西郷隆盛

仲島陽一

 

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【1 序】 西郷隆盛は、歴史上の人物の人気投票をしたら、おそらく十指に入る有力な候補である。西郷についての私の考察は、明治維新との関連が重きを占めることになろう。まず次の問いを立てたい。①西郷はなぜ倒幕を決意したのか。その際彼は幕府に替わるものとしてどのような政権(および政策)を思い描いていたのか。②明治維新における西郷の位置および意味は何であったのか。③西郷はなぜ「征韓論」を唱えたのか。④西郷はなぜ「西南戦争」の将となったのか。

 第一の課題は以上の四つであるが、ついでに「西郷人気」の理由についても考えてみなければならない。①「判官びいき」としての西郷人気はわかりやすい。「革命」の功労者でありながら「冷徹」な「権力者」によって賊の汚名をきて非業の最期、というのは九郎判官義経と同じ図式である。とりわけ勝者である岩倉・大久保政権が必ずしも「大衆の味方」とは言えないだけに、その敵となった西郷への同情はわかりやすい。しかし私ははじめからこうした講談的評価には同感しなかった。義経に対する頼朝の裁きを正当とみる歴史的認識を持っていたのと同様、西郷の立場が大久保よりも「右」であり、その反抗はより反動的な側からのものであったことを認識していたからである。(塩冶判官や伊藤に追い落とされた大隈には同情ができる。)②しかしまた西郷の人気は、その「人柄」へのものがある。これに対して一部はもっともと思う半面、警戒心も抱きたくなる。そのような「人柄」は、今日、保守政治家においてときにみられる、あるいは彼等において比較的「理想」とされるものだからである。それははたしてすんなりと受け入れてよいものか。また伝えられるその「人柄」はそのまま実像とみてよいのか。少し調べていくうちに、「謀略政治家」西郷という面も目に入ってきただけに、考え直してみたい問題ではある。

 【2 幼少期・青年期】 西郷隆盛は、1827(文政10)年、薩摩藩の鹿児島で生まれた。幼名は小吉、青年時代は主に吉之助、維新後は父と同名の隆盛を名乗った。父の隆盛は郷士で、勘定方小頭を勤めていた。家は貧しく、隆盛を第一子に七人の子を得た(三男が従道)。同じ町の三つ年下に大久保利通がおり、早くから仲良しだった。

 1844年、18歳で郡方書役助の職につく。のち書方に昇進し、27歳まで勤めた。農村を巡回して村役人を監督指導する役である。

 【3 斉彬のもとで】 1851年、薩摩藩では島津斉彬が藩主となった。幕末の藩主で最も開明的な人物である。言路洞開に努めた彼は、西郷をその意見書によって注目する。ペリー来航の翌54年、藩主としての最初の参府となった斉彬は、随行した西郷を庭方役につけた。外交的根回しの任であり、水戸・越前などとの交渉に用いられた西郷は、藤田東湖、橋本左内などと交わるようになり、識見を高めた。57年、斉彬は西郷らを伴い帰藩。西郷は途中京都で僧月照に合う。

【4 逆境の日々】 同年、開明派の老中阿部正弘が39歳で病没。再び江戸詰を命ぜられた西郷は、将軍の後継ぎに一橋慶喜をつけるために奔走した。しかしこれに対抗した彦根藩の井伊直弼が巻き返して58年、大老になり、通商条約に調印するとともに将軍後継ぎを紀州の慶福とした(同年就任家茂)。徳川斉昭(水戸)・松平慶永(越前)・徳川慶恕(尾張)を謹慎、彼等が擁立しようとした慶喜を登城停止として弾圧を始めた(安政の大獄)。島津斉彬は薩摩で病没した。絶望した西郷は帰郷して殉死を思ったが、月照に止められた。その月照に幕府の追及が及んだので、西郷は彼を薩摩に落とした。しかし斉彬後の新藩主忠義の父として実権を握った久光は幕府をはばかり、月照を見殺しにすることにした。死を覚悟した彼に西郷は責任を感じ、ともに入水したが、彼だけが生き返り、奄美大島に流された。

 しかし1860年に桜田門で井伊は斬られ、情勢は変わってきた。島津久光は大久保利通らを連れ、挙兵上京を策した。この策を成功させるため西郷に帰藩命令が下り、62年2月に鹿児島に戻り、3月に発った。京阪に先乗りしていたいわゆる尊攘激派の暴発を抑えるため大阪に向かった西郷は、もとから彼に反感を抱いており彼への讒言を受けた久光によって、徳之島送りに処せられ、8月、さらに沖永良部島に移された。

【5 復帰と活躍】 1863年8月、薩摩と会津を中心とする公武合体派は宮廷クーデターに成功し、長州派公卿を追放した。彼等は権力の新たな中心として64年、参与会議(久光のほか、慶喜、春嶽、容堂、伊達宗城、松平容保)をつくったが、結束できず久光は孤立した。大久保利通による再登用の提議が容れられ、3月、赦免を受けた38歳の西郷は入京し、軍配役に任じられた。6月、池田屋の変で、長州を中心とする尊攘派が新選組によって大きな打撃を受けた。激高した長州は三家老を立てて武装上洛した。朝廷は動揺し、内大臣近衛忠房は西郷を呼んで意見を求めた。彼が是とした慶喜の論により、長州討伐の方針に定まった。7月、長州軍は攻撃を開始(禁門の変)。宮廷を守る十余藩の主力である薩摩軍はおおいに活躍して長州勢は撃退され、久坂玄瑞も戦中で死んだ。指揮に当たった西郷は名を高めた。彼は朝命が下った征長で長州をたたきのめすつもりであった。

【6 勝との出会いで転換】 このとき西郷は1864年9月、勝海舟とはじめて会った。その第一印象を彼は、「実に驚き入り候人物にて、最初は打ち叩くつもりにて差越し候処、とんと頭を下げ申候」と大久保利通に書き送っている。「どれだけか知略の有るやら知れぬあんばいに見受け申候。……現事に臨み候ては、この勝先生とひどく惚れ申候」と告白させたこの幕府は、彼を軍艦奉行から罷免し、海軍操練所も閉鎖した幕府の腐敗ぶりをあけすけに話し、諸藩の尽力による改革も無益とした。ではどうしたらよいか。「明賢の諸侯四、五人も御会盟」して新政策を出せば「天下の大政も相立ち、国是相定ま」るという。これを聞いた西郷は「一度此策を用い候上は、いつまでも共和政治をやり通さず候ては相すみ申すまじく」と大久保に書いている。井上清によれば、この勝の「賢侯会議」、西郷の「共和政治」(無論本来の共和政のことではない)は、朝廷の諮問機関に過ぎなかった「参予会議」とは異なり、将軍を(最大の領主として相当の地位を与えつつも、)最高の執政権者とするのでなく、「雄藩連合」による日本全体を支配する政権(構想)であるという。それまでの西郷の意図は、薩摩藩が幕政に強力に参与することを通じた改革、であったろう。幕薩連合から、雄藩連合による政権へと、西郷の政治目標は変わった。これはいまだ倒幕論ではない。ただしこれによって長州をつぶすことや、それによって幕府権力を強化することはかえってよくない、という認識に転じた。10月、尾張藩主徳川慶勝が総督となり、その下で総参謀になった西郷は、戦わずに収拾する策を練った。11月広島に着く。三家老の切腹、藩主父子の謝罪などの成果をおさめた。尊攘派公卿の追放については、殺される覚悟で下関にはいり、この条件で征長軍を解兵させたほうが有利であることを高杉晋作や山県有朋に説いて容れられ、慶勝は12月に解兵した。

薩摩に帰る西郷に、勝は、操練所閉鎖で行き所をなくした門下生で、土佐脱藩の坂本龍馬を託した。坂本は西郷に紹介されたときの印象を勝にこう答えた。西郷は馬鹿である。その馬鹿の幅がわからない。小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る。

この後幕府(引っ張ったのは将軍家茂でなく慶喜か?)は6510月、条約の勅許を勝ち取り、この問題を主導権獲得に利用しようとしていた雄藩連合派をくじいた。同月勢いに乗じて長州再征の勅許も得たが、これには従わない藩も多く、むしろ苦境を招いた。慶喜らとしては、長州をつぶして一挙に徳川絶対主義体制をつくろうとしたのであろうか。長州は、木戸・大村を中心にこれに備えるとともに、薩長同盟を結ぶという運びになる。661月、坂本龍馬の仲介で成立するこの第一次同盟は、防衛のためである。幕軍に対抗して藩を守るとか、藩主らの復権を図るとかいうことは必ずしも「倒幕」ではない。このとき既に、場合によっては、という含みがあったとみられるのであろうか。ないとしたらもう一つの疑問は、(それまで経済的協力の積み上げはあったが)薩摩はなぜこの同盟に踏み切ったかである。幕府による長州つぶしを許せば、次は薩摩だ、と考えたのであろうか。6月、第二次征長開始。薩摩は出兵拒否。幕軍の敗北相次ぐ。7月、将軍家茂が急死し、これを理由として9月、休戦が成って幕府は撤兵した。12月、新将軍についた慶喜は攻勢を強めた。しかし直後に反幕派に有利な状況も生じた。幕府との融和を求めていた孝明天皇が急死し、少年の明治天皇に替わったことである。雄藩連合派は兵庫開港を問題化して四候会議で主導権を得ようとしたが、慶喜に跳ね返され、1867年5月、挫折した。この結果、薩摩は挙兵倒幕の方針に至り、長州のほか、土佐の中岡慎太郎などが一つになった。これを圧力として利用しつつ、大政奉還したうえで徳川家も重要な役割を持つ新体制の構想を出したのが、坂本龍馬らの公議政体派である。西郷らはこの構想に支持を与えたが、「其の策を持出し候ても幕府に採用されなくは必然に付、右を塩に幕と手切の策にこれ有り。」云々(『防長回天史』)という目論見であった。7月、西郷は英公使パークスの懐刀サトウと会った。このときサトウはフランスが幕府を助けているのに対抗して、英は倒幕派を援助しようともちかけこれに対し西郷は、「日本の国体を立て貫いて参る上に、日本政体変革の処は、いずれとも我々尽力致すべき筋にて、外国の人に相談致し候面皮はこれ無く」云々ときっぱりと拒絶した。明治維新が外国の干渉・植民地化を許さなかった直接の原因として評価されてきた姿勢であるが、近年では英国は中立であったという見解が強くなっている(文献⑥)

10月に土佐藩がこの建白書を出すと、幕府はこれに応じて、朝廷に大政奉還を申し出、許可された。

 ただしその狙いは土佐藩と幕府とでは異なる。6月の「薩土盟約」では、「将軍職に居て政柄を執る、是れ天地間有るべからざるの理なり。宣く侯列に帰し、翼載を主とすべし」という立場からの「諸侯会議」を構想している。これに対し徳川慶喜に近い西周の議題草案では、「公方様即ち徳川家時の御当代を尊奉し奉りて是が元首となし、行法の権は悉く此の権に属し候事。」など、大政奉還後も、徳川家が最も強い統治権を保持することになる。(以後この立場を「公議政体論」および「公議政体派」と呼ぶ。)

【7 宮廷クーデター】 いずれにせよ「大政奉還」が実行されてしまったわけで、倒幕派はさしあたり挙兵の「塩」を失ってしまった。当時は朝廷そのものも、公議政体派のほうが有力であったのである。そこで残る手だてとしては、宮廷クーデターに訴えることになる。67129日、前日からの会議で罪を赦されたばかりの岩倉具視らが宮中に入り、薩摩・尾張・越前・安芸・土佐の藩兵が出動して宮門をおさえた。大久保・西郷・岩倉らの計画による。宮廷守備にあたっていた会津・桑名の兵は、抵抗せずに二条城にひいた。宮中では召命を受けた親王・公卿にさきの五藩の代表等が集まった夕方、「王政復古の大号令」により、幕府を廃止し、総裁・議定・参与の三職をおき、その任命が行われた。

 これに基づき、同日夜から最初の三職会議が小御所で開かれた。公議政体派の前土佐藩主山内容堂が慶喜の参加を求め、これに対し岩倉らは幕政を非難し、まず慶喜が「忠誠の実証」として辞官・納地を行うことを求めた。これに容堂や松平春嶽(前越前藩主)らが反対し、公卿陣は動揺した。休憩となったとき、参与の岩下佐次右衛門(薩摩藩士)は西郷に相談したが、彼は「短刀一本あれば片付くことではないか。このことを、岩倉公にも一蔵〔大久保〕にも、よくつたえてくれ。」と言ったという。岩倉はこれを聞いて短刀を懐に入れた。しかしその決意を知った参与後藤象二郎(土佐藩士)が容堂と春嶽を説得し、彼等も抵抗を諦めたので朝議は慶喜への辞官・納地命令を決定した。宮廷クーデターは成功した。

 このクーデターにおける西郷の役割をどう評価すべきであろうか。第一に彼はけっしてイメージ通りの「大衆政治家」ではない。そうであったなら、もし「王政復古」あるいは幕府の廃止が正義だとしたら、そのために頼るべきは民衆であるはずで、宮廷クーデターではないからである。第二に、彼の「短刀一本」の一言によってこのクーデターが成功したというのは結果論に過ぎない。もし天皇の前で岩倉が容堂を刺すような事態になったとしたら、会議は、ひいては政局は大混乱になったかもしれないのである。もし西郷が主観的には民衆のために倒幕・王政復古が必要だと思っていたとしても、彼のやり方は、人民大衆を重んじず、一部陰謀家のクーデターやテロリズムを過大評価する点で、「極『左』冒険主義的」なのではなかろうか。「これまで、西郷にふさわしい、殺気を含んだこの一言こそが、新政府を生み出したと評されてきた」。しかし、と井上氏は言う、公議政体派(容堂)の「十分に根拠のある発言に対して、天皇の権威と藩の武力を背景にして押しつぶす、恫喝以外のなにものでもなかった」(文献⑥156頁)。

【8 西郷の撹乱と挑発】 小御所会議で一旦屈した公議政体派もただちに巻き返しに出、1230日の朝廷は、徳川家の納地は謝罪のためでなく、政府経費のためとし、また続いて他の諸侯にも同様の負担とし、辞官については「前内大臣」の称を許した。9日の決定の完全な骨抜きである。その間慶喜は大阪城に下がって兵の再結集を図った。ここで西郷が改めて「短刀」に訴えることとなる。

