アラブと私
イラク3千キロの旅(75)
松 本 文 郎
アフガニスタン紛争やイラク戦争で強硬姿勢をとったブッシュ政権を批判したオバマ大統領は、アルジェリア事件への欧州諸国の対応の様子見と、緊縮財政の国防予算削減で共和党と対峙しながら、世界各地の紛争・戦争への関与についての新たなスタンスを構想しているのだろうか。
グローバル・ポスト記者トリスタン・マコネルによれば、襲撃した武装集団はアル・カイーダの関連組織でその影響を受けているが、活動の根源にあるのはマリの人びとの不満や民族主義だとし、その動きから、国外の周辺地域や世界にとっての脅威になりつつあるとしている。
アメリカを中心とした欧米諸国の国際石油資本(石油メジャー)によるエネルギー利権支配へのアラブ・アフリカ産出国の民衆の反発と、独裁的軍事政権が崩壊した「アラブの春」についてはかなり寄道をして書いてきたが、今回の事件は、第一次大戦の終結に端を発する根深いものだ。
第1次大戦は、同盟国(ドイツ、オーストリア、オスマントルコ帝国、ブルガリア)と連合軍(協商側27ケ国)が戦った空前の大戦争が長期化し、両軍合計の動員兵力7351万人、死傷・戦死者3千万人、直接戦費は2千億ドルに及んだ。
広大な版図を誇っていたオスマントルコは解体され、エジプト、イラク、パレスチナをイギリスに、モロッコ、チュニジア、レバノン、シリアをフランスに奪われたほか、ギリシャやイタリアの領土割譲で、首都イスタンブルとその周辺以外の領土をことごとく奪われたのである。
中世から20世紀初頭まで、中部ヨーロッパで強大な勢力を誇ったハプスブルグ家(形式的には全ドイツ人の君主)のオーストリア・ハンガリー帝国は大戦末期の1918年に崩壊し、終戦後のヴェルサイユ体制下のドイツは、すべての植民地の放棄、アルザス・ロレーヌ地方(鉄鉱石産地)のフランスへの返還、ザール地方(石炭の宝庫)の国際連盟管理など、フランスによる苛烈な報復に加えて1320億マルクものとてつもない賠償金が課せられた。
この未曾有の総力戦でヨッロパ諸国は軒並み債権国に転落したが、途中で参戦したアメリカは、厖大な軍需品や食料の供給で、世界でずば抜けた債権国となった。
ちなみに、日英同盟によってドイツに宣戦した日本は、全般に利害を持つ戦勝5ケ国(米・英・仏・伊・日)でパリ会議の主導権を握り、山東半島、太平洋諸島などドイツの権益を奪う漁夫の利を得ている。
今回の人質事件が、「パレスチナ問題」にかかわるとのアメリカ政府筋の見かたの根底に、植民地主義時代のフランスとロスチャイルドとの関係があるかどうかはともかく、第1次大戦で英・仏が手に入れた植民地的統治国の長い支配と搾取・抑圧に対する民族主義の抵抗運動があると思われる。
アメリカは、イギリスの北米植民地の独立戦争で1776年に成立した歴史の浅い国だが、建国の過程では、先住民族をめぐる収奪や残虐行為、アフリカから拉致された黒人奴隷の悲惨な犠牲があったことを、ここで再認識しておきたい。
ロスチャイルド家はユダヤ系ドイツ人の一族で、初代のマイアー・アムシェル・ロートシルト(1744~1812年)がフランクフルトに開いた古銭商・両替商に端を発し、ヴィルヘルム1世との結びつきで経営の基礎を築き、ヨーロッパに支店網(フランクフルト・ロンドン・パリ・ウイーン・ナポリ)を設けて5人の息子に担当させ、彼らの相互協力で世界の「ロスチャイルド」になった。
ロンドンのネイサンは、ナポレオンの欧州席巻の中の金融取引で活躍したが、ナポレオン敗退の報でいち早く英国債の空売りによる暴落を誘導後、買い占め取引を仕掛けて巨利を得、英国金融界での地位を確固たるものにした。
彼は、第1次大戦の戦費をイギリスに援助したほか、スエズ運河の買収資金を提供したり、パレスチナでのユダヤ人居留地の建国を約束させた、「バルフォア宣言」などで政治にも多大の影響力をもった。
パリのジェームスは、前述したように、当時の成長産業だった鉄道に目をつけ、パリ・ブリュッセル間の「北東鉄道」を基盤に事業を拡大したが、1870年には、資金難にあえぐバチカンに援助して取り入り、ロスチャイルド銀行が、バチカン銀行(正式名称は宗教活動協会)の投資業務と資金管理の主力銀行となる。
