それはブルトン人の君主や英雄たちの墓所として役立っていた。そこから大量の骨や甲冑が出ることで証明される。

(g)カエサルは言う。かつてはゲルマン人よりも好戦的であったガリア人がいまでは武術の栄光で彼等に譲るのは、ローマ人に交易を教えられて以来、豊かになり文明的になったからであると。

タキトゥスは言う。ガリア人に起きたことがブルトン人にも起きた。この二民族はその自由とともにその勇気も失ったと。

 

【訳注】

1) ビロン(Biron,1524-92)はフランスの軍人・元帥。アンリ4世を支持して勇戦し、戦死。

2) カラノス(Kalanos,BC.c.398-328)はインドのバラモン僧、裸行者。アレクサンドロス大王に同行したが、老衰を感じ、自ら生きたまま火葬。

3) ポルキア(Prcia)は小カトーの娘でブルーとぅすの妻。共和国ローマ婦人の典型と言われ、共和制滅号後に自殺。

4) サルマティアはバルチックからカスピ湾まで及ぶ地域。

5) ヌマンティア(Nimantia)はBC.134-133年、ローマに激しく抵抗し、スキピオによって征服されたスペインの都市。

6) サグントゥム(Saduntum)はBC.219年、カルタゴに劫略され、第二次ポエニ戦争の発端になったスペインの都市。

7) サックス(Saxe,1696-1750)はフランスの軍人。マールバラおよびオイゲン公の下で戦い、フォントノワ、ロワールの戦いで勝利して元帥になった。

8) 現在のアフガニスタンのヘラートに「アレクサンドロスのアリー」があったが、これを指すかどうかは不詳。

9) オーレ・ヴォ-ム(Ole Worm、ラテン語ではOlaus W(底本ではV)ormius,1588-1654)はデンマークの医師、博物学者。コペンハーゲン大学教授。発生学で業績をあげたほか、ルーン文字の研究でも知られる。


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コルネリウス・タキトゥス(Cornelius Tacitus, 55年頃 - 120年頃)は、帝政期ローマ政治家歴史家。個人名はプブリウス(Publius)ともガイウス(Gaius)ともいわれるがどちらかは不明で、通常は個人名を除いて表記される。サルスティウスリウィウスらとともに古代ローマを代表する歴史家の一人であり、いわゆるラテン文学白銀期の作家として知られる。その著作では、ローマ皇帝ティベリウス・カエサルの治世中にユダヤ総督ポンテオ・ピラトイエス・キリストを処刑したことも書いている。




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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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フランソワ・プーラン ド・ラ・バール, Francois Poulain de la Barre | 1997/7/1
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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第27章 上に確立された諸原理と諸事実との関係について

 

 経験は私の推論を裏切っているようにみえる。そしてこの矛盾のみかけで私の意見は疑わしくなるかもしれない。もしすべての人に精神的に等しい素質があると言うならば、1500ないし1800万人からなる一つの王国〔フランス〕のなかに、チュレンヌ、ロニ1)、コルベール、デカルト、コルネイユ、モリエール、キノー、ルブラン、および要するその時代と国の名誉として挙げられるような人々はなぜごくわずかしかみられないのか、と言われよう。

 この問題に答えるためには、どの分野であれ著名な人々を形づくるために絶対に必要な、大量の環境の一致について検討してほしい。人々がこの諸環境の幸運な一致におかれるのはきわめて稀であること、第一級の天才は実際にそうであるのと同様確かに稀であらざるを得ないことが、そのとき認められよう。

 精神的に最大の素質に恵まれている者がフランスに1600万人いると想定しよう。こうした素質を活用しようという強い欲望が政府にあると想定しよう。経験が証明するように、私達にあってこうした素質を発展させるのに適した書物、人々、援助は富裕な都市のなかにしかみいだされないので、したがって学芸のいろいろな分野ですぐれた人々をみつけなければならずまたみつけられるのは、パリで暮らしている、あるいは長い間暮らした80万の人々のなかである(a)。ところで、こうした80万の人々から、まず半分を、すなわち女性が削られるが、彼女等の教育と生活とは、学芸においてなされるかもしれない進歩に対立している。さらにこども、老人、職人、人夫、下僕、修道僧、兵士、商人を、また一般に、その身分、その高職、その財富によって義務に縛られていたり、一日の一部を満たす快楽に身を委ねている者すべてが削られる。最後に考察されるのは、若いときからあの凡庸な状態におかれている少数の者たちだけである。そこでは不幸すべてを軽くできないというという以外の苦痛は経験されないし、またそのうえ研究と省察に不安なくすっかり身を委ねられる。そういう者の数が六千を超えることができないのは確かである。この六千のうち、学ぼうという欲望に動かされるのは六百もいない。この六百のうち、この欲望を、自分のなかに偉大な観念を生み出すのに適した程度に熱する者は半分もいない。学ぼうという欲望において、自分の才能を完全にするのに必要な根性と忍耐を結び付け、あまりに性急に生まれようとしてほとんどいつも性急すぎる好奇心によって両立不能になるこの二つの長所を結合する者は百人もいない。最後に、ごく若い時に、常に同じ分野の研究に専心して、恋と野心には常に無感覚で、多様すぎる研究にも、快楽にも、陰謀にも、何であれ学問や技芸においてすぐれたものになろうとするすべての者にとって常に取り返しのつかない時間を失わなかった者は、たぶん五十人もいない。ところで著作を読まず啓蒙してくれるのに最もふさわしい人々と暮らしもしなかった人々を、この五十人からもし私が割り引くならば、いろいろな分野の研究の数だけ分かれ、各分野で一人か二人しか与えないであろうか。またこのように割り引かれた数から、私はさらに、死、運命の逆転、あるいは似たような他の事故によって進歩が止められた人々すべてを削るならば、私が言いたいのは、私達の現在の政体においては、偉人を形づくるのに絶対に組み合わせられなければならない多数の環境は、偉人を増やすのには対立しているということである。また天才は現にそうであるように稀であらざるを得ないということである。

 それゆえ人々が精神的に等しくないことの真の原因は、もっぱら精神的なもののなかに求めなければならない。そこで、ある時代あるいはある国に偉人が乏しいか豊かを説明するためには、空気の影響や、太陽からどれだけ離れているかや、いつも繰り返されるがいつも経験と歴史によって反駁された、こうしたすべてに、もはや頼ることはない。

 気候からのいろいろな体質が、魂と精神に対しておおいに影響すると言うなら、共和制の下ではあんなに大度であんなに大胆であったあのローマ人(b)が、なぜ今日はこんなに軟弱でこんなに女々しくなっているのか。その精神と徳によってかつては推奨され、地上の称賛の的であったあのギリシャ人とエジプト人が、なぜ今日は軽蔑されているのか。エラム人2)の名の下であんなに勇敢、アレクサンドロス〔大王〕の時代、ペルシャ人たちの時代にはあんなに腰抜けで卑しかったあのアジア人たちは、パルタイ人の名の下では、ローマの恐怖〔の的〕となるのはなぜか。リュクルゴスの法を宗教的に遵守していたあいだは最も勇敢で最も有徳なギリシャ人であったラケダイモン人が、ペロポネソス戦争後、金とぜいたくとを自国にもちこませた後では、こうした評判のどちらも失ったのはなぜか。ガリア人にはとても恐れられたあの古代ケルト人が、もはや同じ勇気を持たないのはなぜか。敵にしばしば敗れたユダヤ人が、マカベア家3)の指導の下では、最も好戦的な国民にふさわしい勇気を示したのはなぜか。学問と技芸とが、いろいろな民族において開発されたり怠られたりを繰り返しながら、ほとんどすべての風土を順々に経めぐったのはなぜか。

 ルキアノスのある対話のなかで、「哲学」は言う。「私が最初に住んだのはギリシャではない。はじめ私はインドへと歩を進めた。そしてインド人は、私の話を聞くため、謙虚に自分の象から降りた。インドから私はエチオピアに向かった。エジプトに移った。エジプトからバビロンに移った。スキュタイに足を止めた。トラキアを通って戻った。オルフェウスと話をし、オルフェウスが私をギリシャに連れて来た」。

なぜ哲学はギリシャからへスペリアに、へスペリアからコンスタンティノープルとアラビアに移ったのか。またなぜ再びアラビアからイタリアへ、そしてフランス、イギリス、また北欧にまで避難所をみいだしたのか。なぜもはや、アテネにフォキオンを、テーベにペロピダスを、ローマにデキウスがみられないのか。これらの風土の気候は変わっていない。それゆえ技芸、学問、勇気と徳の移住を、精神的諸要因にでなければ何に帰すのか。

