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  1. 2014/01/27 モンテーニュと「共感」の問題


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モンテーニュと「共感」の問題

仲島陽一

(『国際地域学研究』第16号、東洋大学国際地域学部、2013年)

   Des problèmes de <sympathie>  chez Montaigne

NAKAJIMA,Yoichi

 

           Montaigne(1533-92), penseur de la Renaissance, traite des sentiments de sympathie (compassions,commisération,pitié,etc.) dans ses fameux Essais.

           D’un coté, il cherche à ne pas s’émouvoir des misères d’autrui, et il les regarde comme indignes de plainte, soit de par son propre caractère, soit de par l’influence stoïcienne. D’un autre coté, il avoue sa tendance compatissante, et il reconnaît les effets de la sympathie entre tous les êtres vivants.

           Montaigne prend la cruauté pour le plus grand vice. Cette idée vient de ce qu’il attache de l’importance, non aux dogmes philosophiques ou religieux, mais à la sensibilité. Elle l’emmène à la contestation contre la violence (vers <les hérétiques> ou <les sauvages>), le maltraitement des animaux (<dépourvus de la raison>), et la torture des suspects.

           Cette pensée, qui peut être certes classée parmi les humanistes, mais ne privilégie pas l’espèce humaine, vaut mieux chez Montaigne que son scepticisme (<Que sais-je ?>) et son relativisme.

 

  一 はじめに

 

 モンテーニュ(Michel de Montaigne,1533-1592)は、ルネサンス期のフランスの思想家であり、文芸家である。その著『エセー』(随想録)1)は随筆文芸の名著として、今日なお愛読されている。そのモンテーニュが「共感」という問題に関してどのようであったかを探り考えるのが本稿のねらいである。

 本論に入る前に、用語について断っておく。第一巻第一章では、関連する言葉として次のようなものが出る。降伏によって敵を「共苦」[commisération]と「憐れみ」[pitié]の気持ちに動かす。著者は「慈悲」[miséricorde]と寛大に対しては弱い。彼は敬意よりも「同情」[compassion]により自然的に降参する。「憐れみ」はストア派には悪い情念であり、彼等は苦しむ人々に「同情する」[compatir]ことを欲しない2)。「共苦」に自らの心をくじく。――以下、これらの原語に対応させる日本語としてはここに用いたもので一貫させることにする。また話の流れからすると、著者は「憐れみ」「同情」「共苦」を言い換え可能な同義語として用いているようであり、「慈悲」は(感情だけでなくその表れまたは結果としての)行為にも少なからぬ意識がある場合と言えそうである。私もまたこれらの語を同義として用いる。そしてそれを苦しみや悲しみにおける共感を表す観念として、「共感」の一部をなすものと位置づける。

 

  二 第一巻第一章を読む

 

 長大な『エセー』の第一巻第一章で、まさに憐れみの問題が扱われている。表題は、「人はいろいろな方法によって同じ結果に到達する」であるが、これはやや一般化されすぎている。内容に即せば、降参して憐れみを乞うことと、劣勢でも闘争心を示し続けることという、二つの対照的な姿勢が、どちらも敵の寛大さをひきおこし得る、という話である。いろいろな事例が引かれ、この命題は事実問題にとしてはさもありなんと思わせる。

