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  1. 2018/03/04 美学と芸術の歴史 第二章 アリストテレス
  2. 2015/06/11 美学と芸術の歴史 第一章 プラトン (1)

美学と芸術の歴史 第二章 アリストテレス

 

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【1 生涯】 アリストテレス(Αγιστοθελης,BC.384-322)は古代ギリシャ最大の哲学者である。

新興国マケドニアに生まれた。父は王フィリッポス二世の侍医。

BC.367年頃アテネに出、プラトン(第一章、本誌第26号、2009)の主宰する学校アカデメイアに入学し、最大の弟子となる。

BC.347年頃、プラトンの死によりアカデメイアを出て各地を遍歴。

BC.342年、フィリッポス王に招かれ、BC.340年頃まで王子(後のアレクサンドロス大王)の教育にあたった。BC.335年、アテネに戻り、学校「リュケイオン」を創設し、多くの弟子を教え「逍遥学派」の祖と呼ばれた。研究範囲はほとんど森羅万象に及び、「万学の祖」と呼ばれる。

BC.323年、アレクサンドロス大王の死を契機にアテネで反マケドニアの機運が強まり、市民から涜神のかどで訴えられた。彼は「再びアテネ人に哲学を冒涜させないため」とソクラテス裁判を諷しつつエウボイアに亡命した。翌BC.322年、胃の病で死去。遺書はきわめて周到に死後の指示がなされており、性格を示している。

20年間プラトンの下に学んだのであるから、彼の哲学がプラトンの大きな影響を受けていることは当然である。しかし結局彼はその亜流とはならなかった。アリストテレスは医者の子である。臨床医はまず目の前の病人をよく観察することが重要である。「逍遥学派」の名は、一説には、彼が戸外に出て気象や生物、人々やそのなりわいを実際に観察させたことからきたともいう。また医師の対象は動き成長し衰える生き物であり、アリストテレスの学問のモデルは生物学である。頭の中の論理操作を重視する幾何学をモデルとし、詩人的直感にすぐれたプラトンとは、「持って生まれた」資質が異なる。プラトンとの共通性と違いを意識しながら整理すると、アリストテレスの哲学はより把握しやすくなる。ラファエロの名画「アテネの学堂」では、天を指差すプラトンと地を示すアリストテレスが並んでいる。理想主義と現実主義の二大巨匠が意味されている。

【2 哲学全般】 彼の哲学全般に関してより詳しくは文献①を参照されたいが、簡略に示しておくことにする。

アリストテレスは人間の活動を三つに分けた。第一が観想θεωρια)であり、内容からは学問と言ってよい。第二は実践πραχις)であり、内容からは政治と言える。第三は制作ποιησις)であり、基本は経済だが、付随的に文化も入る。そしてこの三つに価値の序列をつける。人間の生物的生存を目的とする制作(米作りや道具作りなど)が最も低くおかれる。実践はこれより価値が高いという。それは物に対してでなく、他の人々に対し、手でなく言葉を用い、共同体全体の善を目的とし、それによってまた自らの人間的卓越を示す行為であるとする。しかし観想が最も高い価値を持ち、それゆえそれは自己目的であるという。

アリストテレスはまず論理学をつくった。論理学とは正しい思考が則るべき法則・基礎についての学問である。

 存在一般を対象とする理論は「形而上学」とも言われる存在論である。「存在」(ある)という語には二つの意味がある。一つは「がある」(実体)であり、もう一つは「である」(属性)である。属性はすべて実体の属性である。実体は「それ自体として存在するもの」である。実体には四種類の原因(アルケー)がある。①質料:机が実体なら木材やスチールなどである。②形相:たとえば木材という質料が椅子でなく机という「その」実体をとらせている形であり、いわば設計図に当たるものである。③動力:たとえば木材を机にする際に職人が用いる力である。④目的:机なら「本を載せる」などである。プラトンはイデアを実体であるとした。イデアは普遍的存在という意味でアリストテレスの形相と重なるが、アリストテレスはイデアを実体とみなさない。形相は現象から離存するイデアでなく、質料に内在する普遍性であり、両者が結合した個物が実体だとする

 自然物の質料因としては土・水・火・空気の四種類を認める四元素説である。動力因としては、機械論をとらない。第一に運動を位置の移動に限定せず、質的変化を含め豊かに理解する。第二に運動を実体に内在するものとし、外力によるとしない。おたまじゃくしは蛙の可能態であり、蛙はその現実態である。プラトンの哲学は本質的に時間のない幾何学をモデルとし、アリストテレスは生成する生物の世界をモデルとしている。ただしアリストテレスは、運動を最終的には循環として質的発展を認めない。これは「目的」を実現する活動、円環的、自己完結的行為に大きな価値を置くこととつながっている。いわば世界全体の設計図であり最終「目的」である「形相の形相」は神である。万物はこれをめざして運動するが、神そのものは不動であって他の万物を動かしていく第一動者である。

 人間の本質として、アリストテレスは二つを挙げる。第一は「理性」であるとともに「言葉」でもあるロゴスλογος)を持つということである。第二は、国家すなわちポリスπολις)を形成してその中で生きるということである。第一の点からは彼の哲学が合理主義的であることが、第二の点では彼以後の「世界市民(コスモポリタン)的」すなわち個人主義的な思想(ストア派とエピクロス派)と異なることがわかる。

徳の本質として、アリストテレスは事柄に適しており、不足でも過度でもない中庸を挙げる。こうした考え方はいわば良識的なものとも言える。完全なる「善のイデア」に向かってのたえざる努力を説いた理想主義者プラトンに対して、現実主義者アリストテレスの特徴がみえる。