自然学によって説明しようと試みても空しい無数の政治現象の説明を、私達はこうした精神的な諸原因に帰すべきである。北方諸民族による征服、東洋人の隷従、まさにこれら〔東洋〕諸国民の寓意の天分、ある分野の学問においてある民族が優秀であるこことなどがそうである。そうした主要な結果の原因を私が手早く〔次章で〕示したときには、その優秀さを、風土によって気候が違うことのせいにするのはやめられるであろうと、私は考える。

 

【原注】

(a)偉人の一覧に目を通せば、みてとれよう。モリエール、キノー、コルネイユ、コンデ、パスカル、フォントネル、マルブランシュ等々が、自分の精神を完成させるために首都の助けを必要としたことが。田舎の才人は常に凡庸と断罪されることが。あんなに熱心に森や泉ゃ草原を求める学芸の女神たちは、時々は大都市の空気を吸わなければ村娘に過ぎないであろうことが。

(b)今日のローマ人が古代ローマ人に似ていないと認めながらも、世界の主であるという点では共通だと主張する人々もいる。彼等が言うに、古代ローマがその徳と武勇によって世界を征服したならば、近代ローマはその偽計と政治工作によって世界を征服したのだと。そして教皇グレゴリウス7世はこの第二のローマのカエサルであると。

 

【訳注】

1) ロニ(Rosny底本ではRôny、今日より有名な名ではシュリSully,1560-1641)はフランスの政治家、アンリ4世に仕え、ユグノー戦争と戦後の復興に活躍した。

2) エラム人(Elam底本ではEléamites)は前23世紀以後イラン高原南西部にいた民族。スサを都とする王国を建設。カッシート王国を滅ぼすなど前12世紀に最盛期となったが次第に衰え、前7世紀に滅亡した。

3) マカベア家は前168-37年、シリア王国支配下のユダヤ人を指導した一族。


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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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難しい哲学書を読む(その四):哲学の現在20

仲島陽一

◇フッサール「デカルト的省察」(1931)

(船橋弘訳『世界の名著62』中央公論社、1980、による)

 

フッサール全般についての紹介と批判は、拙著『哲学史』(「22フッサールとハイデガー」、行人社、2018)で述べた。

この論考で彼は、デカルトの「理念の目標は、哲学を、絶対的に基礎づけられた学問にする」ことだとして、彼自身もその道を進んでいると宣言する(179頁)。しかしこれはまさにデカルトが間違っているところである。前掲拙著139および144-145頁をみられたい。フッサール哲学(あるいはそれに依拠するものならば「現象学」一般)は出発点が間違っている。

また彼はデカルトに賛成して、「あらゆる学問は、哲学の体系的統一においてのみ、真の学問になる」(180頁)と主張する。これにも賛成できない。多くの「学問」はそれまでの「哲学」から独立することによって有効な「科学」になった。これからの「哲学」の出番としては、こうした(哲学から独立した)諸学の成果のほうを「基礎」として世界や人生について考察することであって、フッサールの考えは順序がまるで逆である。彼の言う「真の学問」が科学や経験を基礎とせず「主観のほうへ方向転換した哲学」(同頁)ならば、壁を睨んだり自分のへそを眺めたりして悟れると思うインド人のようなもので、空回りもいいところである。

「実証諸科学は、デカルトの省察から絶対的に合理的な基礎付けを得るべきであった」と彼は主張する(182頁)。とんでもない。そのようなものを放棄したことで、実証諸科学は成立したのである。このためそれらは「その発展が大いに阻害されている」と続けるのもまったく事実ではない。実証諸科学はいまも(そう言いたければ「よくも悪くも」)おおいに発展し続けている。フッサールはデカルトの位置づけとして、「素朴な客観主義から先験的主観主義へと徹底的に転換した」(183頁)とする。デカルト(的方法)以前を「素朴な客観主義」(あるいは「素朴唯物論」)とひとくくりにするのは、現象学者(および非唯物論者)がよく行う、虚偽である。また「素朴な客観主義」は確かに学問的ではないが、それを克服するのは「先験的主観主義」ではなくて実践的な物質説である。フッサールは哲学の統一がないことを嘆く。これも嘆くのが不当である。なぜなら哲学はまさに実証科学ではないからである。むしろ「哲学者の数とほとんど同数の多くの哲学がある」(183-184頁)のは喜ばしいことであり、ただ一つの哲学をつくろうとするのは危険で有害な思想である。

デカルトが、幾何学を学問の思想としたのは「宿命的な偏見」であるとフッサールが言う(186頁)のは着目に値する。確かにそれは少なくとも偏った学問観であった。また彼が、目指すべき「普遍的学問」が「公理的基礎」のうえに「演繹的体系という形態を」とらなければないないとしたデカルトを受け入れない(同)のももっともである。フッサールは「真の学問」の「理念」は、「判断を基礎づける」ことであると言う(190頁)。これは少しわかりにくい。ふつうは「正しい判断」すなわち真理を得ることと考えられようし、私もそれでよいと考える。彼がこの「基礎付け」を「判断と判断対象〔事実ないし事態〕そのものとの一致」の立証とすることはわかる。しかしそれに「明証」を絡めてくることでわからなくなる。やはり、明証的とされる公理からの演繹となってしまうのか。フッサールは「存在するものの全体」と妥当な定義を与える(198頁)「世界」の「存在」の明証は必当然的でないと言う。もしこれを私の言葉で「世界が実在するという意識は自然的だが、その判断が真理であるかどうかは明証的でない」と言い換えて構わないなら(同頁下段からはそのように思われるが)、支持する。さてそこで彼は「客観的世界」に対して「判断中止」またはそれを「括弧に入れる」ことを求める(200頁)。そのことへの不満は拙書で述べた(298-299頁)。デカルトに対しては、「われ思う」から出発することは認めながら、「帰納的に基礎づけられる仮定とも協力」すべき学問に、この「われ思う」が基礎を提供すべきものとみなすような、「数学的自然科学への賛嘆から生まれた」「偏見」を批判する(204頁)。典型的に標的となるのはスピノザである(205頁訳注)が、この批判は正しい。

とはいえ、フッサール自身の「省察」が正しい道を進んだとは思われないのだが、誌面が尽きてしまった。


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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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   床屋道話63 私のカルチャー・ショック(その2)

二言居士

 

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 ことし2023年、小林善彦先生がなくなられた。小生は先生にはひとかたならずお世話になったので書くべきことはある。しかしここでは「私のカルチャー・ショック」にかかわる点にだけ触れる。また先生の人となりや教師・研究者としての業績などについてはよりふさわしい人がどこかで書くであろう。

小生の先生との接触は、雑誌『思想』(岩波書店)の1978年6月号掲載の「ルソーの人気 ヴォルテールの不人気」に始まる(そして本稿ではそれに関することだけを書く)。小生が大学に入ったばかりのときである。以前からルソーに関心があったので、ともに没後200年に当たるルソーとヴォルテールを特集したこの雑誌を買って読んだ。多くの執筆者の文章はそれぞれにおもしろかったが、小林先生のものが私に興味深かった点を述べよう。題の意味は、日本ではルソーは人気があるが、啓蒙思想家として彼としばしば並べられるヴォルテールはそれどころか知名度さえ低いことを指す。そのことは周知の事実だが、この現象はフランスにはあてはまらないことを知らされた。つまりフランスでは、ヴォルテールは知られているだけでなく好かれているのに対し、ルソーについてはその文芸作品や社会思想を「評価する」人でも「好きではない」者が少なくないというのだ。そして先生はその原因について、ヴォルテールがまさにフランス的な才人であるのに対して、ルソー(フランス人でなくスイス人)がいかにも日本的であることに求める。その「日本的」とは何か。まず性善説である。そして「腹を割って」話せばわかりあえる。心情を吐露してそれを共有し、一体感が得られることが幸せである。これに対しフランス人はむしろ性悪説寄りであり、人はみな自分が一番、がリアルな認識だとし、それがわからぬ「お人よし」をばかにするのを楽しむ。対人的には「察しあう」どころか気持ちをわかってもらうことでもなく、互いに権利や主張を論理的にぶつけ合うなかで妥協点をみいだす。結果として自分の優越や勝利が得られれば幸せである。

ここから小生が感じ取ったのは次の点である。第一に、小生はルソーをいわば西洋近代思想のチャンピオンとしてとらえてきた。それは間違いではないが、小生がルソーの魅力として感じてきたのは、彼が「日本的」であるいうことにも少なからずよっていることがわかった。第二に、西洋的(さしあたり「フランス」が代表するが)人間への違和感が対自化された。