 しかし、ではそれぞれの場合の勝者において彼等をどちらが動かしたかを決めた要因は何なのか。別の角度から言えば、彼等において憐れみに心を動かすか動かさないかを決める要因は何なのか。これを私は知りたいと思う。そしてモンテーニュもこの問題に答える一つの仮説を提示する。しかしただちにそれが有効でないことを示す。この問題へのモンテーニュ自身の答えは、結局次の句に帰着するようである。「まことに人間というものは驚くほど空ろな、変わりやすい、不定な存在である。人間について恒常斉一な判断を立てることは難しい」(1-1,p.13)。――「帰着する」と言って引き出すといわなかったのは、モンテーニュ自身、この一般命題と、この章で提示する諸事実とを結びつける言葉は何も明示していないからである。思うにこの一般命題は、彼にとって強いまたは深い信念であって、たかが本の一章の中で論証されるべきものではないのであろう。溯って考えると、憐れみの有効性を規定する要因は何かという問題設定は、彼においてさほど重いものではないと考えられよう。ではその理由は何か。第一に考えられるのは、十六世紀においては今日のような諸科学が成立していなかったという知的事情である。しかしこの問題はすでにアリストテレスも扱っており、(その「科学的」妥当性はともあれ、体液論などによる)ある種の「性格」論はさかんであった。第二にモンテーニュがむしろ「理論」一般に対して否定的ないし懐疑的であると言う彼に即した事情である。これはモンテーニュを哲学的にとりあげる際には必ず扱われるので深入りはしないが、かかわるということの確認だけにしておこう。第三にそもそもモンテーニュの問題関心がそこにあったのかということだが、第一巻第一章で自らこの題目をとりあげたのだから無関心ではあり得ない。しかしそれが憐れみの有効性の規定要因は何かということ(が主)でないなら、どこにあるのかを再検討する必要がある。

 これに対して思いつかれる説明は二つある。第一は、モンテーニュ自身の関心として、(それが何によって変わるのかはわからないが、またはその規定要因の探求には強い関心を持たないが、いずれにせよ、)「まことに人間というものは変わりやすいもので不変の判断を下しにくい」というまさにそのことが興味深いことであり、この(憐れみの有効性という)問題に際しても、つくづくそれを思わないではいられないなあ、という感慨を示すのがこの章の目的とみることである。第二は、そういう一般命題よりも個々の事実のほうにモンテーニュの強い関心はあり、一般命題はそれらを結びつけるためのむしろ方便であって、自分にとって興味深い諸事実の収集に彼の主要な動機があると素直に認めればよく、理論家が無理に投影して彼の意図を忖度すると誤る、というものである。

 私はこの二つの説明はどちらも多かれ少なかれ妥当と考える。――しかしそれでもこの章に納得または満足できるようにはならない。むしろ、よくてはぐらかされた感じ、悪くすると物足りなさまたは憤りを感じる。それはこういうことである。――憐れみを乞うている敗者をさらに無慈悲に苦しめるような行為は(犠牲者に)痛ましく(加害者に)腹立たしく、知って苦しい。それでもそういう事実があるということは苦しくても直視する必要があることは認める。しかしそれならせめてそうした残酷さの原因が探求されるべきであり、それによって残酷さ克服の道が垣間見られでもすれば、読者としては慰められ、また著者の善意を信じることも可能になる。

 これに対し次のように答えられよう。まさに人間はさまざまであり、モンテーニュはあなたではない。あなたが彼の書きぶりに物足りなさや苛立ちを感じるという事実は、彼の作品が客観的に弱点や欠点を持っているということに直結しない、と。これももっともだが、それでもさらに問いたい。このような読者があり得ることを、モンテーニュははたして予想していたのかと。しなかった場合、一般に読者の感情というものは考慮せずただ自分の書きたいことを書いただけなのか、それとも私のような反応をする読者は想定外であったのか、二つの場合がある。予想していた場合も含めて、彼にとって読者とは何であったのか。この問題はふつうは、モンテーニュが『エセー』を書い(て出版し)た目的の問題としてたてられる3)が、以上の観点から限定して立て返せば、著述行為において著者と読者との共感の問題を彼がどう考えた(考えなかった)かという問題である。

 

  三 モンテーニュの性格

 