 先立つ10月、慶喜の大政奉還によって武力倒幕の「塩」を失った西郷は、江戸の薩摩藩士益満休之助・伊牟田商平、郷士相楽総三らに秘策を授けていた。彼等は倒幕をめざす志士(国学関係者が多い)や多数の無頼の徒、合わせて約五百名を配下に置いた。後者は相楽が毎晩市中で強そうな浪人やごろつきにわざと喧嘩を売り、羽織や金を与えては「食えなかったら薩摩屋敷へ来い」と言って糾合したものである。彼等は市中を横行して富豪等の家に押し入り、たかり・暴行・略奪をはたらいた。幕府兵力を江戸に釘づけにし、幕府の力の衰えを人々に印象づけ、かつ幕府を挑発して軍事行動へと導くという一石三鳥の策であった。しかしこうした撹乱・挑発策は「大衆政治家」の策ではなく、乱暴きわまりない暴力団的策である。「過激派テロリスト」にして「暴力団の親分」としての西郷! 1225日、ついに幕府側は庄内藩兵らを中心に薩摩藩邸を攻撃、焼き払い、この知らせは28日に大阪城にも着いた。慶喜らは68年正月1日「討薩の表」をつくり、2日、京都に向けて軍事行動を開始した。西郷の挑発はきわどいところで成功したのである。

【9 戊辰戦争】 正月3日、朝廷は、幕軍が撤退しなければ朝敵として討伐することを決定、同日両軍は京都の鳥羽および伏見で交戦状態に入ったが、6日に幕軍の総崩れになり、慶喜は大阪城から船で江戸に逃げ帰った。7日、朝廷は慶喜の大政奉還は名のみの詐謀であり、その「大逆無道」を責めて慶喜追討令を出し、内乱の公然化、全国化に進んだ。

この内乱(戊辰戦争)の重要場面であり、西郷礼賛の一根拠になっているのが、勝との対面による江戸城開け渡しである。江戸に戻った慶喜は、まもなく「官軍」との抗戦姿勢から「謝罪恭順」に方針を変えた。それでも西郷らは、「是非切腹までには参り申さず候ては相すまず」(大久保あて書簡)という心づもりであった。それが慶喜はじめ抵抗しなかった幕府側は赦され、江戸市民が内乱に巻き込まれなかったのは、勝と西郷との「すぐれた人間的資質」によるものであったのか。井上清によれば、これは官軍強硬派が民衆の力を恐れたからである。すなわち一揆・うちこわしは、それを倒幕のために利用しようとした官軍の思惑を越える秩序変革へと動いており、官軍はむしろその弾圧にまわっている。しかるにその段階で謝っている慶喜を追い討ちにして戦争に持ち込むことは火に油を注ぐことであり、江戸民衆も、(勝の西郷あて書簡の脅迫的文句を借りれば)「今日の大変に乗じてなにをするかわからない」と思ったからだ、というのである。また石井孝は、西郷の方針変更の原因を英公使パークスの圧力に求める。すなわち勝・西郷会談の前日、パークスは(イギリスの利益のために)、江戸の戦乱を望まぬ意向を西郷に告げた。しかもこれには事前に勝がパークスに根回ししていたという(文献④209-212頁)。これに対し井上氏は、勝・西郷会談で決められたものと「基本的には同じ」条件は既に(3月9日)駿府で決められていたという論拠で、これを批判している(文献②102頁)。石井氏はパークスの力を過大評価しているとは言えそうであるが、パークスの言葉が講和の条件を徳川家にとって有利なものにした(④214215頁)ということは言えよう。江戸開城はこうした複雑な政治状況とかけひきの産物であって、けっして単に「両雄」の「至誠」と「度量」が生み出した「美談」ではなかった。

10 帰郷】 今まで私達は大陰謀家・策士としての西郷をみた。しかしこれがあたって政変の最大の功績者になったとき、彼は新政府の職につかず、あっさりと帰郷してしまう。これは彼が権力欲の強い政治家ではなく、むしろ通説のような彼の「無欲」さを、かなりの程度まで証明する。しかしこれと今までみた西郷の異常な頑張りとはどう調和させられるのか。ここから断案するならば、西郷は「狂信者」型の人間、己れの信念のためには己れおよび他人の犠牲も顧みず屈せずに働くが、利のためではないということである。①「狂信者」であり、②熱情と酷薄さを合わせ持つ、いささか冒険主義的、「小児病」的な「革命家」であり、③「身内」意識の相手には義理と人情に厚いが、そうでない者には冷淡か残酷な「やくざの親分」、である西郷! 内村鑑三が感心するのは①の西郷であり、井上清が共感を寄せるのは②の西郷であり、現代の保守的政治家が崇めるのは③の「大西郷」である。

11 征韓論】 まず注目すべきは、征韓論は西郷だけのものではないことである。木戸孝允はほとんど明治維新と同時に唱えていたし、西郷の征韓論に反対した大久保らも「内治優先」を唱えたのであって征韓そのものに反対ではない。また73年の征韓派仲間でも、板垣退助のそれは西郷のものとまったく同じではない。ここでは73年の西郷の征韓論だけを考えることにする。

 紙数の制約で大要だけを述べる。①朝鮮の日本への「無礼」というのは、征韓論の原因ではなくて口実であり、少なくとも戦争の理由としてはまったくのいいがかりである。②征韓論(73年の、また西郷のに限らず)の真の原因は、維新以前から少なくとも日清戦争(94年)に至る、倒幕勢力の思想構造自体の中にみいだされなければならない。③73年における西郷と大久保の対立は、征韓それ自体の問題ではなく、今征韓するか内治を優先するかというものであった。内治優先論の論拠の一つが、岩倉遣欧使節による、わが国の大きな遅れの自覚にあることは明らかである。では西郷はなぜ今征韓しなければならないと思ったのか。このままでは士族が没落するか、あるには既に始まり出したように彼等の反乱を招くであろうからである。西郷はそのどちらも望まなかった。(前者を望まなかった理由は、筆者もまだ納得できるところまで分析しきれていない。勉強不足のせいもあるが、結局西郷の政治理想が何であったのかがいまひとつつかめないのである。義理人情の「親分」的政治家には、自分の政治理想を意識化することは難しいのかもしれないが。)そこで西郷は士族を生かすために(殺すためにではなく)征韓を行い、返す刀で(この戦略がまたすこぶる不明瞭だが)士族により厚い政権へと第二の政変を狙う意図であったと考えられる。すると征韓論争は外交論争ではなく、実は新政権そのものの路線を争う政治闘争であったということになる(井上氏の表現だと大久保の「官僚独裁」路線と西郷の「士族独裁」路線)。

12 西南戦争】 73年、征韓論に敗れて下野した西郷は、77年、西南戦争でついに倒れた。維新の英雄は、十年後にして「逆賊」として討たれた。この戦争に西郷は積極的ではなかった。「不平士族」にひっぱり出される形で、西郷は起たされた。大久保政権を倒す気が下野後の西郷にあったとするならば、その実際行動は、「戦略家」西郷としてはあまりに無策である。したがって彼の立場は他の「不平士族」ほど頑迷ではない。しかしまた大久保らと組んでいけるほど「近代的」でもない。西郷は「政治の道徳的理想」については強烈なものを持っていたと思われるが、明確な「政治理想」は一貫して持たなかったのではなかろうか。

13 西郷の評価】 西南戦争では、気の毒な面はあるとはいえ、彼を評価するものはほとんどいないが、妥当であろう。征韓論と西郷との関係については、一部異論もあるが、否定的な評価のほうがかなり多く、私もそう考える。政治家としての西郷を評価するのに最も挙げられるのは、明治維新の大たてものとしてである。しかしこの面でも私は彼をあまり評価しないが、それは明治維新をそう肯定的には評価しないからである。なぜなら第一に明治維新は市民革命ではないからである。それは近代化ないし絶対主義化とも同一視できない。それらは徳川家主導でもできた。明治維新とは、この改革を誰が主導するかという権力争いであった。そして私は、それは薩長・朝廷中心でなく、公議政体派の、つまり坂本龍馬や横井小楠の線で行われたほうがよかったと考える。薩摩がその路線に乗ることも不可能ではなかったと考える。西郷らがその路線を選ばなかったのは誤りであったと考えるが、しかしその要因としては慶喜の「不徳の致すところ」のほうが大きいように思われる。彼がめざしていたところは倒幕派に劣っていたとは思われないが、徳がなく策と力に頼りすぎた。越前・土佐はもちろん、うまくやれば木戸や大久保も取り込めたのではなかろうか。しかし幕臣勝(彼は家茂とはうまくやっていた)にさえ、愛想をつかされるところがあり、長州だけでなく西郷らも敵に回して自滅したのではなかろうか。西郷は「近代政治家」としては私は評価しないが、この点で、巧みな軍略家としてだけでなく、私心を離れた徳望を持っていたことによって、大きな仕事と影響力とを残したように思われる

 

        【参考文献】

  小西四郎『日本の歴史、19、開国と攘夷』中公文庫、1974

  井上清『日本の歴史、20、明治維新』中公文庫、1974

   同 『西郷隆盛』(上)(下)中公新書、197O

  石井孝『明治維新の舞台裏』岩波新書、196O

  猪飼隆明『西郷隆盛――西南戦争への道――』岩波新書、1992

  井上勝生『幕末・維新』岩波新書、2006

  内村鑑三『代表的日本人』岩波文庫、1941


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2018/02/14 00:14 2018/02/14 00:14
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床屋道話38 組織人のけじめ

二言居士

 

 都知事選で小池百合子氏が圧勝した。小生としては意外な結果であった。

それを予想しなかったのは、まず彼女の出馬の仕方に納得できなかったからである。自民党員なのに、党が正式に機関決定したのに異を唱えた。そういうことはあるとしよう。所属政党の正式決定でもすべてに賛成できるとは限らない。それでも基本方針は認め党員であり続けるなら、決定には従うべきであり、いわんや反対を外に向けて言うべきではない。政治信念や政治信条からどうしてもそうできないというのなら、離党しなければならない。ところが彼女は党員のまま自ら立候補して、自党の公認候補と争ったのである。こうなると党の決定に反対したのも、選んだのが増田氏だからでなく自分でなかったからに過ぎないのではないかと思いたくなる。このけじめのなさをメディアに問われると「進退伺」は出したと答え続けたが、ふざけた話である。「離党届」を出して党のほうでなかなか処分しない、というならまだしも通じるが。結局何か月も後の都議選で、「都民ファースト」という新党の代表になって、はじめて離党を届けた。そもそももとからの自民党員でなく、いろいろな政党を「渡り歩いた」人物だが、組織の上に自分をおく政治家に巨大官庁の最高権力を与えてよいのだろうか。

提起したいのは、単なる小池批判というより、このような仁義なき手法をむしろかっこよく感じる風潮に対してである。政界ではこれは小泉純一郎首相(2001-06)によるところが大きいと思われる。党内にありながら、「自民党をぶっつぶす」発言で大衆の支持を集めた。この党のために骨身を惜しまず尽くしてきた多くの党員の気持ちを思いっきり踏みにじる言い方である。自民党に反対する者もこうした非道さには立腹すべきだったのに、彼を持ち上げてしまった。郵政私有化法に参院が反対すると、衆院の解散に向かった。彼の派閥の長で前首相の森喜朗が、他の長老同様解散に反対で話しに行っても耳を傾けなかった。出てきた森氏が、干からびたチーズを見せこれしか出ないとこぼしたのが印象的だったが、無論それに象徴される小泉氏の対応ぶりを嘆いたのである。議員定年制を決めて排除された中曽根康弘氏が、唇をひくつかせて「政治テロだ」と憤ったのも忘れ難い場面である。念のため言えば、小生は森氏や中曽根氏を支持するものではない。内容的には小泉氏より彼等のほうが悪いと言えるかもしれない。小泉流の手法を問題にしているのだが、これは単なる形式でなく思想でもある。従来の自民党なら、解散する、あるいは年齢制限するにあたって、丁寧な根回しをしただろう。長老が反対と聞けば、何度も足を運んで辞を低くして理解を求めただろう。こうした態度にまわりが長老に対して、「最後はトップに選んだ者に任せよう」とか「そろそろ若い者に譲ろう」とか働きかけて、丸く収めようとしただろう。こうした辞譲の心が日本が世界に誇る「和」をつくっていたのだが、小泉氏が「ぶっこわした」のはこうした古き良き日本であった。

小池氏は、2000年の衆院憲法調査会で、現憲法の「改正」でなく、現憲法を「停止、廃止」のうえで新憲法をつくるという考え(これ自体国会議員では違憲行為)に賛同した。通常の「改憲」派を上回る右翼思想である。また「都民ファースト」代表をすぐやめて、彼女の特別秘書の野田数氏に替えた。野田氏は12年の都議会で、現憲法は「国民主権という傲慢な思想」でただちに放棄すべきであり、「大日本帝国憲法が現存する」という請願に賛成した。小池氏に投票した有権者はこれらを知っているのだろうか。代表交代の後、中学生が新聞に投書した。「新代表は、党の中で選挙をして決めるのが当然と思っていた」のに、「小池さんと周辺だけで」決めてしまったのに「とても驚いた」という内容である。組織人としての筋というより、中学生にもわかる組織原理がわからない、あるいはそのような「国民主権的」原理が嫌いらしい人を長とする党派が東京を(そして今後国政を?)率いていく。

おりしも小池氏は、毎年都知事が「九月一日関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」に出していた追悼の辞を取りやめた。いま世界で移民や外国人居住者への差別やヘイト行為が問題にされているが、小池氏はヘイトを助長する側に立つのだろうか。


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2017/08/29 00:49 2017/08/29 00:49
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床屋道話37 『徒然草』における共感について

二言居士

 

