'エルヴェシウス「精神論」'に該当される記事17件

  1. 2017/12/16 精神論〔1758年〕 第三部 第5章 私達の魂に働きかける諸力について (1)
  2. 2017/09/11 精神論〔1758年〕 第三部 第4章 注意力の不等性について
  3. 2017/06/19 精神論〔1758年〕 第三部 第3章 記憶の広さについて
  4. 2017/03/02 精神論〔1758年〕 第三部 第2章 感官の繊細さについて
  5. 2016/12/29 精神論〔1758年〕 第三部 第1章 精神が考察されるべきは自然の恵みとしてか、教育の結果としてか
  6. 2016/09/10 精神論〔1758年〕 第二部 第26章 全世界との関係における精神について
  7. 2016/03/25 精神論〔1758年〕 第二部 第24章 道徳学を改善する手段について
  8. 2015/09/20 精神論〔1758年〕 第二部 第23章 道徳学の進歩を今まで遅らせた諸原因について
  9. 2015/06/11 精神論〔1758年〕 第二部 第22章 諸国民はその統治形態だけのおかげである長所をなぜ自然の恩恵とみなすのか
  10. 2015/05/09 精神論〔1758年〕 第二部 第3章 一個人との関係における精神について
  11. 2015/05/07 精神論〔1758年〕 第二部 第2章 一個人との関係における徳義について
  12. 2015/05/06 精神論〔1758年〕 第二部 第1章 社会との関係における精神について
  13. 2015/05/05 精神論〔1758年〕 第一部 第4章 言葉の誤用について
  14. 2015/05/04 精神論〔1758年〕 第一部 第3章 無知について
  15. 2015/05/04 精神論〔1758年〕 第一部 第2章 私達の情念から起こる間違いについて
  16. 2015/05/03 精神論〔1758年〕 第一部 第1章 それ自体における精神について
  17. 2015/05/02 精神論〔1758年〕 序文

精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第5章 私達の魂に働きかける諸力について

 

 これらの力が何であるかを解明できるのは、経験によってだけである。経験の教えるところでは、怠惰は人間に本性的である。注意は人間を疲れさせ、苦しめる(a)。諸物体が〔引力で物体間の〕中心に引かれるように、人間は絶えず休息へと引かれる。絶えずこの中心へと引き寄せられ、もしも各瞬間に次の二種類の力によって跳ね返されなければ、そこにかたくくっついたままであろう。その二種類の力が、怠惰と惰性の力に対して均衡するのであり、その一つは強い情念によって、もう一つは退屈への嫌悪によって人間に伝えられる。

退屈は、世界中で、想像以上に一般的で強力なばねである。すべての苦しみの中で、退屈は異議なく最小のものである。しかし結局一つの苦しみではある。幸福への欲望によって、私達は常に、快楽の欠如を一つの悪とみなすであろう。身体的欲求の満足に常に付着する強い諸々の快楽間のなくせない隙間を、苦しいものでないときには常に快いあの感覚のいくつかによって埋めたいと、私達は願うであろう。したがって私達は、常に新たな印象によって、自分の実在を各瞬間に告げられることを望みたいであろう。こうした告知の各々が私達に一つの快楽だからである。だから未開人は自分の欲求を満たしてしまうと川辺に駆け付けるが、そこでは互いに押し合う波がすばやく継起して、各瞬間に彼に新たな印象を与えるのである。だから私達は、止まっている対象よりも動いている対象を好んで見るのである。だからことわざに「火は仲間をつくる」、すなわち私達を退屈からひきだすというのである。

部分的に、人間精神の可変性と改善能力との原理を含むのは、〔心を〕動かされたいというこの欲求であり、また印象の不在が魂に生み出す一種の不安である。そしてこれが、人間をあらゆる意味で無理やり興奮させ、無数の時代の革命の後、学芸をつくらせ改善させ、最後には趣味の堕落をもたらすことになるのである(b)。

実際、もし印象が強いほど快いのならば、またもし同じ印象の持続がその生気を弱めるならば、それゆえ私達は、驚きの快を魂に生み出すあの新しい印象を渇望せざるを得ない。それゆえ、私達を喜ばせ私達にこの種の印象をかきたてようと熱心な芸術家たちは、部分的に美の組み合わせを汲みつくした後で、私達が美よりも好む独特なものをそれにかえるが、なぜならそれのほうがより新しい、したがってまたより強い印象を私達に与えるからである。ここに、文明諸国民における、趣味の堕落の原因がある。

退屈への嫌悪が私達になし得ることのすべてを、また何が時折この原理の活動であるかをさらによりよく知るために(c)、人々を観察者の目で見よう。感じ取れるであろうことは、彼等の大部分を動かし考えさせるのが、退屈への恐れであることである。強すぎる、したがってまた不快な印象を受ける危険を冒しても、人々が自分を強く動かせるものすべてを熱心に求めるのは、退屈を免れるためであることである。民衆をグレーヴ広場1)に、社交界の人々を劇場に走らせるのは、この欲望だということである。陰気な献身において、また痛悔の厳格な実践においてまで、しばしば老婦人の退屈の薬を求めさせるのは、まさにこの動機であることである。なぜなら、あらゆる種類の手段によって、罪人を自らのところに連れ戻そうと努める神は、ふつう、老婦人に対して、退屈という薬を用いるからである。

しかし、退屈が最大の役割を演ずるのは、特に習俗によってであれ、統治形態によってであれ、偉大な情念が鉄鎖につながれている時代においてである。そのとき退屈は普遍的な動因となる。

宮廷のなか、玉座のまわりでは、暇な宮廷人、卑小な野心家をつくり、彼等に卑小な欲望を把握させ、彼等の卑小な情念にお似合いの卑小な地位を得るために、卑小な策謀、卑小な陰謀、卑小な犯罪を起こさせるのは、最小程度の野心に加わった退屈への恐れである。それはセイアヌス2)の徒はつくるがオクタウィアヌスのような人々はつくらない。しかしその他の点では、実際尊大になる特権を享受できるあの地位に上るにはそれで十分だが、そこで退屈から免れようと思っても無駄である。

私達の魂に働きかける、活発な力と惰性の力とは、敢て言えば、そうしたものである。一般に自分が骨を折って動かずに動かされたいと望むのは、この二つの力に従うためである。この理由によって私達は、骨を折って学ぶことなしにすべてを知りたく思うのである。このため、あらゆる場合に検討の疲れを課すような理性よりも世論に従順になり、人々は示される真偽すべての観念を鵜呑みにして世間にはいっていくのである(d)。このため最後に、ある敵は知恵にある時は偏見の波で運ばれ、偶然によって利巧にも馬鹿にもなり、世論の奴隷は、真理を主張しようと誤謬を言い張ろうと、賢人からみればどちらも分別を欠いている。示される色をでたらめに名指す盲人のようなものである。

それゆえ、魂にその運動を伝え、魂が本性的に持っている休息への傾向を奪い、魂が常に屈しようとするあの惰性の力を克服させるものは、情念と退屈への嫌悪であることがわかる。

自然学においてと同様道徳学においてもこの命題がどんなに確実にみえようとも、その意見を確立しなければならないのは事実に基づいてであり、私は次の諸章において、実例を通じて、あの勇敢な行動を実践させ、あらゆる時代の驚きと賛嘆であるあの偉大な観念を把握させるのは、もっぱら強い情念であることを証明しよう。

 

【原注】

(a)ホッテントットは推論することも思考することも欲さない。「考えることは人生の禍である」と彼等は言う。なんと多くのホッテントットが私達のなかにもいることか?

この人々は怠惰にすっかり身を委ねている。あらゆる種類の配慮と仕事とを取り除くために、彼等は絶対になしで済ませられるすべてのものを断つ。カリブ人も考えることと働くことに対して同じ恐れを抱く。彼等はカッサバを作る、あるいは生計を立てていくくらいならば、むしろ飢え死にするままになるであろう。彼等の妻がすべてを行う。彼等は一日おきにだけ二時間土地で働く。残りの時間はハンモックで夢うつつで過ごす。彼等のベットを買おうとしたらどうか。朝安値で売る。晩それが必要になろうと考える苦労をしないのである。

(b)世界の古さについて判断できるのは、たぶん、人間精神ののろい歩みを、学芸がいまある完全性の状態と比べることによってである。この計画に基づいて、現在まで与えられたのと少なくとも同じくらい巧みな年代学の新体系がつくられよう。しかしこの計画が実行されるには、企てる者の側に精神のかなりな繊細さと賢明さとが求められよう。

(c)退屈は確かにふつうとても創造的ではない。退屈というばねは確かに、私達が偉大な企てを実行するのにまた特に私達が偉大な才能を獲得するのに十分力強くはない。退屈はリュクルゴス、ペロピダス3)、ホメロス、アルキメデス、ミルトン〔のような偉人〕を生み出さない。偉人に不足するのは退屈が欠けているからでないと確言できる。しかしながらこの〔退屈という〕ばねはしばしば大きな結果をもたらす。ときおり君主たちを武装させ、戦闘のなかに連れ出すには、それで十分である。それが征服者たちをつくることがある。戦争が、習慣によって必要とされる仕事になるかもしれない。カール12世は、愛欲と食欲の快に常に無感覚であった唯一の英雄であるが、たぶん部分的にこの動機に動かされていた。しかし、退屈がこの種の英雄を作り得るとしても、それはカエサルやクロンウェル〔のような種類の英雄〕にはならないであろう。王座から彼等を隔てる空間を突破するのに必要な、精神と才能の努力をなさせるには、大きな情熱が必要であった。

(d)人々の軽信は部分的に、怠惰の結果である。人には不条理な事柄を信じる習慣がある。その偽りを疑いが、そうとすっかり得心するには、検討の疲労に身をさらさねばなるまい。それは省きたいのであり、検討するよりも信じることを好むのである。ところで、魂がそのような状況にあれば、ある意見が偽りであると説得する証拠は、いつでも不十分にみえる。そのときには、信をおかれないような推論も滑稽話もない。私はただ、ローマ人マリーニ4)による、トンキンからの報告の一例だけをひこう。この著者は言う。「トンキン人に宗教を与えようとされた。トンキンでは、ティクサと呼ばれるラマ哲学の宗教が選ばれた。この宗教に与えられ彼等が信じる滑稽話の源は以下の通りである」。

「ある日神ティクサの母は、白い象が彼女の口から不可思議な仕方で生まれ、彼女の左脇から出て来るのを夢に見た。夢が現実となり、彼女はティクサを懐妊する。生まれるや否や彼は自分の母を死なせる。七歳のとき、一つの指で天を、別の指で地をさす。天上天下唯我独尊であることを光栄とする。17歳で三人の女と結婚する。19歳で妻たちと息子を捨て、山にひきこもり、アララとカララと呼ばれる二人の悪魔が彼を主として仕える。続いて民衆の前に現れ、博士としてでなく、塔または偶像という資格で受け入れられる。二万人の弟子を持つが、そのうち五百人を選び、さらに百人に、続いて十人に縮めて十大弟子と呼ぶ。これがトンキン人に語られることであり、彼等が信じていることである。耳をかさない伝統によって、この十大弟子は彼の友であり、うちあけ相手であり、彼が欺かなかったのは彼等だけであると告げられはしたが、自らの教理を49年間説いた後、終わりが近いと感じて、弟子すべてを集めてこう言った。『私はきょうまで汝等を欺いてきた。寓話しか語ってこなかった。汝等に教えられる唯一の真理は、一切は無から出て無に帰らねばならないということだ。しかしながら私は汝等が秘密を守り、外面的には私の宗教に従うことを勧告する。それだけが諸々の民を汝等に依存させておく方法だ』。死の床でのティクサのこの信仰告白はトンキンでかなり一般的に知られるが、しかしながらこの詐欺師の祭祀は存続する。習慣のままに信じていることを人々は好んで信じるからである。怠惰が常に証明力を与える若干のスコラ的些末事は、ティクサの弟子たちに、この告白に関する雲を晴らすのに、またトンキン人たちを彼等の信仰に保つのに十分であった。まさにこれらの弟子たちは、このティクサの生涯と教理に関して五千巻を書いた」。


添付画像

 

【訳注】

1)    グレーヴ広場はパリ中央、セーヌ川沿いにある(現コンコルド広場)。当時はここで公開処刑が行われていた。

2)    セイアヌス(Seianus,BC.208-16-AD.31)は古代ローマの政治家。ティベリウス帝に寵愛され出世したが、種々の陰謀をめぐらせて発覚、処刑された。

3)    ペロピダス(Pelopidas,BC.410c-364)は古代ギリシャ、テーバイの将軍。エバミノンダスとともにスパルタを破った。

マリーニ(Giovanni Fillipo de Marini,1608-82)はイタリアのイエズス会宣教師。インド、マカオに渡り、トンキン、安南の布教状態について著述し、その地で没した。



仲島先生の本を紹介します。
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2017/12/16 18:56 2017/12/16 18:56
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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

添付画像
第三部 第4章 注意力の不等性について

 

 人々の精神に大きな不等性があるのは、感覚器官や記憶器官の完全性の大小によるのでないことを、私は〔前章で〕示した。それゆえその原因は、人々の注意力が等しくないことのなかにしか求められない。

諸対象を記憶により深くまたはより浅く刻み、それらの関係をよりよくまたはより悪く認めさせ、真または偽の私達の判断の大部分を形づくるのは、注意力である。また私達のほとんどすべての観念は、結局この注意力のおかげである。だから人々の精神の力が等しくないのは、注意力が等しくないことによるのは明らかであると言われよう。

実際、不調という名しか与えられないような最も軽度の病気でも大部分の人から一貫した注意力を奪うのに十分であるならば、疑いなく、互いの大部分に認める注意力の完全な欠如と彼等の精神の案配が等しくないこととは、いわば感じられない病気と、したがってまた自然によっていろいろな人々に与えられる力が等しくないことに主に帰せられるべきである、とさらに言われよう。ここから、精神は純粋に自然の恵みであると結論されよう。

この推論はどんなにもっともらしくても、しかしながら経験によって確証されない。

慢性病に苦しみ、苦痛によって、全注意力を自分の状態に固定させざるを得ず、自分の精神の改善にふさわしい対象にそれを向けられず、したがって私が五体満足と呼ぶ人々の数に入れない人々は例外としよう。他のすべての人々は、弱くて虚弱で、前の推論に従えば五体満足の人々よりも少ない精神を持たざるを得ない人々さえ、しばしばこの点で、自然の中で最も恵まれているとみえるのがわかるであろう。

学芸に専心している健康で頑健な人々においては、体質の力が快楽の切迫した欲求を与えるので、体質の弱さで軽い頻繁な不調によって研究と省察から引き離される虚弱な人々以上に、そこから引き離されることが多いように思われる。次のことだけがはっきりと言える。研究に対する愛にほとんど等しく動かされている人々の間で、精神の力がはかられるもととなる成功をもっぱら拡大するようにみえるのは、興味、財産、身分の違いによってひきおこされる気晴らしの大小、扱う主題の選び方のよしあし、作成するために用いる方法の完全性、省察する習慣の大小、読む本、会う人々のみる目、そして最後に、偶然が日々私達の目の前に提供する諸対象である。才人を形づくるのに必要な諸々の偶然が合わさることにおいては、体質の力の大小が生み出せることもあろう注意力の差異は、まったく重要ではない。だから人々の身体構成の違いによってひきおこされる精神の不等性は感じられない〔ほど少ない〕。だから、どんな正確な観察によっても、天才を形づくるのに最適の種類の体質は今まで決定できなかった。また背が高いか低いか、太っているか痩せているか、胆汁質か多血質か、どんな人々が精神に最大の適性を持つか、いまだに知ることができない。

しかも、この要約的な答えはもっともらしさにしか基づいていない推論を反駁するのに十分であり得る。しかしながらこの問題はとても重要なので、正確に解決するためには、注意力の欠如は人々において、専心する身体的無能力の結果なのか、学ぶ欲望があまりに弱い結果なのかを、検討しなければならない。

私が五体満足と呼ぶすべての人は注意力を持つが、なぜならみんな読むことを学び、国語を学び、エウクレイデス〔ユークリッド幾何学〕の最初の諸命題を把握できるからである。ところで、こうした最初の諸命題を把握できる人はみな、すべての命題を理解する身体的能力を持っている。実際、他のすべての学問においてと同様幾何学においても、ある真理を把握する際どれだけたやすいかは、それを把握するために記憶に現前していなければならない先立つ命題の数の多さに依存する。ところで、五体満足の人がみな、前章で証明されたように、幾何学のどんな命題であれその証明に必要な数よりかなり多くの観念を記憶におけるとしよう。そして秩序の助けと同じ観念の頻繁な表象によって、経験的に証明されるように、苦も無く思い出すのに十分なほど、それらに慣れ親しめるとしよう。ここから帰結するのは、幾何学的な真理全体の証明についていく身体的能力を各人が持っているということである。また命題から命題へ、類比の観念から類比の観念へと、たとえば九十九の命題の認識にまで登った後では、人はみな百番目の命題を二番目と同じほどたやすく把握できるということであって、百番目が九十九番目から隔たっているのは二番目が一番目から隔たっているのと変わらないのである。

いまや、幾何学的真理の証明を把握するのに必要な程度の注意力では、ある人を著名人の列に入れるような真理の発見には不十分なのかどうかを検討しなければならない。このもくろみにおいて私がともに観察するように読者に願うのは、真理の発見であれ、単にその証明についていくことであれ、人間精神が行う歩みである。その認識が大部分の人には疎遠な幾何学からの実例はひかない。道徳学から例をとって次の問題を提示しよう。「盗みは個人の不名誉になるのに、なぜ不正な征服は国民の不名誉にならないのか」。

この道徳的問題を解決すべく、私の精神に最初に現れる観念は、私に最も親密な正義の観念である。それゆえ私は正義を個人間で考察するであろう。そして、社会秩序を乱し覆す盗みは、恥辱とみなされて正当であると感じるであろう。

しかし、公民間の正義について私が持つ観念を諸国民に当てはめることがどんなに有利であっても、しかしながら、万国で賞賛される諸民族によってあらゆる時代に企てられた、あれほど多くの不正な戦争をみると、一個人との関係で考察された正義の観念は諸国民に適用できない、とすぐに私は疑うであろう。この疑いは私の精神がもくろむ発見に至る第一歩となろう。この疑いを解明するために、私はまず、自分に最も親しみある正義の観念を遠ざけよう。自分の記憶を呼び起こし、そこから次々と無数の観念を追い払い、ついにはこの問題を解決するためには、正義についてのはっきりしたまた一般的な観念を形づくらなければならないことを、認めるに至るであろう。そしてこのためには、社会の設立にまで遡らなければならないが、その大昔において、その起源がよりよく認められるのであり、そのうえ、公民との関係で考察された正義の原理が、国民には当てはまらない理由をたやすく発見できるのである。

それは、敢て言えば、私の精神の第二歩になろう。したがって、法律と学芸の知識が完全になく世界のほとんど最初の日にそうあるはずであるような人々を思い描いてみよう。すると彼等が他の貪欲な動物同様森の中に散らばっているのをみる。獰猛な獣に抵抗する武器の発明前はあまりに弱いこの原初の人々は、危険、欲求、または心配に教えられて、集まって社会をつくり、共通の敵である動物に対する同盟をつくるのが各々の利害関心に属することを感じ取った、と私はみる。このように集まり、同じものを占有しようとする欲望によってまもなく敵になったこれらの人々が、互いに奪い合うために武装しなければならなかった、と続けて私は認める。最も強い者がまず最も精神的な者からそれを奪い取り、後者は武器を発明して同じ財を彼から取り戻すべく彼を罠にかけたと。力と器用さとがしたがって所有権の最初の資格であったと。大地は最初は最も強い者に、続いて最も鋭い者の所有になったと。すべての占有ははじめはこうした資格においてだけであったと。しかし最後に、共通の不幸によって明らかにされて、もし最初の信約に新たな信約を加えて、それによって、各人は力と器用さによる権利を放棄し、万人が一般に、自らの生命と財産の保全を互いに保障し、こうした信約の侵害者に対して武装するのを約束するというのでなければ、自分たちの結合は有利でなく社会は存続できないであろうと、人々が感じ取った、と認める。このようにして諸個人のすべての利害から、共通の利害が形づくられ、それがいろいろな行為に、正当な、許される、不当な、といった語を社会に有用か、どうでもよいか、有害であるかにしたがって与えたに違いない、と認めるのである。

いったんこの真理に達すると、人間の諸徳の起原を私はたやすく発見する。私がみてとるのは、身体的快苦の感性なしでは、人々は、欲望も情念もなく、万事に等しく無頓着で、個人的利害を知らなかったであろう、ということである。個人的利害なしでは、集まって社会をつくりはせず、互いに信約をつくらず、一般的利害はなく、したがって正当な行為も不当な行為もなかったであろう、ということである。またこうして身体的感性と個人的利害が、正義全体の作者であったということである1)(a)。

この真理は、「利害は人々の行為の尺度である」という法学の公理によって支えられ、そのうえ無数の事実によって確証されており、私に証明しているのは、個人的な情念または好みが一般的利害にかなっているか反しているかによって有徳であったり悪徳であったりするが、私達は必然的に自分の個人的福利をめざすので、神のごとき立法者自身も、人々に徳を実行させるためには、彼等は時折身を捧げないではいられない一時的快楽と引き換えに、ある永遠の幸福を約束しなければならないと信じた、ということである。

この原理が確立されると、私の精神はその帰結を引き出す。そして認めるのは、もし立法者が特に大きな報酬を常に提案しなかったなら、個人的利害が一般的利害と対立している信約はみな常に侵害されるであろう、ということである。すべての人を簒奪に向ける自然的傾向において、彼等は絶えず不名誉と体刑という防波堤にぶつからなかったであろう、ということである。それゆえ私は、刑罰と報酬だけが、人々がその個人的利害を一般的利害に結びつけておける紐帯であるとみる。そして万人の幸福のためにつくられた法律も、もし役人がその実行を保障するのに必要な力によって武装されていないなら、誰からも順守されないであろう、と結論する。この力なしでは、法律は、大多数によって侵害され、各個人によって破られる。法律の基礎には公的有用性しかないのであるから、一般的違反によって、無用になれば、それはもはや無であって法律であることをやめる。各人は原初の権利に戻る。自分の個人的利害の勧告だけを聞くが、それは彼に当然にも、一人だけ守っている者には有害になるような法律に従うことを禁ずる。大道の安全のため、武装して歩くのが禁止されるならばそのためである。憲兵隊がいないと街道に盗人が多くなるのはこのためである。この法律がしたがってその目的を果たさなかったであろうのはそのためである。人は武装して歩き、この信約またはこの法律を侵害しても不正でないだけでなく、それを守るのは狂っているとも私は言おう。

私の精神がこのように少しずつ、正義のはっきりした一般的な観念をかたちづくるのに至った後、正義が、共通の利害すなわちすべての特殊利害の総和がつくりあげた信約の正確な順守に存することを認めた後、残っているのは、この正義の観念を諸国民に適用することだけである。上に確立された原理に解明されて、私がまず認めるのは、すべての国民は自らが占領する諸地方と占有する財産の占有を互いに保障する信約をつくっていない、ということである。その原因を発見しようと思うならば、私の記憶では、世界の概要を描いてみせることで示されるが、諸民族が互いにこの種の信約を行わなかったことがある。諸民族は互いの信約なしでも存続できるし、諸社会は法律なしでも保たれ得るからである。そこから私は、正義の観念は、諸国民において考えられるのと個人間で考えられるのとでは極度に違わざるを得ない、と結論する。

教会と王とが黒人〔奴隷〕の売買を認めている。家族内に騒動と不和をもたらすものを神の名において呪うキリスト教徒が、黄金海岸やセネガルを駆け回って、アフリカ人が欲しがる商品と引き換えに黒人を買い込んでいる。貿易によって、ヨーロッパ人がこれらの民族間に果てしない戦争を続かせて後悔もしない。これらは、個別的諸条約と、万民法という名が与えられる一般に認められた習慣がなければ、諸民族は互いに他に対して、社会を形づくる前の原始人の場合にまさに当てはまり、力と器用さ以外の権利を知らず、互いにどんな信約、どんな法律、どんな所有権もなく、したがって、どんな盗みもどんな不正もあり得ない、と教会と王が考えるからなのである。諸国民が互いに結ぶ個別的諸条約に関してさえ、かなり多くの国民によって保障されたことがなく、ほとんど力によってしか保たれ得なかったと思うし、したがって、力なしの法律のように、しばしば実行されないままであらざるを得なかったことがわかる。