 このように『エセー』第一巻第一章は、同情に関して、違和感や疑問を残す。それは、著者モンテーニュはあまり同情深くないたちなのではないかという疑問であり、最も強く提起すれば、著者は無慈悲な挿話をいやというほど出すことでひそかな喜びを味わう嗜虐趣味があるのではないか、という嫌疑である。この嫌疑は、「デモクリトスとヘラクレイトスについて」と題された第一巻第五十章において強まる。そこで著者は泣くよりも笑うほうが好きだという。なぜなら「嘆きと共苦には、気の毒に思う相手へのなんらかの評価が混じっている」が、人間はそのような評価には値せず、むしろ「笑うべき」ものだとするからである(1-50,p.291)。ここでは彼がルネサンスの思想家といっても「人間の尊厳」を(ピコ・ドラ・ミランドラのように)正面から説くのでないことがわかるとともに、性格的に冷笑的な人でそれゆえ同情的でないのではないかと疑わせるのである4)。さらに第三巻の第一章、すなわち増補版において最初におかれた章でもこの問題が扱われ、その疑いを増大させる。そこで彼は「残酷さ」を人間の中の「ごく自然な持ち物[naturelle possession]」の一つとし、「私達は同情のさなかにも、他人が苦しむのを見て何かしら意地悪な悦楽の甘酸っぱい喜びを感じる」(3-1,p.768)と言う。しかしながら慎重さが必要であろう。モンテーニュはここで残酷さを「きわめて自然に反した[dénaturé]悪徳」と形容しており、文脈は性悪論でなく、人間の中に矛盾があることの指摘である。ただし前述のように彼はこの矛盾の理論的解明には向かわず、しかし弊害にも効用はあるというような、昔からの(後にライプニッツが理論化する)弁神論に落としていく。

すなわちモンテーニュは人間本性に、したがって自分の中にも残酷さの傾向を認めるとしても、それを支配要因とはしないのであり、また彼個人のこととしては、「残酷について」と題された第二巻第十一章において、「私は他人の苦痛にやすやすと同情する[se compassionner]」と述べる(2-11,p.409)。それゆえもらい泣きしやすいとさえ言うのは、第一巻第五十章と矛盾するのか。そちらでは泣くより笑うことを「好む」と言っているだけで、泣きにくいとはいっていない。この第二巻第十一章では、生まれつきの長所と修養によって得た長所が比べられているので、彼は生得的には同情的だといってよかろう。そして彼自身の嗜虐趣味という疑念は拭われる。「私は、この目で実際に見るまでは、ただ快楽のために殺人を犯そうとするような怪物的な[monstreux]人間がいることを信じられなかった」と記し、それを「残酷の極致」として明らかに非難している(2-11,p.411)からである。

 

 四 同情と「本性」または「自然」

 

 ただしモンテーニュが残忍さを当時の宗教内乱に関係付けるやり方はあまり丁寧ではない。狂信から殺人や拷問などの残酷さをあえてするのは、「ただ快楽のために」そうするサディズムとは異なるからである。ただ後者は、そのような時代状況においては、自らの行為を(犯罪としてでなく)宗教や政治の名において公然と実行しやすいということと、そうした事態において自らもその深層心理に無意識でありうる、というつながりはある。いずれにせよここで彼は、サディズムという「共感」の問題にとっては勿論、人類にとってきわめて大きな問題にぶつかった。しかし彼はそれも理論的に解明はしなかった。しかしもとから彼の社会科学的――と十六世紀人に言うのが酷なら人間の社会性の――認識が弱いために、こんなところでひょっと時代状況を持ち出してサディズムという心理現象とやや安直に結び付けてしまってはいる。

 それにしてもモンテーニュが嗜虐趣味を持たず、したがってまた当然それを人間本性(人間的自然)としないことは確認された。それなら逆に、彼が自分の中では同情に「自然的に」降参しやすいとみているが、それを人間的自然(本性)に属するものとみているのであろうか。そのように思われる。同情ははじめに述べたように悲しみや苦しみにおける共感であるが、この「共感」[sympathie]一般について、彼は次のように述べる。「時折私達の中に理性の勧告なしに生まれるある種の愛情の傾向があり、それは思いがけぬ偶然から来るもので、ある人々は共感と名づけている。禽獣もそれを私達〔人間〕のように受け入れる」(1-11,p.450)。これを「共感」と名づけた人々として彼が特に誰を念頭においているのかは確定できない。ただし人間の道徳性を動物一般の――したがって理性的というより感性的な――特性や能力のうえで考えようとした古代人としては、プルタルコスが重要であろう。そしてこの発想は、ほとんどの他のギリシャ哲学(ソクラテス、プラトン、アリストテレス、ストア、エピクロス)とも、キリスト教思想とも異なっている。人間を他の動物との連続性において、すなわち人間に動物の中で特権を与えずにみる自然主義は、モンテーニュにおいて特徴的な思想として重要である。こうしてみると、第一巻第五十章の、人間に価値を認めないゆえに泣くよりも笑うべきだという言明も、単に冷笑的な反人間主義とみるのは不適切であろう。すなわちここでは、人間というより人間を特権視する思想に対して冷笑的なのであり、逆に言えば、そのような思想(あるいはモンテーニュ的には思い上がり)なしにも人は他者――他の動物を含めて――の苦しみを憐れみ共苦できる、ということになろう。