 近頃必要があって『徒然草』を読み返した。感じたことの一つに、動物愛護の心がある。

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第百十一段でこう言う。養い飼うものは牛馬である。「繋ぎ苦しむるこそいたましけれど、なくてかなわぬものなれば、いかがはせん」。必要悪としながらも、「繋ぎ苦しめる」ことを「痛まし」く感じている。虐待してならないのは言わずもがなであろう。「その外の鳥・獣、すべて用なきものなり。走る獣は、檻にこめ、鎖をさされ、飛ぶ鳥は、翅を切り、籠に入れられて、雲を恋ひ、野山を思ふ愁ひ、止む時なし。その思ひ、我が身にあたりて忍び難くは、心あらん人、これを楽しまんや。生を苦しめて目を喜ばしむるは、〔サディストの独裁者〕桀・紂が心なり」(強調と補足は引用者)。こうした思想は仏教からくると一応は言えよう。しかし、飢えた獣のために我が身をさしだす「高僧伝」を描く経典などは、「利他」の論理倒れでかえってばかばかしさを感じさせるのに対し、兼好の論理は、自分の気持ちに基づけることで着実であるとともに、それぞれの生き物の生存環境に思いを寄せることでのびやかでもある。

第百二十八段は、動物愛護の人の実例を挙げた後で、こう言う。「大方、生ける物を殺し、痛め、闘はしめて、遊び楽しまん人は、畜生残骸の類なり。万の鳥獣、小さき虫までも、心をとめて有様を見るに、子を思い、親をなつかしくし、夫婦を伴い、妬み、怒り、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、偏へに愚痴なる故に、人よりもまさりて甚だし。彼に苦しみを与へ、命を奪わん事、いかでかいたましからざらん。/すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず」。国家の暴君だけではない。同胞のなかでは強くもないうさ晴らしか、人間様としての力と知恵を悪用して、他の動物を苦しめて楽しむような者もいる。こういう心理が、しかし弱い人間へのいじめや、国家的な「劣等者」抹殺にもつながっていくのだ。

実際、兼好において、弱い者への同情は鳥獣だけでなく一般庶民へもつながっていく。第百四十二段で言う。「世を捨てたる人の、万にするすみなるが、なべて、ほだし多かる人の、万に諂い、望み深きを見て、無下に思いくたすは、僻事なり。その人の心になりて思へば、まことに、かなしからん親のため、妻子のためには、恥をも忘れ、盗みもしつべき事なり。されば、盗人を縛め、僻事をのみ罪せんよりは、世の人の飢えず、寒からぬやうに、世をば行はましきなり。人、常のなき時は、常の心なし。人、窮まりて盗みす。世治まらずして、凍たいの苦しみあらば、科の者絶ゆべからず。人を苦しめ、法を犯さしめて、それを罪なはんこと、不便のわざなり」(強調は引用者)。著者は世捨て人である。また仏者として、煩悩を去るべきことを説く。しかし彼は悟りの高みから、欲に動く俗人を嘲笑したり愚弄したりはしない。むしろ彼等の立場を思いやっており、また(親子夫婦のもののような)自然的人情を否定しない。そして(仏教でなく儒家の)孟子の「恒産恒心論」を引く。従来の『徒然草』解釈では、仏教が過大評価され儒家思想がほとんど無視されていたのではなかろうか。

兼好は美について「距離をおいてみる」ことを本質とした。「隠者」であっても、彼は現実逃避したのでなく、距離をおくことで卑俗な名利競争から逃れつつ、しかし生活者の切実な情には心を寄せた。暇人のオタクな文章と思ってはいけない。ふつうの現代人にはどーでもいい有職故実などへのこだわりも確かにあるが、『徒然草』の本領は、こうした共感と同情にみられるのではなかろうか。


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2017/06/19 12:57 2017/06/19 12:57
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床屋道話36 四人のピコのはなし

 

 ピコ・デラ・ミランドラはイタリアの思想家である。著作『人間の尊厳について』(1496)はルネサンスの精神を表している。「尊厳」とは他と比べて二倍とか5パーセントとかでない、絶対的な価値のことである。中世においては、人間は卑しいもの、罪深いもの、無力なものと思われ、値打ちあるもののように言うのはむしろ赦しがたい傲慢さとされていた。人間にそういう「面」があることは否定できないが、もっぱらそれしかなく、ただ神の恵みと力を望むことだけがよいとは、ピコは考えない。ではどこに人間の尊さがあるかといえば、彼によれば自由意志にである。知識や力においては、神ならぬ人間はたいしたことはないが、善を少なくとも意志することは自由であり、この点に他の被造物とまったく異なる人間の尊厳があるとしたのである。確かにこれはすべての出発点である。

クロード・ピコはフランスの哲学者である。近代哲学の祖の一人であるデカルトの支持者で友で、デカルトの『哲学の原理』(1647)がラテン語で出ると、その仏語訳を行った。これに対しデカルトは「序文」を付けたが、本文は読まなくてもこちらは読むべきものである。たとえば、こういった難しめの本の読み方について、とても役立つ指南がある。また諸々の学問がどのように結びつくかについての、興味深い考えが示されている。デカルトも自由意志を説いたが、知識と能力についても、ルネサンスより踏み込んだ、前向きの評価をした。これについては、(神に対してではないにしても自然に対して)人間を傲慢にさせてしまったという批判もある。もっともな面もあるが、そうならないための歯止めに関しても、この「序文」のなかにみいだすことができる。すなわち不完全な認識しか持たない人は(ということは実質的にはすべての人はと言っているに等しい)「何をおいても」道徳を立てることを試みるべきだ、「それは後からでは間に合わず、また私達は何をおいても、正しく生きるように努めるべきだから」と、デカルトは言っている。知識・学問に対して道徳・倫理が先立たねばならないとの指摘である。近代社会がそうならなかったのはデカルトのためでなくデカルトに反してである。

フランソワ・ジョルジュ・ピコはフランスの外交官である。イギリス代表マーク・サイクスとの間でサイクス=ピコ協定を結んだ(1916)ことで歴史に名をとどめた。これは後にリザノフによってロシアも加わった。第一次大戦中のことで、この三国の共通の敵であるオスマン=トルコ対策であり、戦勝後、トルコが支配している中東を三国で切り取る境界を取り決めた。秘密協定であったが、翌年革命を起こしたソヴィエト=ロシアが暴露した。近代以降増大した「知と力」を悪用した「列強」による、帝国主義政策の典型である。特にイギリスはいわゆる「三枚舌外交」の一環として不道徳のかぎりである。また、戦後独立した中東諸国の国境がこれに影響され、現地の事情や住民の意見をよそに、こうした「強国」の都合でできたので、その後の紛争の種になった。いまのISの大義名分の一つも、サイクス=ピコ協定の打破なのである。むろんそこに三分の理があるとしても、彼等のやり方はとうてい認められるものではない。しかし、それを単に力づくで押しつぶそうとするだけでは、帝国主義は終わらない。ある宗教やある国に属するというだけで一括してテロ容疑者扱いにし、攻撃したり排除したりすることは、敵意とテロをむしろ拡散するだけである。いま世界中で、そういう権力者が増えたり、それを支持したり望んだりする人々や運動が勢力を増していることは、絶望的な気持ちにさせられる。

しかし絶望してはなるまい。自分には自分なりにできることをしていこう。そしてピコ太郎とともに次のように言って、自分を励ましていこう。I have a pen !


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2017/03/02 02:00 2017/03/02 02:00
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床屋道話35 天皇退位問題に関連し
                                        二言居士

 今上陛下が退位のご希望を述べられた。御高齢にあることから、国民の多くはこれをもごもっともなこととうけとめた。国事行為の委任や摂政の任命という制度もあり、敢て退位しない対策もあるが、陛下がそちらはお望みにならない理由もおいおいわかってきた。そして小生としてはそれも了解できるが、絶対的な根拠とまでは言えないという意見も理解できる。しかしここでとりあげたいのはそのことではない。小生がわからなかったのは、そして多くの国民も不審に思ったのは、右翼の論客の多くが退位に反対であるということであった。右翼こそ、陛下の御意向を重んじ、陛下をいたわることに熱心と思われるからである。また天皇の生前退位は歴史上いくらでもあり、伝統に反するわけでもないからである。そこで彼等の言い分を調べてみた。

 八木秀次氏は天皇の存在の「尊さ」が「男系男子による皇位継承という『血統原理』に立脚する」と言い、「能力原理」を持ち込んではならないと言う。ここで問題になっていることからすると、「能力原理」とは「年で仕事ができないから身を引く」といういわば常識的な考え方である。日本国憲法は、天皇の地位についてもこの常識的な考え方に即している。つまりそれは「日本国と日本国民統合の象徴」であるが、生身の人間である天皇が国や国民の「象徴」であるということの具体的・法的な意味は何かと言えば、天皇がこの憲法の定める国事行為を行うことだからである。八木氏はこれに反対する。天皇の意味は、そのような仕事をすることではない、ただ天皇家の男子として生まれたということだ、とするからである。彼の意見は日本国憲法に反するだけでなく、大日本帝国憲法の起草者たちが想定していたと考えられる、また昭和天皇もそれでよいと漏らされたという、「天皇機関説」にも反するものである。驚くべく古代的な発想である。

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 桜井よしこ氏は、「国家と国民の安寧のために祈ってくださる」「祭祀」が皇室の「本来のお役割」とし、それを私的行為としている現在のあり方を批判している。これも驚くべき、また実に恐ろしい思想である。これは政教分離の否定である。天皇の祭祀を「ご公務」とすれば、国教を定めることになり、国民の信教の自由は否定される。信教の自由こそは近代民主国家の最初の入り口であり、数多くの人々が命がけで、あるいは命と引き換えにかちとってきたものである。また戦前の日本が多くの罪悪を犯し、国民と他国民とに大きな被害を与えた多くの要因の一つが、国家神道の強制によって自由が侵害されたことであった。政教分離は、私達が必死で守らなければならない、最後のよりどころの一つである。なお国家神道は日本の伝統でなく、明治政府の創作である。生前の天皇も神とみなす観念は奈良朝以前よりできていたが、それに従わないということで処罰されたような者は明治以前には一人もいない。天皇が国家なり国民なりのために祈りたいというなら私的祭祀として行うことは自由であり、一般国民がそれをありがたく思うことは無論自由だが、そう思えと強制まではしない、というのがいまの憲法体制であるとともに、そちらのほうが伝統的でもある。いみじくも陛下は、学校で「国歌」を歌わせていると誇った東京都教育委員に、そういうことは(彼等がやっているような処罰を通じての)強制というやり方でないのが望ましい、と正しくもご指摘された。宗教行為こそを天皇の「公務」と規定し、すなわち宗教を国家の公的事項とし、それに従うことを国民の義務として法的に根拠づけることは、とてつもない人権侵害であるとともに、即位に際して「日本国憲法を守る」と述べられた陛下のお心にも悖る。

 多くの国民が陛下のご意向を肯ったのは、難しい理屈からでなく、仕事がつらい高齢になってその地位にとどまるのはお辛いであろう、という人間的な思いやりからであろう。反対する論客にはそれがないのかと言えば、ある意味でないのだろう。仕事ができなくてもよい、ある血筋に生まれたということに意味があるとか、「祈る」ことが「本来のお役割」だとする者は、天皇を人間としてでなく、宗教的存在とみているのである。しかし昭和天皇おんみずからがそれを否定して、「人間宣言」をしたではないか。(安倍首相によってNHK経営委員に任命された長谷川三千代氏はこの宣言を公然と否定した)。昭和天皇がGHQに「押し付けられた」というのだろうか。実際、退位反対派は天皇の「人権」を重んじる結果になることを恐れている。なりたい地位に誰でもなれるわけでないのは当然である。いやな地位に無理やりつけられるのも、実際問題としては仕方ない場合もあるかもしれない。しかしできない仕事をやめさせてもらうことくらいは「人権」としては最低限と思われるが、それを天皇には認めないのだ。

 天皇を人として敬わない彼等は、そもそも国民の人権も重んじない。彼等の多くがかかわったり実現に努めたりしている自民党の新憲法草案では、基本的人権も「公の秩序」によって制約されると明記されており、信教の自由も無条件の保障ではない。彼等は「天賦人権論」を日本の国体(あるいはいまの彼等の用語では「国柄」)に合わないものとして攻撃してきた。同胞国民を敬わず、天皇に対しても最低の敬意も実際には持たず、ただ自分たちの狂信を国民に強いる道具として「神」扱いする。これが右翼または自称「保守派」の正体である


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明治時代初期の頃の理髪店の様子を描いた絵






仲島先生の本を紹介します。

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2016/12/29 15:56 2016/12/29 15:56
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床屋道話(その34:五輪音頭を聞きながら)

二言居士

 

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 リオ五輪関連の企画で、過去の五輪の名場面、名せりふ、というのを目にした。各人それぞれあろうが、小生としては、バルセロナ五輪での水泳の岩崎恭子の母のものを挙げたい。選手である子のほうでは、十四歳で金をとり、「今まで生きてきていちばんしあわせ」が周知の言葉である。彼女は他の競技にも出たが、メダルには届かなかった。残念でしたね、と聞いた記者に母は次の意味の答えをした。いいえ、勝ちたいと思って頑張っているほかの子にもとらせてあげたい、と。

 開幕の日、小生はある会合に出た。二次会で組織の運営についての話が出、「声の大きい奴が勝つ」という説になった。そこでは小生は新参外様に近い位置で、主催者的な人がこの説を述べたので、(事実問題として)いちおうは肯定でうけて、「でもそれって悲しいですね」とつけた。でもそれはよくないことですよね、と道徳論を仕掛けたり、そういう状況をなくしていきましょう、と決起を迫ったりすることは遠慮して、個人の感情というかたちでの問いかけにとどめたのだ。この小生のコメントに、しかし中心人物もまわりの人々もノーリアクションだったのが残念だった。なぜならこれこそ小生の実存全体がかけられていることだからである。(小生が言外に含ませた)論議や思想を場の空気で敢て露わにしないまでも、「そうですね」とにやりすることくらいはできなかったのか。それともそんな感想そのものがまったく同感できないもので、なにをひよわで感傷的なことを言っているのか、ということだったのか。

 何度も言うが、「声の大きい奴が勝つ」という状況をなくそう、というのが小生の根本の志であり、毎日毎日の仕事である。これはある種の矛盾を含んでいる。つまり場に応じて、その「なくそう」の言い方は多様で、きわめて間接的な、なかなか聞き取りにくい「小さな声」で言うこともある。しかしできる限り沈黙はしないように努め、そして「何度も何度も」いつも同じことばかり言っていることでもあり、つまりうるさい声でもあろう。それでもまた、お前の声は小さい、もっと大きく、もっと多くの人に聞こえるように叫べ、と責めるようにご注進する方々もいる。

