文ちゃんがツブヤク!

2015年5月3日(日)                                                                                            

日米首脳会談と安倍政権の行方


 訪米した安倍首相に関するマスコミ報道のトーンは、おおむね好感的だったようである。

 歓迎晩餐会では、オバマ大統領の“初俳句(?)”の披露と山口産日本酒の乾杯のご接待に応えて、ダイアナ・ロスの歌の『Ain’ t  No  Mountain High  Enough』を引き合いに、

日米関係の親密さをアピールした。

 “No matter where you are, no matter how far(あなたがどこに居ようと どんなに遠くても)Justcall my name, I’ll be there in a hurry. (ただ 私の名前を呼んで 急いで駆けつけるから)”の歌詞を選んだことは、小泉元首相がブッシュ()元大統領の農場に招かれたときのプレスリーの“エア・ギター”パフォーマンスのご愛嬌に比べて、あまりにも直截的ではなかったか。

 ダイアナ・ロスが熱唱した愛の歌を、集団的自衛権の行使で地球の裏側までも駆けつけるという「安保法制・国会審議」の“前唄”にしたのは、ヤリスギというほかないだろう。

 日本首相として初の米上下両院合同会議での安倍首相演説は、幾度かのスタンディング・オベイションを受けたが、上下両院議員のこころの琴線に、真に触れ得たのだろうか。

 敗戦から70年の戦勝国の主府ワシントンで、戦死した米兵の記念碑を訪れて深い悔悟を胸に黙祷を捧げ、議会演説で、「日本国民を代表し、先の戦争で斃れた米国の人々の魂に深い一礼を捧げます」と語った首相は、祖父岸信介元首相が深く関与した太平洋戦争を“聖戦”とし、米国に負けて押し付けられた屈辱的な「日本国憲法」の改正を目論む取り巻き連中が唱える「戦後レジームからの脱却」との脈略を、一体どうつけようというのか。

 吉田元首相が「駐留米軍は番犬とみればヨイ」とし、岸元首相が「60年安保改定」強行採決直後に退陣して保持した日米同盟関係が“戦後レジーム”そのものではないのか。

吉田・岸・池田など戦後歴代首相による日米同盟関係は、諸外国の眼には対米従属の日本と映ったようだが、それをさらに強化する「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の改定では、切れ目のないグローバルな協力が謳われて、自衛隊と米軍の“一体化”がさらに進められるが、憲法上の制約、日米安保条約のフレームとの関係はどうするつもりなのか。

 首相の議会演説の“歴史認識”に関わる部分では、「歴代首相が表明した意見を維持する」とし、ジャカルタのアジア・アフリカ会議(バンドン会議)での「先の大戦に対する痛切な反省(deep remorse)」を繰り返したことは、一応、“よし”としていいだろう。

 バンドン会議といえば、かつて、靖国参拝をして日中関係が悪化していた小泉元首相が、「戦争の謝罪」をしたことで胡錦濤元首席と握手したが、今年の会議の折の習近平主席との首脳会談で対日関係が改善に向かっている中国は、米国議会での安倍首相演説へ明確な論評を避けたとみられ、対照的に、米国議会の韓国ロビーは強い批判を表明した。 

安倍首相や支持者らが称える「戦後レジーム」とは、なにお指しているのだろうか。

日本国憲法は米国から押し付けられたもので、独立国として恥ずべきものと言う彼らは、

軍国主義日本の圧政下で待ち望んだ“自由と民主主義”(大正デモクラシー)を得て、“二度と戦争をしない平和国家”をめざした日本人の切実な想いを知っているのだろうか。

“先の戦争”を、植民地主義の欧米列強に侵略されたアジア諸国を奪い返す「聖戦」とするブレイン学識者や支持者らと与党内“良識派”の間を揺れつづけているような安倍首相だが、ジャカルタの日中首脳会議の折に敢えて靖国参拝をした女性閣僚らとどんな政治理念を共有しているというのか。中・韓両国が嫌がるのは、“靖国A級戦犯合祀”唯それだけなのに。

 あの戦争は“聖戦”どころか、軍国主義日本が欧米列強の後塵を拝して大陸に進出したのを牽制した米国との外交交渉に失敗した挙句、無謀にも宣戦布告をしたものだ。

日中戦争(支那事変)で米国の軍事支援を受けていた蒋介石は、毛沢東との「国共合作」の後に、同胞の共産軍に追われて台湾へ逃げのび、中国本土では、侵攻した日本軍をアジアの救世軍どころか、欧米列強よりも残酷な仕打ちをした侵略者とし、物心共に受けた傷跡が70年後の今も癒えていないと言い続けているのだ。

あの戦争を“聖戦”とする歴史観に共感する首相は、戦勝国アメリカの戦死者を悼む外交儀礼はともかく、非戦闘員の大量虐殺だったヒロシマ・ナガサキの原爆投下についての遺憾の意を伝えるべきだったのではないか。対米追従の「戦後レジーム」の“被虐史観”を言い募る安倍首相の取り巻きたちは、それを演説の文言に入れることを要請したのだろうか。

被害を受けた中国・韓国が要求している歴代首相の「謝罪表明」の言葉を、奇妙な言い訳で省略すべきではなかったのだ。欧米の主要マスコミが、「謝罪不十分」とのコメントを掲載したのを真摯に受けとめるべきであろう。

安倍首相の故郷山口産の日本酒のカップを捧げ、「オタガイのために!」とオバマ大統領は、

世界最強の軍事力の一端を進んで担うかのような「安保法制」の成立を公約した安倍首相に格別の接遇をしたが、首相が“無邪気な”少年のように上気した笑顔をしきりに振りまいていたシーンに、耐え難い違和感を覚えた。

米国のアジア太平洋重視の戦略を徹頭徹尾支持すると語った安倍首相は、TPP加盟交渉の傍ら、中国主導のAIIBへの参加を見送ったが、「積極的平和主義」とやらを掲げて、世界を駆け巡った安倍首相は、行く先々で資金援助と安保協力を申し入れたが、中国包囲網の一環とみられたオーストラリアとインドは、英・仏・独、アジア・アラブ諸国の大半と共に、AIIBに参加表明をしたのである。

その是非をここで論じるつもりはないが、「安保法制」でめざすのが、中国を仮想敵国視し、「イスラム国」への前のめりの挑戦的な姿勢をはらむものなら、わが国の安全保障を極めて危うくすると言わねばならないだろう。

 オバマ後の大統領選挙の行方によっては、ブッシュ(子)元大統領のような“強い米国”

のアピールで愛国心を煽る人物が登場して、混迷を深める中東地域へ軍事介入する懸念さえありえるのだ。

「イスラム国」が生む難民救済を声高に言う安倍首相は、シリア・トルコ・イラク国境周辺で、どんな民政的支援活動を展開しようとしているのか。憲法9条改正の目論みの先に見えるのが、“普通の国の軍隊”となった自衛隊が米軍と一体になって世界各地の戦闘に臨む姿でなければ、と願うばかりである。

 アジア太平洋地域の安定と平和は、混迷を深める中東地域への対応にとっても重要な課題であろう。経済・軍事両面で存在感を増している中国は、各種の国内的矛盾を抱えている。

 対米より対中で経済関係が深い日本は日中関係改善の兆しを的確にとらえ、国民レベルの親善友好を深め、日・米・中関係をより戦略的共存の方向へと推し進めるべきであろう。

 




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2015/05/07 21:35 2015/05/07 21:35
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