 

  五 同情の倫理

 

 人間と他の動物との連続性において共感を認める存在論は、他の動物に対する同情の倫理に導く。モンテーニュは自分の感受性として、「雄鶏が首を絞められるのを見ても不快を感ぜずにはいられず、兎が私の〔狩猟〕犬どもの歯に噛み裂かれて呻く声を聞くのにも耐えられない」(2-11,p.408)と告白する。「罪のない獣を追い回し殺すのは、不快なしには見られない」とし、狩をしても野に放すとしている(2-11,p.412)。彼はこれを菜食主義のピュタゴラスの似た態度と並べているが、むしろ逆の態度を本性とみなすように考察は転ずる。

 「動物に対して血を好む天性の人々[les naturels]は、残酷さへの自然的[naturel]傾向を証している」(ibid.)。原二郎訳では、そういう人々が(他の人々と違って)「生まれつき残酷な傾向を持つ」と、人々の性質の違いに力点が置かれているようだが、原文では、そのような性質が自然的であること、だからそうした性質を持つ人々の実在はそうした性質が人間一般にとって自然的であることを証明している、と解したくなる。実際は次に、「(b)〔古代〕ローマでは動物の殺戮の見世物に慣れた後では、人間と闘技士〔の殺戮の見世物〕に至った」と、事実を記した後で、こう述べる。「自然自体が人間に非人間性の何らかの本能を付与していることを、私は心配する。獣がふざけあい交接し合うのを見て誰も喜ばず、手足を引き裂きあうのを見て誰も喜ぶことを禁じ得ない」(ibid.)。この言明は論理的に矛盾している。少なくともモンテーニュが例外であるから「誰も」残酷であるとは言えない、また残酷な実例が古代ローマと特定されており、他にいくつかあるとしても古今東西すべてでない以上、それを「自然」によると概括することはできないはずである。古代ローマ人にあらずんばひとにあらずというなら話は別だが。そして実はモンテーニュにもこうした人文主義的古代ローマ賛美から自由になるのが難しかった表れの一つをここに見るのも、完全な見当違いとは言えまいが。さらには逆手にここで著者はそうした古代ローマかぶれへのあてつけをしているのだという多少強引な解釈も不可能ではないが。

 しかし私は、ここではより重要なことがあると考える。「ローマでは、動物の殺戮の見世物に慣れた[s’apprivoiser]後」としていることで、著者は習慣の力を意識しているのである。ふつうには「習慣」は「本性〔自然〕」と対立するものであるが、モンテーニュは習慣を第二の本性(3-10,p.987)として、両者の差異を曖昧化させていく一般的傾向がある。このため彼の問題設定は、残酷は本性かしからずんば習慣かという鋭さを持たなくなる。勿論この問いの「答え」が選択肢のどちらかにあると言うわけではない。しかし「生得的」という意味の「自然的」は明らかに「習慣的」と対立するのであるから、概念的あるいは問題設定上、そのどちらか、と問うことは有意味かつ有効である。モンテーニュの思想は「習慣」を過大評価することによって「本性」の事実上の否定に導きかねない。ここで理論的に問題になるのは、すべてが習慣なら、そのあるものを「悪い」などと客観的に評価できなくなることである。私にとって残酷に感じられ嫌うと言えても、それが習慣になっている人には楽しみで好まれる、という事実認識と共存する。こうなると好悪は時と所で変わる、という相対主義で終わることになる。そこから得られる認識は、古代ローマ人の残酷さはその習慣による、というさしあたり消極的なものである。これは「人間本性によるものではなくて」という認識を含まないので、現在の私達も習慣によって同じ残酷さを持ち得るし、それが(「嫌い」でなく)「悪い」と言うことはできない。実際古代ローマだけでなく、スペインや南仏では当時も(現在も)なお闘牛があり、イギリスでは闘鶏や熊いじめの見世物が十九世紀まであり、また現在のある種の拳闘や格闘は(スポーツと称しても)残酷な見世物と言うべきものがある5)。モンテーニュはそれらの廃止を訴えてはいない。