 小生はこの矛盾を生きるしかないと思っている、と言えばかっこつけていると言われるかもしれないが、それが実際のところなのだ。

 ちなみに岩崎恭子の母の発言は、今回確認しようと思ったが、ネット上ではみつけられなかった。もしかすると他人のものと誤解しているのかもしれないが、誰かはどうでもよい。ただ、みんなの記憶に残らなかったか、競争への意欲をそぐ残すべきでない発言とされたかなら、残念だが。



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2016/08/24 22:26 2016/08/24 22:26
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床屋道話 (その32 幸村と家康)

二言居士

 

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ことしの大河『真田丸』、出足は好評のようである。二ヶ月みたところ、三谷幸喜らしく、おもしろくできている。ただし小生は本来幸村は好きでなく、ほとんど同じことになるが家康びいきである。従来幸村好きの人というのは、主に幸村が、強力な「家康を最も苦しめ」、弱小ながら知略を使って「もう少しで勝つところまでいった」、活躍によってである。しかし及ばなかったという単純な判官びいきもあろうが、多くは相手の家康が「悪役」と認知されることで増幅する好感度である。

では家康は悪だったのだろうか。その理由として言われるのは、豊臣家を1)悪辣なやり方で2)滅ぼしたこととされる。1)とは? a孫の千姫を嫁がせたのが「安心させる」術策というのは家康をマキャベリストと決め込んだ一種の陰謀史観であり、支持する歴史学者はほとんどおるまい。とするとこれはむしろ「少なくともはじめから」大坂を攻める意図はなかったことを示す。b「外堀だけを埋める約束で内堀も埋めた」というのは、約束内容や家康自身の意図かどうかを含めてはっきりした史実は不明である。また大坂の役が一度で終わらず(豊臣の滅亡に至った)二度目の攻撃が起きたことにとって本質的要因でないと(詳しくは略すが)考える。2)とは? a秀吉から秀頼の後事を託されたのに裏切ったのはひどいと言われる。託された内容が「天下人」とすることまで含まれるかは疑問の余地があるが、そうだと想定しよう。しかしα幼い秀頼にその器量があるかどうかは未知数であり、戦国が終息していない時代にそんな約束は虚しい、とらわれるべきでない気休めとみるのが常識ではないか。β秀吉が主君の信長の遺児たちをどう処遇したかを考えれば、家康にどうこう言える立場ではあるまい(しかも家康は秀吉の協力者であり「義理の弟」であっても家臣ではない)。γだとしても嘘はよくないと言われるかもしれないが、では「約束しない」と明言したらどうなったか。瀕死の者の切望を正直に断るのが道徳的かどうかという私人としての倫理的難問は棚上げしておこう。もしそうすれば二年早く関が原になったであろう。二年後も家康が望んで起こしたのでなく、三成の悪あがきがなければ避けられたと小生は考えている。いわんや秀吉が死んだ時点では、日本は朝鮮(及び援軍の明国)とまだ戦争中であり、内乱はもとより内部対立も絶対に起こしてはならず、公人として嘘でもそう約束することが政治的に正当化されよう。δ成人した秀頼には「天下」を渡すべきだったというのは、現実離れした形式論であろう。徳川家臣らが納得すまいし、秀頼の政権担当能力は未知数である。家康が率先すれば家臣らは従い政治を補佐すればいいと言われるかもしれない。補佐役に従わなければどうか。従わざるを得ないのなら傀儡であって最高権力者ではない。それに家康は既に徳川家でも家督を譲っており、老い先短い「補佐役」の実効性は少ない。bそれにしても滅ぼさなくてもよかったのでは? 滅ぼす意志はなかった。徳川家の最高権力を認めることを求めただけだった。「二つの権力」は平和共存の可能性もあるが、二重権力状態はけっして保たれない。それを認めれば、豊臣家は大名として、(そして権力的には徳川の下になっても)元の関白家として朝廷と結ばれた別格の大名として存続させたであろう。その最も明白な表明は移封の受け入れである(家康が関東移封を受け入れて、秀吉の単なる協力者でなく彼を最高権力者として認める意志を明らかにしたように)。そのことは当時の人々にもわかっており、したがって大坂城に籠った主戦派(ありがちだが、真に城主のためというより自分たちがあばれる名分として主君をかつぐ者たち)は、講和派の道をふさぐべく、移封先とみなされていた大和郡山城をまず焼いたのである。大坂落城後も、家康個人は(もう大名家としては無理だが)助命はするつもりだったのではないか。淀君と秀頼はみずから死んで家を滅ぼしたのである。

家康に悪役がふられるようになったのは明治以降で、二つの大きな力による。一つは少年講談本の『立川文庫』の「真田十勇士」ものである。実在でない「猿飛佐助」なども含めて幸村らの活躍を描いた。単純に活劇としてのおもしろさ、強大な幕府に抗する反体制的(関西人には反東京の)庶民感情、最後に敗れる滅びの美学の三要素で、一般受けした。もう一つは、明治政権が徳川政権を倒して成立したので、その正統性を訴えるために徳川を悪にしたという上からの教育による注入である。一見反体制的な庶民文化の立川文庫も、実はこの体制的枠組みに都合よく働いて家康=腹黒い狸オヤジというキャラ設定が機能したのである。

上に述べたように家康が実際はそう悪でない(大坂方に義はない)ならば、幸村の加担はどうみたらよいのか。従来言われてきたことは、どちらにも加担する(兄は徳川についた)ことで家存続の保険をかけるということで、他の(特に中小の)武士団にも時々みられた。それにしても関が原ならともかく、大坂の役では勝敗ははっきりしていたのではないか。これに対する一つの答えとして、勝つ確率は低いがそれだけ買ったときの利得(オッズ)は大きいので「期待値」としてはばかにできず、大勝負する賭け方もある、というものである。幸村がその場合かどうかはわからないが、一般論としてこう答える。大きな禍に備えるために、損を覚悟で保険をかけることはよいが、あわよくばの利得を狙って、自分の破滅だけでなく、他の人々の損失や不幸をもたらすことはとんでもない、と。なお山岡宗八の『徳川家康』では、別の理由を出している。泰平の世をめざす家康に対して、世の中からいくさはなくならないというのが幸村の信念であると。これは家康礼賛の立場からの対抗的設定に過ぎまいが、もしもそのとおりなら幸村こそ最低最悪の人間である。

家康によって築かれた徳川体制は悪だったのか。そう主張した明治政権を、今の安倍政権(長州)も継いでいる。小生の知り合いで薩摩出身の年配の男性(こちらは朝ドラで注目の五代友厚の孫だかひ孫だかと同級だったという)も大日本帝国の正統性をいまだに信奉しているので、よく論争になる。徳川時代は二百五十年の平和であった。それをあなた方がつぶしてつくった「御維新」体制は十年に一度大きな戦争を行った。いったいどちらがよい統治だったのだろうかと。勿論この一点だけで論ずるのは不十分であろうが、それでもきわめて大きな一点ではある。

三谷幸喜はどのようなつくりで幸村を大坂城に向かわせるのか、みていくことにしよう。


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ことばへの情熱                                               

『αρχη(あるけえ)』第60号(199111月3日)

 

 若い人々の間で、ことばへの不信感が強いという。確かに、言葉は「事柄」や「心情」をまったく完全に表現できるものではない。また人間的真実は、常にことばを超えた向こう側にある。それらのことを全面的に認めたうえで、なおも私は言いたい。にもかかわらず、どこまで言葉で真実をとらえ、表せるか、これは実に試し甲斐のある挑戦ではないか、と。そしてもしもよい日本語を使っていこうという意識がなく、言葉への優しさや思いやりを欠くならば、それは人間関係を貧しくするばかりでなく、精神的な喜びのおよそ半分を捨て去ることになろう、と。

 中学時代に私は、夜のラジオで、タイプライターを宣伝する次の文句を耳にとめた。

  ときには、ただ一通の手紙が、君の運命を変える

  ときには、ただ一つの言葉に、ひとは命をかける

  ときには、ただ一台のタイプライターが、自由への武器となる

              ××タイプライター……

大袈裟な文句ではある。しかし真理だ。言葉というものがときに持ち得るとてつもない力を、否定することはできない。

 また中学時代に、芭蕉のたとえば「山路来てなにやらゆかしすみれ草」という句を知った。そしてそれに対する池田亀鑑氏の、「山道に人知れず咲くすみれ草に、季節と人生の意味を感じ取っています」という解説を読んだ。これにはまったく参ってしまった。この句をつくった芭蕉もすばらしいし、解説を書いた池田氏もすばらしい。それこそ僕はここで、人生と文芸の意味を感じ取ったのかもしれない。

 以来十有余年。私はなんらかの意味で(そしていくつかの意味で)、「言葉」にかかわって自らの道を進んでいきたいと思っている。また人々にも言葉の妙味、重さ、深さと魅力を感じさせたいと思っている。



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床屋道話 (その31 テロとことば)

二言居士

 

テロに屈してはならない。テロとたたかわなければならない。なるほどそれは正しいであろう。しかしテロとたたかうとはどういうことか。空爆などの軍事力で相手の殲滅を図ることか。それは米国同時多発テロ(2001年)でアメリカなどが行ったことであったが、それはうまくいったのか。テロを撒き散らしただけではなかったか。軍事力も必要だとしても、それが最も重要な対抗手段なのか。譲って重要だとしても、それだけが対抗手段なのか。ではどうするのか。ISとの話し合いができないかとテレビで口にした者に対して、右翼メディアは攻撃している。現に武力が行使されているところで、話し合いだけで穏やかに収まることは確かに稀である。しかし、××は相手にしないとか、△△とは取り引きしないとか、……とはこちらの条件をのまなければ話の席にもつかないとか、はじめから宣言してしまうのは、勇ましいが数々の失敗を生んだ愚策であった。

ISの問題に限定しよう。アルカイダとの特徴的な違いとして、欧米に住むイスラム系の若者で、ネットなどを通じてISに共鳴して、資金を援助したり自ら戦闘員になったりする者の存在が大きいという。彼等はどうしてそうなるのかを考え、そうならないように対策を行う必要があるのではないか。思えば彼等の不満は、パリ郊外での暴動などで既に現れていた。差別・偏見に加えて、グローバル化の中での格差拡大が背景にある。私達は彼等に耳を傾けようと努めてきたであろうか。暴力は一つの力である。ことばも一つの力になり得るとして、そこには「聴く力」も含まれる。言わせてもらえない者、聞いてもらえない者は、別の力に赴く。

われは知る、テロリストの/かなしき心を――/言葉とおこなひとを分かちがたき/ただひとつの心を、/奪われたる言葉のかはりに/おこなひをもて語らんとする心を、/われとわがからだを敵に擲()げつくる心を――/しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に持つかなしみなり。(石川啄木「ココアのひと匙」より)

啄木もテロを肯定しているわけではない。しかし自爆テロを思いつめるかなしい心に、武力でしかこたえないのはかなしすぎる。

明治末期の日本の青年、いまの欧米のムスリムの青年だけが問題ではない。いまの日本の青年はどうなのか。リーマン・ショックの後にある若手が、「希望は戦争」、入隊して、軍の中では一個の兵に過ぎない東大の教師「丸山真男をひっぱたきたい」とか、2チャンネルの書き込みなどではなく、中央の論壇誌に発表して話題になった。言論より暴力に活路を見出そうとするような若者が増えてはいないのか。あるいは思い切って声をあげた若者に対して、「極度に利己的」だとおしつぶそうとしていないか。

尾木ママは、乱暴なこどもには力で制圧する前に「どうしたの?」とおとなの「聴く力」を求めた。

暴力を乗り越える言葉の力に、私はなおも訴えたい。


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床屋道話 (その30 代理母に反対)

二言居士

 

話を限定するために、ここでは夫婦によってできた受精卵を第三者の子宮に入れて出産させることだけを問題にする。また現在の法律形式だけの問題は、法改正で解消するものとしてなるべくとりあげず、倫理的な実質にかかわることに限定する。また以下の「問題」について現行の法律でも、これは合法これは違法、これはこの人にこういう処分、など法的「答え」があっても、それが倫理的によい「答え」であるかは別であり、ここで扱っているのはそのことである。

この代理母は、卵子提供者の親族などが無償でなる場合と、金銭を代償としてまったくの他人がなる場合とがある。A共通する反対理由として挙げられるのは次のようなものである。①出産は危険を伴う。医学が発達した今日においても、出産によってなくなる女性は毎年ある程度いる。そこまでではなくても、出産によって健康を損ねる女性は少なくない。当人は覚悟のうえ、あるいは金銭的保証があっても、生命や健康は簡単にうめあわせられない。夫婦の願望を実現させるため、他人にリスクを負わせるのはよくないのではないか。②出産は一朝一夕のことではない。頼んだときはひきとるつもりだった夫婦が、いざ生まれたこどものひきとりを拒否したらどうなるのか。破約の理由は、夫婦そのものの側の事情や考えの変化による場合と、生まれたこどもの側の問題(たとえば障害がある)がからむ場合とが考えられる。またもし依頼者がはじめからひきとる条件をつけるようなとき(条件を満たさなかった場合は代理母の子とするというような)、双方の合意があればよいとするのか。③出産は一朝一夕のことではない。代理母が胎児に次第に愛情をいだくのは自然である。またなんらかの理由で依頼者がこどもの「親」としてふさわしくないと思うようになるかもしれない。そのような依頼者のほうが違約にはなるが出産した子の引き渡しを拒んだらどうなるのか。B近親者などが代理母になるときは次の問題がある。④夫婦と代理母の間にトラブルが起こると、親族関係そのものをこわす危険がある(金銭賠償ですむ可能性がある他人とは異なる)。⑤続柄が複雑になる。これは現行法で法律上の母を出産者と定めていることによる。では法改正して、申し出により、卵子提供者が遺伝子上の母と確認されたら法律上も母と変更できるようにしたら解決するか。やはりトラブったとき、子は「卵子を提供した」母と「腹を痛めた」代理母との間の板ばさみにならないか。C最後に他人が金銭などとひきかえに代理母になる場合の問題である。マイケル・サンデル教授流に言えば、「それをお金で買っていいんですか」ということになる。⑥売買が問題ということの一つは、人権とのからみである。臓器のレンタルは臓器のパートタイムの売買である。死体の臓器売買もまったくのノープロブレムとはいえず、「脳死の人」からのでは激しい論議となり、生きている人の臓器売買は基本的には(当人が同意しても)アウトだろう。⑦商売となれば、買うのは金持ちで、売るのは貧しく、また雇われにくいような弱い女性だろう。「臓器市場」で既に起こっているような、富裕な国が貧しい国の人々の臓器(の一時利用権)を買うような事態が生じないか。ブローカーが横行したり、ある地域でそれが大きな収入源になったりすることを、経済活性化と評価していいのか。