そこから小生は、これからのあるべき日本を考える際に、西洋由来の理念(たとえば「民主主義」であれ「社会主義」であれ)を学び取り入れるにしても、それを「日本的」なものとして加工する工夫が重要と考えるようになった。そのような「対自化」の土壌は七十年代に既にあった。たとえば「進歩派」のほうでも、もはやソ連や中国は手本ではなく、社会変革や新体制のあり方などは日本独自に考えなければならないというのが大方の意識であった。またディスカバージャパンは「保守派」の仕掛けた、政治色も隠された「キャンペ―ン」だったのだが、それに民衆が好感したのは、反動的な国粋思想からでなく、国民性の健全な再自覚であった。

「日本回帰」というのは昔からよく言われたが、ゆえあることと思う。西洋をよく知ることで、自分がどうしようもなく日本人であることを自覚させられがちであるからである。多くは「洋行帰りのインテリ」であったが、小生は実際に西洋に行ったのはもっと後になるが、これらの知識によってこの自覚は始まった。またそれにもまして、大学以前の小生の環境にはなかった、「バタ臭い」大学人の言行に触れることによってでもある。

排外的な「日本主義」には反対である。実際小生はその後もずっと西洋を学び続けている。自分が「どうしようもなく日本人だ」という自覚は、日本がすぐれていると考えることではない。またルソーが「日本的」であるということも、ヴォルテールと比べるならば、という観点でなされているので、当然ながらルソーには西洋的なところもフランス的なところもある。老荘思想と安直に重ねたり、安藤昌益のヨーロッパ版とだけとらえるならば、ルソー理解としても一面的である。

小生自身にしてもそうであろう。先生の文章に強い印象を受けて二、三の知人に紹介したところ、そうするとあなたはヴォルテール型というわけねと返されて驚いたことがある。考えてみれば、明晰な論理的整理自体がヴォルテール的である。小生もなるべくそのままの紹介に努め、暗示的あるいは感情的に伝えたのでもなく、いわんや言わないでわかってくれやと望んだのでもない。というように「純」日本的であることはほぼ不可能であるし、またそれでもある程度西洋化した日本人に(いわんや西洋人にわからせるのに)有効性も乏しい。

こうした折衷的な姿勢でも、先生には不本意な「影響」かもしれない。「ヴォルテール的」要素を小生以上に持ち、「日本的」なものにはより多くの反発を持っていたと思われるからである。それは戦前生まれで国粋的風潮の害悪を直接に被った経験や、生まれが商家で合理主義的であったろうことからと推察される。

それにしても小生が、フランス革命の合理主義や民主主義といった教科書的知識を超える理解を与えられる一つのきっかけを与えられた出来事であった。

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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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フランソワ・プーラン ド・ラ・バール, Francois Poulain de la Barre | 1997/7/1
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仲島 陽一 | 2015/10/1

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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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仲島 陽一 | 2015/10/1
2023/11/14 14:20 2023/11/14 14:20
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床屋道話61 リベラルかネオリベか

二言居士

 

 前回、現代日本では、保守かリベラルか、という対抗図式があると言ったが、リベラリズム(自由主義)かネオリベラリズム(新自由主義)か、という対抗もある。「保守」に対する「リベラル」だと(国家などに強制されないという)消極的自由を重視する個人主義の面が強いが、ここでは積極的自由の評価として、権利や生活の公的保証をよしとする思想となる。これに対して新自由主義(ネオリベ)は私人と私企業のできる限りの自由をよしとする。具体的には両者はどう違うのか。

 「ブラック企業」の例で考えよう。両者ともそれがいいとは考えない。ただどうすればよいかと問うと答えは異なる。リベラルでは、これを規制する法をつくれとまず言うであろう。悪を禁ずるのは当然のように思われるが、ネオリベはそうは考えない。そんな企業はやめる人が増えはいる人は減るから自然に淘汰されるとまず言う。(ネオリベはダーウィニズムが大好きである。)次に、そのように無駄なのに禁止することは自由の侵害であるからよくないという。(彼等は、自分達こそ真の「自由主義者」であると言うことも少なくない。)第三に彼等は言う。法をつくることは金がかかる。また法がつくられても破る奴は必ずいるから、それを監視するために、または告発を受け付けるために、そして違反者を裁いたり罰したりするためにまた金がかかる。そうした金はつまり税金から出るので、税負担が増す。大きな政府反対! と彼等らは叫ぶ。以上はなるほどと思いそうな理屈である。しかしもう少し考える必要がある。ブラック企業であるからにはすでに犠牲者が出ている。政府が規制しないならそれは続く。そういうとネオリベはこう反論する。ブラックであるかどうかは調べればわかるはずだ。そうした努力をしないで騙されたとか言うのは自己責任(これもネオリベの好きな用語)だと。まず確認したいのは自らわが社はブラックですという企業はないのでふつうに得る情報ではわからないことも多い。それでもよく調べれば絶対わからないということでもないので、自己責任がゼロとは言えない。しかしまたこの言い分の問題が二つある。一つは、情報獲得が上手でない者(情報弱者、略して「情弱」というそうな)が騙されても同情に値しないという、強者の立場の思想であることである。もう一つは、騙す側でなく騙される側を非難していることである。これも「騙される」側にも問題がゼロとは言えないが、騙す側がより悪いとするのがまっとうではあるまいか。ネオリベがそうならないことからみえてくる(あるいは理論武装したネオリベなら自ら言う)ことがある。ここでリベラル派は弱者や騙された者を非難するのは「悪い」と道徳的に否定しているが、そのような道徳的評価こそ、彼等は避けたいということである。その言い分には二つの形がある。1)道徳は無力である。強者が勝つというのが事実である。不満なら説教するのでなく賢くなれ、強くなれ(という社会ダーウィニズム)。2)道徳は価値観の押し付けである。我々は(「真の」)自由主義者として価値を押し付けるなと主張する。これもまた「論破」されそうだがやはり熟慮しよう。1)に対しては、社会ダーウィニズムは科学的真理であるかに装っているが実はそれ自体価値観であり、強者の思想である(そしてそれには反対だ)と言える。2)に対しては、「価値を押し付けるな」というのも事実言明でなくそのような価値の「押しつけ」なのだと言える。およそ(純粋な独り言や絶対ひとに見せない日記でもなく)他者にものをいう限り自分の価値を相手に(彼等の意味つまり最広義で)「押しつけ」ているのであり、問題はどのレベルで押し付けたいかということなのである。それにしても1)2)から浮かび上がってくるのは、彼等が価値づけの能力が乏しいか、価値づけが嫌いなことである。純粋に後者の場合の理由は容易に推測される。すなわち既に強者なのであるから、そのことの「善悪」をあげつらわれたくないので、そんなことを言ってもしょうがないとか負け犬の遠吠えだとか言いたいのである。これは卑劣な物言いであるが、前者の場合先天的なら同情の余地がありそうにみえはする。それでもそういう彼等の所与をスタンダード(あるいは彼の好きな言葉ではデオォルト)にせよという(価値の押し付けをする)なら、それを受け入れなければならないなどということはない。そういう(道徳感情の欠落した)者に対しては、残念ながら、彼等にも通じる(利害勘定の)態度でかかわる(私個人としてはできる限りでかかわらないようにする)しかあるまい。

 「保守かリベラルか」については小生は、どちらかに全面的に賛成はしなかった。しかしネオリベラリズム(現在の日本の政界では「維新の会」が典型)には小生はまったく反対であり、その否定こそ現代の重要課題であると考える。



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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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仲島 陽一 | 2015/10/1
2023/10/20 18:05 2023/10/20 18:05
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 精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第26章 どの程度の情念を人々は持ち得るか

 

 その程度を決めるために、〔エチオピアの〕アビシニア山脈にいると想定すれば、私がそこにみるのは、カリフの命令で、死を待ちかねる人々が、あるいは剣や岩の切っ先に、あるいは海の深淵に突進するさまである。しかしながら彼等にはすべてのイスラム教徒に約束された天上の快楽以外の報いは提供されない。しかしその獲得は彼等にはより保証されているようにみえる。したがってそれを享受しようという欲望は彼等においてより強く感じられ、それに値するための彼等の努力はより大きい。

 アビシニア以外のどんな場所でも、君主の意志のあの盲目的で熱心な執行者の信用を固めるためにこれほどの配慮と技術が用いられることはない。この務めに定められた犠牲者たちは、狂信者を形づくるのにこんなにふさわしい教育をどこでも受けないし、受けなかったであろう。最もやさしい年齢から、後宮から離れた、無人で未開の場所に移されて、そこではイスラム教徒の信仰の闇の中で彼等の理性は迷わされ、使命、マホメットの信仰、この預言者によって行われた奇跡、そしてカリフの命令で課される完全な献身を告げられたのである。そこでは、天国の最も肉感的な描写をすることで、天上の快への最も激しい渇きを引き起こしたのである。彼等は自分の存在を浪費する年齢に達する。血気にはやる欲望によって、最も強い快を享受することに自然が持つ熱望と能力とがしるされる年頃だ。するとすぐに、若者の信仰を強め最も激しい狂信に彼を熱中させるために、祭司たちは、若者の飲み物に催眠性の飲み物を混ぜておいて、眠っている間に、彼の陰気な住まいから、その用途に充てられた魅力的な林の中に彼を移したのである。