ソクラテスおよびプラトンは徳を得るのは知性によるとした。彼等を継ぐアリストテレスもそれを第一とはするが、より現実主義的に、知性的徳とともに、習性的徳も認める。道徳的な人間関係をアリストテレスは親愛φιλια)とする。プラトンが求める愛慕(’ερως)と比べると、やはりより現実主義的である。親愛はまず自他の等しさによって成立する。次に相手の「よさ」によって成立し、これは第一にはやはり道徳的な善さであるが、付き合って楽しい人、面白い奴も親愛の第二の対象と認める。さらには付き合えば自分が得する相手もまた、親愛の第三の対象となり、プラトンの崇高だが窮屈な道徳と比べると凡人にも受け入れやすい。

プラトンは理想の国家を哲人王による君主政とした。アリストテレスもまたこれを最善とするが、そうでないなら悪いとはせず、国家の目的である共同体全体の福利が実現されていればよい国家とする。正統な統治形態の中では、君主政・貴族政・民主政の順でよいが、不当な統治形態の中では、衆愚政・寡頭政・僭主政の順でより少なく悪い、と考える。アリストテレスは当時存在した奴隷制を正当なものとして認めているが、これも彼の現実主義である。彼は自由人と奴隷の関係を人間と動物との関係に、また魂と肉体の関係に類比する。ここにも彼の思想が支配階級のイデオロギーであるということと、それが哲学的観念論と結びつくということが表れている。

「経済学」もその源はアリストテレスにあるが、今日のその名称(の語源)で彼が意味しているのはむしろ「家政術」である。物質面での家(奴婢も含めた広範な経営体)の経済が扱われている。彼はこれを「貨殖術」と対置する。観念論的ではあってもプラトンのような精神主義者でない彼は、物質的富の追求を是認するが、それは自己目的ではないので、有限であるとする。貨殖術はいわばその堕落形態であり、貨幣そのものが目的とされるので無限となる。貨幣が自己目的になるということは、貨幣の量的増加が追求されるということであり、投資家の行為(G-W-G’)である。家政術の場合貨幣は質の異なる物品を入手するための媒体に過ぎない(Wa-G-Wb)。これは今日のマネー資本主義を反省させる。

【3 著作『制作術』】 ここに『制作術』と訳したアリストテレスの著作名はラテン語でars poeticaである。arsは英語art(芸術)のpoeticapoem(詩)やpoet(詩人)の語源である。よってこれを『詩学』と訳すものもあり、というよりそのほうが多い。しかしそれは正確な訳ではない。まずarsは「芸術」というより「技術」一般を指す語である。次にpoeticaは、「詩」の制作に限らない、前項で挙げた人間の制作活動一般としてのpoiesisにかかわる、という意味である。「芸術」も「詩」も無論古代ギリシャにあったが、私達過去の日本語で頭に浮かべるものとはかなり違う。また実際この著作の内容も、「詩学」という日本語で思い浮かぶものとずれがある。よって私は原語により忠実に「制作術」とするが、ここでとりあげられているのは演劇、特に悲劇である。

 【4 古代ギリシャの演劇】 古代ギリシャでは演劇が盛んであった。野外で行われたのは、照明技術のせいというより、天気がよく暖かい地中海性気候のせいであろう。円形劇場は建築学的に見事であり、舞台の小さい音も最上段でちゃんと聞こえるという。アテネでは国家行事として毎年劇作のコンクールが行われた。悲劇と喜劇の二分野にはっきり分かれていた。悲劇は仮面劇であり、少数の登場人物が仮面をつけてせりふを言い、また合唱隊(コロス、「コーラス」の語源)がいる。興味深いのは、わが国の古典劇も、荘重な仮面劇である「能」と、滑稽な「狂言」とが組み合わされて上演される仕組みであったことである。悲劇の題材は神話か歴史である(古代人には両者は画然と区別されるものではない)。能もまた「本説」といい、権威ある物語に基づくものであること(平家物語による弁慶や伊勢物語による業平など)が求められる。

ギリシャ悲劇の作者としては三人が有名である。アイスキュロス(作品『縛られたプロメテウス』など)、ソフォクレス(作品『オイディプス王』『アンティゴネー』など)、エウリピデス(作品『メディア』など)である。

喜劇の作者としてはアリストファネス(作品『女の平和』など)が名高い。喜劇は本質的には古今東西そう変わらないように思われる。つまり、だじゃれ、どたばた、しもねたなどが主要部である。ギリシャ喜劇の場合は、実名による個人攻撃が目を引く。有名な政治家や文化人(ソクラテスなど)などが(ときに歪められて)嘲笑されているのをみると、卑猥な身振りなどとともに、「表現の自由」がかなりあったことが察せられる。

【5 オイディプス王をめぐって】 ギリシャ悲劇の中で最も有名なのは、ソオォクレスの『オイディプス王』である。オイディプスは生まれたとき、成長すれば父を殺し母を娶るというまがまがしい予言を受ける。これを聞いた父は殺害を家来に命ずる。忍びなく思った家来は面従腹背して、わが子として彼を育てる。成長した彼は予言のことを聞き、しかし養父母を実の両親と信じているので、予言が成就しないように家を出、武者修行の旅に出る。当時ギリシャ人を苦しめていたのはエジプトの怪物スフィンクスであった。これはなぞなぞ大好きの怪物で、相手が答えられないと殺してしまう。特に困っていたのはテーベの国である。王は行方知れずになってリーダーもいないので、スフィンクスを倒した者を王に迎えると決めていた。この怪物のなぞなぞは周知のように、「朝に四本足、昼に二本足、夕方に三本足のものなあんだ」である。これを解いたのがオイディプスであり、答えは「人間」である(なぜかは考えてみてください)。これによって怪物は倒れ、オイディプスがテーベの王となり、先王ライオスの后を娶った。だが国に禍がやまないので占い師に問うと、先王が殺されたためという。そこで犯人探しをすると、オイディプスが旅の途中で正体を知らずに殺した老人こそその人であり、しかも実の父であることがわかった。こうしてこの英雄は父を殺し母を娶るという予言を成就させてしまったことを知る。