賛成派は、上の問題に「かまわない、少なくともメリットのほうが多い」とするか、解決可能、と答えるであろう。そこは扱わないで端的な賛成理由をみれば、不妊の夫婦に役立つことになる。しかしこれは、⑧病気の治療を超えた医療技術の転用であり、そうした「エンハンスメント」については、私は「需要がある」だけで許可されてよいものとは考えない。⑨どうしてもこどもがほしい夫婦は、養子をとればよい。血縁信仰はよくない。それに「他人」だって溯れば遺伝上何ほどかはつながっている。100%自分たちの遺伝子でなければなどという親は、わが子ならどんな悪でも許すような、延長された利己主義になるのではないか。いやそもそも、自分大好きな親が、自分の複製を作りたくて借り腹まで利用するのかもしれない。そんな親に「複製として作られた」こどもこそいい迷惑である。


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床屋道話 (その29 インセンティヴの倫理 その二)

二言居士

 

官僚の「天下り」には、多くの人が不満を持っている。これに対し次のような自己弁護がある。官僚の給与は実は高くない。給与だけなら大企業に勤めたほうがずっと得になる(以上は真と認めてよい)。公務員一般では「無駄」な仕事や人もいるが、高級官僚はハードワークをしている(ほぼ認めてもよかろう)。その仕事の中身が「よくない」という意見もあるかもしれないが、それは職務上「政治」の悪さからくるもので、政治的価値観をできるだけはずせば今の日本では政治家よりも官僚のほうが優秀であり、官僚なしで日本社会は成り立たない(これもなまじ否定しにくい)。よって必要かつ重要な仕事をする官僚にすぐれた人を集めるのが国益であり、そのためのうまみとして、天下りは必要である。都銀の幹部になった東大法科の同期生と比べると情けない給与に甘んじ、愚かな政治家の下働きでの徹夜に耐えるのも、退職後の利得があればこそ、というわけである。この論理の根本的な問題は、利得めあての人がそもそも役人として「優秀」なのかである。むしろそんなことは度外視して(政治家ではないから犠牲になっても、とまでは言わないが)、国民のために尽くしたいという志が、よい官僚であるための「一丁目一番地」ではないか。

公務員はそれが少なくとも「スジ」だとしても、では私企業はどうか。大蔵次官は天下りで生涯約十億を得るというが(テリー伊藤『お笑い大蔵省極秘情報』飛鳥新社)、私企業は年にそれ以上の役員報酬を出すところがある。2013年度では、カシオの樫尾和雄会長が12億9200万円、キャノンの御手洗会長兼社長が11億500万円などである。会社が赤字でも高額報酬を出すのはどんな論理でもおかしいので議論から省くが、実際には赤字のソニーの平井一夫社長が3億5900万円を受け取っている(同年度)ような事実が一つ二つではないことは記しておこう。

東京電力は原発事故前の2010年、会長と正副社長の計7人の平均報酬が約4700万円、他の取締役10人の平均が約3000万円だった。また「顧問」8人に平均約1000万円を払っていた。この中には原発事故のたびに国会で擁護「質問」をした自民党の加納時男参院議員などがいる。事故後は顧問制度を廃止し、「平取」の報酬を平均約1500万円に「減らした」が、それでも多くないだろうか。賠償金などで赤字であり、国の援助(つまり税金)のほかに料金値上げで国民に二重に付け払いさせている。役員報酬など新入社員並み、いや生活保護すれすれでもいいのではないか。それならなり手がないというなら国有化すればよい。しかし小生が思うには、それでもなりたい(「利得のためでない」と心にもないことを言って)という者がいるだろう。

「普通の」私企業はどうか。年棒約10億円の日産のカルロス・ゴーン社長は、高額批判に反駁して、グローバルスタンダードからはむしろ日本はまだ少ないのであり、すぐれた人材を得るのは高額報酬が必要だと述べている。私利の追求を原理とする私企業としては一分あるようにも響く。

しかしここで小生は、同じ自動車会社の豊田社長が、リコールを出されて米公聴会に呼ばれたときの発言を思い出す。そこで彼は、私の名前をつけて世界中で走っている車が、不具合を出したことは実に悲しい、と述べた。会社全体にもこの問題でも、特にトヨタの肩を持つつもりはないが、この言葉は真率なものと感じた。逆に言えば、自分たちがつくりあげたものが広く受け入れられることはそれ自体が大きな喜びであって、そのうえ儲からなくても十分じゃないか、ということでもある。

ゴーン氏の場合、報酬が90%になって年収9億円なら意欲を失ってやめるだろうという論理は納得しにくい。それどころか小生は、日産の社長の報酬がいまの1%でもおかしいとは思わない。年棒1000万円なら日産の社長をやりたいと思う(少なくともすぐれた)者はいないというのだろうか。車が好きな者が自動車業界で働き、経営にすぐれた者が社長になるというのが本当で、儲かるかどうかで業界や地位を決めるというのは実は筋違いなのではなかろうか。

だが私企業の場合は次の反論があろう。ゴーン氏は、報酬を何割か減らされても日産をやめないにしても、トヨタかホンダかが何割か増しの報酬を出せばそちらに移る可能性はある。つまりそういうかたちで人材の奪い合いに勝つために高額報酬は合理的である、と。これは一つは競争の論理、もう一つは労働観という根本問題にかかわるので、この小文では扱えない。ただ、同じ条件でも豊田氏が日産やホンダに移ることは考えられない、とは言える。それは勿論、代々受け継いできた社長と助っ人外人社長との違いではある。大塚家具の社長が、IKEAかニトリに移ることがあるとしたら、そちらのほうが儲かるからでなく、お家騒動に負けて恨みをつのられるようなときであろう。してみると世襲資本家の場合、社への愛着や先祖や子孫への責任感などが、ただ自分が儲かればよいという強欲さへの抵抗要素になる面も認められよう。無論世襲企業には悪い面もあり、(馬鹿息子が多額の社の金をカジノにつぎこんだ某企業など典型だが、)そもそも財産の相続ということ自体に、小生はあまり肯定的ではない。いまの観点で政策提言するとしたら、小生はむしろ雇用者のほうに、(年功賃金でなくても)少なくても終身雇用制は維持し、また賃金とは別に、その子もまた親と同じ会社で働きたいと思わせるような魅力ある会社にすることだと考える。

ここでは大上段の断言にとどめざるを得ないが、経済的利得というインセンティヴとは別のところに、職種や地位の選択基準があるのが、まっとうで健全な社会であると考える。


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床屋道話 (その28 実践理性の優位)

二言居士

 

「マイナスターズ」という歌集団があった。中身はコミックソングで、ボケた歌にサマーズの三村が「つっこみ」を入れて成り立たせている。「心配性」「ネガティヴ・ハート」などが代表作で、小生がカラオケで一つ歌うとすれば「デジタル時代」だが、ここでとりあげたいのは「じゃあ行かねえよ」だ。基本はデュエット。(ちなみにこのユニットで女声担当の「キムコ」は、歌唱力あり物真似もうまいので、もっと出でほしい。女版「ギャップスターズ」の一員などどうかと思うのだが。)男が、「おまえドライブだいじょぶかい? いい山道知ってるぜ」と言う。女が「山道ってどこのこと?」と聞くと、「じぁああ行かねえよ~」と男は即答。そこで三村がつっこむ。「なんでだよ。聞いてるだけじゃねえかよ、山道のことを。」すると男が言い返す(このパターンは小生の知る限り唯一である)。「お前なんだよ。全然ノッてないじゃねえか。『どこの?』と聞いた時点でもう行きかたがってねえんだよ。『えー、行きたい!』だろ、まず。『行きたい行きたい、どこどこ?』て聞くんだろう。まず行きたい意志が先なんだ」と。ぱっと聞いたときには三村のつっこみのほうがもっともに聞こえる。また実際歌全体としては、この「男」のマイナス志向や深層の「おそれ」を笑う視点もある。しかし全体から切り離して考え直すと、この「男」のほうがより深い真実に触れているのではなかろうか。初対面やそれに近い関係なら話は別だが、この男女をそう想定するのは不自然だろう。ドライブに誘うのに「いい山道」ってなんだよ、ってまずそのボケにつっこみたくなるが、いずれにせよどんな山道かはどうでもいいのだ。もっと言えば「ドライブ」自体そう問題ではないのだ。要は彼女と過ごしたいのであり、女にもその気があるかどうかを問うているのだ。だから女もその気なら「え~、行きたい!」が先行するはずなのだ。でもあまりにへんな「山道」なら、と思うかもしれないって? それは論理的には正しいとしても心理的には正しくない。「行きたい意志が先」に表明され、その後「どの」坂道か聞いて気に食わなかったら、でも別の坂道は、と変更させていけばよい。これももっと言えば、「行きたい!」と言った後で、でも、車に弱いから電車で○○に行きたいとか、いい映画(芝居でも開店セールでもいいが)やってるから今はそっちに行きたいとかで、「ドライブ」自体をなしにさせることもできる。まず「どんな」山道かを聞いてから、行くかどうか答えるというのは、論理的かもしれないが、男(誘う側)からはかわいげがない。てなことを言うと、女をばかにしているという声もあろう。そうした頭でっかちなフェミニズム(小生は男女平等という意味でのフェミニズムには反対でない)には、次のように答えておこうか。言葉にとらわれるのでなく、言った人の意図をとらえてそれに答え、またその中で巧みに自分の思いとも折り合わせていくすべてを知るのが、ほんとに賢いことであろう、と。

小生は悪の廃絶を志している。神仏でもスーパーマンでもないので、無論一人でできることでなく、人類全体での、過去現在未来に渡る営みのほんの一部ではあるが、自分なりにできる限りで貢献したいということに過ぎない。しかしそれを表明すると、そんなことができるんですか、と言う者が必ずいる。どうすればできるのかという純粋な疑問ではない。できるわけがないという反語である。それでもこれを疑問としてうけとめると、論理的な答えは「やってみなければわからない」である。つまり心理的には、「やってみましょう」である。だが問うものの心理は「できるはずがない」であるから、この答えに、「やりましょう」とは応じない。そもそもこのような者は、悪の廃絶が不可能というのは自明のように思い込んでおり、性悪説が一つのイデオロギーであることを、譲歩して言えば形而上学であることを、もっと譲歩すれば少なくとも素人には把握尽くせない多くの論議の支えを必要とすることを、自覚していない。どうして不可能と思うのか、と聞かれると、反問自体を意外とうけとめる。無論それを証明することはできない。悪がなくせないと言えるのは、きわめて限定された個別例についてである。たとえばある悪は、再発防止はともあれ、ある結果はもはや防げないとか、私個人(あるいは若干の集団)ではなくせないとか、現在の法律制度や技術水準では防げないとか、誰かが(あるいは一般に)提案されている対策では無効と私は考えるとか、このような個々の問題に関しては、現実的な議論がありうる。しかし一般論としておよそ悪をなくすことはできないなどというのは、無意味で有害な論法である。では逆に、「悪をなくす」というのも空虚な抽象論にならないのか。なら「あなたはどんな悪をどのようになくそうとしているのですか?」と問えばよい。①これは論理的には妥当な問いであるから、私は答えるにやぶさかではない②が、心理的には正直に言えばあまり嬉しくない。人が志を述べるということは、それを認識してくれと求めているのでなく、聞かされた者の志がまず問われているのである。賛否や自分の反応(すばらしいとか驚いたとか)をまず出さずに、「あなたはどんな悪をどのように」という知的質問が先行するのは、少し変ではないかと思うのである。③だがまず理解しなくては賛否も反応もない、と答える者もいよう。しかしそれも後付けの理屈に思える。自分のまわりにもいくらでは悪はあるはずだ。何が悪か、にくい違いがあるかもしれないが、そんなことは具体論の後で調整していくべきことであって、悪の定義から始めようというのは、議論のための議論で、倫理学の授業中ででもなければ、感心しない。そこで小生が最もいいと思うような反応はこうなる。「まさにそうあるべきですね。私はこれこれの悪に対してこのように闘っています。ところであなたは…」。こういう立派な答えはそうないと思っているので、得られなくてもがっかりはしない。しかしせめて、「確かにそうあるべきなんでしょうが実際にはなかなかできないですね」のような反応で、当人なりに努めているような答えなら同感はできる。しかし頭から否定する者が思ったよりいるのが残念である。M氏もその一人であった。その後、小生はある文芸家の作品について話す機会があったが、そこに彼も来ていた。罪の意識を持ち、またそれをゆるしてくれるものがいないことに悩む主人公に関して、いくばくかの意見を述べた。質問の時間に彼が手を上げて、他の動物に対して人間は罪を犯していると考えるがどうか、と聞いてきた。この主人公の罪とは、たとえば約束した女を裏切って死に追いやったというようなことであり、他の動物のことはまったく問題になっていない。他の参加者は質問の意味がわからなかったであろう。彼は、悪をなくそうという小生に対し、それが不可能とする根拠として、他の動物に対する関係を持ち出したのである。この問題に関しても小生なりに考えており、いくつかの箇所で、話したり書いたりはしている。彼はそれを知らないので、とりあげることは悪くないが、そこまでしてというのにはがっかりしてしまった。勉強熱心な人というのは小生のまわりには必ずしも少なくない。しかし小生はそのこと自体はほとんど評価しない。肝心なのは志である。単なる知識欲にとどまるどころか、自分が悪をなくそうとしていないことの言い訳をみつけるためのように、学ぶ者さえいる。人間は、あるいは社会はこういうものだ、と「理解」して、だからこのような悪も生まれるのだと「説明」して終わりである。(M氏をフォローするならば、場違いもかえりみず挑んでくることは、問題として強く刺さったしるしとも言えるかもしれない。心に刺さりも触れもしない者たちよりずっと可能性があるのかもしれない。)