 そこで、花々の上に寝かされ、飛び散る噴水に囲まれた若者は、曙が世界に形と色を甦らせ、自然の生産力すべてを目覚めさせ、彼に恋の血気を取り戻させるときまで休息する。まわりの対象の目新しさに驚き、若者はいたるところを眺めやり、魅力的な女性たちに目を止めるが、彼の信じやすい想像力がそれを天女たちに変える。祭司たちの欺瞞の共犯である彼女たちは、誘惑する技術を教えられている。若者は彼女たちが踊りながら自分に進んで来るのを見る。その驚きの光景を彼女たちは喜ぶ。無数のこどもらしい戯れによって、彼のなかに未だ知られていなかった欲望をかきたて、それによって刺激される欲望の期待に軽い凝視で羞恥心を装う。最後には彼の恋に従う。そこで、先のこどもっぽい戯れに替えて陶酔の興奮した愛撫になり、魂がその歓喜に耐えないほどのあの恍惚のなかに彼を沈める。この陶酔に続いて静かな、しかし肉感的な感情が起こり、それはまもなく新たな快楽によって中断される。最後には、欲望で疲れ切ったこの若者は、まさにこの女たちによって甘美な宴席に座らされ、そこで改めて酔わされ、眠っている間に最初のすみかへと運ばれる… 彼はそこで、自分を魅惑した対象を探す。それは錯覚のように彼の目から消えてしまった。彼はなおも天女たちを呼ぶ。近くには導師たちしかみつからない。彼等に自分をくたびれさせた夢を物語る。額を地につけて、導師たちは叫ぶ。「おお選びのうつわよ! おおわが子よ!疑いなく我等の聖なる預言者は汝を天国に連れて行き、徳信者たちにあてられる快楽を味わわせ、汝の信仰と勇気を強固にしたのだ。だからこうした恩恵はカリフの命令への絶対的献身によって受けるべきである」。

あの回教徒たちがイシュマエル1)の後裔たるアラビア人を最も堅固な信仰で活気づけたのはこれに似た教育によってである。そのようにして彼等に、あえて言えば、生への憎しみと死への愛を持たせたのである。そして死の門を、天上の快楽への入り口のように考えさせ、ついには、若干のあいだ世界を驚愕させたあの決然たる勇気を吹き込んだのである。

私が若干のあいだというのは、この種の勇気は、それを生み出す原因がなくなるとすぐに消えるからである。あらゆる情念のなかで、天上の快楽への欲望に基づく狂信の情念が、異議なく最も強く、一民族のなかで、常に最も長続きしない情念である。なぜなら狂信は、理性が知らず知らずにその基礎を掘り崩す威光と誘惑のうえにだけうちたてられるからである。だから、アラブ人、アビシニア人、また一般にすべてのイスラム教民族は、一世紀後には、他の諸国民に対して持っていた勇気の優越全体を失った。そして彼等がローマ人にひどく劣っていたのはこの点においてであった。

ローマ人の武勇は、祖国愛の情念によって引き起こされ、物質的で世俗的な報いに基づいていた。もしもアジアの略奪とともにローマに及ばなかったなら、もし富への欲望が個人的利害を一般的利害に結びつけていた絆を砕かず、また同時にこの民族において習俗と統治形態とを腐敗させなかったなら、この武勇はいつまでも同じであったろうが。

一方は宗教の狂信に、他方は祖国への愛に愛に基づくこの二種類の勇気に関しては、有能な立法者が同国民に吹き込まなければならないのは後者だけであると、観察せざるを得ない。狂信の勇気はすぐに弱まって消えてしまう。そのうえこちらの勇気の源は盲目と迷信とであるから、国民がその狂信を失うと、愚かさしか残らない。そこでその国民は、自らのほうが実質的にすべての点で劣っているすべての民族に軽蔑されるようになる。

キリスト教徒がトルコ人に対してあんなに多くの利点を得たのは、イスラム教徒的愚かさのおかげである。彼等は、フォラール騎士2)が言うには、もしもその戦闘秩序、その規律訓練とその武器を何か少し変化させれば、もしも刀をやめて銃剣に変えるならば、また要するに迷信によっていつまでもとどめられている愚かさから脱することができるならば、その数だけによっても恐るべきものとなろう。この有名な著者は付け加えるが、それほど彼等の宗教は、この国民の愚かさと無能さとを永続させるのに適している。

情念が、敢えて言えば、私達のなかで高揚して奇跡をもたらしうることを、私は示した。この真理が証明されるのは、イスマエルの後裔たるアラビア人の絶望的な勇気によっても、新米は三十七年の引きこもりでしか終わらないインドの裸行者の瞑想によっても、托鉢僧の野蛮で持続的な苦行によっても、日本人の仇討ち熱によって(a)も、ヨーロッパ人の決闘によっても、そして最後に、剣闘士の気骨によってもであり、この剣闘士というのは、危険に襲われ、致命的な打撃を受け、戦っていたときと同じ勇気で闘技場に倒れ、そして死ぬ人である。

私が証明をもくろんだように、それゆえすべての人が一般に、自分の怠惰にうちかつのに、そして知性の優越が付与される連続的注意力を備えるのに十分以上の程度の情念を持ち得る。

それゆえ人々のあいだに才能の大きな不平等が認められるのは、もっぱら受ける教育の違いと、おかれる環境の知られない多様な連鎖による。

実際、精神の働きすべてが、感じること、思い出すこと、そしていろいろな対象が互いにまた私達に対して持つ諸関係を観察することに還元されるならば、明らかなのは、すべての人が、私がいま示したように、感官の繊細さ、記憶の広がり、そして最後に最も高い観念に上るのに必要な注意力を備えているのだから、五体満足の人々(b)の間では、したがって、大きな才能によって名を挙げられないような者はいない、ということである。

この真理の第二の証明として私が付け加えたいのは、第一部で証明したように、すべての誤った判断は、無知か情念かの結果であることである。求めている真理かそこから帰結すべき比較対象が、自分の記憶にないときには無知からである。情念からであるのは、それがおおいに変容して、私達があるがままとは異なる対象を見ることに利害関心を持つときである。ところで、私達の誤りのこうした二つの独特で一般的な原因は二つの偶然的な原因である。無知は第一に必然ではない。それは身体組織の欠陥の結果ではない。なぜなら、この第三部の初めで示したように、最も高い真理の発見が要求する限りなくより多い対象を含むことのできる記憶を備えていない人はいないからである。情念に関しては、身体的欲求は人によって直接に与えられる唯一の情念であり、また欲求はけっして欺かないので、やはり明白なのは、精神における正確さの欠如は身体組織における欠陥の結果ではないことである。私達はみな自分のなかに同じ事柄に対して同じ判断を下す能力を持っているということである。ところで、同様に見ることはひとしく才気を持つことである。それゆえ確実なのは、私がふつうよい身体組織と呼んでいる人々のなかに認められる精神〔才気〕の不等性は、彼等の身体組織の卓越の程度にはけっして依存しないということである(ⅽ)。受ける教育の違い、身を置く環境の多様性、最後にほとんど考えない習慣、したがってごく若いうちに、専心することへの憎しみを身につけ、もっと年をとれば専心することが絶対にできなくなるということによるのである。

この意見がどれほど本当らしくても、新しさのために驚かれるかもしれないので、自分の古くからの偏見からなんとか離れてほしいし、最後にある体系が真理であるのは、それに依存する諸現象の説明によって証明されよう。私の諸原理にしたがって私は次章で、みな天分を持ってつくられている多くの人々のあいだに、天分ある人々がなぜごくわずかしかみられないのかを示すことにしよう。

 

【原注】

(a)彼等は自分を攻撃した者の面前で自分の腹を裂く。そして相手は、恥辱の苦痛で同様に自分の腹を切り裂くことを余儀なくされる。

(b)すなわち大部分の人がそうであるような、身体組織にどんな欠陥も認められない者。

(c)この主題で私が観察したいのは、〔本書〕第一部で示したようにもし才人の資格が、公衆に示される観念が多いことや繊細なことにではなくそれらのうまい選択に認められるならば、またもし、経験によって証明されるように、偶然によって私達の研究が多かれ少なかれ興味深い研究に決まり、ほとんどいつも私達が扱う主題が選ばれるならば、精神〔才気」を自然の恵みとみなす者は、この想定自体において、精神は身体組織の卓越よりもむしろ偶然の結果であり、それは自然の純粋な恵みとみなすことはできない、と認めざるを得ない。「自然」という語で、世界のすべての出来事を結びつけ、そのなかに偶然の観念自体が含まれているのがみられるような、永遠で普遍的な連鎖を意味するのでない限りは。