ここでヘーゲルの美学に少し脱線しよう。彼はよれば美は絶対者の感性的表れである。東洋人は自然の中に、ギリシャ人は人間の中に絶対者をみた。東洋をギリシャにつなぐエジプトは、したがってその中間の性質を持ち、それゆえ「謎の国」である。その象徴は人面獣身の怪物スフィンクスであり、動物的状態から人間性がもがきでようと顔をのぞかせている。謎の怪物は謎をかけるが、謎の答えは「人間」だと解いたのがギリシャ人オイディプスであり、この西洋の人間主義によって東洋の自然主義は乗り越えられたのである、と。

なおオイディプスの物語は、フロイトの芸術論を扱う章においてもとりあげることになろう。

【6 芸術および演劇一般】 私達が今日「芸術」と総称するものを「模倣」(μιμησις)とする点では、アリストテレスも師プラトンを継ぐ。よってこの点は詳述を省く。彼が名を挙げている分野は、絵画、文芸、演劇、音楽、舞踏である。

では演劇では何が模倣されるのか。神々または人間の行為である。ギリシャ演劇は二種類に分かれていた。私達がその違いを問われれば、劇の内容および効果に漢字を対応させて、「悲しい」出来事の「悲劇」と「喜ぶ」出来事の「喜劇」と言うであろう。しかしアリストテレスは、その違いを何を模倣しているかの違いによるものとする。すなわち悲劇」は「すぐれた人」の、「喜劇」は「劣った人の」模倣とする。これは私達には少し説明を必要がいる。まず私達は「すぐれた(劣った)」者とは何かが自明でないが、この場合、「すぐれた者」とは神々、なかば神である半神、そしてその子孫とされる王侯貴族などであり、「劣った者」とはふつうの人々つまり観客よりも「劣っている」と考えられる者である。ここで注意すべきことが三つある。①前近代では、事実と価値とがはっきり区別されておらず、価値も人間が「価値付けた」ものとしてでなく、存在そのものの客観的性質として考えられていた。②前近代は身分制社会で人間は平等という観念はなく、貴族などが「すぐれた」人というのは同義反復的な観念であった。③ギリシャ人はすべての物事を「優劣」で判定する傾向がきわめて強く、価値的に同等だが質的に異なる(「みんな違ってみんないい」)といった考え方は乏しかった。

【7 悲劇の分析】 悲劇をアリストテレスは、次のように規定する。「悲劇は高貴で完結し相当な長さを持った行為の模倣であり、その部分部分には、各種の快く飾られた言葉が用いられ、叙述でなく演技により、憐れみと恐れを通じて、これらの感情のカタルシスを行うものである」(1449b)。――「高貴」な行為であるのは「すぐれた人」の行為だからである。短すぎるのも長すぎるのも、彼によれば悲劇に適さない。だがここでより重要なのは、彼は悲劇に「完結」を持つことを求めていることであろう。悲劇の言葉は日常用語とは異なる。歌舞伎なら七五調が使われたりするたぐいである。誰何されて「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州掛川在…」などと朗々と答えることは実生活ではなく、ここでは「快く飾られた言葉」が楽しみの一つを構成しているのである。だがより根本的なこととして、そもそも西洋演劇のせりふは基本的に韻文であり、それゆえそもそも演劇が詩の一分野としても分類されるということである(西洋の古典的な詩は、叙事詩、叙情詩、劇詩に三分される、叙景詩はない)。そしてその言葉は第三者の叙述でなく登場人物のせりふであるから全体は演技によって運ばれるのである。

アリストテレスは、悲劇の本質的な要素を三つ挙げる。①μυθος]②性格’ηθος]③思想διανοια]である。今日の言葉では筋はプロット、性格はキャラクターである。「思想」がわかりにくいかもしれないが、いわば芝居のコンセプトであろうか。キャラたちが出来事を通じて筋を形づくるが、それを結びつけるものがこれで、たとえば主人公が竜の球を集めようとしているとか、海賊王をめざしているとかである。アリストテレスはここで、その結び付け方に合理性が必要であると言う。たとえばオイディプスの父親殺しを考えてみよう。ここで若者は、自分の運命にうちかつべく武者修行に出て怪物にも立ち向かう、血気さかんな性格とされている。頑固なじじいにかっとなり、結果的にあやめてしまったのは不条理ではない。他方相手の老人は王座にあったものであり、生意気な若造には譲るどころかやはり立腹するであろうことは道理である。もしオイディプスが弱気な、あるいは謙虚な青年であったり、ライオスが仕えられることよりも仕えることに慣れた、あるいは右の頬を打たれたら左を出すような老人であったりすれば、この出来事は成り立つまい。演劇は感情を、したがって感情的な行為を内容とする。これは師プラトンが既に言ったことであり、そしてそれによって演劇を批判したのだった。アリストテレスも事実としての感情性を認めるが、しかしそこから演劇批判には向かわない。たとえば怒りは確かに感情である。しかし侮辱されたときに怒るということは「合理的」である。侮辱されて喜ぶのは「不合理」である。パスカルは心情にはそれ自らの理由(理性)があるといった。アリストテレスは演劇にこの感情の合理性をみいだし、あるいは求める。感情より理性を上におく点では、師プラトンと同じである。しかし感情「でなく」理性という二択でなく、感情そのものの合理性を求めることによる。より一元論的でより現実主義的であるゆえんである。