正義の一般的観念を諸国民に適用して、なぜ他の民族と結んだ条約を侵犯する民族が、社会とつくった信約を破る個人ほど有罪でないのか、またなぜ公衆の意見にしたがえば、不正な征服が一国民の不名誉になる以上に盗みが個人を卑しめるのかを続いて発見すべく、私の精神は問題をこの点に還元するであろう。あらゆる時代にまたすべての民族によって、破られたすべての条約の一覧を記憶に呼び戻すことで十分である。そのときわかるのは、条約を顧みず、国民が自利をみるために諸国を攻撃するため、あるいは少なくとも隣国に自国を害させなくするため、騒ぎと禍の時を利用するような大きな蓋然性が常にある、ということである。ところで各々の国民は、歴史に教えられて、この蓋然性はかなり大きいと考え、だから有利である条約の侵犯は、本来休戦でしかないすべての条約の暗黙の条項であると確信できるかもしれない。したがって、隣国をやっつけるのに好都合な機会をとらえると、彼等を邪魔するしかないと。なぜなら、すべての民族は、不正の非難に、さまなければ隷属のくびきに身をさらさざるを得ないので、奴隷になるか支配者になるかの二択に追い込まれるからである。

そのうえ、国民みなにおいて、現状維持はほとんど保てないものとしよう。帝国の拡大の終わりは、ローマ人の歴史が証明しているように、その堕落のほとんど確実な予言とみなされなければならないとしよう。そのとき、次のことは明らかである。たとえば第三の国民に対する二国民の保障において、個人が他の個人に対する彼の国民の保障においてみいだすのと同じだけの〔安全〕保障をみいださないので、条約はその実行が不確実であるだけにいっそう神聖でなくならざるを得ない、それと同じほど各国民は、不正と呼ばれる征服において権威づけられていると思いさえできる。

 私が自らに提起した道徳学の問題の解決を発見するのは、私の精神がこの最後の観念にまで到達したときである。そこで私は感じるが、条約の侵犯と、国民間のこの種の山賊行為は、未来の保障である過去が証明しているように、すべての民族、あるいは少なくとも大多数の民族が一時的信約を結ぶまで存続せざるを得まい。諸国民が、アンリ四世の、あるいはサン=ピエール氏2)の計画にしたがって、互いにその領有物を保障し、他の民族を服属させようとする民族に対抗して武装することを約束し合うまで、また最後に、偶然各個別国家の力と他のすべての連合した国の力とがつりあって、この信約が力によって保持され得、公民間に賢明な立法者が建てるのと同じ統治を諸国民が公民間に相互に確立できるようになるまでは。この時、善行には報酬が与えられ悪行には刑罰が科されて、この立法者は公民の徳義に支えとして個人的利害を与えることで彼等に徳を余儀なくさせるのである。

 それゆえ確かに、公衆の意見にしたがえば、不正な征服は、個人間の盗みほど公正の法に反するものでなく、したがって犯罪的でなく、盗みが公民の不名誉になるほどには国民の不名誉になるものでない。

 この道徳問題が解決されれば、私の精神がそれを解決するのにとった歩みを観察すれば、私に最も親しみある観念を最初に思い出したことがわかるであろう。それら相互を比べ、私の検討対象との関係でその適合と不適合とを観察したことが。続いてこれらの観念を退け、他の観念を呼び戻したことが。そしてまさにこの手続きを繰り返して、ついには私の記憶が、探している記憶が帰結すべき比較対象に及んだことが。

 ところで、精神の歩みは常に同じなので、ある真理を発見する仕方について言うことは、すべての真理に一般的に適用されなければならない。この件に関して、ある発見をするためには、その発見がこの真理を含む対象を記憶のなかに必ず持たなければならない、ということだけを注意しておこう。

 今与えた実例で私が前に言ったことを思い出し、したがって五体満足なすべての人が、最も高度な観念に高まるのに十分な注意力を実際に備えているのかどうか知りたいのであれば、精神が発見を行うとき、あるいは単にある真理の証明を単に追っているときに、精神の諸機能を比べ、またそれらのどれが最大の注意力を前提するかを検討しなければならない。

 幾何学のある命題の証明についていくために、多くの対象を精神に呼び起こすことは不要である。提起されている問題を解決するのに適した対象を生徒の目に示すのが先生の役割である。しかし、ある真理を発見することであれ、その証明についていくことであれ、どちらの場合も、自分の記憶が先生によって示される諸対象が互いに持つ関係も等しく観察しなければならない。ところで、特別な偶然がなければ、ある真理の発見に必要な観念をもっぱら表象したり、それらを互いに比べなければならない局面だけを正確に考察することはできない。だから明らかに、ある発見を行うためには、探究対象には疎遠な大量の観念を精神に呼び起こし、無数の無駄な比較を行わなければならない。その大量さによって嫌気を催しかねない比較をである。それゆえある真理を発見するためには、その証明についていくよりもはるかに多くの時間を消費せざるを得ない。しかしこの真理の発見は、どの瞬間にも、一連の証明が前提する以上の注意の努力を要求しない。

 これを確信するために、幾何学の学生で観察してみよう。先生によって目の前に出された幾何の図形を考察するのに多くの注意を払わなければならないのは、その対象が彼の記憶が示すような対象ほど親しいものでないので、彼の精神が二重の配慮に専心して、それらの図形を考察もするし、それらが互いに持つ関係を発見もすることになるだけにいっそうそうなることがわかるであろう。幾何学のある命題の証明についていくのに必要な注意力は、ある真理を発見するのに十分であることが、ここから帰結する。確かに真理発見の場合、注意力はより連続的でなければならない。しかしこの連続性は本来、注意の同じ行為の反復にほかならない。しかも、すべての人が、前に言ったように、母国語を読み学ぶ能力を持つならば、彼等はみな、生き生きした注意力を持つだけでなく、真理の発見が要求する連続的注意力をも持っている。

 どんな連続的な注意が必要であろうか。その文字を知り、それを集め、その音節を形づくり、その語を構成するためには。または、表現されている観念、イメージ、感情とのどんな現実的関係も持たない、「柏」「大きさ」「愛」といった語のように、互いに恣意的関係しか持たない、異なった本性を持つ諸対象を記憶のなかで結び付けるためには。それゆえ確実なことであるが、もし注意の連続性、すなわち注意という同じ行為の頻繁な反復によって、すべての人が一言語のすべての語を記憶の中に次々と刻むようになるならば、彼等はみな、その発見によって著名な人々の列にはいれる、あの偉大な観念に高まるのに必要な注意の力と連続性とを備えているのである。

 しかしこう言われよう。もしすべての人がある分野で卓越するのに必要な注意力を備えているとしても、不慣れだからそうできなくさせたのでないとき、この注意力がかけさせる労苦が人によって違うことはやはり確かであると。あるいはこの注意がどれだけ簡単にできるのかの差は、身体組織の完全性以外にどんな原因によるのかと。

 この反論に直接答える前に観察したいことがある。注意力は人間の本性に疎遠でないことである。一般に、注意を保ちにくいと思うとき、それは退屈で辛抱できないことからくる疲れを、専心することの疲れととりちがえるからだということである。実際、欲望のない人がいないならば注意力のない人はいない。その習慣がつくられると、注意は一つの欲求にさえなる。注意を疲れさせるのは、そこに私達を向ける動機である。それは欲求か、貧苦か、それとも心配か。注意はそのときは苦痛である。快楽の希望か。そのときはそれ自体が快楽になる。解読しにくい二つの著作を同一人物に示すがよい。一つが調書で一つが恋文である。注意するのに第一の場合は辛く、第二の場合は快いことを誰が疑おうか。この観察にしたがえば、注意力に費やされる労苦になぜ差があるのかを簡単に説明できる。この場合、身体組織の差を想定することは、この件では必要ない。この分野では、注意力の苦痛の大小は、その報いと各人がみなす快楽に常に比例していることを、認めることで十分である。ところで、同じ対象が人によって同じ価値にみえないならば、明らかに、いろいろな人に報いの同じ対象を提示しても、実際には同じ報いになっていない。また注意の同じ努力をしなければならないとしても、その努力はしたがって人によって辛さの違いがある。それゆえ注意力の容易さの違いという問題は、それを生み出す器官における完全性が等しくないといった神秘〔的な説〕に頼らずに説明できる。しかし、この件で、人々の身体組織にある違いを認めるとしても、すべての人が持ち得る学びたいという強い欲望をそこに想定することで、ある技芸において卓越するために必要な注意力という能力を備えていないような人は一人もいない、と私は言おう。

 実際、幸福への欲望が万人に共通ならば、それが彼等において最も強い感情ならば、明らかに、この幸福を得るために、各人は常に自分の能力でできることすべてをするであろう。ところで、人はみな、私がいま証明したように、最も高い観念に上るのに十分な程度の注意力を備えている。それゆえ彼は、自国の立法、個人的趣味、あるいは自分の教育によって、幸福がこの注意力の報いとなるときには、この能力を用いるであろう。特にもし、私が証明できるように、ある分野ですぐれた者になるには、備えている注意力全体をそこに注ぐことさえ必要でないならば、この結論に抵抗するのは難しいであろう、と私は思う。

 この真理にどんな疑いも残さないように、経験に諮ってみよう、文士たちに尋ねてみよう。彼等の文芸の詩の美しい行、彼等の小説の最も独特な状況、彼等の哲学的作品の最も光に満ちた原理は、注意の最も辛い努力のおかげではない、とみな体験した。こうした驚くべき状況や偉大な哲学的観念は、偶然が彼等の目の前におくか、彼等の記憶に示すかする若干の対象と、彼等の見事な詩句が由来するそれらの比較との、幸運な出会いのおかげだと、彼等は認めるであろう。それらの観念を精神は、常にそれらが真実であり一般的であるほどいっそうすばやくまた容易に、把握するのである。ところでもし、すべての作品において、こうした見事な観念が、どんな分野であれいわば天分の特質であるならば、もしそれを用いる技術が時間と忍耐の産物に過ぎず根気仕事と呼ばれるものであるならば、天分は注意力の報いであるよりも偶然の恩恵であり、それはこうした巧みな観念をすべての人に示すが、そのうちで栄光に敏感でこうした観念を把握するのに注意深い人が利用する、ということはそれゆえ確実である。もし偶然が、ほとんどあらゆる技術において、大部分の発見の作者に一般に認められているならば、またもし、思弁的学問において、偶然の力はそれほどはっきり認められないとしても、その力はたぶんそれでも同様に現実的である。偶然はその最も見事な観念の発見を支配している。だからこれらの観念は、私が言ったように、注意の最も辛い努力の報いではない。また断言できるのは、観念の秩序が要求する注意力、観念の表現の仕方、そしてある主題から他の主題へ移る技術(b)のほうが、ずっと疲れさせるものである。また最後にすべての注意のなかで最も辛いものは私達に親しみのない対象の比較を前提するものである。だから哲学者は、六、七時間、最も高度な省察をできても、注意力の極度の疲労なしでは、ある手続きの検討であれ、ある草稿を忠実かつ正確に写すことであれ、その時間を過ごすことはできない。だからどの学問でははじめは常に骨が折れる。だから若干の対象を考察する際、それらをたやすく比べるだけでなく、それら相互について正確で迅速な比較ができるのは、習慣のおかげにほかならない。だから画家はある絵を最初の一目で、素人には見えないデッサンないし色彩の欠点に気付く。だから自分の羊を考え慣れている羊飼いは、それらの間の類似と差異を発見してそれらを区別できる。まただから、本来思いのままにできるのは長い間省察した題材だけなのである。まさにこの主題に関して持つ観念が表面的か奥深いかは、それを省察する際、どれだけ変わらずに省察したかによるのである。長い間省察され長時間で構成された作品は、それだけ力強いように思われる。また才気ある作品は、機械においてと同様、時間において失うものを力において得るように思われる。

 しかし主題から離れないために、それゆえ私が繰り返したいのは、もし最も辛い注意が、ほとんどなじみのない対象の比較が前提するものであるならば、またもしこの注意が、まさに言語の研究が要求するものであるならば、すべての人は母国語を学べるのだから、したがって誰でも、著名な人々の列に高まるのに十分な注意力の力と連続性を備えている、ということである。

 この真理の最後の証明のためここで思い出すことが残っているのは、誤りは、第一部で述べたように、常に偶有的であって若干の人々の精神の特殊な本性に内在するものではない、ということだけである。すべての人は本性によって等しく正しい精神を備えている、ということがそこから帰結する。ところでこの「正しい精神」という語は、広義にとればすべての種類の精神を含むので、上に言ったことの結果は、私が五体満足と呼ぶすべての人は生まれながら正しい精神を持っているので、最も高い観念に上る身体的能力を自らのなかに持っている、ということである(c)。

 こう反問されるかもしれない。それではなぜ著名な人はこれほどわずかしかみられないのかと。研究が少々苦痛だからである。研究への嫌悪を克服するには、既に示唆したように、ある情念〔情熱〕に動かされなければならないからである。

 幼少期の若者に勉強を強いるには、罰の恐れで十分である。もっと年が進んで同じ取り扱いができなくなると、そのとき専心する疲労に身をさらすには、たとえば栄光への愛のようなある情念に燃えなければならない。私達の注意力はそのとき私達の情念の力につりあう。こどもたちを考察しよう。母国語においてのほうが外国語においてよりも進歩の度合いがより等しいのは、ほぼ同様の欲求によって刺激されるからである。すなわち、食欲によって、遊びへの愛によって、自分たちの愛憎を知らせたいという欲望によって刺激されるのだが。ところで、ほぼ同様の欲求はほぼ同等の結果を生み出すに違いない。反対に、外国語における進歩は、先生が用いる方法、彼等が生徒に呼び起こす心配、両親がこどもに持つ関心に依存する。だから感じ取れるのは、働きかけがこんなに多様に組み合わされるとてもいろいろな原理に依存する進歩は、この理由で、極度に不均等にならざるを得ない、ということである。ここから私は、人々の間に認められる精神の大きな不等性は、たぶん、学ぼうという彼等の欲望が等しくないことによる、と結論する。しかしこの欲望は情念の結果だと言われよう。ところで、もしも私達の情念の力の大きさの違いが自然だけによるならば、精神はしたがって自然の恩恵として考察されなければならないことが帰結する。

 この問題全体は、真に微妙で決定的なこの点に還元される。これを解決するには、情念とその結果とを認識し、またこの主題において、深く詳しい検討に立ち入らなければならない。

 

【原注】

(a)生得観念を認めることなしにこの命題を否認することはできない。

(b)カクモ案配ト接合トハ有効ナリ。〔ホラティウス『詩論』242

(c)常に思い出さなければならないのは、第二部で述べたように、観念はそれ自体は高尚でも偉大でも卑小でもないということである。卑小と呼ばれる観念の発見は、しばしば偉大な観念の発見に劣らぬ才気を前提することである。ある人の滑稽さを巧みに把握するには、ときおり、ある政府の悪弊を認めるのと同じだけの才気を要することである。また後者の〔政治〕分野での発見に優先的に偉大な観念という名を与えるのは、「高尚」「偉大」「卑小」という形容句によって、多かれ少なかれ一般的に利害関心をひく観念を示しているからだということである。

 

【訳注】

1)    「著者のように推論するなら、もし人々が生きなかったら彼等は働きかけなかったであろうし、行動がなければ正義等はなかったであろう、と言える。ここから彼のように、人生が正義全体の作者であると結論できてしまう」(J.-J.Rousseau,notes sut <De l’esprir>,Oevres complètes,t.,Gallimard1969,p.1130)。

サン=ピエール(Abbé de saint-Pierre,1658-1743)はフランスの僧侶。ユトレヒト講和会議に出席(1712)したことを契機に「永久平和論」を構想。これはルソーの抜粋によりはじめて世に出、カントをはじめのちの平和思想に影響を与えた。


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2017/09/11 00:48 2017/09/11 00:48
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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第3章 記憶の広さについて

 

添付画像
 疑いなく前章の結論は、人々の精神が等しくないことの原因は、彼等の記憶力が等しくないことのなかに求められる、ということであろう。記憶は、感覚、事実、観念がたまる貯蔵庫であって、これらのいろいろな組み合わせが、「精神」と呼ばれるものをかたちづくるのである。

それゆえ、感覚、事実、観念は、精神の第一の素材とみなされなければならない。ところで、記憶のこの貯蔵庫が広いほど、この第一の素材を多く含む。また精神に対してより適性があると言われよう。

この推論がどんなに根拠があるようにみえても、たぶん深く考えれば、もっともらしいだけだと思われよう。それにすっかりこたえるべく、まず検討しなければならないのは、五体満足の人々の記憶力において、広さの違いがみかけと同じくらい実際も大きいかどうかである。またこの違いが有意であると想定されれば、次に知らなければならないのは、それが精神が等しくないことの原因とみなされなければならないかどうかである。

検討する第一の対象に関して私が言いたいのは、注意力だけが対象のなかに記憶を刻み得るということであって、それなしでは、対象ははっきりしない印象しかもたらさず、それは著作の頁を構成する各々の文字から読者が順々に認める印象とほぼ似たものである。それゆえ確かに、記憶の欠如が人々において不注意の結果なのか、記憶を生み出す器官の不完全さの結果なのかを判断するためには、経験に頼らなければならない。人々のなかには、聖アウグスティヌスやモンテーニュが自分自身について言っているように、かなり貧弱な記憶しかないとみえるが、それでも知ろうという欲望によって、かなり大量の事実と観念を思い出の中におくことに至り、異常な記憶の持ち主とされる者もたくさんいる。ところでもし学ぼうという欲望で少なくともたくさん知るために十分であるならば、私がそこから結論するのは、記憶力がほとんど人為的であることである。だから記憶の広さは、①毎日の使用により、➁刻み付けたい対象を考察する際の注意力による。それなしでは、いま言ったように、すぐ消える軽い痕跡しか残らないであろう。③観念を配置する秩序による。驚くべき記憶はみなこの秩序のおかげである。そしてこの秩序は、観念すべてを一緒に結びつけ、したがって記憶に課すのが、それらの本性かそれらの考察法によって、互いに思い出させるほど十分な相互関係を保つ対象だけに存する。

同じ対象を記憶にしばしば登場させることは、いわば、鑿で刻む回数が多いほど深く刻まれるようなものである(a)。しかも、同じ対象を思い出させるのにとてもふさわしいこの秩序によって、記憶の現象すべてが説明される。ある人の聡明さ、すなわち真理を受け入れる素早さは、その真理とその人が習慣的に記憶している対象との類比にしばしば依存することを教える。別の人の精神がこの点でのろいのは、逆に、まさにその真理と彼が専心している対象との類比がほとんどない結果であることを教えるのである。彼がこの真理を把握し、その関係すべてを認められるのは、彼の思い出に現れる最初の観念すべてを退け、自分の記憶の貯蔵庫全体をひっくり返すことによってだけであろうし、そうやってこの真理に結びつく諸観念をそこに探すのである。以上の理由で、他の人々を強く触発するようなある種の事実や真理が示されても、それらが自分たちの思考の鎖全体を揺るがし、自分たちの精神の中で多数の思考を目覚めさせるからでなければ、多くの人は気にしない。それは彼等の観念の地平全体にす速く日を当てる閃光なのである。それゆえ聡明な精神はしばしば、また広い記憶は常に、秩序のおかげである。ある点では最も広い記憶に恵まれているような人々から他の点で絶対的に記憶を奪うのは、ある種の研究分野に対する秩序の欠如、無頓着の結果である。以上の理由で、年代学的秩序の助けで歴史上の言葉、日付、事実を記憶に容易に刻みまた保つ言語と歴史の学者が、道徳的真理の証明、幾何学的真理の論証、長い間考察したような風景の描写を、しばしば記憶に保てないのである。実際、この種の対象は、彼がその記憶を満たす他の事実や観念とどんな類比も持たないので、そこにしばしば現れることも、そこに深く刻印されることも、したがってまたそこに長く保たれることもできない。

 これがいろいろな種類すべての記憶を生む原因であリ、ある分野で最もものを知らない者が、まさにこの分野で、ふつう最もものを忘れる人々である理由である。

 それゆえ、最大の記憶はいわば秩序の現象であるようにみえる。また、五体満足と私が呼ぶ人々の間で記憶力があれほど大きく違うのは、それを生み出す器官の完全性が等しくないことよりも、それを陶冶する注意力が等しくないことの結果であるようにみえる。

 しかし、たとえ人々のなかに認められる記憶の広さが等しくないのがまったく自然の産物であると想定し、みかけ以上に実際は大きいと想定しても、そのことは彼等の精神の広さに何も影響できないであろうと私は言う。なぜなら①偉大な精神は、この後示すように、とても大きな記憶力を前提しないからである。また➁人はみな高度の精神に高まるのに十分な記憶力に恵まれているからである。

これらの命題の第一のものを証明する前に観察しなければならないのは、完全な無知が完全な愚鈍をもたらすならば、才人がときに記憶を欠くようにみえるのは、ただこの「記憶」という語にほとんど広さを与えないからであり、ただその意味を、才人が好奇心を持たず、しばしば記憶もしない名前、日付、場所、人物に制限するからだということである。しかし、この語の意味を、観念かイメージか推論かの思い出に解すれば、そのどれも奪われはしない。そこから、記憶なしでは精神はないということが帰結する。

この観察がなされたところで、どんな広さの記憶を偉大な精神は前提するのかを知らなければならない。例として、ロックとミルトンのような、異なる分野の二人の著名人を選ぼう。彼等の精神の偉大さが、その記憶の極度の広さの結果とみなされなければならないか、検討しよう。

まずはロックに目を向けよう。そして、巧みな観念、アリストテレス、ガッサンディ、モンテーニュの読書によって啓発され、この哲学者が、感官の中に私達の観念すべての起源を認めたと想定しよう。そのとき感じ取られるであろうことは、この第一の観念から彼の体系すべてを引き出すためには、記憶の広さよりも省察における一貫性のほうが必要であったということであろう。最も広さのない記憶力でもすべての対象を容れるに十分であり、その比較から彼の諸原理が帰結するはずで、その連鎖を彼は展開し、したがって、偉大な精神〔の持ち主〕という称号に値したしそれを得もしたのである。

ミルトンに関しては、一般的意見から、他の詩人たちより限りなくすぐれているという視点からみることにしよう。もっぱら彼の詩的イメージの力、大きさ、真実味、そして最後に新しさを考察しよう。この分野での彼の精神の優越もやはり、記憶がとても広いことを前定しない、と私はうちあけざるを得ない。実際、彼の描写の構成は偉大であろう。(火の輝きを地の物質の硬さと結びつけて、固体の火で燃える地獄の領域を、液体の火で燃える湖のように描くときの描写がそうである。)彼の構成は偉大であろうが、こうした構成を形づくるのに適した、そして大胆なイメージの数は極度に限られなければならないのは明らかである。したがってこの詩人の想像力の偉大さは、記憶の広さよりも、彼の技術に関する深い省察の結果であるのは明らかである、と私は言おう。この省察によってこそ、彼は想像力の快の源を探りそれを認めることができた。偉大で真実で、よく釣り合った描写をするのに適したイメージを新たに集めることにおいても、いわば詩人の色彩となり、それによってその叙述を想像の目に見えるものにする、あの力強い表現を変わらずに選ぶことにおいても。

見事な想像力が記憶の広さをほとんど求めないことの最後の例として、私はイギリス文芸の一断片の翻訳を注で挙げよう(b)。この翻訳と、前の諸例とで、思うに、著名な人々の作品を分析する者には、偉大な精神が大きな記憶を前提しないことが証明されるであろう。前者の極度の広さは、後者の極度の広さを絶対的に排除する、とさえ私は付け加えよう。