「悪をなくそう」という言葉に対して、さかしげな冷笑がよくないのは明らかだが、「どんな悪を?」「どのように?」とかの知的質問がまず先に来るのは実は転倒しているのではなかろうか。そうしたい、という気持ちが先なのではないか。「『えー、行きたい!』だろ、まず。『行きたい行きたい、どこどこ?』て聞くんだろう。まず行きたい意志が先なんだ」。



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床屋道話 (その27 インセンティヴの倫理

 その一:中村修二氏について)

                                                        二言居士

 

ことしのノーベル物理学賞に、日本人二人とともに日系米国人の中村修二氏が選ばれた。青色LED(発光ダイオード)の発明による。門外の多くの人と同様、小生が知っていた名前は中村氏だけであった。そしてそれは彼の科学上の業績によるが、それに劣らずその後の「社会問題」にもよる。彼がこの発明の特に実用化に向けた研究を行っていたのは、日亜化学工業という企業であった。この成功で会社は莫大や利益を得たが、中村氏には2万円の報奨金を与えただけで、しかも退職した彼を「企業機密漏えい」で訴えた。彼は2001年に自らが勤める日亜化学を逆に提訴し、一審で要求どおりの200億円の支払い判決を得た。会社は控訴したが、その後8億円で和解したというのが、我々に大きなインパクトを与えた「事件」である。

はじめは、会社がひどすぎることから、中村氏の行動は勇気ある異議申し立てと好感されていたように思う。しかし状況が進み情報も増えるなかで、中村氏への疑問や批判も現れてきた。「正当な権利」の要求を超えて、強欲それ自体を正当化しているのではないかと疑われたり、同じノーベル賞受賞者でも田中耕一氏の態度にみられたような「科学者としての純真さ」への一般人の思い入れを裏切るような「人となり」への幻滅ないし反発である。大手メディアに活字で現れたものとして、中村氏の著作『負けてたまるか!』に対する天外伺朗氏の書評をひこう。天外氏はCDやAIBOなどの「技術開発を、同じように無理解の中で進めてきた体験」など中村氏と「そっくり」としながらの批判である。「いかなる成功にも、大勢の目に見えない貢献が必ずある。それに対する感謝の念を忘れた成功者は、まことに哀しい存在だ。」青色LEDでは「最初に発光に成功した名城大の赤崎勇教授の名が本書に出てこないのは、なんとも寂しい」と。

天外氏は最後に、「米国の教授や学生が『ベンチャー企業の経営者』のようになり、成功を求めて必死になっている様子の礼賛には、正直言って首を傾げざるを得ない」としているが、これは先見性ある批評であった。今回の受賞でのインタヴュー(朝日、20141018日)で、中村氏は米国では「科学者であっても、ベンチャーやって新株予約権でお金を稼いで」、「上場したら、何十億、何百億になる」ことを礼賛している。まあ、動機が金でもいい研究を残せればいいじゃないかという考えはあろう。しかし小生がこのインタヴューで衝撃だったのは、彼が米国籍をとった理由を聞かれて答えた部分である。「米国の大学教授の仕事は研究費を集めること。私のところは年間一億円くらいかかる。その研究費の半分は軍から来る。軍の研究費は機密だから米国人でないともらえない」。なんと、中村氏は米軍から金をもらうために、日本国籍を捨ててアメリカ人になったのだ。もちろん、金を受け取れば「協力」要請は断れまい。金のために戦争に、しかも外国軍に協力する研究では、科学者としても人間としてもまったくだめではないか。中村氏の「インセンティヴ」とふるまいとは、おおいに非難されるべきものと考える。

念のために言えば、青色LEDは人類全体に価値ある科学的業績であることは小生は喜んで認める。また中村氏が「大反対」を表明している、いま政府が準備している、会社員の発明を会社の所有とする法律は、確かにおおいに問題であることもつけ加えておく。


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2014/12/26 18:17 2014/12/26 18:17
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床屋道話 (その26 ありのままの倫理)
                                                                 二言居士

 
 いま真夏に小生はこれを書いているが、添付画像今年一番の当たりになることは間違いないだろう。母親に連れられて見て来た女の子が尋ねた。あの女王様はほんとはありんこだったの? 「ありのまま」という日本語になじみがない小さすぎるこどもだったので、「蟻のまま」と解したらしい。ほんの少し上の姉が答えた。そうじゃなくて蟻のお母さんよ。こちらは「蟻のママ」と解したようだ。ところで巷に鳴り響く「レリゴー」を聞くと「スーパースリー」の主題歌を思い出してしまうのは小生だけだろうか。冒頭の「ラリホー、ラリホー」がメロディも音韻もよく似ている。

 マクラはこれくらいにして本題に入ろう。原曲”Let it go”と日本版「ありのままで」には微妙な違いがある。文化が違う以上もとより「完全に正確な」翻訳は不可能で、特に制約の多い歌詞では当然ではある。しかし逆にそのずれを通じて文化の違いが垣間見え、この歌の場合も少し興味深く感じた。がそれくらい他にも考えている人はいるだろうとネット検索をしてみたら案の定で、小野真弘という人のものがすぐに出た。「イギリス在住の免疫学者・医師」とある(5月27日ツイート)。以下それも参考にして書いてみる。(劇中歌なのでほんとは文脈を考慮する必要があるがここでは捨象する。)題の”Let it go.”と「ありのままで」を含め、第一印象としては原詩のほうが日本語版よりも強い。が内容を検討すると趣旨はおおまかには同じであり、違いは「ニュアンス」の次元の話である。

 原詩でまず気にかかるのは、”Don’t let them in, don’t let them see./Be the good girl you always had to be.”は引用符がつく部分と思われるが、誰が言っているのかである。自分に言い聞かせていた言葉かもしれないが。いずれにせよ原詩では「他者」への強い意識があり、これがこの歌を「強く」感じさせている。この部分の”them”を受けて”Well, now they know !”となって姿勢を転じる。そして”I don’t care what they’er going to say.”という句がまさに”Let it go.”の中身と考えられる。もっと後になるとこの”they”は”you”となって面と向かった他者となり、”You’ll never see me cry.”と挑戦的な宣言となる。こうしてみると日本版が見事に「他者」を消す訳になっていることに気づく。たとえばいま挙げたところは「二度と涙は流さないわ」でtheyもyouもない。言語構造のためだけではない。というより言語的理由の背景に文化的な構造があると見るべきだろう。もう一箇所挙げれば、”The wind is howling like this swirling storm inside.”が単に「風が心にささやくの」である。嵐の風を「ささやく」ものとやさしくし、原詩では直喩のところ(下線部)が日本版ではせいぜい隠喩となる。原詩では他者に対する自己主張としてチャレンジングであるが、日本版では自分探しの結果の決意表明として不動の悟りに至ったかのようである。

 小野氏は次のように述べる。「自分のパートナーに『ありのままの自分を受け入れてほしい』というのは、しばしば今の日本社会で〔…〕みられる幻想だろう。自分のそのままの成長していない〔…〕状態で評価されるとしたら、それほど楽なことはない。努力をして自分を成長させることで、より高い人格になろうという進歩的な考えはそこにはない」。「ありのままに」〔に〕は含まれていないものが、まさに今の日本の社会で欠けている要素の一つのように思えてならない。」――これはいかにも欧米在住のインテリの言あげと思われる。小生はこれに賛成するところとしないところがある。
 
 まず賛成できる点は、ありのまま評価が確かに日本社会に強いという事実認識である。ただし小野氏の言う「今の」日本というより伝統的である。衣食住から芸術まで自然の「素材の良さを生かす」ことをめざす。外なる自然だけでなく内なる自然、人間性(human nature)についても、「素朴」を愛し、正直・素直であれば神が宿るとか、煩悩に満ちたままで仏性を持っているとかする。伝統的「自然(じねん)」は「ありのまま」の意味である。詳しくは専門家に委ねたいが、日本精神史は「♪ありのー、ままでー!」の大合唱である。そしてそこには弱点がある。あまりにも諦めがよく、既成事実に弱く、「現実」のベタの全肯定になりがちである。

 次に賛成しない点。小野氏が「自分のパートナーに『ありのままの自分を受け入れてほしい』というのは」云々と言うとき、この『パートナー』は仕事の相棒とかでなく恋人や配偶者のことととるのが自然だろう。この違いが重要だ。(他人と違う)そういう「パートナー」や親には、「ありのままで」受け入れられることを期待するのがふつうでよしとされる(それを求めないのは「水臭く」受け入れないのは「冷たい」ことでよくない)のが日本文化の伝統である。小野氏はこの違いに留意せず、また(明示していないが論理的には)このような日本的「甘え」を評価しないことになる。(聖母マリアのような超越的存在でなく)生身の誰かに甘えられるという救いがない欧米のような国に、小生は日本を変えたくない。

 最後に原詩と日本版のそれぞれについて、小生が素直にいいと思えないところを一つずつ挙げたい。(A原詩)「いつもよい娘(こ)であらねばならない」(Be the good girl you always had to be)という因習的な縛りを解き放って、自分の力を試してみよう、というのはよい。”The perfect girl is gone.”というところは最もよい。しかし、”No right, no wrong, no rules for me./I’m free !”というのはひどい。「自由」とは善悪やルールがないことじゃないだろう。ディズニー板「ニーチェの言葉」か?! 原詩を二読三読すると、最後の”Let the storm rage on !!”のstormとは、つまり世間の非難や悪評のことと思われる。それをものともしないというのは最悪と思う。ちなみに小野氏がエルサは「let it goという思い切りにより、むしろ悪魔的になった」と評しているのはこの点でうなずける。(なお彼は、だからlet it goはこの物語の=人生における最後=完成でなくそのプロセスにおいてむしろ乗り越えられるべき局面ととらえる。)(B日本版)自分にうっとりネエちぁんというのは昔からいて少しヒクが、抑圧を破って自己肯定感を得られた女性、としては祝福してもよい。素直になれなくなるのは、この肯定が強すぎて、わたしたち一人ひとりのというより、世相のそれと重なって感じられてしまうからである。自虐はもうやめよう、日本のすばらしさを誇ろう、という政治くさい、そしてはなはだ危なっかしい近頃の大宣伝(本でも雑誌でも怒涛のような「自虐」批判・日本賛美の嵐だ)にも、この2014年で日本の「戦後」がはっきり終わり新たな戦前になったことが知られる。「ありのままで」がその最初の軍歌かもしれないというのは言い過ぎではあるが。

 松たか子に、あるいはMay J.になりきって歌いながらも、考えてみたい。







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床屋道話 (その25 浮気の経済)
                                                                  二言居士

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 スマートフォンの普及が著しい。電車やバスの中で、いや歩きながらだろうが会食中だろうが、いまや多くの人が画面をみつめている。パズドラとかいう竜に貴重な時間を喰われている者もいる。ラインとかに縛られて、毎日四・五時間も費やす若者も少なくないという。いっきに増え、しかし二台も三台も持つ人はふつうでないので、各社は他社から契約者を奪うことを中心戦略とした。さすがにそれはおさえようということで近頃方針転換が発表された。しかし、こうした商法の不道徳性への反省からかと思うのは世間知らずの道学先生くらいで、不毛な消耗戦にねをあげたのが最大の理由であろう。従来のしくみでは、利用者は最初に契約した会社を何年も続けず、どんどん乗り換えるほど得をする。アナログの世界では新聞でよくあった話で、中身でなく、新規契約だと多くの景品がつくというので、購読紙をとっかえひっかえする読者もいた。しかしこれは、インターネットの接続会社などデジタルの世界で特にめだっている。決まった相手に「忠誠」を尽くすと損し、浮気するほど得する、というシステムである。このようなたとえは小生のいやみではない。企業CM自体が多用しているものである。たとえば、失恋した片桐はいりに小泉今日子が「それはよかった」と言う。なんでやと思わせるが、そこで小泉が、新しい出会いのチャンスだ、と言うオチである。ひどい、とあなたは感じませんでしたか? この二人は「あまちゃん」出演者つながりであり、残念なこともよいほうに発想転換する「ポジティヴ思考」でいいじゃないか、というのが作り手の頭かもしれない。しかしまず、年下に見える(実際に三歳下の)Kyon2が上から目線でアドヴァイスするというのが(彼女のほうがルックス的にふられそうにないだけにいっそう)道学者には気に障る。無論本質的なのは、そのドライで貪欲な精神であるが。二夫にまみえぬのが貞女、などという気は(守旧派の小生と言えども)さらさらない。統計的には、男のほうがひきずり屋で女のほうがすっぱり割り切りやすく、これも「あまちゃん」でリバイバルした薬師丸ひろこの歌のように「愛した男たちを思い出に変えて」、というのは男の身勝手な願望だというのは受け入れることにしよう。それでもこうした場合、「時が解決するよ」というのがぎりぎり許容できる勧告と思う。数年前やはりパソコン関係のテレビCMで、ふられた中居正広が、いったんがっくりするが、すぐに頭を上げて当の相手に「別のコ紹介して」と返す状況に、「切り替えの速さ」をアピールするものがあった。今度のCMではいったんがっくりさせる間も与えない。それに中居君版では、この「現金な」男に若干の風刺も感じ得るが、Kyon2版ではけっこうマジでそう思っているかもしれないと疑われる。そもそも「長~く愛して、ゆっくり愛して」(この人も亡くなりましたなあ)いては「経済成長」にはつながりにくい。そうしたくてもそうさせない商品が増えていく。XPのサポート期限切れもあって、この春小生はパソコンを買い換えた。またVHS・DVDのリモコンが壊れたがもう修理できないということで新しく買ったら、続けてデッキ本体が壊れて今度はそれごと買い換えねばならなかった。それはもう一社しか作っておらず(販売もヤマダ電器などもう扱わないところもあり)、そのうち手に入らなくなるかもしれない。小生が買いにいったコジマ電器の販売員は、自分が持つ約1000本のVHDテープをDVDに少しずつダビングしていると言った。ところでDVDのディスクはVHSのテープよりも寿命が短いのである。老後の楽しみなどと大量にためてもそのときには読み取り不能になっているかもしれないことを、あなたは知っていますか?