さて悲劇が憐れみをもたらすのは、主人公が不幸になるからである。その際主人公は悪人でも善人でもないことが必要だとアリストテレスは指摘する。悪人が不幸になるのは自業自得というものであわれには思えない、ざまをみろと快く思う者さえいるかもしれない。かといって善人が不幸になるというのは、憐れみというより憤りを感じさせかねない。では「たまたま」不幸になるのはどうか。これもアリストテレスの合理主義はしりぞける。偶然は少なくとも舞台上ではあるべきでないと彼は考える。行き詰ってしまうようだが、ここで彼は言う。不幸は主人公の「あやまち」[‛αμαρτια]によると。自分の父と知って殺すことは悪人の所業であり、同情しかねる。しかしそうと知らずに争った相手を殺してしまったということはあやまちであり、悪いことではあるが同情の余地がある、という具合である。憐れみとともに必要とされる恐れというのも、怪物(そのものはもとより)のような悪逆非道の人間が恐ろしいのでなく(「悲劇」と「ホラー」は別のジャンルである)、とんでもない結果をもたらすようなあやまちを自分もしてしまうかもしれないことが恐ろしいのである。

筋が(偶然に頼らず)合理的で、しかし観客の感情を効果的に動かすには、「発見」と「逆転」が有効であると言う。「発見」とは重大事実を登場人物が知ることで、たとえばオイディプスが自分の罪を知るようなことである。「逆転」とは運命の急に反対になること、いわゆるどんでん返しであり、たとえばオイディプスが自分がまさに破滅を免れたと思った直後にその打撃を受けるようなことである。「発見」と「逆転」は現在に至るまで悲劇作家が愛用する手法である。

【8 悲劇と歴史】 近代的通念では悲劇は「虚構」であるが、アリストテレスは「模倣」ととらえた。ではそれは歴史とどう違うのか。彼によれば、悲劇は可能なものの、歴史は現実のものの模倣である。たとえばヘロドトスの歴史ではペルシャ戦争が言葉によって再現すなわち模倣されるが、それは現実にあった出来事である。そこで重要なのは、いつどこで誰が何をしたかという事実そのものであり、年号、地名、人名などである。マケドニア軍が玉砕したのはテルモピレーであってマラトンでもサラミスでもなく、その指揮官はレオニダスであってペリクレスでもテミストクレスでもない。『オイディプス王』の場合はこれと異なる。これは事実あった出来事ではなく、主人公の名前や土地の名前は別でもよい。尊属殺人や近親相姦は(めったにあることではないが)起こるかもしれないことであり、あるいは運命に逆らおうとしても人の思い通りにならないこともあり得ることである。

芸所の本質が個別性を通じて普遍性を示すことにあるとしたのは、アリストテレスの卓見である。ただし歴史を個別的事実の記録としてみ、理論的にとらえられなかったのは、当時の通念を越えていない。よって芸術が歴史「よりすぐれる」というのは蛇足であり、「歴史」の理解不足とともに、比較すると「優劣」をつけないではいられないギリシャ的発想の弊害でもある。また、悲劇を可能なものの模倣としたことは(広義の)リアリズム芸術の観点である。芸術を「現実」と抽象的に対立させる観点からすれば本質的にすぐれている。しかし非リアリズム芸術(彼の時代にほとんどなかったことは事実だが)がすべてよくないわけではないということからすれば、狭い観点であるとも言える。

普遍性に価値をおく点では、アリストテレスは師プラトンを継ぐ。そしてプラトンは普遍を個別的感覚的対象から「離存」するとし、したがって後者「でなく」前者を、よってまた芸術「でなく」学術をという二択に追い込まれた。しかしアリストテレスは普遍を個別的感覚的対象に「内在」するとすることで、後者「を通じて」前者を、という道を開き、したがって芸術に対しても、あるべき社会に向けて存在意義を与え得た。同様に彼は感情を否定することなしに合理主義を主張できた。すなわちすぐれた芸術における感情が対象や程度において的を得ているという意味で合理的とすることで、感情そのものの中庸化、純化、陶冶に、芸術の意義をみた。

 

文献案内

 

    拙稿「哲学史」第五章『おきな草』第14号、2003

    拙著『共感の思想史』(第四章アリストテレス)創風社、2006

    出隆『アリストテレス哲学入門』岩波書店、1972

④『世界の大思想20アリストテレス』河出書房新社、1974

⑤アリストテレス『形而上学』出隆訳、岩波文庫(上下)、1961

⑥『アリストテレース「詩学」・ホラーティウス「詩論」』松本・岡訳、岩波文庫、1997

⑦『ギリシャ悲劇全集』人文書院、全四巻、一九六○

⑧『ギリシャ喜劇』ちくま文庫(上下)、1986

⑨エーコ『薔薇の名前』東京創元社

⑩三浦洋「『悲劇の定義』の規範性」日本哲学会編『哲学』第67号、2016

 

③は抄訳と解説。まず読むべきもの。④は「ニコマコス倫理学」「デ・アニマ」「詩学」を収録。⑨はあったかもしれないアリストテレスの「喜劇」論の思想的意味の示唆や、思想の自由と社会の関係についても考えさせる名作ミステリー(映画も興味深い)。