精神とは新しい観念の集まりにほかならない、としよう。そして新しい観念はみな、若干の対象間に認められる新しい関係にほかならないとしよう。そのとき自分の精神によって卓越したい者は、必然的に、対象が相互に持ついろいろな関係の観察に大部分の時間を使わなければならず、事実や観念を記憶することには最小の時間だけ消費しなければならない。反対に記憶の広さで他人をしのぎたい者は、省察した対象を相互に比べることに時を失うことなく、新たな対象を絶えず自分の記憶に蓄えることに四六時中努めなければならない。ところで、時間の使い方がこんなに違うことから、二人のうち前者は後者に対して記憶において劣るが、同じくらい精神においてはまさっていることは明らかである。自分の精神を完成させるために、学習するよりも省察しなければならないといったとき、たぶんデカルトが気付いていた真理である。ここから私が結論するのは、とても偉大な精神はとても大きな記憶を前提しないだけでなく、前者の極度の広さは後者の極度の広さを排除する、ということである。

 この章を終えるにあたり、また精神が等しくないのは記憶の広狭のせいでないことを証明すべく、私がなお示さなければならないのは、ふつうに五体満足の人はみな、最も高い観念に上るのに十分な広さの記憶力を恵まれている、ということである。実際人はみなこの点で、生まれつき十分に恵まれていて、その記憶の貯蔵庫が、観念または事実を絶えず相互に比べられるほどの数を含むことができるならば、常にそこに新たな関係を認め、常に観念の数を増やし、したがってまた、常に精神をより広げることができるであろう。ところでもし、幾何学が証明するように、三、四十の対象はとても多くの仕方で相互に比べられるので、長い人生においても、その関係すべてを考察することやその可能な観念すべてを引き出すことは誰にもできないならば、またもし、私が五体満足と呼ぶ人々の中に、その記憶が一言語のすべての単語というに及ばず、無数の日付、事実、名称、場所、人物を、そして最後に六、七千をはるかに超える数の対象を含むことができないならば、私は大胆にこう結論しよう。五体満足の人はみな、自分の観念を増やすために使用できる能力にまさる記憶の能力に恵まれていると。記憶が広いほど精神が広くなるわけではないと。またこうして、人々の記憶力が等しくないことを、その精神が等しくないことの原因とみなすどころか、この不等性はもっぱら、対象相互の関係を考察する際の注意力の大小か、または思い出に課される対象の善悪かの結果であると。実際、日付、場所や人物の名前やその他のような、記憶の中で場所をとるが、新しい観念も公衆に興味深い観念も生み出さない不毛な対象がある。それゆえ精神の不等性は部分的にはどんな対象を記憶するかによる。コレージュで最も素晴らしく成功した若者が、より年長になって必ずしも同様でないのは、よい生徒をつくるデポテル1)の規則の巧みな比較と応用とが、後に、まさにそうした若者が、公衆に興味深い観念が出てくるような比較の対象に目を向けるということを、まったく証明しないからである。そしてそのために、無数の無用なことを無視する勇気を持たないならば、めったに偉人にならないのである。

 

【原注】

(a)記憶は文字でできた銅板であり、時折そこに鑿を入れ直さないと時とともにその文字は知らずしらずに消えてしまう、とロック氏は言う。

(b)ある若い娘が恋に目覚め、暁前に谷に赴く。そこで恋人を待ち、日の出のとき、神々への犠牲を捧げる務めである。彼女の魂は、間近な幸せの希望によって甘い状況におかれ、それを待ちつつ、自然の美を、そして愛情の対象を彼女の傍らに連れてくるはずの日の出の美しさを眺める喜びを待ち構えている。次のように気持ちを言う。

「もう太陽があの古い柏の頂を照らしている。そして岩間をほとばしるあの急流の波が、日の光に輝いている。草木の茂るあの山々の頂から、半ば空中に投げ出され隠者にすてきな隠れ家を提供するあの天井〔夜空〕がせりだしているのにもう気づく。夜よ、お前の帳をおろすのを終えよ。確信のない旅人を悩ませる鬼火どもよ、沼や泥の地に引き下がれ。そして大気を息づかせる熱で満たし、この牧場の花々に薔薇色の真珠を撒き、自然の多様な美に色彩を与える太陽よ、諸天の神よ、私の第一の称賛を受けよ。お前の道を急げ。お前か戻れば私の恋人も戻ることがわかる。祭壇の下になお彼をとどめている敬虔な配慮から自由になって、恋はまもなく彼を私のもとに戻す。すべてが私の喜びを感じるように! 私達を照らす天体の出現をすべてが祝うように! 冷たい夜が煮詰める香りを体内に閉じ込めている花々よ、蕾を開け。香ばしい気を空中に放て。魂を満たす快い酔いが、目に入るものすべてを美化しているのかどうか、私にはわからない。しかしこの谷の淵をうねる小川は、そのつぶやきで私を魅了する。風がそよいで私をいつくしむ。竜唌香の香る植物は、私の足に踏まれて、香水の気を私の嗅覚に運ぶ。ああ、幸せが時折は死すべきもの〔人間〕の住まいを訪れてくれるのなら、それが住まうのは疑いもなくこうした場所だ… しかしどんな秘かな混乱が私を動揺させるのか。もう待ちきれない気持ちが、待つことの快さに毒を混ぜている。もうこの谷は美しさを失った。いったい喜びはこんなにつかの間のものなのか。これらの植物の綿毛がそよ風に飛んでいくように、それほど私の喜びはたやすくうせるものなのか。喜ばしい希望にすがってもむなしい。時間ごとに私の混乱は増す… 彼は来ない! 誰が彼を、私から遠くにとどめているのか。恋する女の不安を鎮める以上に神聖な義務があるのか… でも、私は何を言っているのか。逃げ去れ、彼の誠実に不当な、妬み深い疑いよ、そして彼のやさしさを消すような事実よ。嫉妬が恋の傍らで増すなら、それを切り離さないならば恋を窒息させてしまう。嫉妬は、緑の柏に抱き着くが、その支えとして役立っている幹を枯らしてしまうきづたである。私は自分の恋人をよく知っているからその優しさを疑うことはできない。彼は私と同様、豪奢な宮廷から遠く、静かな田舎の隠れ家を愛した。私の心の美しさと単純さが、彼の心に触れた。官能的な私の恋敵たちが、その腕の中で彼を呼び起こそうとしても無駄であろう。若い娘の頬の上に、無垢の雪色と羞恥心の肉色を消し、技術の白粉と厚顔の紅料とで塗るコケット女の言いよりに、彼は誘惑されるだろうか。何を私が知ろう。彼が彼女らを軽蔑するのは、私に対する罠かもしれない。男たちの偏見を、そして私達を誘惑するために彼等が用いる技術を、私が知らないことがあろうか。女性蔑視の中で育った彼等が愛するのは、私達女性ではなく自分たちの快楽である。なんと残酷なことか! 彼等は復讐の野蛮な熱狂も、祖国への狂乱の愛も美徳の列に入れた。しかし美徳の中に忠実を数え入れたことはけっしてない! 無垢を傷つけても後悔しない。私達の苦しみを眺めてもしばしば虚栄心から喜ぶ。でも違う、恐ろしい考えよ、私から遠ざかれ。私の恋人はこうした場所で降参するだろう。私は千回も試みた。彼を認めると、動揺した私の魂は鎮まる。あまりに正当な苦情の種もしばしば忘れる。彼のそばでは、幸せであるだけだ… しかしながら、もし私を裏切るならば。もし、私の愛が彼を赦しているときに、別の女の腕のなかで、不実の罪を犯しているならば。自然全体が私の復讐のために武器をとることだ! 彼は滅びるがいい! 何を私は言うのか。宇宙の諸元素よ、私の叫びに耳を貸すな。大地よ、深淵を開くな。お前の輝かしい表面の上に、定められた時間、あの怪物を歩ませよ。彼はなお新たな犯罪を犯すがよい。あまりに信じやすい恋する女たちの涙をさらに流させるがよい。そして天が彼女らの仇を討ち彼を罰するのは、少なくとも別の不運な女の祈願のためであれかし」等々。

 

【訳注】

1)    デポテル(Jean Van Despauterre,c.1480-1520)は文法家。ブラバンで生まれ、ルーヴァンなどで教える。彼の文法(教科書は1517年パリ出版)は長く使われたが、マルブランシュ、ニコルらの批判を受けた。





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2017/06/19 12:39 2017/06/19 12:39
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精神論〔1758年〕

 

第三部 第2章 感官の繊細さについて

 

 私はここでは感官の繊細さをその結果によってだけ判断するので、身体組織の完全性に必然的に含まれている、感覚器官の完全性の大小〔の違い〕は、人々の精神が等しくないことの原因ではなかろうか。

この件に関して幾分でも正確に推論するためは、感官の繊細さの大小が、精神により広がりを、あるいは真の意味に解されれば精神のすべての性質を含むより大きな正確さをもたらすかどうかを、検討しなければならない。

もし人々が、同じ対象からどんな印象を受けても、しかしながら常にそれら対象間の同じ関係を認めざるを得ないのならば、感官の完全性の大小は、精神の正確さに対しても何も影響しない。ところで、彼等がそれを認めることを証明するために、私達の観念の最大数をそこから得ているものとして、視覚を例に選ぼう。そして異なる目に、もしも同じ対象が大きさの大小や輝かしさの程度が違って見えるならば、もしたとえばある人の目には他の人より、一尺が数寸短く雪がさほど白くなく黒檀がさほど黒くなく見えても、この二人はしかしながら常に同じ関係を認めるであろう、と私は言おう。したがって一尺は常に彼等の目に一寸より大きく、雪はすべての物体よりも白く、黒檀はすべての木材よりも黒く見えるであろうと。

ところで、精神の正確さは、対象が互いに持つ真の関係をはっきりとみてとることに存するのであるから、また視覚について言ったことを他の感官についても繰り返せば、常に同じ結果に至るであろうから、外的であれ内的であれ、有機組織の完全性の大小は、私達の判断の正確さに対して何の影響も与え得ない、と私は結論する。

広がりと精神の正確さから区別するならば、感官の繊細さの程度はこの広がりに何も加えないであろう、とさらに私は言おう。実際、いつものように視覚を例にとれば、精神の広さは、他の感官は別だがとても繊細な視覚に恵まれた人間が、その記憶におくことができる対象の数の大きさに依存するであろうことは、自明ではないか。ところで、小さすぎて知覚し難いような対象のうちごくわずかなものが、まさに同じ注意によって、若くて訓練された目によって考察されても、ある者には認められ他の者には見逃される。しかしそれに関して、五体満足と私が呼ぶ人々の間に、すなわちどんな欠陥も認められない有機組織の中に自然がおく違いは、たとえ実際よりもはるかに重要だとしても、精神の広がりに対してはどんな違いも生み出さないであろうことを、私は示すことができる。

同じ注意力、同じ広さの記憶力に恵まれた人々を想定しよう。つまるところ、感官の繊細さを除き、すべてに等しい二人を想定しよう。この過程においては、より繊細な視覚に恵まれた人は、意義なく、この点でその有機組織がそれほど完全でない人には小さくて見えない、そうした対象のいくつかを相互に比べ、自らの記憶におくことができよう。しかしこの二人は、私の想定では、等しい広がりの記憶を持っており、望むならば二千の対象を含むことができる。なお確かであるのは、後者は、歴史的事実によって、視覚の繊細さが劣るために認めることができないような対象をおきかえられるということである。そして望むならば、前者の記憶に含まれる二千の対象の数をとらえるということである。ところで、この二人のうちで、視覚の繊細さが劣るほうの者がそれでも自分の記憶の貯蔵庫の中に他方と同数の対象を置けるならば、しかもこの二人がすべてに等しいならば、したがって同じだけの組み合わせをつくるに違いないし、また私の想定によって、精神の広がりは観念と組み合わせの数によってはかられる以上、同じ精神を持つに違いないならば、視覚器官の完全性の大小は、したがって、彼等の精神がどんな分野にひいでるかにしか影響できず、一方を画家や植物学者に、他方を歴史家や政治家にすることしかできない。しかし彼等の精神の広がりに対しては何も影響できない。だから、視聴覚の繊細さが大きい者と、眼鏡や補聴器を習慣的に用いてこの手段で、互いにまた他の人々の中に、この点で自然がおく以上の違いをおくような者とにおいて、精神の恒常的な優越は認められない。ここから私が結論するのは、五体満足と私が呼ぶ人々の間では、知性の優秀さが付与されるのは、器官の、外的であれ内的であれ感官の、完全性の大小にではないということである。精神の大きな不等性は、必然的に、別の原因によるということである。

 

【原注】

(a)私はこの章で、一般に五体満足の、どの感官も失われていない人々についてだけ話すつもりである。そのうえ狂気や愚かさの病気にも侵されていない人々についてであり、これらの病気は通常は、一つには記憶のほころびによって、もう一つは、この能力の全体的な欠陥によって生まれる。




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2017/03/02 01:48 2017/03/02 01:48
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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著・仲島陽一訳

 

第三部 精神が考察されるべきは自然の恵みとしてか、教育の結果としてか

 

  第1章

 

 私がこの第三部で検討していくのは、自然と教育とが精神に対して何ができるかである。このために私がまず規定しなければならないのは、「自然」[nature]という語で何を理解するかである。

この語が私達に引き起こしうるのは、私達の感官から与えられる存在または力の雑然とした観念である。ところで感官は私達の観念すべての源である。ある感官がなくなれば、それに関係するすべての観念がなくなる。この理由によって盲目に生まれついた人は、色のどんな観念も持たない。それゆえ、この意味においては、精神は全体的に自然の恵みとして考察されなければならないことは明らかである。

しかし、もしこの語を異なる意味にとり、五官が与えられ、有機組織にどんな欠陥も認められないちゃんと構成された人々の間に、それでも自然がとても大きな違いを、精神にとても不等な素質を与え、有機組織のあり方で愚かになるべきものと精神的になるべきものとがある、と想定するならば、問題はより微妙になる。

はじめに人々の精神の大きな不等性を考察できるのは、精神の間に身体の間と同じ違いを認めることによってであると認めるが、身体的には弱くて虚弱なものも、強くて頑丈な者もいる。この点で自然が働く際の一様な違いの中に違いを誰がひきおこせるか、と言われよう。

この推論は、確かに、類比にしか基づいていない。月に住民がいる、なぜならそれは地球とほとんど同じ物質で構成されているから、と結論する天文学者の推論にかなり似ている。

この推論はそれ自体としてはどれだけ弱くても、それでも論証的とみえるに違いない。なぜなら結局、同じ教育を受けたと思われる人々の間に認められる精神の大きな不等性は、何の原因に帰すべきか、と言われよう。

この反論に答えるには、複数の人が、厳密に同じ教育を受けたことがあるかどうかを、まず検討しなければならない。そしてそのためには、「教育」[éducation]という語に付与される観念を固定しなければならない。

もしも「教育」によって、単に、同じ場所でまた同じ先生によって受ける教育を理解するならば、この意味においては、教育は無数の人々において同じである。

しかしもし、この語により真実でより広い意味を与えて、私達を教えるのに役立つものすべてを一般的に理解するならば、誰も同じ教育を受けないと私は言おう。なぜなら、敢て言えば、各人が教師として持つのは自分がその下で生きる統治形態、友達、愛人たち、まわりの人々、読書、最後に偶然、すなわち私達の無知が原因の連鎖を認めさせない無数の出来事だからである。ところでこの偶然は私達の教育に考えられている以上に関与している。偶然が若干の対象を私達の目に触れさせ、したがって、最もうまい観念を持たせる機縁となり、また時折最も偉大な発見に導くのである。若干の例を挙げれば、庭師がポンプを動かしていた時、フィレンツェの庭にガリレイを導いたのは偶然であった。水をピエ以上に挙げられなかったので、庭師たちがその原因をガリレイに尋ね、この質問によってこの哲学者の精神と虚栄心を刺激したとき、庭師に霊感を与えたのは偶然であった。続いて、この偶然の一撃に動かされて、この自然の作用を自分の省察の対象にさせられ、ついには空気の圧力の原理の発見によって、この問題の解決をみいだすに至らせたのは、彼の虚栄心であった。

 ニュートンの平穏な魂がどんな仕事にも携わらずどんな情念にも揺り動かされなかったときに、彼を林檎の並木道に引き寄せ、枝からその実を落とし、そしてこの哲学者に彼の体系の最初の観念を与えたのは、同様に偶然であった。物体が地上に落ちるのと同じ力で、月が地球に向かって引かれないかどうかを検討するために、まさにこの事実から彼は出発したのである。それゆえ偉大な天才が最も巧みな観念をしばしば得たのは、偶然のおかげである。どれだけ多くの才人が、ある種の魂の平穏が、あるいは庭師との出会いが、あるいは林檎の落下がないために、大量の凡庸な人々の中にうずもれたままでいることだろう。

 こんなに遠くの、またみかけはこんなに小さな原因にこんなに大きな結果を苦も無く帰することははじめにはできない、と私は感じる(a)。しかしながら経験が教えるのは、自然的なものにおいても精神的なものにおいてと同様、最も大きな出来事がしばしはしば感じ取れない原因の結果であるということである。誰が疑おうか。アレクサンドロスのペルシャ征服が、部分的にはマケドニアの長槍密集歩兵の創始者のおかげであったことを。アキレウスの詩人〔ホメロス〕がこの君主を栄光への熱意で動かして、ダレイオスの〔ペルシャ〕帝国の破壊に寄与したのが、ちょうどクイントゥス・コルティウス〔・ルフス〕がカール12世に寄与したのと同様であることを。ウェトゥリアの涙がコリオラーヌス1)の武装を解かせ、ウォルスキ人の下に屈しようとしていたローマの勢力を強くさせ、世界の様相を変えたあの勝利の長い連鎖をひきおこしたことを。こうした事実(b)はどれだけ多くひけることだろう。ウェルト氏殿が言うには、グスタフ〔1世〕2)はスウェーデンの諸州を巡ったが無駄であった。彼はダレカルリアの山中に一年以上さまよっていた。山人達は、彼の態度の良さ、体の大きさとそれに伴う力に好感を持っていたが、しかしながらこの君主がダレカルリアの人々に演説したまさにその日、北風が常に吹いたことに地方の年寄りたちが気付かなかったら、彼についていこうと思わなかったであろう。この風は彼等に、天の加護の確かなしるしと、またこの英雄に味方して武装をとれという命令とみえた。それゆえスウェーデンの王冠をグスタフの頭に置いたのは北風である。

 大部分の出来事は同様な小さな原因を持っている。私達はそれに無知であるが、なぜなら大部分の歴史家自身がそうであったり、それらを認める目を持っていなかったりするからである。確かにこの点で精神は彼等の見落としを償い得る。若干の原理を知ることが、若干の事実の認識にたやすく補いとなる。こうして、偶然がこの世界で考えられている以上に大きな役割を演じているということを証明すべくさらに立ち止まることはせず、言ってきたことから結論したいのは、教育という語の下に一般に私達の教示に役立つものを理解するならば、まさにこの偶然が必然的に、そこで最大の役割を持つに違いない、ということである。そして諸環境の同じ合致の中に厳密におかれる人はいないのだから、正確に同じ教育を受ける者はいない、ということである。

これを事実とすれば、誰が疑うであろうか。教育の違いが諸々の精神間に認められる違いを生み出すことを。人々は同じ種の木々に似ていて、その芽は破壊できず絶対に同じだが、正確に同じ土地に撒かれることはなく、正確に同じ風、同じ日光、同じ雨にさらされることはないので、成長したとき、必然的に無数の異なる形態をとらざるを得ないことを。それゆえ私が結論できるのは、人々の精神の不等性は、自然あるいは教育の結果として区別なくみなされ得る、ということである。しかしどんなに真実であっても、この結論は曖昧なものしか含んでいないであろうし、いわば一つの「たぶん」に還元されようから、私はこの問題を新たな観点の下に考察し、より確実でより正確な原理に帰着させなければならないと思う。このためには問題を単純な点に還元しなければならない。私達の観念の起源、精神の発達に遡らなければならない。そして思い出さなければならないのは、人間が、類似と差異とを、すなわち自らに提供されあるいは自らの記憶が示すいろいろな事物が互いに持つ関係を、感じ、思い出し、観察することしかしない、ということである。またこうして、自然が人々に、感官の繊細さ、記憶の広さ、注意の能力の違いを与えることで、彼等の精神の素質の量的な差を与えるであろう、ということである3)

 

【原注】

(a)文芸年報を読むと、ボワローがこどものとき、庭で遊んで転んだ。そのとき上着がまくれた。七面鳥がくちばしで彼のとても弱いところを何度もつついた。ボワローはそれで生涯不自由した。彼の作品すべてに認められるあの品行の厳しさ、あの感情の乏しさはたぶんそこからきている。女性に対する、リュリに対する、キノーに対する、また艶っぽい文芸すべてに対する彼の風刺は、たぶんそこからである。

たぶん七面鳥に対する彼の反感のために、それをフランスにもたらしたイエズス会士4)に彼はいつも秘かな反感をひきおこされたのである。曖昧さに関する彼の風刺、アルノー氏に対する彼の称賛、そして神の愛のための彼の書簡詩はたぶん、彼に起こったこの事故のおかげである。人生のふるまい全体と私達の諸観念の一続き全体を決めるのが、しばしばこうした気づかれない原因であることは、これほど真実である。

(b)サン=テーブルモンが言うに、ルイ14世は未成年でブルゴーニュにひきこもろうとしていたとき、チュレンヌの忠告によってパリにとどまりフランスを救った。しかしこれほど重要なこの忠告は、この将軍に、54の騎兵の敗北ほどには名誉をもたらさなかった、とこの有名な著者は言う。大きな結果を遠くて小さくみえる原因に帰すのが難しいことはかくも真実である。

 

【訳注】

1)      コリオラーヌス(Corioranus,BC.6c-5c)はローマの半伝説的貴族。ウォルスキ族に勝ったが、平民の反感を買ったことからウォルスキを味方にローマを攻めたが、母と妻の懇願によりやめた。シェークスピアの悲劇、ベートーベンの音楽の題材にもなっている。

2)      グスタフ一世(Gustave ,1495/96-1560)はスウェーデンのヴェ―サ王朝の祖。デンマークと戦い敗れてとらわれたが、逃れてダルカルリアに帰り、その地の農民を率いて反乱をおこし成功して王になった。

3)      「著者がこの後の諸章で諸精神の自然的平等をそこから引き出す、また著作のはじめで確立しようと努めた原理は、人間の判断力が純粋に受動的であるということであった。この原理は『百科全書』の項目「明証性」において、多くの哲学と深さとで確立され議論された。この項目の著者か誰か私は知らない。しかし確かにとても偉大な形而上学者である。コンディヤック師かビュフォン氏ではないかと思う。いずれにせよ私は彼と戦い、この本〔『精神論』〕のはじめに〔関して〕書いた注釈においても、〔『エミール』の〕「サヴォワの助任司祭の信仰告白」の第一部においても、私達の判断の能動性を確立することに努めた。もし私が正しく、エルヴェシウス氏と上述の著者との原理が誤りならば、その帰結に他ならない後の諸章の推論は自壊するのであり、諸精神の不等性が、教育がおおいに影響するとはいえ、教育だけの結果であるということは本当ではない」(notes sur <De l’esprir>,Rousseau Œuvres complètes t.4,Gallimard,1969,p.1129)。「明証性」の著者はケネーである。

七面鳥はアメリカ原産で、コロンブス以降ヨーロッパに持ち込まれた(イエズス会士によるかどうかはつまびらかでない)



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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著・仲島陽一訳

 

第二部    26章 全世界との関係における精神について

 

 この観点の下で考察される精神は、前の諸定義にしたがって、教えられるものとしてであれ快いものとしてであれ、すべての民族にとって興味ある観念の習慣にほかならない。

この分野の精神は、異議なく最も望ましいものである。すべての民族によって「精神」と表される種類の観念が、この名に真に値しないようなどんな時代もない。一国民がときおり精神という名を与えるような種類の観念については同様でない。各国民には、愚かで卑しい一時代があり、その間は精神についてはっきりした観念を持たない。そのとき国民はこの〔精神という〕名をいつくかの流行の観念の寄せ集めに濫費するが、それは後世の目にはいつも滑稽である。こうした卑しさの時代は、ふつう専制の時代である。そのとき、神は国民からその知性の半分を奪い、隷従の悲惨と責め苦とに対して耐えさせる、とある詩人は言う。