 

  六 啓蒙主義との比較

 

 「本性」の否定において十六世紀のモンテーニュと重なる思想家として、十八世紀のエルヴェシウスがいる。後者はここから教育万能論と、それに結びついた社会改革論をおしだしてくる。違いはどこから来るのか。エルヴェシウスの場合、欲望と「身体的快楽」とは普遍的な善として規範化されている。モンテーニュでは、それらは「自然」としていちおうは肯定されるが、そのまま「善」とまでは評価されない。これは彼なりのストア主義やキリスト教の効果をみることもできよう。言い換えれば彼は「自然主義的」であっても、「自然」を一面的に「善」とすることを阻む要素も含んでいる。エルヴェシウスのほうは禁欲的なストア主義やキリスト教にははっきり反対する強い自然主義である。そしてより大きな欲望をよりたやすく満たす技術的進歩――マニュファクチャー――の時代にあって、彼の改革思想が生れたと言えよう。

 やや通俗的な意味での啓蒙主義と言えるこうしたエルヴェシウス的路線――それはモンテーニュの一面を利用したものであったが――は、問題も含んでいる。理論的には、その「本性」否定は、同時代では早くもルソーの異論があるが、現代の科学――特に遺伝子研究と脳科学――からは強い批判も浴びている6)。実践的問題とからめると、その教育万能論は歯止めなき人間改造につながるもので、現代では行動主義心理学と結びついたその思想が批判的に問い直されている。こうしてみるとモンテーニュにおけるストア的およびキリスト教的要素は、一面では確かに彼の保守主義につながるが、多面でこうした「啓蒙主義的」暴走の歯止めになった面もあると言えよう。

 啓蒙主義(いわばその典型としてここでは引き続きエルヴェシウスを念頭におく)とモンテーニュの比較をもう少し続けたい。人間と他の動物との連続性を重視する点では共通する。これを啓蒙主義は反キリスト教に用いる。彼等は「感性」を評価しても「理性」と対立させるのでなく、身体的欲望のための「道具的」理性であるとしても、その「進歩」を事実問題としても価値としても認め、ここから他の動物に対して人間を優越させるとともにキリスト教にも反対する。しかしモンテーニュはキリスト教正統思想に対してもより低く理性を位置づける。

 

  七 モンテーニュの同情倫理の射程

 

ではモンテーニュの感性重視からは何が得られるのか。それは理性の傲慢を戒める懐疑主義でしかないのか。いや、社会倫理として、モンテーニュのこの構えには、客観的あるいは「私達にとって」いくつかの意味がある。