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2018/03/04 14:34 2018/03/04 14:34
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美学と芸術の歴史 第1章 プラトン

 

【1 生涯】 プラトン(Πλατων,BC.427-347)は古代ギリシャの哲学者である。ソクラテス(拙稿「哲学史」第三章『おきな草』第20号、2006)の弟子になり、29歳頃のとき、その刑死にあった。またピュタゴラス教団(拙稿「哲学史」第二章第三節、『おきな草』第14号、2003)の影響を受けた。学校「アカデメイア」を創立した。最大の弟子はアリストテレス(拙稿「哲学史」第五章『おきな草』第14号、2003)である。多くの著作を書いたが、それは登場人物「ソクラテス」が他の人物と対話するという形式になっているので、「対話篇」と呼ばれる。影響は後の西洋哲学史全体に及ぶ。彼の哲学全般については、文献①を参照されたい。

 【2 美とは何か】 プラトンの著作『大ヒッピアス』の主題が美(美しさ)である。ここで「ソクラテス」が対話する相手の名が「ヒッピアス」である。エリスというポリスのソフィストであるというが、詳しいことはわからないので、ここでは登場人物と同一視して以下「」はつけずに記す。自分を無知であると考えている「ソクラテス」は自他共に「ソフィスト」すなわち知者と認めているヒッピアスに「美(το καλου)とは何か」を尋ねる。これにヒッピアスは、それは「美しい乙女」であると答える。すると「ソクラテス」はでは美しい「馬」や「琴」や「鍋」はどうなのかとさらに聞く。それらも「美しい」ことを相手も認めるが、ここからわかるのは問と答のずれである。問は「美とは何か」つまり美の本質であるが、答えられたのは「何が美か」つまり美の具体例である。後者は美「である」というより美「を持つ」物であり、さらにいえば幾分かの美しさを、したがってまた幾分かの醜さをも持つものであり、「美」そのものではない。後者はプラトンが言うところの美の「イデア」である。ここでヒッピアスは答え方を変えて、美とは「裕福・健康・尊敬・長命」など具体物というより価値ある性質であるとする(希英辞典でκαλοςをみると、beautifulのほかfair,good,right,nobleなども出る)。これに対し「ソクラテス」は、たとえば長命はふつうはよいが、憎まれて長生きするより惜しまれて死ぬほうがよい(美しい)こともあることなどを指摘する。つまり先ほど「乙女」のような答え方は求められている本質に対し(論理学用語で言えば外延が)狭すぎるのに対し、今度は広すぎることが注意されている。「ソクラテス」はこのように対話者が具体例から出発することを受けて、それが狭すぎたり広すぎたりすることを修正することで、ぴったりの答えに迫ろうとするのである。事柄の本質をはっきりさせることは学問にとって基本であり、したがって学問としての美学にとって美の本質の探究はまさに中心問題の一つである。さてヒッピアスはそれを今度は「ふさわしさ」というかなり抽象的なものに求める。これに対しては「ソクラテス」はふさわしく「みえる」ものなのかそう「である」ものなのかを問う。「イデア」が物事の本質であると述べたが、ここではさらにそれが現象でなく客観的な実在として考えられていることがみてとれる。現象はみる人(主観)にとって相対的である。イデアは、それにあてはまる(プラトン用語ではそれを「分有する」)諸々の個物の総括として広すぎも狭すぎもしないだけでなく、どの主観にもあてはまる(つまり客観的な)ものでなければならないのである。ヒッピアスはまた美の本質を「有用性」とも言う。これは近代的な発想である。これに対し「ソクラテス」が悪事に有用ものは美ではないとするのは古典的な発想である。真・善・美の一体性が古典的観念であり、ヒッピアスもこれに基づいて「善への有用性」を美と修正する。これへの「ソクラテス」の反論は、そうすると美は善の手段になるということである。美的経験が道徳性を涵養したり、よくできた芸術作品が道徳的教化の手段として役立ったりすることはよくあるが、だからといって美の本質を道徳の手段と規定するのはかなり偏狭な考え方であろう。(ただしここから近代人が美と善の独立性を言いたがるのに対し、プラトンは美と善の一体性の立場からこの功利主義的美学に反対している。)最後にヒッピアスは美とは「視覚・聴覚を通じての快」であると言う。これは近代主観主義的で感覚論的な美学である。これに対する「ソクラテス」の批判は三点ある。①非感覚的な美が排除されてしまう。さきにκαλοςはfair,good,rightなどの意味も持つといったが、日本語でも「美しい行為」や「美談」などという。これは見た目にきれいな行為や耳に響きのよい話ではなくて、意味を理解してfair,good,rightと感じられる事柄である。②感覚的快としては飲食や性などの快も含まれる。視覚・聴覚に限定することでこれは排除されるが、その根拠は何か。③視覚と聴覚は別のものである。どちらも快いものを含むが、ではその共通の快さとは何か。②③は実は同じ問題となる。つまりそれによって「何が美か」について適切に示されている(言葉の意味がわかる)としても美の本質は示されていない(論理学用語では、外延はあるが内含がない)のである。以上によって、「大ヒッピアス」は、「美とは何か」という主題に答が与えられないままで終わる。

