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  1. 2011/09/05 床屋道話 (その15 生き物はなぜ死ぬのか)


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   床屋道話 (その15 生き物はなぜ死ぬのか)

 

 

 おもしろい論文を読んだので、今回はその紹介をしたい(大橋・前川・上野・本田「利他的遺伝子、その優越とは」『科学』2001年1月号(81-1)、岩波書店)。おもしろいというのは、まず、生物はなぜ死ぬのかということが一つの「問題」であることを気づかされたということであり、もう一つは、その問題に対する説得的な「答え」を知らされたということである。

生物が死ぬのは当然と小生は思い込んでいた。しいて問われれば「無生物は死なない」と答えたろうが、考えてみれば「無生物は死なない」ということから「生物は必ず死ぬ」ということは必然的に出てこない。こどもが「人はなぜ死ぬの?」と言うような場面で、その問いを発する感情的理由はわかっても、それは論理的な答えのない問いであるということに気づかぬのが幼さだと思っていたが、うかつなことであった。

 この論文はその問いに科学的に立ち向かっている。そのためには、不死の不都合さを示さなければならない。逆に言えば死の有利さを示さなければならない。またそれがたまたまでなく一般的に妥当すると言えるためには、外的要因(病原体の侵入なども含む)による偶然的な死ではなく、生物が内的に死すべきものであるとしたうえで、そのことの優越が示されなければならない。ところで死は死ぬ個体にとっては有利ではあり得ないから、それは種にとってである。(またこの論文では断っていないが、親が子のために死ぬような個体が死んでも同じ遺伝子に有利であるのは「利己的」とされるので、ここで問題なのは非利己的な死である。)個体の死が種にとって有利になるのは、その個体の死すなわち解体が、他の生命が再利用するのに最適な部分への解体として生態系の原状回復に寄与するときであろうと筆者は想定する。

 そして筆者は、生物が定義上持つ自己増殖機能のほかに、このような自律的死を遺伝的に組み込まれた仕組みを想定する。機能の想定だけでなく、この仕組みの担い手として、多様な加水分解酵素を集積し、生体高分子を、あらゆる生命にただちに再利用できるアミノ酸などの単量体にするリソソームを見立てた。さらに筆者は、原生動物テトラヒメナを材料に実験し、自己が環境不適合に陥った際、他の生命が最も効率的に再利用できる部品へと自己解体するとともに生息空間を明け渡すという自律的死の仕組みが、実在する可能性を裏付けた。

しかしここで問われるのが、この「究極的に利他的な仕組みを搭載することは重大な生物的不利益にほかならず、淘汰されてしまうのが当然ではないだろうか」という疑問である。これを筆者はコンピューター・シミュレーションで考察する。不死の人工生命(フォン=ノイマンのオートマン)とこの自己解体する人工生命を、物質とエネルギーが均等な環境で増殖させると、当然ながら後者は前者にたちまち圧倒され絶滅する。しかしこれらが有限不均質な(地球と同じ)環境で実験すると、はじめ勢いのある不死の生命は、生存可能な領域を埋め尽くすと頭打ちなる。逆に死ぬ生命のほうは尻上がりに拡大する。これは自己複製の中で突然変異がさかんに起こり、はじめは増殖できなかった環境に進出できるようになったためと筆者はとらえる。さらに、死ぬ生命のうち、解体して環境に戻すものが生体単量体、有機分子、無機分子と、利他性の程度が異なる三種で実験すると、利他性の高いものほど子孫が繁栄するという結果が得られた。これらの実験から筆者は次のような説を提示する。①利他的な死を行う生物も地球環境において生存できる。②むしろ利他的な死を行える生物ほど繁栄できる。③はじめの生命には自立的な死は遺伝的にプログラミングされていなかったが、それを「洗練された優雅な生存戦略」として組み込んだ生命が進化的に成功し、不死の生命は敗者としてもはや地球で存在しなくなった。

――これらは驚きであるとともに感動的な事柄ではなかろうか。

これは生命観全体に重大な反省をもたらす研究である。以下筆者の言葉を写す。

この過程が、攻撃的な捕食への進化に依存せず、利他的死という『洗練された優雅な生存戦略』によって実現したことは注目に値する。それは、『強者だけが優劣を決定する』として、ひたすら攻撃力の強化を図る生存戦略の誤謬を告げてやまない
」(90頁)。

この新たな生命観は、私達に何を教訓するであろうか。筆者は直接には、「近現代科学技術文明の先端で激化している『人類の不老不死化指向』は、地球生命が辿ってきたこの重要で本質的な進化的洗練の方向に逆行していることに注意を喚起」している。

小生がここで尻馬にのって言いたいのは、「利己的」であることをもって生物学的真理であるかのような言説の誤りが、これでもわかるということである。いまだに利己的な「弱肉強食」や「自然淘汰」を信奉している者がいるが、それは生物学界においてかなり乗り越えられており、むしろある人々に都合のよいイデオロギーであることが熟知されなければならない。

(科学的真理とは無関係な)あるイデオロギーが強い力を持つには、それがマスコミその他で繰り返し説かれるからではあるが、それだけではない。人々の実生活の中にそれと適合的な事態があるからでもある。逆に言えば、攻撃的で利己的な戦略は種の(人類全体の)滅亡をまねくと一般論として頭では理解しても、そのことでおのずから各人が自分の「戦略」として利己心を減らすということはあまり期待できない。ではどうしたらよいか。

この論文の筆者の一人は、別の論文でも興味深い考察を行っている。すなわち生物の脳の高次な領域では個体自己中心のシステムを超えた利他性があり、それを組み込んだ生命に優越性がある。ところで特に進化した霊長類や人類に限って、利他的快感の通路としてドーパミンなどを発生する神経細胞上には、その分泌を自動的にとめる仕組みをつくる遺伝子が発現しないことがわかった。「人間にとって利他の誘惑と快感がいかに激しくいかに甘美であるか」の秘密がここにあり「人類にとって誇るべき進化の精華」を彼はここにみる(大橋力「脳の中の有限と無限、第20回」同誌)。そうなのだ。利己性が本能でよほど努力しなけりゃ利他的になれないと思いがちだが、実はそれは現在の我々の社会の疎外による転倒した意識なのだ。自然は利他の甘美さを告げる(震災地でボランティアした者などは味わったかもしれぬ)が、「理性的」「現実的」と称する小ざかしさが、この自然の声を聞かせないように我々の耳をふさいでいるのだ。

「洗練された優雅な生存戦略」である利他性の理性的な理解とともに、その甘美さを実感する経験の回復が必要であろう。他者を攻撃し捕食することによって自らの個体の生存の生存を図る野暮な戦略は自然の掟ではなく、自然を圧殺する罠なのである。




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両性平等論 (叢書・ウニベルシタス)
両性平等論 (叢書・ウニベルシタス) 
フランソワ・プーラン ド・ラ・バール (著), Francois Poulain de la Barre (原著), 古茂田 宏 (翻訳), 佐々木 能章 (翻訳), 仲島 陽一 (翻訳), 今野 佳代子 (翻訳), 佐藤 和夫 (翻訳)

(単行本 - 1997/7)





2011/09/05 14:33 2011/09/05 14:33
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