精神論〔1758年〕

エルヴェシウス著、仲島陽一訳

 

第三部 第5章 私達の魂に働きかける諸力について

 

 これらの力が何であるかを解明できるのは、経験によってだけである。経験の教えるところでは、怠惰は人間に本性的である。注意は人間を疲れさせ、苦しめる(a)。諸物体が〔引力で物体間の〕中心に引かれるように、人間は絶えず休息へと引かれる。絶えずこの中心へと引き寄せられ、もしも各瞬間に次の二種類の力によって跳ね返されなければ、そこにかたくくっついたままであろう。その二種類の力が、怠惰と惰性の力に対して均衡するのであり、その一つは強い情念によって、もう一つは退屈への嫌悪によって人間に伝えられる。

退屈は、世界中で、想像以上に一般的で強力なばねである。すべての苦しみの中で、退屈は異議なく最小のものである。しかし結局一つの苦しみではある。幸福への欲望によって、私達は常に、快楽の欠如を一つの悪とみなすであろう。身体的欲求の満足に常に付着する強い諸々の快楽間のなくせない隙間を、苦しいものでないときには常に快いあの感覚のいくつかによって埋めたいと、私達は願うであろう。したがって私達は、常に新たな印象によって、自分の実在を各瞬間に告げられることを望みたいであろう。こうした告知の各々が私達に一つの快楽だからである。だから未開人は自分の欲求を満たしてしまうと川辺に駆け付けるが、そこでは互いに押し合う波がすばやく継起して、各瞬間に彼に新たな印象を与えるのである。だから私達は、止まっている対象よりも動いている対象を好んで見るのである。だからことわざに「火は仲間をつくる」、すなわち私達を退屈からひきだすというのである。

部分的に、人間精神の可変性と改善能力との原理を含むのは、〔心を〕動かされたいというこの欲求であり、また印象の不在が魂に生み出す一種の不安である。そしてこれが、人間をあらゆる意味で無理やり興奮させ、無数の時代の革命の後、学芸をつくらせ改善させ、最後には趣味の堕落をもたらすことになるのである(b)。

実際、もし印象が強いほど快いのならば、またもし同じ印象の持続がその生気を弱めるならば、それゆえ私達は、驚きの快を魂に生み出すあの新しい印象を渇望せざるを得ない。それゆえ、私達を喜ばせ私達にこの種の印象をかきたてようと熱心な芸術家たちは、部分的に美の組み合わせを汲みつくした後で、私達が美よりも好む独特なものをそれにかえるが、なぜならそれのほうがより新しい、したがってまたより強い印象を私達に与えるからである。ここに、文明諸国民における、趣味の堕落の原因がある。

退屈への嫌悪が私達になし得ることのすべてを、また何が時折この原理の活動であるかをさらによりよく知るために(c)、人々を観察者の目で見よう。感じ取れるであろうことは、彼等の大部分を動かし考えさせるのが、退屈への恐れであることである。強すぎる、したがってまた不快な印象を受ける危険を冒しても、人々が自分を強く動かせるものすべてを熱心に求めるのは、退屈を免れるためであることである。民衆をグレーヴ広場1)に、社交界の人々を劇場に走らせるのは、この欲望だということである。陰気な献身において、また痛悔の厳格な実践においてまで、しばしば老婦人の退屈の薬を求めさせるのは、まさにこの動機であることである。なぜなら、あらゆる種類の手段によって、罪人を自らのところに連れ戻そうと努める神は、ふつう、老婦人に対して、退屈という薬を用いるからである。

しかし、退屈が最大の役割を演ずるのは、特に習俗によってであれ、統治形態によってであれ、偉大な情念が鉄鎖につながれている時代においてである。そのとき退屈は普遍的な動因となる。

宮廷のなか、玉座のまわりでは、暇な宮廷人、卑小な野心家をつくり、彼等に卑小な欲望を把握させ、彼等の卑小な情念にお似合いの卑小な地位を得るために、卑小な策謀、卑小な陰謀、卑小な犯罪を起こさせるのは、最小程度の野心に加わった退屈への恐れである。それはセイアヌス2)の徒はつくるがオクタウィアヌスのような人々はつくらない。しかしその他の点では、実際尊大になる特権を享受できるあの地位に上るにはそれで十分だが、そこで退屈から免れようと思っても無駄である。

私達の魂に働きかける、活発な力と惰性の力とは、敢て言えば、そうしたものである。一般に自分が骨を折って動かずに動かされたいと望むのは、この二つの力に従うためである。この理由によって私達は、骨を折って学ぶことなしにすべてを知りたく思うのである。このため、あらゆる場合に検討の疲れを課すような理性よりも世論に従順になり、人々は示される真偽すべての観念を鵜呑みにして世間にはいっていくのである(d)。このため最後に、ある敵は知恵にある時は偏見の波で運ばれ、偶然によって利巧にも馬鹿にもなり、世論の奴隷は、真理を主張しようと誤謬を言い張ろうと、賢人からみればどちらも分別を欠いている。示される色をでたらめに名指す盲人のようなものである。

それゆえ、魂にその運動を伝え、魂が本性的に持っている休息への傾向を奪い、魂が常に屈しようとするあの惰性の力を克服させるものは、情念と退屈への嫌悪であることがわかる。

自然学においてと同様道徳学においてもこの命題がどんなに確実にみえようとも、その意見を確立しなければならないのは事実に基づいてであり、私は次の諸章において、実例を通じて、あの勇敢な行動を実践させ、あらゆる時代の驚きと賛嘆であるあの偉大な観念を把握させるのは、もっぱら強い情念であることを証明しよう。

 

【原注】

(a)ホッテントットは推論することも思考することも欲さない。「考えることは人生の禍である」と彼等は言う。なんと多くのホッテントットが私達のなかにもいることか?