すべての民族の気に入るのに適した観念の中には、教えられる観念がある。学芸の若干の分野に属する観念である。第一に、ホメロス、ウェルギリウス、コルネイユ、タッソー、ミルトンの若干の詩句の中で崇められている観念や感情がそうである。前述のように、それらのなかでこうした著名な著作家たちは、個別の一国民や一時代の描写にとどまらず、人類を描いている。第二に、これらの詩人たちがその著作を豊かにするのに用いた偉大なイメージがそれである。

どんな分野においてであれ、万人の気に入るのに適した美があることを証明すべく、私はまさにこれらのイメージを実例として選ぼう(a)。すべての人がそれに等しくうたれるというわけではない。描写の美に対し、調和の美に対してと同様無感覚の人々さえあり、この点で彼等を目覚めさせようとするのは、不当でもあるし無益でもあろう。彼等はその無感覚によって、自分が体験しない美を否むという不幸な権利を獲得したのである。しかしそうした人々は少数である。

 実際、あるいは、幸福を増す手段としてすべての完全性を望ませる至福への習慣的で待ちきれない欲望によって、眺めると自らの魂をより広め観念をより強くより高くするように思われるあの偉大な対象すべてが、快くなることがあろう。あるいは、偉大な対象はそれ自体によって、私達の感官により強い、より続く、より快い印象をつくりだすことがあろう。あるいは最後に、何か他の原因かもしれない。いずれにせよ私達が体験するのは、視覚はそれを狭めるものすべてを嫌うこと、峡谷や大きな壁の囲いでは窮屈に感じること、反対に広大な平原を見渡し海原を眺めやりかなたの水平線へと迷い込むのを好む、ということである。

 大きいものはみな、人々が見たり想像したりするのに気に入られる権利を持つ。この種の美は、描写において他のすべての美に勝るが、他の美は、たとえば釣り合いの正しさに依存するものであって、すべての国民が釣り合いについて同じ観念を持つことはないのだから、〔大きさの美ほど〕生き生きとまた一般的に感じ取られることはできない。

 実際、技術が釣り合わせる滝、技術が穿つ地下、技術が持ち上げる大地に、セント=ローレンス川の滝、エトナ山に穿たれた洞窟、アルプス山脈の上に秩序なく積み上げられた岩の巨大な塊を対置するならば、こうした異常性によって生み出される快、自然がそのすべての作品の中におくあの粗野な壮大さが、釣り合いの正しさから帰結する快より限りなくまさっていると感じないであろうか。

 これを確信するには、一人の人間が夜山に登り、大空を眺めるがよい。彼をそこにひきつけるのは、どんな魅力か。天体が並んでいる快い均整か。しかしここ天の川では、秩序なく互いに積み重なった無数の星がある。かしこには、広大な空無がある。彼の快の源はいったい何か。天の広大さそのものである。実際、炎上した諸銀河がエーテルの平原のあちこちに散らばった輝く点にしか見えない時、天空の奥にずっと深く入り込んだ諸々の恒星が苦労しなければ気づかれないとき、この広大さについてどんな観念がかたちづくられるか。これら最後の天球からのびていく想像力が、可能世界すべてを経巡るためには、諸天体の広大で不可測のくぼみの中に飲み込まれなければならないのか。魂を丸ごと占拠し、しかしながら疲れさせない対象の観想が生み出す恍惚の中に、身を投げなければならないのか。この分野において、技術は自然にとても劣っていると言わしめたのは、こうした舞台装置の大きさでもある。よくわかる言葉でいえば、これは、大きなタブローは小さいものよりも好ましくみえる、ということ以外のなにものも意味しない。

 彫刻、建築、文芸のような分野の美が受け入れる技術において、ロドス島の大柱とメンフィスのピラミッドを世界の驚異の列に入れる1)のは、量のとてつもない大きさである。私達がミルトンを少なくとも想像力において最も力強く最も崇高だとみなすのは、描写の偉大さによってである。だから彼の主題は、他の種類の美にはあまり富まないが、描写の美においては限りなく豊かである。この主題によって、地上の楽園の建築家になり、彼は、エデンの園の狭い空間に、無数の異なる風土の飾りとして自然が地上に撒き散らした一切の美を集めなければならなかった。まさにこの主題の選択によって、彼は混沌の形なき淵辺に赴き、宇宙を形づくるのに適したあの第一質料をそこから引き出し、海底を穿ち、太陽を動かしそれを輝かせ、そのまわりに天蓋を広げ、最後に世界の第一日の美を、そして彼の生き生きした想像力が新たに孵化した自然を美化したあの新鮮さを、描かなければならなかった。それゆえ彼は最も大きいタブローだけでなく、人々の想像力にとっては、快の二つの普遍的原因でもある、最も新しく最も多様なタブローをも、示さなければならなかったのである。

 想像力についても、精神についてと同様である。自然のタブローであれ、哲学的観念であれ、その観念と組み合わせによってこそ、詩人や哲学者が、自らの想像力ないし精神を改善することで、とても難しい分野において卓越することに至るのであり、また希少で、たぶん成功し難くもある分野においてもそうである。

 人間精神は、どの学問ないしどの技芸に適用されるのであれ、その歩みは一様でなければならないと、実際感じない者があろうか。フォントネル氏が言うには、もし精神を喜ばせるためにそれを疲れさせずに用いなければならないとすれば、もし精神を用いることができるのは、新しさ、大切さ、豊かさがその注目を強く引くあの新しい、偉大な、第一の真理を提供することによってだけであるならば、秩序よく配置され、最も適切な語で表現され、その主題が一つ、単純、したがって抱きやすく、真理が単純さと同一視されるような観念を提供しなければ、精神を疲れさせずにおかないならば、想像力の最も大きな快は、大きさ、新しさ、タブローにおける単純性と多様性という三重の組み合わせに付着しているのである。たとえば大きな湖を直接にか描写でかで見ることが快いならば、穏やかで果てしない海を見ることは疑いなくもっと快いであろう。その広大さは、私達にとってより大きな快の源である。しかしながらその景観がどんなに美しくても、その一様性はまもなく退屈になる。だからもし、黒雲に包まれ北風に運ばれ、詩人の想像力によって擬人化された嵐が、南風から離れ、動く水の山々をその前に転がすならば、海のさかまきが示す、恐ろしいタブローの急速で、単純で、多様な継起が、各瞬間に私達の想像力に対して、新たな印象を生み出し、私達の注意を強く引き、心を占めて疲れさせず、したがって私達をいっそう喜ばせることを、誰が疑おうか。しかしもし夜が来てまさにこの嵐の恐怖を二倍にするならば、またもしその津波が、連なりで水平線を画しまた曲げる各瞬間に、雷の繰り返す光によって照らされるならば、この暗い海が直ちに火の海に転じ、このイメージの大きさと多様性に結び付いた新しさによって、私達の想像力を驚かすのに最もふさわしいタブローの一つを形づくることを、誰が疑おうか。だから詩人の技術は純粋に描写家として考察されれば、動く対象だけを視覚に提供することにある。津波の、風のそよぎの、また雷光の描写は、さらに秘かな恐怖を、したがってまた、荒海の景観が体験させる快を、さらに増すことができないであろうか。春が戻り、曙がマルリ2)の庭に降り、花の孚を開かせるとき、この瞬間が花から発する香気、無数の鳥のさえずり、滝の瀬音は、この魔法にかけられた木立の魅力をさらに増さないであろうか。五感すべてが快い印象の入り口となり、それは私達の魂の中に入ってくる。それらを一度に開くほど、より多くの快が魂にしみこむ。

 それゆえ、教えられるものとして諸国民に一般的に有用な観念が(科学に直接属する観念がそうである)あるならば、快いものとして普遍的に有用な観念もまたあること、そしてこの点で徳義とは異なり、個人の精神は全世界と関係を持ち得ることが、みてとれる。

 この〔第二〕部の結論は、精神に関しても道徳に関しても常に、人々の側からすれば褒めるのは愛または感謝であり、蔑むのは憎しみまたは復讐であるということである。それゆえ利害関心が人々の評価の唯一の配分者である。精神はしたがって、どんな観点で考察されようとも、新しい、興味ある、したがってまた教えられるものとしてであれ快いものとしてであれ、人々に有用な観念の集まり以外のものではけっしてない。

 

【原注】

(a)大きなタブローが必ずしも強い印象を与えないとしても、この効果の欠如はふつうその大きさとは外的な原因のためである。それに関して私が観察するであろうことは、詩的描写を読む際、そのイメージの正確な鑑賞が私達に与えるはずの純粋な印象だけをもっぱら受けることはめったにない、ということである。すべての対象が、それが最もふつうに結びついている対象の美しさと同様に醜さにも参与している。私達の嫌悪と不当な熱狂との大部分は、この原因に帰さなければならない。広場での手あかのついた格言は、他の点ではすぐれていても、いつも低級にみえてしまう。なぜなら私達の記憶の中でそれを用いている人々のイメージに、必然的に結びつくからである。

同じ理由によって、妖怪変幻の物語は、夜間迷った旅人の目に、森の恐怖を倍加することを疑えようか。ピレネー山中や砂漠は、淵や岩のただ中で、巨人族の戦いの版画に影響された想像力が、そこにオッサやペリオンの山々3)を認めると思い、あの巨人たちの戦場を見て恐れることを。裸で、迅速で、激しい欲望に憑かれている精霊たちが、ポルトガル人たちの足元に降り、また恋がその目を輝かし、その血を巡る、また言葉がごたまぜになる、そして最後に幸せな恋のため息しか耳にしない、そのようなルカモン4)によって描写された、この茂みの思い出で茂みすべてがいつまでも美化されることを、誰が疑うであろうか。

ある対象の現前から受け取るまるごとの快から、いわばそれらが結びついている対象の側から反射した特殊な快すべてを分けるのがとても難しいのは、このような理由による。

(b)ある主張およびあるイメージにおける単純さは、私達の精神の弱さに比例して完全である、ということを注目するのがよい。

 

【訳注】

1)      エーゲ海のロドス島の大柱とエジプトのメンフィスのピラミッドは、古代の「世界の七不思議」に属する。

2)      マルリMarly)という名の地名はいくつかあるが、ヴェルサイユとともに王室の庭園があったところであろう。後にエルヴェシウス擁護の著作も出すジョルジュ・ルロワはその狩猟補佐官であり、その観察をもとに『動物の完全能力と知性についての哲学書簡』(1781)を著した。パリ南西郊外の町で、交際があるヴァセ伯爵夫人をエルヴェシウスが訪れることがあったマルリもそこか。

3)      オッサはギリシャの山。神話では巨人族アロアデスがオリンピア族攻撃のためにオッサの上にぺリオン山を積んだ。

4)      ルカモエンス(Le Camoëns,1524?-1580)はポルトガルの詩人。東洋に冒険旅行を行った。



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第二部    24章 道徳学を改善する手段について

 

 このためには、私が〔前章で〕挙げた二種類の人々による、道徳学の進歩に対する障害を除くことで十分である。それに成功する唯一の手段は、彼等の仮面をはぐことである。無知の保護者たちが、人類の最も残酷な敵であるのを示すことである。人々は一般に、邪悪であるよりも愚かであることを諸国民に教えることである。諸国民をその誤りから癒せば、その悪徳の大部分から癒すであろうと教えることである。そしてこの点で彼等の治癒に反対するのは破廉恥罪を犯すことであると。

歴史上公衆の悲惨のありさま〔タブロー〕を考察する人みなにすぐ気がつくことは、地上の禍を最も多くひきおこしたのは、利害よりも野蛮なものである無知であるということである。この真理に心うたれて、常にこう叫びたくなったものだ。少なくとも、公民が利害による犯罪しか行わない国民は幸いだ! 無知がそれをどれだけ増やすことだろう! 無知はどれだけの血を祭壇に流させたことだろう(a)! と。しかしながら人間は有徳になるべくつくられている。実際、もし力が本質的に大多数の人々の中にあれば、また大多数に有用な行為の実践の中に正義があれば、明らかであるのは、正義がその本性によって、悪徳を抑え人々に徳を余儀なくさせるのに必要な権力で常に武装されていることである。

大胆で強力な犯罪がこんなにしばしば正義と徳を鎖につけ、またそれが諸国民を抑えつけているのは、無知の助けによってにほかならない。無知こそが各国民からその真実の利害を隠し、国民の力が一体となって働くのを妨げ、その方法で、罪人が公正の剣を免れるようにするのである。

それゆえ、諸民族を無知の闇の中にとどめておこうとする者は、軽蔑し断罪しなければならない。いままでこの真理は十分強く主張されなかった。誤りのすべての祭壇を一日でひっくり返すべきだというのではない。新しい意見を表明するにはどんな手管がいるかを私は知っている。誤りをこわしながらも偏見を敬わなければならず、一般に受け入れられている誤りを攻撃する前には、箱舟の鳩のように1)、偵察のために若干の真理を送り出して、偏見の洪水がまだ世界の表面を覆っているかどうか、誤りが流れ始めるかどうか、また徳と真理とが人々に伝わるために着地できる若干の島が世界のここそこに認められるかどうか、わからなければならない、ということを私は知っている。

しかし、多くの警戒がされるのは、ほとんど危険でない偏見とともにだけである。支配したがり、諸民族を専制支配するために愚かにしようとする人々に、どんな借りがあると言うのか。こうした悪事をなす霊の力に付帯した愚かさの守り札を大胆な手で破らなければならない。道徳学の真の諸原理を諸国民に開示しなければならない。見かけのまたは実際の幸福にしらずしらずにひっぱられて、苦痛と快楽とが道徳的世界の唯一の動力であることを教えなければならない。自己愛の感情が、有用な道徳学の基礎をおける唯一の土台であることを。

人々からこの原理の知識を奪えるとどうして思い込むのか。それに成功するためには、人々が自分の心を探り、行いを検討し、歴史の本を開くことを禁じなければならない。そうした本では、あらゆる時代あらゆる国の民族が、もっぱら快楽の声に注意し、自分達の同胞を、偉大な利害にとは言わないが自分達の官能と娯楽のために犠牲にするのがみられる。私が証拠とするのは、古代ローマの野蛮な美食家たちが、魚をもっとうまくするために、奴隷たちを放り込んでそのえさにした養魚池である。また残酷な主人たちが、弱い、老いた、病の奴隷たちを移し、飢えという罰で死ぬがままにさせたあの〔ローマを流れる〕ティベル川の島である。また人間の野蛮さの記録が刻まれている、あの広大でとてつもない闘技場の廃墟もまた証拠としよう。そこでは世界で最も開花した民族が、戦いの光景が生み出す快楽だけのために、数千の拳闘士たちを犠牲にしていた。そこには女性たちも大量に駆けつけた。女性たちはそこでは、贅沢と軟弱と快楽のなかで養われ、地上の飾りと喜びのためにつくられた快楽しか熱望してはならないように思われる。傷ついた剣士たちが、息絶えつつ、かっこよく倒れることを要求するまでに野蛮になった。こうした事実、また他の無数の似た事実は、あまりに明らかなので、人々からそれらの真実の原因を隠せるなどとは思い込めない。自分がローマ人とは別の性質を持ってはいないこと、教育の違いが見解の相違を生み出すのであり、ティベル川沿いで生まれたならば習慣によって疑いなく快くなったであろう光景が、聞いただけで震えさせるであろうことを、各人が知っている。怠惰で検討できないので欺かれ、自分を善良と思い込む虚栄に欺かれる若干の人々が、こうした光景をみて動かされるような人間的感情を、彼等の本性が特別に卓越しているおかげだと想像しても無駄である。分別ある人は認めるが、パスカルが言ったように(b)、また経験が証明するように、本性は私達の第一の習慣にほかならない。それゆえ人々から彼等を動かす原理を隠そうとするのは不条理である。

しかしそれに成功すると想定しよう。どんな利点を諸国民はそこからひきだすであろうか。確かに粗野な人々の目には、自己愛の感情を見えなくするだけであろう。自分に対するこの感情の働きかけを妨げられないであろう。その結果は変えられないであろう。人々は現にあるものと別にならないであろう。それゆえこの無知は彼等に有用でないであろう。私はさらに、それは彼等に有害であろうと言いたい。社会が享受している大部分の利点は、実際、自己愛の原理の認識のおかげなのである。この認識は、いまだまったく不完全ではあるが、役人の手を権力で武装させる必要を、諸民族に感じさせた。徳義の諸原理を個人的利害の基礎の上におく必要を、立法者に雑然と気づかせた。実際他のどんな基礎の上に、それは支えられようか。まったく偽りではあるが、人々の現世的幸福に有用であるかもしれないと言われる(c)、あの偽りの諸宗教の原理の上にであろうか。しかしこうした宗教の大部分はあまりに不条理で、徳に同様の支えを与えられない。真の宗教の諸原理の上にもまた、それを支えることはできないであろう。その道徳学がすばらしくないとも、その格率が魂を聖性に高めないとも、内的な喜び天上の喜びのあらかじめの味わいで満たすことがないとも、言うわけではない。ただその諸原理が地上に広まった少数のキリスト教徒にしか適用できないであろうからであり、またその著作の中では常に〔全〕世界に語るものとみなされる哲学者は、徳を、すべての国民が等しく打ち立てられる土台の上におかなければならず、したがって徳を個人的利害という基盤の上に立てなければならないからである。有能な立法者が巧みに操る現世的利害の動機で有徳な人々を形づくるのに十分であるだけにいっそう、哲学者はこの原理に強く専心しなければならない。実例は、トルコ人で、その宗教において、宗教全体を破壊する教義である必然性〔運命〕を認め、したがって理神論者とみなされ得る。唯物論者である中国人の例もある(d)。サドカイ人は魂の不死を否認し、ユダヤ人のもとで特別の義人という称号を受けてきた例もある。〔インドの〕裸体修行者たちは、常に無神論と非難され、常にその知恵と節制とで敬われたが、最も正確に社会の義務を果たしていた。これらすべての、そして他の同様の無数の例が証明しているのは、有徳な人々を形づくるのに、将来の見通しにおいて考察され、犯罪的ではあるが目の前の快楽をその犠牲にするには一般に弱すぎる印象しか与えない、あの永遠の罰と快楽と同じくらい、現世的な苦痛〔刑罰〕の恐れと快楽の希望とが有効である、ということである。

世俗的利害という動機を選好しないことがどうしてあろうか。それは、私達の宗教が罰する(e)あの敬虔で神聖な残酷さのどれも吹き込まない。それは愛と人間愛の掟であるが、しかしこの掟の執行者たちがとても頻繁にその残酷さを利用した。その残酷さは永久に、過去の時代の恥で、来るべき時代には恐れと驚きになるであろう。

実際、有徳な公民も、福音書であんなに勧められているあの慈愛の精神で貫かれたキリスト教徒も、過去の世界を一瞥するなら、どんな驚きにとらえられざるを得ないことか! いろいろな宗教がすべて狂信を呼び起こし、人の血を流し合っているのがそこにはみられる(f)。<ここには、ウォーバートンが証明しているように、偶像崇拝を破壊しようと思わなかったとしても、不寛容によって異教徒の迫害をひきおこす、自らの祭祀を実行する自由なキリスト教徒がいる。>かしこには、コンスタンティノープルの〔東ローマ〕帝国を引き裂く、互いに敵対して熱を帯びるキリスト教徒のいろいろな宗派がある。もっと遠くアラビアでは新たな宗教が起こる。それはサラセン人たちに命じて、手に武器と火気を持って地上を馳せ回らせるこうした蛮族の侵攻に続いて、不信心者たちへの戦争がみられる。十字軍の旗の下、諸国民全体がヨーロッパを荒らしてアジアに侵入し、道すがらその最も恐ろしい略奪を行い、馳せ参じてはアラビアとエジプトの砂漠に消えた。キリスト教の諸君主の手に武器をとらせるのは続いて狂信である。狂信がカトリック信者に異端者の虐殺を命ずる。ファラリス、ビュシリス2)、ネロのたぐいが発明したあの拷問を、地上に再現させる。スペインでは異端尋問の薪を準備して火をつけ、そのあいだ敬虔なスペイン人たちは港を離れ海を渡り、アメリカに十字架と荒廃とをもたらす(g)。世界の東西南北を見てほしい、いたるところで宗教の神聖な刃が女性、こども、老人の胸にあてられるのが見られる。大地は、偽りの神々や最高存在に捧げられた、犠牲者の血で生臭く、どこも、不寛容による広大でいとわしく恐ろしい墓場しか提供しない。ところで、有徳な人であれキリスト教徒であれ、魂がやさしく、福音書の格率からしみでる慈悲心に満ちているならば、不幸な人々の嘆きに無情でないならば、ときおり自らの涙を拭ったことがあるならば、この光景をみて、人類に対する同情に心動かされ(h)、徳義を基礎付けようと試みるのに、宗教と同じくらい敬うべき諸原理によってではなく、個人的利害のような、より濫用しにくい諸原理によりはしないであろうか。

私達の宗教の諸原理に反することなしに、これらの動機で人々を有徳にさせるには十分である。異教徒の宗教は、オリンポスを悪漢でいっぱいにしており、正しい人々をかたちづくるには、異議なく私達の宗教ほど適していない。しかしながら誰が疑い得るか、最初期のローマ人が私達より有徳であったことを。近衛騎兵隊が宗教以上に山賊を武装解除したことを。フランス人よりも信心深いイタリア人のほうが、ロザリオを手に、剣と毒とを使うことが多かったことを。そしてまた、信心がより強く統治がより不完全な時代には、信念はさめて統治が改善される時代よりも、はるかに多くの犯罪が犯されたことを(i)。

それゆえ有徳な人々を形成できるのはもっぱらよい法によってである(k)。それゆえ立法者の技術全体は、人々を、自己愛の感情によって、常に互いに対して正しくさせることにある。ところで、そのような法をつくるには、人間の心を知らなければならない。また最初に、人々は自分のことにだけ敏感で他人には無関心であり、生まれつき善良でも邪悪でもないが、共通の利害が結びつけるか切り離すかに応じて良くも悪くもなるということを知らなければならない。各人が自分に対して感じる優先の感情は、種の保存がそれに結びついているものであり、自然によって刻まれていて消せないことを。身体的感性が私達の中に快への愛と苦への嫌悪を生み出したことを。快と苦は続いて万人の胸中に自己愛の種を撒き芽を出させ、それが開花すると情念が生まれ、実になったのが私達の悪徳と美徳のすべてであることを。

 この最初の観念を考察することによってこそ、情念――禁断の樹というのはラビの巧みなそのイメージにほかならないが――がその家系に対して等しく善悪の実をつけるのはなぜかがわかる。私達の悪徳と美徳を生むのに情念が用いる仕組みが気づかれる。そして情念が徳と知恵の実しかつけないようにして、人々に徳義を余儀なくさせる手段を立法者が提供する。

 ところでこうした観念の吟味は人々を有徳にするのにふさわしいのだが、もしも前述の二種類の強い人々によって禁じられているならば、それゆえ道徳学の進歩を速める唯一の手段は、上に述べたように、あの愚かさの保護者たちが、人類の最も残酷な敵であることを示すことであろう。彼等が人々の無知のおかげで手にし、愚かにされた諸民族に命令するのに用いている権力を奪うことであろう。それに関して私は、この手段は思弁においては単純で容易だが、実行においてはとても難しいことを観察するであろう。広大で明敏な精神に、強くて有徳な魂を結びつける人々が生まれないと言うのではない。勇気のない公民は徳のない公民であると確信し、一個人の財産と生命さえも、自分の手の中にあるのは、いわば公共の救済が求めるときには常に返す用意ができている預かりものとしてにほかならないと感じている人々はいる。しかしそうした人々は常に公衆を啓発するにはあまりに少数である。それに、時代の習俗が、徳に滑稽というさびをつけるときには、徳はいつでも弱々しくなる。だから、私が同一の科学とみなす道徳学と立法とは、感じられないほどの進歩しかしないであろう。

 この二つの科学の完成の巧みな徴にほかならなかったアストライアまたはレの名によって示される3)あの幸せな時代を取り戻せるであろうものは、時の経過だけである。

 

【原注】

(a)あるメキシコ王は、寺院の聖別にあたって、4日間で5408人の者を犠牲に捧げた。ゲメリ・カレリ4)の報告、第6巻、56頁。

インドでニアガラ派のバラモンは、君主の保護を利用して、いくつかの王国で仏教徒を虐殺させた。それらの仏教徒は無神論者と他の〔バラモンでない〕理神論者である。バルタは最も多く血を流させた君主であった。この罪から身を清めるために、オリシャの海岸でいとも荘厳に身を焼いた。人間の血を流させたのが理神論者たちであったことは注目すべきである。イエズス会のポンス教父5)の手紙を見よ。

エチオピアのムロエ6)の祭司たちは、自分たちの都合がよいときに王に飛脚を差し向けて、死ぬことを彼に命じた。諸民族が言うには、天がその意志を告げるのはこの刺客によってなのである。シャルダンの報告では、ある説教家が知者のぜいたくを難詰して、焼き殺すべき無神論者だと言った。生かしておくのは驚かれると。一人の知者を殺すのは、十人の立派な人を生かしておくよりも神に嘉される行為であると。何度私達の間で同じ理屈がつくられたことであろう!