 第一が「未開人」問題である。モンテーニュがアメリカの「未開人」に関心を持って情報を集め、その数人と接する機会も持ち、当時の西欧人が通常持っていた「偏見」と異なる、あるいはむしろそれに批判的な意見を持ったことはよく知られている。これは「善良な(または高貴な)未開人」という観念の重要な一環となり、また啓蒙期以後の植民地主義批判にもつながるという影響史的事実である。しかし彼は厳密には彼等を「善良」とも「高貴」とも言っていない。また西欧諸国による植民地支配そのものを明示的に批判はしていない。しかし「自分の習慣でないものをそう呼ぶのでなければ」彼等を「野蛮」[barbar]とは言えないと述べる(1-31,p.203)。戦争で捕虜にした敵を殺して食べることを彼等の習慣として彼は認める。しかし彼は、西欧において彼自身の目撃も含めて「経験と宗教の名のもとに」実際に行われている習慣、「まだ十分に感覚の残っている肉体を責め苦と拷問で引き裂いたり、じわじわと火あぶりにしたり、犬や豚にかみ殺させたりする」ことに、「より多くの野蛮さがあると思う」(1-31,pp.207-208)。野蛮さの量を比較できるには、野蛮の意味が――無論「自分と異なる習慣」といった形式的なものでなく――内容的に規定される必要がある。モンテーニュはそれを明示していないが、比べて自分たちが「より多い」と考える以上は何か想定しているはずである。それは物質的技術(生産力)の低さではなく、またキリスト教的ヨーロッパ的学問の不在でもない。この文脈に即して考えるならば、「野蛮」とは「残酷さ」なのではなかろうか。そしてこの箇所でもモンテーニュが「野蛮」に負の倫理的価値を与えていることは明らかであるので、彼は残酷さを倫理的基準としている。これは実は重要なことではなかろうか。宗教でも理性でもなく残酷さの程度が、倫理的価値の尺度とされたのである。この点で彼の「懐疑主義」や「相対主義」は絶対的なものではない。

 第二は、拷問や残虐な刑罰への批判である。私は、拷問は単なる殺人以上の悪であると考えており、したがって倫理・社会思想において重要な問題でなければならないと考える。モンテーニュの時代は宗教戦争と宗教裁判の時代であった。彼が『エセー』で念頭においているものは主としてそれであろう。また世俗の裁判や刑罰においてもそれはあった。彼は「その時代でほとんどただひとり、拷問に対して厳しく反対した」7)。彼は旅行先のローマで、捕らえられた匪賊の頭目が、「首を絞められてから、四つに切り裂かれた」のを見た。絞首を見ても平気だった人々は、「彼を切り裂く一刀が打ちおろされるごとに哀れな声を上げた」と記録された8)が、「エセー」では、「まるで皆がこの死体に自分の感情を貸し与え[prester son sentiment]たかのよう」(2-11,p.411)と、観察者の共苦が死体(死者)にも及ぶことに注意している。

 モンテーニュには感性重視の倫理には、それでもやはり少なくとも心性において矛盾または不徹底と思われるところもある。未開人が敵に捕らわれて食われる運命になったときにもめげず、楽しそうな顔を二、三か月も保ち勝利者に悪口を浴びせるという。そういう状況のある捕虜が作った歌では、さあ俺の肉を食え、そうすれば前に俺に食われて俺の肉体の糧となったお前らの父や祖父の肉もいっしょに食うことになるぞ、というのがある。モンテーニュは「これは少しも野蛮さが感じられない文句である」(1-31,p.211)と評するがどうか。前後からみると彼は未開人のこうした態度に賞賛的である。明らかにこれは単に「かぶれて」でなくストア受容を可能にした、したがって後期にも(たとえば第三巻第一章)残る彼の中のストア主義的心性であり、これをみると、第一巻第一章で検討された、負けても毅然としている人々の実例にも、彼はやはり肯定的感情を抱いているのであろう。すなわち負けて憐れみを請うものをこそ鞭打ちたく思うようなサディズムは持たず弱者への同情に動かされやすいという生得の傾向と、しかし苦しめられることをものともしない態度への賛嘆とが、共存しているのであろう。ところで肉体的苦痛に苦しみこれを嫌うのは人間性の一部としてなんら恥ずべきことではなく、むしろこれに無感覚であるように修練することが、(剣奴養成のような)非人間性であると、はっきり言ったのは(私の知る限り)十八世紀後半のレッシングであった9)。こうした価値付けは、ストア主義においては、自分の意のままになる「魂」とならない「肉体」との二元論に基づく魂の優越というものものしい哲学装置からのもっともらしい帰結のようにみえる。しかしレッシングの言い分を聞けば、(一元論や現代「身体論」哲学をもちださなくても)、同じ前提から逆の帰結も導かれる。すなわち肉体とは別個の精神にこそ人間の尊厳は存するのであるから、肉体の苦痛に弱かったり負けたりしても人格的価値とは無関係であると。これは基本的にはまっとうであると私は考えるが、それは十八世紀後半まであまり出なかったし、今日でも必ずしも一般的でないと考える。肉体的痛みに耐えられるのを立派とするのはこどもっぽい精神であるが、おとなも必ずしも脱していない。プロレスラーなどはもとより、素人でもわざと残酷な形で自分の肉体を痛めつけて平気であることを見せつけて得意がる者や、そうした人々を見世物にするテレビ番組を好む者などは「文明国」のおとなにも少なからずいる。