 【3 芸術は技術か霊感か】 次に『イオン』という著作をみてみよう。「ソクラテス」と「イオン」の対話である。イオンはホメロスの叙事詩を歌う者(ラプソドス)であり、以下「」なしで記す。ここでは主題は芸術の性質であり、ここでは吟唱という事例に即してその名人とされるイオンに「ソクラテス」が尋ねていくというかたちで進む。問いは芸術が技術か霊感かというものである。両者は反対の概念である。技術は知性によって把握されるものであり、訓練によって習得される。霊感は人知を超えた神的なものであり、訓練して学んだり上達したりするものではない。よってこれは二者択一の問いとなる。これに対しイオンの答えは霊感説である。彼はその働きを磁石にたとえる。芸術家をひきつけるのは芸術の女神(ムーサ→英語の「ミューズ」)である。磁石に引かれた鉄が磁力を帯びて他の鉄をひきよせるように、芸術家は鑑賞者を同様にひきつける。女神に対する芸術家の状態は受動的であり、知性を働かせているどころか一種の神がかりとして正気を失うものでさえあるとする。

この著作では相手に対して「ソクラテス」はほとんど反問せずに終わる。しかし積極的に賛成もしておらず、著者の考えは「大ヒッピアス」に劣らずわかりにくい。プラトンには「神的狂気」の説があることがまず参考となる。ふつうの狂気は病気であり望ましくない。しかし正気ではないが価値ある「神的狂気」として彼は、①予言や占いなど宗教、②恋、③そして芸術にみられるとする(この箇所のほか『パイドロス』244A245A、『弁明』22B-C、『メノン』99C-D、『法律』Ⅳ719C)。してみるとプラトンはこれに賛成しているのか。彼の合理主義からして、むしろ逆説として提示しているのか。また事実問題として芸術霊感説を認めるとしても、それを賛美しているのか、それともそうであるからこそ価値的には警戒しなければならないという問題意識なのか。後の「新プラトン主義neoplatonism)」はプラトンひく合理主義なので、まさに霊感評価の立場に立ち、これはルネッサンスに影響していくことになる。

「女神の霊感」など、幼稚な神話と一蹴したい者もいよう。しかしこれを「無意識」の別名であると解するならば、深層心理学的な芸術論にもなり、現代的論点になることが理解されよう。

 【4 ホメロス】 ホメロスはギリシャ最大の叙事詩人である。伝記的史実はよくはわからない。少なくとも『イーリアス』『オデュッセイアー』という二大叙事詩の作者とされるが、彼ひとりの単独の作でないとする説もある。『イーリアス』は一言で言えばトロイ戦争の詩である。英雄アキレウスや「トロイの木馬」の作戦を立てた策士オデュッセウスなどが活躍する。ギリシャだけでなく西洋文芸の最大の「古典」とされるが、私個人としては、実に殺伐としていてまったく好きになれない。『オデュッセイアー』はその後日談であり、オデュッセウスが、トロイ方の神々によって終戦後の引き上げを邪魔され、妖怪や怪物などと戦いつつ帰郷を遂げる話である。どちらも長大なもの(文献④⑤)で、近代詩よりも日本文芸なら『平家物語』のようなものがまだ近い。どちらにおいても印刷術もなく識字率も低い古代であるから、文芸とは読むものでなくまず聞くものである。『平家物語』では琵琶法師が吟じたように、ホメロスも吟じる人がいたのであり、イオンはその一人である。そして少なくともホメロスの場合、それを聞くことは単なる娯楽でなく重要な教養とされていた。芸術家の創作でなく、事実の物語とされており、またその中には学ぶべきいろいろな技術(戦争の、政治の、造船の、等々)や倫理(神に対して、国家に対して、友に対して、等々)が盛られており、したがってホメロスは知者であり民族全体の教師と思われていたのである。ところで『イーリアス』の冒頭は、「怒りを歌え、女神よ、ペレウスの子アキレウスの〔怒りを〕」となっている。この「女神」はまさに詩神であり、その声を彼が伝えるべく訴えている。つまりホメロスはこれから自分の「創作」を述べるのでなく、「磁石」として女神の歌うところを聴衆に伝えるという宣言であり、イオンの霊感説はそもそもホメロス自身のものであると考えられる。

 【5 存在としての芸術】 プラトンの主著『国家』をみてみたい。この主題は「理想の国家とは何か」である。その中で「ソクラテス」は、理想の国家に詩人はいらない、という議論を展開する。詩人追放論、あるいは一般化して芸術否定論と言われるものである。プラトン(以下この著作での「ソクラテス」と同一視する)はそれを三つの面から、すなわち①存在論的に②認識論的に③人間論的に、論じていく。

まずプラトンの存在論(詳しくは文献①第2節)の面から。彼によれば、あらゆる存在は「イデア」と「現象」に分類され、イデアは現象の「原型」であり現象はイデアの「模造」であった。そして芸術は「模造の模造」である。たとえば寝椅子を描いた絵を考えると、これは「現象」としての寝椅子の模造である。現象の寝椅子は個別的・具体的な存在であるから、普遍的・一般的な「寝椅子のイデア」の模造である。ゆえに寝椅子の絵は寝椅子のイデアの「模造の模造」または「間接的な模造」であることになる。ここでわかるのは、「模造」(ミーメーシス)が単なる模写や複製ではないことである。イデアと現象の関係では明白であろう。現象の芸術の関係でも、たとえば前者が三次元で色つきなのが絵画では二次元であり、彫刻では色がないことによって理解されよう。存在の種類としての別の次元に属しつつ、「臨在」と「分有」という関係性において結びついているのである。プラトンは芸術をまず「模造」という存在性格において考える。