 商品に関する「浮気」だけでなく、リアルな男女関係においても、貞節よりもアバンチュール的であるほうが経済効果があるとしたのはゾンバルトであった。彼の「解放説」は資本主義そのものの発生基盤に関しては、ヴェーバーの「禁欲説」に比べると深みに乏しかったかもしれないが、しかし消費資本主義の存立基盤に関するものとしては説得性も強いのではあるまいか(邦訳『恋愛と贅沢と資本主義』論創社)。その「浮気性」はマルクスも強調している。「ブルジョワジーは、生産用具を、したがって生産関係を、したがって全社会関係を、絶えず変革しないでは生きていけない。〔…〕生産の絶え間ない変革、あらゆる社会状態の絶え間ない動揺、永遠の不安定と変動とは、ブルジョワ時代を以前のいっさいの時代から区別する。あらゆる固定した、さび付いた関係は、それにともなう古く敬うべき先入見や通念とともに解体され、新しく形成された関係は、すべて化石化する暇もないうちに古臭くなる。すべて固定的なものは煙と消え、すべて聖なるものは汚され、こうして人はついに、自分の生活のリアルな状態〔…〕を、さめた目で直視することを強いられる」(『共産党宣言』)。共産主義云々は横において考えると、彼の指摘は今でも、あるいは今いっそうあてはまることも少なくない。実はマルクス自身は、こうしたブルジョワの「進歩性」を道学者的な憤慨でなくそれこそリアルにみつめ、それゆえに自らも壊さざるを得ないという論理にもっていきたいようだ。しかし21世紀の私達は、ここにこそ疎外と悪があると言うべきなのではなかろうか。「変わらなくっちゃも変わらなくっちゃ」(イチロー出演の車のテレビCM)とばかり、内発的な進歩でなく、適応せずんば生き残れないと脅されて生きる非人間性からの解放を! 元アメリカの投資銀行のディーラーだった藤巻健史氏は、「改革はスピードが命」と訴え、小泉「改革」を煽った(朝日、05年9月24日。現在は日本維新の会の国会議員)。小泉氏は「適応しないと滅びる」と社会ダーウィニズムも援用したが、「非情」を自称した彼としては、人は獣を見習うべきということか。無論古いものほどよい、古いほどよいとは言わない。日本で最古の天皇家が最も尊く、それを戴く「国柄」(以前は「国体」と言ったが今のウヨクはこう言いたがる)を最も長く保っている日本が世界で最もすばらしいというのは、単に哂うべきである。しかし変化や改革至上主義なく、場合によってはスローライフの取り戻しこそが現在の進歩ではなかろうか。

  渡辺淳一氏が亡くなった。一般的には、不倫を中心とした官能的な小説の書き手として名を知られた。(小生としては、野口英世の実像を描いた『遠い落日』が、本来医師であるこの著者ならではの力作として勧めたいのだが。)初出は日本経済新聞が多かったが、以前ある謹厳なOLが勤め先のおじ様たちについて、有能ビジネスマンぶって日経を講読するが、実は渡辺淳一の小説をいちばん楽しみにしているのがイヤだ、とのたまうのを聞いたことがある。しかしこの新聞が私達を浮気性にしているのは、文芸欄の不倫小説によってよりも、一面の経済記事によってではなかろうか。

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 2013年のNHK大河ドラマは、綾瀬はるか主演による「八重の桜」であった。2011年3月の大震災と原発事故を受けて、「福島県人を主人公に」というのが最大の意図として選ばれた題材であった。福島出身の俳優も使われた。

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 発表を聞いたときの小生の危惧は、主人公新島八重が知られているのはまず銃士としての活躍によっているので、好戦的、あるいはそこまでいかなくても武力行使の正当化に向かうドラマにならないかということであった。「女性の活躍」というのが近年の大きな主題であり、そのこと自体はもっともとは言えるが、これに悪乗りして「女でも銃を取る」ことのあおりになるおそれである。幸いそうはならず、「銃を撃った」ことへの反省が後半に現れた。これは、一つは夫となった襄のキリスト教から、もう一つは戊辰後、薩摩などかつての敵側との交わりからのものとして、しっかり描かれていた。終わりのほうでは、襄の教え子ながら帝国主義者になっていく徳富蘇峰への批判を通じて、むしろはっきり平和主義を志すものになっていた。蘇峰は戦前日本のマスコミ界における最大の戦争責任者になったことを知っている我々としては、彼への批判をいま盛り込んだ意義は多としたい。


 前半の反響としておもしろかったのは、京都守護としての会津の活躍の半面として、長州などの「志士」が「陰険なテロリストのように描かれている」ことへのとまどいや反発であった。実はこれは三谷幸喜氏の「The新鮮組!」のときにもあったことだが、これらのほうが史実であり、会津は悪玉の「朝敵」というのが討幕派による烙印なのである。そしてその汚名を雪ぐことが戊辰後の会津の大きな苦労であった。番組後半でもそのこと自体が大きく扱われていたが、この反響からは、百五十年後の今日でもまだそれが必要であったことがわかる。もう一つおもしろかった反響は、このような内容から、昔も今も福島は中央の犠牲にされてきたのだとわかった、という感想である。もっともである。概して人のいい福島県民自身はもとより、正義や公正を尊ぶ者はこのことにもっと怒ってよい。

 こうした効用があった「八重の桜」だが、この路線が続くかは疑わしい。安倍首相になって、NHKの会長と経営委員に選らばれたのはつわものぞろいである。①籾井勝人会長。就任会見での発言。a「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない。」――日本「政府が右と言った」ならそれを伝える必要はある。しかし他国が「左と言った」ならそれを伝える必要もあり、国内の反政府が「左と言った」ならそれも伝える必要がある。公共放送は政治的に中立でなければならない。イギリスの公共放送BBCは、イラク戦争で批判的な内容も報じたことで政府と対立したが、この籾井発言を「衝撃」と伝えた。政府が右と言うゆえに右であるとして伝えるなら、戦時中の大本営発表と、あるいは今の某独裁国の国営テレビと同じである。どちらかと言えば「右寄り」の某週刊誌の最新号が「籾ジョンイル」と書いていた。b同じく就任会見で、従軍慰安婦について、「紛争地域にはどこにもあった。」とし、現在もオランダでは売春が一部公認されていることなどにも言及した。――問題は従軍慰安婦が売春一般と同じでなく、強制性があり、政府や軍の関与があったことにある。強制性とは、拉致されてやだまされての場合があっただけでなく、自由にやめられず、休日に自由に外出することさえままならなかったことなどで、「性奴隷」と言われるゆえんである。フランスやオランダの国名を挙げてこれを弁護したのは、先進諸国の反発を招き、また人権に無理解と思われよう。第二次大戦中に軍や政府の関与でこれに類する制度があったのはナチス・ドイツだけであり、「どこにもあった」というのは無知か欺瞞である。c理事すべてに日付なしの辞表を提出させた。いつでも首を切れるということで、文字通りの独裁的恐怖政治である。批判されても「民間でもあること」と開き直った。しかし経済同友会の長谷川代表幹事は、「経営を監視する取締役の発言の自由を制限することになる」ので「適切でない」と批判、日本商工会議所の三村会頭も、「就任直後に辞表を出せといった例は、自分の知る限り通常の会社ではきいたことがない」と断言した。②本田勝彦経営委員。日本たばこ産業顧問。学生時代、安倍首相の家庭教師であった。③百田尚樹経営委員。大衆小説作家。a自民党総裁選で「安倍首相を求める民間人有志による緊急声明」の発起人の一人。bNHKを「国営放送」とブログで記述。念のために解説すれば、NHKはいわゆる民法とは確かに違い、受信料の徴収が法律で認められ、予算は国会の承認が必要、人事に政府が関与する「特殊法人」であるが、国営ではない。c「もし他国が日本に攻めてきたら九条教の信者を前線に送り出す」と、ブログに書き、テレビでは護憲派を「妄想平和主義者」と罵るなど、現憲法の平和主義に激しい敵意を表明。d都知事選で田母神候補を支援し、街頭演説に立つ。そこで他候補を「人間のくず」と言ったというような言葉咎めで品格を云々するのは、事柄を矮小化してしまうように小生は考える。むしろ発言内容が重大である。南京大虐殺について「そんなことはなかった」と歴史的事実を抹殺。また東京裁判について、東京大空襲や原爆投下を「ごまかすための裁判だった」と真っ向から否定し、米国を批判した。④長谷川三千子経営委員。本居宣長などを研究したというが、改憲派として政治発言もしてきた。a百田氏同様総裁選で安倍支援の発起人の一人。b女性の社会進出が出生率を低下させたとして共同参画基本法などを批判するコラムを産経新聞(1月6日)に執筆。性別役割分担を「きわめて自然」として雇用機会均等法も批判した。安倍明恵夫人もこどもがないのだが…。c記事に抗議して新聞社に乗り込み自決した右翼を賛美する文章を発表。一種の自爆テロの神がかり的礼賛である。

 このように新しく選ばれたNHKの幹部には、戦前の日本を肯定し、中・韓だけでなく米とも争って古い「日本をとりもどす」熱意の高い者が多い。2014年は豊臣秀吉の「軍師」黒田官兵衛(受けた領国筑前は麻生副首相の地元)、2015年は大日本帝国創設者たちの師である「軍学者」吉田松陰(安倍首相の地元長州の人)の妹が主人公である。

 安倍氏が官房副長官だったとき、NHKは従軍慰安婦を含む問題について現場が制作した番組を放映直前に改編することがあった。東京高裁はこれをNHKの上層部が政府の意向を「忖度(そんたく)」したものと判定した。安倍・自民の政権復帰を機に、NHKの「忖度」は更に進んだのだろうか。「錦の御旗」にまつろわぬ者を「朝敵」としてふみつぶし、その旗をいたるところに立てるべく力強く世界進出していく道が見える。



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床屋道話 (その23 「プライド」の倫理その1)

      
 近年「プライド」はおおいに語られている。「誇り」「自尊心」などの言葉も使われるが、単に最も多用されるという理由で以下「プライド」の語を使うことにする。それらはしばしばプライドを「持て」という方向性での話であり、しかして小生はそれに対して多く否定的な発言をしてきた。個人としても国などの集団としてもその強調には危うさがある、ということをちらちらと言ってきた。「ちらちら」でなくもっとつっこんで言う必要があろうが、今回は逆の方向性で書くことにしたい。つまりあらゆる意味でそんなものは「持つな」「捨てろ」という意見ではないので、「もっと持て」と言いたい局面さえあるので、今回はそちらというわけである。

 夏目漱石が博士号を辞退した話は比較的有名であろう。小生はずっとこれを誰もが「痛快な」エピソードとして喜ぶものと疑わなかった。しかしそうとも限らず、批判意見もあり得るようだ。批判者はたとえばこう言い得よう。“お前はもう学者を辞めて小説家になった。いまころ博士号でもあるまい、というのはいちおうもっともだ。もらいたいとこちらから頼んだわけじゃなし、とも言えよう。もっと言えば、物書きとして少しばかり人気の出た自分に名誉を与えるかっこうで、自分たち(政府ないし文部官僚)もまったくの野暮天じゃないよ、在野の才人を褒賞する眼力と太っ腹を持ってるという宣伝にしたいんだろう、と。そういう面もなくはないと認めよう。でもそれだけでもなかろう。出す側にある程度の評価と好意とがあることは認めてやってもいいだろう。直接出す側だけでなく、そのようにもっていったまわりの人々の世話や気持ちも考えるべきじゃないか。そういう人たちの中には、お前の生活が苦しいのを知って、博士にでもなったら少しは楽になるかと思ったかもしれない。勿論これは学位というものについても、「死ぬか生きるか維新の志士の心で」文士になったおまえについてもさっぱりわかっていないと言えよう。しかしだからと怒っていきがるのでなく、そういう人々にもわかってもらえるように辛抱強く努めるべきなのじゃないか。また博士になったからと言って読むような者にしいて自分の小説を読んでもらおうとしたくはないかもしれない。しかしそれは他の人々より自分を上においているのであり、わからぬ者はわからなくてよいというひとりよがりだ、と。”さらに考慮できるのは、漱石が国民的文豪として偉人入りしたのは戦後に過ぎないことである。生前はある種の人気作家であっても「文壇」の中ではすみっこのほうに位置しており、そもそも戦前は「作家」の社会的地位はめっぽう低かった。“勿論そうした状況自体が「不当」だったかもしれないが、現にそうである中ではそうした枠組みも使いつつ他者の善意にこたえていくのが、作家一般の地位を上げるのにも寄与するのではないか。またなるほど第一作の『吾輩は猫である』にすでに「博士」の称号が風刺的に扱われており、漱石の考えは読み取れる。にもかかわらずそれを与えれば頼みもしていない漱石が嬉しがるだろうと思うなら、まさに『猫』さえろくに読んでいないことが丸見えであり、逆にばかにするなと言いたくもなろう。それでもその制度自体は否定していないのだから、俺をわかっていないなと苦笑しつつも自分の側が太っ腹になって受け取るのもありではないか。むしろ漱石は西園寺公望首相が文士たちを招くパーティを開いたときも出ず、断りの葉書におちょくっているとも思われかねない俳句を書くなど、「権威と闘う」ということにこどもじみた陶酔を感じているのではないか。”こうした批判にあなたはどうこたえるか。同時代に身をおいたとき、とりわけ身内や仲間内など、漱石をリアルに支えたいと思っている人からすれば、彼の行為は決して「痛快な」ものではなく、よくて困ったところ、悪くすれば彼のいやなところの表れとみえたのではないか。これを読者に聞きたいのというのが、今回の文章の第一のねらいである。