疑いなく、狂信によってこんなに多くの血が流されたのをみて、歴史をよく知るロングリュ師7)が、宗教が行った善と悪を天秤の両皿に置くならば、悪が善を凌駕すると言ったのである。第1巻11頁。

この件でペルシャの格言が言うに、「細民が無知で信心深い町に家を構えるな」。

(b)彼以前にセクストゥス・エンピリコスが私達の自然的原理はたぶん私達の習慣になった原理にほかならない、と言っていた。

(c)キケロはそうは考えなかった。なぜなら彼は要路にある人であったが、異教の滑稽さを人民に示さねばならないと思っていたからである。

(d)ルコント神父8)と大部分のイエズス会士は、学のあるものはみな無神論者であると認める。有名なロングリュ師はこの意見である。

(e)〔ピエール・〕ベールは言った。宗教ははじめの時代は謙虚で、忍耐強く、善行をしたが、その後野心的で血なまぐさくなったと。抗うものすべてを刃にかけたと。死刑執行人を呼び、体刑を考案し、諸民族を反乱に駆り立てるための勅書を発し、陰謀を活気付け、最後には君侯たちの殺害を命ずると。ベールは人間の業を宗教の業と解している。またキリスト教徒はふつう人間以上ではなかった。彼等は少数派のときには寛容しか語らなかった。数と信用が増すと寛容に反対して説教した。ベラルミーノ9)がこの件で言うには、キリスト教徒がネロやディオクレティアヌスのような〔迫害する皇帝〕の王位を奪わなかったのは、その権利がなかったからでなくその力がなかったからである。だからそうできるようになったら力を行使したことを認めなければならない、と。皇帝たちが異教を破壊し、異端と戦い、フリースランド人、サクソン人、および北方全体で福音を説いたのは、武装してであった。

これらの事実すべてから証明されるのは、神聖な宗教の原理がほとんどいつも濫用されるということである。

(f)[世界の幼年期において、人間がその理性をはじめて用いるのは、残酷な神々を造ることにである。人の血を流すことによってこそ神に嘉されると考えるのである。敗者の体が震えることにこそ、天命を読めると。恐ろしい呪いの後で、ゲルマン人は敵をすべて神へのいけにえとする。その魂はもはや憐れみに開かれず、共苦は涜聖のように思われよう。

〔海のニンフ〕ネレイデスの怒りを静めるため、開化した諸民族はアンドロメダを岩に張り付ける。ディアナをなだめトロイへの道を開くため、アガメムノンは自らイフィゲニーを祭壇に導き、カルカース10)は彼女を打って神々を敬うものと信じる。]

<異教徒たちははじめキリスト教徒たちを暗殺や騒乱で非難したのでなく、タキトゥスが言うには、非社交性という罪を立証したのである。この歴史家が言うには、この罪は、常にユダヤ人と共通であったが、ユダヤ人は頑固に自らの信仰に執着し、狂信の精神に貫かれているので、他の諸民族に容赦できない憎しみをもたらしていた。グロティウスに引用されている他の若干の作者も同じ証言を行っている。ペルシャの司教アブダスは、魔術師たちの神殿を崩壊させた。そして彼の狂信は、キリスト教徒に対する長い迫害と、ローマ人対ペルシャ人の残酷な戦いを引き起こした。>

(g) だからカール5世宛と想定されるある詩の中で、あるアメリカ人が次のように語らせられている。

  野蛮なのは俺たちじゃない。

  あんたがたのコルテスやピサロだ。

  彼等は俺たちを新式で教えるため

  俺たちに対抗する坊主と首切り人とを集める。

(h) 迫害に際して、元老院議員のテミスティオス11)は皇帝ウァレンス12)に宛てた著作で言う。「あなたと違うふうに考えることは犯罪ですか。キリスト教徒が互いに分かれているとしても、哲学者たちも同様です。真理には無数の面があって、どこからでもみてとれます。神はその諸属性への敬意を万人の胸中に刻みました。しかし各人には神性に最も快いと自らが信じるやり方でこの敬意を証する自由があります。その点でそれを邪魔する権利は誰にもありません。」

ナチィアンスのグレゴリウスはこのテミストゥスをおおいに評価していた。彼に次のように書いている。「文芸の退廃に対して闘ったのはあなた一人です。あなたは啓発された人々の頭です。最も高い地位にあって哲学し、研究を権力に、尊厳を学問に接合するすべをご存知です」。

(i) 宗教によって抑えられる人はごく少ない。救いの道へと私達を導く任にある人々によって犯された犯罪さえなんと多いことか! 聖バルテルミ、アンリ3世の暗殺、テンプル騎士団員の殺戮、等々がその証明である。

(k) エウセビオスは、『福音の準備』(第六編第10章)で、バルデザン13)という名のシリアの哲学者の注目すべき次の断片を報告している。「セール人の下では、法は殺人、姦淫、盗みおよびあらゆる種類の宗教祭祀を禁じている。したがってこの広大な地域では、寺院も、不義も、取り持ち婆も、淫売婦も、盗人も、暗殺者も、毒殺者もいない」。法が人々を制するのに十分である証明である。

神の観念がないが、立法者が程度の差はあるが巧みであるので、社会の中で、少なかれ幸せに暮らしているすべての民族の一覧表をつくろうとすればきりがあるまい。

最初に私の記憶に提示されるであろう民族の名前だけをひこう。

イエズス会士のヨビアン神父が言うには、マリアナ諸島の人々は、福音を説かれる前は、祭壇も寺院も供儀も聖職も持たなかった。将来を予言するマカナと呼ばれるペテン師しか持たなかった。けれども地獄と極楽は持っていた。地獄は大窯であって、悪魔が魂を、炉の中の鉄のように槌で打つのである。極楽は椰子の実、砂糖、女でいっぱいの場所である。地獄極楽を開くのは罪でも徳でもない。暴力的な死に至った者は地獄で、他の者は極楽である。ヨビアン神父がさらに言うには、マリアナ諸島の南に32の島があり、その住民は宗教も、聖なるものの認識もまったくなく、飲み食いすることなどだけに専心している、と。

彼等の改宗に雇われたラボルドの報告では、カリブ人は僧侶も祭壇も供儀も神性の観念も持たない。自分たちをキリスト教徒にしようとする者からたっぷり金を受け取りたいと思う。ロンゴという名の最初の人間には大きなへそがあって、そこから人々が出てきたと信じている。このロンゴが第一原因である。山のない土地を彼がつくっていて、山は、彼等によれば、洪水の産物であった。「欲望」は最初に創られたものの一つであった。彼女が多くの禍を地上に広げた。彼女は自分がとても美しいと思っていた。しかし「太陽」を見て、隠れに行ってもはや夜にしか現れないという。

シリガン人はどんな神聖も認めない。Lett.édiff.recueil 24.

ジャグ人はカヴァシによれば、物質と区別されたどんな存在も認めず、その言語には、その観念を表現する単語さえない。彼等の唯一の祭祀は、いつまでも生きていると彼等が信じる先祖へのものである。彼等は自分たちの君主が雨を自由に降らせると想像している。

イエズス会士のポンス神父が言うことでは、ヒンドスタンにあるバラモンの一派が考えるには、精神は物質と結びついてそこで動きがとれなくなる。魂を清める、そして真理の学問にほかならない知恵は、分析という方法で精神の解放を生み出す。ところで精神は、これらのバラモンにしたがえば、次の三つの真理によって、あるいは一つの形で、あるいは一つの答えで救い出される。「私はどんな事物の中にもない、どんな事物も私の中にない、自我は存在しない」。精神がその形態すべてから解放されるときには、世の終わりになる。彼等がさらに言うには、精神がその諸形態から救い出されるのを〔自分たちの哲学がするように〕助けるどころか、宗教諸派は精神が動きがとれなくなる紐を締めることしかしない、と。

(l) 兵士と私掠船は戦争を望むが、誰もそのために彼等を犯罪者とはしない。この点では彼等の利害が一般的利害に十分結びついていないと感じられる。

 

 

【訳注】

1)      創世記

2)      ブュジリスはギリシャ神話におけるエジプト王。

3)      アストライア(Astraia)はギリシャ神話でゼウスとテミスの娘。

4)      ゲメリ・カレリ(Gemelli Carreri)はイタリアの旅行家。エジプト、パレスチナ、ペルシャ、インド、中国、フィリピン、メキシコに行った。Giro del monde,1699

5)      ポンスはAntoine de Pons,1510-86Jean-François de Pons,1683-1732)か?

6)      ムロエ(Meroé)はハルツームとアルバラの間のナイル川右岸のスーダンに位置する、ヌビアの昔の町。

7)      ロングリュ師(Abbé de Longuerue,1652-1733)は博識なフランスの批評家・歴史家。

8)      ルコントLouis Le Comte,1655-1728)はフランスのイエズス会士。ルイ14世の派遣した科学伝道団の数学者として中国に入った。典礼問題に関する書は、後教皇庁により禁書にされた(1762)。

9)      ベラルミーノ(Bellarmono,1542-1621)はイタリアのカトリック神学者。イエズス会士。枢機卿。

10)  カルカースはギリシャの占い師。イリアスによれば、トロイの攻囲で、アガメムノンにイフィゲネイアの犠牲を命じた。

11)  テミスティオス(Themistius,c.317-388/9)は哲学者。コンスタンティのポリスの元老院議員。著書『寛容について』他。

12)  ウァレンス(Valens)は古代ローマの東皇帝(位、364-378)。

13)  バルデザン(Bardesane底本はBardezanes)は二世紀にシリアで生まれた有名なグノーシス派。



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精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著・仲島陽一訳

 

第二部    23章 道徳学の進歩を今まで遅らせた諸原因について

 

 詩学、幾何学、天文学、そして一般にすべての学問が早さの違いはあってもその完成に向かっているのに、道徳学はほとんど生まれたままであるように思われる。それは集まって社会をつくる人々が、観察によってその真の体系を発見する前に、法や習慣を自らに与えざるを得なかったからである。体系ができてしまうと観察をやめた。だから私達はいわば、世界の幼年期の道徳学しか持っていない。ではどうやってそれを完成させるか。

ある学問の進歩を早めるのに、それが公衆に有用であることでは十分ではない。一国民を構成する各々の公民が、その学問の完成になんらかの利点をみいだすことが必要である。ところで、地上のあらゆる民族が体験した革命において、公衆の利害、すなわちよい道徳学の諸原理を常に支えなければならない最大多数の利害は、必ずしも最強者の利害にかなうとは限らない。最強者は、他の諸学の進歩には無関心で、道徳学の進歩には効果的に対立するに違いなかった。

実際、同国民の上に初めて立った野心家、同国民を踏みつけた暴君、同国民をひれ伏させた狂信家、こういったいろいろな人類の禍、こうしたさまざまな種類の悪漢たちは、その個人的利害によって、一般的福利に反する掟を設けざるを得ず、自分たちの威力の基礎は人間の無知と愚かしさしかないと感じ取ったのである。だから彼等は、道徳の真の原理を諸国民に解明して、その不幸すべてとその権利すべてを明らかにし、不正に対して武装させるような者すべてに、いつも沈黙を課したのである。

次のように言い返されるかもしれない。古代においては専制君主が征服した諸国民を独裁の下においていたから、道徳学の真の原理を諸民族に隠すことが君主たちの利害であるとしよう。その原理は、暴君に反対して諸民族を立ち上がらせ、各公民にとって復讐を義務とさせるものであろうから。しかし今日では支配権はもはや犯罪の報酬ではない。全員一致の同意で君主たちの手の中に置かれ、諸民族の愛がそれをそこに保っている。一国民の栄光と幸福とが、主権者の上に照らし出され、その偉大さと幸福を増している。人類のどんな敵が、いまなお道徳学の進歩に対立するのか、と言い返されるかもしれないのである。

それはもはや王たちではなく、他の二種類の強い人々である。第一は狂信者であるが、私はこれを真に敬虔な人々と混同はしない。後者は宗教の格律を保つが、前者はこれを壊す。後者は人類の友である(a)が、前者は外面菩薩内面夜叉で、ヤコブの声とエサウの手をもつ1)。誠実な行為には無関心で、自分を有徳と判断するが、何をしているかではなく何を信じているかにだけ基づいている。彼等によれば人々の軽信が彼等の徳義の尺度なのである(b)。〔スウェーデン〕女王クリスティヌが言ったが、彼等は、自分たちに欺かれない者は誰でも死ぬほど憎む。彼等はその利害によってそれを強いられている。つまり野心家で偽善者で慎重な彼等は、諸民族を従わせるには、彼等を盲目にしなければならないと信じている。だからこれらの不敬虔な者たちは絶えず、諸国民を啓発すべく生まれる者すべてに反対して不敬虔を非難する。新たな真理はみな彼等には疑わしい。彼等は闇の中ですべてにおびえるこどもに似ている。

道徳学の進歩に対立する第二の強い人々は、政治屋である。その中には、真なるものに向かう素質はあるのだが、ただ怠惰であって、新しい真理を検討するのに必要な注意の労苦を免れたいということから、その敵となる者がいる。また危険な動機にかきたてられる者もいるが、こちらのほうがより恐るべきである。これは精神に才能が、魂に徳が欠けた人々である。蛮勇さえあれば大悪党にもなる。崇高で新しい見方ができないので、これらの人々は、自分たちの高い評価は愚かな敬意によっていると思い、または自分たちは既存の臆見や誤謬すべてに有利な宣伝をしているように見せかける。彼等の支配力をゆるがそうとする者すべてにいきり立ち、自分たちか軽蔑する情念や偏見をさえ敵への武器とし、「新しがり」という語によって弱い精神の持ち主を脅かすことをやめない。

まるで真理が地上から徳を追放しなければならないかのように。地上のすべてがかくも悪徳に有利であるかのように。愚かでなければ有徳になれないかのように。道徳学がその必然性を証明するかのように。この学問の研究がしたがって世の禍になるかのように。そのように彼等は、人々が既存の偏見の前で、〔エジプトの〕メンフィスの聖なる鰐の前でのように平伏させておくことを望む。道徳学で何かの発見がなされるか。彼等は言う、それを啓示すべきなのは我々だけであると。エジプトの秘伝伝授者に倣って、その責任者であるべきなのは我々だけであると。残りの人々は偏見の闇に覆われていればよい、人間の自然状態は盲目なのだ、と。

吐剤の発見に嫉妬して、若干の司教の軽信を濫用して、とても早くとてもよく効く薬を破門させたあの医者たちにかなり似て、彼等は若干の誠実な人々の軽信を濫用するが、そういう人々の愚かで誘惑された徳義は、あまり賢くない政府の下では、ソクラテスのような人の啓発された徳義を処刑させるかもしれない。

啓発された精神の持ち主に沈黙を課すためにこれらに種類の人々が使った手段はこうしたものである。啓発された人々に抵抗するために、公衆の好意に支えられようとしても無駄である。一公民が真理と一般的福利とに動かされるとき、常に彼の業から徳の香気が立ち上り、それが彼を公衆に快くすること、またこの公衆が彼の保護者になることを、私は知っている。しかし、公衆の承認と評価とを盾にしても、あの狂信者たちの迫害からは身を守れない。狂信たちの激怒に敢て立ち向かうほど勇敢な人はとても少ない。

以上が、どんな乗り越えがたい障害が、いままで道徳学の進歩に対立してきたかであり、またほとんど常に無用であったこの学問が、私の諸原理に従えば、常にほとんど評価されなかったかのわけである。

しかし卓越した道徳学から引き出される効用を諸国民に感じさせられないであろうか。そしてこの学問を開発する人々によりいっそう名誉を与えることで、その進歩を早めることができないのであろうか。重要な題材なので、脱線のおそれはあるが、私はこの主題を次に扱うことにする。

 

 

 

【原注】

(a)彼等はスキュタイ人たちがアレクサンドロスに言ったように、迫害者たちにすすんで言うであろう。「おまえは人々に禍をなしているのだから、そもそも神ではない」と。キリスト教徒が、人々をいけにえにしたカルタゴのサトゥルヌスまたはモロクの神をみて、こうした宗教の残酷さはその誤りの証拠だと何度も繰り返したならば、私達の狂信的な司祭たちは、互いに、異端者たちが、この議論で言い返す理由を何度与えたことであろうか。私達の間にどれだけ多くのモロク神の司祭がいることか! 

(b)だから彼等はある異端者の徳義を認めるべくありとあらゆる労苦を払った。

(c)利害が常に迫害の隠された動機である。不寛容がキリスト教的にも政治的にも一つの悪であることはどんな疑いもない。〔新教徒への寛容を定めた〕ナントの勅令の撤回〔1685年〕は後悔されていない。ああした〔宗教戦争に導くような〕論議は危険だ〔ゆえに不寛容がよい〕、と言われよう。権力が関与するときにはそうである。そのときは一党派の不寛容がときおり他党派に武器を取らざるを得なくする。もし行政が関与しなければ、神学者たちは幾分侮辱を言い合った後で、折り合いもつけよう。この事実は、寛容な国々が享受している平和によって証明されている。しかし、若干の政府には好都合なこの寛容は別のいくつかの政府にはたぶん忌々しくあろう、と言い返されよう。血の宗教と専制政府とを持つトルコ人たちは、それでも私達より寛容ではないのかと。コンスタンティノープルに教会はあるが、パリにモスクはない。トルコ人は〔政治的に支配しているキリスト教徒の〕ギリシャ人をその信仰のために苦しませず、彼等の信仰は戦争を起こしていない。

キリスト教徒の資格でこの問題を考察すると、迫害は犯罪である。ほとんどいたるところで、福音、使徒たちと教父たちは、やさしさと寛容を説いている。聖パウロと聖クリュソストモスは、強制によってではなく説得によって人々を得ることで司教はその地位を果たさなければならないと言っている。また言うに、司教は、それを望む人々に対してだけ統治するのであり、この点で、望まない人々を統治する王とはおおいに異なると。東方では、ボゴミル派2)を火刑にすることに同意した公会議が断罪された。

聖バシレウスは、当時多くの混乱を引き起こしていた聖霊の神聖という問題で世が沸き立っていた4世紀の教育において、どんな穏健さの実例を与えたことであろう。ナチィアンスの聖グレゴリウスの言うところでは、聖バシレウスは、聖霊の神聖という教義の真理に愛着を持っていたのだが、三位一体の第三位格〔すなわち聖霊〕に神の資格を与えないことにそのとき同意した。ティルモン氏3)の見解にしたがえばきわめて賢明なこの心遣いが、若干の偽りの熱心な人々によって断罪されたとしても、彼等が聖バシレウスをその沈黙によって真理を裏切ったとして告発したとしても、まさにこの心遣いは、この時代の最も有名で最も敬虔な人々によって、とりわけ断固としたところがないと疑われない偉大な聖アタナシウスによって是認されたものである。

この事実はティルモン氏の『聖バシレウスの生涯』第636465項で詳述されている。コンスタンティノープルの公会議4)はこれに倣って聖バシレウスのふるまいを是認したと、この著作は付け加えている。

聖アウグスティヌスは、神について、私達と同じ観念を持たない者を断罪しても処罰してもならないと言っている。彼が言うには、それが神への憎しみによってでなければだが、それは不可能である。聖アタナシウスは、彼の書簡ad solitatios第1巻855頁で、アリウス派の迫害は彼等が敬虔さも神への畏れも持たない証拠であると述べている。彼がさらに言うに、敬虔さに固有なのは、説得することであって強制することではない、各人に自分についてくる自由を委ねる救い主に倣わなければならない、と。彼はもっと前の830ページで言うが、自分の意見を受け入れさせるために、嘘の父である悪魔は斧とまさかりを必要とするが、救い主は優しさそのものであると。戸を叩いて開かれれば入り、拒まれれば退く。真理を教えるのは剣、槍、牢獄、兵士、そして畢竟武力によってではなく、説得の声によってである。

実際力に頼るのは道理がないときである。ある人が三角形の角の和が二直角に等しいことを否認しても、笑われるだけで迫害はされない。火刑と絞首刑とはしばしば神学者たちの議論がわりを勤めた。彼等はこの点で、異端や不審者に彼等への攻撃手段を与えたのである。イエス・キリストは誰にも暴力を加えなかった。彼はただ、「私についてきますか」と言った。彼の執行者たちは、利害のために必ずしも彼の穏健さに倣うことができなかった。

 

【訳注】

1)     旧約聖書によれば、ヤコブは視力の衰えた父イサクを欺いて毛深い弟エサウと思わせるため、子山羊の毛皮をつけて父にエサウと名乗った。「声はヤコブの声だが腕はエサウの腕だ」(創世記,27-22)。

2)    ボゴミル派は10世紀にバルカン半島で発生した異端。弾圧されて、東方では14世紀に衰亡したが、西方ではカタリ派などにも影響を与えた。

3)    ティルモン(Luois Sébastian Le Nain de Tillemont,1637-98)はフランスの司祭で歴史家、ジャンセニスト。『最初の六世紀の皇帝の歴史』など。

コンスタンティノープルの公会議は四つあるが、ここではその第一回(381年)のもの。テオドシウス1世が召集し、ナチアンスのグレゴリオスが途中から議長を務めた。バシレイオスの意見に沿って作られた信条は、聖霊の神聖を含む。


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   精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著・仲島陽一訳

添付画像

 

第二部    22章 

諸国民はその統治形態だけのおかげである長所をなぜ自然の恩恵とみなすのか

 

 虚栄心がやはりこの誤りの原理である。またどんな国民がこうした誤りにうちかてるだろうか。その一例を挙げるべく、十分自由に話すことに、また真の公民である人々にあちこちで出合うことに慣れているフランス人が、パリを離れ、〔トルコの〕コンスタンティノープルに上陸したと想定しよう。人類がそこで陥っている卑しさを彼が考察するなら、専制主義に服する諸国について、どんな観念を形づくるであろうか。いたるところで隷従の刻印を認めるならどうか。暴政が吐く息で、才能や徳を持つすべての人が害され、カフカスからエジプトまで、愚鈍、卑しい心配、人口減少がもたらされるのをみるならどうか。最後に、後宮に閉じ込められ、ペルシャ人が彼の軍団を打ち破り彼の属領を荒らしている間、平静なスルタンが、公の禍には無関心で、氷水を飲み女を愛撫し、退屈しているのを知ったらどうか。これらの民族の卑怯と隷従とを知り、自尊心と同時に憤慨にかられて、自分がトルコ人にまさる本性を持つと思わないフランス人がいようか。多くのフランス人は感じるであろうか。一国民の軽蔑が常に不当な軽蔑であると。一民族の他の民族に対する優越は、多かれ少なかれ幸運な統治形態によると。また最後に、このトルコ人は、あるペルシャ人がスパルタの兵士にしたのと同じ次の返答を、このフランス人にできると感じる者は多いであろうか。彼はこう言ったのだ。「なぜ私を侮辱するのか。絶対の王が認められているところはどこでももはや国民はないことを知りたまえ。王は専制的国家の普遍的な魂だ。この帝国を衰えさせるか活気付けるかは、彼が勇敢か腰抜けかによる。〔ペルシャを建国した〕キュロスの下での征服者であるが、私達がクセルクセスの下で〔スパルタに〕敗れたのは、クセルクセスが生まれながらに座った王座をキュロスは創設しなければならなかったからだ。キュロスには生まれたとき同等の者たちがいたからだ。クセルクセスはいつでも奴隷たちにとりまかれていたからだ。そして君も知るように、最も卑しい者たちが王宮に住んでいる。だから君が第一の地位にみるのは国民のくずなのだ。海の表面に浮き上がってきた泡だ。君の軽蔑が不当であることを認めたまえ。そしてもし疑うなら、スパルタの法律を私達に与え、クセルクセスを主にしたまえ。そうすれば君が卑怯者で私が英雄になるだろう」。

戦争の叫びが全欧州を目覚めさせ、その轟きがフランスの北から南まで聞かれたときを思い出そう(l)。そのとき、公民の精神にまださめやらぬある共和主義者が、パリに着き、上流社会の中に現れると想定しよう。そこでは各人が公事を無関心に扱い、強く専心しているのが、流行や、色事の話や、子犬やであるのをみて、彼はなんと驚くであろうか!