これは近代人にはすぐには了解できない。まず浮かぶ疑問は、写実的ないし具象的でない作品は何の「模造」なのかであろう。だが抽象画やどんな現象の模造でもない「オブジェ」などは現代の産物であり、プラトンがそれらを考えていないのは自然である。文芸も作家が創作した虚構でなく事実の模造とみなすのがギリシャ人の発想であった。しかし音楽はどうか。これにも答えはある。プラトンにとって、ソクラテスについで影響を受けたピュタゴラスが答えている。音楽は音からなるが、音同士の「調和」(`αρμουια)(同時では和音、継時では拍節や旋律)に音楽の本質がある。この調和関係は数学的性質を持つ。音は波であり、和音は共鳴現象で生じるので、ここまではピュタゴラスは近代科学的にかなり正しい。ただしここから彼は形而上学的宇宙論に飛躍し、宇宙にはこのような調和が偏在すると想定し(、というよりそのように調和したものとして「宇宙」(κοσμος)を想定していたのがギリシャ人であった)、たとえば天体の運動の法則性から、そこにおのずから音楽が成り立っているのであり、人間が行う音楽活動はその模造であるとされるのである。

前近代の思想では存在論はそのまま価値論である。原型は模造より、普遍的で永続的なものは個別的で一時的なものよりも価値が高いとプラトンは考える。前近代人にとっては当然であり、現代人でも少なくない者が賛成しよう。それゆえ模造の模造である芸術は最も価値が低いとプラトンは結論する。また「存在」を「つくられたもの」とみなすのは西洋にとって常道である。してみると寝椅子の制作者を考えると、イデアとしては神であり、現象としては職人であり、絵としては画家である。制作者の価値もこの順序ということになる。理想の国家にそのような最も劣る存在やその制作者は必要ないということになる。

【6 認識としての芸術】 存在をイデアと現象に分けるプラトンは、知識をイデアの知識と現象の知識に分ける。いうまでもなく前者のほうが価値ある真の知識とされる。『イーリアス』のような叙事詩に学ぶべき知識をみていた一般のギリシャ人からすれば、ホメロスのような詩人はたいへんな知者であるとされた。確かにそこには将軍や船乗りや船大工などなどについて、もっともなことが述べられている。しかしプラトンは言う。ホメロスはたとえば戦争がどう「みえる」かをよく知っているが、それが何「である」かを知っているわけではないと。つまり詩の知識は現象の知識であってイデアの知識ではないと。戦いの仕方は将軍が、船の操り方は船乗りが、舟の作り方は船大工が、詩人よりよく知っているのであり、詩人はただ将軍等々がどう「みえる」かについてよく知っているということなのである。ゆえに詩人は無知ではないとしても、理想の国家に価値の劣る知識は必要なく、この意味でも詩人はいらない。その国民はすべからく学問('επιστημη)によってイデアの知識を得るべきとされる。

 【7 人間と芸術】 イデアの認識は理性の純粋な働き(能動)であるが、現象を認識するのは感性を通じてである。後者の場合魂は身体の作用を受け取るという受動的なあり方をしている。この「受動」とか何かを「こうむる」とかということが「パテー」ないし「パトス」(παθος)の原義である。言うまでもなくこれは「情念」の意でもあり、知的活動の原理である「ロゴス」(λογος)と対比される。ここからプラトンは、「詩に対する最も重要な告発」を、人間にとってそれが何かという面から行っていく。「我々のうちの最もすぐれた人たちでさえ、一人の英雄が悲しみにくれて、長いせりふを涙ながらに縷々と語るありさまとか、不幸を歌って胸を打つありさまとかを、ホメロスなり、他の悲劇作家の誰かなりが真似て描写するのを聞くとき、〔…〕我々は喜びを感じ、我を忘れて同情共感しつつ、ついていく。そして我々を最も強くそのような状態にさせる作家のことを、すぐれた作家であると真剣にほめたたえるのだ」。――ここで「真似て描写する」と訳されているのは「ミーメーシス」のことである。またここでわかるのは、詩の(当時は散文芸術はほとんどないので文芸の、と言ってもよい)価値ある主題が人間の情念であること、そしてそれをミーメーシス(描写)することによって、享受者(当時としては読者というより聴衆や観客)の情念に訴え、そこに共感という作用を及ぼすということである。文芸は二重に人間のパトスを本質的な場とする。以上はそれに関してギリシャ人における定説であることが確認され、プラトンも事実問題としては異論を唱えない。彼が問題とするのはその価値付けであるが、そのためにいったん芸術を離れて日常生活を顧みる。「ところが、我々自身の身に悲しみごとが起こった場合には、我々は反対のことを――平静を保ちそれに耐えることができるということを――誇りとする。それこそが男の態度であり、さっき褒め讃えたようなのは女のすることだと、こう考える」。すなわち理性によって情念を抑えるのがよい、というのが一般的倫理であり、プラトンもそれを肯定する。そして、現実生活では恥ずべきものとされる態度を文芸作品においてはほめたたえるのは「理屈に合わない」。ゆえに、と結論すれば紋切り型の合理主義だが、プラトンはさらに深層心理をえぐる。すなわち人は自分でなく、他人の、しかもすぐれた他人の不幸を嘆くのは恥ずべきことではないと言い訳する。自分の不幸には「無理に抑えていたが、本当は心ゆくまで泣いて嘆いて満たされることを飢え求めていた」ものが、詩人によって満足させられるので、それは得でもあるとする。芸術は抑圧されていた無意識的欲望の充足ということになる。しかしだから有用だとプラトンは言わない。この苛烈な合理主義者は、あくまでもエスをエゴに置き換えることを求める。文芸の享楽によって情念の無意識的充足の快楽を「はぐくみ、いったん強力にしたうえは、自分自身の苦難にあたってそれを抑えるのは、容易なことではないのだから」。つまりプラトンは、芸術と実生活に区別があることは事実問題として認める。しかしそこから芸術内部の価値とてして情念の充足を認める道はとらない。区別されつつも、両者の影響関係という事実を重んじて、実生活優位の立場から芸術を断罪する。悲劇的情念だけでなく、「愛欲や怒りについても、さらにはあらゆる行為にともなう〔…〕すべての欲望と快苦についても、詩作による真似(描写)は、〔…〕そうした衝動に水をやって育てるのだ、本来は干からびさせなければならぬのに、そして我々が劣ったみじめな人間にならず、すぐれた幸福な人間となるためには、本来それらは支配される側におかれなければならぬのに」。プラトンの二元論は、「二世界説」とも言われるが、穢土としての現実界と浄土としての理想界とを単に並存させて、前者からの逃げ場として後者を祈念させるていのものではない。穢土そのものを浄土にせずんばやまないという戦闘的な理想主義である。イデアを認識した者が再び洞窟に戻ってきて仲間の魂を向きかえようとすることは、伊達や酔狂ではない。