 小生は稲門の出である。赤門以外は「大学」じゃない、という人もいることは承知するが、全国で知られた、一般的には名門校と言えるだろう。入学時に思ったことの一つは、しかし自分は早稲田の学生である、ということで威張るまい、ということであった。――ここから続きがちなことは、”むしろ自分が大学の名誉を傷つけないようにしよう”という心構えかもしれない。しかしそのような「謙虚な」話ではない。小生が考えたのは、”早稲田の○○”ではなく、”かの○○が出た早稲田”と言われるようにしよう、ということであったから。――以上についての注釈二つ。その一つはここで議論をさきの漱石の件と重ねたがっているのは、まさに「プライド」というより傲慢ではというあり得る批判に対してだ。問題時点の漱石は「国民的偉人」でないと断ったが、それでも大学入学時のお前と比べ物にはなるまい、お前はもう漱石気取りなのか、と言われ得よう。それへの答えは、端的に言えば、いや俺は漱石なのだ、となる。その注釈がつまり、これもまたごたいそうな議論と言われそうなのを承知の上で言えば次のようになる。十五にして学に志し云々という『論語』の言葉は誰しも知る。王陽明は言う。これは単に孔子個人の記述的言明ではなく、一般にこうありたいものだという規範的言明である(ここまではよくある解釈だ)。そしてここでかなめになるのは「志」という語であり、これは「学」だけでなく後すべてにかかると解する。すなわち三十にしては「立つ」ことを「志す」のであり、四十にしては「惑わない」ことを「志し」云々と。このような志こそ、人間において最も重要なものではあるまいか。新入生に過ぎない、新入社員に過ぎない、という意識ではどうしようもないのではないのか。入社した時点において、志においては、自分は日本のビル・ゲイツなんだ、平成の松下幸之助なんだ、と思わずに何ができようか。漱石は分身的なある登場人物に、裟翁ももうだめだぐらい言えなくちゃいけないと言わせている。シェークスピアの偉大さを彼が認めていたことは、『文学論』その他を持ち出すまでもない。しかしおそらく彼は最後まで、裟翁何するものぞの志を失わないように自分に鞭打っていたに違いないと想像する。もう一つの注釈は上からもわかろうが、入学時の小生は「この私」の「プライド」としてそう思ったのではなく、誰もが思うべきこととしてそう志したということである。そして小生は今でもそう考えている。つまりたとえば早稲田にはいる者なら誰もが、伝統ある学校に入れてもらってありがたいと思うのでなく、大隈を超え、逍遥を超えるつもりになるべきだと考えている。みなさんはそうは思わないのだろうか。このような考えは昔風のいきがったものなのだろうか。それとも「おのれ」を世間よりも上におく、独りよがりな悪しきものなのだろうか。もう一度言えば、小生は「プライド(を持つこと)」について全体的には否定的な考えなのだが、今回問題にしたことに限定していえば、人はもっとプライドを持ってしかるべきだ、と思っているのだが…

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2013/09/06 18:19 2013/09/06 18:19
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床屋道話 (その22 「コンパクト・シティ」に反対)

人間はアリのように積み重なって生活するようにはできていない。
一箇所に集まれば集まるほど、いよいよ人間は堕落する。――ルソー

  

 小生は 毎年『経済財政白書』を読むことにしている。言うまでもなく、毎年の経済状況について政府が整理し分析したものだ。おおむね地味で退屈な本だが、ときに政治家や経済官僚の考えがみえて関心をひかれるときもある。


  昨年(2012=平成24年)のものではコンパクト・シティの提起が気になった。まだ耳慣れないと思うが、そのうちじわじわ、あるいはどっと出される可能性も少なくないと思われる。「限界集落」と呼ばれる、高齢者ばかりになった地域の出現が背景にある。従来の「過疎地」だけでなく、ニュータウンなど、首都圏・通勤圏のあちこちにも生まれつつある。近くの店などがなくなり、また駅まで15分20分だとしても坂が多かったりして車のない年寄りには難儀だ。また行政のほうからの対応にもコストがかかるというのである。そこで『白書』を書くようなお偉え方としては、むしろそうした「集落」はもう見捨て、住民たちは中心街の高層ビルに移してしまうのが人口減のこれからの日本に効率的だ、とお考えのようだ。

  一般国民、特に弱い立場の者をモノ扱いして都合よく集積しようという高慢なそろばん勘定がまずむかつかせるが、冷静に考えてもよいとは思われない。転勤を繰り返すエリートビジネスマンや高級官僚は地域との絆など屁とも思わないのだろうが、まっとうな生活者は住みなれた地域に愛着を持っている。特に高齢になってからの転居が精神的に大きな負担であることは心理学的事実だ。経済官僚の功利主義は本性上不人情だが、コンパクト・シティ論は損得勘定としても「爪で拾って箕でこぼす」ものではあるまいか。

  いまの日本の道はよすぎるほどである。もうけ主義のバス会社が撤退しても、小型のコミュニティ・バスを駅・病院・大型店舗などを回って走らせてうまくいっている自治体もある。(高速道路の高架・トンネル・橋などの補修はこれからの検討課題だが、生活道路の補修にはそれほどの額はいらない。)食料品店などは、昔の「御用聞き」のように、店のほうから車で商品を届けにくればよい。そのときあしたの注文を受けてもいいし、電話・ファックス・インターネットなど、連絡手段のほうも昔よりはるかに発達している。生協では現に行っており、準営利でも目先の利くところでは、一人暮らしや忙しい人向けに、調理した食事を宅配する商売を始めている。「限界集落」では、確かに出前するそば屋・中華屋・すし屋・ピザ屋をそれぞれ一つずつは持てまいが、ある程度多様に宅配できる店を一つ維持することは工夫できるのではあるまいか。また、隣は何をする人ぞのコンクリート・ジャングルで犯罪が多いことは社会学的事実だ。人々が知り合っている町や村よりも、ビル街での防犯対策は費用がかさむ。

  むしろ密集した人々をばらけさせる施策をとるべきである。いまの高齢者は農家出身も多いので、退職後近くに畑を借りて楽しみつつ実益も上げている者も多い。こうした人々の経験も生かして、より若い人々も呼び戻して、都市近郊の農牧業を進め、また里山を守りたい。米でも木材でも確かに輸入のほうが安いかもしれない。しかし田が荒れていないこと、森や林があることで、国土保全にどれだけの利得が生まれているかを、計算から落としていないだろうか。自給率や食の安全の面もあるが、治水や防災の面でも、一次産業の見えない効果は莫大なのである。そして国の最大の富は人なのだが、高層マンションで画像のゲームで遊んだ子と、自然や生き物と触れて育った子とでは、どんな違いが生まれるだろうか。海沿いの再開発で作った高層建築群で風を止め、都心のヒート・アイランド化を加速化して冷房付けにする、そのため電力が欲しくて原発に依存させる、なんとも愚かなエリートたちよ。いや目先の利にはあまりにもさとい、実業家たち・政治家たちよ。

  毎年「反経済白書」を構想するのが、愛国者の務めかもしれない。


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2013/06/10 10:33 2013/06/10 10:33
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床屋道話 (その21 「飛ばないボール」に賛成)


 球春である。
 ことしはプロ野球で統一球、いわゆる「飛ばないボール」採用の三年目となる。反対論もあいかわらず強いが、小生は賛成派だ。ただし賛成派の理由として最大なのは、「本場」アメリカに合わせるということだが、小生はそのためではない。もとからそのような事大主義には反対してきた(第17回「ダル、ちっちぁいぜ」参照)。

  この点ではむしろ桑田真澄氏の意見がよい。桑田氏は、統一球を対米上受け入れたうえで慣れと練習でその「弊害」を克服する、という路線はとらない。むしろそれを、①日本的「スモールベースボール」の磨き上げの好機ととらえ、また②それが野球本来の魅力を引き出すことでもあると言っている。二つとも同感だ。

「飛ばないボール」で本塁打を量産する日本選手は少ない。それゆえそこで勝つには、堅い守備で失点を最小にし、盗塁や犠打をからめて少ない好機に得点していくという戦術が必要だ。これは「スモールベースボール」と呼ばれるもので日本のお家芸であり、いままでのWBCなどでもこれで勝ってきた面が強い。だとしたらいまさら無理やり身の丈に合わぬ衣装をつけて苦しむ必要はないというのが①である。

 だがそれはつまらないという意見もある。統一球問題以前からのものだ。日本「野球」はbaseballでないゆえにだめとする形式論はおくとして、前者の「ちまちました」ところや自己犠牲的なところを嫌い、後者の「パワフル」で個をありったけ出すスタイルを称揚するものだ。それへの反論が②である。およそ「パワー」のあるものが勝つというだけなら「スポーツ」はまったく成立せず、弱い者いじめに過ぎまい。「強いものが勝つのをみたい」、「誰(どちら)が強いかを知りたい」という欲望は反道徳的であり、非難されるべきである。またそんなものをおもしろがるのは悪趣味である。趣味にも洗練があり、道徳上の意味とは違うが「よしあし」があって、よい趣味へと陶冶されることが望ましい。(スポーツファンの何割かあるいは何%かは、勝つあるいはむしろ負かす側と同一化して強さの意識を得たいだけである。)野球でいえば本塁打は大味であっけない。たまに「きれいなアーチ」や「びっくりするような場外弾」があるのはゲームに味を添えるが、ポンポンはいる試合はつまらない。本塁打は草野球でも出るものであり、ブロの試合が素人と最も違うのは守備である。重殺や捕殺を含め華麗な守備をこそ、小生はプロの野球では見たい。また野球が団体競技である以上、犠打や進塁打が場面において重要なのは当然である。小技に巧みな者や足の速い者など、むしろ多様な個性を生かすうえでも有効だ。作戦も幅広くなり、考えながらみる楽しみが倍増する。パワーヒッターばかり並べ、長打を期待するだけというのはなんとつまらぬ試合だろうか。個々の場面についても、「まっすぐ勝負に思いっきり振り切る」のが醍醐味のように言う者もいるが、いささか単純すぎないか。まして、ルール違反でもないのに、変化球でかわす投手や四球を意識して粘る打者を、まるで卑怯のように評する者もいるのはいただけない。昔Fルーズベルト米大統領は、野球が最もおもしろいスコアは八対七だと言ったという。これを紹介した日本人は自分は七対六くらいだと書いた。小生の感覚では五対三だ。どちらかが六点もとられるようでは試合がしまった感じがしない。昨年は一試合平均で約一本の本塁打が出たが、これはちょうどいい程度ではないか。

 桑田真澄氏はことしは体罰問題でも正論を吐き、かの橋下徹大阪市長もぎゃふんと言わせた。小生は実は選手としての桑田氏はあまり好きではなかったのだが、現役引退後解説者としては理論的かつわかりやすく、しゃべる人としては評価できる。
今年の野球、試合とともに、野球をめぐる文化観や世界観にも変化があるかどうかの観察を含めて、楽しむことにしたい。


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2013/03/05 10:49 2013/03/05 10:49
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床屋道話 (その20 密告の倫理)

 ことしのNHK大河ドラマ「平清盛」は出だしからあまり評判がよくなかった。画面処理の新手法への違和感などもあったようだが、もともと主人公に悪人イメージがあるのも要因という。確かに独裁者ではあるが、(信長や秀吉のような)「人気ある」独裁者も少なくない。平清盛にはしかし陰険さが感じられるためかもしれない。彼の「イメージ」をつくった最大のものは『平家物語』であるが、その中の「禿童(かぶろ)」のくだりなどは端的な例と言えよう。例の“平家にあらずんば人にあらず”もこの箇所に出る。それによれば清盛のはかりごととして、十四、五、六歳のこどもを三百人選んで、髪を短く切って赤い直垂を着せて都を廻らせた。そして平家を悪く言う者がいるとその家に乱入して財産は没収し本人は逮捕する。役人も見ないふりをし、批判を口にする者はいなくなったという。こどもを使った監視は文化大革命を思わせる。大河ドラマでもさすがにこれは少なくとも「やりすぎ」たものとして批判的に演出された。清盛(松山ケンイチ)の右腕的存在であった「兎丸」(加藤浩次)が犠牲になり、清盛も反省したかたちがとられた。権力者が自らの支配を保つための、スパイや密告の仕組みに対して民衆が反感を持つのは当然であろう。

 前々回に小生がとりあげたいじめの告発はこれとは異なる。構成員の権利を守ることを務めとしている権力(者)に対してその執行を求めるものである。これを非難するのは、被害者をさらに攻撃するものである。しかし両者がしばしば混同されるのには、二つの理由が考えられよう。第一は前々回でもとりあげた自力救済を優先させる思想、あるいは「力への信仰」思想。「道理」(right)よりも「力」(might)というのは、私達がまずもって、そしていたるところでまたあらゆる機会に闘ってつぶしていかなければならない悪の思想である。第二は、日本ないし東洋に特殊的な理由であると思われるが、「権力」の「正当性(正統性、legitimacy)」という思想の乏しさである。西洋では「権力(者)」は単なる「実力(者)」ではなく、その力の行使において正当性を有するもの(者)のことである。この区別がない場合の態度は次のどちらかになる。一つは長いものには巻かれろという奴隷根性であり、その正当性の有無などを事挙げして逆らうのは現実をみないばか者とみなすものである。もう一つは強者に逆らうのがかっこいいといういきがりであり、したがっていじめに自力でやり返すべきで告発するのは卑怯な弱虫とみなすものである。

 この第二の「日本的」因習は悪い意味での「ムラ社会」と結びついており、学校だけでなく、企業や警察や「自衛」隊や原発業界などでのいじめにつきものと言えるほどである。その克服には内部告発も当然の権利であり(卑怯なチクリや「敵」を利する裏切りどころか)社会的責務でさえあるという認識が広がり、実行が保証されることが必要である。オーナー側の巨額の損失隠しのための不適切な会計処理が明るみに出た「オリンパス」で、内部告発した社員浜田正晴氏は、いじめとして畑違いの部署に異動された。浜田氏は上司の執行役員と会社を提訴し、異動を無効とする判決を勝ち取った。いままではこういうとき、負けた会社側が金を払った上で「円満退社」にするのが定番であったが、浜田氏は会社に残っていることも注目すべきである。しかし金目的でなく、自分の組織をよくしたいがために敢て裁判に訴えもしたのであるから、これが本当と言うべきなのである。その浜田氏に、だが裁判で負けた会社はまだいじめを続けている。「注目すべき」と言ったが、残念ながらこうした事柄をマスコミは十分報道していない。オリンパス不祥事関係では元社長のイギリス人ウッドフォード氏の言動を少し伝える程度であり、浜田氏の件が今後の日本社会に大きな意味を持ち得ることが把握されていない。(イギリスで映画化の噂。)

 日本では内部告発の意義はようやく認知されだした段階であり、法的保護も一般の意識もまだまだである。イギリスでは「公益通報制度」としてずっと進んでいる。我が国では、かなり明瞭な違法行為で、しかも自分で裏づけがとれないと踏み切れない。イギリスでは「まずいんじゃないか」という疑問でも提起すること自体は、事情を知ったり危険を感じたりした者として自然のことととらえられるようになってきたという。
権利が大切にされ、「権力」とはそのためにあるというようにしたいものである。

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2012/12/04 17:06 2012/12/04 17:06
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