 

【訳注】

1) イシュマエルはアブラハムが女奴隷に産ませた息子で。嫡男イサクの誕生後は追放され(創世記16:4)、その子孫はアラビア半島の遊牧系部族になったとされる(同25:12-16)。『クルアーン』ではムハンマドを含むアラブ人の祖先で、アブラハムとともにカーバ神殿の創設者とされる(2:124-125)。

2) フォラール(Jean-Charies Folard,1669-1752)はフランスの士官。ルイ14世末期の戦争に加わった後、スウェーデンのカール12世に仕えて手柄を立て、フランスに戻って1719年の対スペイン戦でも戦った。いくつかの軍事的著作を著した。


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     ハガルの追放 ヤン・ステーン



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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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2023/10/20 17:58 2023/10/20 17:58
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床屋道話60 保守かリベラルか

二言居士

 

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 半世紀前までは、保守か革新か、という図式であったが、現代日本ではこのように設問されるのが多い。お前はどうかと問われれば、ずばりどちらかではない。強いてどちら寄りかと迫られれば、リベラル寄りであろう。

 そもそも保守とは何を保守するのか。一般的に答えられるのは、家族・国家・宗教(心)などである。逆に言えばそれを崩すと考えられるのが個人主義であり、その側に立つのがリベラルとみなされる。そこで小生は考えてしまう。つまり「個人主義」にはあまり賛成できないからだ。イエ制度には反対である。国家主義はもとより、「国」と区別される意味での「国家」にも否定的である。ある意味では「戦闘的無神論」者でもあろう。それでも、家族や国を大切にすることにはまったく違和感がなく、みんなとおんなじで快い「日本教徒」かもしれない。一般に心性的には「守旧派」であり、安全・安心・安定が好きだ。そのような意味では自分は保守派寄りになろう。

 ただ問題は「現代日本のいわゆる保守派」つまり反動派は、そのような価値観を法制度や社会的圧力で他人に強制することである。彼等の新憲法案では、家族を「基本的単位」と規定する。憲法でそう決められてしまえば、介護などで(国や自治体に頼らず)家族に犠牲を押し付ける法律などが正当化されるほか、結婚しない者は半端者、こどもを生んで一人前、といった社会的圧力にお墨付きを与えよう。家族を大切にするには、同性愛者を「生産性がない」などと差別するようなことでなく、安心して結婚や出産ができるように、非正規雇用や長時間労働を減らすことである。安倍内閣の教育基本法改定で「国を愛する態度」が教育の目的に加わった。祖国愛は好ましいと小生は考えるが、法律で規定し、たとえば国歌を歌わない者を処分するといったいまのやり方は逆効果である。そんな法律をつくることでなく、政治家の務めは、国民の多くが(法律で強制されなくても自然に)愛せるような国をつくっていくことでなければならない。価値観や思想を強制しないことが、「リベラル」の最も根幹の部分である。よって小生は、保守的な心情を持ちながらも、しいてどちらかと聞かれればリベラル寄りであると答えることになる。



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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

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仲島 陽一 | 2015/10/1



2023/09/01 10:34 2023/09/01 10:34
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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第25章 情念の力と情念に目的として提供される報酬の大きさとの間の正確な関係について

 

 この関係の正確さ全体を感じ取るため、頼らなければならないのは歴史である。メキシコの歴史を開いてみよう。私は金の山が、全欧州の略奪によって得られたものよりも多くの富を、スペイン人の貪欲に供されるのをみる。それを得ようという欲望に動かされて、まさにこのスペイン人たちは、自らの財産も家族も捨てる。コルテスの導きの下、新世界の征服を企てる。気候、欲求、数、勇気と同時に闘う。そして尊大であるのと同様に頑固である勇敢によってそれらに勝利する。

金への渇望により熱くなって、またより赤貧であるのと同じくらい富に貪欲なので、カリブの海賊たちが北の海から南の海に渡るのを、私はみる。通り抜けない砦を攻撃するのをみる。人々の腕力で訓練された兵士たちの数多くの集団を破滅させるのをみる。そしてまさにこのカリブの海賊たちが、南の沿岸を荒らした後、北の海への通路を新たに切り開き、信じがたい仕事によって、絶えざる戦闘と試練済みの勇気、彼等が戻るのに人々と自然が設けた障害にうちかつのを、私はみる。

北方の歴史をみてみれば、目の前に現れる最初の民族は、オーディン1)の弟子たちであった。彼等は想像上の、しかし信じやすさでありありとみるときには、すべてのなかで最大の報いの希望に動かされる。だから、強い信仰に動かされている限り、天上の報いに釣り合って、海賊の報いにもさらにまさる勇気を、彼等は示す。彼等の詩人のひとりは言う。「我等の戦士たちは、死を渇望し、激しく死を求める。戦闘で致命的な打撃を受けると、人は彼等が倒れ、笑い、そして死ぬのを見る。」これはロドブログという名の彼等の王の一人が、戦場で次のように叫ぶとき確証されることである。どんな未知の喜びが我をとらえることか。我は死ぬ。我を呼ぶオーディンの声を聞く。その宮殿の扉は既に開かれている。半裸の娘がそこから出るのが見える。その胸の白さをひきたてる青い肩掛けをしている。我に向かって歩み、我の敵どもの血染めのされこうべの中のうまいビールを我に差し出す。

北方から南方に移ればマホメットがみえるが、これはオーディンのと似た宗教の創始者であり、自分は天から送られたと言い、至高者が地を委ねたとサラセン人たちに告げる。彼等の前に恐怖と荒廃を進ませるが、しかし武勇によってその帝国に値する違いないと告げる。彼等の勇気を熱するために、永遠なる者が諸々の地獄の淵に橋をかけたと、彼は教える。この橋は新月刀の刃よりも狭い。復活の後、勇者は軽い足でその橋を渡り、天の円蓋に昇る。卑怯者はこの橋から落とされ、「煙の家の暗い小屋に住む恐ろしい蛇ののどの中に」入れられる。預言者〔マホメット〕の使命を確定するために、その使徒たちは付け加える。「アルボラク2)の上に乗った預言者は七天を巡り、死の天使と白い鶏を見た。その鶏は第一天に脚を置き、頭を第七天に隠していると。マホメットは月を二つに割り、自らの指から泉を沸かせたと。彼は森たちに自らの後を追わせ、山たちに挨拶させたと(a)。そして神の友である彼は、神が述べた法を彼等にもたらすと。こうした話を聞かされたサラセン人たちは、勇敢な人々に定められた天の住まいの官能的な叙述を与えられるだけにいっそう信じやすくなって、マホメットの弁説に耳を貸す。こうした美しい場所の実在に官能の快に関心をひかれた彼等が、最も強い信仰に燃え、天女たちに絶えずため息をつき、熱狂して敵に襲いかかるのを、私はみる。イルキマクいう名の彼等の将軍の一人が戦闘のなかで叫ぶ。「兵士たちよ、黒い目の、美しい娘たちを、我は見るぞ。25人だ。その一人でも地上に降りるなら、すべての王が王座から降りて彼女を追うだろう。でも何を見ているのか。その一人が進み出る。黄金の半長靴を持っている。片手の緑の絹のハンカチを、もう片手にトパーズの盃を持っている。頭で我にしるしを送って言う。『ここにいらっしゃい、愛する人…』待ってくれ、神聖な天女よ。我は不信心の戦闘に突進する。我は死を与え、死を受け取り、そしてお前と結びつく。」

サラセン人たちの信じやすい目がこれほど判明に天女たちを見る限り、征服の情念は、待ち受ける報いの大きさに釣り合って、祖国愛が吹き込むのにまさる勇気で彼等を動かす。だからそれはより大きな効果を生み出したし、少なくとも一世紀で、ローマ人が六百年で征服してきたのより多くの国民を彼等が服従させるのがみられたのである。

だから、数、規律訓練、武器、戦争機械でまさるギリシャ人は、はやぶさを見た鳩のように、彼等の前から逃げた(b)。同盟した国民すべてが、そのときには無力な柵でしか彼等に対抗しなかった。