【8 考察】 プラトンの美学のうち、「美とは何か」「芸術は霊感か技術か」は、少なくとも論点としては納得されると思われる。しかし、芸術の価値を否定する議論にはショックを受けた者もいるかもしれない。美学は、芸術が価値あるものであるということを自明としないし、前提ともしない。それどころかそれを否定する思想家は実はプラトンだけではない。そのような立場からのものも含めて、芸術の価値についての議論も美学には含まれる。芸術はすばらしいものだという価値観を持っている者も、美学を学ぶ場合は少なくともそれを当然とは思わない心構えが求められる。

また、解釈問題について但し書きを入れれば、『国家』における詩人追放論を、芸術否定と解さない見解もある。その一つとして、芸術はイデアの「間接的な模造」でありその分有であるということは、イデア(真実在)とつながっており摸像(ミーメーシス)という資格でそれを表現しているという意味で価値が認められているとするものがある。この解釈は、近代美学がミーメーシスに替えて「創造」を芸術原理としてもちあげることに対する批判につながるものとして、考慮に値する。また理想国家から追放すべきとすべき芸術については限定的に解すべきであり、芸術全体の否定とみるのは短兵急だという見解もあり、確かに著者の意図や、場合によっては意図せずに現れている思想も含めて、より慎重または深い読解を示唆するものがある。

通説に従ってプラトンが芸術一般の価値を否定したとみるとき、その論法への異論としてはどのようなものが考えられようか。第一に大本のイデアを否定する考えはもちろんあり得る。第二に、存在論としてのイデア論は認めるとしても、それを価値に連動させるのを認めないこともできる。この論点は古代中世哲学と近代哲学との対立に少なからず重なる。第三に、価値論の中で言えば、まず、諸々の価値をあまりに「優劣」の上下関係でとらえる発想には異議があってしかるべきであろう。プラトンの貴族主義は、政治的民主主義への否定だけでなく、水平面での多様な価値の承認という思想を美学においても困難にしている。また第四に、普遍・永遠に価値あり個別・一時的よりまさるという価値観への意義があろう。この論点は西洋と日本の価値意識の違いという論点につながる。第五に、芸術の価値を(「理想国家には不必要」というような)社会的観点からみていることの問題が挙げられよう。これは近代美学における「芸術の自立的価値」との対比になる。ただ、芸術を社会的効用の道具としてだけしか認めないのは偏狭であるが、両者を無関係としたうえでの芸術至上主義が、かえって芸術そのものも貧しくしているという反省はなされるべきであり、両者の関係性を論ずること自体をしりぞける態度は適切であるまい。第六に、理性と情念においても、一方的な上下関係でとらえるのはどうかと思われよう。非理性的というより反理性的な情念(または欲望、衝動、本能等)をもちあげる(たとえばニーチェの)「美学」はおおいに危険である。しかしその逆の、理性の名による情念の抑圧は、「病的合理主義」の一種として、人間疎外の表れであろう。プラトンは、芸術に対して確かに大きな意味のある「告発」をしたと認め、それを正面から受け止めたうえで、人間の幸福や救済に、また(単なる道具としてではないが)理想社会を築いていくことにもつながるような、そのような芸術のあり方を求めていきたい、というのが私の立場である。

 

文献

 

    仲島陽一「哲学史 第四章プラトン」『おきな草』第26号、2009

    『プラトン全集、10〔ヒッピアス、ヒッピアス、イオン、メネクセノス〕』岩波書店、1975

    プラトン『国家』藤沢令夫訳、岩波文庫(上下)、1979

    ホメーロス『イーリアス』岩波文庫(上中下)、1964

    同『オデュッセイアー』岩波文庫(上下)、1971

    プラトン『饗宴』久保勉訳、岩波文庫、19652

    同 『パイドン』村瀬能就訳、角川文庫、1978

    同 『ゴルギアス』加来彰俊訳、岩波文庫、1967

    同 『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967

    斉藤忍随『プラトン』岩波新書、1972





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  1. fghfd 2015/10/01 16:20  コメント固定リンク  編集/削除  コメント作成

    しかしその逆の、理性の名による情念の抑圧は、「病的合理主義」の一種として、人間疎外の表れであろう。プラトンは、芸術に対して確かに大きな意味のある「告発」をしたと認め、それを正面から受け止めたうえで、人間の幸福や救済に、また(単なる道具としてではないが)理想社会を築いていくことにもつながるような、そのような芸術のあり方を求めていきたい、というのが私の立場である