 拷問批判の問題に戻りたい。ついでながらやはり言っておいてよいかもしれないのは、この問題に際して手近な文献――したがっておそらくまた研究――の不足を感じさせられることである。どのような拷問が行われたかという文献や研究のことではない。拷問に反対する思想や運動がどのように展開されてきたか、またそれらはどのように成功しまたはしなかったか、についてである。この不均衡をみると、前者にも拷問反対の問題意識からの事実研究もあるにしても、サディスティックな心性のほうが少なくともまだ強いことの表れなのではないかとの疑いも起こってしまう10)。(アムネスティ・インタナショナルは拷問の現状調査を反対する立場から行っているが、その活動に思想研究は含まれず、また自他ともに拷問よりも死刑の問題に力点がおかれているように感じられる。)

 以上のような事情もあって私の乏しい理解に頼ると、拷問反対論として重要なものは、十八世紀のルソーとベッカリーアが思いつかれる。そしてここからはハワードの監獄改革運動を通して、現代まで流れはたどれそうな気がする。しかしまたここで重要な名前はベンサムである。まずは監獄として、しかし広く社会の諸領域に応用可能なものとして彼が構想した一望監視装置(パノプティコン)は、いまやフーコーを通じて名高い。あるいは一般教養人にとっては悪名高いと言ったほうがいいかもしれない。今日着々と進んでいる「監視社会」の象徴として、フーコーの反近代的――少なくとも反「近代主義」的――言説を通じて、ベンサムごと悪者イメージでとらえられがちのようだ。彼の主観としては、また彼の時代の実情の中で見れば、彼は明らかに進歩主義的改革者である。しかしそれが客観的にあるいは私達にとってはアンチユートピアの悪夢への道なのかどうかは、よりじっくりと検討されるべきことである。ここで私が問題にしたいのは次のことである。ベンサムと言えば功利主義であり、そこでは究極においては快は善であり苦は悪であるという思想がある。この後半部が、本稿で問題にしてきた思想に連なるのではなかろうか11)。すなわちストア派やキリスト教では身体が軽視され(したがって他の動物が軽視され)、身体的苦痛は人間にとって「どうでもいいこと」、場合によっては好ましいとさえされがちであった。感性を軽視しない倫理が、拷問や残酷な刑罰への反対に導いたのではなかろうか。モンテーニュは「暴力、狂信、身体の蔑視という彼の精神の中で硬く結びついた三つの観念を拒否」した12)という命題は熟考に値する。確かにベンサムの思想全体をみると、「苦は悪」という思想は「快は善」という思想と表裏一体であり、後者は、したがって両者の関係性は批判的に検討されなければなるまい。しかしいま敢て前者だけをとりあげて歴史の中においてみたい。すなわち刑罰としては「苦痛を与える」ことから「自由を奪う」ことへの大きな転換があるが、その中でのベンサム(的思想)の意味を考えたい。さきに拷問否定で名を挙げたベッカリーアは、またベンサムが自らの思想的祖の一人とするものであるが、彼においてはこの問題はどうなっているのか。そしてそもそも功利主義と「共感の倫理」とは、つながる面とともになじまぬ面もあり、ベンサム自身この緊張関係を意識しているが、この問題に関しては別に考察すべきであろう。モンテーニュはもとより功利主義者ではない。しかし彼の中には、このように現代の理論的、実際的諸問題につながるような観点もあった、ということである。彼における「共感」の問題という側面から、本稿ではそれをとりあげてきた。