彼等に抵抗するには、マホメットの法がイスラム教徒を動かしたのと同じ精神でキリスト教徒を武装さなければならなかったであろう。不信者と戦って死ぬ戦死すべてに、十字軍のとき聖ベルナールが約束したように、天国と殉教の栄誉を約束することである。それを皇帝ニケフォルス3)が集まった司教たちに提案したが、彼等は聖ベルナールほど有能でなく、一致した声で退けた(c)。この拒絶がギリシャ人をがっかりさせ、キリスト教の消滅とサラセン人の進出に有利になることに、彼等は気づかなかった。そうしたことに対抗できたのは、彼等の狂信に等しい熱意の防壁しかなかったのだが。それゆえこれらの司教は帝国を荒廃させたことを国民の犯罪に帰し続けた。啓蒙された人ならば、まさにこれらの司教の盲目のなかに、原因をみてとったであろう。これらの聖職者たちは、こうした場合には、天が帝国を打つために用いる鞭と、また苦しめる傷としてみなされ得た。

サラセン人たちの驚くべき成功は、彼等の情念の力に、そしてその力は、それに火をつけるのに用いられた手段にかくも依存していた。まさにこのアラブ人は実に驚くべき戦士たちで、その前では大地が振動し、ギリシャ軍は北風の前の塵のように散り散りに逃げた。その彼等自身、スーフィ4)と呼ばれるイスラム教の一宗派を見ると震えあがった(d)。あらゆる改革者のように、より獰猛な自尊心とより堅固な信仰で燃えたこれらの宗派人たちは、より判明な目で、希望がサラセン人たちにはより雑然とした遠方にだけ差し出している天上の快楽を見ていた。これらの熱狂したスーフィは、地上をその誤りから浄化しようとした。彼等の言うところでは、恐怖または光にうたれて、矢が放たれる弓を離れるより速く、その偏見と臆見から離れるべき諸国民を、啓蒙するあるいは根絶することを欲したのである。

私がアラブ人とスーフィについていったことは、宗教というばねで動くすべての国民に通用する。すべての民族において、その情念と勇気との均衡をつくりだすのは、この分野では信じやすさの等しい程度である。

別の種類の情念に関しては、同じ極端さのなかでも、とても異なる方策へと諸民族を決定づけるのは、彼等の政府と位置との多様性によって常にひきおこされる、その力の程度の不等性である。

プルタルコスは言う。テミストクレスが武器を手に、彼の共和国〔アテネ〕の富裕な同盟諸国に対するかなりの援助金をとりあげに来たとき、これらの同盟諸国は急いでそれを提供したが、なぜなら彼がとりあげ得る富に比例した恐れのために、アテネ人の意志に従順になったからである。しかし、まさにこのテミストクレスは、赤貧の諸民族に話しかけたとき、アンドロス5)  に上陸し、その島民に同じ要求をした時、自分は二柱の強い神を伴って来ていると宣告した。つまり「欲求と力〔という神〕であり、それらが常に説得をお供に連れている」と言った。アンドロスの住民たちは彼に答えた。「テミストクレス、もし我々が、あなたのと同じくらい強力な二柱の神、力を知らない赤貧と絶望とによって守られているのでなければ、他の同盟諸国同様、あなたの命に服するであろうが。」

それゆえ情念の活発さは、立法者が私達のなかの情念に火をつけるのに用いる手段によるか(e)、偶然私達が置かれる位置かによる。情念が活発であるほど、それが生み出す結果は大きい。だから、歴史全体が証明しているように、成功は常に強い情念に動かされる民族に伴う。この真理はあまりに知られておらず、その無知が、情念を吹き込む技術においてなされたであろう進歩に対立した。この技術は現在まで未知であり、評判の政治家たちにさえそうである。彼等は、国家の利害と力とをかなりよく計算するが、危機的な瞬間、情念に火をつける技術を知っているなら引き出せる独特なばねをけっして感じ取らなかったのである。

幾何学のと同様に確実なこの技術の諸原理は、実際いままで戦争や政治における偉人たちによってしか気づかれなかったようにみえる。そのことに関して私は観察したいが、徳、勇気、したがってまた兵士を動かす情念が根彼等を従わせる命令に劣らず、戦闘の勝利に貢献するならば、それを吹き込む技術に関する論文は、戦略に関する有名なフォラール騎士のすぐれた論文に劣らず、将軍たちの教授に有用であろう。アブル6)、サグント7)、カルタゴ、ヌマンティア8)、ロドスの有名で頑強な守りをつくったのは、有能な工兵たち以上に、自由への愛と隷従への憎しみが結びついた情念であった。

アレクサンドロスが他のほとんどすべての将軍にまさっていたのは、情念をかきたてる技術においてであった。彼のあの成功はまさにこの技術のおかげなのだが、それは何度も何度も分別ある者という名が与えられる人々によって、偶然に帰されたり、無謀さに帰されたりした。なぜなら彼等は、この英雄が多くの奇跡を操るために用いた、ほとんど目に見えないばねに気づかないからである。

この章の結論は、情念の力は、それに火をつけることに使われる手段に常に釣り合っている、ということである。いまや「次章で〕検討しなければならないのは、まさにこの情念が一般に五体満足のすべての人において、精神の優秀さが付着するあの連続的注意力を与えるほど高まり得るかどうか、である。

 

【原注】

(a)マホメットの他の奇跡もたくさん報告されている。言われるところでは、ある強情なラクダが彼に遠くから気づき、この預言者にひざまづこぅとやってきた。彼はこれに触れて行いを改めるように命じた。ある別のときにまさにこの預言者は三万人を一匹の子羊の肝臓で満腹させたと語られる。マラショ神父はこの事実を認め、それは悪魔の業であったと主張する。もっと驚くべき奇跡に関しては、月を溶かし、山々を躍らせ、焼かれた羊の肩にしゃべらせると言ったものだが、イスラム教徒が保証するところでは、彼がそれらを行ったのは、これほど人目を引き人間の力と欺瞞全体を越えた奇跡が、奇跡に関していつもとても気難しい自由思想家たちを改心させるのに絶対に必要だからである。

(b)皇帝へラクリウス9)は、彼の軍隊の重なる敗北に驚いて、この件で、政治家よりも神学者が多い評議会を集めた。そこで帝国の現在の禍が示され、その原因が探られる。そしてこの時代の習いに従い、国民の犯罪が至高者を怒らせたのであり、これほどの不幸を終わらせるには、断食、涙、そして祈りによってだけ可能であろう、と結論された。こうした決心をして、これほど多くの禍の後、皇帝はなおも彼に残っていた方策を何も考慮しない。勇気は情念の結果にほかならないこと、共和国の破壊以後ローマ人はもはや祖国愛に動かされないので、情念のない人々を狂信者に向かわせるのは凶暴な狼に臆病な羊を立ち向かわせるものだということを知っていたならば、精神にまず現れたはずの方策であるが。

(Ⅽ)彼等は自分たちの見解に有利になるよう、東方教会の古い規律と、聖バシリウスからアンフィロキオス10)への手紙の十三番目の規範に言及した。この手紙は、「戦闘で敵を殺した兵士はみな、三年間聖体拝受に近づくことはできない」と定めていた。啓示され有徳な人によって統治されることが有利であるならばときおり聖人によって統治される以上に有利なことは何もないであろう、とそこから結論することもできよう。

(d)これらのスーフィ教徒たちはとても恐れられていたので、名声高い将軍アディはベン-メルヴァンと名付けられた政府に集まったこれら120名の狂信者を600名で攻撃するように命令を受けた。この将軍が示したのは、死を渇望したこうした宗派の各々は20倍のアラブ人に対しても有利に戦える、ということであった。またこうして、勇気の不等性はこうした場合数の不等性によって償われないので、こうした狂信者たちの決断たる勇気がかくも不等にしている戦闘を、彼は敢えてしないであろうということである。

(e)卑小な手段はいつも卑小な情念と卑小な結果を生み出す。大胆な企てへと刺激されるには、大きな動機が必要である。大部分の政府が悪弊を永続化させるのは、愚かさ以上に弱さのせいである。私達は後世にそうみえるであろう程には愚かではない。たとえば二十五歳未満で自分の財産を処分することを公民に禁じ、十六歳で自分の自由を放棄して修道僧になることを認める法律の不条理を感じない人がいようか。皆がこの病の薬を知っているが、同時にそれを飲ませるのがどれだけ難しいかを感じている。実際、若干の社会の利害関心は、この件で公共の福利にどれだけの障害を置くことであろう。そうした企てを実行するには、勇気と才気のどれだけの長くて骨がおれる努力が、要するに粘り強さが前提されるであろうか。それを試みるには、たぶん要路の人が、最大の栄光の希望によって刺激されたことが必要であろう。また公衆の感謝によっていたるところに彼の像が立てられるのを見られると思えなければなるまい。常に思い出さなければならないのは、道徳学においても、自然学や機械学と同様に、結果はいつでも原因に比例する、ということである。

