アラブと私
イラク3千キロの旅(60)
松 本 文 郎
彼をEHMに仕立て上げた女性クローディンは、メイン社が差し出す仕事を引き受けたなら、どんな働きを期待されるかのあらましを、正直に教え、忠告もしていた。
だが、パーキンスがその話の根底にある意味を納得したのは、インドネシアやイランやパナマやコロンビアなどの国々で、実際に働いて経験を得た後だったし、ポーラのような女性の忍耐と愛と個人的な体験談とが必要だったのである。
彼は、アメリカ合衆国に忠誠心を抱いていたが、非常に巧妙な仕組みの新しい「帝国主義」を通じてしていることは、軍事力でベトナムを制圧したのと同じことを、経済力で成し遂げようとしているのに他ならなかった。
東南アジアでの体験が軍事力に限界があるとの教訓をもたらしたのだとしたら、エコノミストたちは、より良い計画を工夫するようになり、彼らが働く対外援助機関や民間コントラクターは、そうした計画を効率よく実行するようになった。
因みに言えば、太平洋戦争で北東・東南アジアに多大な戦禍をもたらしたわが国は、戦争放棄の憲法下で、これらの地域の国々に対するODAによる経済援助政策を展開してきたが、その恩恵は、統治者と一族に厚く、庶民一般には薄かったのではなかろうか。
敗戦後の灰燼から立ち上がり、高度経済成長下で力をつけた日本がこの地域へ進出できたのは、戦前からの財閥系の商社・大手銀行・民間諸企業の努力と関係省庁の官僚との合作である輸送船団方式と呼ばれるものだった。
国の統治者や高級官僚をターゲットにしたことは、「世界帝国」の戦略と共通しているようでも、コーポレート・クラシー・システムと輸送船団の方式とは全く異なるもののように思われる。
政財界の有力者たちが、結束して政府・官僚を動かすわが国と比べ、「世界帝国」の方は、時の政府権力者との関わりもさまざまで、政府・銀行・企業を動かす、明らかな司令塔の存在も定かではない。
コーポレイト・クラシーがめざす「世界帝国」の謀略を知りながらEHMになったパーキンスが、サウジアラビア、イラン、パナマ、コロンビアで活動を展開するなかで感じたのは、コーポレイト・クラシーの活動が、時の大統領と議会に反映される共和・民主両党の世界戦略と国内政策によって大きく異なることだった。
パーキンスは、あらゆる大陸の国々で米国企業のために働く人たち(正式なEHMではない)が、どんな陰謀説でも思いつかないほど邪悪な事柄に手を染めているのを見てきた。
メイン社の多くのエンジニアと同じように、彼らは、自分の行為がもたらす結果についてまるで無知で、海外で靴や車両部品を生産する搾取労働工場や一般工場は、中世の荘園や米国南部の奴隷労働で貧乏人を使い捨てにしたようなことでなく、むしろ、貧困から這い上がるのを助けているのだと思いこんでいる。
彼は、パートナーにまでなったメイン社を辞めるべきかを、真剣に悩むようになったという。
良心に照らせば、辞めたい気持ちに疑問の余地はなかったが、「世界帝国」の版図が拡大するなか、数多くの国々で仕事をし、優秀な部下も増えて、金と優雅な暮らしと権力の誘惑に加えて、一旦入ったら絶対に抜けられない世界だと言ったクローディンの警告も耳について離れなかった。
悩みを訴える彼に、ポーラは言った。
「クローディンに何が分かるの? 彼女やほかの誰かが、もっとひどいことをするっていうの?人生は変化するものよ。会社を辞めたからってどうだっていうの? いずれにしろ今のままじゃ、あなたは幸せじゃない」
ポーラは何度も繰り返し、しまいにパーキンスも納得した。EHMの仕事で得られる金や冒険の魅力は、もたらされる不安や罪の意識やストレスには決して引き合わないと、認めたのである。
「知っていることについては、黙っていればいいんじゃないかしら? 相手に追い回す口実を与えないようにね。波風を立てずに放っておくほうがいいと思わせるのよ」
ポーラの提案は大いに納得できるやり方だった。
本も書かないし、これまで見聞きしてきたことはいっさい口外しない。そして、ごく普通の人間になって、日々の生活を楽しみ、旅を楽しみ、できれば、ポーラのような女性と結婚して家庭を築くのだ、とパーキンスは目からうろこが落ちる想いだった。
「クローディンが教えたことはすべて嘘だった。あなたの生活も嘘だったのよ。最近の自分の履歴書を見たことある?」
それは、メイン社の企業誌「メインラインズ」1978年11月号に掲載されたものだった。
以下に転記する。
《職歴》
ジョン・M・パーキンスは、メイン社のエネルギー・環境システム事業部の経済部門の責任者である。
メイン社に入社して以来、パーキンスは米国、アジア、ラテンアメリカ、そして中東
において、大規模プロジェクトの責任者を務めた。
その職務内容は、開発計画立案、経済予測、エネルギー需要予測、マーケティング研究、プラント建設地選定、燃料配分分析、経済採算性検討、環境および経済への影響の検討、投資計画、管理コンサルタントと幅広い。
多くのプロジェクトにおいて、彼とスタッフが開発したトレーニング技術が使用されている。
パーキンスが責任者で開発したコンピュータ・プログラム・パッケージの目的は、
①エネルギー需要を予測し、経済発展とエネルギー生産との関連を量的に示す。
②プロジェクトがもたらす環境的・社会経済的
影響を評価する。
③国内および地域内の経済計画に、マルコフ・モデルや計量経済学モデルを適用する。
(後略)
《学歴》
ボストン大学(経済学博士)
同大学院にて、モデル構築、経営工学、計量経済学、確立手法を学ぶ。
《語学》
英語、スペイン語
《参加組織》
アメリカ経済学会 国際開発学会
《出版物》
「電力需要予測へのマルコフ理論の応用」
「エネルギー予測のためのマクロ・アプローチ」
「経済と環境との直接的・間接的相互関係の図示モデル」
「相互連絡システムからの電気エネルギー」
「計画立案へのマルコフ・モデルの応用」
《職務内容》
予測調査、マーケティング調査、計画実現可能 性調査、プロジェクト建設地選択調査、投資計画、燃料供給調査、経済発展予測、訓練プログラム、プロジェクト運営管理、プロジェクト立地選定調査、管理コンサルタント
《取引先》
アラビア・アメリカ石油会社
アジア開発銀行
ボイジ・カスケード社
シティ・サービス社
デイトン・パワー&ライト社
ゼネラル・エレクトリック社
クウエート政府
パナマ国営電力会社
米州開発銀行
国際復興開発銀行
イラン エネルギー省
ニューヨークタイムズ
ニューヨーク州電力局
インドネシア国営電力公社
サウスカロライナ州電力・ガス公社
製紙業技術協会
ユニオンキャンプ社
米財務省、サウジアラビア王国 (続く)
John Perkins "Revelations of an Economic Hitman" from Omega Institute on Vimeo.