バチカンは世界中のカソリック信者11億人を統括する権力機構でもあるが、高齢の法王ベネディクト16世の突然の辞任表明で、2013年2月末現在、次期法王選出のコンクラーベの準備中だ。
各国を相手にした政商ぶりは、日露戦争の厖大な戦費を調達する外貨建て国債をロンドンで発行したとき、ニューヨークのユダヤ人銀行家を紹介。その支援で成功した外債募集の資金で軍備を充実させた日本は、世界の強国ロシアを破った。
東郷元帥が率いた日本艦隊の奇跡的な戦勝で、ロシアから領土と満州の鐡道利権などを手にしたが、賠償金を獲得できなかったために、銀行家への金利を払いつづけ、日露戦争で最も利益を得たのは、その銀行家だったという。
ロスチャイルド家の紋章は、オーストリア政府から(1822年)男爵の称号とともに授けられたもので、盾にある5本の矢をもつ手は、創始者の5人の息子が築いた5家系を象徴し、盾の下に「調和・誠実・勤勉」の家訓が刻まれているが、どこか、日本人の価値観に通うものがある。
山本七平(筆名・イザヤ・ペンダサン)氏の著『日本人とユダヤ人』を再読し、『日本資本主義の精神 なぜ、一生懸命働くのか』と『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』を読んでみよう。
中世から20世紀までのヨーロッパで数百年も君臨したハプスブルグ家が、大戦後に解体されて2百年近くなる現在、狂暴化した金融資本主義の渦中の金融グループとしてのロスチャイルド家が、グローバリズムの伝道者のような活動を展開しているのは、世界の近現代史の背景として、好奇心をそそられる。
既稿で、ジョン・パーキンス著「エコノミック・ヒットマン」のさまざまな事例に触れたように、第2次大戦後のアメリカは、世界中の開発途上国(旧植民地)の資源・労働力・市場などを経済的に支配する多国籍企業の中核的存在であり、グロバリズムの旗を振りかざしながら、世界第1位の経済大国として君臨してきた。
かつての植民地宗主国が築きあげた国際的経済協定が、第2次世界大戦後の脱植民地化で独立した国々での経済支配を維持するために今も利用されている実態が、16世紀~20世紀にかけてのヨーロッパの植民地主義をほうふつとさせるとして「新植民地主義」と呼ばれているそうだ。
また、現代のラテンアメリカでの大国による小国への内政干渉が帝国主義時代の列強諸国の行動に似ているとして、「経済的帝国主義」の意味でも使われているようだ。
9・11でアフガニスタンとイラクに進攻したアメリカの一国主義的な行動を英仏などが追認したが、フランスが単独で武力進攻した今回の事件の様子見には、オバマ大統領の複雑な立場と心境が垣間見える。
シオニスト的なユダヤ人ロビイストが跋扈する米国連邦議会の様子を聞くにつけ、イスラエルの右派政権が強行するパレスチナの人びとへの傍若無人な行動を抑えるのは、2期目のオバマ大統領にとっても容易ではないだろう。
ロビイストの中でロスチャイルド家がどんな位置を占めているか知らないが、初代からの政商的な才覚のDNAはさらに進化して、相応な影響力を及ぼしているのであろう。
英仏の折々の政権やローマ法王庁とまでも深い関係を結び、巨大な富を手にしてきただけに、巷には、様々な流言飛語が飛び交っているようだ。
世界戦争や大恐慌、リーマンブラザ―ス破たんや9・11事件などが「ロスチャイルドと世界統一政府」の計画と仕業だとの珍奇な陰謀論があり、ほかにも、ユダヤ陰謀論、ロックフェラー陰謀論、フリーメイソン陰謀論などもあるという。
なんでもありのアメリカでは、「アポロ宇宙船による月面着陸」は捏造だとする都市伝説もある。
それを主張する団体(大地平面協会)は進化論をを否定し、地球は旧約聖書にあるとおり平らだと信じているそうだ。
「神が約束したシオンの丘のエルサレムへ帰ろう」とユダヤ人の歴史的な特権を主張するシオニストとは関連ない団体だろうが、良識あるイスラエルの人びとの歴史認識と世界平和への意欲に期待したい。
(続く)