この点で私達の国民と自国民との違いを知って、自分がよりすぐれた精神を持っていると思い、フランス人をチャラい奴と、フランスをつまらぬ王国と思わないイギリス人はほとんどいない。彼の同国民たちが、自由な諸国以外にはどの国にも知られない、あの祖国愛と高揚の精神を持つのは、その統治形態のおかげだけでなく、またイギリスの物理的位置のおかげでもあるが、そのことには容易に気づけない、ということではない〔理解力でなく自尊心の問題だ〕。

実際、イギリス人がこんなに誇る、そして現に多くの徳の芽を含むこの自由が、彼等の勇気の報いであるよりも偶然のたまものであることを感じ取るために、かつてはイギリスを引き裂いた無数の徒党を考えてみよう。もしこの帝国が、周囲の四海によって隣接諸民族に接近不能になっていなかったらと想定するならば、これらの民族がイギリスの分裂を利用して、彼等を従属させたり、少なくとも彼等の王に彼等を服従させる手段を提供したであろうし、こうして彼等の自由がその知恵の果実ではないことを納得するであろう。もし彼等が主張するように、この自由が彼らの特殊な根性と思慮にだけよるならば、チャールズ一世の身に加えられた恐ろしい罪〔清教徒革命による処刑〕の後で、彼等は少なくともこの犯罪を最も有利に利用しなかったであろうか。彼等の何人かが言うには、一君主を一般的福利に捧げられた犠牲とみなさせることが彼等の利害となるのであり、そ世人に必要であったその処刑は、諸民族を恣意的で専制的な権力に服従させようと企てる者みなを永久に脅かすものになるべきだったのだが、その君主を公的な祭儀と行列によって、殉教者の列に加えることを彼等は認めたであろうか。〔認めないはずだ。しかし実際にそうしたのは彼等の思慮不足を示す。〕それゆえ分別あるイギリス人はみな認めるであろう。彼の国が持つ自由はその物理的位置のおかげであると。その統治形態がそのようなものとして存続できるのは、限りなく改良されなくても閉ざされた土地にある限りにおいてであると、そして彼の自尊心の唯一で正当な題目は、大陸の住民というよりも幸いにも島国に生まれたということに帰する、ということを。

一個人は疑いなくこうしたことを認めようが、一民族はけっしてそうすまい。民族はその虚栄心をけっして理性でしばりはしないであろう。判断においてより公正であれば断定の留保が想定されようが、これは個人においてきわめて稀であり、一国民においてみいださせることはけっしてない。

それゆえ各民族は常に、その統治形態から得る徳を、自然の恩恵に数え入れるであろう。その虚栄心の利害関心がそうするようにすすめるであろう。しかして誰が利害関心の助言に抵抗するであろうか。

いろいろな国との関係を通じて考察される精神について私が述べたことの一般的結論としては、諸国民がその習俗、習慣、そのいろいろな分野の精神に対して持つ評価や軽蔑の唯一の配分者は利害関心であるということである。

この結論に対置できるただ一つの反論は次のものである。つまり、もし利害が、学問と精神のいろいろな分野に与えられる評価の唯一の配分者であるならば、すべての国民に有用な道徳学が最も尊重されるものでないのはなぜか。デカルトやニュートンといった名前が、その著作においてたぶん同じくらいの才気を証明している、ニコル、ラ=ブリュイエール、およびすべてのモラリストよりも有名なのはなぜか、と。私は答えよう。偉大な自然学者たちは、その発見によってときおり世界に貢献した、しかして大部分のモラリストは現在まで、人類にどんな助けにもならなかったからだ、と。祖国ために死ぬのが立派だと絶えず繰り返してなんの役に立つのか。格言は一人の英雄もつくらない。モラリストたちが評価に値するためには、徳に関する格律の作文に失った時間と才気とを、勇敢で有徳な人々を形づくるのに適する手段の探求に用いるべきであった。〔第二代カリフ〕ウマルが〔彼が征服した〕シリア人たちに、「君たちが快楽に渇しているのと同じくらい死を渇望している人々を君たちに向かって送る」と書いたとき、サラセン人達は、野心と信じやすさという威光で欺かれて、天国に、勇気と勝利の配分しか、そして地獄に、卑怯と敗北の報いしかみなかった。そのとき彼等は最も激しい狂信に動かされていた。そして勇敢な人々を形づくるのは情熱であって道徳の格律ではない。モラリストたちはそのことを感じとるべきであった。そして、木の幹から神も椅子も作る彫刻家のように、立法者は、英雄、天才、有徳な人々を、好むままに形づくることを知るべきであった。ピョートル大帝によって人間につくり直されたモスクワ人たちをその証人とする。

自分たちの立法を愚かにも愛している諸民族が、その不幸の原因を法律が実行されていないことに求めても無駄である。法律が執行されないのは、常に立法者の無知の証明だ、とスルタンのMahmouthは言う。褒章、刑罰、栄光、恥辱は、立法者の意志に服せば、彼が常に公益を操作し、すべての分野で著名な人々を創造できる四種類の神である。

モラリストの研究全体は、これらの褒章とこれらの刑罰とでつくるべき習慣と、個人的利害を一般的利害に結びつけるためにそこから引き出せる助けとを規定することにある。この〔私利と公益との〕結合が道徳学が提供すべき傑作である。もし公民が公共の福利を行わずには自らの個人的幸福をつくれないならば、そのときには馬鹿者以外に悪人はいないであろう。すべての人が徳に強いられるであろう。そして諸国民の幸福は道徳学の恩恵になろう。あるいはこの想定では、この学問が限りなく敬われるであろうことを誰が疑おうか。またこの分野でのすぐれた著作家が、少なくとも公正で感謝の念ある後世によって、ソロン、リュクルゴス、孔子のような人々の中に数え入れられるであろうことを。

 

【原注】

(l)最近の戦争において、敵がプロヴァンスに入ったとき。

1818年のLepetit版は、この注の替わりに以下をおく。}

1746年、Maillebois元帥によって敗れたプレザンスの戦いの後、敵がプロヴァンスに入ったとき。




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精神論

                                  エルヴェシウス著・仲島陽一訳

 

  第二部 第3章 一個人との関係における精神について

 

 私がいま〔前章で〕行為に適用した原理を、今度は観念に移してみよう。各個人が「精神」という名を与えるのは、教えられるものとしてであれ快いものとしてであれ、自分に有用な観念の習慣にだけであることを、認めざるを得ないであろう。そしてこの新たな観点でも、個人的利害だけがやはり人々の価値の唯一の判定者である、と認めざるを得ないであろう。

 私達に現れる観念はみな、私達の状態、情念、あるいは意見と、常になんらかの関係をもっている。ところで、これらのいろいろな場合すべてにおいて、私達はこの観念が自分に有用であればあるほどいっそう尊重する。水先案内人、医者、技師は、船大工、植物学者、機械学者を、本屋や金銀細工師や石工がまさにこれらの人に対してそうするよりももっと尊重するであろうし、後者のような人々は、むしろ常に小説家、図案家、建築家などのほうを好むであろう。

 私達の情念や好みに、益するあるいは害するのに適した観念が問題になると、私達が見て最も尊重するのは、異議なく、まさにこの情念あるいは好みを最も喜ばせる観念であろう(a)。やさしい女性は、形而上学の本よりも小説のほうを尊重するであろう。〔スウェーデン王〕カール12世のような〔武勇の君主たる〕人であるならば、〔マケドニア王〕アレクサンドロスの歴史を他のあらゆる著作よりも好むであろう。貪欲な者はきっと、自分の金を最大の利子で預ける手段を教えてくれる者にだけ、精神〔才気〕をみいだすであろう。

 意見についても、情念についてのように、他人の観念を評価するには、それを評価することに利害関心がなければならない。これに関して私は、この最終的な点では、人々は二種類の利害関心に動かされることを観察するであろう。

 高貴で啓発された自尊心に動かされる人々もおり、彼等は、真理の友で、自分の見解に頑固にしがみつくことなく、自分の精神に、新たな真理が自由に入れるようにする、あの保留状態を保っている。この中に入るのは、幾人かの哲学的精神〔の持ち主〕や、若すぎて意見を形成していないか、赤面せずに意見を変えられる幾人かの者たちである。この二種類の人々は、他人の中にある、そして啓発された自尊心が真実に対して与える情念を満足させるのに適した、真実で光に満ちた観念を、常に評価するであろう。

 別の人々もおり、この中に私はほとんどすべての人を包括するが、彼等は、これほど高貴ではない虚栄心に動かされている。彼等は他人の中において、自分の観念にふさわしい(b)、そして彼等みなが自分の精神の正しさについて持つかいかぶった意見を正当化するのに適した観念しか評価できない。彼等の愛憎の基礎は、観念のこうした類比におかれている。ほとんどすべての凡庸な人々が、功績ある人々を敬遠する際の、確実で迅速な本能はここから生じるのである(c)。才気ある人々が互いに抱くあの強力な魅力は、ここから生じるのである。それはいわば彼等をして、その交際の中で、彼等が栄光に対して持つ共通の欲望がしばしばもたらす危険にもかかわらず、互いに求め合わないではいられなくする魅力である。ある人の性格と精神〔才気〕とを、本や友の選択によって判断する、あの確実なやり方がここから生じる。実際愚か者には愚かな者しかいない。友情の結び付きはみな、もしそれが礼節、愛、保護、貪欲、野心、あるいは何か他の似た動機に基づくのでないときには、二人の間の観念または感情のなんらかの類似を常に前提する。そのことによってとても異なった身分の人々が接近する(d)。それゆえ〔ローマ皇帝〕アウグストゥス、マエケナス1)、スキピオ2)、ユリアヌス3)、〔フランス宰相〕リシュリュー、コンデ4)といった人々は、才人とともに親しく生きたのであり、「君が付き合う人を言ってくれ、そうすれば君が何者か告げよう。」という、些細であるが真理を述べている格言を根拠づけている。

 それゆえ、観念と意見の類比、あるいは合致は、人々を互いに遠ざけ、あるいは近づける引力的、あるいは斥力的な力として考察されなければならない(e)。啓示の光によって照らされていないので、理性の光にしか従うことのできない哲学者を、〔イスラム教の都市〕コンスタンティノープルに移してみよ。この哲学者がマホメットの使命と、この預言者の見神といわゆる奇跡とを否定するとしよう。よきイスラム教徒と呼ばれる人々が、この哲学者を遠ざけ、彼を見て恐れ、彼を愚か者、不敬虔な者、そしてときには不誠実な者としてさえ扱うことを誰が疑うであろうか。こうした宗教においては、自分自身が目撃者でない奇跡を信じることは不条理であり、奇跡よりも嘘のほうがいつもありそうなことだ、と言っても無駄であろう(f)。奇跡をあまりにたやすく信じることは、神よりもむしろ詐欺師を信じることである。もし神がマホメットの使命を告げようとしたのならば、彼は、最も訓練されていない理性の持ち主にさえ、あれらの奇跡を滑稽なものにしなかったであろう、<彼は、預言者の声で、星辰を天空から離したり、諸元素を転覆したり等々のような、誰の目にもみてとれる奇跡を行ったであろう、>と思ってみても無駄であろう。この哲学者が自分の不信心についてどんな理由を持ち出しても、彼がこれらの善良なるイスラム教徒のところで、賢く誠実という評判を得るには、不条理な事柄を信じるほど愚かになるか、それを信じているふりをするほど欺瞞的になるかする以外にあるまい。人々が他人の意見を判断するのは、それが自分の意見に対して持つ合致によってだけだということは、これほど真実である。だから愚か者は愚かなことによってしか説得できない。カナダの未開人が、ヨーロッパの他の民族よりも私達〔フランス人〕を好むのは、私達が彼等の習俗や生活ぶりによりいっそう肩入れするからである。彼等がフランス人に対して、「これは俺とおんなじ人間だ」と言ってすばらしく褒めていると思い込むのは、こうした好みのためである。

  習俗、意見、観念に関して、それゆえ人が他人の中で評価するのは常に自己であるようにみえる。そのためにカエサルやアレクサンドロスや一般にあらゆる偉人たちは、常に他の偉人たちを、自分たちの階級に属する者として持ったのである。ある君主が有能であれば、手に王杖を持つ。彼が王座に昇るや否や、あらゆる地位がすぐれた人々に占められているのがみいだされる。この君主は彼等を形成したのではなく、偶然に集めてきたようにさえ思われる。しかしその精神が自分と類比的な人々しか尊重せず、彼等だけを要路にとりたてざるを得ないので、この理由から、よい選択を行うことが常に必然なのである。ある君主は反対にほとんど啓発されていない。まさにこの理由から、自分に似た人々を側にひきつけざるを得ないので、悪い選び方がほとんど常に必然である。それは、最も重要な地位を、何世紀もの間、しばしば愚か者から愚か者へと移してきた、同様な君主たちの帰結である。だから、自分たちの主人を個人的に知ることはできない民衆は、彼が用いる人々の才能〔の有無〕によって、また彼が功績ある人々を尊重するかによって、彼等を判断する。女王クリスチーナ5)は言った。「愚かな君主の下では、宮廷全体が愚かであるか、そうなるかする。」

 しかしときには他人の中の、自分がけっして生み出さないであろうような、そして自分の観念とはまったく類比を持たない観念を称賛することもみられる、と言われよう。ある枢機卿の次の言葉はよく知られている。教皇の指名の後、この枢機卿は、〔新〕教皇に近づいて言った。「あなたは教皇に選ばれました。あなたが真実を耳にするのもこれが最後です。敬意に誘惑されて、あなたはまもなく自分を偉人と思うでしょう。就任式の前には、自分が無知な頑固者でしかなかったことを思い出してください。さようなら、私はこれからあなたを崇めます。」こうした弁舌を行うのに必要な才気と勇気に恵まれた宮廷人は、疑いなくほとんどいない。しかし、彼等の大部分は、自分たちの偶像をかわるがわるに崇めまた鞭打つあの〔未開〕諸民族に似て、自分たちが服従している主人が卑下するのをみることに、密かな魅力を覚える。復讐は彼等に、同様なやり方で自分たちが行う称賛を呼び起こし、復讐は一つの利害関心である。こうした種類の利害関心に動かされない者は、自分の観念と類比的な観念しか尊重せず、感じさえしない。だから生まれたばかりで未知の価値を発見するのに適した魔法の杖は、才人の手しか扱えないし、また実際そうならざるを得ないが、なぜならダイヤモンドの原石に精通しているのは、宝石細工人だけであり、精神〔才気〕を感じ取るのは精神〔才気〕だけだからである。若いチャーチルの中に、〔後の〕有名なマールバラを認める6)ことができたのは、チュレンヌ7)のような人の目だけであった。

 私達の見方や感じ方にあまりに疎遠な観念はみな、常に滑稽に思われる。広大で偉大だが、偉大な大臣にはたやすく実行できるようにみえる計画も、ありきたりの大臣には、愚かで無分別なものとして扱われよう。そしてこの計画は、愚か者の間で使われる文句を使えば、「プラトンの〔理想〕国家」に送り返されよう。そのために、精神は迷信で萎縮して怠惰となり、偉大な企てがあまりできなくなる諸国で、ある人について、「あれは国家を改革しようとする人だ」と言うときに、彼を最も滑稽なものにしていると信じられるのである。この国の貧しさ、人口減少、したがってまた改革の必要のために、外国人の目には、嘲笑者に舞い戻ってくる滑稽さである。そうした民族は、ある人について、愚かにも邪まな口調で、「こいつはローマ人だ、才子だ」と言うときに、彼の名誉を落としていると信じるあの愉快な木っ端役人たち(g)と同様である。この嘲笑は、その正確な意味でとれば、ただこの男が彼等に似ていないこと、つまり愚か者でも詐欺師でもないことを教えているに過ぎない。注意深い精神の持ち主は、会話の中で、厳密な意味に戻されるならば、用いる者をひどく驚かすようなあの愚かな言明や不条理な文句を、どれだけ聞くことであろうか。だから功績ある人は、あの個人の敬意や軽蔑に対して、この人が彼のように考えたり考えなかったりするのでなければ、その賛辞も批判も何も意味しないのだから、無関心であるべきである。私は無数の他の事実によって、私達は自分のと類比した観念しかけっして評価しないことを証明できようが、しかしこの真理を確証するためには、それを純粋な推論による証明で支えなければならない。

 

【原注】

 (a)他の点では才女だがおしゃべりの女を嘲笑するために、才気に富む人間であると言われている男を彼女に紹介することが思いつかれた。この女は彼をとてもよく受け入れた。しかし自分を称賛されたいばかりに、彼女は語りだし、彼にいろいろ多くの質問をしたが、彼がまったく答えないことに気づきもしなかった。訪問が終わって彼女は尋ねられた。「紹介された男にご満足ですか。」彼女は答えた。「なんて魅力的な人でしょう。彼にはなんと才気があることでしょう。」この感嘆に各人は爆笑した。この偉大な才人は唖者だったのである。

 (b)自分の精神が狭い者はみな、精神の広さに堅固さを結び付ける者をたえずけなす。前者は後者を、あまりに洗練し、万事につけあまりに抽象的なやり方で考えるとして非難する。ヒューム氏は言う。「ある事柄が自分の弱い理解力を越えているときには、私達はけっしてそれを正しいと認めないであろう。」この有名な哲学者は更に言う。「普通の人と天才との違いは主に彼等が自分の観念を基礎づける原理の深さの中に認められる。大部分の人において、判断はみな個別的である。彼等は自分の視野を普遍的な命題にまで広げないし、一般的観念は彼等にとってはみな曖昧である。」

 (c)愚か者にもし力があるならば、すすんで才人をその社会から追放するであろう。そしてエフェソス人に従って繰り返し言うであろう。「もし誰かが私達の中で卓越するならば、彼は他のところに行ってもらいたい。」と。

 (d)宮廷では、貴顕は自分たち8)自身が才気をよけい持っているのに従って、才人を厚遇する。

 (e)もしもその権力を持つならば、自分たちの意見を一般に採用させるために拷問を用いないような人はほとんどいない。私達の時代でも、フランス音楽に対する優越をイタリア音楽に与えて自分たちの意見と異なる著作家を弾圧するよう役人をけしかけようとするほど愚かで尊大な人々を、私達は見なかったであろうか9)。宗教論争の中でしかふつうはある種の過剰にしか至らないのは、他の論争は、残酷になる同じ口実も同じ手段も提供しないからである。一般に自分が節度を保っていられるのは、能力が足りないためでしかない。人間的で節度のある人間はきわめて稀な人間である。もし彼が自分と異なる宗教の人に出会うならば、これはこの点では自分と異なる意見の人間である、どうして彼を迫害するだろうか、と彼は言う。人々の改宗のために責め苦や牢獄を使えとは、福音書はどこでも命じていない。真の宗教は一度も処刑台を立てたことがない。自分と違う意見によって傷つけられた自尊心の仇をうつために、民衆や君主たちの愚かな軽信を自分に有利な武器とした、そうした宗教の執行者たちはときおりいる。『セトス』10)の中で、エジプトの祭司たちが女王ネフテに対して行う賛辞に値した人はほとんどいない。彼等は言う。「敬虔の勧めをまちがって理解して、反感や憎悪や迫害をかきたてるどころか、彼女は宗教から、優しさの格律しか引き出さなかった。彼女は、神々を敬うために人々を苦しめることが許されているなどとはけっして信じなかった。」

 (f)こうした宗教においては、奇跡の証人が疑われないことがどうしてあろうか。ド=フォントネル氏は言う。「ある事実を、正確に自分が見た通りに、すなわち何も付け加えず言い落とさず語るためには、自分自身をきわめて警戒しなければならないので、この点でけっして嘘をついたことがないと主張する人はみな、確実に嘘つきである。」

 (g)富裕な市民たち〔bourgeois〕は、才人はしばしば富者の門に現れるが、富者はけっして才人の門にみられない、と嘲笑して付け加える! 詩人サアディ11)は答える。「それは才人は富の価値を知るが、金持ちは知性の価値を知らないからである」と。そのうえどうやって富は知を評価するであろうか。知者は無知な者を評価できるが、それは自分もこども時代は無知だったからである。しかし無知な者は、一度も知者であったためしかないので、知者を評価できない。

 

【訳注】

1)マエケナス(Maecenas,BC.70c-8)はローマの政治家。皇帝アウグストゥスの親友で、文芸の愛好者・保護者として知られる。ホラチウス、ウェルギリウスなどと交わった。「メセナ」の語は彼に由来する。

2)スキピオ(Scipio,BC.236-184)は古代ローマの政治家。第二次ポエニ戦争のザマの会戦で強敵カルタゴの名将ハンニバルを破ってローマの勝利をもたらした。

3)ユリアヌス(Julianus,332-63)はローマの皇帝(位:361-63)。異教に改宗したため、キリスト教からは「背教者」と呼ばれる。古典を研究し新プラトン主義哲学を好んだ。ギリシャ語で書かれた多くの著作がある。

4)コンデ(Cond ,Louis de Bourbon,1621-86)はフランスの軍人。三十年戦争をはじめ多くの勲功を立てた。チュレンヌとともに近世フランスの最大の将軍。晩年はシャンティイに引退し、モリエール、ラシーヌ、ボワローなどの文芸家と交わった。

5)クリスチィーナ(Christina,1626-89)はスウェーデンの女王。父王グスタフ=アドルフ死後統治(位:1632-5444より親政)。豊かな教養を持ち、グロティウスやデカルトを宮廷に招く。従兄弟に譲位した後、外遊。晩年はローマに定住し、学問、芸術、文芸を研究。同地にアカデミーを創設した。

6)マールバラ(Marlborough,1650-1722)はイギリスの軍人。はじめジョン=チャーチル。ネーデルラント戦争で功をたて、チュレンヌに認められてその指導を受けた。多くの活躍で伯爵を与えられ、オーストリアの名将オイゲン公と結んでフランス軍を破ってルイ14世の野心を挫き、女王以下国民感謝の的になった。ウィンストン=チャーチル首相はその子孫。

7)チュレンヌ(Turenne,1611-75)はフランスの軍人。三十年戦争やフロンドの乱などで手柄を立てた。近世フランス最大の将軍ですぐれた戦略家。

8)原文の il ils の誤植と解する。

9)いわゆる「ブフォン論争」のこと。音楽家でもありこの論争の中心人物の一人であったルソーの『告白』に詳しい記述がある。この「著作家」(単数の定冠詞つき)はルソーのことか?