 

  八 おわりに

 

最後に私自身のいちおうの位置づけをしておこう。モンテーニュは大枠としては「ルネサンス」の思想家と言われる。そしてルネサンスの思想的評語として掲げられるのが「ヒューマニズム」であり「人間の尊厳」である。しかしモンテーニュの思想において重要なことの一つとして人間を特権化しないことがある。しかしこれは人間蔑視ではない。感性を軽視しないことであり、ここから他の動物への虐待に反対し(可能なら彼等を愛し)、「未開人」への蔑視に反対する。これは翻って「文明人」における宗教的迫害や拷問などへの批判に転ずる。それは、宗教的哲学的教義にかえて、残酷さを最大の悪とする新たな倫理の礎であって、ヒューマニズムのより深いところからの建て直しと言えよう13)。そしてそれは「懐疑主義」や「相対主義」よりも、モンテーニュが私達に意義のあるところなのではなかろうか。モンテーニュの思想は「人間」を特権化しないヒューマニズムである。

 

1)『エセー』からの引用は、Montaigne,Œuvres complètes,Gallimard,1962により、編、章と頁数を本文中に記した。訳文は原二郎訳を主に利用したが、訳語の統一などの理由で必ずしも従っていない。

2)モンテーニュとストア派との関係について短く述べることはできない。ヴィレー(P.Villey,Les sources et l’évolution des Essais de Montaigne,1908; その成果をまとめたものとして、ヴィレー『モンテーニュの<エセー>』木魂社、1985)以来、影響は初期に大きく後期ほど減るとするのが通説に近いが、本来ストアの教説はモンテーニュの気質とは程遠く、初期の熱中も実感というより作り物の性格が強いという原二郎(『モンテーニュ――エセーの魅力――』岩波新書、198075頁)のような見解もある。

3)執筆目的が一般読者のためでなく「家庭的で私的な」ものという印象を与えたがっているのは、「当時のフランスの貴紳が恥ずかしく思う必要のない唯一の著述形式」だからという。バーク『モンテーニュ』小笠原・宇羽野訳、晃洋書房(京都)、2001、6頁。なおこの論点に関しては、荒木昭太郎『人類の知的遺産、29、モンテーニュ』講談社、1985(第二章h「著者対読者」)を参照。

4)この箇所についてスタロバンスキーは、著者が、観察対象としての他者に「巻き込まれること」[compromission、邦訳ではここも「同情」]から自由に距離を保つ立場を選ぶ選択と位置づけている。J.Starobinski,Montaigne en movement,Gallimard,1982,p.16.

5)現代ならテレビや映画の問題が語られよう。

6)たとえばピンカー『人間の本性を考える――心は「空白の石版」か――』NKHブックス、など参照。

7)J.Lecler,Histoire de la toléance au ciècle de la Réforme,Albin Michel,1994,p.544.

8)Journal de voyage en Italie: Œuvres complètespp.1210-11

9)拙著『共感の思想史』創風社、2006159頁。

10)たとえば東京タワーの蝋人形館に拷問シーンがある(残酷度は近年減ったようだが)のはどういうわけか。ロンドン塔にあるのの模倣としても、こちらは牢獄として使われたので「必然性」がなくもないが。 なお拷問反対がモンテーニュ後なお二世紀進まなかったことは、魔女狩りおよび異端審問の問題と結びついていて、それらがかなり克服されてはじめて拷問そのものが問題化されることができたという事情が考えられようか。

11)次の文献はこの点に触れている。M.Gauna,Montaigne and the Ethics of Compassion,The Edwin Mellen Press,New York,2000,p.72.

12) B.Mouralis,Montaigne et le mythe du bon sauvage,Pierre Bordas et fis,1989,p.56.

13)残酷さの嫌悪とその追放において「そこから出発するモンテーニュの倫理が真に革命的である」。ibid.p.71.





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共感の思想史

仲島陽一 / 創風社
2006/12
¥2,100 (税込)



2014/01/27 17:40 2014/01/27 17:40
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