この人々は怠惰にすっかり身を委ねている。あらゆる種類の配慮と仕事とを取り除くために、彼等は絶対になしで済ませられるすべてのものを断つ。カリブ人も考えることと働くことに対して同じ恐れを抱く。彼等はカッサバを作る、あるいは生計を立てていくくらいならば、むしろ飢え死にするままになるであろう。彼等の妻がすべてを行う。彼等は一日おきにだけ二時間土地で働く。残りの時間はハンモックで夢うつつで過ごす。彼等のベットを買おうとしたらどうか。朝安値で売る。晩それが必要になろうと考える苦労をしないのである。

(b)世界の古さについて判断できるのは、たぶん、人間精神ののろい歩みを、学芸がいまある完全性の状態と比べることによってである。この計画に基づいて、現在まで与えられたのと少なくとも同じくらい巧みな年代学の新体系がつくられよう。しかしこの計画が実行されるには、企てる者の側に精神のかなりな繊細さと賢明さとが求められよう。

(c)退屈は確かにふつうとても創造的ではない。退屈というばねは確かに、私達が偉大な企てを実行するのにまた特に私達が偉大な才能を獲得するのに十分力強くはない。退屈はリュクルゴス、ペロピダス3)、ホメロス、アルキメデス、ミルトン〔のような偉人〕を生み出さない。偉人に不足するのは退屈が欠けているからでないと確言できる。しかしながらこの〔退屈という〕ばねはしばしば大きな結果をもたらす。ときおり君主たちを武装させ、戦闘のなかに連れ出すには、それで十分である。それが征服者たちをつくることがある。戦争が、習慣によって必要とされる仕事になるかもしれない。カール12世は、愛欲と食欲の快に常に無感覚であった唯一の英雄であるが、たぶん部分的にこの動機に動かされていた。しかし、退屈がこの種の英雄を作り得るとしても、それはカエサルやクロンウェル〔のような種類の英雄〕にはならないであろう。王座から彼等を隔てる空間を突破するのに必要な、精神と才能の努力をなさせるには、大きな情熱が必要であった。

(d)人々の軽信は部分的に、怠惰の結果である。人には不条理な事柄を信じる習慣がある。その偽りを疑いが、そうとすっかり得心するには、検討の疲労に身をさらさねばなるまい。それは省きたいのであり、検討するよりも信じることを好むのである。ところで、魂がそのような状況にあれば、ある意見が偽りであると説得する証拠は、いつでも不十分にみえる。そのときには、信をおかれないような推論も滑稽話もない。私はただ、ローマ人マリーニ4)による、トンキンからの報告の一例だけをひこう。この著者は言う。「トンキン人に宗教を与えようとされた。トンキンでは、ティクサと呼ばれるラマ哲学の宗教が選ばれた。この宗教に与えられ彼等が信じる滑稽話の源は以下の通りである」。

「ある日神ティクサの母は、白い象が彼女の口から不可思議な仕方で生まれ、彼女の左脇から出て来るのを夢に見た。夢が現実となり、彼女はティクサを懐妊する。生まれるや否や彼は自分の母を死なせる。七歳のとき、一つの指で天を、別の指で地をさす。天上天下唯我独尊であることを光栄とする。17歳で三人の女と結婚する。19歳で妻たちと息子を捨て、山にひきこもり、アララとカララと呼ばれる二人の悪魔が彼を主として仕える。続いて民衆の前に現れ、博士としてでなく、塔または偶像という資格で受け入れられる。二万人の弟子を持つが、そのうち五百人を選び、さらに百人に、続いて十人に縮めて十大弟子と呼ぶ。これがトンキン人に語られることであり、彼等が信じていることである。耳をかさない伝統によって、この十大弟子は彼の友であり、うちあけ相手であり、彼が欺かなかったのは彼等だけであると告げられはしたが、自らの教理を49年間説いた後、終わりが近いと感じて、弟子すべてを集めてこう言った。『私はきょうまで汝等を欺いてきた。寓話しか語ってこなかった。汝等に教えられる唯一の真理は、一切は無から出て無に帰らねばならないということだ。しかしながら私は汝等が秘密を守り、外面的には私の宗教に従うことを勧告する。それだけが諸々の民を汝等に依存させておく方法だ』。死の床でのティクサのこの信仰告白はトンキンでかなり一般的に知られるが、しかしながらこの詐欺師の祭祀は存続する。習慣のままに信じていることを人々は好んで信じるからである。怠惰が常に証明力を与える若干のスコラ的些末事は、ティクサの弟子たちに、この告白に関する雲を晴らすのに、またトンキン人たちを彼等の信仰に保つのに十分であった。まさにこれらの弟子たちは、このティクサの生涯と教理に関して五千巻を書いた」。


添付画像

 

【訳注】

1)    グレーヴ広場はパリ中央、セーヌ川沿いにある(現コンコルド広場)。当時はここで公開処刑が行われていた。

2)    セイアヌス(Seianus,BC.208-16-AD.31)は古代ローマの政治家。ティベリウス帝に寵愛され出世したが、種々の陰謀をめぐらせて発覚、処刑された。

3)    ペロピダス(Pelopidas,BC.410c-364)は古代ギリシャ、テーバイの将軍。エバミノンダスとともにスパルタを破った。

マリーニ(Giovanni Fillipo de Marini,1608-82)はイタリアのイエズス会宣教師。インド、マカオに渡り、トンキン、安南の布教状態について著述し、その地で没した。



仲島先生の本を紹介します。
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2017/12/16 18:56 2017/12/16 18:56
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