アラブと私
イラク3千キロの旅(103)

                               松本 文郎

「アラブと私」の序章「イラク3千キロの旅」(連載77回)から本章「NTTクウェイトコンサルタント在勤日録(1970~1974)」へ入る前、序章各回のレジュメ掲載を“読者ガイド”として続けています。
(78~  )

(59)コーポレイト・クラシーとアメリカ政府(政権が代われば政策も変わる)との関係は、組織的に堅固な結びつきではなく、NSA(国家安全保障局)やCIAとの連携・情報交換には時々の粗密があったようだ。
 パーキンスは、イラン近代化の「白色革命」(背後に米国ケネディー政権)のムハンマド・レザー・パフラヴィー2世国王(シャー・ハン・シャー)が、宗教指導者ホメイニーらによって追い出されると知っていたCIAが、その情報を自分のコンンサルタント会社(メイン社)に伝えなかったことで彼らとの関係のあやうさを思い知った。
 亡命したエジプトでガン宣告を受けて米国NYの病院へ向かったパフラヴィー2世国王は,米国保守派の圧力で国外退去を余儀なくされた。
 パーキンスは、その国王をパナマに受け入れたトリホス将軍と理解・信頼し合う親しい間柄で、メイン社百年の歴史で最年少パートナーのパーキンスは、パナマのインフラ整備の革新的総合基本計画策定の調査・経済予測担当だった。
 トリホス将軍は、植民地主義時代のパナマ運河条約を改め、運河支配権をパナマ人に委ねる交渉をカーター米国大統領としていたが、米国保守派は、国家防衛のカナメであり、南米の富を米国の商業的利益に結びつけている運河を手放すカーターの動きに憤っていた。
 パーキンスは、「1975年、パナマに植民地主義の居場所はない」と題した文をボストングローブ社に送り、社説欄に掲載された。
「パナマ運河の長期・効率的運営には、パナマ人自身の責任で運営する手助けが最良の策。アメリカ独立から2百年の1975年には、 植民地主義の居場所がパナマにないことを 理解し、行動する」
 コーポレイト・クラシーのルール(途上国指導者を対外援助ゲームの負債に絡め、借金まみれにする)に反して、誠実な指導者トリホスを支持したパーキンスは、トリホス政権から多くの契約を受注し、純粋に経済的見地からメイン社ビジネスに貢献した。
 作家グレアム・グリーンの署名記事『五つの国境を持つ国』に、「カーター大統領の意思を削ごうとして米情報機関が、パナマ軍上層部を賄賂で抱き込み、条約交渉を妨害しようとしている」とあり、トリホスの周辺をジャッカルらが徘徊しはじめた、とパーキンスは思った。
 コーポレイト・クラシーの世界帝国の拡大を図るシステムの、腐敗を拒む国家統治有力者への酷い仕打ちで、ラテンアメリカの歴史は英雄の死体に満ちているという。
 コロンビアでのポーラという女性との出会いでパーキンスの心境は大きく変わり、「自分の心の奥底をのぞきこみ、EHMの仕事を続けるかぎり、幸福はない」と述懐している。インドネシア・イラン・パナマ・コロンビアの経験は、コーポレイト・クラシーが軍事力で制圧できなかった(ベトナム)ことを経済力で成し遂げようとしていると、パーキンスに自覚させた。
(60)グローバルな「世界帝国」構築をめざす大企業・銀行・政府官庁などコーポレイト・クラシーは、感染症・飢餓・戦争をなくすのに必要な通信網・輸送などのシステムを所有し、その気になれば、世界を根本的に変えられる。だが、利己的で貪欲な物質万能・商業主義にもとづくシステムなので、かつての帝国と同じように、手当たりしだいになんでもつかみ取り、食らい尽くすことで富を蓄積するため、手段を選ばないことを理解したパーキンスは、彼自身の役割の是非を考え始めた。
 パーキンスは、5大陸の国々で働く米国企業人(正式なEHMではない)やメイン社のエンジニアの多くが、邪悪な事柄に手を染めている自分の行為がもたらす結果にはまるで無知で、海外の生産拠点は、中世の荘園や南部の奴隷労働ではなく、現地の人々が貧乏から這い上がる手助けだと思いこんでいると気づいた。
 良心に照らせば、辞めたい気持ちに疑念はなかったが、コーポレイト・クラシーの版図拡大のほか、金・優雅な暮らしと権力の魅惑に加え、入ったら抜けられない世界と警告されていたことが、アタマから離れなかった。
 悩みを聞いてくれたポーラと繰り返し話した彼は、EHMの仕事で得られる金や冒険の魅力が、もたらされる不安や罪の意識のストレスに、決して引き合わないと納得。
 ポーラは、「EHMになるために教えられたことはすべてウソだったのよ。あなたの生活もウソだった。最近の自分の記事と履歴書を見た?」と言った。メイン社の企業誌『メインラインズ』に掲載されていた内容は驚くべきものだった。
(61)書かれていたのは真っ赤なウソではないが、意図的なごまかしがあった。グローバル化時代の世界帝国構築に添って活動するメイン社の意図を隠し、公式文書を重視する社会で見破れない歪曲や改ざんがあった。