10)『セトス』(Séthos)はテラッソン師(Abbé Terrasson,1670-1750)の歴史小説(1731)。

11)サアディ(Sadi,1184c-1291)はイランの詩人。諸形式の詩を織り込んだ書『薔薇園』は数か国語に訳され、実践的な教訓書としても広く読まれた。

2015/05/09 21:22 2015/05/09 21:22
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第二部 第2章 一個人との関係における徳義について

 

 この章で問題となるのは、真の徳義、すなわち公衆との関係における徳義ではない。単に各個人に関係して考察された徳義である。

 この観点の下では、各個人は、他人において、自分に有用な習慣や行為だけを「徳義」と呼ぶ、と私は言おう。私が習慣と言うのは、有徳な、あるいは精神的なものという称号を私達から受けるのは、ただ一つの誠実な行為ではなく、ただ一つの巧みな観念でもないからである。周知のように、一度もおおようでなかったような吝嗇漢はなく、一度もけちでなかったような気前のよい者もなく、一つもよい行為をしなかった山師もなく、一言も気の利いたことを言わなかったような愚か者はなく、要するに、人間は、その人生の若干の行為を寄せ集めれば、あらゆる徳と、その反対のあらゆる悪徳とを与えられているようにみえない者はない。人々の行いの中にもっと多くの一貫性があるためには、一連の注意が前提されるでろうが、それは彼等には不可能である。彼等は互いに五十歩百歩である。絶対的に首尾一貫した人間はいまだ存在しない。それゆえ地上には、悪徳においても徳においても、完全なものは何もない。

 それゆえ一個人が徳義という名を与えるのは、自分に有用な行為の習慣にである。私が行為というのは、人は意図の裁き手ではないからである。どうしてそうあることができよう。一つの行為が一つの感情の結果であることはほとんどない。私達はしばしば、自分を決定する動機でさえ知らない。ある富裕な人が、ある評価すべき貧しい人を富ます〔と想定しよう〕。彼は疑いなく善行をしている。しかしこの行為は、もっぱら一人の幸せな人をつくりたいという願いの結果であろうか。憐れみ、感謝への希望、虚栄心、これらすべての動機は、個別的または総合的に、彼の知らないうちに、この称賛すべき行為へと彼の心を決定し得なかったか。ところで、実にしばしば自分の善行の動機さえ知らないのなら、どうして公衆がそれを認めるであろうか。それゆえ公衆が人々の徳義について判断し得るのは、人々の〔動機や意図でなく〕行為によってだけである。

 こうした判断の仕方でもなお間違い得ることを、私は認める。たとえばある男が、徳に対して20度の情念を持っているが、彼は恋している。ある女に対して30度の恋を抱いており、この女は彼を暗殺者にしたがっている。こう仮定すると、徳に対して10度の情念しか持たず、この悪女に対しては5度の恋しか抱いていない男よりも、彼のほうが罪を犯しやすいことは確実である。そこから私は二人のうち、行為において誠実であるほうが、時に徳への情念が少ない、と結論する。

 だから哲学者はみな、人々の徳は、彼等がおかれている環境に無限に依存することを認める。有徳な人々が奇妙な出来事の不運な連鎖に屈するのは、いやというほどみられた。あり得るあらゆる環境において自分の徳をうけがう者は、詐欺師か愚か者であって、等しく警戒すべきである。 各個人との関係によって考察された、「徳義」というこの語に私が付与する観念を決定した後で、この定義の正しさを確認するために、観察に頼らなければならない。それは私達に、幸運な天性や、栄光と尊敬への渇望のため、人々がふつう権勢や富に対して抱くのと同じ愛を、正義と徳とに対してふきこまれるような人々がいることを教える。これらの有徳な人々に個人的に有用な行為は、正当な、一般的利害にかなう、あるいは少なくともそれに反しない行為である。

 こうした人々は実に少数であるから、私がここに言及するのは人類の名誉のためでしかない。最も数が多く、それだけでほとんど全人類を構成する階級は、もっぱら自分の利害に注意していて、一般的利害にはけっして目を向けなかった人々の階級である。いわば自分の安楽(a)に集中していて、こうした人々は自分に個人的に有用な行為にしか、誠実さという語を与えない。ある裁判官がある罪人を赦免し、ある大臣がふさわしからぬ臣下を高位に就ける。彼等に庇護される者の言うところでは、どちらも常に正しい。しかし裁判官が罰するとしよう。大臣が拒むとしよう。〔すると〕彼等は犯罪者や失寵者には、常に不正であろう。

 修道僧たちが、私達の王侯の生涯を書くことを第一の家門に課され、彼等の恩人の生涯だけを書き、他の王たちの治世を「何モ為サレズ」という言葉でしか記さず、とても評価すべき君主たちに「無為なる王」という名を与えたのは、修道僧が人間だからであり、人間はみな自らの判断において、自分の利害関心にしか耳を貸さないからである。

 自分たちに対して異教徒が行使する残酷さに、正当にも野蛮とか犯罪とかの名を与えたキリスト教徒達は、彼等のほうがまさにこの異教徒たちに行使した残酷さに、熱意という名を与えなかったか。人々を検討するならば、それが有用である社会にとって誠実な行為の列に入れられないような犯罪はなく、それが有害であるようなある特殊な社会から非難されないような公衆に有用な行為はない、とわかるであろう。

 実際どんな人が認めないであろうか。他人よりも有徳だと自分に告げる自尊心を、〔他人〕より真実であるという自尊心のために犠牲にし、細心の注意で自分の魂の襞の奥底まで探る(*1)ならば、自分が悪徳か有徳かは、もっぱら個人的利害がどういう仕方で変容するかにしかよらないことを(b)。すべての人が〔個人的利害という〕同じ力で動かされていることを。みなが等しく自分の幸福をめざしていることを。私達の徳と悪徳とが決定されるのは、多様な情念と好みとが、公共の福利にかなうか反するかであることを。悪徳な人々を軽蔑するのでなく彼等に同情しなければならず、幸運な天性を持ったことで自らを祝い、自分の幸福を他人の不幸の中に強いて求めさせたかもしれないようなあの〔悪い〕好みや情念を与えなかったことで、天に感謝しなければならない。なぜなら結局人は常に自分の利害に従うからである。そしてそこから私達の判断の不正が生じるのであり、同じ行為に対して、各人がそこから受ける利益あるいは不利益に関係して、正しいとか不正とかの名が生じるのである。

 自然的世界が運動の法則に従うならば、精神的世界はこれに劣らず利害の法則に従う。利害は、この世のあらゆる被造物の目に、あらゆる対象の形態を変える強力な魔術である。私達の平原で草を食むあの平和な羊は、厚い草の葉の中で生きている、あの気づかれない虫たちにとって、恐怖の対象ではなかろうか。彼等は言う、「逃げよう、一口で我々も我々の町も飲み込んでしまう、あの大食で残酷な動物、あの怪物から。どうして奴は獅子や虎を手本にしないのか。これらの善行する動物たちは、我々の住まいを破壊しないし、我々の血を貪らない。犯罪の正しい復讐者として、彼等は羊が我々に行使する残酷さのために、羊を罰するのだ。」このように、異なる利害が対象の姿を変える。獅子は私達の目には残酷な動物である。虫にとっては羊がそうである。だからライプニッツが自然的世界について言ったことは、精神的世界に適用できる。常に運動しているこの世界は、各瞬間に、その住民の各々に、新たな、そして異なる一つの現象〔phénomè ne〕を示すであろう、と。

 この原則はとても経験にかなうので、より長い検討なしで、私が結論する権利を持つと思うことは、個人的利害が、人々の行為の価値の唯一にして普遍的な評価者だ、ということである。またこうして、徳義とは、ある個人に関しては、私の定義に従えば、この個人に個人的に有用な行為の習慣にほかならない、ということである。

 

【原注】

(a)私達の愛憎は、自分が蒙る善悪の結果である。ホッブズは言う。「未開人の状態では、体力ある人しか悪人はなく、政治的状態では、勢力ある人しか悪人ではない。」強者は、この二つの意味で解されると、しかし弱者以上に悪いわけではない。ホッブズはそのことを感じていた。しかし彼は、邪悪さが恐るべきものとなる人々だけに悪人という名が与えられることも、知っていたのである。こどもが怒って拳固をふるっても笑いの種となり、しばしば彼をよりかわいらしくするだけである。しかし強いおとなに対しては苛立ち、彼が殴れば傷を受け、彼は乱暴者として扱われる。

(b)人間的な人とは、他人の不幸をみて耐え難く思う人のことである。そしてこの光景から離れるためには、いわば、不幸な人を救わないではいられない人である。非人間的な人とは、反対に、他人の悲惨の光景が快い光景である人である。〔後者が〕不幸な人々にどんな救助も拒むのは、自分の快楽を延長するためなのである。ところでこんなに異なるこの二人は、それでも二人とも自分の快楽を追求しており、同じばねに動かされている。しかしすべてを自分のために行うのなら、自分の恩人にまったく感謝しなくてよいのか、と言われよう。私は答えよう、少なくとも恩人はそれを要求する権利を持たない、さもなければ彼が行ったことは、契約であって恩恵ではあるまい。タキトゥスは言う、「ゲルマン人達は、贈り物をし合って、どんな感謝のしるしも求めず与えない。」公衆が正当にも、恩を受けた者に感謝の義務を課すのは、不幸な人々に有利であり、恩人の数を増すためである。

 

【訳注】

*1)テキストの fonde sonde の誤植と解した。
2015/05/07 21:17 2015/05/07 21:17
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精神論

                                                                                                          エルヴェシウス著・仲島陽一訳

 

  第二部 社会との関係における精神について

 

  第1章

 

 「学問」とは、事実の、または他人の観念の記憶にほかならない。それゆえ「学問」と区別された「精神」とは、何か新しい諸観念の集まりである。

 精神のこの定義は正しい。哲学者にとってはとても教訓的でさえある。しかし一般に採用されることはできない。公衆に必要なのは、いろいろな精神を互いに比べさせ、それらの力と広がりとについて判断させられるような定義である。ところで、私がいま与えた定義を認めるならば、公衆はどのようにして、ある人の精神の広がりを測るであろうか。この人の諸観念の正確な一覧表を、誰が公衆に示すであろうか。またどのようにして、彼の中の学問と精神とを区別するのか。

 私が既知のある観念の発見者だと主張すると想定しよう。私がこの点で第二の発見者という資格に真に値するかどうかを知るためには、公衆は、私が何を読み、見、聞いたかをあらかじめ知ることが必要であろう。こうした知識を得ることは望むべくもなく可能でもない。しかも、公衆がある人の観念の量と種類との正確な枚挙を行うことができるという不可能な仮定をしても、この枚挙の帰結として、公衆がしばしば才人という資格を与えられると疑いもしない人々を天才の列に入れなければならなくなるであろう、と私は言うが、一般にすべての芸術家がそうである。

 ある技芸がどんなに浮薄なものにみえようと、その技芸は無限の組み合わせを受け入れられる。マルセルが、手を額に当て、目を凝らし、不動の体で、深い瞑想の体勢をし、彼の女弟子が踊るのを見て、「メヌエットに何と多くのことが!」と突如叫ぶとき、この踊り手〔マルセル〕がそのとき、足を曲げたり上げたり組み合わせたりする仕方において、常人の目には見えない技巧(a)を認めたこと、そして彼の感嘆が滑稽なのは、あまりに大きな重要性を瑣事におくことによってだけであることは、確かである。ところでもし踊りの技術がとても多数の観念と組み合わせとを含むならば、それに秀でた女優における朗唱の技術が、政治家が統治の体系を形成するのに用いるのと同じくらいの観念を想定しないかどうか、誰が知ろう。私達の結構な小説をみるならば、完全なコケットの身振りや飾りや練りに練った口説の中に、宇宙についてのなんらかの体系の発見が要求するのと同じくらいの組み合わせと観念とが入り込まないと、誰が保証できよう。またとても異なる分野においては、ル=クヴルール(*1)とニノン=ド=ランクロ(*2)とは、アリストテレスやソロンと同じくらいの才気を持たないと、誰が保証できよう。

 私はこの命題が真であると厳密に証明するつもりはない。ただそれがどんなに滑稽にみえようと、この命題を正確に解決できるような者はいないことを、感じさせたいだけである。

 あまりにしばしば自らの無知に欺かれて、私達はまさにこの無知がある技芸に与える限界を、この技芸〔そのもの〕の限界ととり違えてしまう。しかしこの点で、公衆を正せるものと想定しよう。公衆を啓発しても、彼等の判断の仕方は何も変わらないであろう、と私は言おう。彼等はけっしてある技芸への尊重を、そこで成功するのに必要な組み合わせの数の大小によって測ることはないであろう。①それを枚挙することは不可能であるから。②公衆は精神を、その組み合わせを知ることが重要である視点、すなわち社会との関係によってだけ考慮するに違いないから。ところでこの視点では、精神は、多数または少数の、新しいだけでなく公衆にとって興味深い観念の集まりにほかならない、と私は言おう。そして才人という評判を得るのは、私達の観念の数や繊細さでなく、その巧みな選択のおかげだと言おう。

 実際、もしチェス遊びの組み合わせが無限で、その多数をつくらずにはそこで卓越できないならば、なぜ公衆は、チェスの名人たちに偉大な精神〔の持ち主〕という称号を与えないのか。それらの観念が、公衆には有益でも快適でも教訓的でもないからであり、したがって彼等は、これらの観念を評価することに何の利害関心も持たないからである。ところで、利害関心が私達の判断すべてを主宰する(b)。ある種の間違いの発明は、真理の発見以上に組み合わせと精神とを前提するが、公衆がそれらの間違いを常にほとんど尊重しなかったのは、また公衆がマルブランシュ以上にロックを評価しているのは、公衆がいつでもその評価を自らの利害関心に基づいて測るからである。他のどんな秤で、人々の観念の価値を計るであろうか。各個人は、事物と人々について、自分がそこから受ける快適あるいは不快な印象によって判断する。公衆とはあらゆる個人の集合にほかならない。それゆえその判断の規則としては、自らの有用性〔utilité〕以外にはけっして持つことができない。

 私が精神を考察するこの視点は、思うに、考察されるべき唯一の観点である。それは、各々の観念を評価し、私達の判断の不確実性をこの観点に基づいて固定し、ついには精神に関して人々の意見が驚くほど多様である原因を発見する、唯一のやり方である。この多様性は、人々の情念、観念、偏見、感情、したがってまた利害関心に、絶対的に依存している。

 実際、一般的利害(c)が人々のいろいろな行為に価値をおくようなことがあれば、そしてそれが、それらの行為が、公衆に有用であるか有害であるかどうでもよいかにしたがって、有徳な、悪徳な、または認容される行為という名を与えるようであれば、そしてまさにこの〔一般的〕利害が、人々の観念に付与された、尊重あるいは軽蔑の唯一の分配者ではないならば、とても奇妙なことであろう。

 観念も行為同様に、三つの異なる部類に整理され得る。

 〔①〕有用な観念。そしてこの表現を最も広い意味にとるならば、私はこの語で、私達を教え、あるいは楽しませるのに適したあらゆる観念を理解する。

 〔②〕有害な観念。それは私達に対して反対の印象をつくりだす観念である。

 〔③〕どうでもよい観念。それ自体としてはほとんど快くないが、あるいはあまりにありきたりになったので、私達にほとんど何の印象もつくりださないすべての観念のことを、こう言いたい。ところで、こうした観念はほとんど実在を持たず、いわば一瞬しか、どうでもよい観念という名を保持できない。それらが持続したり継起したりすると、退屈なものとなり、まもなく有害な観念という部類に入ることになる。

 精神のこうした考察法がどれだけ真理に富むかを感じさせるために、私が確立した原理を人々の行為と観念とに次々と適用していこう。そして私は、あらゆる時代、あらゆる場所で、道徳についても精神についてと同様、諸個人の判断を決めるものは個人的利害であり、諸国民の判断を決めるのは一般的利害であることを、証明するであろう。同様に公衆の側でも諸個人の側と同様、称賛するものは愛または感謝であり、軽蔑するものは憎しみまたは復讐であることを、証明するであろう。

 この真理を証明し、人々の行為であれ観念であれ、それらを私達が判断する仕方が類似していることを、正確かつ永続的に気づかせるために、私は徳義〔probité〕と精神とをいろいろな観点で、そして①一個人に、②一小社会に、③一国民に、④いろいろな時代といろいろな国に、⑤全世界に、関係して考察していこう。そして常に経験を、私の探求における案内者とすることで、私はその視点の各々の下で、利害が徳義と精神との唯一の判定者であることを示すであろう。

 

【原注】

(a)身のこなしや体の習慣で人の性格がわかる、とこの踊り手は主張している。ある日ある外国人が、彼の部屋に現れる。「どちらの国の方ですか」とマルセルが尋ねる。「イギリス人です……」「イギリス人、あなたが!」とマルセルが言い返す。「あなたがあの、公民が政治に参加し、主権の一部をなしているあの島の出身であるとは! いいえ、あなた、その腰の低さ、おどおどした目線、確信のない物腰からは、選挙人という資格の奴隷しか、表されていませんよ。」

(b)俗衆はこの intérêt という語を、金銭への愛という意味だけに制限している。啓発された読者は、私がこの語をより広い意味で解していること、私がそれを、私達に快楽をもたらすか苦痛を減らすかし得るすべてのものに一般的に適用していることを感じるであろう。

(c)私はここで神学者でなく政治学者としての資格で語っていることが感じられよう。

 

【訳注】

*1)ル=クヴルール(LeCouvreur,1692-1730)はフランスの女優。洗濯女であったがコメディ=フランセーズで活躍。恋敵に毒殺されたとも。(*2)ニノン==ランクロ(Lenclos,1620-1705)サロンで有名な女性。



仲島先生の本を紹介します。
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2015/05/06 23:18 2015/05/06 23:18
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第一部・第4章 言葉の誤用について

添付画像

 

 間違いの他の原因で、やはり無知によるものは、言葉の誤用と、言葉にあまりはっきりしない意味を付与することである。ロック氏がこの題目をきわめて巧みに扱った(*1)ので、私がそれを検討するのは、この哲学者の著作をみなが等しく念頭においているわけではない読者に、探求の労を省かせるためでしかない。

 ロック以前にデカルトが既に言っていたが、逍遥学派(*2)は、曖昧な言葉の陰に身を隠して、戦いを対等にするために、目ざとい人を暗い洞窟の中に引き込むような盲人たちに似ている。また彼が言うに、この目利きのほうは、洞窟に光を入れることができ、自分が使っている言葉にはっきりした観念を付与するよう逍遥学派に強いるがよい。〔そうすれば〕彼の勝利は確実である、と。それゆえ私は、デカルトとロックに従い、形而上学と道徳学とにおいて、言葉の誤用とその真の意味の無知とは、敢えて言えば、最も偉大な天才たちもしばしば道に迷った迷宮であることを、これから証明しよう。哲学者たちの間で最も長い、そして最も激しい論争をひきおこしたこれらの言葉のうちのいくつかを、例として挙げることにしよう。形而上学においては、「空間」「物質」「無限」などの言葉がそうである。

 物質は感じるか感じないかが、長い間、そしてかわるがわる主張されてきたし、この題目に関して、とても長い間、そしてとても曖昧に論争されてきた(*3)。ずいぶん遅くになってから、何に関して論争されているのかを自問し、「物質」というこの言葉に正確な観念を付与することを思いついたのである。もし最初にその意味を固定していたならば、敢えて言えば、人々が物質の創造者であり、物質は一つの存在ではなく、自然の中には物体という名が与えられる諸々の個体しかなく、物質という言葉によってはあらゆる物体に共通な諸性質の集まりしか理解できない、ということが認められたであろう(*4)。この言葉の意味がこのように規定されたならば、もはや知るべきことはただ、広がり、固さ、不可入性だけがあらゆる物体に共通な性質であるかどうかである。またたとえば引力のようなある力の発見が、物体が他に、たとえば感じる能力のような、何か未知の性質を持っているという疑いを起こし得ないかどうかであるが、この能力は、動物の有機的身体の中でしか現れないが、にもかかわらずあらゆる固体に共通し得る。問題がこの点にまで還元されたならば、あらゆる物体が絶対に無感覚であると証明することは、厳密には不可能であるならば、この題目に関して、啓示によって啓発されていない人はみな、この意見の蓋然性を、反対の意見の蓋然性と比べて計算することによってしか、問題を解決できないことを、感じ取ったであろう。

 この論争を終わらせるには、したがって、世界についてのいろいろな体系をうちたてたり、可能性の組み合わせの中に迷い込んだり、これらのとてつもない精神的努力を行ったりする必要はまったくなかったのであるが、そうした努力というものは、多かれ少なかれ巧みな間違いにしか達しなかったし、実際そうならざるを得なかったのである。実際(ここで注意することを許されたいが、)観察をできる限り利用しなければならないならば、観察とともにだけ歩み、観察が私達を見捨てるときには立ち止まり、未だ知り得ないことは知らないでいる勇気を持つことが必要である。

 私達に先立つ偉人たちの間違いに教えられて、私達が感じ取らざるを得ないのは、増やされ、集められた観察では、一般的体系の中に含まれるこれらの部分的体系のいくつかを形成するのに辛うじて十分であることである。今まで宇宙〔全体〕の体系を引き出してきたのは、想像力の深みからだということである。そしてもし、私達から離れた国々の断片的な情報しか持たないならば、哲学者たちは、世界の体系の断片的な情報しか持たない、ということである。たくさんの才気と組み合わせとをもってしても、彼等は、時と偶然とが、すべての他の事実がそこへと関係し得るような一事実を与えてくれるまでは、いつまでも寓話しか論じていないであろう。

 物質という言葉について言ったことを、空間という言葉についても言おう。大部分の哲学者はそれを一つの存在とし、この言葉の意味についての無知が、長い論争(a)をひきおこしてしまった。もしこの言葉にはっきりした観念を付与したならば、それを短縮したであろうに。そのときには彼等は認めたであろう。空間は、抽象的に考察されれば、純粋の無であると。物体の中で考察されれば、広がりと呼ばれるものであると。部分的に空間の観念を構成している真空の観念は、二つの高い山の間に認められる間隙のためであると。この間隙というのは、空気、すなわちある距離からだと私達にどんな感覚的印象も与えない物体によってしか占められていないので、真空の観念を与えないわけにはいかなかったものであり、そしてこの真空の観念というのは、遠い山々相互を、それらを隔てる距離がどんな物体によっても占められることなく表象する可能性以外のものではない。

 「空間」の観念に含まれる「無限」の観念に関して言えば、私達がこの無限という観念を持つのは、平原におかれた人間が、この点で、自分の想像力がとまるべき終着点を固定できず、たえずその極限を後退させることについて持つ能力のためである。それゆえ「限界の不在」が、どの分野であれ、私達が無限について持ち得る唯一の観念である。もし哲学者たちが、この題目に関してなんらかの臆見を確立する前に、「無限」というこの言葉の意味を確定しておいたならば、思うに、この定義を採用せざるを得なくて、浮ついた論争に時を失うことはなかったであろう。言葉の真の意味について私達が陥っている粗野な無知は、主に今までの数世紀の間違った哲学者たちのせいにしなければならない。こうした哲学とは、ほとんどまったく言葉を誤用する技術のうちにあった。スコラ学者たちの学問全体をなしていたこの技術は、あらゆる観念を混同していた。そしてそれがあらゆる表現に投げかけた闇は、一般にあらゆる学問に、そして主に道徳学に広がっていた。

 有名なラ=ロシュフコー(*5)氏が、「自愛心は私達の行為すべての原理である」と言ったとき、この「自愛心」〔amour-propre〕という言葉の真の意味についての無知が、どれだけの人々をこの著名な作家に対して憤激させたであろうか。自愛心は高慢〔orgueil〕および虚栄心〔vanité〕と解された。したがってラ=ロシュフコー氏は、あらゆる美徳の源を悪徳の中におく、と想像されたのである。しかしながら認めるのが容易であったのは、自愛心または自己愛〔amour de soi〕は、自然によって私達の中に刻まれた感情にほかならない、ということである。この感情は各々の人において、彼を動かす好みや情念によって、悪徳にも美徳にも変形するということであり、自愛心は、種々に変容されることで、高慢も慎みも等しく生み出す、ということである。

 これらの観念を知れば、ラ=ロシュフコー氏が、人間性をあまりに悪くみたという、あれほど繰り返された非難は、防がれたであろう。彼は人間性を、あるがままに認めたのである。私達に対してほとんどすべての人が無関心であるとはっきりとみてとることは、私達の虚栄心にとっては心が痛む光景であるとは認める。しかし結局のところ、人々をあるがままに解さなければならない。彼等の自愛心の作用に対していらだつのは、春のにわか雨、夏の暑さ、秋の雨、冬の氷について嘆くことである。