(f)規律訓練とは、いわば、敵よりも自分の将校への恐れを兵士たちに吹き込む技術にほかならない。この恐れはしばしば勇気を結果として持つ。しかしそれは、狂信、または激しい祖国愛によって動かされた一民族の獰猛で頑強な武勇の前では持ちこたえられない。

 

【訳注】

1) オーディンは北欧神話における、雄弁・知識・詩歌・武勇などをつかさどる最高神。

2) アルボラクはマホメットのこの夜の旅のときの乗用馬に与えられた名。

3) ニケフォルス(Nicephorus)は東ローマ皇帝。

4) 底本はSafriensだが意味上スーフィ教徒(soufi)のことと解した。

5) アンドロス(Andros)はエーゲ海の島。この挿話は、プルタルコス『対比列伝』テミストクレス篇21節。ただしすでにヘロドトス『歴史』第八巻11節にあり。

6) アブル(Ablou,Abydos)はエジプトにあった町。テーベの北西。

7) サグント(Sagunto)はスペインの町。前219年、カルタゴによって攻囲劫略された。

8) ヌマンティア(Numantia)はスペインの町。スキピオが住民を飢えに追い込み、破壊した。

9) ヘラクリウス(Helaclius,c.575-641)は東ローマ皇帝。イスラム勢の侵入で領土の一部を失った。

10) アンフィロキオス(Amphilochios,340/45-94/403)はイコニウムの司教。四世紀にいくつかの公会議を主宰し、異端に対する多くの著作を書いた。ナチアンスのグレゴリウスのいとこ。




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プルタルコス(Plutarchus)
生誕:46年-120年 AD
帝政ローマのギリシア人著述家
引用:greatthoughtstreasury.com












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仲島 陽一 | 2018/4/1
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)

フランソワ・プーラン ド・ラ・バール, Francois Poulain de la Barre | 1997/7/1
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『権力への意志』は捏造か?:哲学の現在19

仲島陽一

 

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ニーチェは1889年に発狂した。著作の準備として大量の断片を残していたが手を付けることなく、1900年に死亡した。妹エリーザベトは、483の断片を編集して1901年『権力への意志・習作と断片』として出版した。さらに1906年、ペーター・ガストの協力で1067の断片により『権力への意志・あらゆる価値の価値転換』として刊行した。これを捏造のように言う言説がある。以下「批判派」としてみていきたい。

最初の「批判派」とみえるシュレヒタは、『権力への意志』が「ニーチェ自身の手になった著作でないことを強く主張」(1956年?)した。しかし彼による著作集自体から、「現行の『権力への意志』に収められているアフォリズムのすべては、それぞれ一つ一つとしては、客観的にニーチェ自身のものである」と原祐は言う([1962]ちくま学芸文庫版、ニーチェ全集、12、507頁、強調は著者)。編集である以上異論は当然であり、形式的にずさんで、内容的に偏ったものとも言えよう。しかし捏造と言うには、当人が書いたものでないものをそのように言うことで別問題であるが、原の言うところではそれには当たらない。またこれが死んでいる彼「の手になった」著作でないとは言えるが、それは「彼の著作」ではないということと同じではない。生きている著者が過去の自作をもはや自分の思想でないとしたり絶版にしたりすることもある。その場合でもそれは「何年におけるその人の著作」として扱われる。

ドゥルーズは、「捏造がほんとうに行われたのか」という問いを出して、「むしろ事実は、〔…〕不正確な読解がなされ、そのためテクストを正しく配置できず、移し変えてしまった」として(『ニーチェ』[1963]ちくま学芸文庫、201-202頁)、文字通りの「捏造」とは別の問題としている。

氷上英廣は、やはり編集上の問題を言い、「力への意志」を表題とする著作は「放棄されたとみていいのではなかろうか」と推測し(白水社版全集、二期12巻解説)、その言葉による「書物は存在しない」としながらも、その「思想ではない」と断り、むしろその思想が「最も有力なものであったことは否定できない」と言う(同11巻解説)。捏造などとはしていない。

三島憲一は言う(『ニーチェ』岩波新書、1987)。そのように題した著作を自ら用意していた「と思える」紙片があることは確かだが、「おそらくは撤回された計画であった。」(強調は引用者、以下も同じ)「それにもかかわらず、権力主義的な思想に合うかのような断片を集め、『飼育と訓練』などという章まで作る強引な編集を行わせて〔この〕著書を文字通りでっち上げたのは、妹のエリーザベトである」。こうした編集がニーチェを権力政治の理論家に歪曲してしまった」(204頁)。ここでも捏造の具体的提示はない。にもかかわらず「文字通りでっち上げ」というのは、今までみた論者も超えるいきすぎた決めつけである。

マッキンタイア―は言う(『エリーザベト・ニーチェ』[1992]藤川義明訳、白水社、1994)。ニーチェは『権力への意志』出版の「構想を持っていたが、おそらく断念していた。〔…〕単純な事実は、ニーチェは『権力への意志』という題名の本は書かなかったということだ。書いたのはエリーザベトである」(238頁、強調は引用者)。著者はニーチェが「断念した」と想像する根拠は示していない。「本を」書いたのはニーチェとは言えないが、その中身がニーチェ自身の文章である以上、それを(編集でなく)「書いたのはエリーザベト」というのはとんでもない。三島も問題にした「飼育と訓練」を第四部の題名にしたことを「誤解を招く」とする。ニーチェ自身が草稿の一つでその題名を使ったことを認めながら、(根拠をあげずに)「破棄された」と述べる。

恒吉良隆はこの著作を、「悪意に解すれば『でっちあげの作品」とする(『ニーチェの妹エリーザベト-その実像』同学社、2009、209頁、強調は引用者)。この表現からは、この編集を批判する彼にしても、文字通りの捏造とは言えなかったことがわかる。

以上のように、『権力への意志』を、捏造であるとかニーチェの著書ではないとかするのは妥当でないことが示された。ではそのように印象操作する「批判派」の動機は何なのかを考えたい。まず次の事実がその参考になろう。①「批判派」はニーチェの思想に対して少なくとも基本的には評価している。②ナチス政権やその反ユダヤ政策に対しては一般に否定的に評価されている。➂エリーザベトは夫フェルスターとともに反ユダヤ主義者であり、またナチス政権成立後はニーチェの思想を準公定思想にするのに大きな役割を果たした。いかがわしい人となりであり、兄の私信の偽造もしている。――以上は事実として異論のないものであろう。以下はそれによるが、異論があり得る私の推測である。「批判派」は、Aナチス政権のニーチェ「利用」は悪用であり、ニーチェ「本来の」思想を歪めていると考える。B著作『権力への意志』は、ニーチェ「本来の」思想を歪めて(後にナチスが「悪用」しやすくなって)いると考える。Cしたがってニーチェがナチスに利用されたのは、エリーザベトによる歪曲とすり寄りによる「悪用」であり、ニーチェ「本来の」思想はよいものだと考える。――この推測が当たっているとすると、以下の論点があると考える。「批判派」は、㋐ニーチェのいわば社会的醜聞を1)ナチス政権との関連に限定し(事実はたとえばムッソリーニはヒットラー以上のニーチェ心酔者であった)、2)またその反ユダヤ主義との関係に限定しているが、それは妥当なのか。㋑ニーチェ「本来の」思想は『権力への意志』から読み取れるものとは異なると言えるのか。㋒ニーチェ「本来の」思想が反ユダヤ主義でないとして、それならそれは評価に値するものと言えるのか。――以上に関して私の意見を述べたい。Ⅰホロコーストは重大な問題であるが、ナチズムの害悪はそれだけではない。独裁体制として言論や思想の自由を奪い、社会主義者などを大量に弾圧した。障害者や精神病者なども大量に「安楽死」させた。仮にホロコーストがなかったとしても、現代最悪の政権の一つであったことは変わるまい。またナチスは無意味に特にユダヤを標的にしたわけではないが、ユダヤでなくロマ人(ジプシー)ならあるいは朝鮮人ならファッショ的でないということにはなるまい。Ⅱ『権力への意志』がいわゆる権力政治的な志向が強く出ている編集だとは言えるかもしれない。しかしそこにある言葉自体は遺稿にあるものでエリーザベトがつくりだしたものではない。いわんやそこに表れている思想はニーチェが撤回した(であろう)ものだという推測には客観的根拠がない。むしろそれは根本的には(この小論で示す余地はないが、晩年の遺稿だけでなく)彼に一貫してあるものだと私は考える。Ⅲ1900年に死んだニーチェは約二十年後につくられるナチスも、約三十年後にその政権が実行するホロコーストも知らず、それらを彼が直接支持したわけでは無論ない。ただ大衆や民主主義を敵視する反動思想、軍国主義や人種主義、反ユダヤ主義は19世紀後半にもあった。ニーチェがフェルスターらの反ユダヤ主義の社会運動には批判的であった(その理由は十分にはわからないが)ことは確かであると考えられる。しかしそれは彼がユダヤ教の思想やその担い手としてのユダヤ人に否定的であったことと混同してはならない。これも詳しくは述べられないが、また細かい問題はあるが、ニーチェが大枠として、ユダヤ―キリスト教をギリシャ―ローマの思想との対置によって否定しようという意図は一貫してみられる。彼の若いときの「師」てあるショーペンハウアーもワーグナーも反ユダヤ思想の持ち主であった。ただそれが彼の思想の重要な部分とみたいわけではない。ファシズムを「反ユダヤ」と等置するのは大きな誤りと述べたが、また反ユダヤをニーチェ思想の中心にするなら彼への的もずれてしまう。むしろ大きな枠組みで、彼が「すぐれた人種」と「劣った人種」の「位階秩序」をよしとしていることがより本質的である。ここから彼は平等に反対し、政治的平等思想としての民主主義に反対する。彼がキリスト教に反対するのも、合理主義やヒューマニズムからではなく(むしろそれらは彼が敵視するものである)、その宗教の隣人愛や弱者救済という思想への敵対からであり、その心理的基盤である同情を彼は最大の敵とする。虐げられた者が支配者を恨むのは当然であろうが、ニーチェはこの恨みを「ルサンチマン」として自分たちが支配者になろうとする欲望だと誹謗する。こうした平等への努力を正義でなく単なる力関係にゆがめる。「力」自体には強弱しかないので、「畜群」と彼が呼ぶ弱者を強者が支配し、搾取するのは正当だとする。暴力、強姦、テロを礼賛する。男女平等は「できの悪い、すなわちこどもを産まない」女の妄想と罵倒し、障害児は殺してしまうのがよいという。このようなニーチェは、たとえ反ユダヤ主義的ではなかったとしても、ファシズムにうってつけであり、人類最悪の思想ではなかろうか。