 己の生き方についてポーラから指摘される以前のパーキンスは、自分の履歴書と記事に誇りさえ感じていたが、うわべを取り繕い、もっともらしく拵えられた人生を象徴するものに思えてきた。
 それらが社会的に認知されてきたのは、多くの企業・国際金融機関・各国政府の信頼を得るメイン社だからで、学位証書や医師・弁護士のオフィスを飾る資格証明書と同じような彼の信頼性の証(有能なエコノミストで、著名コンサルタント会社の責任ある地位に就いて、世界をより文明化された豊かな場所にするため、各地を飛び回っている)だった。
 だが、彼がNASにスカウトされ,連絡係としての軍との繋がりについては、なんの記載もなく、驚くほど数字を膨らませた経済成長予測を作成する圧力を受けたこと、インドネシアやパナマなどの国に返済不可能な借金をさせるのが主な仕事だという事実は、一言も触れられていない。
 サウジアラビアから米国への継続的な石油供給とサウド家の支配権維持の約束、オサマ・ビン・ラディンへの資金提供や、ウガンダ元大統領イディ・アミン(国際的な犯罪者)の身の安全を確保支援するなどの契約締結の手助けをしてきたパーキンスの役割が判らないような記述だった。
 パーキンスがこの世界に入ってわずか10年間に、世界情勢は大きく変化し、コーポレイト・クラシーはいっそう巧妙に進化していた。
 パーキンスは、彼の仕事の専門事項を知り、修士・博士号をもつ優秀な部下たちをEHMの仲間に引き入れ、豪華なホテルで眠り、高級レストランで食事し、財産を築く一方で、世界の貧しい国々で貧富の格差や飢餓に苦しむ人々を増やし続けている罪の意識を感じ始めた。
 彼の部下らは、パーキンスが体験したNSAのウソ発見器や特殊訓練とは無縁で、世界帝国の使命を口にすることもなく、エコノミック・ヒット・マンの言葉も知らず、一生抜けられないと釘をさされることもなかった。
 進化したコーポレイト・クラシーのシステムは、CIA・ジャッカル・軍隊が背景にひそむ国家統治者の誘惑・強制から、はるかに巧妙なものに変容していた。
 金融アナリスト、社会学者、エコノミスト、計量経済学者、潜在価格専門家などの部下の肩書はどれ一つ、彼らがEHMだとは示していないし、世界帝国の利益のため働いていると仄めかしていなかった。
 皮ジャケットを脱いだ工作員は、ビジネス・スーツで身だしなみを整え、5大陸のそこかしこへ入り込み、腐敗した政治家が自国に借金の足枷をかけ、貧困に苦しむ人びとを搾取工場の組み立てラインへ身売りするように促がす。
 履歴書や記事の文字の裏側はモラル的におぞましいだけでなく、最終的に自滅を免れないシステムに部下共々に縛り付けられていると、パーキンスは不安でたまらなくなった。それは、彼がパナマ・ホテルでグレアム・グリーンと出会う6年前、「イラク3千キロの旅」(1971年)の頃という。
 ポーラがこれら文書の行間に隠された意味を読み取らせ、人生の分かれ道へ導いてくれたとパーキンスは思った。
(62)ここに記すのは、パーキンスがインドネシアの地域調査(メイン社とインドネシア政府・アジア開発銀行・米国国際開発庁の契約書にある基本計画による)で、2、3日各地を歩いたときのエピソードで、バンドンのオフィスを管理する女性の息子ラシー(ユーモア感覚をもつすばらしい教師)と仲間たちのことだ。
 ラシーは、「あなたが知らないインドネシアを見せてあげる」と、彼をスクーターで町に連れ出し、いろいろな人に会わせた。
 ある夜の小さな喫茶店で若者のグループに紹介され、一緒に食事し、音楽を聴き、クローヴシガレットの香りのなかで冗談を交わし、笑い合い、そのころ味わったことのない幸せを感じた。打ち解けた若者らに、インドネシアの現状やベトナム戦争のことを訊ねると「非合法な侵略」に恐怖を感じると口々に訴え、パーキンスも同意見と知りホッとした様子。
 このラシーとの体験でメイン社チームとは別行動をしたい気持ちになり、ある夜、「ダラン」(インドネシア名物の人形芝居)を見に行く。その夜の出し物は古典的な物語と現代の出来事を組み合わせたもので、「ラーマーヤナ」の物語のあとで、リチャード・ニクソンの人形が、星条旗模様の山高帽に燕尾服のアンクル・トムの格好で登場。背景に中東と極東の地図が現れ、国名がそれぞれの位置に留め金でぶら下がっている。
 ニクソン人形はつかつかと地図に近づいて、ベトナムの国名を自分の口に押し込もうとして、「おお苦い! こんなものはもういらん!」と叫び、三つ揃えのスーツを着た従者人形が持つバケツに投げ込み、次々の国をつかんでは、同じ動作をくりかえした。
 それは東南アジア諸国ではなく、パレスチナ、クウェイト、サウジアラビア、イラク、シリア、そしてイランだったが、バケツに放り込む度にニクソン人形は、「イスラム教徒の犬」「ムハンマドの怪物」「イスラムの悪魔」の罵りの言葉を叫んだ。