 人々を愛するためには、彼等にあまり期待してはならない。彼等の欠点を怒らずにみるには、そのことで彼等を許すことに慣れ、寛大さは、人間性の弱さが知恵に要求する権利を持つ正義である、と感じ取らなければならない。ところで、ラ=ロシュフコー氏が持ったような、人間の心についての深い認識ほど、私達を寛大にし、私達の心を憎しみから閉ざし、それをやさしくて人情味のある道徳の原理へと開くのにふさわしいものは何もない。だから、最も啓蒙された人々は、ほとんど常に、最も寛大である。人間性〔人類愛〕についてのどれだけ多くの格律が、彼等の作品の中に広まっていることであろう! プラトンは言った、「諸君より目下の者や召し使いたちとは、不幸な友達とのように暮らせ。」あるインドの哲学者は言った、「私はいつも、金持ちが叫ぶのを聞くだろう、主よ、私達から財産のひとかけらでも奪う者は誰でも叩いてください、と。他方、両手を天へと広げて嘆く声で、貧乏人は言う、主よ、あなたが金持ちに惜しまず与える財産を私に分けてください、そしてもし、もっと不運な人々がその一部を私から奪っても、私はあなたの復讐を嘆きますまい、そして私はこうした盗みを、種蒔き時に、鳩が畑に広がってそこで自分の糧を得るのを人が見る際の目で〔見ないふりをして〕考えましょう。」

 さらに、自愛心という言葉が、誤解されて、多くの才気乏しい者たちをラ=ロシュフコー氏に反対させたとしたら、「自由」という言葉は、もっと深刻などんな論争をひきおこしたであろうか。それはもし、マルブランシュ(*6)氏と同様な真理の友であるすべての人々が、この有能な神学者がその『自然的先動』の中で、「自由は一つの神秘である」と認めたようにしたならば、簡単に終わったであろう論争である。彼は言う、「この質問をおしつけられると、私は突然立ち止まらざるを得ない。」それは、普通の意味に解された「自由」という言葉のはっきりした観念を形成できないからではない。自由な人とは、鉄鎖につながれても牢獄に拘禁されてもおらず、奴隷のように罰の心配におびえてもいない人である。この意味では、人間の自由とは、彼の能力の自由な行使の中に存する。私が彼の能力のと言うのは、私達が、鷲のように雲を突き抜けたり、鯨のように水の下で生きたり、王、教皇、皇帝になったりする能力がないことを「不自由」と解するのは、滑稽であろうからである。

 それゆえ人は、普通の意味にとられた、「自由」というこの言葉の意味についてのはっきりした観念は持っている。この「自由」という言葉を、意志に適用するときには同様ではない。そのときの自由とは何であろうか。この言葉によって、ある事柄を欲したり欲しなかったりする自由な能力を意味することしかできまい。その能力は、動機なき意志が、したがって原因のない結果があり得ることを意味するであろう。それゆえ、私達が善および悪をわがために等しく欲し得ることが必要であろう。これは絶対に不可能な想定である。実際、快楽への欲望が、私達の思想と行動すべての原理であるならば、あらゆる人がたえず現実的または外見上の自分の幸福をめざすならば、私達の意志はみな、この傾向の結果にほかならない。<ところで、すべての結果は必然的である。>この意味では、それゆえこの「自由」という言葉には、どんなはっきりした観念も付与できない。しかし、たとえ人が幸福を認めるあらゆるところにそれを追求することにおいて必然的だとしても、幸せになるために使う手段の選択に関しては自由なのではないか、と言われよう(b)。そうだ、と私は答える。しかし「自由な」はそのとき「啓蒙された」と同義に過ぎず、この両概念を混同しているだけである。人が手続きや判例をどれだけ知っているかにしたがって、また自分の訴訟においてどれだけ有能な弁護士に指導されるかにしたがって、彼はよりよい、またはより悪い決定をするであろう。しかしどんな決定をするにせよ、自分の幸福への欲望が、彼を常に、自分の利害、自分の好み、自分の情念、そして結局は自分の幸福と彼がみなすものに最も好都合と彼に思われる決定を選ぶように<彼を常に強いる>させるであろう。

 自由の問題を、哲学的にはどう説明できようか。もしも、ロック氏が証明したように、私達が友人、両親、読む本、そして結局私達のまわりのあらゆる対象の生徒であるならば、私達の思想と意志はすべて、私達が受け取った印象の直接的な結果、あるいは必然的な帰結でなければならない。

 それゆえ、意志に適用されたこの「自由」という言葉については、どんな観念も形成できない(c)。それは一つの神秘として考察されなければならない。聖パウロとともに、「オオ深ミヨ!」と叫ばなければならない。神学だけがこうした題材に関して説くことができ、自由についての哲学的論文は、原因なき結果についての論文に過ぎないであろうと認めなければならない。

 永遠の論争と禍のどんな芽を、言葉の真の意味についての無知がしばしば含んでいるかが見て取られる。ほとんどすべてが言葉の誤用に基づく神学上の論争と憎しみとによって流された血については語らないとしても、他のどんな不幸を更に、こうした無知が生み出さず、またどんな誤りに諸国民を投げ込まなかったであろうか。

 こうした間違いは人が思う以上に多い。あるスイス人について次の小話がつくられている。彼にはチュイルリー宮殿の門の一つが任され、誰をも通さないように言われていた(*7)。ある市民がそこに現れる。「入れません。」とスイス人が言う。「だから、」と市民が答える、「わしは入りたいのでなく、ポール=ロワイヤルから出たいだけだ……」「ああ、出るということなら、」とスイス人はまた言う、「通ってかまいません」(d)。誰がこれを信じるであろうか。この小話はローマ人民の歴史である。カエサルは公共広場に現れ、戴冠されたいと望んでいる。そしてローマ人達は、王政という言葉に正確な観念を付与できないので、「王」という名では拒む権力を「終身独裁官」という名では認めるのである。

 ローマ人について言ったことは、君主のあらゆる大臣、あらゆる次官にも等しく適用できる。人民の間でも主権者の間と同様、言葉の誤用のためになんらかの粗雑な間違いに陥らなかったものはない。この罠を免れるためには、ライプニッツの勧告に従い、各語の正確な意味が規定されているような哲学的言語を構成すべきであろう。そのときには人々は理解し合い、自らの観念を厳密に交換し合うであろう。言葉の誤用のために永遠に続く論争は終わるであろう。そして人々は、あらゆる学問において、同じ原理を適用することをまもなく強いられるであろう。

 しかし、これほど有益でこれほど望ましい企ての実行は、たぶん不可能である。言語の発明は、哲学者でなく必要のおかげである。そして必要は、この分野では、満足させにくいものではない。したがってはじめは、若干の言葉になんらかの間違った観念が付与されてしまった。続いてこれらの観念とこれらの言葉が、相互に組み合わされ、比べられた。新しい組み合わせのたびに新しい間違いが生み出された。これらの間違いは増え、そして増えることですっかり複雑になったので、今では苦痛と果てしない仕事なしでは、その源を発見しあとづけることは不可能であろう。言語も代数計算と同じである。はじめになんらかの間違いが忍び込む。これらの間違いは気づかれない。この最初の計算に従ってまた計算が行われる。命題から命題へとたどっていくうちに、まったく滑稽な帰結へと着いてしまう。その馬鹿馬鹿しさが感じられる。しかし最初の間違いが忍び込んだ場所をどうやって発見するのか。そのためには、莫大な数の計算をやり直し検証し直さなければなるまい。不幸なことに、それを企てられる人はごく少なく、とりわけ権力者たちの利害がこの検証に対立するときには、もっと少ない。

 私は私達の間違った判断の真の諸原因を示した。精神のあらゆる間違いは、その源を、あるいは情念の中に、あるいはある種の事実についてであれ、ある種の言葉の真の意味についてであれ、無知の中に持つことを示した。それゆえ間違いは、人間精神の本性に本質的に付着しているものではない8)。それゆえ私達の間違った判断は、偶有的諸原因の結果であり、これらの原因は、感じる能力から区別される判断する能力を、私達の中に想定しない。それゆえ間違いは偶有性に過ぎず、そこから帰結するのは、すべての人が本質的に正しい精神を持っている、ということである。<人々は自分がみていないものをみるという意味で、正しい精神を持っていないとは言えない。しかし彼等は、もしもっと注意を払ったならば、また対象が何であるかを宣告する前にそれをよく見ることに専心するならば見るはずのようには見ない、という意味ではそう言える。こうして「判断する」とは、ある対象が他の対象ではないことを見て取る、あるいは感じ取ること、あるいは、ある事物はある他の事物と、求められ想定されるあらゆる関係を持ってはいないのを感じ取ることにほかならない。>

 これらの原理が一度認められると、「判断する」とは、既に証明したように、本来「感じる」ことにほかならないのと告げるのを、今や何も妨げない9)

 この第一部の一般的結論は、精神は、あるいは私達の思考を生み出す能力として考察でき、そして精神はこの意味では、感性と記憶力とにほかならない10)ことになるが、あるいは精神はまさにこれらの能力の結果とみなされ、この第二の意味では、精神は思考の集まりにほかならず、各人において、その人が持っている観念の部分と同じ数だけ下位区分され得るものである。

 以上がそれ自体において考察された精神が現れてくる二つの相である。今や社会との関係における精神が何であるかを検討しよう。

 

【第一部第4章 原注】

 

 (a)クラーク11)とライプニッツの論争をみよ。

 (b)精神の中断〔判断停止〕を自由の証拠とみなす人々もいる。判断においては、中断も促進と同様に必要であることに、彼等は気づいていない。すなわち、検討せずになんらかの不幸に身をさらしたとき、不運に教えられて、自己愛は私達に中断を強いるに違いない。

 同様に熟慮[délibération]という言葉に関しても間違いが起こる。たとえばほとんど等しくほとんど釣り合っている二つの快楽の間で選ばなければならないとき、私達は熟慮していると思い込む。しかしながらそのとき、ほとんど等しい二つの重りの間で、重いほうが天秤の皿の一つを傾ける際ののろさを、そのとき熟慮と解しているだけである。

 (c)「ストア派の人々は次のように言った。自由とは妄想である。私達をある仕方で動かすことを決定する、動機を知らず、状況を集められないので、自分たちが自由だと信じているのである。人間が自らを決定する能力を本当に持つと考えられようか。彼をおしやり、彼を決定するものは、むしろ、無数の異なるやり方で組合わされた、外的諸対象ではないのか。彼の意志は、選択せず恣意的に働く、曖昧で独立した能力なのか。この意志は、ある事柄が他のあらゆる事柄よりも彼の利害により有利であると示す、ある判断、ある知性の働きの帰結としてであれ、こうした働きから独立して、ある人が自分を傾かせると思う諸状況が彼をある側へと向けるように強いるのであれ、働く。そして彼はそのとき、別の側に向くことを欲し得ないにもかかわらず、自由にそちらに向いたと思い込んでしまうのである。」〔デュラン〕『哲学の批判的歴史』

 (d)モンテーニュは言う、大法官が長衣と長いかつらをつけ、とりすました様子でいるのを見ると、まさにこの大法官が結婚の仕事を行使するのが描かれるよりも、つくられるべきもっとおもしろい描写はないにしても、たぶんそれでも、若干の宰相が閣議に座って、このスイス人のように、「ああ、出ることが問題なのでしたら、あなたは通ってよろしい。」と論述し結論づけるために際の心配気な様子ともったいぶった重々しさを見れば、これに劣らず笑いたくなるであろう。この言葉の適用はとても簡単で、とても頻繁なので、この点では読者の賢慮に委ね、彼等がいたるところでスイス人哨兵をみいだすであろうと確言できる。

 私はこの件で、かなりおもしろい一事実をさらに報告せずにはいられない。国務大臣に対するあるイギリス人の答えである。大臣が廷臣に言った。いくつかの黒人の国民の下で会議が行われる仕方以上に滑稽なものは何もない。大きな水壷、または半ば水が入った椀が1ダースばかり置かれた集合所を思い描くがよい。1ダースの大臣が、裸で、重々しい足取りで赴くのはそこである。この部屋に入ると、各人が自分の水壷の中に飛び込み、首までつかり、この姿勢で国事に関して論議し、熟慮する、と。しかしあなたは笑わないね、と大臣が自分に一番近い紳士に言った。それは私が毎日もっとおもしろいことを何か見るからです、と彼は答えた。いったい何だ、と大臣がまた聞いた。壷だけが会議を開く国です。

 

【第一部第4章 訳注】

*1)ロック『人間知性論』第三巻参照

*2)逍遥学派とはアリストテレスの弟子たちを言う。

*3)たとえばロックは物質が思考する可能性を述べて論議をよんだ。(*4)エルヴェシエスが唯名論的立場にあることがわかる。

*5)ラ=ロシュフコー(La Rochefoucauld,1613-80:フランスのモラリスト。侯爵として軍務についたが、陰謀に加わり投獄。フロンドの乱にも参与して敗れ、引退後『箴言』(1665)のような悲観的で辛辣な著作をものした。

*6)マルブランシュ(Malebranche,1638-1715):フランスの哲学者・神学者。オラトリオ会の修道士。デカルト哲学とキリスト教の調停に努め、心身問題等の解決のために「機会原因論」を提唱した。主著に『真理の探究』(1674-75)。エルヴェシエスが彼を「真理の友」と言っているのはこれに基づく。ただし両者の思想は基本的には対立するので、皮肉として言っているかもしれない。

*7)チュイルリー宮殿はフランスのブルボン王家がパリにもっていた宮殿の一つ(現在公園のあるところ)。なお当時スイス人は貧しかったため、各国の宮廷に傭兵として出稼ぎに出ることが多かった。

*8)「自分の分割が正確であることをあなたは証明しなかった。それゆえあなたの結論は必然的でなく、この点で私があなたに同意しないことを妨げない」(Rousseau,notes sur <De l’esprit>,Œuvres complètes,t.4,Gallimard,1969,p.1124)。

9)「この点であなたは、『感じる』という語に『判断する』という語に私達が与える意味を加えているのでないならば、何も証明しなかった。あなたは本質的に異なる二つの能力を同じ語の下に結びつけている」(ibid.)。

10)「感性、記憶、そして判断力」(ibid.)。

11)クラーク(Clark,1675-1729)はイギリスの宗教家・哲学者。ニュートンの立場を代弁して空間の本質などについてライプニッツと論争した。



仲島先生の本を紹介します。

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2015/05/05 18:50 2015/05/05 18:50
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    第一部 第3章 無知について

 

 私達が間違えるのは、情念にひきずられて、注意を対象の一側面だけに固定して、この一面だけによって、対象全体を判断しようとするときである。私達が間違えるのはまた、自分をある題目の審判者とみなしながら、私達の記憶が、その分野で決定の正しさが依存する、あらゆる事実と比較とをもっていないときである。これは、各人が正しい精神を持たない、という意味ではない。各人は自分の目に入るものはよく見て取る。しかし、誰も自分の無知については十分に警戒しないので、ある対象において自分が見ているものが、そこに見て取れる一切であると、あまりにたやすく信じてしまうのである。

 少し難しい問題においては、無知は、私達の間違いの主要な原因とみなされなければならない。こうした場合に、自分自身に幻想を持つことがどれだけたやすいか、そして原理から常に正しい帰結をひきだす際に、人々がどのようにしてまったく矛盾する帰結に至るかを知るために、少し複雑な問題を例として選んでみよう。それは贅沢の問題であって、それに関しては、どの面から考察したかにしたがって、非常に異なる判断が下されてきたのである。

 「贅沢」という語は曖昧であり、よく規定されたどんな意味も持たず、ふつうは相対的な表現でしかないから、厳密な意味において解されたこの「贅沢」という語に、はっきりした観念を付与することが、まず必要である。そして次に、一国民との関係において、そして一個人との関係において考察された贅沢の定義を与えることが必要である。

 厳密な意味においては、「贅沢」によって、あらゆる種類の余剰を、すなわち、人間の保存に絶対に必要ではないあらゆるものを理解すべきである。文明民族と、それを構成する諸個人とが問題になるときには、この「贅沢」という語はまったく別の意味を持つ。それは絶対的に相対的になる。文明国民の贅沢とは、この国民と比べられる民族が余剰と名付けるものに、その富を用いることである。<スイスとの関係におけるイギリスの場合がそれである。>

 贅沢は、個人においては同様に、その人が国家において占める地位、そして彼が生きる国を顧慮して余剰と呼ばれるべきものに、彼がその富を用いることである。ブルヴァレ(*1)の贅沢がそれであった。

  この定義が与えられたところで、諸国民の贅沢を、ある者は国家に有益なものとして、他の者は有害なものとしてみたとき、どんな異なる観点から考察してきたのかをみてみよう。

 前者が目をつけたのは、贅沢がつくりだし、外国人が国民の産業と引き換えに自らの財を交換したがる、あの工業製品である。彼等がみるのは、富の増加がその帰結として贅沢の増加に、そして贅沢を満たすのに適した技芸の完成に導くことである。贅沢の時代は、彼等には、国家の偉大さと力の時代と思われる。贅沢が前提しまたひきつける潤沢な金銭は、国民を対内的には幸福に、対外的には恐るべきものにする、と彼等は言う。金銭によってこそ、多数の軍団を雇い、貯蔵庫を建て、武器庫を満たし、強大な君主たちと契約や同盟をし、要するに一国民がより数多い諸民族に、抵抗できるだけでなく命令もできる。贅沢が国家を対外的に恐るべきものにするのなら、どんな幸福を、対内的にもたらすであろうか。それは習俗をやわらげる。あらたな快楽をつくりだし、これを手段として無数の労働者の生活資料を供給する。人類の最も普通の、最も残酷な病の一つとみなすべきあの無気力、あの倦怠を人間から抜き取る有益な渇望を、それはひきおこす。いたるところで活気づける熱を広げ、国家のあらゆる成員の中に生命を循環させ、産業をめざめさせ、港を開かせ、そこに船を導き、それらに大洋を横断させ、そしてついには、吝嗇な自然によって海洋の淵、大地の底に閉じ込められ、無数の異なる気候帯に散らされていた産物と富とを、あらゆる人の共有にする。ほぼ以上が、思うに、それを国家に有益と思う人に、贅沢が現れる視点である。

  いまやそれを国民に有害とみなす哲学者に、贅沢が現れる視点を検討しよう。

 一民族の幸福は、対内的に享受している至福と、対外的に受ける尊敬とに依存する。

 第一の対象に関しては、贅沢とそれが国家にひきよせる富とは、もしその富が、これほど不平等に分配されるのでなければ、そして各人が貧しさのために断たざるを得ない便益を得ることができるなら、国民を豊かにするであろうにと我々は考える、とこうした哲学者たちは言うであろう。

 それゆえ贅沢が有害なのは贅沢としてではなく、単に、公民の富の間の大きな不均衡の結果としてである(a)。だから、富の分配があまりに不平等でないときには、贅沢はけっして極端ではない。それは富が少数者の手中に積み重なるにしたがって増大する。国民が、一方は余剰に富み、他方は必要品に欠ける二つの階級に分かれたとき、それはついに最後の点に達する。

 ひとたびこの点に達すると、国民の状態は癒し難いだけにいっそう残酷なものとなる。そのときにはどのようにして、なんらかの平等を公民の財産の中に再興するのか。富んだ人間は、大きな所領を買っているであろう。隣人たちを邪魔して利益が得られるので、彼はわずかの間に、無数の小さな所領を自分のまわりに集めているであろう。地主の数は減り、日雇い人の数は増えたであろう。仕事よりも労働者のほうが多くなるのに十分なほど後者が増えたときには、そのときには日雇い人〔の運命〕は、あらゆる種類の商品の流通に従うが、その価値は、商品が一般的であるときには減るのである。しかも、富以上の贅沢を持つ富んだ人間は、日当を下げること、日雇い人の生活資料に絶対に必要な支払いしか提供しないことに利害関心を持つ(原注b)。必要が後者に、それだけにすることを強いる。しかしもし、なんらかの病気が、あるいは家族の増加などが彼を襲うならば、健全な、あるいは十分に豊かな食物がないので、彼は虚弱になり、死に、そして乞食の一家を国家に提供する。こうした不幸を防ぐためには、土地の再分配に頼らなければならないであろう。いつでも不当で、実行不能な分配に。それゆえ、贅沢がある地点に達したら、公民の財産の間にどんな平等を再興することも不可能なのは、あきらかである。そのときには金持ちと富とは、快楽と贅沢の技芸とが彼等をひきつける首都へと向かう。そこで田野は未耕で貧しいままとなる。七・八百万の人間が貧困の中で呻き(c)、五・六千の人間が、彼等をより幸せにすることなく憎むべきものにする富裕の中で生きる。

 実際、人の幸福に、彼の食事の卓越の程度が、何を付け加えられようか。そうひどくもないすべての料理をすばらしいと思うには、空腹を待ち、彼の料理人の味付けの悪さに、運動や散歩の長さをつりあわせることで十分ではあるまいか。しかも、粗食と運動とは、美食によっていらだつ大食がひきおこすあらゆる病気を、追い払ってはくれないであろうか。それゆえ幸福は、食事の卓越にはない。

 それはまた、服や身なりの立派さにも依存しない。刺繍した衣服で包まれ、輝かしい馬車を伴って公衆の面前に現れても、唯一現実的な快楽である身体的快楽は体験されない。せいぜいのところ、虚栄心の快楽を感じるだけであって、その喪失はたぶん耐え難いが、その享受は味気無い。自分の幸福を増すことなく、金持ちの人間は、自分の贅沢をみせびらかすことで、人間愛と不幸な人を傷つけるだけであり、後者は、貧困のぼろきれと富裕の服とを比べ、金持ちの幸福と自分の幸福との間には、両者の服の間に劣らぬ違いがあると思い込む。彼はこの機会に、耐えなければならない苦痛の苦い思い出を甦らせる。そして自分が、不幸な者の唯一の気休め、自分の悲惨の一瞬の忘却をこうして奪われていると思うのである。

 これらの哲学者たちは続けるであろう。それゆえ、贅沢は誰の幸福もつくりださない、と。そして、公民の間のあまりに大きな不平等を前提すると、贅沢は、彼等の間の最大多数者の不幸を前提することになる、と。贅沢が導入される民族は、それゆえ対内的に幸福でない。では対外的に尊敬されるかどうかをみてみよう。

 贅沢が一国家にひきよせる潤沢な金銭は、まず想像力に尊敬の念を起こさせる。この国家は、ある場合には、強力な国家である。しかしこの利点は、(なんらかの利点が公民の幸福から独立して存在し得ると想定して、)ヒューム(*2)氏が認めるように、一時的な利点にすぎない。無数のいろいろな地方の浜を洗っては去る海洋によく似て、富は無数のいろいろな風土を次々に経巡らざるを得ない。その製品の美しさと、贅沢の技芸の完全性とによって、一国民が隣接する諸民族の金銭をひきよせたときには、商品と手工業品との価格は、貧しくされた諸民族の下で安くならざるを得ないのは明らかである。そしてこれらの民族は、製造業者や労働者を、この国民から奪うことで、今度はその国に、この国民が自分たちに供給していた商品をより安く供給することで、その国民を貧しくすることがある(d)。ところで、金銭の欠乏が、贅沢に慣れた国家の中で感じられると、国民は軽蔑の中に落ち込む。

 そこからのがれるためには、単純な生活に近づかなければなるまい。そして習俗が、法律同様それに対立する。だから、一国民の最も贅沢な時代は、ふつうその転落とその堕落に最も近い時代である。贅沢が伝える外見上の至福と権力とは、ある期間は、諸国民にとって、激しい熱が病人を襲うが、そのため興奮状態において信じられない力を付与されることに比べられる。そしてそれは、人の力を増すようにみえるが、その結果はひとえに、その過剰が衰えると、まさにこの力と生命とを、彼から奪うことである。

 さらにこれらの哲学者たちは言うであろう。この真理を確信するために、一国民をその隣人に対して真に尊敬させるはずのものは何かを探求しよう。それは異議なく、その公民の数と力、祖国に対する彼等の愛着、そして最後に、彼等の勇気と徳である。

 公民の数に関しては、周知のように、贅沢の国は最も人口が多いわけではない。また同じ広さの耕地においては、スイスはスペイン、フランス、そしてイギリスよりも多くの人口を数えることができる。

 大きな通商(e)が必然的にひきおこす人々の消費〔損傷〕は、そうした国においては、人口減少の必然的な原因ではない。贅沢は