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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第24章 この真理の証明

 

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 この〔前章で示された〕命題が逆説にみえることをすっかり取り除くには、人々の欲望の最も一般的な二つの対象が富と名誉であることを観察すれば十分である。この二つの対象のなかで、その名誉が自愛心に媚びるあり方で配分されるときは、人々がより渇望するのは名誉のほうである。

 この名誉を得たいという欲望によって、そのとき人々は最大の努力もできるようになり、そのとき彼等は奇跡を成し遂げる。ところで、祖国に果たされる奉仕に対して払うにはこの〔名誉という〕貨幣しかなく、したがってその価値を保つことに最大の利害関心を持つ民族以上に、この名誉がより大きな正義で割り当てられるところは、どこにもない。だからローマとギリシャの貧しい共和国は、東洋の広大で豊かなすべての帝国よりも多くの偉人を生み出したのである。

 富裕で専制主義に服している民族においては、名誉という貨幣はほとんど評価されていないし、またそうならざるを得ない。実際、もし名誉がその価値を彼等が管理されているやり方から得ているなら、またもし東洋ではスルタンがその配分者であるなら、彼等がこの貨幣で飾る者の選択がまずくてその価値をしばしば落とさざるを得ないと感じられる。だからそうした国では、名誉は本来称号に過ぎない。それは自尊心を強くうつことはできないが、なぜならそれが栄光に結びつくことはめったにないからであり、栄光は君主でなく民衆が配分するものである。栄光は公衆の感謝の喝采にほかならないからである。ところで、名誉が卑しめられると、それを得ようという欲望は冷める。もはや人々はこの欲望で偉大な事柄に向かうことはない。そして名誉は国家のなかで無力なばねになり、要路の人々がそれを用いるのを怠るのはもっともなことである。

 アメリカのある邦では、一人の未開人が勝利をもたらしたり、交渉を巧みに処理したときには、国民集会で「お前は男だ」と言う。この賛辞によって彼は、専制的諸国において才能によって名を挙げた人々に提示されるあらゆる高い地位以上に、偉大な行為へと駆り立てられるのである。

 彼等を管理する滑稽なやり方が名誉に対してときおり投げつけるはずの軽蔑全体を感じ取るには、クラウディウスの統治下で行われていたその濫用を思い出すがよい。プリニウスが言うには、この皇帝の下で、ある市民がずるさで有名な烏を殺した。この市民は死刑になった。この烏には壮麗な葬式が行われた。笛吹が先行し、奴隷二人が烏の安置台を担い、葬列のしんがりは無数の老若男女が務めた。この件につきプリニウスは叫んでいる。最初の王たちを地味に埋葬し、カルタゴとヌマンティア1)の破壊者〔スキピオ〕の死に復讐しなかったまさにこのローマで、もしも我等の先祖が烏の葬儀に参列するならばなんというだろうか2)

 しかしこう言われよう。恣意的権力に服する諸国において、しかしながら名誉はときおり真価の報いであると。疑いなく然り。しかしより多く、悪徳と低劣さの報酬である。名誉は、こうした統治においては、荒れ野の中の疎林に比べられる。その実は、ときおり天の鳥によって持ち去られ、あまりに多く蛇の餌食になる。その蛇は木の根元から、樹冠まで這い登って来たのである。

 名誉がひとたび卑しめられれば、国家に果たされる奉仕はもはや金を払うことでしかない。金でしか支払わない国民はみな、まもなく支出が積み重なり、力尽きた国家はまもなく支払い不能になる。そうなったら才人の徳にもはや報酬がない。

 必要によって啓蒙された君主は、この窮地にあっては名誉という貨幣に頼らざるを得まい、と言っても無駄である。もしも、集団としての国民が恩恵の配給者であるような貧しい共和国では、こうした名誉の値を高めることが簡単であっても、専制的諸国でそれに価値を与えることほど難しいことはない。

 名誉という貨幣のこの管理は、それを流通させようとする者のなかに、どんな徳義を前提するであろうか。廷臣の陰謀に抵抗するには、どんな力強い性格が必要であろうか。こうした名誉を大きな才能や徳を持つ者にだけ与え、その信用を落とすようなあの凡庸な人々すべてにはいつも拒むには、どんな分別が必要であろうか。

 富のような名誉はない。もし公衆の利害が金や銀の貨幣においては改鋳を禁じても、名誉が人々の意見だけに負う価値を失ったときには、公益は逆に、名誉の貨幣における改鋳を要求する。

 私がこの件で注目したいのは、財政管理に多くの人をつけながら名誉の管理を見張るためには誰も指名しない、大部分の国民のふるまいを考慮しても、人が驚かないことである。しかしながら、高官に挙げる人々の真価についての厳しい議論以上に有用なことがあろうか。なぜ各国民は、深くて公の検討によって、自らが報いる才人の真実性を保証するような、法廷を持たないのであろうか。どんな価値を、そんな検討は名誉におくであろうか。それに値しようというどんな欲望を生むであろうか。どんな変化をこの欲望は、私教育においても、また少しずつ公教育においても、ひきおこすであろうか。その変化にたぶん、諸民族間に認められる差異すべてが依存している。

 アンティオコス3)の卑しく怠惰な廷臣たちのなかに、もしもこどものときからローマで育てられたなら、どれだけ多くの人が、ポピリゥスのように、自分を奴隷またはローマ人のようにすることなしには抜け出せないような円を描いたことであろう。

 大きな報酬は大きな徳をつくること、名誉の賢明な管理は、個別的利害を一般的利害に結びつけ有徳な公民を形づくるために立法者が用い得る最も強い絆であることを、既に証明した。若干の民族が徳に対して愛しているか無関心であるかが、彼等のいろいろな統治形態の結果であることを、そこから結論する権理があると、私は考える。ところで、私が例にとって徳への情念について言っていることは、他のすべての情念に適用できる。それゆえ、いろいろな民族がうけいれられるようにみえる情念がこのように程度が等しくないのは、自然のせいにしてはならない。

この真理の最後の証明のために、私は〔次の章で〕情念の強さは、それをひきおこすのに使われる手段の力に常に釣り合っていることを証明しよう。

 

【訳注】

1) ヌマンティア(Jean Louis Guez de Balzac,1597-1654)は現スペイン。ローマに抵抗したが、BC.133スキピオによって破壊された。

2) プリニウス『博物誌』で「烏」が出てくる箇所と「クラウディウス(帝)」が出てくる箇所すべてをあたったがこの記述はなかった。他の著作か、あるいは小プリニウスの著作か?

3) アンティオコス(Antiochos)はシリアの王。ここでは一世(BC.323-261)か?




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