「ダラン」見物の群衆は、激しく興奮し、辺りには笑いと衝撃と怒りが混然として、ラシーの通訳で分かったニクソンのセリフにいたたまれない気持ちになったパーキンスは、怒りの矛先が自分に向けられないかと恐ろしくなった。インドネシアの国名を手にしたニクソン人形は、「これも世界銀行にくれてやろう。どれくらいの金が搾り取られるだろう!」とバケツに投げ込もうとした瞬間、物陰から別の人形が飛び出した。それは、カーキ色のスラックス姿のインドネシア男性で、シャツにバンドンの有名政治家の名前が書かれていた。
 ニクソンと従者の間に立ちはだかった彼は、「やめろ! インンドネシアは独立国だ!」と、握りこぶしを高くかざして叫ぶと、従者が別の手に持っていた星条旗を槍のように使って政治家を刺した。観客は、不満や非難の声を発しながら、拳を振り回した。
 それから行った喫茶店で、ラシーと友人たちは、今晩の芝居でニクソンと世界銀行を風刺する寸劇をやるとは知らなかったと言い、隣の席の若者は、「インドネシア人は政治に強い関心をもっている。アメリカ人はああいう劇を見に行かないのか」と訊ねた。
 テーブルの向かいの美人学生(大学で英語を専攻)が、「あなたが関わっているアジア銀行や米国国際開発庁でも同じじゃないの?」と言い、別の女子学生が、「アメリカ政府は、インドネシアもどこもみんな、搾取しようとしているんだわ。石油を全部手に入れてから、放り出すんだわ」と付け加えた。
 インドネシア語を習い、彼らの文化を知りたがっているのは調査チームで彼だけと知ってもらいたかったパーキンスは、「あの反米劇で、ベトナムのほかはスラム教の国ばかり選んだのはなぜだろう」ときいてみた。
「だってそういう計画だもの、ターゲットはイスラム世界なのよ!」美人学生が笑い声を立てながら言った。
(63)パーキンスも黙ってはいられなかった。
「アメリカが反イスラムと決めつけるべきじゃない」「あらちがうの?」と彼女は言う。
「アーノルド・トインビーの『試練に立つ文明』や『世界と西欧』を読んでごらんなさいよ。21世紀はキリスト教徒とイスラム教徒の争いになるって書いてあるわ。世界の指導者アメリカが世界を支配下におさめて、史上最大の帝国になろうとしているからよ。今はソ連が行く手を阻んでいるけれど、彼らには信仰がないから、長くは続かないと」
 若者の1人が言った。「私たちイスラム教徒の信仰は魂で、崇高な力なんです。その信仰心はキリスト教徒よりも強いんです。世界中のだれもが、あなたたちのような暮らしをしているのではないと認識し、強欲でなく、利己的でもなくなることですよ」
「私たちの国では貧困の海で溺れている人がたくさんいるのに、助けを求める声を聞こうともせず、過激派とか共産主義者のレッテルを貼り付けているのよ。虐げられた人々をより酷い貧困と隷属に追いやるんでなく、心を開いて、ちゃんと考えなくちゃいけないのよ」数日後、人形芝居の中で殺されたバンドンの人気政治家が、轢き逃げにあって死んだ。
「アメリカは石油を全部手に入れたら、インドネシアを放り出す」と女子学生が言ったように、オランダ領東インド時代から植民地支配を受け、太平洋戦争で日本が侵攻したのも、石油を確保するためだった。
 太平洋戦争のさなかの対オランダ独立運動でインドネシアと親密な関係をもった日本が、急速な経済成長による復興ぶりをみせていたので、独立の英雄スカルノは、経済開発中心の親密な関係継続を選択し、日本人女性を第3夫人に迎えた。
 米国のコーポレイト・クラシー戦略と日本のODAは、目的・手段で異なると思われるが、恩恵に浴さない一般民衆には、大同小異に見えたであろう。
 これを書いた時点(2012年)で、タイの国際会議に出席したアウン・サン・スーチー氏(1988年から軍事政権に自宅監禁されて以来、初めての外国訪問)のスピーチの概要が報じられた。「ミャンマーにとって利益になるような投資をお願いしたい。汚職・不平等を助長せず、特権階級を潤さず、雇用創出につながる投資を期待します」
 パーキンス告白のコーポレイト・クラシーや日本をふくむ先進各国の開発援助攻勢が、国家統治者一族・取り巻きら一部特権階級に偏った利益をもたらしたことにクギを刺したものだ。
 今(2015年12月)のミャンマーでは、国の近代化・民主化と経済政策などの諸課題を巡り、アウン・サン・スーチー氏がどんな力量をみせるか、世界が注視している。     
                                                                                                   (続く)



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2015/12/20 00:35 2015/12/20 00:35
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